朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
ショッカー基地より遥か遠くに立つ怪人村。
廃村に偽装されたそこの中心にポツリと置かれた井戸。もちろん、あくまで見せかけであるその真下にはアリスが他の仲間にも内密で作り、大量の隠し資料が保管してある地下室があった。
強引にこじ開けられた木造りの扉。その奥に広がる鉄製の棚から明日奈はとある資料を探していた。
資料の閉じられたファイル。怪人の石や部位の保管されたケース。乱雑に物が詰め込まれたダンボール。いずれも埃を被っていてかなり年季が入っている。おそらくは明日奈が産まれる以前の物も混じっているだろうが今はそんなものに興味はなかった。
目的の品はそう古い物ではない。
というよりほぼ最近なのだからと、目を素早く流して見物する。
怪人である明日奈の視力は人間など及ばないことなど最早言うまでもないが、彼女の目はただ優れているだけにとどまらず透視能力さえも備えている。『マイティアイ』と呼ばれるその力を持ってすれば、宝探しなど造作もないと思っていたが。
「流石にそこまで抜けてはいないわよね」
木綿季を動かすためにカードを切ったのが災いしたのか、肝心の物は影も形もなくなっていた。
(でもきっとここにはあるはず。
もう一度、すべての棚を捜索するもやはり見つからない。やはりあそこで桐ヶ谷直葉の名前を出すべきではなかったと後悔したその時、足元に何やら違和感を感じて。
レンガ造りの床。透視しても不審な点はなく、けれども目が離せなくて。
しゃがんで触れてみれば初めに踏んだその場所。そこだけが簡単に外れて。
「……なるほど、隠すのが上手いわね」
低くなった視線でようやく分かった。
膝をついた正面に見える微かに抉れた壁の一部分。――丁度レンガ一つ分くらい収まりそうなそこに押し込めば、ガコン、と何やら開くみたいな鈍い音が響いて。
立ち上がり向かうは壁に埋まった棚の前。それを持ち上げて見せれば、簡単に持ち上がるそれと明らかになったのは隠し部屋。
暗視や透視を拒ぐ素材で覆い、そして怪人でなければ持ち上げられない重量の壁で閉ざす。そもそもあの仕掛けに気づかなければ、持ち上げることすら敵わないようにロックしておいたのだろう。
それほどまでにして隠しておきたいものなど、明日奈には一つしか浮かばなかった。
「ようやく見つけた……」
部屋というより収納スペースと呼ぶ方が適切であろうその隠しエリア。そこには小さな台が置かれ、その上にあるのは真新しいファイルにディスクの入ったケース。それと、小瓶が一つ。
それを手に持って軽く握れば簡単に砕け散って。――そして。
「これが、人造キングストーン……。いや、キングストーンを超えた新たな進化への鍵……」
ついに姿を見せたそれを見て明日奈は笑いを抑えることができなかった。
掌に乗るのは緑色のストーン。明日奈の腹部に埋め込まれたそれの半分くらいの大きさしかないが、溢れ出る力は勝るとも劣らず。鈍く光を放つそれと共鳴するみたいに、ベルトが無意識に露出していく。
「――ここで何をしているの?」
ふいに、背後から飛んでくる声と刃。首筋スレスレに当てられたそれを感じてもなお明日奈は余裕を崩さない。
「そっちこそ。詩乃のんにやられたキズは癒えたの?」
「おかげさまでね。……で、質問に答えてくれるかな。この地下は一体なんなのかな?」
刃をかちりと鳴らし、睨みを効かせる木綿季。
相手は立場も実力も上だが、引くわけにはいかない。詩乃の拷問の最中。バイクの爆音を耳にして、単独でどこかへと移動する明日奈を見かけて追跡してきたがまさかこんな地下室を発見するとは予想だにしなかった。
「早く答えて、じゃないと……」
「じゃないと何? 木綿季にしては珍しくイラついてるようだけどどうしたの?」
「ボクが? まさか――」
「――せっかく逃げてくれたお友達を捕まえた事。そんなに怒ってるの?」
