朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
一夜明け、身も凍る外気に震えながら和人は息を吐いた。白く染まったそれを眺め、振り返るは先日の光景。
自身を襲ってきた大男と助けてくれた少女が共に怪物に変わり、死闘を繰り広げた一部始終。
未だ信じがたいことだが、それは紛れもない事実で、こうして真実を聞き出すためにも昨夜は残ったのだが――
『今からこの子の包帯換えるから出て行って。覗いたら殺す』
――有無を言わせぬ圧力だった。
勿論逆らえるわけもなく、寝起きの頭を覚ますのも兼ねてこうして外の空気を吸っている。
(あの怪物たち、やっぱり都市伝説の……)
和人の脳裏に過るのは最近巷を騒がせている都市伝説。
運動も勉強も秀でているわけではない和人だが、コンピューターのスキルだけは卓越していて、それを使い、時に公的なサーバーに侵入してまで得た情報から察するにこの噂が真実であることは知っていた。
空を飛ぶ翼を生やした異形。
湖から飛び出した人食いワニ。
そして、最近人を襲っている人食い女。
昨夜の実体験を照らし合わせれば益々確証に繋がって、今度は、どこからそんな怪物が来たのかが疑問として膨れて。
ネットでは「五百万年前からいた」だの「火星からの侵略者」だの所説あるが、何れも根拠のない憶測ばかりで。
彼女達なら何か知っているだろうが、ああもおっかなくては聞くに聞き出せそうになくて。――同じ武闘派でも妹とは大違いだ、と。
。
(そういえば、スグは元気にしてるかな。昨日連絡もしてないから、心配してるかな)
脳裏に大切な妹が思い浮かんだ。
大切で、大事な存在。
和人にとって、紛れもない、かけがえのない家族。
(電話の一本くらい入れとくかな……)
せめて連絡を入れておこうと、切れていたスマホの電源を入れた。瞬間、飛び込んできたのは大量の不在着信。その発信者は『桐ヶ谷直葉』。
すぐさま留守電に入っていた中身に耳を澄ませば聞こえてくるのは悲鳴。そして、不気味な呻きだった。
「……っ、スグ!」
いてもたってもいられなくなって。
立ち上がりただ妹の無事を確かめたい一心で駆け出した。自分が化物にまた狙われるなどという心配も、妹の安否を前にしては一瞬で吹き飛んでいた。
※
しゅるしゅると音を立てて身体に巻かれていた包帯が解かれていく。
丁寧に、労わるような手つきで深澄は詩乃の身体をはだけさせていった。
「なんだか恥ずかしいわ……」
「別に女同士なんだから、構わない」
狭い廃バスの中、女二人だけの空間。深澄の言う通り女同士、怪人同士なのだから恥じらうことはないのだろうが。どうにもこの間が気まずくて。
「ブラックサン……だっけ。あなたの怪人ネーム」
咄嗟に浮かんだ話題を口にしただけのつもりが、思わぬ詩乃の一言に、背後で包帯を持つ深澄の手が一瞬揺れる。
「別に馬鹿にするつもりはないわ。ただ、カッコいいなって」
「私はミト。そんなダサい名前じゃない」
「ダサいかな、私は良いと思うけど、……キャットより」
「私と同じじゃない。お互い、与えられた名前が嫌だったから別の名前を名乗ったわけでしょ!」
再び沈黙が訪れて。
一度口を開いた分余計に気まずい。
自身も話す方ではないが、それでも、突き放すような感じがどうにも苦手だった。
「あなたの怪人の姿、一度だけ見たことあるけど……明日奈とは色違いなのね」
「明日奈は三神官達の石を取り込んで強くなってるから。本当なら私と同じ姿だった、らしい」
「へぇ、そうなんだ……。ならあのベルトは?」
「あれは知らない。復活の儀式のときに何かされたのかもね」
「もしかして、自然と生えてきたりして」
「……まさか」
詩乃の正面に回り、ぐるぐると包帯を巻いていく。
「兎沢深澄、さん……だよね?」
今度は完全に深澄の手が止まる。
「明日奈と会ってから、貴方達のことは調べさせてもらったわ。確か数年前、海外旅行に行って行方不明になったって」
影が差し、明らかに深澄の表情が曇る。――こうなることが予想できなかったわけではないが、それでも、気になって。
その事件についての情報は組織の資料室にそれは当然のように置かれていた。
春休みシーズン。海外旅行に行った女子中学生二名が現地にて行方不明になったという事件。滞在しているホテルからなんの痕跡もなく消えた少女たち――『結城明日奈』と『兎沢深澄』の名がそこにはあった。
