※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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狂気の計画

 曲がりくねった山道。連続するヘアピンカーブを駆け抜けていくオートバイ。白い車体に赤いラインが走ったそれはステップに火花を散らし、エンジンを激しく唸らせながら目的地へと一直線に疾走していく。

 ハンドルを握りマシンを操るのは詩乃。その後ろでしがみつくのは和人だ。

 

「目的地まであとどのくらい?」

「もう少しだ。反応が強くなってきてる!」

 

 詩乃が張り裂けんばかりに声を上げれば和人もそれにこたえてくれた。

 彼らの目指す先。危険地帯へと自ら足を踏み入れていることを知りながらも、アクセルを緩めることも、引き返そうとする意志は微塵もない。

 和人の手に握られたスマホ。地図に打たれた赤い点が激しく明滅した。

 

「もうすぐだ! この先まっすぐ!」

「……えぇ、こっちも感知した」

 

 和人に言われるまでもなく、詩乃は背筋をよじ登る悪寒にも似た感覚に身震いした。

 この先、自分と同じ改造人間がいる。それも一人だけじゃなく強力なのが複数。

 

 

「飛ばすから掴まってて!」

 

 声を張り上げてアクセルを振り絞る。この先に待ち受ける戦いから逃げるつもりはない。

 

 

 すべては数日前にさかのぼる。

 

 

※

 

 

 チェーンソーリザードとの決戦から数日。かつては詩乃と和人、深澄の三人だけだった廃バスにはクジラやコウモリ、トゲウオとノミと増えていつしか大所帯となっていた。

 車体の上に昇り雲を眺めるコウモリ。廃バス内で今後の動きを協議する深澄とクジラ。大鍋でおでんを煮込むトゲウオ。ノミは何やら用事があるらしくて今は離れている。

 

「それ取って」

「はいよ」

 

 そこから少し離れた位置で、サイクロンのメンテナンスに勤しむのは詩乃と和人。元は廃バスの前に何(・)故(・)か(・)乗り捨ててあったものだが、詩乃は気に入った様子で、持ち主が取りに来ない以上自分のものとして利用することにしたのだ。

 だが、その性能は優れた改造人間であっても持て余すもので、使えるようにデチューンすることになった。

 

「そういえば」

「……ん」

 

 不意に手を止めて、詩乃は和人へ視線を送った。

 

「……この前は助かったわ。あなたがいなかったら、私は――」

「その話はもう何度もしただろ。こっちだって詩乃がいなかったら今生きていないだろうから。……お互い、助けて。助けられた。それでいいだろ」

 

 和人の言う通り、このやりとりはもう何度も繰り返されていた。それこそ、地下から出る間からここに戻ってくるまでずっと。

 そのたびに和人は終わりにしているが、それでも気が済まないのか、詩乃はこうして話を何度も繰り返していた。

 

「だって私は、これから何をすべきなのか、まだわからないから……」

 

 昨日はなりゆきでリザードを倒したが、物事はそう単純でない。

 これからずっとショッカーと戦うにしても隠れるにしても簡単に口にできるほど奴らは弱くも小さくもない。むしろ、口にすることを憚られるほどに巨大で強大な力を持っているのだ。そのことは詩乃自身が一番思い知らされている。彼らがその気になればここにいる全員を跡形もなく抹消することなど造作もないことを。

 そして、全てを忘れ何もかもを捨て、人間として生きるには力を持ちすぎた。闇に触れて、多くを知りすぎた。

 このカラダ。人を超越した異形の肉体で人間社会に紛れることは決して容易ではない。仮面とスーツをまた捨ててしまえば姿形だけなら人間のフリができるだろう。だがこの肉体は気を抜けば蛇口を粉砕し、壁を破壊出来てしまうのだ。組織から抜け出して間もないころ街中でトラックを片手だけで横転させてしまうようなことをまた起こさないとは限らない。

 何より、誰にも触れられない、触れることが許されないカラダで、人間の中に紛れる苦痛に耐えられそうにないから。

 

