朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
月だけが照らす闇夜。
誰もが眠りにつき夢の世界へと旅立っている住宅街を歩くスーツを着た男。千鳥足で覚束なくよろめき、赤くなった頬と瞳は焦点が定まらず、明らかな酔っ払いだった。
ゆらゆらと歩くその背中を、密かに見下ろす影が一つ。
電柱の上に立つそれの正体は少女。ポニーテールに結んだ金色の髪を風に流して、緑のドレスとブラウンのブーツを履いた彼女。
月灯りを背に受けて、真下を歩く男を見て、獰猛に歯を覗かせて舌舐めずりして。
腰に差した剣を引き抜き、踵を軽く浮かして背を倒せば、落ちていくカラダ。風の流れに乗るように滑空すれば男はすぐ目の前で。
驚きに見開くその顔を見つめながら、すれ違いざま、剣を手にした腕を振り回し踊らせて。やがて、地面に足がつくと同時に、血の滴るそれを鞘に納めた。
かちん。
金属と鞘の擦れる音と同時に男の首が身体から離れて地面に落ちる。
――そして、それは虹の光に包まれるとみるみる形を変えていき、燃える炎のような霊魂へと変化した。
少女は掌に乗せ愛おしげに見つめながら。
『いただきます』
すぅーっと吸い込めば体内に取り込まれていく魂。それはたちまちに全身を駆け巡り走り抜けて、漲る力。
恍惚とした表情で全身を震わせ、人を殺した感触と命の味に酔いしれる。
『素晴らしい剣技です。ご褒美にデザートをあげましょう』
どこからか聞こえた声と同時に地面に落ちてくる2つの影。手足を拘束され、口には猿轡をされているのは少女とそう年の変わらない少年少女。
『魂を食べるのも良いですが、生きたまま食べるのも乙かもですよ……』
『えぇ、せっかく私が選んだんだもの。味わって食べてね』
声のする方を向けば、とある一軒家の上。静かに立っていたのは2つの異形の影。鎧を着た女にネコの仮面を被ったレザースーツの女。どちらもまともな格好ではないが、不思議と疑問は持たずに、すぐさま少女の興味は投げられた人間2人に向けられた。
いやいやと首を振り血相を変えて抵抗する2人。顔には恐怖が浮かび、涙でぐちゃぐちゃになっている。2人の首に掛けられたお揃いのネックレスが揺れて、月明かりで煌めく。どうやらカップルのようだが、少女の足は愛し合う2人を食べる興奮に煽られてより早まって。
涎に塗れた口を開き、一歩ずつ迫る少女。
悲鳴を上げ、貪られる人間を眺めながら見下ろす2人の異形は高らかに嗤ったのだった。
※
クラシックの曲が流れる喫茶店。路地裏に隠れ家的に店を構えるそこはモノトーンな内装とシックな雰囲気に満ちていて、気怠げなマスター自慢のコーヒーの良い香りが漂う店内の隅に詩乃と直葉はいた。
「落ち着いた?」
「……はい、少しは」
注文したケーキセットを存分に楽しんで、どこか様子のおかしい直葉の様子を伺いつつ、タイミングを見極めて切り出してみる。
「その様子だとただ事ではなさそうね。また悪い男達に襲われそうになった?」
「……いえ、そうじゃないです。そんなの、詩乃さんがいなくてもなんとかなりますから」
「それは頼もしいわね。……で、そろそろワケを聞かせてくれない?」
「…………」
「話してくれなきゃ、力になれない」
震える直葉の手にそっと自身の手を重ねて。
「……お願い、信じて直葉ちゃん」
詩乃の優しさに満ちた声に、直葉はゆっくりと頷いて。
「……実は、最近変な夢を見るんです」
「夢?」
「……私が、化け物になって人を喰らう夢を……」
直葉の告白に、詩乃の目が一瞬で険しくなった。彼女の手を握るのはそのままに、テーブルに隠れた足にネコ怪人の力が集まって。
「……その夢、すごくリアルなんですよ。夜な夜な街を出歩いて、この前襲ってきた不良みたいな人達からスーツを着たおじさん、酷い時にはカップルまで私が――私じゃない化け物が……人を……あんな風に」
顔を覆い俯いてしまう彼女の隣に移り、背中を撫でる。全身は震え顔色は蒼白になっていて、よく見ると顔はどことなくやつれて隈もあり、睡眠が足りてないのがわかった。
「……しかも、起きても身体がそれを覚えていて、昨日だって夢で化物がやった……男の人の首を落とした時の感覚とか……首に噛みついた時の感触が……っ!」
