朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
「お姉様〜、どこですか〜!」
狭く薄暗い地下通路の中、リザードは詩乃の名を呼ぶ。軽快にブーツを鳴らし、仮面を脱いだ素顔には嬉々とした表情を浮かべながら、追い詰めた獲物が現れるのを待っていた。
詩乃がリザードを知っているのと同時に、リザードもまた詩乃を――怪人シノンを知っている。彼女がこのまま逃げるとは思っていない。必ず、何かしらのアクションを仕掛けてくることは容易に想像がついていた。だからこそ、待つ。現れるその時まで。
「ここにいるわよ、リザード」
――背後から名を呼ばれ、リザードは残忍に口元を吊り上げた。思ったよりも早く現れたことに歓喜しながらも、それを悟らせないように唇を閉ざした。
「探しましたよ、お姉様――それで、私に殺される覚悟はできましたか?」
「まさか、まだ死にたくないもの」
リザードの前に現れた詩乃――シノンは既に戦闘態勢へと移っていた。黒色だった髪と目は蒼く染まり、瞳が細く尖って猫怪人の本性を露わにしていく。
もう逃げない。どんな結末になろうと、正面に立つこの怪人とは最後まで向き合うだけだ。
「お姉様一人ですか……あの骨董品どもや人間のボクはどこですか? ――まさか、捨てられましたか……?」
「……そんなわけないじょない。あなたなんて、私一人で十分だからに決まってるじゃない」
シノンはけらけらと嗤って挑発するリザードに乗るつもりはない。むしろこちらから煽ってやれば明らかに表情が曇るのが見て取れた。
「あんまり調子に乗らない方がいいですよ。今の私は、お姉様をとっくに超越しているのですから」
「昔からすぐ頭に血が昇るわね。そんな後付けの力に頼って、私に勝てると思っているわけ?」
不敵に笑うシノンと不機嫌に眉をしかめるリザード。次第に火花を散らしていく二人と――その陰に隠れ動くのは和人とコウモリ。シノンは悟られないように彼女の意識を引き付け、背中越しにサインを送る。
「今すぐに証明してあげますよ。今のリザードが、お姉様を超えたことを」
「それは楽しみね。――でもその前に一つ、いいかしら」
一歩踏み出そうとしたリザードの脚がこつりと止まる。
「言っても無駄だろうけど、あなたもショッカーを抜けてこっちに付くつもりはないわよね? 今ならまだ遅くはない」
「――無駄ですよお姉様。私はあなたと違って堕落していないですから、このカラダ、そして心もすべては偉大なるショッカーのためにあるのですから!」
無情にもシノンの願いは一蹴されてしまった。分かりきっていたとはいえ、躊躇う素振り一つないのは流石に胸が痛んだ。
できることなら誰とも戦いたくはない。でも、もはやそれは避けられないことくらいわかってはいたけど、それでも。
仮面を被るリザードを前にして、そんな思いはもう捨てる。今は、生半可な思いは邪魔なのだから。
「――そう、なら仕方ないわね」
「初めから分かりきっていたくせに。私だって、本当はお姉様と戦いたくはないのですよ……」
「どうかしら、とてもそうには聞こえないけど」
リザードの腕にチェーンソーが装着され、不気味な音を立て始める。シノンが拳を構えるより早く、リザードはすぐそばまで迫ってきた。
振り下ろされる刃を華麗に避ける。左右の結ばれた髪がふわりと舞い、揺れ踊る。素早く背後に回り込み肘を急所に打ち込めば、その硬さで白い肌に赤みが指すが、それで攻撃の手を鈍らせるほどシノンではない。攻撃を回避しつつ、部位を変え、角度を変えて休みなく打ち続ける。
「くっ、小癪な……!」
攻撃が一度も当たらないことにリザードは苛立ちを隠せずにいた。パワー型とスピード型で相性差はあれど、強化スーツを着た自分と丸腰の相手。圧倒的に優位なのはこちらのはずが上手く立ち回れない。
「きぃぃぃ……!!」
怒りのまま大ぶりにチェーンソーを振るうもあっけなく躱されて代わりに腹部へと拳がめり込んだ。強化スーツ越しだから素手の一撃など効くはずがない――と、過信していたが掌底で撃ち込まれたそれは強化臓器を揺らし、よろめかせた。
(相変わらずねリザード、改造人間としての力に頼りすぎている)