「……そんなに思いつめる必要も、ないんじゃないかな」

 

 思い詰めたように表情をゆがませる詩乃に和人は口を開いた。

 

「誰だって先のことはわからない。……何がしたいのかさえも。俺だって、君だってそうだ。だから、まずは目先の目的だけを考えることにすればいい」

 

 苦し気に眉を顰め、和人は拳を握る。

 

「……俺はスグを探す。まだ家に帰っていないみたいで今も行方がわからない。きっと俺みたいに奴らに襲われて――」

 

 ぎりりと歯を噛み締めて、怒りの炎を燃やした。その瞳に宿る炎に、人外の詩乃ですら恐れを抱くほどに。

 

「なぁ、スグのことはやっぱり覚えていないよな? もしかしたら、君の知っている場所に捕まってるかもしれないんだ」

「…………ごめんなさい、やっぱり思(・)い(・)出(・)せ(・)な(・)い(・)わ(・)」

 

 

 ――また一つ。

 詩乃は和人に嘘をついた。

 

 

 昨夜、情報交換時のこと。ショッカーやゴルゴムといった秘密結社について。怪人のこと。そして、彼らが元は人間であるという話題の際――自分の記憶があやふやだと嘘を、ついてしまった。

 和人にはかつて自分もショッカーの怪人であったこととそこで罪を重ねたことは話したが、洗脳が解けて脱走を計ったときに重傷を負って記憶が曖昧だと事実を捻じ曲げたのだ。全ては、彼を傷つけないために。いつかはバレるとしても、今は彼の怒りを向けられないために。

 自分を信じてくれた人を裏切りたくない――それが一番の裏切りであると知りながら、なのは笑える話だろう。

 

「……そうだよな。ごめん、嫌なこと思い出させて」

「……気にしないで。妹さんが心配なのは、わかるから……」

 

 たまらず目線を反らしてバイクに意識を向ける。

 実際、直葉の行方が掴めないのは事実だ。和人から聞いた現場の状況から推測するに、恐らくは、直葉の中にいる彼(・)女(・)が撃退したのだろう。だがアリスと共に行っていた監視からも離れて久しく、そこから更に進化したであろう彼女が今どうしているのかなど、詩乃にもわからなかった。

 

 そんな時、遠くから車の音が聞こえてきた。

 二人してそちらに目を向ければ真っ黒のジープが一台。こちらへと走ってきた。

 

「おーい、詩乃ー! 和人ー!」

 

 運転席から名を呼ぶのはノミ。助手席には女の子が乗っていた。

 ノミは二人の前に停めると助手席の彼女を降ろした。

 

「紹介するよ、この娘はサチ。あのままショッカーにいても無駄だろうから連れてきたんだ」

 

 ノミに促されるまま会釈するサチに流されるように、二人もお辞儀した。

 ここにきて詩乃はサチがかつてショッカーで実験体にされていた少女であることを思い出したが、敢えて黙っておいた。かつて最後に耳にした彼女の情報によれば、サチはストーンによる怪人手術の被検体とされ見事成功したがその肉体へのショックから精神を喪失。ショッカーやかつての人体実験の日々を全て忘れ、地下牢に繋がれていたと聞いている。

 自分も彼女も、同じくショッカーに運命を翻弄された者同士。触れないのがお互いのためだと思った。

 

「サチもこれからはここで暮らしてもらおうと思う。一応、クジラには話を通してあるけど」

 

 一瞬の間を置いてノミは「それからあと――」というより早く、布地に覆われていた後部がもぞついた。そして、そこか現れたのは一人の少女――シリカだった。

 

 彼女の登場に詩乃はおもわず息を呑んだ。よく名前を呼ばなかったのだと自分を褒めてやりたいが、それよりもなぜ彼女がここにいるのかという疑問のほうが喉をついて。口を開きかけた瞬間、新たに降りてきた彼女を見た――直後、和人の前に立ち、睨んだ。

 

