※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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戦闘訓練

 草の茂った地面が荒く踏み潰され、泥を跳ねる。

 真新しい二足のスポーツシューズは慌ただしく暴れあっては土を踏み鳴らし、もつれあう。

 

 木綿季憩いの地である寂れた広間では、詩乃と木綿季の2人が激しくぶつかり、互いを掴みあっては睨みをきかせていた。

 

「「…………ッ!!」」

 

 無言のまま瞳だけを鋭くさせ火花が散る。

 やがて、2人の肉体から光が溢れて、周囲を包む。白い肌が更に青白くなって、痛々しいくらいに黒い血管がビキビキと浮かぶと、詩乃の髪が蒼く染まり、瞳も蒼くネコ怪人シノン時の猫目へと変貌した。

 木綿季も同様に黒髪ボブカットが蛇のようにうねって長く伸び、紫色のロングヘアーへ代わり、瞳もヘビさながらに細く尖り、ヘビ怪人ユウキ状態に変化した。

 

 

『怪人の持つ大きな特徴の一つとして、人間と怪人の姿を行き来する『変身』が挙げられます……。その変化は各自によって差がありますが、熟練者になれば己の体の一部のみを怪人に変えることも可能です……』

 

 アリスの言葉が2人の脳裏に蘇る。

 シリカが試しとばかりに思い切り振り回す金属バットを一瞥することなく片腕で受け止めてみせるアリス。言葉の通り、ラフな普段着姿の上に怪人アリスの装甲が腕だけに現れ、逆にバットをへし折ってしまった。

 

『あなた達ショッカー怪人は強化スーツをその身に纏う都合上、直接的な変身はありませんが変化しないわけではありません。その変化のスイッチを己の物とし、スーツ無しでも自在に戦えるようになること。それがこの先も生き残るためには大前提です』

 

 

 「まさか本当だとはと」見合わせて笑う2人。跳躍して距離を取り、再度掴み合い取っ組み合い、地面を転がっていく。

 片方が足を払えばもう一方はその勢いのまま投げ飛ばし、片方が殴りかかればもう一方が受け止めて組みついて拘束する。

 普段の可憐さ穏やかさなどどこかへ投げ捨てて、1人の戦士として対峙して鎬を削っていく姿には、以前のようなじゃれ合い混じりではなく真剣さそのものしかない。

 

 もはやかつての2人ではない。

 シノンは実際に、ユウキは話だけとはいえ現実を突きつけられ思い知らされて変わった。

 

 これから対決するのは、弱くて劣る人間などではなくて、自分らよりも経験も力も上の強豪なのだ。

 アリスに命じられた形とはいえ、鍛錬でも手を抜く気なも一切なかった。

 

 着ているジャージを泥まみれにして、頬を汚す土を乱暴に拭って、シノンとユウキはお互いの力を確かめ合う。

 

「……そこまで。今日の訓練は終わりです」

 

 依然睨み合うシノン達の元へアリスがやってくる。

 不服気な顔をするユウキと緊張を瞬時に解いて肩から力を抜くシノン。青髪が透けるように薄くなって黒へと溶けて、次に目を開いた時にはシノンは詩乃へと変わった。

 

「シノンはかなり怪人の力を使いこなしているようですね。形態変化をこんなにも早く自分のものにするとは驚きです」

「まぁいきなり襲われる事件に巻き込まれれば嫌でも覚えるわ……」

 

 苦い顔でアリスに頷く詩乃。少し遅れて人間態に変わった木綿季が合流する。

 

「ですが肝心のネコの力は上手く使いこなせてないようですね。ネコ怪人の本領は何も近接戦闘だけではない。遠距離から敵を見据えて狙いを定めて仕留める。やったことくらいはあるでしょう?」

「……随分とネコ怪人について詳しいわね。魚の怪人のわりには」

「……えぇ、あなたよりネコ怪人には馴染みが深いですから――」

 

