朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
音を立て土を踏めば粉塵が舞う。静かに間合いを取り、互いに一言も交わさぬまま、複眼同士を獰猛にギラつかせて睨みを効かせ合う。
バッタ怪人とワニ怪人。どちらも同じ異形の化物であることに変わり無いが、未だ人の形を存分に保った黒バッタ怪人と違い、ワニ怪人の姿はまさに巨大なワニそのもの。体格も数メートル以上差があり、大きな口から覗く鋭利な歯はさながらチェーンソーのようで、地を割るほど大きい両手足と尻尾は、掠る程度でも致命傷は避けられないだろうパワーを有していることは容易に想像が着いた。――それでも、黒バッタ怪人は負けじと腰を落とし、戦闘態勢を保つ。
ざっと土を鳴らし一層砂埃が舞った。と、同時に先に動いたのはワニ怪人。涎を滴らせた口を大きく開き、黒バッタ怪人――ミト目掛けて飛びかかる。これまでとは比べものにならない速度の突進。
ミトはそれを軽く飛んで避けるとガラ空きの胴体に腕を組み付かせた。チョークスリーパーの要領で背に跨って組み付き、動きを封じる。その自慢の顎も押さえつけて塞いでやれば使えはしない。そのまま馬乗りになって頭部目掛けて拳を振り下ろす。手加減は微塵も無い。敵の脳天をかち割る勢いで殴り込み、ただ破壊するのみと、一心に叩き込む。――が、効かない。全身を覆う硬い皮膚が打撃を防いでいるのだ。
ジタバタと抵抗してくるワニ怪人の腕を掴み、脆い部分はないかと闇雲に殴ってみるが中々弱点は見つからず、突如首に絡んで来た尻尾に巻き取られ、ミトは宙へと投げ出された。
「あっ……!」
戦いを見守っていた和人は思わず声を上げたが、ミトはなおも平静を欠くことなく、体操選手よろしく鮮やかな回転で難なく着地すると絡みついた尻尾を引っ張った。強烈な力に引き寄せられ今度はワニ怪人が地から離れていく。
絞るように捻じられて、痛みからミトの首に絡む尻尾が解ける。体格差を物ともせずに、重機のようなガタイの怪物を一息に手繰り寄せて、引きずって。――そのまま持ち上げ振り始めた。
それはあまりにも信じがたい光景だった。成人男性程の飛蝗の異形が、数倍はあろうワニの怪物を最も容易く振り回しているのだから。それも、そのバッタ怪人の元は自分とそう背丈も変わらぬ華奢な少女だったと言われても恐らく、というより絶対信じられないだろう。
突風が吹き荒れてワニ怪人はされるがままに回転の餌食となる。そして、勢いそのままにミトに投げ出され大きな音を上げて地を鳴らした。くぐもった呻きが溢れ、消える。
(自重による落下ダメージは有効……でも決定打には欠けるか)
痛みを堪えながら四足歩行でこちらを睨んでくる怪物を見て弱点を探る。闇雲に戦っていても長引くだけだ。ならば急所を見つけ一気に叩き込むのみ。
雄叫びを上げ大口を開けて飛び込んでくるワニ怪人を華麗に避け、尻尾を再度狙う。が、流石に警戒されているのかジタバタと動いて捕らえられない。それならと腰を屈め、スライディングの要領でワニ怪人の死角――目の届かぬガラ空きの腹部に潜り込み、すかさず強烈な蹴りを叩き込んだ。同時に背中のバッタ足の力も借りたそれは圧倒的なサイズ差を見事に逆転させ、ワニ怪人はひっくり返った。
「よし、いけるぞ……!」
また馬乗りになってパンチの連撃をかます黒バッタ怪人を見て和人は叫んだ。初めはどうなるかと思ったが、今のところ戦いは常にバッタ怪人の方が優勢だ。このままいけば、あのワニの腹を貫きバッタが勝利を収めるのは確実であろう。勝利を半ば確信し、自然と笑みが浮かんだ。――が、それを嘲笑うかのように、突如として黒バッタ怪人が吹き飛んだ。
