朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
真っ暗な通路にカツン、カツンと音が反響する。
トンネルみたいな薄暗い道を詩乃はひたすら歩いていた。
(一体、どこに連れて行かれるんだろう……)
先導するガスマスク達に流されるままに果てしなく続く、終わりの見えない先へと進んでいく。
ここまでどうやって連れられたかは記憶にないが、気が付いたらここにいて促されるままに歩いていた。
「あ、あの……」
ガスマスクに問いかけても彼らには耳が付いていないのかと思うほどに無反応で何も帰ってはこない。
今になって恐怖が押し寄せるも、逃げ出せる術も手段も持ち合わせていない今ではどうすることもできず、そしてこの黒ずくめ達から抜け出せる自信もなかった。
不意に、ガスマスク達が立ち止まりつられて詩乃も止まる。永遠だと思っていた道にも終わりが来たらしく、金属の扉がコンクリートの壁に埋められ鈍い光を反射していた。
ガスマスクが扉に触れると、横にずれるように開き詩乃はその奥へと招かれた。
怯えながら入ると、通路よりは明るいものの相変わらず暗く不気味な部屋がそこにはあり、左右の壁際には何かのコンピューターが置かれ、正面には大きなガラス張りの窓があり、さながらコントロール室のようだった。
「お待ちしていましたよ。朝田詩乃さん」
窓の前にはマントの男が立っていて、詩乃の名を呼び手で招き寄せた。
「どうして名前を?」
「我々ショッカーは以前よりあなたに注目していたのです。かつての強盗事件、そこでの活躍は大変見事なものですからねぇ」
「活躍なんかじゃない……あれはただの――」
「えぇ、人殺しです。でもそれが一体なんだというのです」
「えっ?」
「あなたはお母様を守りたかった。ただ、それだけだった。先に銃を向けたのはあの強盗の方です。あなたは反撃しただけでは無いですか」
「でも、だからって……」
「『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ』。私はこの言葉が大好きでしてね。私に言わせればあの男はその覚悟がないにも関わらず、無謀にも銃を向けた。いわば愚か者です」
「愚か者……」
「そんな奴を殺したことを病む必要はありません。むしろ、あなたは良い行いをしたのです。社会に潜む不要な存在を排除し、より良い世界を築く。我々の理念にあなたは協力してくれたのですよ」
詩乃の肩に手を置き、笑顔で語り続ける男。
社会の倫理観とあまりにも反し過ぎている言動に理解が追いつかなくなってくるが、自信に満ちた態度とそれを肯定するように時折相槌を打つ周りの科学者達にどちらが正しいのか間違っているのか分からなくなって。
「あなた達の目的は何……? 私に何をさせたいの?」
たまらずこちらからも疑問を向ければ、一変。笑顔は引き、鋭い気配が突き刺さった。
寒気を覚えるほど冷酷な視線が正面だけでなく四方八方から浴びせられ、詩乃は唾を飲み込んだ。
「それは後ほどご説明します。今のあなたでは我々を理解することなどできないでしょうから」
「今の……? それってどういう……」
「詳しく説明するよりも見てもらう方が早いでしょう。ガラスの向こうをご覧ください」
男の視線が窓へと向けられ、詩乃も追うように眺める。
「えっ……!」
そこに広がっていたのは広大な空間。さながらテレビのセットみたいな機械が立ち並び、以前、バラエティで見たような製造レーンが一直線に伸びて、端に位置する巨大な風車と繋がっていた。
何かの工場にも思えるそこでは白衣を着たガスマスク達が唸りを上げる機械に液体を注ぎ、手持ちの端末で確認作業に取り組んでいた。
コントロールルームからは見下ろすような形となり、全てを見渡すことができた。
そこへ、始点の方から流れてくるものが一つ。銀色の手術台の上に寝かされた自分とそう歳の変わらない少女が一人。まるで製品のようにレーンを流されていき、点々と設置された照明に一糸纏わぬ姿を照らされ、大の字に拘束されていた。
普段は整っているであろう顔立ちに浮かぶ表情は虚だったが、それでも紺色のボブカットが愛らしいその少女はとてもこんな狂気の儀式を受けるようには見えなかった。
「彼女もあなたと同じく酷いいじめを受けているそうです。弱い自分を変えたくて、我々のテストを受ける事になりました」
「……テスト?」
「今から始まりますよ。決して見逃さぬように」
男の声に合わせるかの如く、白衣の男達は少女の両手足の先に何かの管を挿し、全身に心電図で使うパッチを貼り付けていく。その間、微動はあれど少女は反応を特に示すことはなく、ただされるがままに受け入れていた。
やがて作業が終わり、一人、また一人と離れていく。
「強化血液供給ライン確保。注入プラグ正常」
「バイタル正常。肉体チェック完了」
背後にいた白衣達がそれぞれの役目を報告し、男に支持を仰ぐ。
「では始めろ」
「改造適正検査。強化血液注入開始」
それを合図に白衣の一人がスイッチを押した。
直後に手術室から大きな駆動音が響き、少女を囲む機器が一斉に作動して唸りを上げる。
無数のコードに繋がれた機械がピコピコと音を立てて光り、少女の頭上からはドリルが迫り鈍く輝く。
そして、四方のコードから黒い液体が少女へと向かい流れ、全てが始まった。