フェイントなどない、ひたすら力だけに任せた攻撃など当たるはずがない。確かに強化スーツも仮面もない。そしてリザードのように何らかの強化改造も施されていない。(腹部の石は詩乃が効果を知らない)だがこちらには戦いで積み重ねた経験と特訓で鍛えた肉体、知識だけでなく身に沁み込ませた技がある。
異形のカラダではあるが、組織の理念を信じユウキ達と鍛錬に励んだ日々は嘘にはならない。打ち込みの最中に見つけた急所――関節を稼働させるために生地の薄い部位を狙って殴りつけた。
「ぐぅぅぅ……!?」
痛みに悶えるリザードに隙を与えず――瞬時にポケットへと拳を収めてから――素早く振りかざした。
リザードとてやられてばかりにもいかないが間に合わない。幸い、今度は腹部。強化スーツでも防御の厚い部分だと嵩を括った――瞬間、鋭い痛みに視界がくらんだ。
「……っう、い、いったい、なにが……」
疼く腹部を見やれば、そこに垂直に突き刺さるのは銀色の刃物。手術用のハサミが深々と強化スーツを貫いて、肉を抉っていた。通常なら刺さるはずがないが、シノンの怪物じみたパワーで突き立てられたそれは見事に貫通し、ダメージを与えていた。
「くっ、こんなもので……!」
無理やりに引き抜けば、鮮血が散ってアスファルトを汚す。ナノマシンによる強化されたリザードの肉体は瞬時に肉を復元し傷口を塞ぎ、痛みも消え失せたが傷つけられたプライドだけは癒えることはない。
「殺してやる……!!」
「できるものならね。まあ、あなたには無理でしょうね。――出来損ないのリザードには、ね」
「ふざけるなっ!」
シノンが後退すればリザードは血相を変えてその背中を追った。挑発に見事に乗せられた彼女はもう疑うことすらせずに、ただかつての偶像を抹殺する一心で駆けていく。
狙いどおりに追跡してくるリザードを後ろ目に、距離を詰められぬよう手術針やトゲウオの棘を投擲し、牽制する。いずれもプロ野球選手並みの豪速で投げられたものだが、それらはあっけなくリザードに防御されたしまった。
(今のところは順調ね……)
捕まるまいと走り続けながら、シノンは懐に隠している小型蝙蝠に目線をやり、先程まで仲間と協議を続けた作戦を振り返った。
――
――――
「――作戦はシンプル。この地下水路、その中でも水の流れが密集したエリアまでリザードを誘導してそのまま流す。それだけ」
「……えっ、それだけ?」
「それだけよ。なにか文句あるかしら」
作戦とすら呼べない単純すぎるそれに彼女以外の全員は顔をしかめた。確かに手札が全くと言っていいほどないこの状況では凝った作戦など執れるはずがないが、それにしてもあまりに明快で、素直に従えるわけがなかった。
「質問、簡単にいうが奴を引き付けるのは誰がやるんだ?」
「それは私しかいないでしょ。というか、その役目を誰かに譲るつもりはないわ」
コウモリの質問に当然とばかりに胸を張る詩乃。囮同然の行為に訝しげな眼を和人がむけてくるが「死ぬつもりはないから安心して」と詩乃は補足した。
「さっきの会話聞こえてたけど、この中で一番強いならやるしかないでしょ。それに、あの子とは最後まで向き合いたいから……」
詩乃と追っ手であるリザードになんらかの因縁があることは察している。だからこそ不用意に関わらせ続ける危険性も全員が理解していて、素直にはいと頷けなかった。だが、さっきまでの死んだ目から一変。光を取り戻した彼女をみて、信じることにした。今は、ここで役割を揉める時間すら惜しい。
「皆にはリザードを吹き飛ばす水をお願いしたいの。地図によればここに制御室へと行ける通路があるから、なんとか侵入して――」
ここで手を上げたのがクジラ。聞けば一時的とはいえ水の流れを制御できる呪術を使えるらしく、彼の力を活かせば制御室抜きでも水を氾濫させることが可能らしい。
そして、その二人の合図を担当するのがその他の怪人達。コウモリは通信機代わりになる小型の蝙蝠を作成し連絡係を。トゲウオは棘の場所を探れるらしくそれを巻くことでノミと共同で作戦状況の監視役に。そして和人は――
「あなたはコウモリと共に私の戦いを見ていてほしい。そばにいる方がいざというときに守れるから」
「……わかった」
「そんな悲しい顔しないで。あなただってきっと役に立つ時がくるから」
詩乃はそう言って笑うと去っていくが、歳のそう変わらぬ少女から明らかに戦力外に思われている事実は和人としては辛いものがあった。
