朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
パンチが胸板を抉り、身体を掠めていく。怯む事なくお返しとばかりにもう一撃翳すがそれは向こうも同じ。拳同士がぶつかり合って激しく音を立てる。
「懐かしい、昔はこうやって何度も戦ったよね。拳じゃなくてゲームだったけど」
「なら今回も勝たせてもらうよ」
ミトが力を込めれば簡単に押し切れて、勢いに任せ拳を振り乱す。息もつかせぬラッシュ。だが、アスナには微かに触れることもなく避けられてしまう。
ミトは拳を完全に見切られていることを悟ると、素早く腰を落として回転。足をかけ体勢を崩したその上に跨って飛蝗の顔目掛けて叩きつけた。
何度も、何度も拳を振り下ろして、昆虫じみた口から血が吹き出しても何度も殴った。
目下にいる自分と似た異形を破壊する為に。過去を断ち切るために。
でも本当は。
こんなことしたくなくて。
親友と殴り合うなんて、殺し合うなんてことを、したいわけがなかった。
「どうしたの深澄、手が震えてるよ」
その一瞬の躊躇いを逃さず、ミトの腕をアスナが掴んだ。そしてあっという間に逆転すると今度はアスナの拳が構えられる。振り下ろされる寸前で、背中のバッタ脚を働かせて離脱。距離を取る。
――が間髪入れずに、跳躍力を活かした飛び蹴りがミトに迫った。ギリギリで受け止めたが腹部を貫く痛みは凄まじく、苦悶の声を漏らして押し返す。
一体、どこで間違えてしまったのだろう。
終わりが見えず繰り返される死闘の中で、ミトは――深澄は思った。
理不尽な運命に巻き込まれて、勝手に種族の命運を握る存在に変えられて、そこから逃げ出しても、親友は変わり果てていて。
互いを傷つけ命を奪うこの戦いが、ひたすらに虚しかった。
ミトの拳がアスナの顎を打ち抜き、よろめく。
躊躇い混じりの一発ではアスナに効果は薄く、端から溢れた血を拭い、不敵に笑った。
表情のない飛蝗面なのに、挑発しているのがわかった。
深澄とは対照的に明日奈に迷いはない。
親友と戦いたくないのは同じ。だが、親友すら倒せなければこの先の敵を倒すことなど到底叶わないのだから。
一気に駆け出してラリアット。――を、
やられっぱなしのミトも負けじと反撃に出るが、突き出した拳は容易く受け止められて――
「……っ、ぅっ、ぐぅ……!」
――膝が突如として折れ、全身から力が抜ける。たちまち蒸気が節々から漏れ、変身が解け始めてしまった。
「……くっ、うぅぅ……」
「無理に怪人から戻ろうとするからよ。私達はもう人間に戻れない、それを受け入れないと――」
手を掴んだまま、ミトの身体を宙に上げ、叩き落とした。
「――前に、一歩も進めないよ」
強烈に叩きつけられ、地面にクレーターが走る。
強い衝撃に眩むミトを再度掴み、投げ飛ばす。廃材を破壊し、壁を突き破って吹っ飛んだ身体目掛けてアスナは容赦なく踵を振り下ろす。
「ぐっ……!」
踵が決まるギリギリで地面を転がり回避したが、立ち上がろうにもはじまってしまったリジェクションで動けなくて。――突如として締め付けられた首を押さえ、ミトは呻きを上げた。
「……ごめんね、深澄。でも、こうするしかないの」
念力を解いてすぐ、ふらりと倒れるミトの腹部に拳をめり込ませ――ノーガードにぶち込まれた一撃でミトの意識は消失した。
その場に崩れ去る黒バッタ怪人を見下ろして、アスナは変身を解いた。
勝敗は、初めから決まっていた。
いくら深澄が強力な怪人とはいえ、源であるキングストーンを失い、怪人としての力も弱まった状態だ。対して自分は片方は取り込んでいないといえキングストーンを二つ揃えている。おまけにショッカーのドライバー、そして神官のストーンの力さえ取り込んでいる。
むしろここまで食らいついただけでも大したものだった。――だが、今のままでは力が足りない。
気絶し、動かなくなった黒バッタ怪人ミトの顔に触れ、明日奈は思った。
今回の妨害は今の彼女の力を知る目的もあった。――しかし、結果として自身に一時匹敵する程の力を見せたが、すぐにガス欠でダウンという有様。これでは戦力としてカウントするわけにはいかない。
