※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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怪人村

 平和と平穏そのものを体現した学舎。

 コツコツと鳴るチョークが黒板に擦れる音、教師の発する声、教室内にヒソヒソと囁かれるクラスメイトの微かな声、小物や靴の動く些細な音。

 

 それら全てをこの耳は捉え、脳内で最新テレビより鮮やかに再生する。

 

 朝田詩乃は退屈そうに欠伸すると、だらしなく姿勢を倒し窓を見やる。

 快晴、雲一つない青空は清々しくて。この空の下をシノンとして駆け回れたらどれほど気持ちがいいだろうかと、そんなことばかりを考えていた。

 

 そんな詩乃を見かねて教師が彼女に黒板に書かれた問題を解くように指すが、考える間もなく答えを公式込みで言ってのけ、頭を伏せた。

 

 やや難しめの、彼女の成績なら苦戦すると思っていた問題をいとも容易く解答して唇を震わせる教師も、かつては優等生――とまではいかずとも模範的な学生として振る舞っていた詩乃を知る学友達の視線を無視して、詩乃は再度自分の世界へと落ちていく。

 

 改造され常人を遥かに超える頭脳を得た詩乃――シノンには高校レベルの問題など造作もない。見ただけで視界に完璧な公式が展開され、理解できる以上この学校にいる時間は何よりも退屈で。一部とはいえ、教室内からこの程度で尊敬の眼差しを向けられる事自体が煩わしかった。

 

(そういえば、ホッパーに求められる知能レベルはもっと高かったはず……)

 

 不意に脳裏をよぎったのは、ショッカー基地で見たホッパーの設計図。

 改造されて間もない頃、バットから一刻も早く怪人としての己の力を理解するようにと命じられ、組織のデータ室にて改造データを閲覧していた時。たまたま落ちてきたそれを見てしまったのだ。

 シノンとしては見る気はなかったが、『機密事項』と書かれたそれが、どうしても気になって。

 好奇心に駆られて開くと、中には半身解剖図と奇妙な単語の羅列。改造。SMR。手術。脳。変身。仮面。飛蝗。ベルト。風車。バイク。

 他にも知能指数600やスポーツ万能などの理想的な素体条件。

 最後の章にはノーベル賞候補の科学者に、柔道や空手、剣道の有段者からオリンピック選手候補、特殊バイクを乗りこなせると予想されるオートバイレーサー、念力やテレパシー能力保有者といった候補者名簿が記載されていた。

 

 強化された頭脳をもってすれば内容を理解することなど造作もなかった。が、だからこそ思い知らされた。わからされてしまった。

 

 改造人間シノンとホッパー。

 この両者に絶対に超えることなど敵わない壁が幾重にも絶望的に聳え立っていることに。日々積み重ねているトレーニングを持ってしてもその差は縮まっても絶対に埋まることはないだろう。

 

 ――だがもし、過程の話だがアリスの言った「怪人の力の継承」がショッカー産である自分にも本当に可能なら、その限りではないかもしれない。

 

(ホッパーの力を……私のものに……)

 

 もしも、自分が再改造手術を受けてホッパーの力を取り込む事ができれば……。あの恐ろしいまでに強大な力を我がものとし、支配することができれば……。

 アリスどころか、彼女の敬愛する創世王とやらも上回る存在になれるかもしれない。

 事実、当初は知能指数は200程度だった詩乃の数値は日に日に上昇し、今や組織が誇る天才『博士』に迫りつつあった。この調子ならホッパーが理想とする600も夢ではない。

 

 誰にも負けない絶対的な強者。弱さや恐れなどない完璧で最強の存在に。

 

 そうと決まれば、こんなところで過ごす時間など1秒でも惜しいが、悔しいが今の詩乃にショッカー基地に行くことはできない。大幹部の命令がある以上は。

 

これもアリスから「今日だけはショッカー基地にも来るな。怪人にもなるな」との命令を受けたからに他ならなくて、そうでもなければ最近はすっかりサボり気味になっていた場所になど来るはずがなかった。制服ですら、アリスの指示と並行して行なっている『首領から与えられた任務』が無ければ着ることさえなくなっている。

 

 頭を起こし、背後へと倒す。

 自身に視線を向けていた生徒達が慌てて視線を逸らすが、詩乃の目当てはそこではない。

 

 クラスの最後尾。カースト上位のグループ――だった者達が座っていた場所。

 

 今は誰も座っていない、どころか詩乃の変化と同時期くらいに失踪して、学校では「家出した」だの「悪い先輩に捕まった」だの憶測が飛び交っているが、真相は誰も知らない――