自分でもこの中で一番力不足なのは認めるが、それでも――あのつらそうだった彼女を見ていたから、少しでも力になりたかったのだ。
(そういえば……)
和人の脳裏に浮かんだのは、とある光景。
リザードの攻撃手段であるチェーンソーを左右で切り替える瞬間――ほんの僅かだが、彼女の動きが乱れたような気がして。妹と比べたら齧った程度だが、剣道の重心やら体幹やらについて和人も知らないわけではない。だからこそ、直葉の鮮やかな剣を見ていたからこそ、違和感を覚えたのだ。
そのことを詩乃に伝えるべきか悩んだ末に――
「――なぁ、一ついいか」
和人は詩乃の背中を追った。
――
――――
「あああぁぁぁぁぁー!」
リザードの奇声に思わず振り向けば、彼女はあろうことが通路の壁を削りながら突き進んできた。最初は、意図が分からなかった。だが、やがて、地響きのように唸り始めた壁に亀裂が走り、シノンは冷や汗を掻いた。
「……調子に、のるなぁーーー!」
リザードがチェーンソーを思いっきり叩きつけた瞬間――シノンが「不味い」と本能で悟るのと同時に亀裂が弾け、二人は大量の水に押し流された。
「ぐっ……!」
平衡感覚が狂い、思うように動けない。
改造人間である以上、水中でも人間より自在に動くことは可能でも適応には少しラグがある――今回はそれが何よりも命取りで。
「…………ウグゥ……!」
声も出せぬまま腹部に痛みが走り、空気が漏れる。性能差か装備差か、シノンよりも早く順応した彼女は隙だらけの身体を狙って襲ってきたのだ。
チェーンソーを収納して身軽なまま、これまでのお返しとばかりに水中で暴行を重ねた。
「……がはっ、あっ、ああぅ……!」
やがて波が引いて、地面に転がったが息をするのがやっとで。呼吸を整えている間にもリザードはブーツを鳴らして近づいてきて、ようやく薄目を開けると同時に、力強く腹部を踏まれた。
「ぐふぅぅぅ……!」
「よくもやってくれたわね裏切り者風情が……、お前なんか、もう姉でも何でもない……!」
かつての尊敬は憎しみへと変わり、水流にやられたのか仮面がひび割れ隙間から覗く素顔の瞳には憎悪が浮かんでいた。
息を切らしながらもシノンは反撃の策を練る。だが、仲間に託された武器の大半は水に流され、頼みの綱の水流もここまで破壊されてしまえばお釈迦だ。
「お姉様とは、もう呼んでくれないのね……悲しい」
「黙れ旧式が! お前はもう不要なんだよ! これからは、このチェーンソーリザードの時代なのだから……!」
軽口で煽るが時間稼ぎにすらならなくて。
高らかと宣言するようにリザードは再度チェーンソーを装着して掲げた。
「死ね、
「まっ……」
何か言いたげなシノンに耳などかすわけがない。一息に刃を下ろせば胸からはドス黒い血が噴出し、飛び立った。
力無く伸びる手足、無惨に剥いた白目が不快で。リザードはすぐに目を逸らした。
「――うぉぉぉぉぉーーー!」
――間髪入れずに飛び込んでくるのは雄叫び。
コウモリ怪人に支えられた人間――和人が鉄パイプ片手に飛び込んできた。
「目障りな小僧……」
リザードは呆れたように吐き捨てるとチェーンソーをシノンから抜こうとした。だが、変な角度で刺したのかそれは深々と埋まって抜けない。
ただの人間如き、片腕でもあしらえるがこれ以上相手をするのも面倒で。一息にとどめを刺してやろうと、瞬時に付け替えた――
「――待っていたわよ」
目を見開き下を見つめると同時に、死んだはずのシノン手が自身の腕を掴み、投げ飛ばした。力が入らずに呆気なく地面を打つ背中。
「おい!」
和人の特攻――ではなくパスは見事に決まって鉄パイプが投げ渡され、容赦なく振り下ろされたそれはスーツのない唯一の生身――リザードの喉を抉った。
(予想通りだった……やるじゃない)
声なき悲鳴を上げる彼女を見下ろして、シノンの脳裏に和人の言葉が過った。
――
――――
「――あの女、リザードが武器を付け替える瞬間に、あいつは全身に力が入らなくてなってるんだと思う」
和人は率直に思ったことを伝えてみた。
「確証はないけどあいつの身体が何度もブレるのを見てたから、もしかしたらだけど……」
「……いや、当たってるかも」
和人の予想はおそらく正しいと詩乃は思った。
