※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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兎沢深澄は悪魔の身体を呪う②

 深澄が飛び出してすぐ。廃バスに近づいてくる爆音。

 白いボディに赤いラインの走るオンロードバイクが停まって。その乗り主は荒れた砂利を革靴で踏みしめた。

 やや乱暴に廃バスの扉が開かれる。

 深澄ではない、勿論戻ってきた和人でもないその正体は少女。彼女はずかずかと乗り込んで中を見渡して、そして、意識を失った詩乃を見つけるとその側へと寄った。

 一歩手前くらいの位置で立ち止まると、じっとその青ざめた顔を眺めた。無言のまま少女の腕が伸び――詩乃の首を掴んだ。

 

 そのまま、軽く傾けたり様子を観察したり、腕を掴み脈を測ったりしてから。

 

 (この娘……もうすぐ死ぬわね)

 

 なんの感慨もなくそう思った。

 別に詩乃に恨みがあるわけではない。初対面で、むしろ境遇を聞かされて同情さえしている。それでも、感想は変わらない。

 詩乃同様に人(・)な(・)ら(・)ざ(・)る(・)者(・)である少女もまた、彼女の腹部に埋め込まれたその石の力を感じとっていた。

 その力は強大で、少女にはどうすることもできない。

 そもそもが彼女は医者でも科学者でもないのだ。ただ拐われて化物にされて、気がつけば化け物どもの種苗として利用されていただけの普通の女の子なのだ。

 意図せずにとはいえ、怪物を産み続け、観察眼のような物が鍛えられた少女から見れば、詩乃の状態は最悪だった。

 もうどうにもならない。助かる見込みがない。いっそのこと自分が手にかけて楽にしてやろう。とさえ思ったが――自分をここに派遣した、少女の姿が過って。

 

(前に助けてあげたでしょ? 借りはしっかり返してほしいな)

 

 今や巨大組織の長となった少女、そして研究所から助けてくれた恩人ともなれば無碍にも出来なくて。

 はぁっ、とため息一つ吐いて懐から取り出した真っ黒なインジェクター――中身はたっぷり詰め込まれた怪人用の栄養補給剤を詩乃の腕に射った。

 ヘブンほどの効能はないが、体力回復には十分だろう。事実、詩乃の病的に白かった肌はみるみると血色を取り戻していき呼吸と脈拍も安定。そして、回復を示すかのように髪の色も青から元の黒髪へと戻っていった。

 

 それを見届けると少女はもう用は済んだと背を向けた。あの様子なら程なくして目覚め動ける様になるだろう。その時、姿を見られるわけにはいかない。少女としては本心から戦いに参加する気はなかった。――自分が産み出した人食いの化物の相手で手一杯で、世界やら種族やらのいざこざに関わる余裕などないのだ。

 恩人(明日奈)から渡す様に託されていた鞄を置き、立ち去った。少女自らが修復し、少しだけ手を加えて置いた一品だが、使うかどうかは詩乃次第だ。

 

(借りは返したわよ明日奈)

 

 そして、バスを降りたばかりの少女の前に立ち塞がる無数の異形達。

 百舌、アリ、トンボ。多種多様な生物の要素を持ち合わせた怪物達が彼女を囲むように群がった。

 

「もう追ってきたの……私はあんた達のママじゃないっつーの」

 

 呆れたようにため息を吐き、化物達を睨む。――その瞳は赤く染まっていた。

 

「まぁあんた達を相手してあげられるの、私しかいないでしょ。……いいわよ、来なさい」

 

 彼女の声を機に異形達は少女へと飛びかかった。

 少女はどこからともなく取り出したのはベルト。塗装の剥がれたコンドルの顔に似たバックルの付いたそれを装着し、左側のグリップを回す。――茶色の目が桃色に、そして緑色に染まると共に、叫んだ。

 

 

※

 

 

 ゴルゴム神殿玉座の間。

 先日の賑わいは嘘かのように鎮まり、寒々しさすら覚えるそこで明日奈は王座に座っていた。ただし、いつになく浮かない顔をして。

 

「……あんたの演説、中々のようだな」

「コウモリさん……」

 

 ブーツを鳴らし明日奈の前に立ったのはコウモリ怪人。かつてはアリス寄りの立場でゴルゴム再建に奔走した一人だが、今は明日奈の側に付いていた。

 

「あんたの演説のおかげで、みんなからやる気になってる。自分たちが世界を支配するんだと、勇ましい限りだぜ」

「隠れて生きること、忍んで生きることが正しいわけじゃない。皆心の中ではそれが分かっていたのよ」

 

