朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
世界のどこか、深い森に隠された古びた教会。
歴史の趣ある石造りの外観とは対照的に新築同然の真新しい内部で、赤いカーペットを真っ直ぐに歩く白いスーツの男。美術品のような顔立ちは目を引くような魔性の魅力を秘め、騎士の如き鋭い眼光は正面の壁に埋め込まれた十字架を睨んだ。
『よく来てくれました……、優秀なる我が子よ』
まるでショッカーのエンブレムのようにどこからか聞こえてくる声。――しかし、男らしく野太い首領の声ではなく、それは心地よいくらいに幻想的で魅惑の音色に満ちた女の声だった。
「目覚めたのか」
『えぇ、それも一気に3人』
十字架の中心に嵌った宝石から光線が放たれ、青年の目の前にまるでモニターのように3つの画面を投影する。そこに映し出されているのは映像。どこで見張っているのか、3人の少女を盗撮したリアルタイムの監視映像だった。
結城明日奈。
朝田詩乃。
桐ヶ谷直葉。
標的である彼女達は監視に気付いていないようで視線は一度もカメラに向くことはなく、次第に画面にノイズが走って、力尽きたように消滅した。
「それで、コイツらを捕まえればいいのか? それとも……」
『いえ、今はまだ見守るだけです。3人がどんな「心意」を見せるのか……それが分かるまではまだ……』
続いて十字架に重なるように投影されたのはアリス。今度は静止画で、青年は呆れたように鼻を鳴らした。
『あなたの任務は一つ。この者の始末をお願いしたいのです』
「お前もいよいよ終わりだな。そんな出来損ないの始末を俺を頼るとは。俺が戦うべき相手は……」
『えぇ、ただその出来損ないがあなたの力の一片に到達していたとしたら?』
女の告げた言葉に青年の顔が初めて歪んだ。
『あなたや私の力……そして彼女達が手にするかもしれない力は特別で選ばれし者のみに許されるもの。半端とはいえそんな出来損ないが使うのはあなたには許せないでしょう』
女の声を断ち切るように青年が睨みを効かせると、前触れなく十字架が爆発し、跡形もなく消え去った。
感情など微塵もない冷徹さそのものだった美貌には今や怒りと嫉妬の炎が燃え上がっていて、湧き上がる激情のまま背後に立つ者へと振り向いた。
「……プライドが高いのと怒りっぽいのは変わらずね」
そこにいるのは一人の女。眩い光を背に宙へ浮き、音もなく現れたその姿はまるで天から遣わされし女神のようで、人間を遥かに超えた美貌は冷徹ささえ感じて。常人なら一目見ただけで震え上がり昏倒するような気さえ感じて。事実、同じく並外れた力を持つ青年だから無事なのであって並の人間では彼女と謁見することすら叶わないのだ。
「悔しい? 自分たちだけの特権が下賎の下等種族如きに使われて」
地面に足をつくと同時に光が解け、美しき裸身が顕になる。
「……だったら消すしかない。私達の力はその為の力でもあるのだから」
どこからか取り出した赤い兜を青年の手に握らせて女は悪戯に笑った。
手にした兜を見つめ、青年は苛立ちのままに拳を握った。
※
街から少し離れた場所にある石切り場。もはや人っ子ひとり近づくことはないその場所では、人ならざる者たち――怪人たちによる壮絶な死闘が繰り広げられていた。
「クゥァァァララァァァァァー!」
耳障りな叫びをあげクラゲと狼の合成怪人――クラゲウルフは右腕の触手を振り回す。大ぶりな軌道で宙を切るそれは電流を帯びており、地面に打たれる度、強烈な電流をスパークさせた。
「…………」
繰り出される鞭の殴打をシノンは右へ左へと身体を転がして避ける。スピードではクラゲウルフを遥かに勝り、知能でも上回る彼女は難なくそれを躱してみせ素早く後ろを取って、強烈なカウンターを浴びせた。
