※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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地獄王子の魔手

 

「ねぇ、そこの2人」

 

 倒れ伏したアリスをショッカーに引き渡すまで地下牢に監禁するべく掴んでいた大柄な男達を明日奈は呼び止めた。

 

「アリスを連行した後にもう1つだけ、あなた達に仕事を頼みたいのだけど、いいかしら?」

 

 答えなど口にするまでもなく。自分達よりも上級の怪人で、組織のトップである彼女の命令に意見も反論する理由などなくて静かに頷いた。

 向かい合う少女と大男2人。

 令嬢のような雰囲気を存分にまとった華々しい見た目の少女と筋肉質で屈強な大木のような男達。長身でガテン系の見た目の男――クモ怪人と色黒で全身の体毛のない男――ワニ怪人。どちらも組織の戦闘要員でかつてはアリスの部下であった二人。

 まさに美女と野獣。

 一見すれば威圧的な男に脅される幼気な少女のようにも思えたが、実際はその反対で少女のほうが圧倒的に強ち立場にいるのだが。

 

「クモさん、ワニさん。あなた達お願いしたいことは1つだけ。桐ヶ谷兄妹を攫ってきて欲しいの」

 

 明日奈からの指令に二人は互いを見やりながらも彼女の話に耳を貸した。ただの人間の少年と、未知のストーンをベースにより改造されてはいるものの怪人同士の実戦経験のない少女。いくつもの死線を潜り抜けゴルゴムでも指折りの実力者でもある彼らにこの指令に対する恐れや不安などは微塵もない。あるのは、何故ショッカーの仕事を自分らが引き受けなくてはならないのか、という疑問だけで。

 

「正直、怪人の被験者一人をダメにした落とし前がこのダブルスパイ女一人だけで済むとは思えないわ。ここでショッカーの怒りを買う前に彼らが欲しがっているあの兄妹も纏めて差し出してあげればいいかなって」

 

 意識なく項垂れ抱えられたままのアリスを一瞥して明日奈は笑みを添えて彼らの肩を掴んだ。

 

「ワニさんには和人くんを、クモさんには直葉ちゃんをお願いね。……あ、クモさんは五人兄弟だったよね? どうせなら全員でいってみてよ。それなら相手が強くても絶対に負けないでしょ?」

 

 笑顔で細まっていた目が開いて「できるよね」と、冷たく言い放った。

 

 有無を言わさぬ王の威厳。それを前にしては逆らえるわけなどなくて、彼らは対象の元へと向かった。

 

 

※

 

 

 都心部の入り乱れた道路を走る一台のバイク。飛蝗を模した無骨なミリタリーカラーの車体は、混み合った道を縫うようにして抜き去って街を駆けていく。

 明らかに改造バイクだがそれを咎める者も目を向ける者はただの1人もいなくて、触覚に似たパーツからある種の催眠電波でも漏れているのか、人っ子1人視線を向けられないのもそれはそれで虚しいとバイク――バトルホッパーの乗り手である兎沢深澄は思った。

 かつて肉体を改造される悲劇に巻き込まれ、それからというもの故郷であるこの国にすら戻らなかった彼女は、諸々の事情を持ってこの地を踏んでいた。

 

 

 ――遡ること少し前、秘境に隠れ潜んでいた自身の元に明日奈が現れた日。

 

「――創世王を殺そう。力を貸してくれるよね?」

 

 内容はともかく可愛らしく首を傾げ、頼んでくる姿はかつての彼女のそのもの。人間だった頃の結城明日奈に他ならない。が――

 

「私は戦わない。私にはもう関係ないから」

 

 ぴしゃり、と突き放すように深澄はそう言って明日奈に背を向けた。

 

「関係ないなんて無理よ。私とミト――深澄は世紀王。創世王や戦う運命からは逃れられないわ」

「私はもう、世紀王じゃない」

 

 言うより早いか。深澄は着ていた服の裾を捲り肌を晒した。白い肌となだらかな腹部。そして、そこに十字に刻まれた手術痕を。

 それを見た瞬間に、明日奈の瞼が震えた。

 

「……まさか、キングストーンを抉り出したの?」

「えぇ、中々苦しかったけどね」

 

 脳裏に蘇るのは改造手術を遥かに超えた地獄。自らに課す拷問にも等しい所業。

 通常、怪人の源であり命にも等しいストーンを抉り出すことは死の危険性を伴う。加えて、深澄に移植されたのはキングストーン。適合者とより密接に融合することで他の怪人を寄せ付けぬ力をもたらすのだ。

 