改造人間がスーツを纏う、又は怪人態に変わる際には凄まじい変化の負荷が伴うのだ。スーツタイプはせいぜい動きがわずか一瞬鈍る程度だが、怪人化するタイプは発汗の様子から見て取れるが肉体への負担はそれなりと聞く。
だからこそ彼らはその隙を襲われぬよう光を放ったり蒸気で威嚇するなどして対策をしているが、あの瞬間武装システム(仮称)にも同様の反動があるのなら、それは大きな隙と言えるだろう。
「もしそうなら、その隙に倒せるかもしれない」
「そんなにか?」
「えぇ、怪人同士の殺し合いは一瞬が命取りだもの」
早速有益な情報を流してくれた和人に礼を言い、詩乃は作戦を練り直した――所謂プランBだ。
もしも万が一、通常のプランが叶わない場合は状況を見て和人が乱入。注意を引くことでその隙をつくという危険極まりないものだったが。
――
――――
極力、実行されないことを願っていたが、まさか救われるとは思いもよらなかった。
首を攻撃されながらも悶えて立ち上がってきたリザードの上から離脱。だが、急所を突かれたとはいえ、その様子は明らかに以前とは変わっていた。
「……どう、効いてきたかしら?」
「……っ、ふぅっ、うぅ、な、何をした……?」
「さぁ? あなたが怖気付いただけじゃなくて?」
鉄パイプに仕込んだ注射器からノミの『臆病ホルモン』が投与されていた。効果は一時的だろうが、もう決着はついたといえる。
「こんなっ、こんなことくらいでぇ……!」
ふらふらながらもシノンに殴りかかる。が、腰の入っていないそれは呆気なく受け止められた。
「……リザード。私はもう、以前の怪物じゃない。これからは組織から離れて、皆と生きていく」
「何を、言っている……」
「ごめんなさい。あなたがこうなったのも、全部私のせい。許されるつもりはないわ……」
その言葉にリザードは歯を砕くほどに噛み締め拳を振るった。人間として僅かに残った感情か、兵士としての機会的な反射かはわからないが、シノン――詩乃はそれすら受け止めて。
「……でも、もう逃げない。その罪とも向き合って、最後まで戦い続ける」
黒髪黒目の人間に戻ったまま、真っ直ぐと目の前の怪人を睨んだ。
「でも、あなたとはもう終わりにする」
「ふざっ、けるなぁぁぉ!」
怒りのままにリザードはチェーンソーで詩乃を狙う。
詩乃はメスを逆手に迎え撃つ。
――詩乃の腹部。そこに埋められた石が力を放つ。
腹からエネルギーを流し、胸を、脳を、全神経を伝ったそれは刃を青く光らせ染め上げた。
直後、激しくぶつかり合う二つの切先。
詩乃が握るメスはその質量差を物ともせずに一刀両断。役目を終えたそれは光の粒となって砕け散る。
そして――
「はぁぁぁぁぁーーー!」
腕の回転はそのままに全身を回し、強烈な回し蹴りをリザードに叩きつけた。エネルギーが未だ残るそれは青白く輝いたまま腹部の装甲を砕き、吹き飛ばした。
奇声をあげて転がるリザード。内部機械が注がれた力を受けて次々に自壊し、火花を散らす。仮面が砕け、指一本動かせぬままに彼女はそこに倒れ伏した。びりびりと音が体内より上がって全身を巡るのが嫌でもわかる。
「私の勝ちよリザード。もう諦めなさい」
内部破裂の音は詩乃の耳にも届いていた。自身の勝利を告げて、最後の時を見送るつもりだったが、限界を超えた肉体から力が抜けて膝が崩れた。
「……危ない!」
すかさず和人が駆け寄って倒れる寸前に肩を支えた。
「……ありがと」
間近まで迫った彼の顔を見ながら、小声で礼を告げ、なぜか気恥ずかしくて目線を逸らした。
「……ふざけるな、ふざけるなふざけるなっ!」
パシャリと地面を叩き、リザードは立ち上がった。
全身のスーツは破損し、出血は止まることはなく。おまけに顔には大きな傷跡が刻まれて、もう長くはないことは明らかだった。
「……このままで済むと思うなよ。お前のことは首領に報告する。……忘れるな、お前がっ……お前のような穢れた存在が、平和に暮らせるわけなどないことを……!」
最後の足掻きとばかりに地を砕き、立ち昇る粉煙の間にリザードはその姿を消した。
『……覚えておけ、……お前が幸せになることなんかない。なぜならお前は、……私から幸せの全てを奪ったのだからなぁ!』
捨て台詞と高笑いがどこからか響いて、やがて聞こえなくなった。
危機が去り緊張が解けたのか和人は膝をついた。
「勝った、のか……?」
「……えぇ、私たちの勝ちよ」
互いに顔を見合わせて勝利を噛み締める二人。