「えっ……?」
突如というよりは、先ほどと同様に首に絡んだ尻尾に投げ飛ばされただけだがヤケクソ気味の出鱈目な一発は容易くミトを吹き飛ばし、地面に転がした。
「くっ……」
すぐさま復帰したミトだったが、今度は足から力が抜けて膝をつく。痙攣の起こる右足、鈍い痛みを感じる腹部に手を当てればそこにまとわりつくのは赤黒い鮮血。掌に付着したそれに気を取られた隙を、勿論敵が見逃してくれるわけもなくて。
「危ない!」
和人の叫びと共に飛びついてくるワニ怪人に対処が間に合わず、ミトの腹部に、鋭い牙が噛みついた。
慌てて引き剥がそうとするも顎の力は桁外れで、圧迫される腹部の外皮もワニ怪人に負けじと硬いものだが牙の切れ味はそれを上回っていて。次第にぷしゅぷしゅと血潮が吹き出していく。
「……くっ」
肘打ちや膝蹴り、殴る蹴るを繰り返してワニ怪人を攻めるも鉄壁とも言える硬度を相手では歯がたたず、押しつぶされていく身体の痛みに膝をついた。
勢いに乗るワニ怪人はそのままミトを咥えたまま、まるでさっきの仕返しとばかりに頭を振り回した。
強烈な遠心力もあって顎の力もどんどん増して力が抜けていく。――次第に、ミトの身体から湯気が立ち掌が黒から白に薄れ、飛蝗の複眼に少女の顔が浮かぶ。
(まずい、変身が解ける……)
無理な摘出手術の後遺症か、ミト――深澄は怪人の状態を長時間維持することが難しい。人間に戻りたいと願う彼女にとっては喜ばしい限りではあったが、守るべき対象のいる今、その兆候はあまりにも最悪であった。
早く決着をつけねばと焦る頭を働かせて敵を倒す作戦を練る。しかし、邪魔をするように噛み締めてきたワニ怪人によって遮られてしまう。
苦悶の叫びを上げるミトにワニ怪人は誇らしげに視線をぶつけてくる。ミトとワニ怪人の目が交わって、大きく見開いた。
(コイツは全身が硬い皮膚に覆われている……でも覆えない所もある。それは……)
悟られぬように拳を握り、痛む腹部に鞭を打ち、一気に起き上がるとワニ怪人――その無防備で大きな目玉へパンチを繰り出した。
面白いくらいに眼球が弾けて血飛沫が上がる。あまりの激痛に顎が緩んで、ミトは地面に転がった。
目は多くの生き物の急所。それは怪人とて例外ではない。苦しいのはこちらも同じだがここを逃すわけにはいかないと、ミトは再び拳を握りもう一つの目をめがけて殴りかかった。
「……くっ、はあぁぁぁぁぁー!」
――微かに赤色の閃光を帯びたそれはワニ怪人の目玉を貫き脳天まで到達。酷い悲鳴を上げてのたうち回った。
(まだ息があるのか……)
しかし、ワニ怪人はそれでもしぶとく生きながらえ。おそらく長くは無いだろうが、手負いの自分と人間くらいなら追ってくる気概くらいは感じて。このまま放置でもすればたまたま通りかかった人間さえ巻き込まれかねない。
ここで決着を。なんとしても息の根を止めなくてはならない。
「……ぐっ! はあああっ、あぁぁぁ……!」
ぐっと腹筋を働かせ全身のパワーを絞り出す。
キングストーンという動力源にも等しい物は失っているがそんなことは言ってられない。
全神経が集中して血流が早くなる。筋肉が締まって全ての力が足に向かう。
薄らぼんやりと複眼が赤く染まって、陽炎みたいに深紅の光が揺らめいて。
「ハアァァァァァー!!!」
飛蝗の脚力を最大限に地を蹴り砲弾みたいに飛び上がる。ミトが両脚を前に突き出せばワニ怪人は最後の足掻きと口を大きく開いて迎え撃つ。