立ち上がろうとして、明日奈の足元がふらつく。
深澄の攻撃が効いたわけではないだろう。だが、腹部に埋まった自身のキングストーンが疼いて――視界の端、かつて見た少女がそこにはいた、気がした。
まるで今の自分の姿を悲しんでいるような、そんな目で見つめていて。
――化物であることは、もう、受け入れた。……なら今度は深澄にも受け入れてもらう。どんなに拒んでも――
ならば迷うことはないはずだと、懊悩を振り払い彼女の首を掴み持ち上げた。
※
路地裏。猫一匹通らない寂れたその一本道で、客など来るはずもないその場所で屋台を構えるおでん屋がいた。
「じゃあコウモリは本当にゴルゴムを離れるつもりか」
「あぁ、今のゴルゴムにいても先はない。何せこんな世の中だ、自分の身は自分で守らねぇとな」
おでん屋のおやじと客。互いに向かい合い差し出されたビールを一息に飲むコウモリ。
おやじ――トゲウオ怪人は空いたグラスにすかさずビールを注ぐ。
「しっかしアリスが落ちぶれるとは意外だねぇ〜。俺はあいつがおっかないからどさくさ紛れに組織抜けたのに、それならやっぱり戻ろうかな」
「やめとけやめとけ、アリスよりおっかねぇぜあの嬢ちゃん」
冗談を言うトゲウオにコウモリはガラにもなく本気で返してしまった。
『帝国』の襲来後、元より争いを好まなかったトゲウオは崩壊に便乗して組織を脱走。その後、クジラのツテなどを辿り日本にておでん屋を営んでいたが程なくしてコウモリにより発見。見逃す条件として、こうして24時間365日、彼の気が向いた時にただで飲み食いできる場所として利用させることになっていた。(と言ってもトゲウオが生活に困らないように陰で支えているのはコウモリなのだが)
「それにしても最近は本当に物騒だね。ゴルゴムだけじゃなくて、ショッカーにゲルダム、ゲドンまで出てくるとは驚きだよ!」
「ゲルダムもゲドンももう滅んだよ! お前、本当に何もしらねぇんだな」
情勢を読むことが生存の鍵である怪人にしては何も知らず、それでいて気楽に生きれているトゲウオを羨ましく思いつつも、今度はおでんを注文する感じで指差した。
「今のところ、ショッカーと早期に同盟結んでたゴルゴムと『財団』っつーデカい所以外はほとんど吸収されちまったよ」
「えっ、そうなのか!? 俺はてっきりこの前見た奴はゲドンの獣人だと思ったんだけどなぁ……」
「なに!? 寝言言うんじゃねーぞ。ゲドンの獣人なんて絶滅危惧種だろうが」
皿に盛られた具を受け取りつつコウモリは野次を飛ばす。
「いや本当なんだって。この前、屋台引いてる時に人をむしゃむしゃと食べるクモみたいな化物がいてな。思わず隠れちまったんだよ」
「お前も怪人だろうが……」
他のトゲウオ怪人の名誉のために言えば、彼の一族は決して弱くはない。むしろ上位層と言ってもいいのだ。どうにもこいつだけは昔から弱気の弱腰だっただけで。
「……それで隙を見て逃げようとしたら、女がやってきて。赤いピラニアみたいな怪人に変わってそいつをぶっ殺しちまったんだよ。いや〜、怖かったなぁ。何せ心臓抉ってそれを食べちまったんだから」
「へぇー……」
ややショッキングな内容をビールで流し、食事中に聞く話ではなかったと後悔しつつも分析だけは忘れない。
まず結論から言えばそれは獣人ではない。そしてゴルゴムでもショッカーにも、どこにも属さないだろう。
ゴルゴム怪人も人を喰らいはするが、創世王のエキスと混ぜ合わせより高度な栄養源の材料に変換した上でなのだ。他の怪人種にも人を餌とする族はいるにはいるが、非効率的なそのまま捕食するタイプはあまり聞き覚えがなかった。
「しかも死体までドロドロに溶けちまうんだから、怖くてしかったなかったなー」
「……そうかい。でも、それは獣人ではないだろうな」
「じゃあ、なんなのさ?」
「そんなこと俺が全て知るわけねぇだろ。とにかく今は飯だ、飯! もっと酒も寄越せ、ほら」
「なんだよ、怪人使いが荒いなぁ」
渋々といった様子だが、コウモリに言われるがままに新しいビールを取り出すトゲウオ。
暖簾が揺れ、新たな客がやってきた。
「トゲウオ、やってるか?」