 明日奈の演説以来、怪人村では動きがあった。

 かつては廃村に見せかけた外見も相まって活気なく寂れて死んだ集落だったこの地。

 だが今は人の動きと流れが絶えず。己を鍛えるもの、戦いに備えて兵器を作るもの、誰かを訓練するもの、戦略を練る者と様々で、皆、世界の覇権を握る為の力になるべく各ができることに励んでいた。

 

「みんな……ねぇ。だがシャドームーン様よぉ、あんたの話を聞いてここを去っちまった奴らだって、少なくはないんだぜ」

 

 コウモリの言う通り、明日奈は『皆』と言ったが、正しくは違った。

 争いを好まない、力の弱い怪人達は明日奈のトップ就任以降姿を消していて、かつてアリスが必死に見つけ出し集めた者達ですら離脱し、ゴルゴム派閥は二分しつつあった。

 

「みんながみんな、争いを望んでるわけじゃない。大半の連中はあの故郷で、昔みたいに人間と離れて生きる日々を望む奴もいる」

「分裂は想定内です。戦う意志のない者にまで無理強いするつもりはない。それはアリスも同じ考えだったはず」

「あぁ、アリスも強い怪人のみで戦うつもりだった。そしてショッカーともいずれ襟を分つ予定だった。……だがそれはあくまでも『帝国』を打倒するという目的あってこそだ。――お嬢ちゃん、あんたは一体どこに牙を剥けるつもりだ?」

 

 コウモリは明日奈から目を逸らさない。そして、攻撃的な意思を隠さないその視線から明日奈も逃げるつもりはなかった。

 

「怪人の自由を妨げるショッカー。そしてまた来るであろう『帝国』。それを全て倒した後にあんたはどうするつもりだ? 人間か? 世界か? それとも――」

 

 コウモリの追求は留まらない。徐々に核心に迫りつつあるという追い風が彼を煽っていく。

 

「――あんたは、怪人も滅ぼすつもりじゃないのか?」

 

 コウモリの一言に、明日奈の瞳が、はじめて、揺らいだ。

 

「あんたの目からは闇を感じる。強い絶望の色、怪人にされて間もない奴らは皆持ってた闇だがいつの間にか消えちまう。だがお嬢ちゃんの目にはまだそれが残っている。それは、見る者全てに向けられている、そんな気がするんだよ」

 

 コウモリが視線を逸らせば明日奈もつられて窓の向こうを見た。快晴。どこまでも果てしなく続く不気味な青が清々しくて、胸を締め付けた。

 

「これからの戦い。かなりの犠牲が出るだろう……。あんたは、その犠牲を望んでいる。それは、自分自身も含めて」

「そうだとしたら?」

「俺はあんたには従えねぇ。ショッカーや『帝国』は気に食わないが、それに命まではかけられないからな」

 

 コウモリはそう言うと明日奈に背を向けた。もう用はないと、背中がそう語る。

 

「――確かに私は、本当は死んでしまいたいのかもしれない」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、明日奈は徐に口を開いた。

 

「こんな醜い姿に変えられたんだもの。当然よね。――でも、生きたいと思う気持ちも本物」

 

 腹の上にそっと手を添えて、目を閉じる。

 瞼の裏、意識を澄ませばいつからか浮かんでくるようになった白いドレスを纏った女の姿を見る。

 

「私はいつか、人間でも怪人でもないナニカになる……多分だけど、その時、私を受け入れてくれる世界なんかこの世にどこにもない、そんな気がする」

 

 王座から立ち上がり、コウモリを見下ろす。彼とはいつからか大きく高低差が開いていた。

 恐らく、コウモリに創世王の真実を語っても信じてはもらえないだろう。そればかりか、密告されて自分と彼の死期が早まるかもしれない。なら今は、これが最適解だろう。

 

 「だったら世界を創りかえるしかない。0から、全てを自分の望むままにするしかない……例え、どんな犠牲を払ってもね」

「その為の礎というわけか、俺みたいな怪人達は」

「えぇ、無駄死にさせるつもりはないけど、その命は私に捧げてもらう」

 

 なんの感慨もなく言い捨てられたそれに、コウモリの中が切れた。怪人に変わり、首を切ろうと翼を構えた矢先――明日奈の腹部に巻かれたベルトが入って。

 

 このまま戦っても勝てない。殺されるのは間違いない。

 仲間の為とはいえ、命を捨てる勇気は、コウモリになかった。

 

 再度人間へと戻り、背中を向けた。もう振り向く気などない。暴君に支配されてしまった憩いの組織に別れ一つ告げずに、コウモリは明日奈の前から姿を消した。

 