「アリス……!」

「お久しぶりですね詩乃。それから後ろの彼は初めまして」

 

 悪びれもせずに名を呼ぶ彼女を怒りのままに詩乃は威嚇した。彼女を前にして警戒を緩めることなどできるはずがない。自身の腹を掻っ捌き、石を埋め込んだ張本人なのだ。心なしか腹部に痛みがもどってきた。

 ただならぬ気配に全員集まってくる。詩乃は構わず初めて会った時のような青いドレスを着た――右目に眼帯をした彼女を相手に戦意をぶつける。

 

「そんなに警戒する必要はありません。今の私にはもう力はないのですから」

 

 そう言って青いドレスをはだけて、抉り痕が痛々しく残る腹部を晒した。そして、隠れた右目を眼帯越しに押さえてから。

 

「それよりも今は争っている場合ではない。このままでは日本が、世界が滅びるのですから」

 

 アリスの言葉に一同は驚愕した。和人はともかく、彼女がこんな嘘をつく女ではないことは全員知っているからこそ緊張も増した。

 

「……話だけでも、聞かせてもらおうかしら」

「構いません。元より、そのつもりなのですから」

 

 絵にすれば視線から火花は散らす感じで互いにけん制しながらも、ひとまずは詩乃とアリスの間で停戦が結ばれたのだった。

 

 

※

 

 

 明日奈に敗れ、ビルゲニアの石も失ったアリスはゴルゴム神殿地下に位置する牢獄へと繋がれた。

 かつての詩乃同様に衣服を全て剝ぎ取られた無様そのもので。鎖によって無理やりに立たされて、腕を横一文字に磔にされた格好。身を隠すことはできず、門番はいるものの、半ば出入り自由のここへと訪れる同胞に侮蔑の視線だけを向けられる日々が続いていた。

 錆びた鉄格子の扉が開いて、男が一人やってきた。かつてはアリスの部下だった者の一人だ。

 

「おら、今日の飯だ」

 

 そう言って男はアリスの眼前に置かれた皿にゼリー状のヘブンをぶちまけた――口を一切着けることなく、そのまま腐敗したゼリーの山の上へと。吐き捨てるように。

 

「囚人の分際でいい度胸してるなぁ。前からそういうところが、大っ嫌いだったんだよ」

 

 ぼさぼさと伸びたままの金髪を掴み上げ、乱雑に搾った。かつてはアリスに従っていたものでもこの男のように腹の底では不満を抱えているものは少なくなく、こうして食事や適当な理由にかこつけて、鬱憤を晴らそうとするものは少なくはいなかった。それを裏付けるように自然治癒能力が衰えたアリスの白い肌の上には無数の打撲痕が残されている。

 

「負け犬になって、メシの食い方まで忘れたか……俺が躾けてやるよ……!」

 

 男はそのまま腐ったゼリーへと彼女の顔面を押し付けた。もごもごと苦し気に悶えるその頭を更に押さえつけ、しばらくして大人しくなった頃に引き上げた。

 

「いいツラだなぁ。俺に「ごめんなさい」出来たら、今までのことはゆるしてッ――」

 

 調子づく男の顔面に腐ったヘブンを吐き捨てて、アリスは笑った。

 

「誰がお前のような下衆に頭など下げるものか。私が下手に出なければ何も出来ない雑魚のくせに」

「テ、テメェ……、あんまり調子に――「楽しい時間をありがとう。ですが、もうお別れです。永遠にね」――何を言って……!?」

 

 瞬間、男の首から血潮が吹き出して、飛沫が散る。それを顔に受けるとアリスは顔をしかめた。

 静かに倒れ込む男の背後から現れたのはクロネコの怪人――シリカ。彼女は男がアリスに夢中になっている隙に背後へと回ってその命を静かに奪い去った。

 

「遅いですよシリカ。前から話はしていたでしょう」

「え~、昨日の今日じゃないですかー。これでも準備急いだほうなんですからね」

 

