※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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哀戦

 唐突。というにはあまりにも出来すぎたタイミングで立ち塞がった親友を前に、詩乃は後ずさるしかない。

 

「どうしたの詩乃? 早く基地に帰ろう」

 

 木綿季が一歩進めば詩乃は一歩下がり、次第に追い込まれて背中が壁についた。

 

「……い、嫌っ」

「いや? どうして戻るのがイヤなの?」

 

 怯える詩乃の顔を不思議そうに木綿季は覗き込んだ。

 

「もしかして……」

 

 不敵に口角を吊り上げる木綿季を見て、詩乃は唇を噛んだ。かくなる上は、と拳を握りしめた――

 

「……もしかしてあれでしょ? 数日家出してたからアリスや首領に怒られるー、って怖がってるんでしょ?」

 

 肩を掴み笑顔で的外れな答えを口にする彼女に詩乃は言葉がでない。

 

「大丈夫だよ! ボクも一緒に怒られてあげるから! でもせっかくなら、アスナに頼んで詩乃の罰を無しにしてもらえるようにお願いしてみるよ。詩乃は知らないだろうけどボクたち、結構仲良くなったんだよ……」

 

 木綿季に手を引かれるままに階段を昇り、出口へと導かれていく。

 今の木綿季は洗脳が解けていることに気づいてはいない。このまま戻っても軽い検査で恐らくバレることはないのかもしれない。

 

 それでも――。

 

「ごめん木綿季」

 

 木綿季の手を解き、詩乃は足を止めた。不思議そうに見下ろしてくる彼女から目を逸らさずに。

 

「私はもうショッカーには戻らない」

 

 震える拳を握り、乾いて痛む喉に唾を飲み込んだ。

 

「もう誰も殺さない……誰も傷つけたくない。だからもう――」

 

 耐えきれず視線を地面に落とした。

 立ち止まり聞いていた木綿季。だったが、開いていた口が一文字に結ばれて、そして――

 

「――やっぱり、洗脳解けてたんだ」

 

 鈍い痛みが駆け巡り、気づけば壁に叩きつけられていた。首を腕に押さえつけられて苦しげに悶える顔を木綿季は黙って見つめて。

 

「……ゆ、木綿季っ、く、くるしっ……」

「苦しいのはこっちだよ詩乃。ボクは大切な友達と戦わなくちゃならないんだから」

 

 木綿季を突き飛ばして、振り下ろされる拳をギリギリで避けて転がる。

 つい先程まで顔があった場所には掌サイズのクレーターが広がって、彼女が手加減など一切ないことが分かった。

 

「木綿季、どうして……」

「どうして? ショッカーに力を与えてもらったのに逃げようとする裏切り者が何を言ってるの?」

 

 力無く後退するしかない自分に迫る木綿季の目に慈悲は欠片もない。

 幾度となく、横で目にしていた敵を見据える戦士の目。怪人ユウキが獲物を狙う時の眼光に他ならなかった。

 尊敬と畏怖の念すら持っていた誇りのある瞳。

 それをまさか、自分が受けるとは思いもしなくて。

 

「……木綿季、あなたは洗脳を受けていないって前に聞いたことがある」

 

 詩乃の言葉に、木綿季の足が止まる。

 

「……洗脳が解けて始めて分かった。自分が行った事の愚かさを、悍ましさを、そして残虐さを」

 

 様々な感情が連鎖して映る詩乃の瞳から木綿季は目を離さない。

 

「……それを洗脳も受けずにやってたあなたの気持ち、わかったなんて簡単に言えないわ。私はあなたじゃないもの……」

 

 実際、彼女が何を考えているのかなんて詩乃には見当もつかない。そもそも自分のことで精一杯の中で、他者の気持ちまでは追いきれない。

 

「……でも、洗脳を受けてないあなたにならわかるんじゃない? 望まない行為を強いられることの苦しみが」

 

 木綿季の口元は一文字に結んだまま開かない。でも、そこは揺れるみたいに唇が噛み締められていた。

 

「木綿季、信じてもらえないだろうけど私はあなたを友達だと今でも思ってる。ショッカーに入って始めてできた友達。かけがえのない存在、それがあなた」

 

 下がるのはやめて、詩乃は一歩踏み出した。

 

「……だからお願い。これ以上あの組織で罪を重ねるのは止めにしましょう。……私もあなたも、シリカやアリスだって、皆まだやり直せる」

 

 手を伸ばせば触れられるほど近づいて、詩乃と木綿季の視線が重なる。

 

