朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
ショッカー日本支部は日本各地に点在し、その本部は絶海の孤島に建てられた極秘施設である。外界とは特殊なエネルギーシールドで遮断され、唯一の経路は一本だけ存在するトンネルのみ(他にもあると噂されるが知るのは首領といった一握りのみである)
また島の面積も広大であり、その中には改造手術を行う施設は勿論、捕獲した奴隷や人体実験を施す施設。中には不必要と判断された資材や失敗作の怪人を破棄、監禁する為の施設まであった。
そして、施設の一つである特殊兵器実験場。さながらレースのサーキットに見立てて作られたそこでは、ショッカーが製作した戦車や戦闘機といった兵器から、バイクやビークルといった怪人用のスーパーマシンの調整及び試運転を行う場である。
今、そこを駆け抜けるのは一台のバイク。
前面に搭載された巨大な砲台が夕陽をかき分け、側面に『∞』のマークが刻まれた漆黒のボディが煌めいている。
ジェットヘルメットの中、バイクに跨るアリスは苦悶の表情を浮かべたまま、アクセルを握る手を強めた。
急加速し、更に冷たく吹きつけてくる風を浴びてもなお、気分は一向に晴れることはなかった。
詩乃や木綿季、珪子には信じてもらえなかったが、まだ平和だったゴルゴムの里にいた頃、アリスはドラゴンを飼っていた。
そして、その愛しき飛竜に跨って空を駆け、果てしなく広がる世界を感じる瞬間が何よりも好きだった。
人であることを奪われ、怪人の里に隔離されたアリスにとってその時間だけが、すべてで。どんなに辛い時も苦しい時も竜と共に過ごす一時だけが何よりの安らぎが得られて、次第に怪人としての人生を受け入れて、ビルゲニアとなってからもそれは変わらなかった。
そして、様々な要因が重なってしまい、不運にもドラゴンという種族そのものが環境に適応できずに絶滅してしまい、その風を感じる機会を失って悲しみに暮れていた頃に出会ったのがバイクだった。
何故かはわからないが、バイクに乗って風を切る感覚はどこか懐かしくてあの愛しき竜を思い出させてくれた。だから時々、里を抜け出してはバイクに乗る為に人間の世にやってきていたのだ――が、まさか、こんな形で役に立つとは思いもしなかった。
アリスが今駆っているそれは普通のバイクではない。
ショッカーならびにゴルゴムの誇る科学チームが共同開発した試作バイク、その名もヘルシューター。
最高速度は約1000kmとされ、レーザー砲やバルカン砲、ミサイルなど破壊力に長けた兵器を多数搭載しており、遠方への攻撃手段を持たない怪人の強化装備としての運用が想定とした兵器であり、アリスはそのテストパイロットとして参加していた。
加速は留まることを知らず、景色が次第に静止したように溶けていく。
常人ならとっくに目で捉えることはできないであろう超高速の世界。人間を遥かに越える怪人の上位たる大幹部であるアリスだからこそギリギリ見えてはいるが、これが並の怪人ならひとたまりもなく振り落とされているだろう。
獰猛なまでのスピードに負けそうになる体に鞭を打ち、ペダルを突く。熱く唸るエンジンの力を腹の下から受け、力を増していくモンスターマシンの性能にアリスは背をゾワゾワと登る感覚に身を震わせた。
昂る感情に煽られるままにアクセルを握り、更にスピードを上げていく。勢いを殺さぬままにカーブを曲がり、縦横無尽にサーキットを駆けていく。
今はまだ兵器を積んでいないヘルシューターだが、それでこの性能だ。これが完成して完璧で完全な兵器となったその日こそ、勝利は間違いないであろう。
