朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
現れたかつての妹分を相手に何一つできず、無様にも逃げ込んだ薄汚い地下水路。彷徨うことなく運よく見つけた死角で、詩乃は膝を抱えてうずくまり、無力感に苛まれていた。甘く見ていたわけではない。和人や深澄が危機に陥っているのならばそこで戦闘に突入することは覚悟していたし、そのつもりでいた。――だが、予想外の敵を前にして、そんな決意は脆くも崩れ去った。
成すすべなく手も足もだせずにやられて、助けるどころか助けられてしまった。そんな自分がたまらなく嫌いでふさぎ込んでしまう。
詩乃が自己嫌悪に陥るその傍らで、クジラ怪人と和人は壁に身を寄せ、敵を警戒するように周囲を伺っていた。
「なぁ、さっきは助けてくれてありがとう」
「別に助けたわけじゃない。それどころか、敵の力を見誤って仲良く死にそうになってるんだからな」
自嘲するようにクジラは笑うが、彼らの乱入がなければ自分たちは間違いなく死んでいただろうから、それだけでも助かったのだ。
「それで聞くけど、ここから脱出するプランはあんた達にあったりは――「ない」――だよな……」
クジラに一蹴され、和人はため息をついた。
たまたまコウモリが見つけて飛び込んだこの隠れ場。ダクトが張りめぐされ、入る隙間は一つしかないため見つかれば即終了だが今はここしか居場所はない。恐らくは追跡してきているであろう敵と鉢合わせる危険性以上に、この内部の構造すらろくに把握できていない状況。もっとも、負傷者を連れた状態では移動できる範囲も限られていて、しばらくは動けないことは容易に察しがついていたが。
「痛い痛い痛い痛い痛い……痛ーいーーー!」
「……っ、我慢しろトゲウオ! お前それでも男かよ!」
「痛いものは痛い! うぎゃぁぁぁー!」
やかましさから、ふと視線をそらせば緊急事態にも関わらずじゃれあう二人がいた。
コウモリはリザードにやられて傷を負ったトゲウオを手当していたが、喚く彼に手を焼いていた。人間なら致命傷でも怪人からすればこの程度擦り傷――なのだが、戦闘嫌いの彼にすればこれも深傷の様子である。
彼だけに留まらずクジラやコウモリ、ノミの受けたダメージもそれなり以上で。互いに平静を装い、心配をかけまいとしているが、すぐに動くのは不可能だった。
「ほら、もう少しで終わるから、な!」
「いたいー!」
包帯でぐるぐる巻きにして縛り上げて、黙らせる。悲鳴をあげているがもう反応するのも面倒だった。
彼らから目線を外し、和人は改めて状況を理解しようと思考を巡らせた。
「クジラさん……で、いいよな?」
「……なんだ?」
「よかった……、もう一つ聞きたいんだけど、あんたたちがもう一度あのチェーンソー女と戦って勝つ……なんてことは無理だよな?」
ここにいる者は自分以外が人を超えた怪物揃い。自分が一番非力なのは百も承知だが、生き延びるためにどうしても知りたかった。
「無理だろうな。手負いもいる以上、あいつと俺たちじゃ戦力差は圧倒的だ。逆立ちしても勝てないだろうな。ただ――」
「ただ……?」
「――あの娘が力を貸してくれるなら、話は変わってくる」
クジラが目で示したのは詩乃。自失し、ノミの介抱を受けていた。
「あの娘が?」
「この中で一番強いのは彼女だ。もしも、彼女が加勢してくれるなら、命を奪うまではいかずとも退けることはできるかもしれない。だが――」
口を閉ざすクジラに、和人も閉口せざるをえなかった。
今の彼女が、戦える状態などではないことは、素人の和人にもわかったから。
何があったのかはわからないが、詩乃とあの女には浅からぬ因縁があることは明らかで、それにより戦意を喪失し、顔を蒼白にして震えている姿を前にして。無理にでも戦えなんてことは、いえるはずがなかった。
「大丈夫……なわけないよね」
「……えぇ、最悪よ。自分が怪人に変えた相手にボコボコにされて、死にそうになったのよ。笑えないわ……」
詩乃は卑下するように己を嗤い、頭を伏せた。あまりにも出来すぎた結末に黙るしかなかった。