どの記事を読んでも書いてあることはありふれた誘拐事件と何ら変哲もなく。
詩乃としてもそこに来てようやく当時は連日ニュースで取りざたされ、歳も近かっただけに印象に残っていたことを思い出したくらいで、いつしか消えていった話題としか記憶になかった。まさか当時は裏で怪物の世襲騒動が原因だとは考えるわけもないから仕方がないが。
「そう。私たちはのこのこおびき寄せられて、そこで……」
思い出したくもない記憶を辿れば、起きるのは後悔ばかりで。
長く苦しい受験を乗り越えてすぐ。インターネットを通じて知り合った海外の友人――アリスに招かれ、初めて踏んだ海外の地。
アリスに連れられて回った観光地。すれ違う人も、食べ物も、景色も、何もかもが新しく感じて。少し自分でも浮かれすぎていたことを覚えている。
そして、運命を決したといっても過言ではないあの夜。
高校の合格祝いと親睦を深める為と開かれた歓迎パーティー。煌びやかなドレスに着替え、大勢の人たちから祝福され、持て成される時間。
――今にして、思えば。そこで直感を信じて逃げればよかったのだろう。
無数の参加者から浴びせられる視線。それがどこか、不気味な違和感を帯びているように思えていたから。それでも――
その時の自分は結局気のせいだと無視して、パーティーを楽しんだ。
そして――
『ねぇ、深澄。ここどこだろう……』
『わからない……、アリスさん?――』
サプライズがあるから、と。招かれた薄暗い地下室。これまで部屋に入るとあふれるほどのプレゼントだったり、豪華客船ツアーだったりがあっただけに疑いもしなくて、踏み込んだその先。どこまで行っても闇は消えず、不穏さばかりが募って。
途端、眩しいライトに照らされて。目を伏せると同時に、どこからか拍手が鳴り響いて。
『よくぞおいでくださいました。我が神子よ』
大きなライトの元、アリスが立つ。これまで見せていた貞淑な様子はどこへやらで、自信に満ちた、傲慢とも思える笑みで見下ろしていた。そして、周りはパーティーの参加者たちに囲まれていて。全員、能面みたいな張り付いた笑顔を浮かべていた。
なんの冗談かと問いただす自分たちをよそに彼女は。
『あなたたちの意思などもはやどうでもいい。今はただ、自分たちの運命を嚙み締めなさい』
アリスが指を鳴らすのを合図に囲んでいた輪を詰めてくる集団。どうにか抜け出そうと試みるも肉の壁に阻まれてしまって。そして……
『深澄ー!』
『明日奈ー!』
背中あわせに庇いあっていた親友と引きはがされ、その波に呑まれた。
上下が無茶苦茶になるほど、振り回されて。はじめは聞こえていた明日奈の悲鳴も、次第に小さくなって。駆けつけたくても、力が足りなくて。
顔を、腕を、脚を、全身を押さえつけてくる無数の手に飲み込まれながら。深澄の意識は、次第に、遠のいていった。
「――そこから先は語らなくてもいいわよね」
「……えぇ」
ここからはアリスの語りだけでよく知っている。
この後、二人はゴルゴムの神殿へと運ばれ、そこで、世紀王として改造された。
そして、人間としての自我を奪われる寸前で、襲撃を受けて彼女は死んだ――はずだった。
「……ただ、どうしてあなたが生きているのかがわからないの。今までどうしていたのかも」
「心の優しい怪人に救われただけよ。クジラがいなかったら、私は瓦礫に埋もれて死んでいた」
深澄の言葉は事実である。
崩壊するゴルゴム神殿、落ちてくる天井に襲われ深澄は絶体絶命だった。わけもわからぬうちにここに連れ去られ、化け物にされ、その身体を駆使して生き延びている。もう、自分を守るだけでも精一杯だった。
(っ、明日奈!……)
それでも。混乱する中、未だ動けずにいる明日奈を見つけ、駆け寄った。しかし……
「っ……」
一歩進むのを躊躇ったその瞬間、地割れが起きその行く手を遮られてしまう。そして――
『時間がないっ! 行くぞ!』
『……っ、明日奈っ、明日奈ー!』
自身の身体を抱え上げたのは、鯨の怪物。彼はそのままここから離脱すべく走り出した。――明日奈を置きざりにしたまま。
『明日奈! アスナーーー!』
叫びも虚しく明日奈は次第に小さくなって。人間に戻りだした身体と共に強烈な睡魔に襲われて。
(……明日奈。助けられなくて、ごめん……!)