「……私と一緒に逃げよう。あなたと私なら、きっと大丈夫だから」

 

 詩乃は木綿季に手を差し出した。嘘や偽りはない、心からの気持ちを伝えるように。

 

 詩乃から差し出された手を見て、木綿季は俯いて唇を噛んだ。――でも、それも一瞬のことで。

 

「……ボクだって詩乃も、皆のことも好きだよ。……でももう遅いんだ」

 

 涙で潤んだ瞳をぶつけてから。

 

「詩乃が思ってる以上に、いや……想像もつかないくらいショッカーは巨大な組織なんだ。そんな相手から逃げてどうするの? たった2人で、いつまでも逃げられるの?」

「……木綿季」

 

 木綿季の言葉に、詩乃は口を閉ざした。

 

「……リジェクションなんて言い訳だよ。ボクは怖かった……。こんな恐ろしい組織から逃げ出した時のことが、人の命が軽くなって、だんだんと心まで怪物になっていくボク自身が」

 

 木綿季の首。鎖に吊されたロザリオが煌めいて、一陣の風が吹き込んで錆びた音を鳴らして。

 

「この化物のカラダで、どこに行くっていうのさ? 味方なんていない、人間の世界でどう生きればいいのさ」

 

 木綿季のカラダはヘビ怪人である強化スーツに包まれ、脇には仮面を抱えていた。

 

「改造された時点で手遅れなんだ。ボクたちはもう……兵器として、生きていくしかない」

 

 仮面を被り、ユウキは複眼を光らせた。

 素早くベルトを引き抜いて剣に変え、詩乃の喉元に突きつけた。

 

「例えボクから逃げられても、次の追っ手はどんどん来る。……バットも、スパイダーも、……アリスだって。他にもいっぱい来る。終わることなんてない。キミが死ぬまでそれは続くよ」

 

 切先から毒が滴って地面を溶かす。ギリギリ詩乃に触れないように伝うそれはどこか悲しくて。

 

「……詩乃、ボクなら君を助けられる。組織に連れ帰って、また脳改造を施して、最初からやり直せるんだ……。そして2人で、世界を支配するんだ」

 

 自分に言い聞かせるように訴えるユウキ。息を飲み、詩乃は刃を掴み下ろした。

 

「……ユウキ、私はそれでも組織には戻らない。例えあなたと戦うことになっても」

 

 ユウキから距離を取り、ネックレスを露出させる。

 風が吹き荒れて強化スーツが装着され、静かに仮面を被った。

 

 輝く複眼の見つめる先、剣を構えるユウキに弓を構える。

 

「だから、私はあなたを倒す。……そして生きる」

「……それが答えなら、ボクの答えも一つだよ」

 

 2人のブーツが地面を擦り、乾いた音を鳴らす。距離を取り、睨み合い測るように間合いを取る。

 既に戦法を知り尽くし、肩を並べ、背中を預け合った仲だ。互いに癖は分かっている。だからなのか、胸がちりりと傷んだ。

 戦い方を目にし耳にしてきたから、動きが取れない。

これは訓練などではない、お互いに命の奪い合いなのだから。それでも――

 

シノンが弓を割り、二対のナイフとして構えたのが決戦の合図だった。

 同時に飛び上がり刃を振るう。弾け合い、散らされる火花と反響音。

 着地と同時に弓矢を構え、弦を引く。狙いはユウキの額――だった。

 

「…………くっ」

 

 放たれた矢はユウキが肩を引くだけで躱されて、壁に突きささった。

 

(躱された……?!)

 

 動揺に急かされるままに素早く矢を撃つが、いずれもユウキの体に当たることはなく。最後の一発に至っては剣で軽く弾かれてしまった。

 

「甘いねシノン」

 

 勢いに乗って迫る剣先を受け止めて鍔迫り合う。ギリギリと擦れる刃物達、ぶつかり合う仮面同士。

 

「分かってるよ、戦いたくないんでしょ本当は」

 

 仮面の奥、シノンの瞳が揺れる。親しき友が相手ではどんなに自分に言い聞かせても心を完全に欺く事はできなくて。

 言葉では簡単に言えたけど、やっぱり、苦楽を共にした仲間と命を奪い合うなんて出来るはずがない。

 それも相手はユウキ。組織でも親友とも呼べる彼女を前にして、決心なんて、固まるわけもなくて。

 

「……洗脳されてればそんなこと考えなくて済む。ショッカーの脳改造は救いでもあったのに、キミはそれを捨てた」

 