 それを、深澄は自らの手で摘出した。麻酔など効くはずのないカラダで。気が狂いそうな、死を何度経験したのかわからないほどの激痛の中で腹部を切り開き、キングストーンを抉り出したのだ。もちろん無策にではない。クジラ怪人が所持していた文献や改造手術の詳細な情報などを学び、実験を繰り返すことで半年ほど前に成功したものだが。

 

「へぇ、昔から頭は良かったけどお医者さんの真似が出来るなんて流石は深澄ね」

「……それはどうも」

「……冷たいなぁ、私嫌われるようなことしたかな?」

「再会してすぐに誰かの暗殺を頼んでくるような人を好きになるはずがない。……それに、明日奈は違うようだけど私は嫌いなの、このカラダが」

 

 深澄の言葉をスイッチに、全身から蒸気が湧き出て黒バッタ怪人の姿を晒す。明日奈の銀バッタ怪人とは色と後付けのベルト以外大きな差はないが、腹部には怪人化してもなお痛々しい手術痕が刻まれており、時折そこが疼くのか手で押さえていた。

 

「……私はこの醜い姿が大嫌い。だから人間に戻りたいから必死に方法を探してる」

「そんな手段あるわけないのに、いつも頑張ってるね深澄は」

「私はキングストーンすら取り除いた。出来ないことはない、筈だから……」

 

 そう言って再び深澄は明日奈に背を向けた。これ以上彼女から何を言われても、この異形の体を晒して闘いに赴く気などなかった。

 

「…………」

 

 (これも醍醐味の一つだからね!)

 

 ――深澄は知る由もないが、明日奈もまた、この時彼女との壁を感じていた。

 

 かつての彼女からは想像があまりつかない程暗く影を落とした様子。本当なら再会を分かち合いたかったが、それが叶わないことは当人達が一番よく知っている。

 腹部に埋め込まれたキングストーン。それが必ず命を奪い合わせると強く命じてくるのだ。どうしようもなく抗い難く、限りなく決定事項かのように。

 

 自分たちをこんな運命に仕向けた創世王。それを倒す計画なら賛同してくれると思っていたが、この2年は自分だけでなく彼女すらも変えてしまっていたことを思い知らされて。もう二度と埋まることがないかもしれない溝を感じつつも、明日奈もまた、深澄に背を向けた。

 

 

 それから、明日奈に隠していた太陽のキングストーンを渡し二度と会うつもりも関わるつもりもなかったが、つい先日、飛蝗怪人の能力を通じて呼びかけられたのは1人の少女の窮地。

 キングストーンにも等しい力を秘めた新たなる石の存在とそれを埋め込まれつつある女怪人の話。関係ないと見過ごすこともできたが、逃走してしばらくは石から溢れる力に苦しんだ記憶が蘇って、結局は見過ごせずに彼女の介抱だけを引き受けることにした。

 

 今回深澄が街をバイクで走ることになったのもその少女――詩乃のためでもあった。

 

 クジラ怪人の隠れ家から持ち寄った治療の秘薬などを駆使しケアにあたっていた時。――あまり勧めたくはない手段ではあるが、腹部に石を埋め込まれゴルゴム怪人にも近づいた彼女の回復の為、ヘブンを用いようとしたが拒絶されてしまったのだ。

 

『私は絶対に人間は食べない……』

 

 深澄自身もヘブンを好みはしないがその回復力だけは認めている。事実、キングストーン摘出後に襲われた苦しみから逃れる為それに手を出して生き長らえた経験がある以上、同様に術後の負荷に苦しむ者がいれば勧めたくなるのも無理はなかった。

 元がアレなだけに強制することなど、流石に、出来るわけもなくて。ヘブンに替わる栄養補給剤として早朝からスーパーや市場を駆け回り、こうして帰路につくべくアクセルに手をかけた。

 ふと見上げた空には、もう、夕暮れが近づいていた。

 

 

※

 

 

 夕暮れ時。喉の渇きに耐えきれず、直葉は部屋から出た。

 向かうはキッチンの冷蔵庫で、目当ての飲料水をコップに注いで部屋へと戻ろうとした。そのとき――

 

 ふいに下がった視線の先、雑に置かれた新聞の一面。見出しに書かれた『真夜中の連続殺人事件 警察の囮捜査失敗』との一文を見て、目が見開かれて。

 

 蘇るのは昨夜の悪夢。

 無数の警官を相手に自分が――自分ではない誰かが大立ち回りして暴れまわった記憶。

 意識を変えることも目を離すこともできなくて、食い入るように記事を読めば、鮮明になっていく脳裏の映像。記された事件現場の情報と重なっていく悪夢の一部始終。読むまでもなく全てを知っているような気がして、結局は犯人を取り逃がしてしまったことで正体不明となったことが余計に薄気味悪さを煽っていて。

 

(正体不明なんてひどーい、私にだって名前があるのにー)

 