「私も昔はネコ怪人でしたから」と繋げるアリスに、詩乃と木綿季は一緒して驚いた。

 

「……あれ、話してませんでしたか? 私、ビルゲニアに選ばれる前はシロネコ怪人だったのですよ」

 

「いや、初耳なんだけど……」

「うん、初めて聞いたよ……」

 

 うんうんと衝撃抜けない顔で見つめてくる2人を見て、アリスは可愛らしくて首を傾げて見せた。微かに笑った時にネコらしく鋭い歯を見せつけて。

 

「そうでしたか……では、また機会があれば語りましょう。2人とも休息は忘れないように」

 

「……そう言って語ってもらった試しがないよね」

「……全くね。ほんと秘密主義なんだから」

 

 と、好き勝手に言う2人を背に足早と去っていくアリス。

 

 少し離れてから振り向くと、こっちの指示を無視して鍛錬を再開した2人を見て、急に胸の奥が熱く滾って、過去の記憶が甦る。

 

 

 空も。

 

 海も。

 

 山も。

 

 森も。

 

 

 まだ何もかもが美しくて、透き通っていた時代。

 全てが遠き日の思い出と化してもなお、アリスの脳裏にはその記憶が鮮明に焼き付いているのだった。

 

 

※

 

 

 アリスが怪人となったのは、もうずっと昔の話だ。

 

 遡る事およそ2000年前。田舎の小さな小さな村でアリス・ツーベルクという名の少女が父と母、そして妹と暮らしていた。

 アリスは幼馴染の男の子2人といつも一緒で。ある時は山へ、またある時は川へと気の向くままに遊びに行き、日が暮れるまで毎日を楽しんだ。

 そんなある日――

 

 

 ――今度はあの洞窟の向こうへ行ってみよう――

 

 

 幼馴染の1人である黒髪の少年がそう口にしたのが始まりで。その洞窟は魔物が出ると村の伝承で言い伝えられていた恐ろしい場所で、普段は決して近づかぬようにと村の大人達からキツく言われていたが、どういうわけか少年は行くの一点張りで。

 最初は抵抗したアリスと亜麻色髪の少年だったが、やがては根負けして、子供特有の好奇心に揺さぶられて3人は洞窟の中に入って行った。

 

 

 ――そしてそれが、全ての始まりで。

 

 

 奥へ踏み行った直後、地面を破るように飛び出してきた飛蝗の大群に襲われてアリス達は散り散りになった。

 

 

「きゃあああああ……キリト! ユージオ!」

「アリス! アリスーーーーッ!」

 

 目が覚めた時には衣服を全て剥かれた格好で、全身を不気味な触手に繋がれて何かを流し込まれ、地面と水平になるように寝かされていた。

 

「うっ……、ア、アリス……!」

 

 横に同じく裸にされてユージオがアリスに手を伸ばす――が、子供の彼では拘束から逃れることなど敵わない。

 

「あっ、ああっ……ああぁ……ユー、ジオ……」

 

 触手から注がれる青い体液は2人の肉体を蝕み、人とは違うナニカに作り替えていく。それは、声にならない激痛と、それと同時に快楽を与えているようにも感じて、声にならない感覚ばかりに襲われていた。

 

「フフフ……馬鹿な子供達、我らゴルゴムの領域に自ら踏み入るとは」

 

 視界の端、白いローブを着た不気味な異形が3人、姿を現した。その中の1人、顔の半分に奇妙な模様が描かれた女は、2人の顔を見下ろして、嘲るように嗤った。

 

「己の好奇心を抑えて引き返せばよかったものを……愚かな人間め」

 

 緑色の石仮面を被ったようなローブ男が、愚かにも怪人の領域へと踏み込み、自殺同然の行いを取った子供へ吐き捨てた。

 

「……だが此奴らは我らゴルゴムの結界を突破し、洞窟の中へと踏み込んだ。怪人と人の世を隔絶する、人祓いの結界を超えて、だ」

 