明日奈の言葉を切り裂くように振りかざされる切先。躱されるのは織り込み済みで、素早く逆手に持ち替えるのと同時に壁に押し付ければ簡単に制圧できた。――あくまで、相手が本気でなかったが故に出来た芸当だが。
「ボクは本気で戦って、そして負けた。それだけだよ」
「でも逃げて欲しかったのは本音でしょ? ――どの道、あの時の彼女なら単独で逃げてもすぐに殺されていた。なら賭けに出るのも悪くはないでしょ?」
「賭け? 一体なんの話――」
明日奈が差し出したのは一冊のファイル。すぐ側に置かれていたものであることは木綿季も確認済みだ。
「中を見て」
促されるままに受け取って、中身を見た。――瞬間、木綿季の目は大きく開いた。
「……何なんだこれ。こんなことが……」
ありとあらゆる物を組織で目にしてきた木綿季ですら、見るのを憚られる程におぞましい内容。――どこかにある実験室で行われた非人道的な実験の数々。怪人を創る為でもない、ただ闇雲に人の命を奪うだけの所業。
「……こんなことを、アリスが……」
「……木綿季、驚くのはまだ早いかもしれないわ」
明日奈が次に示したのは一枚のディスク。部屋の隅にあるパソコンに挿入し、中に記録されていたのはとある被験体に関する実験資料。1人の少女に改造手術を施してから今に至るまでの経過が全て記録されていた。
木綿季の手が動き、幾つもあるフォルダの一つをクリックした。直後、再生された目を覆いたくなる映像を目にして、涙が一筋溢れた。
「そんな……なんてことを……」
あまりにも残酷な事実を前に震える木綿季の肩にそっと手を添えた。
「アリスはこれが怪人の為だと信じて動いてる。これがどんなに残酷な事かなんて、彼女もきっと分かってる」
「……なら、どうしてこんなことを……」
「彼女にも、もう自分を止められないのよ。……誰かが止めてあげないと」
膝を折って彼女と視線を合わせる。明日奈はその身をそっと抱き寄せると、背中を撫でながら。
「私と木綿季。2人で彼女を止めましょう。まずは、詩乃のんを奪い返しましょう」
「奪い返す?……っ、まさかアリス――」
明日奈の言葉にアリスの次なる狙いを察した木綿季。大切な友人を狙う敵を正確に定めた彼女は思考を戦闘モードへと切り替える。
(さて、ここからが勝負かな)
戦意を増す木綿季を静かに見つめながら明日奈は次の行動に向けて思考を巡らせていた。
詩乃、そしてアリスもまた明日奈にとっては必要な存在だ。ここで2人を失わないためにも木綿季の協力は不可欠だ、だが、もう1人必要な存在もいる。
(信号は既に送った。後は彼女が答えてくれるかどうか……)
全ては遠く離れた場所に隠れている
※
土砂降りの雨と雷鳴が激しく窓を打ち付ける。
月灯りすらない暗黒の夜、怪人村の一角にある古びた洋館で凄惨な実験が執り行われようとしていた。
「……アリス、やめてアリス!」
真っ暗な実験室で、詩乃は必死に叫んだ。
薬品臭が鼻を突き、部屋の至る所に機材が置かれたその真ん中で、全裸で拘束された姿を晒して涙ながらに訴えた。
細い担架の上に縛り付けられ身じろぎしか敵わない状況で、焦りばかりが募る。
視線の横に置かれた器具台とその上に並べられたメスと注射器。このまま何をされるのかなんて明らかで、どんなに抗っても黒革に似た改造人間の力を抑制する拘束具によって逃れることができない。
以前首に巻かれた物と同一品だが今回はそれが首だけでなく、両手足首や胸、腹や肩に巻き付いているのだ。
「もうこんな事はやめて! 人間を怪人にするなんて間違ってる! これ以上罪を重ねないで!」
「既に人間でない貴方がそれを口にしますか。……それも私と一緒に人を怪人に変えてきた貴方が」
アリスの言葉に抵抗をやめて口を閉ざすしかない。
忘れはしない。
洗脳されていたとはいえ、自らの意思で行なった所業から逃れることはできないのだ。
この実験室。
ショッカーやゴルゴムの科学者達が知らない秘密の施設で、詩乃――シノンとアリスは幾度となく実験を繰り返してきた。口にするのも憚られる悪魔の所業を。
自分と同じように、数えるのも気が触れそうなほどの人間をこの手術台に縛り付け切り刻んだ。