悲鳴を上げ転がっていく怪人をよそに、シノンは聳える岩場の天辺にて戦闘中の友を見つめた。
「ふっ! はぁっ! やぁぁぁぁぁー!」
愛剣片手に戦うのはユウキ。そしてその敵はサソリとトカゲの合成怪人ことサソリトカゲス。左腕のハサミを巧みに使い刃と競り合う。
「キミ結構やるね。ビックリしたよ!」
「当然だ! 俺はゲルダムの誇る怪人サソリトカ――「あー、もういいよ。キミたちゲルダムってなんでそんなに名乗るの好きなのさ」――なんだと?!」
名乗りを邪魔され怒りに震えるサソリトカゲス。感情のままに両腕を振り上げユウキの首を狙う。
「死ねぇぇぇー!」
ユウキの首に怪人の腕が届く――その寸前で割って入ったシノンの飛び蹴りが炸裂した。
「ソォォリィィィー!」
仲間の元へと吹き飛ばされ、床を舐める怪人をよそにシノンはユウキへと顔を向け。
「ねぇユウキ、獲物を交換しない?」
「何さいきなり……別に良いけど……」
「決まりね」
ユウキの承諾を機に崖下で立ち上がった怪人を見下ろして、2人で目を合わせて飛び上がり、標的に飛び掛かった。
「馬鹿な女だ! 不意打ちごときでいい気になるな!」
ユウキとの決闘を邪魔されたサソリトカゲスは苛立ちも露わにシノンへと突進する。
シノンは冷静に怪人の動きを見定めると、あえて避けることはせずに正面から受け止めた。
「愚か者め、この俺に力で勝つ気なのか!」
自身よりも華奢な女怪人の無謀さを嗤うと、サソリトカゲスは手加減など一切なしに全力でシノンを押した。ずるずると土を巻き上げ、後退させられていくシノン。やがて岩壁まで追い詰められると、そのまま背中を壁に押し付けられてしまう。
「ソーリィィィー! このまま生き埋めにしてくれるわ!」
勢いに任せ、シノンを地層の模様にしてやろうと、更に踏み込みを強くする――が、彼女の身体は壁に触れたまま動くことはない。
「もう終わりかしら?」
「何だと?!」
シノンの挑発に負けじと力を込めるが一向に彼女は進む気配なく。一転して強烈なパワーを発揮し始めた彼女にどんどん押されて行って。
「馬鹿な?!これほどの力、一体どこに……」
「……さぁ、私が知りたいわ」
「!?ソォォォリィィィィィー!」
答えなき疑問を示した怪人の腕を捩じり上げ、骨をへし折った。自慢の両腕を失い膝をつくサソリトカゲスの背後に回り、顎を掴んだ。
「私もその答えを探してる……だからあなたも先に地獄で探してね」
返事をする暇も与えずに頸を一息で折り、息の根を止めた。
(さらに力が増している……)
怪人の頸をいとも簡単に捻じ曲げた自身の手を眺め、シノンは怖れに似た感情を抱いた。――あの日蝕以来、高まり続けるこのカラダの異常性はついに制御が困難となりつつあって、怪人戦で感覚を掴めるかと試したが、相手が弱すぎた。いや、自分が強くなりすぎてるのかも知れないと思った。事実、今では模擬戦ですら自身に勝てる怪人は存在せず、首領からもショッカー最強怪人に近いとすら評されているのだ。
だからこそ、怖い。この力の行く末が。
本当に自分はこれを制御できるのだろうか、もしできなかった時自分は……。
「――シノン」
不意に、声がして。振り返った先にはユウキがいて、仮面を脱いだ素顔には汗が滲んで、その後ろには真っ二つにされたクラゲウルフの骸があった。
「いやー、首に触手まかれて電気受けちゃってさ。ビリビリされちゃって大変だったよー」
恥ずかし気に頬を搔き、照れくさそうにそう告白した。
今のシノンはユウキさえも既に超え、彼女と組むことは躊躇する怪人も少なくない中で、変わらず共闘してくれる親友の存在はありがたくて、仮面を脱いだシノンの素顔にも自然と笑みが浮かんで。