 3人の中でもリーダー格であろう、皺だらけの真っ白い顔を覗かせる異形がアリスとユージオに鋭い視線をぶつけた。

 他の2人とは違う、見定めるような眼差しに怯えを隠さずにいた。

 

「……とするとダロムよ、このガキ共は我らの仲間となり得る素質があるとでもいいたいのか?」

「それは我らが決める事ではない、だが、生き残ったこの2人で試してみる価値はある」

 

 ダロムと呼ばれたリーダー格の言葉にアリスの瞼が震える。

 そうだ。この洞窟に踏み込んだのは自分とユージオだけではない。もう1人――

 

「そんなに彼の事が気になりますか? お嬢さん」

 

 アリスの顔を覗き込むように見下ろしてくる女――ビシュムをアリスは見上げた。

 

「あの者の事など忘れなさい。あの小僧は我らの試練を突破することさえ叶わなかった。いわば落第者ですから」

 

 クスクスと嗤うビシュムの視線の先、薄暗い部屋の隅に投げ捨てられたように転がる親友――キリトがそこにいた。

 

「…………ッ!?」

 

 目を見開き懸命にもがくがどうにもならない。

 決死の形相で睨むアリスの頬を赤子をあやすように撫でると、ビシュムは離れていった。

 

「ダロムの言う通りですよバラオム。全ては創世王様が決めること。我ら大神官といえ、それを決める権利などありません」

 

 ダロムとバラオムが会話する元へと颯爽と戻り、3人は宙を見上げる。

 アリスとユージオから見れば、なんの変哲も無い、ただの洞窟の天井だった――それが星が煌めく夜空のように歪んで、赤と青の大きな光が灯り、全員を見下ろすように巨大な飛蝗の異形がその姿を見せた。

 

「……創世王様よ、我らの神聖なる領域へと踏み込んだ不届き者達に審判を……」

 

 巨大な怪物の登場に恐れ踠き出すアリス達とは対照的に、異形に尊敬と畏怖の念を示し膝を付くダロム達。

 全てを見下ろす異形の目が赤と青に輝き、アリス達に注ぎ込まれる液体が濃さと勢いを増す。

 

 やがて、異形の姿が薄々と形を変え、薄紫の長い髪をした美女へと変貌する。

 彼女はアリスとユージオを一瞥すると、その細い手を伸ばし、十指の先から放たれた白い光線は2人の額を貫いた。

 

「うっ。わぁっ、ああぁぁぁ……!」

 

 悶えるアリスの脳裏、薄れゆく意識の中でぼんやりと浮かんでくるのは異形の影。ネコの姿をした怪物が縦横無尽に地を駆け回りその力を解き放つ姿。

 

 ユージオも同様にアリスとは異なる影が過り、虚な瞳を震わせた。

 

「どうやら2人とも適合したようだな……創世王様、この者らにストーンをお与えください……」

 

 ダロムが願うより早く、額への光線から新たに腹部目掛けて照射される光線が一条。白に色が混じって虹彩の輝きを放った。

 

「……っ、うっ、ああっ、あああぁぁぁぁぁぁーーー!」

「ぐっ、わあああぁぁぁぁぁ……!」

 

 腹部を抉りながら石を埋め込まれる激痛に悲鳴が上がる。投与される青い液体が勢いを増して2人を侵食し、ストーンが馴染むほどに全身から蒸気が上がった。

 

「ア、アリスーーーー!!!」

「グッ、アアァッ……! ユ、ユージオ……ッ、ウゥッ!」

 

 痛みに耐えながらも互いに離れぬよう抗うように手を伸ばし合う2人。

 

 ――しかし、無情にもアリスの手は激しく脈打った直後、ネコの異形へと変わり果ててしまう。

 

 

 こうしてアリスは人間を奪われ、怪人となった。

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