 パワーで勝るはずのシノンをユウキは簡単に押していく。剣を弾き生まれた隙に腹部へと回し蹴りを放ち転がせた。ガラ空きのそこは怪人の容赦ない一撃でかなりのダメージを受けてしまう。

 

「……ぐっ! ううっ……」

 

 始まる自己修復の熱の中、強引に掴まれ持ち上がる仮面。

 

「人間の心なんか、取り戻さなければよかったのに」

 

 シノンの頭をユウキは地面に振り下ろした。

 何度も、何度も、飽きることなく。怒りを叩きつけるようにぶつけた。

 脳裏に浮かぶ楽しい思い出を振り払うために、どうにもならない諦めに似た感情を捨てるために。

 

「ぐっ、はっ……、あぁ……」

 

 地面に激突する度、気絶と覚醒を繰り返す。脳を直に揺さぶられる衝撃は凄まじく、色々な記憶が蘇り駆け巡り脳裏に浮かぶ。

 ここまでやられても反撃する気力が生まれない。彼女は大切な友達なのだから。でも――

 

「……ごめんユウキ」

 

 ユウキの腕を掴み、攻撃を止める。擦り傷だらけで割れた複眼で彼女を睨み、腕を握りしめた。

 

「私は、ここでやられるワケにはいかない……!」

 

 掴んでいない手で、隠していた矢を彼女の太腿に突き刺した。強化スーツといえど近距離からの、それも改造人間の刺突には耐性がなく、抉るように押してやれば噴き出す鮮血と、矢尻に塗り込んだ毒がカラダを巡って、ユウキはその場に倒れ込んだ。

 

「…………ぐっ、シ、シノン……」

「あなたに毒が効かない事は分かってる。でもこの毒は特別性、私の意思で操れるこれだけは別」

 

 簡単に抜けぬように捻じ曲げてから、シノンは彼女の前から立ち去っていく。少しでも時間さえ稼げれば、その隙に逃げられるだろう、と。

 でも、そんな目論見は早くも崩れ去って。

 

 足を掴む感触に見下ろせばギラつく眼光で睨むユウキがそこにいて。

 

「……い、行かせない」

「諦めてユウキ、あなたじゃ私に――?!」

「――そろそろそっちも効くんじゃない?」

 

 途端に、シノンの足から力は抜けその場にへたり込んだ。

 早く脈打つ血流に乗って全身を回る痺れ。何とか動く首を動かして頭を持ち上げて見つめるは腹部。

 一度だけ受けた蹴り。あの時に毒を仕込まれてしまっていたのだ。

 

「油断したね……。訓練じゃ毒は使わなかったから知らないだろうけど、ボクは触れただけでも相手を弱らせる事が出来るんだよ。こうやって……」

「うぐっ……!?」

 

 ブーツ越し、握ってくる掌からは確かに麻痺毒が浸透して、強化スーツの防御機能を簡単に貫通していた。

 

「ふっ……ぐっ、あぁっ……!」

 

 自由を奪われていくカラダに抗おうと代謝を無理矢理操作して汗を流す。

 その間にユウキはふらふらとだが立ち上がり、矢を引き抜いてしまった。

 

「ボクは心臓が二つある。死なないだけじゃない、毒なんか簡単に無効にできる」

 

 サッカーボールみたいに蹴り上げようとする足をなんとか掴むも威力までは止められなくて、無様に蹴られて転がっていく。

 

「……ぐっ、ユウキ」

 

 シノンも身体に鞭打って立ち上がり、睨み合う。互いに万全ではなくなったが引くわけにはいかない。

 どちらかともなく近づき仮面同士がぶつかって。

 

「「……ッ!?」」

 

 繰り出される拳と拳。

 衝撃を伴って弾け合い、吹き飛びそうになる身体を支える脚を振り抜いてもう一発。

 もうガードなんてしてる余裕は無くなっていて、2人はひたすらに殴り合った。

 

 戦法も何もない。ただの暴力の応酬。

 

 シノンが腹を殴れば、ユウキは顎を撃ち抜いて。

 ユウキが頭を蹴り抜けば、シノンは膝蹴りで胸を抉って。

 

 そうして互いを傷つけて、傷つけあって。

 訓練で何度も向けてきた拳や蹴りなはずなのに、その重さや痛さは何十倍にも激しくて。

 身体の痛みからではない(そもそも痛みに強い改造人間ではありえないが)胸の奥底から溢れる苦しみに視界が揺らいだ。

 