「……さっき、アイツが言ってたことだけど」
「…………」
「……君が幸せになれないなんて、そんなこと気にしなくていいと思う」
「……えっ?」
リザードの言葉を否定する和人に詩乃は思わずはっとした。
「過去はどうであれ、この先決めるのは君だからさ。あんな奴のいうことなんて気にする必要はない」
和人の言葉に胸が、ズキリと傷んだ。
彼の言うことは正しいけど、間違っている。消せる過去にも限度がある。今はまだ知らないだけで、和人もきっと知れば自分を責めて恨むだろう。それでも――
「……うん、ありがとう」
差し出された手に、そっと掌を添えてから、詩乃は微笑んだ。
今だけ、今だけはその優しさを感じたかったから。
いつかはその報いを受けると知りながら。
朝田詩乃という人間の弱さ故に、その甘いまでの優しさを利用してしまった。
※
薄暗い水路をリザードは負傷した腕を庇いながら歩いていた。
自分でも長くないことは分かっていたが、それでも生き延びることを諦めるつもりなど毛頭なかった。例え途中力尽きても、あの
「……んっ」
不意に、靴音が耳に轟いた。
人間には決して捉えられない極小音の、この場には似つかわしくないスニーカーの音が。
もしやシノン達が自分を追ってきたのかと警戒したが、やがて逆光の中に浮かんだのは一人の少女。
カチューシャを被ったボブカット、そしてラフな服装には見覚えがあった。
その姿を見てリザードは笑った。仲間が助けに来たのだと――そしてそれが油断だった。
そんな大事なことを失念していたのだから……。
「…………えっ」
声より早く少女は自身の後ろに立っていた。――自身の背から腹部に剣を突き立てて。
「……ガッッッ!」
心臓を呆気なく貫かれて、血を噴き出すと共に倒れるリザード。そこに来てようやく自分の手足が
「……き、貴様、どうして……」
リザードの言葉など取り合わず少女は切先を向けた。そして、次に口を開くよりも早く背中から羽根が露わとなる。地下の闇に溶けそうなほど真っ黒な翼。黒い光の粒子を散らすそれは天使にも悪魔のようにも見えた。
そして、そんなことを考えていた次の瞬間には、既に全身が切り裂かれていて、断末魔すら上げさせる余裕さえ与えられなかったから。
鮮やかな剣技の五連撃。今回はそれだけだったが、もっといけそうな気すらしていた。
沈黙し、証拠隠滅のために泡となるリザードを見下ろす少女。
「やるじゃない、組織の新型をこんなにあっさりとなんて。想像以上かも」
地上と地下を繋ぐ階段の上。明日奈が身体を伸ばして少女――ユウキに問いかけた。
――そう、今の彼女はかつてのヘビ怪人にあらず。剣聖ビルゲニアの石をその身に取り込み、より強力な存在へと進化を遂げていた。
ショッカー怪人の特徴でもあるレザー質の強化スーツから一転。胸から腹は薄い金属性のプレートアーマーで覆われ、腰にはウエストコートらしき布地を装着。以前は隙間なく隠されていた肌は肩や脇腹、スリットからは太ももといった箇所を大胆に露出させた実用性に優れた格好へと変化していた。
そして何よりの変化は頭部。かつては仮面で隠していた素顔を晒し、その長く伸びた紫色の髪を靡かせていた。
「……それで、気分はどう?」
「……すごい、スネークの時とはまるで違う。力がどんどんカラダに馴染んでくるよ」
「よかったじゃない。でも、その力に呑まれないようにね」
「その心配はないよ。ボクはこんなものに負けたりはしないから」
変身を解いた木綿季はふぅと息を吐き力を抜いた。明日奈に言われるまでもなく力に呑まれた末路を見ている以上、これの誘惑に耳を貸すつもりはもとよりないのだ。
明日奈は沈黙したリザードの仮面を拾い、その中に手を差し込んだ。
「それで明日奈、これからどうするの」
「勿論、これからは本格的にショッカーの邪魔をさせてもらうわ。ただし、利用できる作戦は使わせてもらうけど」
「作戦?」
「――現在ショッカーが進めているナノマシン散布計画。まずはその製造工場を奪う」
「へぇ、面白そうだね。それは……」
不気味に笑いあう悪魔達。
チェーンソーリザードという脅威を退けたのも束の間、新たなる悪意はすぐそばまで迫っていた。
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