酷使した肉体が限界に達し、ぼんやりとした視界が暗くなって、深澄の記憶は、そこで途絶えている。
「――それから私は、クジラの隠れ家に身を寄せて生き延びていたわ。そこで、人間に戻るための研究に明け暮れた」
「人間に戻る……そんなこと」
「まだ実現には至ってない。……でも怪人の力を弱めたり、死なないよう無理やりに石を取り出すくらいはできるようになってきた」
そういって深澄はシャツの裾をまくって見せ、白い腹の上に刻まれた痛々しい傷跡を見せつけた。以前、シリカの腹部にも酷似した傷跡を見たことがあるが、彼女のはそれよりもさらに赤く痛々しく腫れていて、微かに漂う血の臭いから未だ出血していることを察した。
「私の命を救ってくれたクジラには悪いけど、私は怪人になった自分が嫌い……今すぐ殺したいくらいに」
本気の殺意を秘めた深澄の声に、思わず震えが走る。詩乃自身、怪人となった自分を呪ってはいれど、それでも、生きたいと今では思っている。でも彼女は――
「――何かあったの?」
「……別に」
彼女に語る必要はない。語ったとしても理解できないだろうと深澄は思った。
強化スーツを着る彼女と、異形の肉体を晒す自分では同じ怪人でも全く違う。
クジラから聞いてあの『帝国』とやらの襲撃時、初めてバッタ怪人として戦った時のこと。
醜い姿を晒し、必死に、戦えない明日奈を懸命に守るために戦った自分へ向けてくれた視線――それは怖れだった。
明日奈も同じく自身にふりかかった状況を飲み込めておらず、自分もまた怪物になったことを知らなかったとは言え、あの時の視線で。何かが壊れた。そして、二度と怪人にはならないと誓った。
だからこそかつての自分――兎沢深澄の痕跡すらも消して、男の姿に化けて生きていた。
「あなたはどうなの? あなただって望まずに怪人になったんじゃないの?」
今度は深澄が詩乃に聞いた。
「私は、わからない……」
「わからない?」
「私は人間に戻っていいのか。……そもそも人間に戻っても、本当に私は元から人だったのか。何もわからない」
「……訳アリなのね。あなたも私も」
詩乃としてもこの先が全く分からないのだ。
人間としても、怪人としても血に塗れた存在。そんな自分などどちらでも変わらないのではないか。
異形の身体を嫌ってはいるが、人間としての肉体にもそれほど執着を感じないのが自分ですら空恐ろしく感じた。
思っていたのとは異なる反応に深澄もこれ以上の詮索はやめた。
「そういえば……」
そういえばと、ふと話題を切り替えるつもりで話題を振ってみる。
「そういえば、あなたが昨日連れてきた子。どうしたの?」
「あぁ、あいつなら怪人に襲われていた所を助けただけよ。ほら、あそこに――」
深澄が指す先。廃バスの窓の向こうに――和人の姿はなかった。
嫌な予感が駆け抜けて、詩乃の首筋に冷や汗がつたう。
「あれ、いない」
「っ、いない……?」
「もしかしたら勝手に帰ったのかもね。でも狙ってた奴はもう私が殺したからもう大じょ――「不味いっ……」――えっ」
詩乃は飛ぶように立ち上がり、駆け出そうとする。――が、全身に激しい痛みが走って倒れ込む。
すかさず深澄が支えて難を逃れたが、詩乃はそれでも前へ進もうとした。
「どうしたのいきなりっ……」
「あの男の子っ、ショッカーが狙ってる……」
詩乃の言葉を耳にして、深澄の表情も凍りついた。
知らなかったのだ。怪人が狙う人間は大抵、その裏で巨大な組織、幹部が指示していることを。
「あの子は、優秀な怪人の候補者……そしてあの子を狙っていたのが――」
痛みに耐え切れず詩乃の脚が崩れる。
彼女のやりたいことは分かった。でも今の彼女では無理だ。絶対に、殺されるのがオチだ。せっかく拾った命を捨てさせるわけにはいかない。
「……わかった。私が行くよ」
詩乃を再び寝かせて、深澄は廃バスから飛び出していく。
やはり厳しかったか、直後に眠りにつく彼女を尻目にバトルホッパーに跨って、走り出した。
(少し待っててね)
万全ではない詩乃を案じつつ、今まさに窮地に晒されているかもしれない和人の元に辿り着くべく加速させた。
読了ありがとうございます。
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