 互いの拳が仮面を吹き飛ばし、2人の素顔を暴いた。

 汗と血で汚れたそれはボロボロでとても女の子のしていい顔ではないと2人は思った。

 けれども、拳を握り、歯を食いしばり、瞳に相手を焼き付けて、止める気など一切なくて。

 

 虚しい格闘は続いて、シノンとユウキが互いに胸を蹴飛ばしあって後ろに飛ばされた。

 もうお互いに気力だけで持っている状態。

 素顔は更に酷い有様で、涙と汗と血にまみれ息を切らし。手足にも力が入らなくなっていた。

 これが最後の一発。切れた口から漏れる血を拭い、キッと睨みを効かせる。

 ググッと握りしめた渾身の一撃。ほぼ同時に放たれた拳骨はすれ違い、互いの顎へと打ち込まれた。

 

 

 

 脳を直接揺らすような強烈な一打。2人は地面に倒れ、動きを止めた。

 

 微かな息の音だけが聞こえる通路で――立ち上がったのはシノン。

 

「くっ……」

 

 怪人の証でもある蒼髪は解かれ元の黒髪へ。眼鏡も戦いの最中にどこかへ消えて、腫れた目でユウキを見た。

 

「……ごめん」

 

 満身創痍の足で引き摺るみたいに歩いてその場を後にした。仮面を拾う気力も最早残されてなくて。

 

 靄がかかったみたいに曖昧な視界であてもなく通路を進んで。ただひたすらに、遠くへ行くことだけを頼りに歩いて。

 

 

 遅い修復を早めるべく襲いくる睡魔を唇を噛んで押し殺して、辿り着いた場所で――

 

 

 

 

「お疲れ様、詩乃のん」

 

 通路を超えた先、隣町に続くトンネルの向こう。立つのは明日奈。

 

 ジャケットの裾、風に煽られるそこには緑の光を蓄えたベルトが露出していて。

 逆光で漠然とした輪郭が少女から飛蝗の異形に変わって――そこから更に異形は姿を変えて立ち塞がった。

 

「よく頑張ったね。偉いよ」

 

 もう声にもならなくて。

 銀バッタ怪人どころではない。世紀王シャドームーンが今度は敵として現れたのだから。

 

「……でもここまで。さぁ、私と一緒に帰ろう」

 

 手を伸ばしゆっくりと歩み寄ってくる怪人の王。

 俯き、もう倒れてしまいそうになる身体。――それでも、ここで諦めるわけにはいかなくて。

 髪色も目の色も変わらずとも、それでも相手を睨んで。ずるずると遅い足取りでも懸命に動かした。敵を倒すために。前へと進むために。

 

 懸命に叫んで飛び込んだ先。シャドームーンの掌から念動力が放出された。

 

 

――

――――

 

 

 死闘は、いやシャドームーンからすればただのお遊びの戦いは一瞬で決着した。

 粉砕されたトンネルの壁が崩れ、瓦礫として積み上がった山の上、天井にへばりつくみたいに引っ付いていた肉身がぽとりと、落ちてきて。

 ズタズタに破損した強化スーツに包まれた全身から血を流し、顔は見るも無惨な有様で。

 自慢だった白い尻尾は千切れてどこかに消え、かつての美しさは微塵も残されていなかった。

 

「うっ……ううっ……」

 

 俯せに倒れた身体から呻き声が漏れる。指先一つ動かせないはすがまだ意識はあるようで。念力で首を掴み引きづってくれば虚な目と視線が交わって。もう虫の息で放置しても問題はないだろうが、あまりにも見苦しいその姿に。

 

「詩乃のん、しばらく寝ていてね」

 

 首を一握りすれば途端に力無く落ちる手足と意識。

 白目を剥いたその瞼を閉ざしてやれば穏やか――とはいえないが可愛らしい寝顔がそこにはあって。

 自身も変身を解除してそのカラダを抱きしめてやれば、それは屈強な怪人などではなくて一人の少女で。

 

「今まで辛かったね……でももう大丈夫だから。いずれ、あなたと私は対等な存在になる。……その時まで、もう少しだけ我慢してね」

 

 慈愛を込めた声でそう囁いて頭を撫でて上げれば擽ったそうに悶えて、これから彼女を襲うであろう拷問と地獄を思いつつも、その先にある未来を浮かべ、明日奈は詩乃を抱きしめ続けた。

 




次回シノン拷問&再改造編です
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