女。子供。老人。ありとあらゆる人間を連れ去っては狂気の対象にして行った消せない罪の一つ。
「怯えないでシノン。貴方の意識はもうすぐ消えてなくなる。そうすれば、怖がる必要なんてないのです」
詩乃の横に立ち白い腹をそっと撫でる。
いよいよ始まる手術への動揺を示すようにベッドが軋み、詩乃の抵抗も激しくなる。
「安心して、貴方はより偉大な存在として皆に崇めてもらえる。貴方は、永遠に生きる存在となる」
「いやっ、やめてアリス! もう許して……!」
首を振って涙目で訴えるが、恍惚と語るアリスを前に無駄だと悟って。照明を受けて残酷に煌めくメスを写す瞳が揺らいで。
一際激しい落雷と同時にアリスと暴れる詩乃の影が重なった。
※
同時刻。ショッカー基地のとある通路にて。
戦闘員の部隊が指令を受け荷物を運搬していた。指示したのは世紀王シャドームーンこと明日奈。内容は倉庫への備品の保管業務。
通常、こういった雑務は戦闘員よりも下級である捕虜又は首や頭に爆弾を埋め込んだ奴隷にやらせるのだが、今回は上級存在である彼女から直々の指令。ユウキやシノンといった怪人と比べて大した能力を与えられてもなければ、利便性のため人間よりも知力をオミットされる場合もある彼らでは疑うこともなく。
基地の外れ、普段は誰も近づかないそこに辿り着くと電子ロックを開けて入った。埃とカビの匂いが充満した廃棄場同然のそこに足を踏み入れた途端、動く影の気配に気づいて背後を向く。
そこに立つのは飛蝗の異形。ショッカーの強化スーツに包まれたタイプとは違う、生物的な容姿をした怪人。これが噂に聞く世紀王シャドームーンの怪人態だと戦闘員達は理解した。
誰からともなく自然に敬礼を前にしても怪人は声一つ漏らさず、部屋の闇に溶けるような
――戦闘員の1人の腹を貫いた。
彼らが異変に気づくよりも早く異形――黒バッタ怪人は素早く立ち回って瞬時に制圧してみせた。
その間僅か10秒。
真っ黒の複眼で倒れ伏した彼らを見下ろし見定めて。
「……こいつかな」
爪先のすぐ側に転がっていた戦闘員を掴むと近くにあるテーブルに仰向けで載せた。
蒸気を噴き上げて変身は解かれ、少女――ミトは戦闘員の顔を覗き込み、ポケットからメスを取り出した。
「……悪く思わないでね」
そして無言のまま、心許ない照明だけを頼りにメスを顔に近づけ黙々と作業を始めたのだった。
※
雨が止んで、静寂が訪れた。
両針が同時に頂点を指した頃、実験室では朝田詩乃の再改造手術が淡々と行われていた。
「……くっ、うっ、……ううっ、あっ」
苦しげな詩乃の声が溢れる。
部屋の真ん中、詩乃が寝かされている場所だけは眩しいまでに照らされていて。照明は夜の闇に負けじと輝いて、少女の肉体に行われる所業を余すところなく晒していた。
「……ふっ! ううっ、ぐっ……はぁ、はぁ」
もはや叫ぶ余裕などなくて。血まみれで、今なお出血を続ける切り開かれた激痛に悶え、容赦なく腹部を抉るアリスを前に身じろぎすらできなかった。
「……ううぅ、うっ! ぐぅ、あぁぁ……っ」
臓器を削り抜き取って無理やり作ったスペースを固定する。金具で乱暴に引っ張り、激痛に苦しむ詩乃を尻目にアリスはその場を離れた。
部屋の奥、壁に埋め込まれた保管庫。重厚な扉を開けて取り出したのは青色の光を放つ鉱石――人工キングストーン。
本来の儀式では二つに割って世紀王にそれぞれ埋め込むものを今回は最初から1人に移植する。
元々強すぎる石の力に順応させる為にも半分ずつ渡す意図もある物を当初からたった1人に植え付けるのだ。大半の被験体が耐えきれずに即死しているが、詩乃に限ってそれはありえないだろう。
装置から取り外し、詩乃のもとへと戻る。
息を切らし、手術の負担から痙攣して意識すらおぼつかない少女がそこにはいた。
拘束され、怪人としての力を奪われている以上、ただの人間と変わらぬ状態で施される改造手術の苦痛は想像をはるかに絶する。それを耐えている彼女を見て心配は杞憂だと思った。
「……シノン、貴方は前からストーンを欲しがってましたね」
半ば白目を剥いた彼女に語りかけるも何も返ってはこない。
