※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

42 / 64
最悪の刺客

「ああっ、お姉様……。よくぞご無事で……、リザードは信じておりました……」

 

 涙ながらに再会を喜ぶリザードとは裏腹に、詩乃の心は穏やかではなかった。

 ショッカーによって改造され、人格を狂わされた上で関わった正気ではいられない出来事の数々。口にすることを憚られる凶行の中でも、特に詩乃の心に突き刺したのは被験体の捕獲だった。

 

 捕獲。

 その名の通り、ショッカーの改造人間となるべく適性を見込まれた人間を誘拐する任務。時には怪人の能力テストや新技術の実験台、使い捨ての戦闘員素体のストックの為と目的は様々だが、この行いは思い出すだけでも辛い。

 なぜなら、かつて自分がされた行為を今度は自分がやっているのだから。それも自らの意思に反して。

 

 だが、組織の尖兵。怪人シノンであった頃の詩乃はその行いを悦んでいた。むしろ率先して行なっていたと言っても過言ではない。神聖なるショッカーのため、下等な人間はその行いに捧げられるべきだと本当に信じて。

 狂ってるとしか思えないが、今でも目を閉じればその時のことがありありと浮かんでくる。

 組織に命じられるままに性別も年齢も異なる人間を攫い、来る日も来る日も牢屋と実験室を往復した日々を。その人達にも家族やいたことを知りながら、それをくだらないと一蹴して命を無駄にしてきた愚かな過去を。

 

「一体、今までどこで何をしておられたのですかっ……。ご無事なら、組織に戻ってきてくださればよかったのに……」

 

 もはや自分だけの世界に嵌り、こちらを見ていないリザードを見つめ詩乃の心は闇へと堕ちていく。

 このリザード――正確にはベースとなった女性も例外なく自分の被害者なのだ。ろくに目を通さなかったながら覚えていた調査資料によれば、彼女にだって婚約者がいて、大切な暮らしがあって、人生があった。

 それを容赦なく奪い去り、化物に変えてしまったのは自分だ。改造手術台に拘束し、泣き叫ぶ彼女の頬を撫で、懇願を無視して身体を切り刻むよう指示した。

 あの時のことははっきりと覚えている。なんせ初めて改造手術に立ち会ったのだから、忘れるはずも、忘れられるはずもなかった。

 

「……お姉様?」

 

 一転きょとんと首を傾げてくるリザードに詩乃は我に返った。

 そうだ。今は自分の過去について悔やんでいる時間はない。今はただこの場から離脱するだけでいいのだから。それなのに――

 

「どうしたのですか? ようすがヘンですよ?」

 

 ――それなのに、そこから先へと行動に移せずにいた。

 意味がわからないとばかりに困惑を極めるリザードに、返す言葉が出なかったのだ。なんと返せばいいのだ、彼女を幸福から絶望に突き落とし、人殺しの戦闘マシーンへ仕立て上げた自分が、何を言えばいいのだ。

 これがバットやスパイダーならば戦闘スーツがなくとも戦うことはできただろう。ユウキやシリカが相手でも躊躇いはあれど必要とあれば拳を振るうしかないと思う。だが、リザードだけは違う。彼女だけは関わりすぎてしまったから、自分が教育係として鍛え上げ、怪人として育ててしまったのだから。

 

「――お姉様」

 

 思考を切り裂いた声にハッとすれば、いつのまにかリザードはすぐ目の前まで迫っていた。

 

「――そこを、どいてください……お姉様」

 

 背筋がゾッとするような不気味な笑顔で告げる彼女に負けじと詩乃は睨み返した。

 

「……悪いけど、それはできない」

「何故?」

「私はもう、あなた達の味方じゃないから。だから――」

「――そう、なら力づくです」

 

 言うが早いか。――詩乃の腹部へとリザードの拳が深くめり込んだ。

 詩乃は大きく吹き飛ばされ、壁に激突した。

 その間、彼女の仮面が地に落ちるよりも早く。

 すかさず、振り下ろされるチェーンソーの刃をギリギリで受け止めて。凄まじく重い一撃から削らんばかりの殺意を感じて、回転の風にまとわりつく錆びた血生臭い香りに顔をしかめた。

 

「……ぐっ、リザード……」

「残念です、お姉様。あなたが組織を裏切った話は聞いていましたが、リザードは信じていませんでした……。ですが、やはり本当だったとは」

 