 

 

 ――詩乃以外は。

 

 

 得意げに嗤う詩乃に怯えるクラスメイト達。

 再び、空を見つめて制服の下。首に掛けてあるショッカーのエンブレム付きネックレスに触れて偉大なる組織への忠誠を抱く。

 自分に力をくれた崇高なるお方に、邪魔者を排除できる機会を与えてくれた組織への感謝の念に満たされていれば、この退屈な時間も、少しは紛れる気がした。

 

 

※

 

 

 人里離れた僻地にある廃村。

 過疎化や開発の影響でかつて住んでいた村民は1人残らず去ってしまい、荒廃した建物と土地だけが残された時代に取り残された残骸。

 ここはアリスが密かに買い取った土地であり、外界からの遮断とゴルゴムの拠点として利用されていた。

 

 その中の一つ、古びた社に見立てて作られた建物は地下通路へと続く秘密の出入り口であり、内部には現代科学を遥かに超えるショッカー技術とゴルゴムの呪術が合わさった科学施設になっていた。

 

 施設の中心部。

 次代の王を迎えるべく作った玉座の間で、アリスは世紀王シャドームーン復活に向けた儀式の準備に着手していた。白衣を着たゴルゴム科学チームは連携して事にあたり、その中にはノミ怪人の姿もあった。

 

 シャドームーンが入れられた丸い生命維持装置には透明な換気チューブらしき管が無数に繋がれて、内部にいる飛蝗怪人へと伸びていた。日本への輸送後、更に肉体の波長が弱まり寿命の限界を超えつつあった為の措置でもある。

 

 だが、何よりも1番に驚くべきはその腹部。

 半ば強引にも見えるほどに巻き付けられたゴツいベルトだった。

 生物然とした飛蝗怪人にとって、やや不釣り合いにも見える近未来的メカニカルなそれは、アリスがショッカーより奪取したデータを元に完成したシャドームーン用怪人強化装置「ムーンドライバー」。今はその機能を発揮してはいないが、復活した暁には当代のシャドームーンを最強の存在にする武装であり、微弱になった体内のキングストーンの力を増大し、命を繋ぎ止める最後の生命線でもあった。

 

 周囲は巨大なタンクに取り囲まれ、その中には創世王から採取された青いエキスが大量に詰まっており、それは一つどころか無数に設置されていた。

 

「……創世王のエキス。これだけあれば全怪人のヘブン1ヶ月分は余裕で賄えるな。……アリス、これでしくじったらマジでクビが飛ぶだけじゃすまないな」

「心配どうもコウモリ。ですが見てなさい、全ては上手く行きます。行かねば私どころか全ての怪人が終わるだけです」

 

 コウモリの脅しを前にしてもアリスは引くことなく胸を張る。シャドームーンの寿命が近づいている以上、最早ゴルゴムに一刻の猶予もない。――アリスとしては既に『代案』を秘密裏には用意しているとしても、『彼女』を切るにはまだ早い。最も、今回の儀式以上に不確定要素と条件が整っていないため実行には踏み切れないのだが。

 

 アリスとコウモリの背後、自動ドアが開き今回の儀式の要でもある男――結城浩一郎が連行されてくる。ショッカー牢に監禁されていた頃よりは多少肌色を取り戻しているが、やつれているのは相変わらずで。ボロボロの体を左右に立つ男達に無理やり引きずられて、アリスの前に立たされた。

 

「前より痩せましたか? 男らしくてステキですよ」

「……何をふざけたことを。それより明日奈はどこだ。……早く俺たちをここから解放しろ……!」

「そう焦らないでください。……それに、明日奈さんならもう目の前にいるではないですか」

 

 何をふざけた事を、と眉を顰める浩一郎だったが、アリスの背後。球体に閉じ込められた怪物を見て目を見開いた。

 

「……ご名答。ようやく妹さんに会えましたね」

 

 すぐ傍まで近づいて悪趣味な事を囁くアリスの声など耳に入らない。

 あの地下牢に攫われる時に見た蜘蛛の異形や監視して時に囚人達を徹底的に痛めつけていたガスマスクの連中、そしてここにいる時に幾度となく目撃し耳にした怪人の存在が、抗う理性を無視して頭が急速に回転して、目を背けたくなるような想定したくない答えを結びつかせた。

 

 怒りを、込み上げてきた激情を抑えることなど出来なくて。屈強な男達を振り解くと思いのままに目の前の仇敵目掛けて掴みかかる。咄嗟のことに驚く暇もないのか、彼女は微動だにせず。そのままその済ました顔をぶん殴ってやろうと拳を振り上げた――