『……ウッ!』
これまで一言も発さなかった少女が初めて声を漏らし、苦痛に顔を歪めた。
『ウ゛ッ……ア゛ッ゛、ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……!』
全身を震わせ、踠き暴れ出す身体に絶え間なく注がれる黒い液体。血管を逆流し、白い肌上に浮かび上がり侵食していく。
『ア゛ァァァァァ……! ア゛ッ! ギッ、ガァァァァァ!』
人の声とは思えぬほど野太く、激痛の叫びを上げる少女。首を激しく振り乱し、逃れようと手足の枷で暴れる。
堪らず目を背ければ、男もガスマスク達も眉一つ潰すことなく淡々としてその光景を見下ろしている事態に詩乃は更に恐怖を抱いた。
年端も行かぬ少女が苦しみ悶える姿。普通の感覚なら助けようとしたり、詩乃のように目を背けたりするだろう。
しかし、彼らはただ見ているだけだ。いくら少女が助けを叫ぼうが、心拍数が異常な程高くなろうが決して止めることなどせずに、ただ見ているだけ。
『ヤッ、やめっ……、た、助け……。ギィャァァァァ……!』
目を充血で真っ赤。口からは血を零し、下からは溜まらず尿も漏れている。汗と苦悶に全身を濡らし助けを乞う少女。
男はそんな少女を一瞥すると付近にあるモニターへと目を向け、そして、つまらなそうに息を吐くと手元の目盛りを一気に回した。
『ギャァァァァァァァァァァ!!! ッ…………』
直後、狂ったような叫びを最後に少女の胸が破裂したように跳ね上がり、動かなくなった。
手足は力無く伸ばされ、口からは舌がだらしなく垂れて白目を剥いている。シュウシュウと音が身体から漏れ、耐えきれなくなった血管から液体が吹き出しその辺に漏れていく。
「ヒッ……!」
微かに悲鳴を漏らし、詩乃は口を覆った。
彼女がどんな末路を迎えたのかなど明らかだった。あまりにも呆気なく、あっさりと訪れた終わりを前に言葉が出ない。
震える足で後退るも、男が立ちふさいですぐに止まってしまう。振り向けば先ほどと変わらぬ張り付いた笑みのまま詩乃を見下ろしていた。
「あ、あぁ……」
「どうでしたか? 我々のテストをご覧になった感想は」
男が前に踏み出せば詩乃が引き、あっという間に窓ガラスに背がついてしまう。
「ご、ごめんなさい……。か、帰してください……」
「残念ながらそれはもう無理です。我々の秘密を知った以上、あなたには二つに一つしか選択肢は残されていません」
男が視線で窓の向こうを差せば、反射的に詩乃は振り向く。
そこでは黒いガスマスク達が事切れた少女を担ぎダストシュートに投げ入れる様子が見え、人が一人死んだというのにまるでゴミを片付けるかのよう淡々と処理をする姿に恐怖が強まった。
「一つは彼女のように我々の仲間となる改造手術を受けてもらう道。成功すればあなたはより優れた存在へと生まれ変われる。ただし、失敗すれば……どうなるかはお察しの通りに。そしてもう一つは――」
直後、頭上から垂れてきた糸が詩乃の首に絡みつき締め付ける。振り解こうと手をかけるも糸は更に締め上げてきて、続けて伸びてきた第二第三の糸によって手の動きまで封じられてしまった。
「――もう一つは手術を拒むのであれば、ここで死んでもらうだけです。我々の秘密を知るものは誰であろうと抹殺する。それが掟ですので」
恐怖で視線が逸れ、ふと頭上を見上げればそこにはいたのは巨大な蜘蛛。人型の異形が天井一面に張られた蜘蛛の巣を掴み詩乃を見下ろしていた。
この怪物は一体いつからいたのか。そもそも初めからいたのかもしれない――なんて考える余裕はなくて。
悲鳴を上げようにもギチギチと締め付けてくる蜘蛛糸に縛られ、恐怖で震え折れそうになる足は男に支えられてしまい動けなくなった。
「どうしますか? 全てはあなたの返事次第です」
顎を掴まれ無理やりに男と視線を合わせられてしまう。振り解こうにも相手の力の方が遥かに上で歯が震えるだけだった。
(怖い……でも、逃げられない……)
怖くて怖くてたまらない。逃げ出してしまいたい。
でも、逃げてどうなるのだ。仮に運良くこの組織から逃れたとしても彼らはきっと追ってくるだろう。
そうなれば自分は一生逃げ続けるしかなくなる。この恐ろしい組織から。自分の忌々しい過去からも。
「いつまでも逃げてばかりでは何も変わりませんよ」
見透かしたような口振りの男に、詩乃の心臓が跳ね、何かが確固たるものとなった。
不本意ながら彼の言う通り、逃げていては何も変わらないし変えられない。この状況からも逃げられないのなら立ち向かうしか道はないのだ。
震える歯を噛み締め、視線を逸らすのを止めて見つめ返す。
「……わかりました。受けます、改造、手術を……」
まだ怯えは残っているものの、凛とした眼を向けてくる詩乃に男の表情が少しだけ揺れる。
「……私に、力を……与えて、ください……」
意を決した詩乃の言葉に、男は笑みを浮かべ手を離した。同時に蜘蛛糸からも解放され、詩乃は力無くその場に座り込んだ。
「おめでとう! 君はこれより我々ショッカーの一員となったのだ! 皆さま盛大な拍手を!」
男の一声で白と黒の構成員達が拍手を始め、詩乃を歓迎するかの如く改めて花束を差し出してきた。
唖然としたまま受け取る詩乃。もう後戻りは出来ないと覚悟を決めるしかなかった。