最初から最後まで自業自得としか言えない。しかも、それでこんなにも多くの人を巻き添えにしているのだから余計に始末に負えない話だ。
「気持ちはわかるよ。ボクもたくさんの人を怪人に変えてきたから」
詩乃はノミの言葉に微かに頭を持ち上げた。
「ボクもその人の意思を無視して、無理やりに怪物へと変えてきた。その人にも家族や夢があることを知りながら、自分が生き残るためにね」
ゴルゴムの里が襲撃されてからのノミの人生は地獄そのものだった。
全ては好奇心から怪人転生術(俗にいう改造手術)を学んだはずが、その能力に目を付けた組織の上層により同族増やしのための責任を背負わされ、人間を怪人へと変え続けた。それも望まぬ者たちばかりを。
しかも残酷なことに、その生み出した怪人の大半は自我を奪う術式を施したうえで兵器として、それも使い捨ての消耗品として使いつぶされ今はほとんど生き残っていない。――そう、同族を増やすなど方便で正確には侵略のための兵器が欲しかったにすぎなかったのだ。
「……地獄だったよ。改造した直後に殺されかけるなんてよくあったし、人間だった彼らが最後にボクを見る目は、忘れられない」
「……それは、辛いわね」
ノミの心中を察し、詩乃は口を閉ざした。
ノミがそれを狂わずこなせたのも、全ては組織と故郷の再建のため。そして、詩乃――シノンがそれを行えたのも、全ては組織を信じていた、信じさせられていたからこそだ。
だが二人とも、経緯は違えどその幻想は崩れ去り、罪だけがその身に残った。
「――もしかしたら、ここで死ぬことがその償いなのかもしれない。なんて、んそんなことを思うよ」
ノミはふっと笑うと、立ち上がりコウモリの元へと向かった。未だじたばた暴れるトゲウオを抑えるには処置の心得のある自分が変わるのが一番だろうと考えて。これ以上、この少女とこの答えなき話題を続けたくはなかった。
一人残された詩乃は心が闇の中へと沈んでいくように感じた。
ノミの言う通り、ここで彼女に殺されることこそ償いになるのだと強く思うようになった。それで全てが清算できるとはおもってなどいないが、それでも、これ以上罪を重ねる必要はなくなる。これ以上、自分の犠牲者はでることはなくなる。
ふと視線を向ければ、ちょうどこちらを見ていた和人と思わず、目があった。
和人にもそうだ。彼もまた自分の被害者だ。仮にここを生きて助かったとしても、彼はそう遠くない未来で絶望することは間違いない。――ほかの誰でもない、怪人シノンという恐怖の怪物のせいで。
そう思えば、気持ちが少し軽くなった。ように思えた。
「なぁ、ちょっといいか――」
和人が近づいてきて、口を開いた。
「――少しは落ち着いたか?」
「……えぇ、少しは」
「あの人たちに聞いたんだけど、この中で一番強いのは君だっていうのは、本当か?」
「かもね。それがどうしたの」
突き放すみたいな、壁を無理にでも作るような詩乃の態度に和人は糸口を掴みあぐねていた。こんな状況で言ってはいっられないが、和人はもともと会話が得意な方ではない。決してコミュ障ではないと思うが、ネット越しならともかく面と向かってだと不慣れなところがあった。
そんな和人を見かねて、詩乃のほうが口を開いた。
「言われなくても脱出には手を貸すわよ。心配しないで」
「……っ、本当か!」
「えぇ、私があいつを引き付けるからその隙にみんなは逃げて。そのくらいの時間なら稼げる」
「――えっ?」
安堵したのも束の間、詩乃の一言に和人は困惑した。
「聞こえなかったの? 私が囮になって首を差し出すから、みんなはその間にできるだけ遠くまで逃げてって言ったの」
顔を上げ、真っすぐに和人を見上げた。
「何、言ってんだよ。あいつは俺を狙ってた。だから皆で――」
「もう違う。あの子は私を見て、標的を変えた。運よくここから抜け出せてもどこまでも追ってくるわ、私を狙ってね」
立ち上がり、同じ目線で話を続ける。
「でも私が命を捧げれば、あの子は満足するはず。あなた達の命は絶対に奪わせないから、安心して」
「……本当に、本当にそう思っているのか?」
和人の一言に、詩乃は黙るしかない。
「本当に、それが君の本心なのか? 本当に君はみんなのために死ぬつもりなのか?