堪らず口を抑え嗚咽する直葉の肩を引いて、優しくその身体を抱きしめる。言葉にせずとも、大丈夫だよ、と伝えるように、示すように。
「――詩乃さん、わたし怖いっ……! 自分が自分じゃなくなるようで。……いつか本当に、あの怪物みたいに人を自分の意思でたべちゃうんじゃないかって、不安で……!」
「……大丈夫よ直葉ちゃん、この世界に化け物なんていないわ。もし本当にいたとしても私があなたを守るから」
遂には泣き出してしまった直葉を安心させる為に囁く。――人間から見れば、自分がその『化け物』だという皮肉を今だけは隠して。
「……ふふっ、詩乃さんなら本当に怪物も倒しちゃいそうですね。だって、あんなに強いんだもん」
詩乃の腕に抱かれ、顔を埋めた制服越しの胸の感触がとても心地よくて。――どうしてかは、何故かは分からないが、詩乃になら、自分の全てを打ち明けても構わないとさえ思い、こうして誰にも言えないような悩みも相談できて家族より信用できる気がした。
あの悪夢、金色の髪を靡かせる人喰いの女やネコ怪人、そして鎧の女。奴らが襲ってきても詩乃なら、きっと自分を守ってくれるだろうと、根拠のない信頼が絶えず湧いてくる。
「そうね、私は強いから……。他の誰よりも、ね」
自身の胸に抱かれ、少しずつだが余裕を取り戻していく直葉を見下ろして、詩乃は優しく微笑んだ。
頭を撫でてやれば安心して、頬を緩めて目を閉じている少女を見て、心の中で静かに牙を尖らせる怪人シノンが枷を破って飛び出しそうになる。
今はまだ何も知らない、ただの女の子にすぎない直葉が真実を目の当たりにした時、どんな顔をするだろうか。
信じていたものに裏切られた時の絶望。
もはや全てが手遅れで諦めることしかできない時の無力感。
彼女がそれを味わう瞬間まで、今はまだ理性で押さえつけて。
「そういえば、その夢はいつから見てるのかしら?」
ふと頭に浮かんだことを言葉に出す。話題を切り替える足掛かりになればと、なんの気無しに。
「……あの日です。詩乃さんも覚えてますよね、あの昼間なのに空が突然日蝕になった日を」
直葉の答えに、詩乃の笑みを浮かべた口元が一文字に結ばれて。
「……私あの日、剣道部の練習に参加してたんですけど、実はあの日蝕が起きた瞬間に気絶しちゃって……気づいたら、保健室のベッドで。それから体調も優れなくて部活も休んでばかりで。……しかもあれからですよ、悪夢を見るようになったのは」
直葉が語る日蝕の日の記憶に、詩乃は言葉を返すことができなかった。
忘れるはずがない、自身もまた生死の境を彷徨うほどの苦しみを味合わされたのだから、忘れられるわけもなかった。
学校で倒れた自分を助けてくれたショッカーの仲間達。数日の間、片時も離れずに治療に当たってくれた科学者達。そして、何度も心臓が止まった自分に呼びかけてくれたユウキ。
多くの仲間の助けでなんとか一命を取り留めて、意識を取り戻したものの、あれ以来力の制御すら不安定で、五感も日増しに強く進化して、まるで自分ではないように思えるのだ。
容疑者であるアリスを問い詰めようにも、目覚めた時に彼女はもう地下牢に入れられていた。
だが少し前に迷惑なお目覚めをした世紀王の手引きで解放されているらしくて、再度詰め寄ろうと考えた時に直葉からの連絡を受けたという流れであった。
「……詩乃さん、どうかしましたか?」
突然フリーズした詩乃を心配して直葉が顔を覗き込んでくる。いつの間にか腕の中にいたはずの彼女は抜け出していて、不安げに見つめていた。
「ごめんなさい、少し疲れてるみたいで……」
「……あっ、無理させちゃいましたか?」
「……ううん、気にしないで。それより日蝕の話よね? 私もみてたけど、なんだか不気味で、気分が悪かったわ」
「ですよね、突然空が暗くなるなんて不吉な気がしますから――」
どうにか話題を逸らせた事に安堵しつつ、気晴らしに追加で何か頼もうかとの流れになって店員を呼ぶ。
メニュー表を片手に吟味する彼女を眺めて、詩乃は本心から微笑んだ。かつては親しいと呼べる同世代などいなかった自分だが、ショッカーに属しユウキと出会い、アリス、シリカと仲間が増えて楽しみのある日々を送れている。
返しきれないほどの幸福と力を与えてくれた組織への感謝と、直葉を仲間にするその日を思い浮かべた