 去っていったコウモリを見送って、明日奈は息を吐いた。

 これで、彼は自分の元から離れ、少数の離反者を束ねるリーダーとして生きてくれるだろう。自分が治められなかった者達もこれで生き延びる確率が上がるだろう。

 とにかく今は、肩の荷が一つ降りて、安堵の息が止まらなかった。

 

 コウモリに語った野望。半分は真実で半分は嘘だと言える。

 明日奈自身に人間と怪人を滅亡させて自分の世界を創ろうなどという野心などありはしない。――今のところは。

 しかし、深澄からキングストーンの片割れを受け取って以降、時折脳裏に浮かび出した奇妙なビジョン。

 世界を創世するほどの力を持った自分が、地を割り、世界を書き換えている姿が浮かんで。その中で、人間も怪人も、まとめて滅ぼしていたのだ。

 勿論、木綿季にも語った通りそんなつもりは一切ない。だが、そのビジョンはあまりにもリアルで鮮明で、口にすれば本心かのように聞こえてしまう。時には便利な方便ではあるが、いつしか飲み込まれてしまいそうで、使用は控えてはいるが。

 

 (リズ……上手くやってるかな) 

 

 気持ちを切り替えようと浮かんだのは、詩乃の元へ向かわせたもう一人の協力者の話。

 世界へ旅に出た先で、捕えられていた彼女を助けてからの付き合い。もっとも、彼女には他にやることがあるらしく協力はあまり頼めないが、今回はショッカー製の高性能バイクの提供を条件に体調の芳しくない詩乃の介護を依頼したのだった。

 怪人の肉体に詳しい彼女の事だ。既に仕事は終わっているだろうが、気がかりなのはもう一つ。先日出席したショッカーの集会で聞いたある部隊のこと。

 

 ――ショッカー首領直属部隊『デストロン』

 

 首領直々の命令で動く集団で、新型のナノロボット改造を施された二体の怪人を幹部として構成されているらしいが、問題はその任務内容だった。

 担当するのは主に叛逆者であるアリスの代行としての日本侵略と近日行われるナノロボットの散布計画の指揮。

 そのアリスから引き継いだ仕事の中に桐ヶ谷兄妹の誘拐も含まれているのが厄介だった。

 妹の方は自分で身を守り、兄も深澄が守れるだろうがそれが今回は面倒で。明日奈としては詩乃の保護も一時的なもので、最終的にはショッカーや怪人達への抵抗勢力として戦い、その真の力を覚醒させることを想定していた。

 復活するまでは深澄に守らせ、その後にデストロン部隊といった程(・)よ(・)い(・)敵との戦いを経験させるつもりだったが、予想よりも遥かに早く投入が決まってしまったのだ。

 深澄がデストロン部隊に負けるなど思いはしない。むしろ、今は彼女が倒してしまい、詩乃への経験値に繋がらないことの方が想定外で。元よりデストロンの協力を依頼していたのも明日奈だが、こうも早いと折角のレベリング計画が水泡だ。

 

(仕方ないか……)

 

 予定より早すぎるが詩乃にはもう復帰してもらう。

 その為にリズことリズベットを派遣して回復を促したのだ。そして、自分は深澄がデストロンと対峙するのを妨げるのみ。

 

「久しぶりに遊ぼうか、深澄」

 

 遠き日の放課後。懐かしの屋上で。二人並んで遊んでいた一時を思い出して、胸の締め付けを感じながらも明日奈は街へ向かった。

 

 

※

 

 

「スグっ、スグいるのか!?」

 

 押し飛ばすように扉を開き、和人は家へと入った。

 廃バスから家まで、果てしない距離をひたすら走り歩き、体力の限界をいくつも超えながら辿り着いた。

 だが、靴を脱ぐことさえ忘れて、入ったそこは無人で――おまけにあちこち荒れ果てた状態だった。

 

「そんな……」

 

 電話の様子と荒れ果てた家屋。直葉の身に起こった最悪の光景を想像して、頭を振ってそれを振り払った。

 

(そんなはずはない……! きっとどこかに隠れているんだ……)

 

 一縷の希望に縋るよう、家中を何度も探し回るがどこにも直葉の姿は見当たらなくて。たまらず飛び出して彼女が行きそうな場所を探すが、やっぱりどこにも彼女の姿はなくて。

 こんな時、もっと日頃から話していれば親しい友人や憩いの場の一つでも知っていたのかもしれないが、生憎、二人の間にそんな会話はあまりなくて。今度こそは自分の臆病を呪った。

 

「くそっ……! 無事でいてくれ」

 

 とにかく、少しでも手掛かりを見つけようと足を止めずに探し続けるしかなかった。

 