「あぁ、いらっしゃい」
「二人だ。適当に頼む」
「あいよ」
コウモリを挟むように座った客達は静かに出された水に口を付けた。
「やあコウモリ」
「なんだクジラか。ノミも一緒か」
「あぁ、……って、コウモリは知ってたようだな。クジラが生きてることも」
「まーな」
客の一人――クジラ怪人が現れても、コウモリは何の反応も見せなかった。何故ならゴルゴム崩壊後、重症のブラックサンを抱え自身も深傷を負っていたクジラを助けたのはコウモリだったからだ。怪人になった頃からの長い付き合いがある二人は、この悲劇に巻き込まれた少女を哀れに思い、来るべき時が来るまでクジラの隠れ家まで匿ったのだった。(双方多少の思想の差はあるが)
「ブラックサンのガキ、キングストーン取り除いたんだってな。大丈夫なのか?」
「あぁ、うちの一族に伝わる伝承や知識を活かして摘出したよ。本当に頭の良い子だ」
「だがそれで石はシャドームーンの元に揃っちまってる。本人は隠してるつもりだが、そう長くは持たねえだろう」
キングストーンは怪人の持つどのストーンよりも特別だ。今のところ、裏でやり取りをしていたクジラとコウモリ、そして後追いしたノミくらいしか知らないが周囲にバレるのも時間の問題だろう。
「その前にシャドームーンは勝負を決めようとしている。仲間を集めて、創世王を殺すつもりだ」
「創世王をねぇ、勝てると思ってるのか」
「思ってる、だろうな。じゃなきゃこんなことしていない」
明日奈の狙いの一つ。自身らの神にも等しい創世王の命を狙っていたとしてもコウモリは動じない。元より、信仰心が高いわけでもないが、長い歴史や多くの有力怪人に擦り寄り知識を得てきた彼はその行為の愚かさも知っている。――世紀王が創世王に挑み惨めに死んだ話など、腐るほどあるのだから。
「なら安心かもな。創世王に負けて嬢ちゃんは自我を奪われて終了。怪人の世も今後五万年は安泰だ」
「そうなればいいけどな……」
コウモリとは反対にクジラの心は穏やかではなかった。
彼よりは創世王に対して信仰も強く、その力を確信しているがどうにも不安は拭えなかった。
仮に明日奈が自我を失うことなくキングストーンを使いこなし戦ったとしても創世王に勝てるかは五分五分だ。歴代のシャドームーンよりは強化されているとは言え創生王との力の差はそう簡単に埋まるものではない。
だが、万が一本当に明日奈が勝ってしまったら……。
クジラは恐れと一緒に酒を飲んだ。
「はい、お待ち」
トゲウオがクジラとノミにおでんを運んできた。
「そういや、なんでノミまで一緒なんだよ。てかお前昨日からどこに言ってたんだよ」
「街を歩いてるところをクジラに見つかったんだ。やっぱり俺も、ゴルゴムを抜けることにしたよ」
「ほぉ、そりゃ意外だな」
「もう、ついていけなくなっちゃって……」
ノミ怪人の脱退は流石のコウモリも驚いた。
組織に対するノミの忠誠心はかなりのものであり。年老いた創世王の力になろうと独学で怪人転生――改造手術に関する知識を習得したからこそ、次期三神官の候補にまで選出され、崩壊後もアリスの元でもそれなりの待遇を受けていたはずの彼の離脱宣言は衝撃だった。
「疲れたんだ……。あの故郷に帰りたくて頑張ってたのに、アリスにしろ明日奈にしろ、どっちも自分の都合でみんなを利用して、危険に晒してる。もうたくさんだ」
トゲウオ同様にノミも元々好戦的ではない。それを堪えてまで人間界で科学班として働いたのも、ただ一心に、破壊された故郷を再興したかったから。別に他の組織や王を倒すなんてことは考えてなかった。
だが、結局は自身の力は新しい兵器となる怪人を作る為にしか用いられず、あげく必死に蘇生させた世紀王は組織の崩壊の一端になろうとしている。もう限界だった。
「最後に一つだけ、やり残したことがあるからそれを終わらせたらクジラと世界へ旅立つよ」
「そうかい、そりゃ少し寂しくなるな」
友との別れはどれだけ長い時を生きても慣れることはなくて。
名残り惜しさにグラスを傾ける。――その時
「……ん、何だ」
コウモリだけじゃない、他の怪人達も捉えた。人が近づいてくる感覚。人間を超越した感覚を持つ彼らだから分かった第六感をざわつかせる嫌な感じ。