「えぇ、何度もしつこいわね」
「……嘘だ。だったら何で、あの時俺を助けてくれたんだ」
思わぬ言葉に、詩乃は唇を噛んだ。
あの時――和人諸共切られそうになったあの時、思わず身体が動いたのだ。無意識に、自然に。
不思議だったのだ。死にたいとずっと思っていたのに体が彼を助け、そして抗うように反撃した自分に。
「本当に死にたいなら、俺を助けたりなんかしない。ましてや、態々誰かを助けにボロボロで来たりなんかしない」
「…………」
「君だって本当は生きたいんだ。そのことを、君自身も本当はわかっている」
確信を突くような和人の言葉に詩乃は俯くしかない。
そう、なのかもしれない。自分もまだ、生きたいのかもしれない。でも――
「そう、かもね……でも、どうすればいいのよ……」
「…………?」
「……あの子を、彼女をリザードなんていう化物に変えたのは私、あんな残虐な性格に育てたのも私……、彼女に罪を重ねるように教えたのも、私っ……!」
ついに耐えきれなくなって、涙が一筋、頬を伝うのを感じた。
「だったらその罪を背負うのも私しかいない……、彼女に殺されて、みんなを逃して、それで、少しは償えるかもね」
「……それは償いとは言わない。それは、単なる逃げだと思う」
その一言にたまらず頭に血が昇ってしまった。
気がつけば和人の襟首を掴み、壁に叩きつけていた。静止するクジラ達の声も無視して、詩乃は和人を睨んだ。
「ならどうすればいいのよ! 救いようのない罪ばかり重ねた身体で、醜い怪物に変えられたこのカラダでどうやって生きていけばいいの!? 教えてよ!?」
詩乃は動揺する和人を他所に続けた。これまで溜め込んでいたものが吹き出して、自分でも抑えられなくなっていた。
「このカラダ、誰とも触れ合えない……誰かを傷つけることしか知らないこのカラダを、私はどう使えばいいの? 消せない罪悪感ばかり背負ったままで、これからどう生きていけばいいの? 教えてよ」
耐えきれなくなって膝が折れ、地面につく。首を掴んだまま肩を震わせて「教えて……誰か教えてよ……」と呟くしかない。
和人はそんな彼女の化物じみた力に振り回されながらも、その小さな拳に手を添えて。
「その答えは、君自身が見つけるしかないと思う」
和人はショッカーやゴルゴムといった組織、詩乃やクジラ達がどういった存在でどんな経緯で生まれ何をしてきたかなど一切知らない。
でも、それでも、今の彼女が間違っていることだけは分かった、気がした。
「……そんなの、答えじゃない」
「……あぁ、答えじゃない。俺は君じゃないから。君が望む答えなんてわからない。確かに、君の思うとおり死ねば楽にはなると思う。――だけど、ここで命を捨てたら最後まで後悔したままだ」
詩乃の手をそっと握って、和人は続ける。
彼女は触れ合えないと言った――なら自分から触れにいけばいい。
「答えは君自身にしか見つけられない。ここを生き抜いて、逃げずに立ち向かうことで、はじめてどうすればいいか分かるのかもしれない」
詩乃の腕から力が抜けて、掴んでいた腕が落ちる。少しずつ頭が覚めて物事を考えられるようになってきた。
確かに、死ねば楽にはなれる。――だが、本当にそれでいいのかどうかも、それすら今は分からない。
迷いがある――それはつまり死にたいと願うのと同時に生きたいとも思ってるということだ。そんな中途半端な自分に呆れつつも、それが分かっただけでさっきの何倍もの力が湧いてくるような気がして。
だったら、今回だけでも戦おう。自分の力を必要とする人がいるから。自分が助けたいと思う人がいるから。
今は、戦う理由はそれだけで十分だった。