 ハッとして手から滑り落ちるコップ。ガシャリと音を立てて割れることなど気にも留めず後ろを向くけどそこには勿論、誰もいるはずがなくて。何故なら――

 

(あ、もしかして私の声聞こえてる? やっぱりア(・)レ(・)揃えると進化も早いわね)

「……ひっ!? だ、誰……姿を見せて!」

 

 腹の底から恐怖が沸き上がり、搔き消そうと叫ぶも誰も返事をすることはなくて。

 

(そんなに怖がらなくてもいいじゃない。別に赤の他人ってワケでもないのに)

「あなたなんか知らない! 早く私のそばから消えて! いますぐに!」

 

 半狂乱に叫び、いつしか手にしていた包丁を手に周囲を威嚇する。しかし、未だ姿を見せぬ声の主はそんな様子が面白いのか、ケラケラと笑い声を上げる。

 

(消えて……ねぇ、それは今じゃないから無理だけど、それより直葉ちゃん、周りに気を付けたほうがいいわよ)

「……っ、何を言って――」

(――だってもう、囲まれてるから)

 

 彼女の声をかき消すように、直後、すぐそばのベランダ側の窓が割れて。飛び散る破片と予期せぬ爆音に衝撃に怯んでしゃがみこんでしまう。

 

「今度は何……?」

 

 恐る恐る庭のほうを見れば、そこにいたのは見知らぬ男。建築現場で見かけそうな格好をした長身の男が、無言で見下ろしていた。

 

「何ですかあなた……、一体うちに何をしに――」

 

 怯えながらも声を出せば――途端に、男の背から何かが生えて飛び出して。喉が急速に冷えてもはや悲鳴も出せなくて、二本、三本と増えていく巨大な蜘蛛の脚。そして、人の手が蒸気を上げてカギ爪に変わって、かつて喫茶店で目撃した怪物と変わらぬ異形へと変貌した。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃぃー!」

 

 恐怖から後ろに下がるも、その背を貫かんと破壊される壁。いつの間にかもう一人侵入していたようで、もはや立つこともままならず四つん這いで家を逃げまどい気が付けば道場へと追い込まれていて。

 

「やっ、いやぁぁぁぁぁ……、た、助けてー!」

 

 涙を流して泣き叫び、自身を囲む五体の怪物に許しを求めた。が、彼らは聞き入れるわけもなくて。毛髪だけを残し八つの赤い複眼を光らせて、しゅるしゅると口から蜘蛛糸を滴らせるクモ怪人達を前にして尚も直葉は後ずさるが結局は壁に追い込まれるだけで。

 

「助けてお兄ちゃん……! 助けてぇ……」

 

 ボロボロと涙して兄を呼ぶも、その声は届くわけもなくて。

 完全に抵抗の意思をなくした彼女を捕獲するべく、クモ怪人達は一斉に飛び込んでいく。――途端、直葉の瞳からハイライトが消え、緑色の光を宿し始めて――

 

 

※

 

 

 放課後。夕焼けに沈んだ空の下。誰もいない帰り道を和人は一人歩いていた。

 横どころか、前にも後ろにも、自分以外は誰もいない静かな通り。鳥の囀りも車の走行音すら聞こえない不気味とさえ感じる世界。

 当の和人にはそんなことどうだってよくて、半ば自動人形みたいに足が動いて家への帰路を歩く。

 

 ――その前方。どこからか現れた大男がその行く手を遮って。

 日によく焼けた色黒の肌をした筋骨隆々な巨漢。2mくらいはある大きさと自身の体格より太いかもしれない手足。白目気味の三白眼は吊り上がって表情の読み取りづらい物調面の彼は、口を開くことなく無言のままこちらを見下ろしていた。

 自分の記憶では面識のない男、というか、一度見たら忘れないほどインパクトが強い彼を忘れることなどなく。結局は横を抜けていこうとしたが、彼はまたも遮るみたいに立ち塞がってきた。

 

「あの……どこかでお会いしたことは、ないですよね……?」

 

 一応、確認はしてみるものの彼は何も答えることはなくて。代わりに、増していくのは威圧感と不気味さばかりで、ここまでくれば不穏な予感を感じて、距離を取って一気に駆け出した。――すぐに、制服の襟首を掴まれ持ち上げられて。

 

「くっ……! このっ、離せっ!」

 

 じたばたと暴れるも文字通り大人と子供の体格さでは敵うはずもなく、地面から次第に離れていく足に焦りを感じつつもどうにもできず、今度は頭を押さえようと被さってきた巨漢の指に嚙みついてやれば掴まれていた腕からも力が抜けた。

 

「うわっ」

 