その瞬間に――背筋が凍るような気配が背筋を駆け抜けて。
見渡す店内、だが怪しい影はまるでいなくて、でも焦燥ばかりが募って。
「……詩乃さん?」
険しく顔を歪ませる詩乃に直葉は怪訝そうに見つめていると、テーブルの前に、どこからか近づいてきたトレンチコートの男。目を隠すほどに帽子を深く被って口元はマスクで覆われ、手には革のグローブと完全防備の長身は詩乃と直葉を順に見下ろし、無言で立っていた。
「……あ、あのどこかでお会いした――「逃げて直葉!」――えっ?」
立ち上がり男に殴りかかると同時に叫ぶ詩乃の声も虚しく、コートを貫く巨大な鷲の羽と吹き荒れる突風。狭い店内で座席が仕切りごとバラバラに宙を舞い、転がされて。悲鳴をあげ泣き叫ぶ客を他所に詩乃は突風に抗って、長身の男を睨んだ。
「くっ! こんなに堂々と……!」
人間が多くいる場所での襲撃。ガニコウモルですら人気のない場所を選んだというのに、暗黙の了解をまるで無視した蛮行に走った怪人に怒りを燃やし、怪人の力を目覚めさせていく。
「……ひっ?! ば、化け物……」
直葉は目の前の現実と悪夢が最悪の形でリンクして、朦朧とした。
男はコートをバサリと脱ぎ去ると怪人としての姿を露わにした。蟷螂の顔と左腕の鎌、そして鷲の如き羽の生えた腕の特徴からこの怪人の所属など一目瞭然で。
「ゲルダム団……、どういうつもりだ!」
「いかにも! 俺はゲルダム団のワシカマギリ! この小娘は俺が貰った!」
「?! ま、待て……!」
言うが早く、直葉を捕らえると翼をはためかせ店から飛び出していくワシカマギリ。窓ガラスをぶち抜いて、立ち去るその背中を見送る詩乃ではない。
すぐさま窓を飛び越えて、その後を追った。
騒動が過ぎ、静まった店内で明日奈はゆっくりと身を起こした。その身をもって庇った親子を案じつつ。
詩乃と直葉の様子を少し離れた場から監視していた明日奈はワシカマギリが翼を広げると同時に、すぐそばにいた親子に覆い被さっていたのだ。
「怪我はない?」
まだ小学生くらいの少女が弾みで落としてしまったぬいぐるみを渡しながら、優しく語りかけた。膝をつき目線を合わせて微笑むと、安心したのか少女は笑顔を返してくれて。
明日奈は彼女の頭を優しく撫でると、ゆったりとした足で怪人を追った。
※
右へ左へと、街を駆け抜け、連れ去られた直葉を追う。大通りでは無理だと判断すると、路地を抜けパルクールよろしく壁を伝って屋上へと登り、怪人を捕捉した。
「ッ! 返せ……!」
瞳が青く輝くと共に髪も同色に染まって変身。スーツを纏う時間すら今は惜しくて、素早く弓矢を取り出すと狙いを定める。
進化したシノンの力を持ってすればもはや狙いを定める時間さえ必要としなくて。瞬間、放たれる矢は空中で二つに分かれて、ワシカマギリの両翼を射抜いた。
「ギィィィラァァァー!」
バランスを崩し下降してくるワシカマギリ。
奴が体勢を崩した隙にと、救出を狙っていた詩乃だったが、そこは相手も怪人。負傷した翼でも巧みに操り、地面に着地、飛行での逃亡を諦めて路地から地下通路への逃走を試みる。
「……逃がさないわよ!」
「詩乃さん……!」
そこを塞ぐように現れたのは詩乃。直葉に見られるリスクを考慮して怪人の力は解いていた。
「動くな! 動けばコイツの首は飛ぶぞ!」
「……ひっ!」
ワシカマギリが左手の鎌を首に当てられて小さく悲鳴を上げ震える直葉。
奴に隙はない。いかに瞬発力に長けるシノンといえども、刃とあれほど詰められてしまえば直葉を奪い返すことが不可能な事くらいは明らかで。おまけに今後の作戦の都合上、正体をまだ知られるわけにはいけないハンデもあって。睨みを効かせたまま立ち尽くすしかなくて。
「おい、そこで隠れてるお前! 出てこい!」
不意に、ワシカマギリが詩乃ではない誰かを呼んだ。完全に意識が直葉にむいてその存在に気づいていなかったので、油断していたが確かに感じる強い気配。
物陰から現れたのは少女。麗しさを体現したような佇まいと亜麻色の髪が美しく揺らいで。初めて会うはずなのに直葉へと意識が戻せずにいた。
明日奈はワシカマギリに呼ばれるがままに、姿を見せると全体を見渡した。
名前通り鷲と蟷螂が混じったグロテスクな外見の怪人と囚われた少女。そして、怪人シノンこと詩乃が人質を前に動きを止めていた。
