朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
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シャワーを止め、結城明日奈は曇った鏡を見やった。白い裸身から滴る雫はそのままに、鏡を手で乱暴に拭えば現れるのは自身の素顔。
あの醜い飛蝗怪人ではない。大人びた容姿ながら少女らしさも存分に残している可憐な顔立ち。
自慢ではないが、それなりに整っていると自負していた顔を眺め明日奈の頬が緩む。――齢18ながら2年前から全ての成長止まっていたという点を除けば。
忘れもしないあの夜。
ネットゲームで出会った友人の招待を受け、親友である兎沢深澄と共に渡った外国の地。
やっとのことで乗り越えた高校の合格祝いも兼ねて開かれた華やかなパーティーの最中、襲ってきた飛蝗の群れ。
何もできずに攫われて、気がつけばハダカにされた全身を弄くり回されて。理解も理性も追いつかぬままに人ではなくなり、突如始まった破壊活動に巻き込まれて、耐え難い苦痛と激痛の中で、呆気なく、短い人生を終えた――はずだった。
だが今もこうして生きている。
あの人でも怪人でもない。生きているのか死んでいるかさえも分からぬ終わりなき地獄を抜けて、明日奈は世紀王シャドームーンとして蘇ったのだった。
そのためにもまずは――なすべきことをやるのみ。
と、これからを見据えた直後に気になり出したのは、視界にちらちらと割り込む前髪。全体的に重くてどうにも鬱陶しい。考えてみれば自分が長い眠りについていなかった数年間は櫛さえ通していないのだから荒れてるのは当然で。
元は絹のように鮮やかで、親友にも褒めてもらえた自慢の髪も無惨な事になっていて。シャワーを浴びたのも、明日奈自身の希望もあるが、本来の目的はこれからやってくる客を迎えるに当たって当主たる自分の姿があまりにもみずぽらしいとアリスに指摘されたからだ。
どうしたものかと思考を巡らせていると、視界の端――鏡のある洗面台に置かれたままの使い古されたハサミが入って。
※
明日奈の覚醒と共に半壊した玉座の間。一度は吹き飛ばされ横転した巨大な王座は元の場所に再び設置されて、明日奈はそこに腰掛けた。
時間は掛かったものの、髪はハサミで切って梳かして整えられて、鮮やかな亜麻色の髪をクラウンハーフアップに形作って。入浴し身を清めたのもあって美貌を取り戻した彼女の美貌は美しい。
純白のケープを羽織り、パールピンクを基調としたドレスにブーツを履いた姿はまさしく女王としての威厳を秘めていた。
頬杖を付き、静かに来客を待っていると近づいてくる足音が2つ、3つ、いやもっとやってきていた。
自動ドアが開き姿を見せたのは無数のショッカー戦闘員達と怪人3人。蛇、蜘蛛、蝙蝠の三体がショッカーより派遣され、玉座の間へと招かれた。
「へー、アリスってばこんなとこボク達に隠してたんだー」
一足早く踏み入れたのはユウキで、軽やかな足取りのまま興味深々とばかりに見渡して。続いて降りてきたバット、スパイダーも同様に半壊した広間を眺めていた。
きょろきょろと見ても荒廃した場所にしか見えないが、怪人である彼らの超感覚には、破壊の痕跡と微かに残存した先日感じた波動に似たエネルギーの脈を捉えた。
「もしかしてあれが世紀王? はじめまして王様ー!」
部屋の奥、玉座から動かぬ明日奈にユウキは手を振った。
仮面に隠され素顔は見えないが、少女らしい無邪気な声と仕草に自然と明日奈の手も揺れた。
「……そう、あれが世紀王シャドームーン様だ」
「ノミ博士、案内ありがとうございます」
「う、うん……それじゃあ、僕はこれで……」
ショッカーより派遣されてきた三人の案内を終えたノミは足早に広間を後にする。
残された3人は明日奈と対峙し、改めて彼女から感じる底知れない強さに身慄いした。
数日前に起きた謎の異常現象。それはユウキ達日本支部の怪人に限らず、世界各国にいる怪人達にも同様の影響が発生。
ショッカー戦闘員達による調査の結果、それは日本の山奥にあるとある村が発生源であることが明らかとなった。同時に、アリスの口から自分たちの王子である世紀王の復活の儀による影響であると告げられ、アリスは村の存在を隠していたことの事情聴取の為に軟禁、怪人村は日本支部から怪人を派遣しての捜索が行われることになったのだ。