 

 

 ――瞬間に、ひっくり返る、世界。

 

 間髪入れずに背を強く踏みつける痛みに悶え、鉄仮面の如き変わらぬ表情で見下ろしてくるのは、あの女。

 

「ご苦労ですシリカ。ですが、あまり痛めつけないでくださいね」

「人間如きがアリスさんに触れようとするのが悪いんですよ。こんな奴、もっとこうしてやればいいのに……」

 

 浩一郎を無力化し、踏みつけたのはシリカ。部屋の隅に控えていた彼女は彼が反撃に出るや否や素早く動いて強襲したのだ。(最も、アリスとしては敢えて浩一郎が反撃できるようにさせたのだが)

 

「少しくらいなら構いませんが、彼は大切な生贄です。やりすぎないように」

「はーい」

 

 アリスに言われるよりも早くサッカーボールよろしく腹部を蹴り上げ転がす。かつて人に迫害された経験のあるシリカ――珪子にとって人間は憎悪の対象となっていて、シノン以上に人を傷つけることへの抵抗は無くなっていた。(ゴルゴム式手術には感情的かつ好戦的になりやすいという弊害があり、悪感情を暴走させる危険性が伴うのだ)

 

 自分の妹ほどの少女に簡単に蹴飛ばされた先には黒服が構えていて、またもや無理やり持ち上げられて立たされると球体の装置前に投げられた。

 

「――最期に、愛する家族と話す時間を上げます。せいぜい噛み締めなさい」

 

 一歩後ずさり、浩一郎を少しの間解放する。依然周りは囲まれたままだが自由を噛み締めつつ、装置に触れた。

 

「……明日奈、ごめんな。今まで何もしてやれなくて――」

 

 ガラス越しに語りかけるは、兄から妹への、かけがえのない大切な肉親への、優しく慈愛に満ちた言葉。

そこに嘘や偽りは一切なく、あるのは純粋な家族を思う温もりだけ。

 

 彼女が産まれてからこれまでのこと。

 彼女が失踪してからの事。

 本当は思い描いていた未来の事。

 

 ゆっくりと丁寧に紡がれていくそれら一つ一つが穏やかで、例え相手が飛蝗に変わり果てたとしても向けられる思いは変わることはなかった。分厚いガラス越しに想いが届いているかは誰にも分からないが――これまで身じろぎ一つしなかった飛蝗怪人が、微かにながら、蠢いた気がした。

 

 それは、離れた位置に立つアリス達にも伝わった。

 この兄妹を襲った悲劇の元凶ながら、残酷な運命によって引き裂かれた2人に思うことはある。怪人もこの地球に生きる生命の一つ。いくら創造主や自らの種族の繁栄の為とはいえ、家族や兄弟の結末に胸を打たれないほど非情ではない。人間を下等生物と見下していても、決して心のない怪物ではないのだ。

 

「もう済みましたか」

「……あぁ、これが終われば……俺は生きてはいないんだろう?」

 

 浩一郎の問いにアリスは答えない。答えることが、出来なかった。

 

「……最期にもう一つ、明日奈に手紙を書かせて欲しい。それくらいの時間、貰えるか……」

「…………いいでしょう。最終調整までまだ少しあります。それまでなら……」

 

 浩一郎の頼みを聞き入れ、アリスは部下に指示を出して別室へと連れていく――残った化学班に1時間ほど余分に調整時間を費やすようにと伝えてから。

 

 

 玉座の間を後にするアリスの背を追うシリカ――ふと視線を感じて後ろを向くと、維持装置の中、飛蝗怪人の物言わぬ複眼と――その奥にある亜麻色髪の少女の瞳と視線が交わって。

 

 目が静かに開き。途端に、心臓が強く脈打つのを感じた。

 

 忘れるはずなどない。――彼女とは、一度会っている、気がした。――シリカの名を与えられたあの異空間で。追いかけても追いかけても、決して追いつけないあの不思議な空間で、彼女は自身を陰から見つめていたのを覚えている。

 

 だが、そんなことはありえない。

 

 後でアリスから聞いた話では、あの創世王に命名される世界はその怪人だけにある精神世界のような物で、外部から侵入することなど不可能だというのだ。それならあれは幻だったと思っていたが、まさか――

 

「……シリカ、早く来なさい。邪魔をしてはいけません」

「あっ、ごめんなさい……!」

 

 アリスに呼ばれ慌てて立ち去っていくシリカ。

 次第に小さくなって、自動ドアで遮られるまで――飛蝗怪人の複眼は彼女の背中から目を逸らすことはなかった。

 

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