「あっ……」
和人が声を上げるまでもなく、ミトの身体がワニ怪人の巨体を一直線にぶち抜き、全ての決着が付いた。
断末魔を上げることさえなく。大穴を空けられた怪人は静かに絶命し倒れ伏した。そして、次第にその肉体は泡となって消えていく。跡形もなく、まるで初めからこの世にはいなかったように。
それを背後で見届けて、ミトもまた限界を迎えた。今度こそ崩れるみたいに足が折れて、人間の姿――深澄へと戻る。
まさかたまたま通りかかった先で死にかけるとは。――なんて考えた直後、血が口から吹き出して力無く倒れ込む。
命を燃やし、この身に宿る全ての生命力を使い切ったような気がして意識が薄れていく。
「お、おい……しっかりしろ!」
深澄の元に和人は駆け寄って肩を揺らす。
人間の姿をしていてもその正体は化物。もしかしたら獲物を横取りしただけかもしれないという疑念はあれど、目の前で死にそうな少女。それも助けてくれた相手を見捨てられるほど非情になりきれなくて。
肩を貸してやれば苦しげながら意識はなんとか持ち直したようで。
「酷い傷だ、早く病院に……は、流石に無理だよな」
「時間はかかるけど傷は治る。……それより、バイクの元へ」
少女に言われるがまま、彼女が乗ってきたバイクへと連れていくと彼女から徐にヘルメットを被せられハンドルを握らされる。
「……えっ? ちょっと……!」
「後はこいつが導いてくれる。しばらくは、任せた……」
「って、おい!? 任せるって俺バイクに乗ったことなんか――えっ、うわぁぁぁぁぁー!」
少女が目を閉じた直後、バイクのライトが点灯して急発進した。自身の背に捕まっている少女の為、というよりは自分が振り落とされないよう必死にハンドルを握りしめる事しか出来なかった。
※
「……んっ」
酷く血生臭い匂いが鼻につき、直葉は目を覚ました。
眠る前の記憶が曖昧で、薄めに辺りを見渡すとここは紛れもなく自宅のリビングに他ならなくて。
(あれ……私、なんでこんなところで……)
寝起きでぼんやりとしたまま周囲を眺めても焦点の定まらない視界では違和感一つ感じなくて。――けれども、指先に触れた奇妙な感触に違和感を感じて。少し手を動かせば、べちゃり、と音が鳴って。
「えっ…………」
ぎょっとして下を向けば、
そこに広がるのは赤。
辺り一面を染め上げるおびただしいまでの血液の海。
目が痛くなるほどの鮮血に見慣れた床が沈められていた。
悲鳴を上げる事すらできなくて口を塞いでここでようやく自身の身体が血まみれになっていることにも気づいた。
明らかに自分から出た物ではない。
半ば祈りには近くはあるものの、体にこれといった痛みは全くないし、何より人間1人から出る量ではないと思ったから。
目を覚ます前、すなわち意識を失う前の記憶が全く思い出せない。思い出そうとすればずきりと鈍い痛みが走って、頭を抑えた。
「……確か、あの時」
微かながら像を結び始めた記憶。――たしか何かに追われて道場に逃げ込んで、それから――
と、そこで立ちあがろうとした足元に転がる物――八つの眼を蓄えた不気味な生首が目が入って。直葉は引き攣った声を上げた。驚きが全てに勝って悲鳴すら出なくて、むしろ誰にも知られたくないから叫ばなかっただけ自分を褒めてあげたいくらいで。
「なっ、な……あっ、あ……な、あぁ、何、が……」
呂律が回らず何を言っていいのかどうすればいいのかさえも分からなくて、パニックになって部屋を見渡せば次第に分かってきて。真っ赤に染め上げられた壁や床の至る所に奇妙な形をした手足が散らばり混ざり込んでいて、中には先程触れた生首と同じ物(正確には上顎から上のみ)が張り付いていた。