鋭さを増す風に切られるカラダから熱気が溢れて、周囲を白煙が包み込む。
熱く赤く昂った手足には鎧が纏わりつき、眼光は真紅に染まっていく。結い上げていた髪は風圧で解けて、ヘルメットが熱風で飛ばされると、アリスは怪人たる鎧騎士へと変身した。
力を解放し強化された感覚ならヘルシューターの力を、多少は、御せる気がした。身を屈めてスピードの激流に乗る。計器盤の針はとっくに振り切れていて、電子メーターに表示される数字も恐ろしいまでに上昇していく。――その数値の乱れに気付かぬままに。
アクセルを限界まで振り絞って、音を置き去りにするほどに駆け抜けていくマシンに煽られて、アリスの激情も再燃していく。
信じて託された、自分だから託してくれたこの剣聖ビルゲニアの力を――使いこなすことができなかった。
守れなかった。
何も、何一つ約束を果たせなかった。
昂る情動は限りなく溢れてアリスの視界を滲ませて、感情が乱れ、昂り、沸騰するみたいに全身を熱になって包んでしまった。
――だから、限界以上に握りしめたアクセルに気づくのが、一瞬、遅れて。
ガクン、と体が揺れたと思った瞬間に、今度は車体の制御が効かなくなって。何事かと思考を切り替えるより早く鼻を貫く焦げ臭いガス臭に理性が警鐘を鳴らして。バチバチと火花を散らすタイヤとエンジンが刻一刻と告げるのは暴発までのカウントダウン。
直後、激しいフラッシュがサーキットを包んで――一瞬遅れて地を揺らした衝撃と爆音は、恐ろしい突風になってあらゆるものを薙ぎ倒した。
真っ黒な噴煙が立ち上り、青空を暗く染めていく。転がっていくヘルシューターだった残骸と燃え上がる車体を少し離れた先でアリスは見つめていた。
ほんの一瞬だけ早く、空中に離脱していた彼女は危なげなく生還しており、慌ててかけてくる白衣のショッカー戦闘員達が消火を行う様子をぼんやり眺め、同様に熱くなりすぎた己を恥じた。あの頃から何も成長していない、変わっていない己を。
「本当に……私で良かったのでしょうか。師匠……」
燃え盛る爆炎を見つめて、揺らぐ瞳でただ一言。今は亡き師匠へと思いを馳せた。
※
今でこそ信じがたい話ではあるが、アリスはゴルゴム史でもあればそこに間違いなく名を記されるであろうほどの問題児だった。
改造されたばかりの頃、怪人と成り果てた己への嫌悪感と自身から人であることを奪ったゴルゴムへの怒りや恨みから何度も脱走を試み、幾度となく三神官や他の怪人、酷い時には創世王にまで牙を剥いた事など数えきれないほどある。
しかし、ただの怪人に過ぎない当時のアリスでは創世王はもちろん、三神官相手に敵うわけもなく。
その度に何度も敗北を繰り返し、石棺に封じ込められた事は一度や二度ではない。
ある時には、本当に怒りを買って抹消寸前に追い込まれたことさえあった。
だが、そんな反骨精神剥き出しのアリスを気に入った先代ビルゲニアが彼女を後継者候補として選んだことで転機が訪れる。
何度やられても諦めないアリスをビルゲニアは高く評価し、彼女唯一の理解者でもあったユージオ共々弟子として迎え入れられ、そこで怪人としての力を磨かせたのだ。
もちろん出会った当初は先代相手でも反抗的な態度を崩さず、彼の命を何度も狙って心を一切開かなかったが、根気強くアリスに向き合い続ける彼に次第に気を許し、使い方が分からず当初は呪いとすら思っていた怪人としての姿を鍛錬し、その強大な力を己のものとできるように付き合ってくれたのだ。
それを数十年、数百年と続け、人間よりも怪人として生きてきた時が長くなる頃には、鍛えるほどに強く馴染んでいく力に酔いしれて。
ヒートヘブンを喰らう度に湧き上がる多幸感によって初めほどの嫌悪感も次第に薄れてしまい。