「あなたがシャドームーンですか。お噂は存じておりましたがまさか実在するとは……」
「はじめましてバット、あなたの話はビルゲニアから聞いています。何でも、かなりのやり手だとか」
「やり手だなどと滅相もない……。私はただ忠誠を誓った組織と主に従うだけの存在です」
「……それは結構な心掛けですね。私の部下になりません?」
「ご冗談を……」
静かに火花を散らすバットと明日奈。広間に残ったのは明日奈を除けば全てショッカー側の者。戦闘員はともかく全員が優れた怪人で、3対1と数では勝るはずなのだが、なぜか押されているような気がして。
「……ここにきたのは他でもない。首領のご命令です。我らの主は地獄の底より復活したあなたに是非一度お会いしたいとのことです」
「それはこちらから出向くつもりでしたが、わざわざそちらから来ていただけるとは……それで、その首領は」
「こちらに」
バットはマントから大型のタブレットを取り出すと、明日奈の視界に入りやすいように持った。直後、真っ暗だった画面にはショッカーのシンボルである鷲のエンブレムが映し出され、静かに発光を始める。
『はじめまして結城明日奈くん――いや、シャドームーン。私がショッカーを統べる首領である。そして復活おめでとう。私は君の復活を心より祝福する』
「シャドームーンでも、ただのアスナでも構いませんよ。お言葉ありがとうございます。本来なら私の方から出向くべきでしょうが、まさか首領の方からやってきてくださるとは……」
『私も忙しい立場の身だ。こちらこそ、画面越しの対談となったことを詫びよう』
「構いませんよ。――でもいつか、あなたの本当のお姿を一目見たいものですが」
そう言って明日奈は深く玉座に腰を据える。
画面越しの対話だが、長同士の間で張り詰める緊張は高まって、息苦しばかりが増していく。
「――それで、今回は一体どのような要件で? こんなに大勢の、それも怪人3体も従えて、なにか問題でも?」
『とぼけても無駄だ。全ては君の存在が原因だということに、気づいているのだろう』
一際エンブレムが強く輝いて。
『君の覚醒。それは確かに喜ばしい事ではあるが、我々としてはそれをアリスの裏切りだと見ているのだ。同盟を誓った組織に内密に執り行い、全ての怪人への影響は甚大な物となった。この責任は重い』
首領の言葉を受けても尚、明日奈は眉ひとつ動かさず静かに耳を貸していた。
事実、シャドームーン――明日奈復活の余波は世界各地に存在する怪人、すなわちショッカーやゴルゴムに属する怪人以外にも影響を及ぼしてしまったのだ。
現時点で分かっているだけでも、敵対勢力であるゲルダム団の合成怪人達は力の活性化を受けて本格的な日本への進軍を開始。
これまで潜んでいたはずの南米の秘境に存在する複数の部族から組織された『ガランダー帝国』率いる「獣人」も何らかの動きを起こしていることが確認。
他にも地球外より現れ、自我を持った悪魔の昆虫「サタン虫」が組織した『ブラックサタン』。邪悪な野心を持った宇宙人が組織した『ドグマ王国』といった宇宙からの勢力も同様に動きを見せ、最大の規模を誇るショッカーとしても予断を許さない状況に変わりつつあった。
『それだけではない。お前達ゴルゴムの独断の結果、我らの貴重な怪人を1人、生死の境に追いやったのだ。――ネコ怪人シノン、知らぬとは言わせんぞ』
首領の語るシノンの名に仮面に隠れたユウキの表情が曇る。
怪人達が己の力の覚醒に襲われた日、最も甚大な影響を受けたのはシノンだった。
覚醒――というよりもはや暴走に近い細胞の力によって彼女は気絶。ショッカーの医療チームが駆けつけた時には彼女は酷い痙攣状態で全身のあらゆる数値が危険水域に達していた。
すぐさま基地へと搬送され、数日に渡る集中治療を受けようやく安定に至ったのだ。幸運にも術後の経過は順調だが、初の改造被験隊成功例でもあり貴重なサンプルでもある彼女を失う恐れがあったことは首領の怒りを買ったことだけは確かだった。
『ショッカーとゴルゴム。今こそ同盟関係にある我らが協力し、事にあたるべきであろう――だが、先のアリスの独断行動はその関係を揺るがす到底許し難いものである』