「犯した罪とは一生向き合うしかないと思う。ただこれからどうするかは君自身が決めるべきだ」
和人は態勢を変えて、肩に触れれば、もう震えなどそこにはなくて。光を宿した瞳、そして静かに立ち上がるその姿に影はない。
「……それで、作戦はあるのかしら?」
「まだ何も。君の方は?」
「聞いて損したわ――あまり使いたくはないけど、こう言った状況から抜け出す方法ならいくつか知ってるわよ」
喜びを顕にする和人と反対に詩乃は複雑だった。
その知識というのも、ショッカーにより植え付けられた記憶によるもので、ただの知識とはいえどそれは忌むべき悪魔から与えられたものだからだ。
だが今は、それも自分のものだとわからせて活かすことにした。
「でもそのためにはここの構造を知る必要があるわ。他にも色々と――」
通常なら強化スーツと仮面を活用できれば容易いが、今回はどちらも置いてきてしまっている。己の判断ミスに歯噛みしていると――クジラが「俺たちに任せろ」と言った。
クジラとコウモリは互いに目を合わせると、ノミからペンと紙を受け取った。
クジラは怪人のヒレに変えた片腕を水路に突っ込み。コウモリは耳を尖らせ、共に目を閉じる。
何事かと首を傾げる和人をトゲウオが制した。――直後クジラの手が激しく動き、紙に図面らしきものを書き始めた。
コウモリも同様にして耳を震わせるとクジラとはまた違った角度の図面を記し始めた。
「二人はな、昔から冒険するのが好きで宛ても無しに飛び出してはこうやって即興地図でルートを作るのが得意だったんだ」
トゲウオの解説の間にも地図は瞬く間に書き記され、僅か1分にも満たない時間で詳細なマップを完成させた。
互いに作り上げたそれを上手く組み合わせ、詩乃に手渡す。
「役に立ちそうか」
「えぇ、とっても……」
手渡されたそれは驚くべきものだった。内部を知るだけではなく、リザードのざっくりとした位置すら記されていたのだから。
「俺の能力だ。水の流れを読めば敵がどこにいるかなんてわかる」
超人的な記憶力で構造を把握し、誘導できそうなエリアや優位に立ち回れる場所を探す。
「あとは武器ね、丸腰で挑めるほどリザードは甘くない」
動揺していたとはいえ、相手との力量差が分からないほど衰えてはいない。かつてとは比べ物にならないほど成長した彼女を相手に、ステゴロで戦うほど愚かではない。
「……それなら、これは役に立つかな?」
そう言ってノミが取り出したのは手術器具。
簡易的なものは持ち歩いてるらしく、メスや注射器、ハサミなどがあった。
そして、ノミは怪人態へと変わると、口から伸びる管に薬瓶を傾けた。分泌され始めたエキスが次第に瓶を満たしていき、妖しい光を放った。
「それは?」
「これは『臆病ホルモン』。相手の恐怖心を増大させて戦意を喪失させられる効果がある」
「ありがたく使わせてもらうわ」
手渡されたそれを見て、微かな希望を覚えた。自身含めてショッカー怪人の解毒能力はかなりのものだが、一撃にかければ優位に立ち回れるはずだ。
「よかったらこれも使ってくれ」
今度はトゲウオが長い針のような武器を託してくれた。
「俺の身体から生えているトゲだ。メスなんかよりよっぽど頑丈だ」
渡されたそれを手に詩乃は覚悟を決めた。
自分を信じて託してくれたのだ。それに答えないわけにはいかない。胸に宿った確かな闘志を握りしめ、その重みを噛み締めた。
迫り来る過去を相手に、生きるための反撃が始まろうとしていた。
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