「……今、貴方にこれを託します。このストーンに適合した時こそシノン、貴方は我らの崇める創世王となる……」
「……や、やめっ、て……」
詩乃の懇願などアリスには届かない。
生気が着実に消えていく中、自分のカラダをまだ辱めようとする悪魔に懸命に抗う。それがどんなに無駄な足掻きだとしても、止めることはできなかった。
「シノン、……いや創世王よ。今こそ目覚め、その姿を現せ!」
「…………!? ぐっ、うわぁぁぁあぁー!!!」
直後、腹部にめり込んだ石に詩乃は目を見開いた。
遅れて悲鳴をあげると同時に、眩いほどの青色の光が放たれた。
痛みに任せて暴れてもそれなら逃れることは出来なくて。熱を上げ瞬時に再生した腹部からは絶え間なく激しい感覚が押し寄せて、壊れんばかりに暴れ狂った。
熱い。
まるでお腹に太陽を埋め込まれたように灼熱が全身を駆け巡り迸った。血液はマグマに、皮膚は炎に燃やされるみたいに昂って息を吸う余裕もなく、激痛に暴れることしか出来なくて。
「あああぁぁぁぁぁーーー、うわっ、あああああぁぁぁーーーーー!!!」
叫ぶほどに苦痛は増して、腹部から漏れる閃光もより満ち溢れて。破裂しそうなほどに湧き上がる力に任せて拘束から逃れようと抗う。
ギチギチと革が軋むことはあっても、引きちぎるまではいかなくて――次第に、抵抗する詩乃のカラダに変化が訪れて。
詩乃の汗に濡れた白い肌、常人には傷一つ見えないその上に血管が浮かびそれは全身を埋め尽くしていく。
「……ぎっ、あ、ああっ……」
手足の爪はネコそのもののように伸びて鋭利に。そして、髪色は詩乃の意思に関わらず黒から青へと変わり見開かれた目も同様だった。
「……がっ、ぎぃ、やぁぁぁ……!」
叫びを上げる口は歯が尖り、人ならざるものへと変わった。
その変化を見てアリスは満足そうに笑うと、自身も怪人体へと変わった。
「……早く、新しい王となった貴方を早く見せて……」
苦しみ悶える汗だくの頬を撫で、アリスは嗤う。
変わり続ける肉体の最中、変化で生じるエネルギーの濁流に耐えきれず白目を剥いた。
消失していく意識の最中、頭に浮かぶのは不思議なイメージ。
どこまでも、どこまでも、果てしなく続く青空の下。
雲一つない太陽が降り注ぐそこで、佇む影が一つ。
はじめはぼんやりとしていた輪郭が徐々に鮮明となり、浮かび上がったのは少女。
怪人の時と似た蒼色の髪が風に靡き、黄金のラインが走る青いドレスが揺れていた。
身体の一部には金属、鎧らしきパーツが付き、何より目を引くのは背後に覗く翼のようなものが目を引いた。
瞬きすると、視線が切り替わって。
いつしか自分が遠目で眺めていた筈の少女と一つになっていて、足元に広がる都市を見下ろしていた。
虫のようなサイズで、大量に地を跋扈する人間達。それがたまらなく不愉快で目障りで、いつしか手に握られていた弓を構えていて。
どこからか装填された矢を引いて、何の感傷すら込めることなく、飛んでいく。
一度放たれた矢は、弓を離れたら、二度と戻ることはなくて。
理不尽に、呆気なく着弾して、全てを消し飛ばした。
眩い光と共に、音も無く、都市を一つ亡きものとしてみせたのだ。
これまでとは比にもならないほどの人間を抹殺したというのに心は揺らぐことはなく。ここまで昇ってきた火柱の熱風に煽られるままに、その力の、凄まじさだけを噛み締めていて。
ハッとするような衝撃と共に目が見開かれて。直後、腹部の光がピタリと止んで前触れなく消えた。
あまりに急な事態にアリスが眉を顰めた――
――と、同時に衝撃波と共に光が解き放たれた。
たった一瞬。でも事態を覆すには十分で。
一発だけ放たれたそれでアリスはおろか詩乃を囲んでいた機材も全て吹き飛んで。保管庫の扉は粉砕、窓ガラスは砕け散り、壁に激突した彼女の身体は実験棚の下敷きにされて静寂が再び取り戻された。
拘束していた革のバンドも弾けてしまい、解放された詩乃のカラダが床に転がる。
「…………うっ」
すぐに覚醒した意識の中、詩乃の目に映ったのは半壊した実験室と棚に押しつぶされたアリス。
