朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
今回より新章突入です。悪堕ち小説なのに光に戻ってしまった彼女はどうなるのでしょうか…
悪魔の微笑
真っ暗な部屋。
無数のモニターが照らすように囲むその中心で、少女はその長い薄紫の髪を指に絡ませながら、正面の画面を眺めていた。
正面のモニターが映すのは戦闘の一部始終。
ネコ怪人シノンが強烈な一撃を受けて退場してからのリアルタイム映像。
『――シノン、シノン!』
『よそ見をしてる場合か!』
叫ぶアリスへとヒルカメレオンは容赦のなく攻撃を仕掛けていく。敵を1人蹴散らした勢いのままにこのまま勝負を決めるべく追い込んでいった。
『死ねぇ!』
右腕の触手を伸ばし、ヒルカメレオンはアリスの首を巻き取った。
『このまま全ての血を抜いてやる!』
『……くっ』
大切な仲間を失った動揺も覚めぬまま徐々に追い込まれていく。
白い首から血液が吸われるほどに抜けていく力。戦意を喪失しかけている身体にはダメ押しで、怒りに沸く心とは真逆に、諦めたように瞼が重く閉ざされて――
『ギェェェェェー!』
――直後、触手を震わせる衝撃とヒルカメレオンの悲鳴を聞いて、アリスの身体は拘束から解かれた。
『ギッ、ギィィィ……!』
『アリス、大丈夫?!」
『しっかりしてください……!』
触手を断ち切ったのはシリカの放った光線で、応援に駆けつけたユウキに支えられつつアリスは立ち上がった。
『アリス、シノンはどこ?』
『……っ、今はそれよりも目の前の敵を倒します』
シノンを案ずるユウキの声は無視して、アリスは再度サタンサーベルをヒルカメレオンへと向けた。
一転して3対1の劣勢でも、ヒルカメレオンは怯まない。
触手を失ってもなお残る左腕の武器を果敢に繰り出し、女怪人の命を狙う。だが、戦況は覆ることはない。ユウキに武器を切られ、シリカに蹴られ、転んだ前――待ち構えていたアリスの一撃を受けた。
『ギッ、ギェェェェェー!』
『ここで終わりだ、ヒルカメレオン!』
火花を散らす腹部から剣を引き抜き、蹴飛ばされた身体は崖下へと頭から落ちていく。
ぐしゃりと潰れる頭部、頭を失った身体は認識できずにゆらゆらと歩いて、そして、両手をあげて爆散した。
冷やかと見下ろすアリス。――でも、背後で見つめてくる2人の仲間に、真実を伝えることが心苦しくて、中々後ろを向けずにいた。
「……ヒルカメレオンが死んだか。中々使える駒だったけど、まぁいいでしょう」
少女は何の感情も覗かせることはなく、番組の終わったテレビを切るくらいの無情さで、指を鳴らして画面を落とした。
代わりに映されたのは蛇を模したシンボルマーク。――だが、それも下から燃やされるように焼き消えて。
「これでゲルダムも終わりか……残った資源はショッカーが吸収するとして――」
くるくると椅子を回して、見渡すのはモニター群。
ショッカーの象徴たる鷲のエンブレムから始まって。
横顔のカラスを模したエンブレム。
半開きの目に似たエンブレム。
アルファベットのJに近い形のエンブレム。
そして、ゴルゴムを表す『∞』を示すマーク。
等、様々な組織のマークが映し出され、それらを一瞥し吟味した果てに刺したのは、サソリの描かれたモニターで。
「まだ編成中ですがいいでしょう。……どうせ近い未来、全ての怪人には滅んでもらいますから」
類稀なる美貌を残酷に歪ませて、少女は静かに笑う。
誰も知らぬ場所で、悪魔の如き陰謀が、動き出そうとしていた。
※
大都会の真ん中。人が行き交い入り乱れるスクランブル交差点。
絶え間なく人の行き来が繰り返されるそこを歩く1人の少女。フードの付いた黒いレインコートを被り、周囲を警戒するように視線を踊らせた。
コートの裾から覗く靴やズボンは泥まみれで、雨が連日降っているのが幸いして、身を隠すように深く被ったフードも黒ずくめの装いも自然に溶け込んで、隠れるように雑踏の中に紛れていた。
ふと、前方からやってくる老夫婦が目に入った。少女は彼らから目を合わせぬように通り過ぎた後に素早く路地へと逸れた。
すれ違い様、足を止めた夫婦は一変して少女の後に続いて路地へと踏み込んだ。
肉が裂け骨の砕ける音が響く。
地面に倒れ伏した老夫婦――否、人間に擬態していたゴルゴム怪人の骸から蒸気が溢れ、四散する。
浴びた返り血を拭い少女――朝田詩乃は乱れたコートを正してフードを被った。
(アリス、……いや、それともアスナ?)