現在はショッカー基地の地下牢に監禁されているアリス。処遇については決めかねているが組織の中では彼女を処刑すべきという意見も高まっている。
表向きは同盟関係であるこの二つの組織だが、規模も保有する戦力差も(シャドームーン復活以前は)上であるショッカー側の方が基本優位な立場であり、反逆ともとれる先日の行為によって、その関係を解消するべきとの動きも少なくない。
「――その件についてはお詫び申し上げます。ですが、これも我らゴルゴム怪人の存続が危うい事態に陥ったが故の行為。事前の説明がなかった点はこちらの不手際ですが、当時の我々にはその余裕すらなかったことをご理解いただきたいのです」
これまで動かなかった明日奈が閉ざしていた口を開いた。
「それにアリスばかりを責めないであげてください。……私の復活に伴う影響は彼女の予想を遥かに超えていた。その責任は原因である私が全て対処しますので、ビルゲニア――アリスを解放していただきたい」
『対処とは、どうするつもりか聞かせてもらおうか』
「活動を始めた組織を私自ら出向いて無力化する。それでどうでしょう?」
『ならば証明してみせろ。この場にいる3人を相手にな』
首領の言葉と同時に空気がピリつき、鋭い敵意が明日奈のカラダに迫った。一歩後退り、互いに間隔を作るようにしてスパイダーとバットは明日奈目掛けて構えを取る。ユウキも渋々とだが戦闘体制を整えていく。――まずは小手調べ、軽い力試しなら剣を取る必要はないだろうとまずは拳を握った。
「仕方ないな……」
静かに玉座から立つと同時にケープが背後に滑り落ち、明日奈の腹部にベルトが露出する。強烈な蒸気を伴って出現したそれが緑に発光すると同時に、明日奈の全身を漆黒の触手が包み、飲み込んだ。
「ウッ……ゥゥゥ……、ウゥ……」
明日奈の呻きが聞こえ、触手から解き放たれた時には彼女の姿は怪人となっていた。が、その姿は覚醒時に見せた世紀王としての姿――ではなく、一怪人である銀殿様飛蝗怪人シャドームーンの姿だった。
「何の真似ですか?」
「我々を馬鹿にしているのか?」
明らかな不快感を露わにバットとスパイダーはシャドームーンを取り囲む。彼女の怪人態ははじめて目にするがこれが完全体でないことくらい見破れないほど自分達は甘くない。遠く離れていても感じた絶対的なまでの威圧感と恐怖。
確かにこの飛蝗怪人も自分達よりは優れた怪人だとしても、あの文字通りの怪物とは比べ物にならなかった。
「……別にふざけてるつもりはないわ。ただ、あなた達にはこれで十分なだけで」
「ほざけ!!」
スパイダーの吐き出す糸がシャドームーンに迫る。が、シャドームーンはそれを踊るように避け、華麗に間合いを詰めていく。
二度、三度と連射される糸弾幕は掠ることもなく躱されて、生まれた充填の隙に飛蝗怪人の腕はスパイダーの首を掴んだ。
「……グッ、アァァァ……!」
続いて腰回りも掴むと体格の良い蜘蛛怪人をいとも容易く持ち上げ、地面に叩きつけた。激しい轟音とともに、脳を揺らすほどの衝撃に怯むスパイダー。
シャドームーンはそのまま馬乗りになると彼の仮面目掛けて何度も拳を振り下ろし、複眼や触覚を砕いた。
「これ以上はやらせないよ!」
シャドームーンの背を狙い、飛び込んでくるユウキ――を一瞥することもなく、背中から生えたバッタ脚を巧みに動かし弾き飛ばす。そして、スパイダーを再度片手で掴むと、遥か上空へと投げ飛ばし、自身へと音波攻撃を狙っていたバットの体勢を崩した。
「……くっ」
飛んでくるスパイダーを回避――すると同時に迫る巨大な影。弾丸の如きスピードで襲いかかったのはシャドームーンで、バットの腹部に噛み付くと、強化スーツを千切らんとばかりに歯を立ててきて、慌てて振り解こうともがくものの、そのままバランスを保てずに、壁に叩きつけられてしまった。
「がはっ……!」
クレーターを作り地面に落ちてくるバット。痛む身体を無理やり起こすと、視線の先、シャドームーンは再度玉座に腰掛けて、こちらを指で挑発した。
――もっと楽しませろ。
言葉でなくともそう言っているような気がして。同じく復帰したスパイダーと目を合わせ、戦略を変える。
翼を大きくはためかせ、突風を繰り出す。吹き荒れる砂塵と瓦礫は次第に渦を巻き、バットはその中に飛び込んで、回転し、巨大な竜巻へと作り変えていく。
(喰らいなさい……っ!)