 アリスは明日奈の元へと連行される寸前、ひそかにシリカ――珪子へと支持を回し既に脱出の手はずを整えていた。流石に怪人としての力を大きく奪われることになるとは予想していなかったが、命だけでもあっただけ救いだろう。

 彼女により縛めから解放され、衣服を受け取ったアリスはそれに着替えた。そして、去り際に男の懐から隠し持っていたであろう新(・)鮮(・)な(・)ヘブンを拝借した。

 痛々しく抉れた右目の上に巻いた眼帯を調整しながら牢を出ると、珪子と――ノミ怪人が待っていた。その後ろにはサチの姿もあった。

 

「……実は、ノミさんにも手伝ってもらってまして……」

 

 気まずそうに白状する彼女の傍らでノミはアリスを見つめていた。

 

「まさかあなたもここを抜け出す気ですか」

「もうこの組織にはいる必要がないからね。そして、もう改造手術はやらない」

「構いませんよ。私も、もうこれ以上怪人を増やそうだなどと思っていませんから」

 

 まるで憑き物が落ちたかのように振る舞うアリスにノミは驚いた。どうやら石を奪われた影響で暴走気味だった人格が落ち着いた様だ。

 アリスは自身の変化に固まったままのノミへ「それで、あなたの方はこれから行く宛でもあるのですか」と聞いた。

 

 こうしてアリスたちはノミに同行する形で詩乃達の元へとやってきたのだった。

 

 

※

 

 

「――それで晴れてあなたも追われる身というわけね」

「えぇ、お揃いですね。私たち」

 

 廃バス内。アリスの話を聞くために全員が集まったその車内はただでさえ閉塞感のあるのが更に息苦しささえ感じた。その中でも最も広い後部席を陣取ってアリスは全員と向かい合った。

 

「私のこれからの目的はただ一つ。創世王を保護し、あの裏切りの王子からかつてのゴルゴムを取り戻すこと」

 

 そう宣言するアリスの目が深澄へと向く。

 面識は少なくとも因縁浅からぬ二人だ。互いに嫌な緊張が張り詰める。

 

「深澄はあなたには渡さない」

 

 詩乃はその間に割って入り、視線を遮った。

 

「彼女はもう怪人同士の揉め事とは関係ない。これ以上続けるなら容赦しない」

「石を失った彼女にもう用はありませんよ。……あなたが王になってくれるのは歓迎しますが」

 

 瞬間、詩乃の拳がアリスを狙う――が、それは部分変身した彼女の籠手に防がれた。

 

「すべての力を失ったわけではありません。たとえ残滓でも、十分に戦えるくらいは残っています」

 

 そっと拳を引けばアリスのそれは静かに人の腕へと戻っていく。

 詩乃とてこれ以上は続けるつもりもなかった。今はだが。

 

「安心してください。ノミにも言いましたが、これ以上手術で怪人を増やすつもりはありませんから」

 

 「増やし方はまだ秘密ですが」と付け加える代わりに、アリスは和人を見た。

 彼の妹を利用できれば話は早いが、もはや『彼女』はアリスの手からも逸脱している。他の手を使うべきだろう。

 

「もういいわ、本題に入りましょう。それで、このままだと世界が滅びるってどういうことかしら?」

 

 詩乃はこれ以上彼女のペースに乗せられまいと話題を切り替えた。元よりこれが目的で招き入れたのだ。それが済めば叩き出すのも悪くない。

 

「ナノロボットですよ。あなたもそれは知っているでしょう」

「まさか……」

「そう、ショッカーはそれを遂に実用段階へと発展させた」

 

 アリスの言葉に詩乃は表情を曇らせた。

 ナノロボット。

 それは極小サイズのロボットを用いて次世代の改造人間を生み出すことができる最新テクノロジーであり、ショッカーの中で開発を急務として最も力を入れたプロジェクトとして進められていた。