洗脳が解けて数日。
平穏、とまではいかなくとも争いなく過ごせていたのは僅か一日程度で。それから今日までずっと人間に化けた怪人達の襲撃を受け続けていた。
来る日も飽きることなく繰り返される戦闘。所属も系統も異なる異形の刺客を相手に、望みもしない力ではあるがこれを使って難なく撃破しているが、流石に連日続くと疲弊してくる。
はじめは全てから逃げるように山中に篭っていたが奇襲の激しさは増すばかりで、苦肉の策で取った街中への逃亡が、襲撃者はそれでも絶えなかった。奴らも目立ちたくはないのか人混みに紛れている間は頻度は減ることを知ってからは、あえて人間の多い都市部に潜っては日々息を潜めていた。――この行いで罪のない人間が危険に晒されていると知りつつも。
(一体、いつまでこんなこと続ければ……)
どこまで逃げれば奴らは追うのを止めるのだろうか。一体、いつまで逃げ続ければ彼らは諦めてくれるのだろうか。
懊悩を振り払い、詩乃は再び群衆の中へと、姿を消していく。
音もなく、静かに街灯へ飛び乗ったコウモリの眼が、少女の背中を確かに写していた。
※
ゲルダム団との決戦から数日が経った。
あの日以来バケツをひっくり返したみたいに降り続ける雨をぼんやり見つめて、木綿季は未だ消息の掴めない仲間を浮かべた。
「シノン……」
土砂降りの空の下、ジメジメとした空気の中で傘をさしてでも向かうのは彼女との思い出が詰まった広場。共に訓練し、年が近いもの同士で色々な話をして花を咲かせていたのはまだ記憶に新しい。
ネコ怪人の彼女のことだ、よく座っていた場所に何事もなかったみたいに戻ってきてるのでは、と淡い期待を抱いても裏切られるばかりで。
勢いを増す雨に流されるままに、後悔ばかりが押し寄せて。
ヒルカメレオンを撃破して、アリスからシノンが重傷を負って姿を消した話を聞いて、ユウキは懸命に彼女を探した。
自分だけではない、シリカも、アリスも、戦闘員すら動員して必死に探したが見つからなくて。人間より上ながら得意ではない水中にも潜って調べたけど、手がかり一つなくて。
数時間経って、遠く離れた排水トンネルで彼女のものであるショッカーネックレスが発見されてからは、より焦燥が募って。
シノンは普通の怪人ではない。世界で初のリジェクションが起きなかった改造人間でもある。おまけに、ショッカーが作ったはずなのにおかしな話だが、彼女の肉体には未だ解析できていない点が幾つもあり、それを敵対勢力が狙うかもしれないのだ。
今頃、抵抗できぬままに捕らえられ、モルモットみたいにカラダを捌かれる彼女が浮かんで、躍起になったけど、全ては徒労に終わって。
「……ユウキ」
自身を心配してか、やってきたアリスの声に木綿季は振り向いた。
「アリス……」
「また、ここに来ていたのですか。ここに来てもシノンはいませんよ」
「?! 分かってるよ、そのくらい……!」
淡々と事実だけを告げるアリスに、やり場のない怒りが込み上げて。八つ当たりなのは自分でも分かっているが、どこにぶつければいいのかわからなくて。
「ゲルダムを吸収し、更に力を増した私達ショッカーに休む暇などありません。あなたにも次にやるべき任務が――」
「――そんなのもうどうでもいい……」
「……は?」
雨にも関わらず木綿季は堪らず蹲った。
「……シノンが、怪人になって初めて出来た友達だったんだ。力だけ与えられたけど寂しくて……誰もいない時、やってきて側にいてくれたのがシノンだったんだよ」
産まれてから誰かと死別することが多かった木綿季に出来た同世代の友達。それがシノンだった。
今でこそ仲間は増えたが、共に戦場を駆け抜け結んだ絆の強さは1番で、それは何者にも変わることはできない。
「――ユウキ、気持ちはわかります。ですが、いつまでもこうしてはいられません」
震える木綿季の肩をアリスがそっと抱く。華奢でとても強大な力を秘めた怪人とは思えぬ、ただの人間の少女と変わらぬ身体。
「本当は私だって辛い……でも、シノンはきっと生きて戻ってきます。その時に、私たちが何もしていなかったらそれこそ彼女に顔向けできないでしょ」
「……うん、そうだね」
「私たちだけでもやりましょう。彼女が帰ってきた時にはもう仕事がないくらいにして、からかってあげましょう」