「――ねぇボク、お姉さんと遊ばない?」

 

 その背後から、和人を呼び止める声がして。

 振り向くとそこには、奇妙な格好の女が、いつからか立っていた。黒いレザー質のツナギにごてごてと装飾を盛り付けたスーツ。片手には銀のアクセサリーだらけの仮面、らしき物を抱えていて、和人はこの女もまた、昨日の襲撃者だと悟った。

 

「お前が、スグに何かしたのか……?」

「さぁ、私は男にしか興味ないから。……それも飛び切りのイイ男しか、ね」

 

 最後の一音が聞こえるより早く、和人の背後に回った女は、その身体を抱きしめた。

 

「あぁ……最高にイイカラダ……。こんなカラダなら、とびっきりイイ怪人になれそうね……」

「怪人? なる? なんの話……!?」

 

 和人の身体を振り向かせ、そっと肩を押さえつけた女は唇を緩やかに奪った。女の吐息が口内に満ちて、次第に、意識が薄れていく。

 

 (このままじゃ、不味い……!)

 

 妹を思い、霞かかった意識に鞭を打ち女を振り解いた。

 腕で唇を拭いながら女を睨むと、彼女は不機嫌そうに目を細めた。

 

「私の誘いがノれないなんて……趣味の悪い男。……もういいわ、あなたは、力づくで連れていくから!」

 

 手にしていた仮面を被れば、声はくぐもり、殺気は痛いほどに放たれた。そして、女が胸の前に構えた右腕。そこが、一瞬光ったと思ったら、次の瞬間には巨大なチェーンソーが備わっていて。直後、残忍に音と火花を散らし出すそれを見て、和人は一目散に駆け出した。

 

「逃げるな! 手足をズタズタにしてお持ち帰りしてあげるわ!」

 

 高笑いして、悠然と近づいてくる異形――チェーンソーリザードから何の戦う術ももたない和人は逃げるしかなかった。

 

 

※

 

 

  疾走するバトルホッパーの背後から、追撃する影が一つ。エンジンを噴かし、急速に風を切り裂きそれはミトの横に現れた。

 

「っ、アスナ!……」

「遊びにきたよ、深澄」

 

 驚愕する深澄に笑顔で告げると明日奈は更に加速して、彼女の行く手を阻んだ。

 

「くっ……」

 

 猛スピードで爆走する2台のバイク。

 和人の元へ急ぐ深澄をよそに明日奈は軽快な走りで先行し、蛇のように駆け抜ける。

 

「邪魔しないで……!」

 

 これ以上時間を取られるわけにはいかない。と、深澄は苛立ちのままにハンドルを捻り、エンジンを鳴らした。微かに生まれた隙を見逃さず、一気にスピードを上げて追い抜いた。

 

「待ってよ深澄」

 

 猛烈な勢いで横切っていく深澄に負けじと明日奈も更にアクセルを開いた。

 バトルホッパーとロードセクター。どちらも世紀王の為に作られたマシンであり、性能も互角である。それ故に決着も中々付かず、勝負は平行線を辿った。

 

「どいて明日奈、今はあなたの相手はできない!」

「いや、悪いけどあなたを彼のところには行かせない」

「……っ!?」

 

 深澄が動揺したその隙。明日奈が再び躍り出て、ブレーキを握りしめた。タイヤは噴煙を上げながらアスファルトを削り、立ち塞がるみたいに車体が円を描いて急停止した。

 衝突する寸前、深澄もまた車体を旋回させて停まり、二人は睨みあう。

 

「一体何のつもり?……」

「さっき言った通りだよ、深澄を今は詩乃のん達の元に戻らせるわけにはいかないの」

 

 バイクから降りた二人は静かに地を踏みしめ、互いに睨みあう。火花を散らしあうままに互いに触れるまでの距離まで接近した。

 

「今、和人くんの元にショッカーから刺客が向かっている。深澄なら簡単に倒しちゃうだろうけど、それじゃつまらないの」

「何が言いたいの……」

「その刺客さんとは、詩乃のんに戦ってもらう。今の状況で勝てないようならこの先、どのみち生き残れないから」

 

 淡々と語るその声の元、明日奈の喉元を深澄は掴み上げた。

 

「! 明日奈、あの子を助けるつもりじゃなかったの?」

「ア(・)リ(・)ス(・)からはね。でもこれからも戦わせないなんて、一言も言ってないわよ。それにショッカーとしてあれだけ恨みを買ってるんだから、平穏な暮らしなんてありえないわ」

「……っ!?」

 

