朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
それは、突然やってきた。
都会から離れた過疎地域。村の半分を田んぼが占める小さな農村に、美しくもどこか寂しさすら感じる山と川ばかりに囲まれたその村に彼らは突然乗り込んできたのだ。
「まってよー」
「あはは、つかまえてごらんー……あれ?」
少女たちが遊んでいたその横を勢いよく走り抜けたのは真っ黒のトレーラー。それも、一台じゃなくてたくさん。
付近にダムもあることから、政府の偉い人が何度か視察に来たことはあるがこんなに行列を作ってやってきたのは初めてで、まるでヘビみたいな長い列で、二人は目を丸くした。
トレーラーの中からは黒と黄色の防護服に身を包んだガスマスク達と眼鏡をかけた壮年の男が現れて、村の大人たちを集めて何かを話していたのを覚えている。
村のほぼ中心はあっという間に封鎖されてしまい、いつしか巨大な建物が出来上がっていた。
後からの情報で補足すると、やってきたのはとある製薬会社。
日本どころか世界でも名の知れたそんな大企業が何の前触れもなくだ。そして、村の土地を買い取って大きな工場を建設し、高額な給与が条件とか何とかで村の大人たちは血相を変えてそこへ働きに出かけ――一人残らず姿を消した。
そして、子供ばかりが残された村が世間から何の音沙汰もなく隔絶されるのに、そう時間はかからなかった。
※
詩乃達が目的地を目指して疾走していたちょうどその頃。とある山中――彼らの目指す場所であるショッカー基地にて。
真新しい製薬工場に見せかけて作られたそこでは、やがて海外より搬入されるナノロボットを散布するために活性化させる装置、そしてそれを元に大量生産するためのラインが整えられていた。
その装置を作らされているのはかつてこの村で暮らしていた罪なき人々。たまたまショッカーがここに拠点を決めたばかりに幽閉され、強制的に働かされていた。彼らを見張るのは黒い防護服を着た戦闘員達。そして、危険な化学薬品を取り扱うために新たに黄色の特殊防護服を着た工作員も今回は配置されていた。
「美しいとは思わないか? ゲルダムを潰して得たゲルバー薬を解析して作った強制労働ガスの威力は。一度吸えば最後、薬の魅力に取りつかれ、それ欲しさに働き続ける群衆たちは」
「そうかもね。……ボクはそう思わないけど」
工場全体を見渡せる管制室で。高そうな椅子に踏ん反り返って座るのは眼鏡をかけたスーツ姿の男――またの名をシザースジャガー。リザード同様にデストロンの一人である彼に与えられた任務こそナノロボット散布計画の遂行。その要であるこの工場を今回は視察に来ていたのだ。
その付き添いとしてきたのが木綿季であり、本来この工場を担当しているのはスパイダーである。木綿季としては出会った当初からジャガーには良い印象を抱いてはいない。人間を消耗品としか思わない態度以前に、初の純粋なナノロボットのみで生まれた自分を特別視したあからさまな選民思想が気に入らなかった。おまけに、こっちが何度ビジネスライクに徹してもしつこく接してくる感じも嫌いだった。首領の前では紳士然としているのも不快だ。
そもそも人間を無理やり働かせるため、薬を用いること自体木綿季は当初反対したのだ。逃亡防止策として数時間感覚で接種が必要な薬で縛るのは合理的ではあるが、そのせいで作業効率が次第に落ちていることに彼はまだ気づいていない様子だ。肉体は無事でも精神はそれに追いつかない。耐え切れず脱走し、人員が減り続けているのもそれを加速させているのだが、言っても聞く耳をもたない。
「外の空気を吸ってくる……」
木綿季がそう言い残して席を立つも、ジャガーは気づかない。
好都合だと木綿季も気に留めず外へと出て、少し歩いた先にあるダムで息を吸う。山から来る新鮮な空気が清々しかった――だが、ふと視線を降ろせば見えるのは自分たちのせいで荒廃した村の姿。
かつては過疎化しつつもつつましく平穏が流れていたであろうそこは、早くも荒廃が進み、子供だけ取り残された(ジャガーが価値なしと攫わなかった)村には悲しみの雰囲気が漂っているようにも思えた。