 リザードは失意を露わに力を更に込めて、チェーンソーを押し込んでいく。

 未だ手術の負荷が残るこのカラダ。それでも詩乃は彼女の攻勢に負けじと押し戻し、切っ先を逸らしていく。人外同士のパワー対決。両者拮抗したままの戦いの最中、リザードの首にかけられたペンダントが光を反射した。――それが視界を過った瞬間に、またも過去の記憶に苛まれて。

 あふれて止まる気配すらない記憶の濁流に、詩乃はまた、飲み込まれていった。

 

 

※

 

 

 組織の幹部にのみ与えられる専用の個室。

 花のアロマが甘ったるいくらいに焚かれて、紫色のライトが粘っこく照らすベッドの上。シワだらけに乱れたシーツに包まれ、寝そべり重なったままの二つ裸体。白い柔肌に残る情事の痕跡は色目かしく、紫色に妖しく染められて。余韻に収まらない息は荒いまま、リザードはシノンの胸に顔を埋めた。

 

「お姉様、好き……」

 

 自身に甘えてくる年上の妹分を、シノンは優しく頭を撫でてやった。

 リザードの改造手術を終えて発覚した事実だが、シノンの遺伝子情報をもとに試作された新型改造血液を用いた場合、ベース元に対し、依存にも似た症状が現れることが分かった。無論、即座に修正されてはいるが、それを用いられた第一号であるリザードだけはそのままで、治す手立てもないため放置されてしまっていた。(そもそもリザードの評価が低く修理コストを惜しんだのもある)

 

「私もよ、リザード。これからもずっとあなたといたい……」

「私もお姉様とずっといたい、でも……」

 

 途端にリザードの表情が曇る。

 シノンのそばから離れ、シーツを胸に抱く。

 

「……でも、もうすぐ離ればなれになってしまうなんて……」

 

 切なげに唇を噛むリザードの後ろ、シノンもまた横になったまま口を閉ざした。

 海の向こう――海外のショッカー支部にて、敵対勢力との交戦中に貴重な戦力である怪人が一体。任務中に敵の罠に陥り、自爆したという一報。任務継続のため、補充要因として日本支部からちょうど実践投入を目前に控えていたリザードに白羽の矢が立ったというわけだった。

 

「私じゃダメ……お姉様みたいに強くないし、ユウキ様みたいに特別じゃないもの……」

 

 リザード自身が力不足を誰よりもわかっていた。

 新型の改造人間と聞こえはいいが、現状現れる数値は既存怪人と大差なく、おまけに同じ改造人間であるシノンやユウキからは大きく遅れをとっているのは否めなかった。いくら経験の差とはいえ、これを埋められるとは誰も思ってはいなかった。

 自信なく項垂れるリザードに、シノンは背後から抱き着いて耳元で囁いた。

 

「……大丈夫よリザード。あなたの強さは私が一番知ってるわ。あなたはすごく強い。――それとも、私の顔に泥を塗りたいの?」

「いっ、いえ……そんなつもりは……」

 

 シノンの有無を言わせぬ圧にリザードは思わず目を逸らす。リザードの海外支部への赴任、彼女をその任務に推薦したのは他ならぬシノンだった。別に彼女が邪魔になったわけではない。全てはリザード自身ため、ひいては神聖なるショッカーの未来のため、彼女おえて厳しい環境に置くことで成長を促そうとする心からだった。――それも、リザードの力を信じているからこそ。

 

「あなたは私が血を分けた最初の存在。あなたならきっと組織にとって価値のある、世界を支配する存在になれると信じてる……だからもっと自信を持ちなさい。あなたもまた、選ばれた存在なのだから」

 

 リザードの首にひやりとした感覚が絡みつく。ふと視線を向けるとそこには銀色のペンダントが巻かれていて、手に取ってみると、それは組織を象徴する鷲のエンブレムを模した強化スーツ収納装置だった。

 

「お姉様、これは……」

「私からのプレゼント……私が使っていたものにあなたの新型スーツを入れてある、これで海の向こうで暴れてきなさい」

「お姉様、うれしいっ……」

 

 感極まって浮かんだ涙を隠すように、シノンへと抱き着いた。

 そして、別れを惜しむようにシノンがリザードの上に覆いかぶさるのを合図に最後のまぐわいもまた、始まって――

 

 

 こうして二人は離れ、ぞれぞれの任務へとついた。

 その後、紆余曲折あってシノンは日本支部の指揮官となったアリスの右腕となり、リザードは海外の各拠点を転々として実績を上げていった。互いに組織の理念のために、そして次に再会した際に恥ずかしくないようにと。