 怒りのままに明日奈を投げ地面に転がす。その間、明日奈は反撃することなくやられるがままで、深澄が馬乗りになって掴みかかってくるも、それにすら反抗することはなかった。

 

「本当に変わったね……。昔のあなたなら他人を駒みたいに使うことはしなかった」

「もう結城明日奈はいないの。人であることを辞めたあの日から、生きるためには戦い続けるしかない。……たとえ、誰を犠牲にしてでも!」

 

 直後、明日奈の背から爆発が上がり、飛び出してきたバッタ脚が深澄めがけて迫る。

 脚の鉤爪が喉元を突く直前、空中に跳躍してバク転の要領で身体を躍らせて着地する。その背には明日奈と色違いの脚が生え、深澄の瞳が赤く染まり息が荒くなっていく。

 

「そこをどいて。どかないなら……」

「戦う気になってくれたね。……それじゃあ、始めようか」

 

 風が唸り、蒸気が二人を包み込む。深澄の腕が異形のそれに代わり、明日奈の脚が怪物然とした形に変わる。そして、蛇のような触手が全身に絡みつき、飛び出すように二体の異形が組み合った。

 黒バッタ怪人――ミトと銀バッタ怪人――アスナ。

 表情を伺わせない、さながら仮面のような顔を互いにぶつけ掴みあった手を握り、脚で力強く地を踏み鳴らす。

 獣じみた唸りを上げる二体の怪人は互いに一歩も引かずに唾競り合いを続け――同時に振り上げた脚は腹部を同時に蹴り上げた。力強く飛ばされながら踏みとどまり、間髪入れずに飛びこんで拳を振るう。

 ミトとアスナ。

 ブラックサンとシャドームーン。

 運命により決闘を宿命づけられた二人の戦いが、今、始まろうとしていた。

 

 

※

 

 

  胸がざわめき、強い衝撃に襲われて詩乃は目を覚ました。

 数日ぶりに意識がはっきりとして、絶えず感じていた痛みと苦しみから解き放たれていた。いつになく調子も良くて、すぐに立ち上がっても眩暈もしない。

 改めて、というより意識して見るのは初めての廃バス内。自分以外は誰もいない孤独感さえ感じる寂れた車内。

 確証はないが、姿を消した和人。そして、その和人を探しに出た深澄の身に何かが起こったような予感がして。

 いや、きっと予感などではないだろう。

 自身の腹部、そこに埋められた石が力強く熱を宿し、こう命じてくるのだ。

 ――敵が迫っている。戦え、戦え――と。

 それに応じてやるつもりはなくても、背筋を登る悪寒と焦燥は増すばかりで。結局は立ち止まっていられなくて、詩乃も動く決心を固めた。

 その直後、足元に雑に置かれた鞄が目に入った。

 曖昧だった最後の記憶。和人でも深澄でもない何者かがここにやってきて、自分に何かをしていた記憶。

 朧げな視界で覗いた濃茶髪の少女が悪意を持っていた様子は全く感じなかったので、臆せず中身を見た。

 思わず目を見開いた。

 中から現れたもの――猫を模した仮面を手に、詩乃は表情を曇らせた。

 二度と見るつもりも、見たくもなかった忌むべき異形としての象徴。それは、改造人間としての能力を最大限に引き出す事を可能とする装置であり、被れば脳をはじめ全ての神経と感覚が研ぎ澄まされ、戦闘能力が大幅に強化される。

 アリスによる再改造を受け、更に強くなった今の詩乃なら強化スーツと併せればどんな敵であれ、造作もなく撃退できるだろう。

 だが。

 同時に、今の詩乃にとってこの仮面、そしてスーツは忌々しい記憶の象徴。悪逆の限りを尽くし罪なき命を奪い去ってきた悪魔。憎き怪人シノンそのものに他ならない。

 そんなもの、これ以上使うわけにはいかなくて。

 逃亡時に緊急避難として使いはしたが、今回はあくまで和人と深澄を迎えに行くだけ。そう言い聞かせてから、詩乃は廃バスから出た。

 

「これは……一体?」

 

 出た直後、飛び込んできたのは死臭。辺り一面に撒き散らされ、それを漂わせているドロドロの粘液。既にいくらか蒸発し四散しつつあるが、ここで何かの戦闘が行われたのは明らかで。こんな消滅をする怪人など見たことはなくて、悪寒がはしった。

 

 それでも――

 今は和人達の方が優先であり、腹部の石が命じるままに、その場に乗り捨ててあった白いバイクに跨り、街へと駆け出した。

 

 

 数奇な糸が絡み合い、それぞれの運命がぶつかり合い、そして、世界を揺るがす事態へと発展しつつあった。




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