ふと、村を飛びだすべく走る子供が二人。視界に入った。どうやら外部に助けを求めようとこそこそ動いているようだが無駄なこと。万が一の人質要因として、子供には戦闘員が常に見張っている。捕まるのも時間の問題だろうと思った。
「何かあったか」
背後から声を掛けられて振り向けば、そこにはスパイダーがいた。
「別に、寂れた村だと思っただけだよ」
「なら早く仕事に戻れ、いくらあの男が気に入らないからとサボっていい理由にはならないぞ」
「わかってるさ、言われなくてもね」
そう言い残して去っていくスパイダーを木綿季も追う。
脚を止め、もう一度背後を見た。今度は少女たちではない。もうじき村の外からやってくるであろう友の姿を。
(はやく来て、ボクたちを止めてみてよ。シノン……)
スパイダーたちに報告などしていないが、既に明日奈から詩乃達にここの所在と計画が漏れていることは知らされている。
その時こそ勝負だと、木綿季は思った。
ショッカーが正しいかどうかは問題ではない。これは自分たち二人の戦いだ。誰にも邪魔などさせるつもりはない。
木綿季は静かに闘志を燃やし、友の到着を静かに待ちわびた。
※
やがて辿り着いた山の中腹。『この先立入禁止』の立て看板が不自然にも置かれ、その先の道路も無数のバリケードによって塞がれていた。
「行き止まりか……ほかに道もなさそうだし、やっぱり無理やりに――」
「――待って」
「……えっ」
強引に突破しようとする和人を制し、詩乃は目を凝らす。
常人には見えないであろう痕跡。どう見ても舗装されたばかりのアスファルトでも、人間を超えた自分にだけは――お仲間である改造人間たちだけにわかる。無数の罠が仕掛けられていることに。
「……この先、地雷が仕掛けられてる。1バリケード間だけでも100から200個は軽く埋まってる。もっと多いだろうけど」
「何っ……!?」
彼女に言われ、目を凝らしてみるが当たり前のように見つけられない。だが彼女が言うのならば事実なのだろう。
「でもそんなに埋めたら、奴らだって出られないだろ?」
「多分遠隔で止められる装置が仕込まれているか空を使うかね。でもそのどちらも待つ時間はない」
周囲を見渡して、他に道を探して見えたのは道路の上に続く山。決して道とは呼べないだろうが、使えるのはもうあそこしかない。
「掴まってて」
「……はい? ――って、うわぁぁぁぁぁ!」
和人の返事も聞かずに襟首を掴み、跳躍。危なげなく着地すれば狙い通り荒れ果てながらも奥へと続く林道が覗いた。
脳波でバイクを操作して、いつでも呼び出せるように自動操縦へと変える。マシン単体ならば地雷があろうが駆け抜けることなど造作もないだろうから、待機状態にして隠しておく。
「それじゃあ行きましょうか。置いていくわよ」
「あっ。おい、待ってくれ!」
先の大ジャンプの緊張も冷めぬままの和人を置いて、詩乃はそそくさと奥へ進んでいく。
彼女に置いて行かれぬようにその背を追うことしかできなかった。
※
荒れた山道を懸命に走って、少女――るりは背後から迫る陰から逃げ続けた。
どこまでも追ってくるガスマスク達を相手に、子供にはきつい道のりを二人だけでひたすら。
「あっ!」
るりが手を引いて後ろを走っていた少女――あすかが転んだ。自分だけで助けを呼ぶために置いていくことも考えたが、どうしてもついていくと聞かない妹分を仕方なく同行させたものの、やはり一緒に逃げるのは厳しかった。
「あすかちゃん、泣かないで。立って!」
今にも泣きだしそうなあすかをなだめ、るりは後ろを見つめた。いまこの瞬間にも距離を詰めてくるガスマスク達を前に猶予はあまりない。
「走るよ!」
仕方なくあすかを抱えてるりは走った。さっきよりも速度は落ちたが、それでも追いつかれまいと懸命に駆け出した。捕まれば終わりだ。それだけで力が湧いてきた。
その背中を、木の上から見下ろすの異形の影――スパイダー。
戦闘員から逃亡者の情報を得てやってきたが子供とまでは聞いていなかった。先日まで続いていた組織間の抗争の影響で戦闘員の質も下がったのは耳にしたが、まさか子供二人捕まえられない体たらくだとは思いもしない。