 

 

 ――だが、そんな日は永遠に訪れることはなかった。

 

 

 任務を終えたある日、拠点へと帰還したリザードが耳にした一報。日本支部の怪人が任務中に脱走を計り、その後抹殺されたという知らせ。はじめは気にも留めなかったが、やがてそれが敬愛なるシノンであったと知り、絶望に暮れた。

 なぜ、何故、と唱えても答えなど出るはずもなくて、しかもその首を討ったのが尊敬していたユウキであったとしてさらにわからなくなった。

 気持ちを紛らわせようと、溺れるように戦いの中へと身を投じ、任務をこなしたが、憧憬を失った組織にもはや忠誠心が薄らいできて。自身も裏切り者となり、同じ場所に行こうとすら考えた時――あ(・)の(・)女(・)が現れた。

 

『あなたに力を与えてあげましょう。……その力を使い続ければ、やがてあなたが望む相手に出会えるでしょう』

 

 口説き文句にも説明にもなっていない、意味不明な物言いだったが、半ば自暴自棄寸前のリザードにはもはやどうでもよくて。

 そして、その口車に乗る形でショッカーからデストロンへと移り、ナノマシンによる強化改造を受け、チェーンソーリザードととして生まれ変わったのだった。

 

 

※

 

 

 強烈な蹴りを受けて、詩乃の身体は地面を転がっていく。

 

「お、おい……、大丈夫か!」

 

 駆け寄ってくる和人に返すこともなければ、その場から起き上がることができずにいた。痛みからではない。それ以上に胸を蝕む何かに邪魔をされて身体が動いてくれないのだ。

 焦りばかりが増す一方で、リザードは追撃の手をゆるめてなどくれない。再度チェーンソーを激しく鳴らし駆けてくる。今度は二人纏めて、和人諸共葬り去る気のようだ。

 思わず、カラダが動いた。

 咄嗟に和人を突き飛ばして安全圏へと送り、迫る刃を躱す。流石に完ぺきに回避することは叶わず、微かに頬を掠め散っていく鮮血を尻目に、これ以上の追撃はさせないと今度は詩乃が回し蹴りを浴びせた。――が、リザードはまるで効いていないとばかりに素早くチェーンソーを収めると足を掴み投げ飛ばした。

 反動からか、リザードの身体が揺れる。

 地面に叩きつけられ苦しむ詩乃の首を掴み上げ、リザードは悲し気に口元をゆがめた。

 

「かわいそうなお姉様……かつては首領の寵愛を受けていたのに、今やこんなに堕落してしまうなんて」

「ぐっ……はぁっ……!」

 

 詩乃は首を絞められ悶絶する。

 その顔を見て愉悦を覚え、さらに締め上げていく。かつては尊敬の対象ですらあった孤高の怪人。――だが今の彼女は違う。洗脳手術(祝福)からあぶれ、地に堕ちた哀れな落第者。なら一思いに殺してやるのが慈悲というもの。

 何度目かもわからない機械の駆動音を聞いて、詩乃は静かに目を閉じた。

 もう、疲れた。十分に生きたとさえ思った。

 人間のころから換算しても罪を犯し続けてきた自分。そろそろ報いを受ける時なのだろうと、一人勝手に感じて。

 小うるさいチェーンソーの音を割いて、和人の声が届いているが何を言っているのかわからない。彼はま(・)だ(・)知らないが、彼にも直葉にも悪いことをした。それは決して取り返しがつかないまでに。なら、それも纏めて清算するのも悪くないと開き直って。走馬灯のような情景を振り返りながら、最後の瞬間を――

 

 

「ウォォォォォー!」

 

 ――迎えることはまたも叶わなくて。

 飛び込んできた雄たけびにリザードが振り向けば、凄まじい勢いの熱湯がレーザーみたいに飛んできて、たまらず吹き飛ばされた。

 

 崩れ落ちた詩乃の前に立つのはクジラの異形。大きな頭とヒレみたいな手足が特徴的な彼――クジラ怪人は威嚇するみたいにリザードを睨み唸りを上げた。

 新手の敵に対し、いつまでも倒れているリザードではない。すぐさま標的を切り替え、絶好の機会を邪魔するだけに飽き足らず突撃してくるクジラに刃を向けた。――直後、耳を裂くみたいな超音波に襲われた。