あまりにも衝撃すぎて事態を飲み込めなかったが、逃げるチャンスだということは分かって、痛む腹部を抑えて身動き一つ取れなくて。
霧が掛かったみたいに霞む視界の中、確かに近づいてくる足音だけが響いてきて。
「――詩乃、大丈夫?!」
「……ゆ、木綿季……?」
抱えられるカラダの感触に、視界が少しずつ晴れていって、現れたのは木綿季だった。
「なん、で……あなた、が……」
「とにかく、今は脱出しないと……」
状況を掴めていない詩乃の問いかけには答えずに、木綿季は彼女を肩に担ぐと足早に立ち去っていった。
――
――――
またも激しく降り出した雨が岩壁を荒々しく打ち付ける。
明日奈に言われ指定された待ち合わせの洞窟で、木綿季は1人、その目的の人物を待っていた。
――いや、正確には2人で。
アリスの実験室から連れ出した詩乃は意識を完全に失っており、施術後間もない肉体は苦しみを示すように震えと呻きを上げ、発熱と発汗を繰り返していた。
手術という大仕事を乗り越えたばかりで、おまけにこの洞窟は怪人でもたまらない寒さと空気の悪さをしている。親友の苦しむ姿を前にして、たまらず汗を拭ったり熱を冷まそうとしているが効果があったとはとても言えなかった。
木綿季は詩乃よりもショッカーに長く居て怪人や改造手術に多少の知識はあるものの、あくまで戦闘要員。術後の処置など覚えはなかった。
何もできない自分に苛立ちを隠せなくなった頃。
甲高い風の音が、バイク特有の風を切り裂く爆音が、遥か遠くから轟いてきて。
土砂降りの雨にも関わらず一直線に、迷う事なく真っ直ぐに突き進んでくるそれは確かにこちらへと近づいてくる。
闇の中、ゆっくりと浮かんできた昆虫みたいな赤いライトが次第に強く輝いて。独特な唸りと地を踏み鳴らしながら、奇妙な飛蝗のようなバイクが雨を切り裂き飛び込んできた。
乗っていたのは黒い飛蝗怪人。明日奈と酷似したその異形を前にして、木綿季は詩乃を庇うように立ち上がった。――が、すぐにその警戒を解いた。
一度明日奈と戦ったからこそ分かる。
体色と腹部のベルトの有無くらいしか違いはないこの怪人からは、あの恐ろしいまでの殺気どころか敵意を微塵も感じなかった。恐らくは上手く隠しているだけで戦闘となれば一筋縄ではいかないだろうが、瀕死の仲間を抱えている以上、もう、賭けるしかなかった。
「……キミが、明日奈の言っていた待ち合わせの人……かな?」
黒バッタ怪人――ミトは木綿季の言葉に頷いた。
「キミなら詩乃を、ボクの友達を守ってあげられるって聞いたんだけど、本当?」
「……あなたが信じてくれるなら」
ミトとしても詩乃と木綿季に敵意はない。
守り切れる保証はないが、力を貸せる範囲でなら助ける。そこだけは確かだった。
「……分かった、今はキミを信じることにする。彼女をお願い……」
詩乃の身柄を木綿季は怪人へと委ねた。
悔しいが、自分では詩乃をショッカーや他の組織から守ることはできない。だが、世紀王である彼女ならば助けてくれると願って。
バイクの後ろに詩乃を乗せ、ミトは木綿季に袋を手渡した。
木綿季が恐る恐る中身を見ると、微かに覗くのは、生首――。
「この娘の顔に似せてある。明日奈と上手くやればきっとバレないはず」
「うん、ありがとう」
それは、先程仕留めた戦闘員の顔を整形して作った生首。
短時間で仕上げたにしては中々の出来であると自負しているがあくまで即興品。精密に調べられたらすぐにバレてしまうだろうが、そこはもう祈るしかない。
「……それじゃあ」
「……っ、待って」
詩乃の容体もあり長居するわけにもいかず去ろうとしたミトの背中を木綿季が呼び止めた。
雨に濡れることも構わずに、親友の側に寄り頬に手を添える。
「……さよならだよ詩乃」
ただ一言。噛み締めるように呟くと木綿季は唇を重ねた。
猛スピードで姿を消したバイクのテールライトが見えなくなるまで、木綿季は動くことはなかった。
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