里の住人と親しくなるにつれて、自分にしか守れない存在に気づくほどに、いつしかアリスは怪人としての自身に溺れていた。(ヘブンの副作用によるものであることは彼女は知らない)
そうして時は流れて1000年程前。
身も心も怪人と成り果てたアリスは攫われてから人里に戻ることはなく、ゴルゴムの隠れ里で生き続けた。
人を超えた存在――シロネコ怪人となって、主たる創世王の為に己を鍛え、同じく怪人となったユージオと共に力を高め続けた。(それが、創世王による密かな洗脳の影響であった事をアリスは知らない)
毎日飽きる事もなく鍛錬を積み重ね、ユージオは疎か先代にすら引けを取らなくなってきた頃――彼からの推薦でアリスが次のビルゲニアに選ばれたのだった。
訪れた継承の日である日蝕の夜。
かつて自身が人であることを奪われた儀式の間で、アリスは生まれたままの姿を晒し、崇高なる式典に協力するゴルゴムに伝わる秘伝のエキスを一身に浴びていた。
「アリス、君は本当にこれでいいの?」
粘性の高い、オイルにも似たそれを海洋系の女性怪人達に囲まれて塗られていく幼馴染に、ユージオは影から尋ねた。もう数百年にもなる長い付き合いとはいえ、男女の良識くらいは怪人の世にも存在するのだ。
「……あんなに怪人である事を嫌がっていたはずのアリスなのに、王を守る怪人になろうとするなんて、驚きだよ」
「ユージオ、あなたが驚く気持ちも分かります。ですが、あの頃はまだ幼かったから、あんなにも反抗してしまい、数えきれない醜態を晒してしまいました……」
伏し目がちに視線を逸らし、肌を這う怪人達を止めた。
「……ですが、今となっては怪人になった事を誇りにさえ、思っています。人間を超えて生きられる高位の存在。これから私はその選ぶ側に、導く立場になれるのです……かつての私のような迷える存在を救う立場に……。これ以上の喜びなどありません」
傍付き達に席を外すように頼み、ユージオと2人きりになる。
「……でも心配しないでユージオ。私はいつまで経っても私のままだから……。何も変わらない、だから私が新たに生まれ変わる瞬間も見ていて欲しいの……」
「アリス……」
ユージオが答えるよりも早く、2人の影が、静かに重なった――。
――
――――
そして迎えた継承の儀。
一糸纏わぬアリスを中心に、薄暗くて狭い洞窟を囲む無数の怪人達。
無防備に全てを晒すアリスの元へ触手が降って、彼女の肢体を縛り拘束し、地面と平行するように寝かせていく。大の字に開かせたアリスの肉体に触手が刺さって、創世王より湧き出たエキスが注ぎ込まれていく。
1000年振りくらいにもなる手術の感覚を噛み締めながらアリスは目を閉じていた。
大昔はカラダを作り替えられる事に抵抗した彼女だったが、今では怪人としての人生が長く、最早そんな愚行に及ぶはずがなかった。
暗がりから先代ビルゲニアが現れて、見下ろす。剥き出しになっているアリスの腹の上に、皺だらけの手が触れる。横一文字が刻まれた白い素肌を愛おしむように撫で、傷跡に手を重ねた。
「アリス、これよりお前に我が剣聖ビルゲニアの力を託す。……だが、お前は引き換えにシロネコ怪人としての力を失い、適合できなければお前は死を迎える事になる――それでもいいのか?」
「構いません、それが怪人の世の為ならば……私はこの命を捧げることすら惜しくはない」
「……そうか。ならばアリス、この力をお前に託す。……俺を継ぎ、創世王様を――そして、いずれ産まれる世紀王を守ってくれ……」
「はい、必ずや。創世王様と次の王子達をお守りします……」
眉ひとつ動かさず、先代ビルゲニアの言葉に同意するアリス。