 

「オラオラっ、よそ見してんじゃねぇぞ!」

 

 コウモリ怪人は上空より現れて場をかく乱してリザードに飛び蹴りを浴びせた。耳をやられていては回避どころではなく直撃。再度転がされたところをクジラが狙う。

直撃。再度転がされたところをクジラが狙う。

 

「くっ……!」

 

 二対一では分が悪いと、リザードは地面を転がって距離を取ると落としたままの仮面を拾い上げて装着。複眼が点灯すると同時に反撃しようと立ち上がった。矢先、背後から何者かに封じられた。

 

「捕まえたぞっ……! いまだ! トゲウオー!」

 

 素早く戦場へと飛び込んだノミ怪人は狙い通り敵の背後を捕らえ、動きを抑えることに成功した。そして、彼を支えるようにクジラとコウモリがそれぞれチェーンソーと脚を抑えつけた。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!」

 

 間髪入れずに現れたのはトゲウオ怪人。カッターのような鋭いヒレの生えた腕を振り、ばたばたとリザードめがけて飛び込んでいく。

 経験が少ないながら、このメンバー中で最も力の優れた彼をサポートしつつ敵を撤退まで追い込む作戦。単純だが戦闘要員ではない彼らにしては中々の成果を上げていた。――この時までは。

 リザードは全身を押さえつけられながらも焦りを一切感じてはいなかった。それどころか、仮面の奥でほくそ笑むと、チェーンソーを着けていた右腕から左腕へと瞬時に付け替え、トゲウオへと容赦なく突き出した。

 ――トゲウオを襲う寸前、チェーンソーを着け変えた瞬間にリザードの身体がよろめいたのを和人の目が見ていた。

 

「ぐわぁぁぁー!」

 

 胸部から血を流してトゲウオは転がった。

 動揺する一同をリザードは瞬く間につかみ投げ飛ばし、一瞬にして拘束から逃れた。

 

「うわっ、ああぁぁぁっ!」

「トゲウオ! しっかりしろ!」

 

 苦痛にもだえるトゲウオを庇う怪人達。助けに入ったつもりが逆に窮地に陥ってしまい焦りがこみ上げてくる。

 

「よくもやってくれたわね骨董品風情が……お前たちなんて全員スクラップにしてあげるわ……!」

 

 お楽しみを邪魔にされた苛立ちからリザードは殺意を増してチェーンソーを振り回した。

 怪人達のリーダー格であるクジラは迫りくる彼女を前に叫んだ。

 

「おい、一旦引くぞ!」

 

 言うが早いか。クジラは頭部から熱湯をまき散らし周囲に霧を作り出して視界を奪った。

 敵の言う通り、自分たちは怪人としての歴史は長いが多くは動植物の力だけを備えた非戦闘要員。対して、戦闘特化の最新型である彼女相手に不利なのは事実だった。

 頼りない綱だったトゲウオは案の状役立たずで、おまけに深澄が介抱していると聞いていた少女も何やら戦意を喪失し、使い物にならない様子で。ならば逃げられずとも一度この場から離れ、態勢を立て直すのは賢明であろう。

 

 クジラが作った隙に、撤退する一同。

 地面に座ったままの詩乃の腕を和人が掴んだ。

 

「いくぞ、今は逃げないと」

 

 半ば自失している詩乃の反応など無視して、強引にではあるが彼女を抱えてクジラ達に続いた。

 

 濃霧が晴れ、敵が消えた廃工場にリザードは一人残された。

 

「愚かな連中、私から逃げられると思っているのかしら……」

 

 リザードは不敵に笑うと複眼を輝かせ、索敵スキルを起動して標的を探す。どんなに遠く離れた距離の壁すら透視するこの能力をもってすれば手負いの獲物を探し出すなど容易くて。すぐ足元――そこに続く広大な地下水路に逃げていく彼らを見つけ出した。

 

「逃がさないっ……!」

 

 チェーンソーを振るい、地面を切り裂いて地下へと降りる。

 ヒールを鳴らし、舌なめずりして口元を歪ませた。

 

「待っていてお姉様。必ず、リザードがあなたの首を取ってみせます……」

 

 狂気に駆られた声で笑い、リザードは悠然と歩き始めた。

 地下通路を舞台に、彼女の狩りは幕を開けた。

 




読了ありがとうございます。
もしよければお気に入り登録や評価、感想や意見等をお気軽にお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。