 その力は開発当初から凄まじく一度散布してしまえば従来の改造手術の比ではないほど急速に改造人間を増やすことが可能であり、その力も既存の怪人を遥かに凌駕するほどだ。更に、シノンという成功例から得たデータを元にリジェクションさえ克服した彼らはまさに無敵の新世代と呼んでも過言ではないだろう。

 ――だが、それには一つだけ大きな欠点があった。

 それは適合者が極めて少ないという点。

 詩乃が知る時点では実験台にされた被検体はいずれも適合できずに肉体が腐敗する地獄の中で死に絶えた。そして、某国の貧しい村を対象に対外的には疫病と処理されて行われた人体実験においては一万人超の村民すべてが死亡したとの報告を耳にした。

 その後、データ検証も兼ねて捕虜にした敵怪人や組織の改造人間を対象とした実験が行われて――その成功例がチェーンソーリザードなのだろうと察してはいたが、とうとう人間を対象とする段階まで来ていたとは。

 

「――依然、人間に対して成功率が高いとはお世辞にも言えませんが他の組織を壊滅させたショッカーはいよいよ人間を選別するべく動き出したというわけです」

「……何が選別だ。そんなの、テロじゃないか」

「はい、それに適合できない人間など不要だとするのがショッカーの見解です」

 

 あまりに傲慢で身勝手な結論に和人は怒りを覚えた。この中でただ一人の純粋な人間である彼からすれば、自分たちが何気なく暮らす日常の陰にそんな悪魔が潜んでいたこと自体が衝撃なのに、それが知らぬ間に人間を滅ぼそうと暗躍していたのだ。テレビのヒーローみたいに世界をカッコよく救いたいわけではない。それでも、何もしないまま悪意に負けるよりは抗った上で生きたいと思った。

 

「……そんなことさせない。そんなの止めてみせる」

 

 動揺する仲間たちの中で次に口を開いたのは詩乃だった。彼女は手を力強く握りアリスへと視線をぶつけた。

 

「これ以上、誰一人改造人間になんかさせない。こんな辛い思いするのは、私で終わらせたい。だから――」

「――勿論協力しますよ。そんな簡単に人間を滅ぼされたら、私たち怪人も食べるものに困ってしまいますから」

 

 あくまで怪人よりの考えアリスだが、二人とも考えることは同じ。あのバカげた計画を破綻させて組織に打撃を与えること。

 

「それで、あなたはどうするつもりなのかしら。まさか、情報だけ掴んで対策がありませんなんて言わないでよ」

「まさか。ナノロボットの力は強大です。一度散布されてしまえば人間たちは瞬く間に死に絶えるでしょう。――ただし、それもある条件下のみに限られます」

 

 アリスは指を一本上げて視線を引き付けた。

 

「それは世界各地に散らばるショッカー施設にて、全てのナノロボットを同時に散布しなければならないこと」

「なるほど、日本の拠点だけでも機能停止すればご破算というわけね」

「えぇ、幸い日本支部は幹(・)部(・)の(・)ゴ(・)タ(・)ゴ(・)タ(・)の(・)せ(・)い(・)で世界で最も遅れてますから、付け入る隙はまだあります」

 

 皮肉交じりに口にするアリス。

 聞くが早いか、詩乃はすぐさま飛びだそうとした。それをアリスは制した。

 

「そんなに焦らずとも敵は逃げませんよ。予定が変わっていなければですが、肝心の散布用のナノマシンが到着するのは一週間後。そこを叩くほうが都合がいい」

 

 アリスの言葉を聞いて、代わりに動き出したのは珪子だ。

 

「彼女にはまだゴルゴム内部に戻ってもらいます。運よく逃亡者が入り乱れて混乱してますから、スパイとしてはまだ働けるはずです」

 

 バスから出る寸前、深澄の前で止まった彼女はさりげなくその手に一台のスマホを握らせた。これが誰からのメッセージであるかなど明らかで。無言で受け取った。

 

「待って……!」

 

 去っていく珪子の背を呼びとめたのは詩乃。

 