男はそれに満足したように笑うと、重ねていた手に力を込めた――瞬間、白く濡れるみたいに男の腕が輝きを放ち、やがて、灰色に濁り、彫刻のように硬化していく。
「……後は頼んだぞ、アリス」
直後、先代ビルゲニアの肉体は完全に石化して崩れ去り、土塊に成り果てて降り積もった。
残されたのは彼が受け継いだビルゲニアのストーンのみで、ストーンは意思を宿しているかの如く空中を浮遊してアリスの腹部に浮かび、そして、勢いよく彼女目掛けて急降下して内部へとめり込んだ。
「……ッ!? くっ、ううっ……! アアアッ!」
アリスの苦悶の叫びと共に、洞窟が白い光に包まれていく。
体内ではアリスの腹部に埋まったストーンが強く根を張って輝き、彼女の意思に反してカラダを異形へと変身させた。
「ぐっ、ああぁ……アアッ……、アグッ、ガアアア……」
白目を剥き、猛烈な蒸気に覆われて無意識にシロネコ怪人へと変わったアリス――と、同時に体内のストーンが砕け散り、新たに別のストーンが生成されていく。
「ギッ、ギイィィィィィッ……!!!」
首を右へ左へと振り乱し、シロネコ怪人――だった者は激痛に身を踊らせた。
毛が異常なまでの速度で消滅し、失われていく。爪も砕けて無くなって、生えていた毛並みの良い尻尾もまた、腐るように断ち切れてしまった。
そして、上書きするように体内では猫の遺伝子が甲冑魚の遺伝子に塗り替えられていく。
次第に怪人の身体を縛っていた触手が引いていき、地面に転がり落ちた。
「アリス……! アリス、アリスーーー!」
「ウッ……アッ……アアァ……」
たまらず駆け寄ったユージオを他所に、アリスの肉体は激痛に悲鳴を上げ続けていた。
シロネコ怪人のカラダは絡みつくような熱波を纏い、その姿を変えていく。
美しい毛並をしていた全身から体毛が抜け落ちて、元の若い肌のハリを堪えた少女のハダカへと戻っていき、間髪入れる事なく代わりように純白の鎧が白い裸身を包み、覆い被さるようにして彼女の変化を推し進めていく。
ネコの顔そのものだった頭部は解けるようにアリス本来の顔を取り戻し、一瞬だけ兜を被らせたかと思うと、即座に消滅して変化することはなかった。
「うっ……くぅっ、うぐっ……」
「アリス……! 大丈夫!? しっかり……」
ゆっくりとだが引いていく苦痛に耐えてアリスはふらふらと覚束ないながら、自らの足で立ち上がった。
震えの残る両の足に力をこめて、アリスは壁に埋め込まれた氷のような鏡を見つめた。
そこに映る自身の姿を――シロネコ怪人から剣聖ビルゲニアへと生まれ直した自身の姿を。
「これが、ビルゲニアの姿……!」
確かめるように、頬へ、肌へ、輪郭へと指を滑らせて掌で撫でる。
一見して鎧を着ているようにも見える特異な怪人態。師匠の時にも感じていたが、人間の姿をほとんど残さずに変化する他の怪人と違い、顔という人間らしさを存分に残したビルゲニアの姿はやはり自分の身で味わっても不思議だった。(頭部も覆っていた先代と違い、首から上は生身にも見えるアリスは更に特殊でもあった)
しかし、鎧の硬質な感触や肌を直に覆う布地の青いドレスから確かに感じる、自身の血が流れ肉と繋がっている感覚は確かな物で、シロネコ怪人時代とは明らかに違う重厚さすら覚える力の強大さに震えすら走った。
湧き上がる感情に急かされるように、どこからともなく取り出した純白の剣と盾。
それを呼んだり消したりを繰り返し、己の力を感じて、アリスは静かに笑ったのを覚えていた。これからは自分が、師匠の後を継いで創世王や里の民、そしてこれから生まれるであろう世紀王を導く役目を担うことになる。
与えられた使命を胸に抱き、アリスは怪人としての覚悟と決意を新たに宿したのだった。
あの悲劇が起きるその時までは。