木綿季の背を撫でてあげれば次第に震えは収まって、自分にも言い聞かせるようにしたその言葉で、アリスの中でも彼女と同じくあった戸惑いが薄れた気がした。
(シャドームーンは目覚めた、ブラックサンもいずれは出てくるだろう……それでも)
木綿季と同じでアリスもシノンの身を案じている。――でも、それは大いなる目的のために必要だから。他の怪人では替えが効かない、効く保証のない彼女を今はまだ失うわけにはいかない。
(これだけ戻らないとなると、生きていてもおそらくは……)
優れた怪人である彼女のことだ。いくらヒルカメレオンの一撃を受けたとしてもそれで死ぬほど貧弱ではない。
気絶はすれどもそう簡単に死ぬことなど元より許されないこのカラダだ。
だが、連絡がないということはダメージを受けたのは肉体ではなく脳――すなわちショッカーが施した洗脳処置に何らかの不具合が生じている可能性が高い。そうなれば。――
(その時は必ず私が……)
木綿季には知られるわけにはいかない。
アリスも詳しくは知らないが木綿季に施された洗脳処置はシノンほど強固なものではない。というより、彼女の肉体に取り込まれたもう一つの心臓が邪魔をして、従来の方法では施せなかった。
幸いかはともかく、リジェクションを防ぐ血液交換によって組織に縛ることには成功し、その際秘密裏に処置を施していくことで支配下に置くことができたとは聞いていた。(異形のカラダで普通の生活を送ることを木綿季本人が諦めているところもあるが)
ショッカーには忠誠を誓っているが、シノンの所在を知り洗脳の状態を知ればどう動くかは分からない。不確定要素を利用するわけにはいかないのだ。
既にコウモリ怪人を使って探らせている。彼ならもう時期発見するだろう。
雨が止み、雲の切れ間から照らす光を受けてアリスは空を見上げた。予言通り、と叫びたくなるほどタイミングぴったりに飛び込んでくるのは一羽のコウモリ。
ひらひらと地面に着地して、溶けるみたいに紙へと姿を変えた。――記されているのは地図。そして、フードを被った少女の写真。
「どうやらコウモリが発見したようです。……ユウキ、あなたはここで待っていてください、私がシノンを――「――いや、シノンの元にはボクがいくよ」――ユウキ?」
アリスは眉を顰めて木綿季の顔を覗き込む。
先程までの戸惑いはどこかに消え、木綿季は立ち上がった。
「今のシノンはもしかしたらボクの知るシノンじゃないかもしれない。……それでもボクは行くよ」
「……ですがユウキ、あなたも知っての通り今のシノンは強い。あなたでも恐らく……」
アリスの言葉通り、今の木綿季では急速に強くなる詩乃には勝てない。経験では勝っても単独となれば苦戦は免れない。
「木綿季を行かせてあげれば?」
思わぬ横槍が飛んできて、2人は同時に声の方を向いた。
「……アスナ、戻ってきてたのですね」
「えぇ、海外の敵は片付けちゃったから」
明日奈はアリスがあきらかに動揺していることなど気にも止めずに木綿季の横に立つ。
「木綿季、親友を思う気持ちは凄く分かるわ。だからあなたが詩乃のんの元に行って……。ダメなら私がなんとかするから」
「……アスナ」
「勝手な事をされては困ります。今のゴルゴムの指揮権は私にある。いくら世紀王といえど横暴は許されない」
明日奈の意向にアリスは真っ向から対峙する。
世紀王とその護衛怪人。立場は相手が上なのは間違いないが、海外への任務の都合上、実権は未だこちらにあるのだ。ショッカーの後ろ盾もある自分の方が有利だとアリスは強気に出ているのだ。
「別に勝手に振るまうつもりなんてないんだけど。ただ、木綿季の友達として出来る限りのことをしてあげたいだけよ。……それに、勝手なことをしてるのはそっちじゃないかしら?」
「……一体、何の話――」
「――桐ヶ谷直葉ちゃん、だっけ」
明日奈の悪意を持った笑顔にアリスの表情が凍る。
言葉にされなくても分かる。『首領にバラせばどうなるか』と無言で脅しているのだ、彼女は。
自分と詩乃以外知らないはずの情報をどういうわけか彼女は突き止めているのだ。いや、もしかすると、あれすらも――
「いいでしょう、ユウキ。シノンはあなたに任せます」
木綿季に背を向け、全てを託すようにその場から去ろうとアリスは足を踏み出した。そして、明日奈とのすれ違い様に。
「……後で話があります」