「お前も来い! まとめて人質にしてやる!」
自身の正体に気づいていないのか、人質になれと要求するワシカマギリに大人しく応じる――つもりは元よりなくて、言葉の代わりに、ジャケットをはだけベルトを覗かせた。
「何だと?! さてはお前、まさか――」
動揺の隙は逃さずに明日奈は駆ける。ベルトから蒸気が噴き出て、身体中を触手が張って。
叫びと共に銀バッタ怪人に変わった明日奈――銀バッタ怪人は怪人の腹部に突進して、直葉を引き剥がした。
「きゃっ……?!」
悲鳴を上げる直葉を尻目に銀バッタ怪人はワシカマギリを投げ、距離を取る。すぐに立ち直るであろう敵を見据えて構えを取る。
「お前が世紀おうか。丁度いい、将軍への良い手土産が一つ増えた!」
「お喋りな人ね」
既に勝った気でいるワシカマギリを冷ややかに、銀バッタ怪人は彼を見据える。翼をはためかせ、鎌を振り回す動きを正確にとらえ、静かに間合いを詰めていく。
「勝負だ!」
ワシカマギリが鎌を振り上げて仕掛ける。
大振りに降ろされた一撃を地面を転がって避け、彼の翼を掴んだ。
「バカめ! 喰らえ、羽根ミサイ……「――うるさい」
が、そのままもぎとってやろうと力を込めた瞬間、翼の羽根がミサイルのように四散――することもなく、瞬時に翼から首に狙いを変えた銀バッタ怪人の腕は首を粉砕し、ワシカマギリの頭を吹き飛ばした。
「……あなたの能力なんか2年前に知ったから」
壁に生首が直撃し潰れるのと同時に、迸る血の噴水に死んだ生物の不快な匂い。
緑色のシャワーが降りしきる中、変身を解いた明日奈は振り向いた。
戦闘の凄惨さに気絶した直葉を抱いている詩乃を見て。
「はじめまして、詩乃さん。いや、シノンさんの方が正しいかしら?」
「……はじめまして、銀バッタ怪人」
何事もなかったように振るまう明日奈と詩乃は対峙する。
直葉を傍らに寝かせて、敵ではないながらも目的すら定かではない相手を前に、警戒なんか解けるわけない。
「……少し話しましょう。大丈夫、何もしないから」
瞬間移動みたいに素早く飛び上がった明日奈を追うように、詩乃も直葉を抱えて空へと跳躍した。
※
「ごめんなさい、私の覚醒の影響であなたや彼女を苦しめてしまって……」
「なんであなたが謝るのよ。気にしてないわ、そんなの」
夕焼けが美しい屋上で、明日奈と詩乃は並んでそれを眺めていた。
「さっきのワシカマギリ、あれは単なる尖兵。これから怪人とその組織は本格的に表に出て、活動を始める。……私はそんな奴らの動きを止めるためにも日本を離れる」
唐突に、明日奈が呟く。
「……1人で大丈夫なの? そんな大軍を相手に」
「大丈夫だよ。だって、本当は他に理由がある」
「理由?」
互いに目を合わせる事なく、淡々と、粛々と会話は進んで。
「世紀王ブラックサン……太陽のキングストーンを持ってる人に会いにいくわ」
「……そんなこと、私に言っていいの? 首領やアリスに報告するわよ」
「あなたはそんな事しないのは分かってる」
「なんで信じられるの?」
「……あなたがいい人だから、かな。あなたは怪人だけど、あの子を本気で心配する顔に嘘はなかった。だから信用できる」
「……分かった、まだ黙っておいてあげる」
組織への裏切り行為、なのかもしれないがショッカー首領との面会は限られた機会しかない。それまでならと言い聞かせて。
「それに、今のあなたはアリスを信じてない」
「…………」
「やっぱり。でも、その判断は正しい。……彼女は怪人の為の行動は立派だけど、そのやり方は褒められたものじゃないから――」
すたり、と立ち上がり詩乃を見つめる明日奈。
「――アリスには気をつけて。彼女はあなたを狙ってる」
「……えっ」
詩乃が返すより早く、怪人に変わった明日奈は屋上の淵に足を掛けて。
「それじゃあ、私はもう行くから」
「待って、私を狙うって一体……」
「――アスナ。これからはシャドームーンじゃなくてそう呼んでね。またね、詩乃のん」
「詩乃のん?! ま、待って……」
詩乃よりも早くアスナは付近に停めていたロードセクターに跨って去っていった。
自身もバイクで追うことを考えたが、目を覚ましはじめた直葉を置いてはいけずに、追跡は諦めるしかなかった。
ようやくシャドームーンをアスナに名義変更できた…汗
次回が恐らく2章最終回です