乱れた足音、息切れした呼吸音、不規則に走ってきたそれ――少年は路地裏の先、大通りに面した光刺す所を素早く駆け抜けていった。そして間髪入れず、その少年を追う女の異形が通り過ぎていった。
一瞬の出来事だった。
「なんだ、こんな真昼間から怪人の姿で人攫いなんて」
「あれ、ショッカー怪人かな……見たことないけど」
あまりの速度で通り抜けていった展開を、荒事に触れていないトゲウオとノミはどこか呑気に見送った。――だが、コウモリは違った。
「さっきのガキ……それに追っていた奴……」
怪人の女が狙っていた少年。見間違いでなければアスナとアリスも狙っていた子供だったはず。ノミの推測通りあの未知のショッカー怪人が本格的に彼の誘拐を実行したのだとすれば、捕まればあの少年もこちらの仲間入りをするのだろう。
静かに、グラスを置いて。
ふと顔を向ければクジラと目があって、無言のまま、意思が通じ合った気がした。
※
「……ぐっ、ぅっ、うっ、ううぁ……!」
寝かされた天板の上。身体を特殊な力で捻じ曲げられた鉄線にがんじがらめにされて、深澄は切り開かれた腹部の痛みに悶えた。
「……やっ、やめっ、やめて明日奈……! うっ、ぐぅっ……!?」
「だらしないよ深澄、キングストーン取り出した時はもっと痛かったはずでしょ? このくらい耐えないと、ね」
「ぐっ!? ぎやぁぁぁぁぁー!」
ゴム手袋に包まれた指を空いた腹に押し込めば、悲鳴が上がる。
痛みに堪らず首を振り乱すが鉄線から逃れることはかなわず、おまけに先日から続く連戦で疲弊し、力を切らしている今では大した抵抗も出来ずにされるがままだった。
「もうすぐだよ深澄。このベルトさえ移植すれば、あなたはキングストーン無しでも強力な怪人になれる」
「やっ、いやっ……! 怪人なんかいやぁ! 人間に戻して……人間に戻してよ……」
溢れ出た涙が頬を伝う。
柄にもなく泣き出した親友を見下ろして、明日奈の手が一瞬止まる。――が、すぐさま動き出してベルト移植手術を推し進めた。
何の知識も技術もない、三神官の力を取り込んだ時におまけで付いてきた遺伝子改造の力を活用して無理矢理やっているのだから激痛はかなりのものだろう。
なるべく苦しませないように作業を迅速に済ませ、ベルトを形作っていく。
明日奈の腹部に埋め込まれたベルトとは対照的な無骨さのあるベルト。全体にパイプや複雑な基盤が覗き、浮き出たパイプが深澄の肉体と直結し、神経と結びついている。そして、中央で光る赤色のコア――四方を花のように展開した羽に囲まれたそれは完成が近づくほどに微かに発光を始めていた。
その名も『世紀王サンドライバー』。明日奈のもつムーンドライバーの近未来的なデザインとは対照的で近代感のあるベルトだ。
やがて、完全に組み立てられると明日奈は深澄の顔の前に立ち、冷ややかに見下ろした。そして、手術の負荷にやられ、自失しつつある顔を掴んだ。
「深澄、あなたは負けたの。これからは私と一緒に働いてもらう。でも安心して、自我は奪わないから」
「やめっ、明日奈、もぅ、やめっ……て」
「また二人で一緒にいようね」
「やめっ、待っ……うわぁぁぁぁぁー!」
明日奈の手から光が放たれ、深澄の視界を白く染めた。――同時にベルトが起動し、羽がスライドして円形となり中央のコアが光輝いた。たちまちに深澄の身体が怪人と変わり、アスナに似た更なる強化態へと進化した。
変化は一瞬で終わり、元の深澄に戻ったが肉体を襲う苦痛だけは終わることを知らず。永遠とも呼べる中、二度と人間には戻れないことだけを悟ったまま、白光の中で意識を手放した。
そして遠く離れた地。
かつてゴルゴム怪人達が過ごしていた里の跡地。
そこに静かに匿われていた創世王――だった心臓が激しく胎動し、忽然と姿を消した。まるで何かに呼ばれるように。
この瞬間、意図せぬ形で世紀王の闘いが決着し、新たなる創世王が決まってしまったことを。そしてそれが最悪の結末をもたらすことを、二人はまだ知らない。
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