「こっちもだよ、アリスさん」
視線でやり合う2人の怪人を他所に、木綿季もまた手にした写真を見つめた。
ここからはそう簡単にはいかない。最悪の場合は――。
確信にも近い予感を胸に、決意を新たにした。
※
長きに続いた雨が止んで太陽が顔を覗かせた。
信号が青に変わり、歩道を渡り始める人の中には傘を刺しているものなど1人もいなかった。
(流石に目立つかな)
地下通路への入り口で詩乃はフードを脱いだ。怪人といえど被ったままは流石に熱かった。
(そろそろこの街も限界かもね)
通路を通り次なる場所を思案する。
街中に紛れる作戦は思いの外成果を上げたが、老夫婦に化けた怪人をみるに限界も近い。他の動きを考えねば危うい。と、その視線の先に。
(バイクか……)
視界に入ったのは駐輪スペース。
いつの間にかまた地上付近に登ってしまったようで、乱雑に停められたままの自転車やバイクを見て盗れそうな物を探してみるが、良い品は見つからなかった。
(でもいい作戦かもしれない。遠くに逃げるだけじゃない、移動手段もあるだけ助かる)
そうと決まれば話は早い。
他にも駐輪スペースはいくつもある。そこを巡れば使えそうな物も見つかるだろうと、詩乃は頭を働かせて次の場所を目指した。
再び地上に戻り、信号を待つ。
人通りの少ない場所になら乗り捨てられた物も増えるだろうと予想を立てて。
何度目かの信号待ちでふいに、正面にいる親子が目に入った。
まだ小学生に上がったばかりくらいの小さな女の子とその母親。子供は満面の笑みで母親の手を握り、女性もその手を優しく握り返していた。
その姿に、何故か自分と母が重なって。
信号が変わって歩き出す流れにやや遅れてしまい、慌てるように足を踏み出したその時――。
詩乃の耳に、激しく嫌な音が突き刺さって。
その不快さに顔を顰めた瞬間、それは急速に近づいてきて、見つめたその先、制御を失った大型トラックが一直線に突っ込んで来ていて。
加速するスピード。悲鳴を上げるタイヤとエンジン。車体は右へ左へと暴れて危険さを増して。
暴走するその車両の正面――さっきの親子がいた。
もう考えてる余裕なんか無くて、素早く間にわって入ると親子を庇う。
そして、迫るトラック目掛けて手を突き出した。
ガシャァァァン!
砕け散るガラスとフロントパーツ達。あまりの衝撃にトラックはそのまま空中で一回転して。耳を塞ぎたくなるほどの轟音と共に地面に叩きつけられた。
その車体は強い衝撃を受けてボロボロになり、大破してしまった。
対して、詩乃の方は傷はおろか恐ろしい速度での衝突を受けたにもかかわらず反動一つなくて。今の所業を自身ですら受け止めきれないままに、親子へと振り向けば、そこに映るのは怯え。
恐怖と恐れに満ちたその顔を見て、トラウマが蘇って心臓を抉り。堪らず仰け反ったその背に触れたのはトラックのフロント。
自分のものに他ならない手形を深々と刻み込んだそれを前にして、足が震えた。
鳴り響くシャッターの音から逃げるように駆け出して、抜け出して。
知らない街を考えもなくただ闇雲に走って、いつしか辿り着いたのはどこかも分からない地下歩道。そこで力無く背を丸め、声もなく涙が溢れ続けた。
思い知らされた、もう自分は人としては生きていけないことを、嫌というほど残酷に。
「私が、私が何をしたっていうのよ……」
わかっている。なにをしたかなんて。それでも叫ばずにはいられなかった。
この身を襲った理不尽に理由が欲しかった。運命でも偶然でも、何でもよかった。
「……理由は一つだよ。ボク達は選ばれたんだ」
「…………っ?!」
突然耳にした声に肩を震わせて、見上げた地下歩道の段上に立つ1人の少女。
「……ゆ、木綿季」
「探したよ詩乃、今までどこに行ってたのさ」
陽の光を背に受けて、コツコツと音を鳴らしゆっくりと降りてくるその姿はまるで翼を持った天使のようでいて――
「でも、見つかってよかったよ」
けれども今の詩乃には木綿季が天使だなんてとても思えなくて。
「さぁショッカーへ帰ろう、詩乃」
口元に浮かべた無邪気な笑み。
木綿季の明るさと優しさに満ちた微笑みが、今は悪魔の微笑にすら感じた。
読んでいただきありがとうございます。気に入っていただけましたらブクマ・評価・感想などよろしければお願いいたします