そして、タイミングを見極めた瞬間に、その竜巻を真っ二つに破り開いた。縦に切り裂かれたそれは、左右から強烈な地響きと共に直進し、シャドームーン目掛けて突撃していく。
「……へぇ」
流石の世紀王もこの技には驚かされたが、右手を静かに伸ばして、竜巻を見据え。茶色の複眼は鏡のようにそれを映して。やがて、狙いを定めたように、指先を揺らした。
「させるか」
シャドームーンの背後、息を潜めていたスパイダーが叫ぶ。首を曲げ、後方に立つ彼を見つめようとした時、腕部に絡みつくのは蜘蛛の糸。
「……お前はもう動くことはできない」
彼の言葉通りにシャドームーンの身体には次々と蜘蛛糸が絡みつき、動きを封じていく。
腕へ、足へ、肩へ、身体へと粘性の強いそれは格上の怪人すら無力化して。目前に迫る二つの竜巻を前に、飛蝗怪人は抗うことができずに、その身体を宙に浮かせた。
竜巻同士は互いにぶつかり合い、絡み合い、より強力で巨大な風となって猛威を奮い、シャドームーンの身体を持ち上げていく。
上下、左右、縦横無尽に景色を変えていく中でも蜘蛛糸に縛りつけられた身体は動かせない。やがて、嵐から解放され、一瞬だけ自由になった時。覆い隠すように現れる異形の影。
「……これで終わりだよ!」
これまで息を潜めていたユウキが自慢の剣を振り下ろしてくる。バットとスパイダーもシャドームーンを狙い跳躍し、その首を狙い翼と爪を尖らせる。
世界がスローに静止して、音も光も消えた空間で――。
「――こんなものか」
「「「…………!?」」」
驚愕する3人の生んだ隙をシャドームーンは逃さない。
蜘蛛糸が軋んで、瞬時に弾け飛ぶと僅か数ミリ程度だが、誰よりも攻撃が近くまで届いていたバットの腕を蹴り飛ばした。
「…………?!」
「…………くっ!」
勢いはそのままに、空中で旋回した蹴りはスパイダーの頭部を砕く。寸前で回避に徹したユウキは腕で防いだものの、威力は凄まじく不快な音を立てて歪んだ。
瞬間、三者三方向にそれぞれ吹き飛ばされていく怪人達。
立ちこめる粉塵の中、よろよろと動くのはバットとスパイダーで。彼らにもはや立ち上がる気力は残されておらず、ボロボロにされた翼と仮面をひきずって激痛に苦しみの声を上げた。
「……グッ、アアッ……!」
「……まさか、これほどとは……」
決して少なくない修羅場を潜り抜け、怪人戦にも長けた2人だったが、今回は相手が悪すぎた。最初から最後まで遊ばれていただけだったのだ。
自分達とは明らかに別格の存在。上官である大幹部よりも遥かに強い、組織を治める王の力。
その力を前に戦意の折れた2人に、抵抗の意思は消えていた。
「……うっ、うああっ……!」
両腕を折られ、地面に転がるユウキの元にシャドームーンが歩み寄る。その傍らに落ちた彼女の剣を拾う。
「なかなか良い武器ね……、アリスのを見て思ったけど私も剣が欲しいかも」
「……うあ、か、返せ……っ! ぐうっ……?!」
よろよろと手を伸ばすユウキの胸を踏みつけ、反抗を封じる。――だが、まるで意思を持ったように蛇へと変身した剣にシャドームーンはたまらず手を離し、後退した。
「……っ、これは、ボクのものだ……誰にも渡さないっ……」
力無くも立ち上がり、剣を向けるユウキ。彼女の強化スーツもボロボロで、複眼が割れて素顔が覗いているが、瞳に燃える闘志だけは諦めていなかった。
「……まだ戦えるんだ。面白い……」
シャドームーンはそんなユウキに敬意を表すように腰を据えると、蠢く背中のバッタ脚に手を伸ばす。――直後、緑に発光を始める銀色のカラダが。
『……そこまでだ。もういい』
2人の足元。バットが落としていたタブレットから首領の声が聞こえて。
『シャドームーン、君の力は分かった。……いいだろう、君の提案を飲もう。アリスを解放する代わり、君には海外にて敵対勢力の鎮圧に動いてもらう』
戦いの終わりが告げられ、ユウキは全身から力が抜けて尻餅をついた。限界を超えて変身が解け、ボロボロのスーツがロザリオを模したネックレスに収納されていく。
「大丈夫? まだ力になれてなくて、少しやり過ぎちゃったみたい」
蒸気に包まれ、シャドームーンの身体が明日奈へと戻る。人間態に変わって感情が落ち着いたのか、少女らしい優しさに満ちた声と表情で木綿季に手を差し出した。ドレスが土で汚れることも気に留めず、膝をついて視線を合わせる姿には、敵意や悪意は一切なくて。
「あなた強いね。あのキックを受けて立ち上がった時、正直少し怖かったわ」
木綿季が楽になるよう体勢を支えてあげ、明日奈は天使のごとき笑みで彼女を見下ろした。その笑顔がどこか切なくて、苦しくて。涙が溢れ出した目を慌てて拭って。
「次は負けないよ、明日奈……!」
「……うん、次も負けない」
早くも再生しつつある腕を伸ばし、2人は握手を交わす。
属する組織も立場も異なる2人だが、戦いを通して確かな友情が芽生えつつあった。