半ば呆れつつも状況を観察し、少女二人が崖際に近づいたほんの一瞬のうちに飛び込み、視線が向くよりも早くその背中を突き飛ばした。子供相手に怪人としての糸や毒針を使うつもりなどなかった。
「きゃあああああ!」
悲鳴を上げ、真っ逆さまに落ちていく子供を一瞥することなくスパイダーは背を向けた。任務とは言え、子供を殺すのは気分がよくない。
「排除完了。我々の姿を見たものは死あるのみ。ただちに帰還する」
逃亡を機械的に処理したスパイダーはすぐさま現場を後にした。意識は既に戦闘員たちの再教育へと向いていた。
※
「…………っ!」
ざっと音を鳴らし、詩乃は立ち止まった。
「どうしたんだ……?」
突然動かなくなった彼女の背に声を掛けるが反応がない。
「……詩乃?」
悪いとは思いながらも肩に触れた瞬間――彼女は一目散に駆け出した。
「あっ、お、おい!」
突然のことに戸惑う和人を尻目に詩乃は走った。
限りなく小さくて微かな、森の静寂にさえ掻き消されてしまいそうなほど細い声。この強化聴覚がなければ聞き漏らしていたであろう音だったが、確かに感じたあれは――紛れもなく悲鳴だ。
木々を素早く抜ければ視線の先に、崖の上から落ちていく少女の影を二つ、はっきりと捉えた。
脳に判断を迫るより早く、身体が動いていた。
少女目掛けて大きく飛び上がり、この身に刻まれたネコの力を解き放てば瞬時に染まり始める髪と瞳。怪人の本能が漲って全身の神経が覚醒、直後、胸にかけているペンダントが意思に反応して――変身。
眩い光の中、全身がスーツに覆われて仮面は自動装着。腹部の石がひとりでに輝き脈動する。全身に溢れる力に任せてさらに加速していく。自由のきかない空中でも器用な身体裁きで滑空。そして、少女たちに辿り着きその身体を抱いた――その時には地面はもう目前だったが、シノンの脳裏に焦りは僅かもない。
仮面の奥で目を見開いて。僅かな狂いもミスもなく。軽やかなステップで着地に成功。タイミングにわずかなズレもなく反動を完全に殺した。
我ながら今の神業を褒めてやりたかったが敵地のど真ん中で気を抜くほど甘くはない。
「……ん、んっっ」
シノンの腕の中、少女――るりが目を開けた。
何が起こったのかとわからない様子で、きょろきょろと首を回してから。やがて、自分が黒い腕に抱えられていることに気づき、見上げた。少女の視線とシノンの無機質な複眼がぶつかって――
「――ひっ! お化け……!?」
――少女は、小さく悲鳴を上げた。そして、そのまま意識をまた手放してしまった。
シノンは気絶した少女たちを降ろしてしばらく無言のまま見下ろしていた。
(お化け、ね……)
この娘の言うことは間違っていない。何も知らぬ人から見れば自分は醜い怪物だ。こんな体になっていなければ自分でさえ同じ感想を抱くであろう。
この少女に何があったのかはまだわからないが、恐らくはショッカーの被害者だ。そして怪人の姿も目撃していることだろう。
この子たちの日常を奪い去った憎きその怪人と自分は、何ら違わない。
出自から存在意義まで、同じ。人殺しの生物兵器なのだ。どんなに否定しても決して拭えない、血塗られたルーツ。そこから逃げることなどは叶わない。
「おーい!」
遠くから和人の声がした。どうやらこちらを追ってきたのだろう。
素早く変身を解いて人間へと戻った。
「全く飛んだり降りたり、忙しい奴だな君は……って、えぇ! なんで子供が」
「崖から落ちてきた。きっとショッカーの被害者だから、一先ずは安全なところに行かないと……」
突然走り出した詩乃を追ってここまでなんとかやってきたが、まさか子供を連れているとは思わなかった。しかも二人も。
詩乃は和人と協力して少女たちを担いだが、同時に安全地帯まで離脱は不可能だと理解した。元より飛び降りたことで以前の道に戻るのは難しく、そして、木々の隙間から突き刺さる戦闘員たちの視線を痛いほどに浴びて、既に囲まれていることを悟った。
孤立無援どころか、守る対象が増えたこの状況。ナノロボットの到着も刻一刻と迫る中で、厳しい戦いを覚悟せざるをえなかった。
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