「……ごめんなさい、貴方達を傷つけるようなことになって。あの組織にはいられなかったとはいえ、こんな――」

「気にしないでください。シノンさんの気持ちはわかりますから」

 

 詩乃は罪悪感から胸が締め付けられて抑えた。仕方がなかったとはいえ、この悪夢そのものの世界にシリカ――珪子を引きずり込んだ一端は自分にもある。本来なら無理やりにでも彼女も連れていくべきだったのかもしれないとずっと考えていたのだ。

 だが、珪子から帰ってきたのは予想もしないっ答えだった。

 

「たしかにシノンさんがいなくなって寂しかったのは私も同じですけど、こうやってたくさんの人に囲まれてるのをみて安心しました。シノンさんがここで居場所を見つけたみたいに、私には今はあの組織が居場所ですから。今はいるべき場所が違うだけで」

 

 寂しげながら嬉しそうに語る珪子に詩乃は肩から力が抜けていくようだった。自分が勝手に心配していただけで彼女は驚くほど強かったのだ。それだけで負けていられない気持ちにさせられた。

 

「わかったわ。でも気を付けてね。あの組織もいつまで無事かはわからないから」

「はい。ゴルゴムが怪しくなったら、その時はお願いしますねシノンさん」

 

 こうして二人は手を取り合って、暫しの間共に笑いあっていた。

 

 

「――なあ、あんたに聞きたいことがあるんだが」

 

 そんな彼女たちの裏。談合が終わりを迎え、退出した廃バス内で、ただ二人残ったのはアリスと和人。何事かと困ったような顔をするアリスに、和人は口を開いた。

 

「俺の妹――桐ヶ谷直葉について何か知らないか?」

 

 その名を聞いた瞬間に、アリスの瞳に鋭い光が宿る。他でもない、臨戦態勢に入る時にのみ灯る戦士としての眼光だ。

 

「ショッカーにいた、そして繋がれていたキミなら何か知っているんじゃないか。もしかしてすぐ近くに監禁されているとか――」

 

 和人の問いに逡巡を挟み、暫し視線を泳がせる。どうしたものかと考えを巡らせていると、詩乃が視界に入った。

 彼のこの様子からして、真実を伝えてはいないのだろう。そうでなければ、ここまで冷静に問いただしてはこないだろうから。ならば――

 

「――知らないですね。彼女がショッカーに狙われていたのは事実ですが、私にも今の行方は分かりません」

「本当なのか、それは……?」

「嘘をつく理由がありませんから。……でも、もしかするとショッカーに敵対する組織が横取りした可能性もありえますが」

 

 未だ疑っている様子の和人にそれっぽいことを口にして場を濁した。珪子からの報告で彼女を狙ったクモ怪人が全滅したことは聞いている。となれば他の組織が捕獲することなど不可能に近く、依然一人で彷徨っていることは想像に付く。だが所在も掴めず、かといってそれを伝えて不用意に歩き回られても困るため、適当なことしか言えないのだ。

 

「……仮に、妹さんが殺されていたり怪物になっていたとして。もしその時、あなたはどうしますか」

「そんなの決まってる――俺はそいつを殺すと思う。絶対に許すことなんかできるわけないだろ……!」

 

 男にしては小柄な和人からは想像できぬほどの殺気に、背筋が震え笑いそうになった。

 近いうちに彼は真実を知るだろう。それも最も残酷な形で。その時、彼はどうするのだろう――まさか、自分の仲間が、それに加担していたという事実を前にして。

 それは避けることのできない運命だ。自分にも火の粉は飛んでくるだろうがそれが気にならぬほどにその光景が楽しみだった。

 

「――それともう一つ。あんたに相談したいことがあるんだけど」

 

 一変して、話題を切り替えてくる和人にアリスは首を傾げた。そして、彼の話を聞いてさらに未来が楽しみになったのを覚えている。

 

 

 その数日後、全ての準備を終えた詩乃と彼女に同行を決めた和人の二人はショッカーの基地のある村へと向かったのだった。

 




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