 急に地面に落とされたもののこの機を逃すわけにもいかず慌てて立ち上がると和人は力の限り走った。持っていたカバンやポケットの中の携帯端末が落ちていくことなど気にしてはいられなくて、一目散に逃げて曲がり角が目前に迫った。直後、野獣の如き咆哮が轟いた。

 頭を揺らす振動にたまらず立ち止まり耳を塞げば飛び込んでくる大男。

 

「うわぁっ!」

 

 慌てて横に飛べばギリギリながら躱して、男はフェンスに突撃し、動きを止めた。

 危機を超えたことと高まった心拍が落ち着くうち、頭が冴えてきて。もしや死んだのではと一抹の不安が過った。が、男の腕が動いた。そして、その信じがたい光景に言葉が出なくなって。

 

 蒸気を上げ大男の背から爬虫類みたいな棘が生え、次第にその肌もワニのような鱗が浮き出てきて。立ち上がり振り向いたその顔もまた人間と異形の中間のように変わり始めていた。

 

「何なんだよ……。お前、一体なんで俺を狙うんだ……!」

 

 和人の問いに男は答えない。

 ならばと、足元に転がっていたカバンを再び掴み立ち向かう。先ほどの跳躍を見るにこのまま背を向けて逃げ出してもすぐに捕まるのは必然だろう。だが、殺されるにしても連れていかれるにしても大人しくしたがってやるつもりもなくて、例え勝てなくても最後まで抵抗だけはしてやろうと男にめがけて振り下ろした。

 

「うおぉぉぉー!」

 

 勢いと中身の重量を加えた抵抗。――それはいともたやすく防がれると、和人の腹部に膝がめり込んだ。

 

「ぐっ……?!」

 

 抜けていく空気と薄れる意識。今度は和人がフェンスに激突して、全身に痛みと痺れが走って身じろぎすら苦しかった。

 

「ぐっ、あぁ……!」

 

 それでも逃げようと足掻くがもはや力が入らなくて。

 抵抗の出来ない様子を見て男は和人の身体を抱え、肩に背負った。そして、もう用はないとばかりにこの場から去ろうとした。――そのとき。

 

 猛烈な勢いでこちら目掛けて突進してくるバイク。わずかにも速度を緩めることもなく突き進んでくるそれを、和人の目は捉えた。そして、ダークグリーンのマシンから飛び出した乗り手に抱えられる、と同時に勢いそのままの車体が男を吹き飛ばして。

 強烈な衝撃を受けて転がっていく男と、乗り手に抱えられ危なげなく地面に戻る和人。ぼんやりとした視界の中、ヘルメットのシールド越しに見下ろしてくる穏やかで優しい眼差しに、何故か頼もしさを感じて、自然と湧き上がってきた安堵感に緊張も解けていく。

 痛みを堪えすぐさま立ち上がる男と睨みあうようにバイクの主はジェットヘルメットを脱いで足元に落とした。

 その正体は自身とそう歳の離れていないであろう少女。やや紫交じりの黒髪をポニーテールにした彼女は和人を見ることもなく大男と対峙する。

 

一陣の風が吹き抜けて、先に動いたのは男。これまでよりも蒸気を放ち、その姿を完全に異形のものへと造り替え、真の姿であるワニ怪人として本性を露わにする。

 まさにワニ人間としか呼べない怪物を目にして、和人は怯む。だけど、彼と異形の間を遮るように少女が立ちはだかった。

 

 ワニ怪人と睨みあう少女――深澄もまた、彼と戦うためにその力を解放する。

 唸りと共に熱気を放ち、目が緑から赤へと塗りつぶされていく。白い首筋にどす黒い血管が浮き出てまず足が飛蝗怪人のものに変わる。

 

「う、うう、ううあっ……」

 

 次第に変わっていくにつれて大きくなる叫び。それはどこか、泣いているようにも、悲しんでいるようにも感じて。

 

「ううっ、……ウウゥ、……ウッ、……アアァァァァァ!」

 

 背中から生える二本のバッタ足と同時に飛び出した黒い触手に美澄は飲みこまれ、彼女は完全に黒バッタ怪人へと変貌した。

 

 その姿をみてワニ怪人に初めて動揺が走った。その姿、そしてその殺気は紛れもなく自身の主君であるシャドームーン――明日奈と同質のもの。それすなわちもう一人の世紀王――ブラックサンに他ならないから。

 

 緩やかに戦意を零し、臨戦態勢へと移行する黒バッタ怪人を前にワニ怪人もまた意識を切り替えた。

 かつての悲劇で死んだと思われていた存在。だが今は、それが敵として立ちはだかっている。ならば戦うしかない。そして倒して明日奈の元へと連れ帰るのみ。

 

 再度火花を散らす2体の異形。一人の少年を賭け、異形同士の殺し合いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。

 




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