「い、いやぁぁぁぁーーー!」
たまらず悲鳴を上げて家を飛び出していく。
もう何も考えられずに、ただこの現実から逃げ出したい思いだけで、直葉は姿を消した。
※
空が完全に闇夜に染まり、月が照らす中。バトルホッパーは長い移動を終え、ようやく停まった。
数時間――とまではいかなくても決して短くはなかったバイク走は街をいくつか抜け、廃バスが雑に放置された寂れた荒野に辿り着く事で終わりを告げた。
ハンドルを握る、というより握らされていた和人が安堵の息を吐いた途端、背中に捕まっていた深澄も目を覚ました。
「……んっ」
「あれ、目を覚ましたのか」
徐にシートから降りる彼女に合わせるように和人も降りればバトルホッパーはまた自動で動き出し、おそらくは定位置であろう廃バスの影へと動いた。
「あのバイク、自分で動けるのか」
「化物見た後だとそこまで驚かないでしょ。ほら、早く入って。誰が見てるか分からないから」
未だに痛むのか腹部を抑え、足を引き摺りながら歩く少女に続いてバスの中へと乗り込んだ。人間である和人から見れば何の違和感もないが、つい先程ありえないものを見た直後だと万が一の可能性も捨てきれなくて。おまけに夜の暗さも合わされば、極力1人にはなりたくなかった。
外見とは裏腹に内部は生活感が漂っていて掃除はしているのかそれなりに保たれていて。綺麗と褒めるほどでは全くないが少し過ごす分には問題なさそうだった。
「ううっ……」
真っ暗な車内で人の悶える声がして和人が向いた先。そこには少女が苦しげに横になっていた。
和人は何故かその少女から目が離せなかった。
窓から見えない位置の座席を独占し、全身を包帯巻きにされ防寒着を着せられている彼女の髪色、そして僅かに開いた瞳の色は共に青色で、この少女もまた異形の存在なのであろうと察した。
そして少女――詩乃もまた和人を見つめていた。熱っぽく揺らぐ視界と意識の中でも、彼の顔だけははっきりと分かった。忘れるはずがない。なぜなら彼は――
「か、彼は……き……」
「ごめん、遅くなって。今は何も話さなくていいから」
深澄は目覚めたばかりの詩乃へと駆け寄ると街から買っていたゼリー飲料をいくつか適当に取り出した。そして、身体を支えながらそれを口に含ませていく。
「人間用だけど、ヘブンが使えないからこれで我慢してね」
深澄がゆっくりと飲ませてやれば、詩乃は慎重に咀嚼して飲み込んでいく。やがて満足したのか再び眠りにつくのにそれほど時間が掛からなくて。
「彼女も、さっきの奴や君と同じなのか?」
「……だったら、どうするの?」
自身の繊細な部分に触れるその問いかけに深澄はぶっきらぼうに返した。そして、一瞥もすることなく横を過ぎると、前方の空いた座席に腰を落とした。
「空いてる席は自由に使っていいけど、私達に触れるのは禁止」
「誰も触れたりなんかしないよ……って、おい!」
それだけ言うと和人の反応などまるで無視で深澄も眠りの世界へと言ってしまう。
まだ聞きたいこと知りたいことが山積みで、頭も心も混乱しているのだ。今すぐにでも起こして聞き出そう。――とした所、彼女の寝顔が苦しげに歪むのを見て、止まった。
苦難を乗り越えたのは彼女も同じで。まずは命が助かったことだけを喜んで、長い1日の終わりを締めくくるように溜め息をついた。
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