「ユウキ」
目を伏せていたユウキが名前を呼ばれて視線を向けた先――差し出されたシノンの手がそこにはあった。
「生きていて何よりだわ。これからもよろしくね、相棒」
ガラじゃないかもだけど、彼女への友情を示そうと優しく微笑んで。
「……うん、よろしくシノン」
ユウキもそれに応えるべく手を差し出した。
悪魔の集団により創られた組織が生んだ奇妙ながら真実の友情は、より強固な結束として二人を結んだのだった。
※
戦いを終え、2人が帰還したショッカー基地では作戦会議が開かれていた。
「――スパイの報告と併せて考えるに、日本に潜伏しているとされるゲルダム団の合成怪人は残り僅かであると推測されます」
真っ暗な部屋の一面を占める巨大モニターの前に立ち、アリスは現状を伝えた。そこにはショッカー日本支部に属する総勢6名の怪人が集結し、現状の確認と今後の作戦展開について議論していた。
「海外で戦闘任務にあたるシャドームーン様の尽力もあり、日本に流れる怪人自体かなり減少していますが、某所にて確認された所属不明の怪人たちの動向もあり予断が許せない状況は続いています。加えて――」
アリスが手元の端末を操作すると共に表示されたのは新聞やネットニュース、各種SNSや動画サイトといった情報媒体だった。そして、そこに表示される内容は奇怪な異形や超常現象ばかりで、それらは全て怪人の犯行によるものだった。
「――シノンがワシガマキリに襲撃されて以降、表立っての活動が増加傾向にあります。われら怪人は人間より優れた存在ではありますが、その個体数は少ない。これだけ派手に動いてしまった以上、人間がこのまま黙っているわけがありません。そちらも対策を講じなくては」
アリスの話が終わり、部屋の照明が灯る。鼻に風船を膨らませ半ば別世界への船出をしていたユウキが飛び起きて、隣に座るシノンが手を挙げた。
「――シノン」
「そんなこと改めて言われなくても皆知ってるわよ。他に呼び出した理由があるんじゃない?」
シノンの目は揺らぐことなく、アリスを見つめている。倒れてから、2人の間には埋めがたい溝が生まれているが、他の怪人が見ている場でそれを持ち込む気はなかった。
「……先日、日本におけるゲルダムの拠点を発見しました。今回は、それを襲撃するために集まってもらいました」
現在、日本支部では少数精鋭による敵対勢力との抗争が日夜続いている。
敵はなにもゲルダム団だけではない。怪人を利用する組織は他にも存在し、これまでは最大規模のショッカーが牽制する形で抑えてきたが、どういうわけかアスナの復活を機に世界各地でその動きが活発となり、どの支部も対応に追われていた。
今は、海外に渡ったシャドームーンことアスナが鬼のようなペースで各勢力の拠点を叩き潰し、落ち着いては来たが完全終息には程遠かった。
「今回、ゲルダムの拠点を叩くことは敵の無力化だけではありません。なぜ、彼らが人目も憚らずこのような蛮行に走ったのか。それを探り解決の糸口を探します」
アリスの指示で、怪人たちはペアを組まされることになった。
「バットはこれまで通りスパイダーと組んで敵地の監視を担当。今回、ユウキはシリカと行動を共にして敵の拠点に潜入後情報の捜索に当たってください」
「りょーかい、よろしくねシリカ!」
「はい、お願いします!」
シノンの前に立ち、横目で見据えて。
「シノンは私と、正面突破で囮を引き受けます」
「……わかったわ」
緊張張り詰め、ぶつかり合う二人の視線。組織でも上位の力を誇る二大怪人は静かに火花を散らしながらも互いに明日の戦いへと意識を向けるのだった。
次で2章の最終回です