朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
「はい、どうぞ」
「「ありがとー」」
和人は二人の女の子――るりとあすかに持参していた食料を与えれば二人はそれを嬉々として受け取った。聞けば何日もまともな食事をしていなかったらしく、はじめは警戒されたが何とかなだめて温かい食事を提供すれば次第に信じてくれるようになった。
「それで、君たちの村にその……変な工場が建ってから、大人たちがいなくなったのか?」
「うんー」
「わたしたちのパパとママもいなくなっちゃったのー」
二人を聞くかぎり、その村にやってきたのはショッカーでるりたちの家族は彼らによって強制労働させられていることは間違いなかった。
「なあ二人とも、今からお兄ちゃんたちをその工場まで案内してもらえるかな? 本当なら安全なところまで連れて行ってあげたいけど――」
和人の視線が向かう先。少し上に位置する高台で遠方を監視する詩乃がそこにはいた。彼女の言葉が正しければ――というより間違いないと信じているが、自分たちは既にショッカーに包囲されている。
食事も睡眠も必要としない詩乃がやるべきことは休息ではなく敵の監視。恐らくすぐそばでこちらを伺っているであろう戦闘員たちへの警戒だった。念のため弓矢だけは取り出して、周りを見渡す視線に闘志だけを燃え上がらせていた。
「おーい、そんなところにいないで一緒に飯でもどうだー。皆で囲んだほうが楽しいからさー」
「……結構よ。それより、そっちは何か聞けたのかしら」
「いいや、まだだ。でもそんなに警戒する必要もないんじゃないかな。ほら、この子たちも怖がってる」
和人が気を使ったのも詩乃のためもあるが、同時に二人の少女のためでもあった。
るり達を助けて以降。明らかに彼女の様子は目に見えておかしく、そして険しいものへと変わった。自身に地獄を味合わせ、その新たな被害者を見せつけられてしまった以上それは無理もないことだと思う。先ほどの大ジャンプでも思い知ったが、彼女にしかわからない嫌な気配に苦しめられてせいもあるのだろう。だがその殺気だった雰囲気のせいで、幼き子供たちまで不安にさせてしまっているのだ。
このままではマズいと気分転換と息抜きを兼ねて食事に誘ったが断わられてしまった。
どうしたものかと頭を抱えた時、詩乃の元へとあすかが駆け寄った。
「おねえーちゃん元気だして! これ、あげる!」
浮かない顔ばかりしていた詩乃を見かねてかあすかが差し出したのは一輪の花。白くて小さなそれを見て、ふと我に返った。
この中で一番不安で心細い思いをしているのは自分ではない。この子なのだと。まだ二桁にもいかない歳で親と理不尽にも引きはがされ命すら奪われかけたばかりでも、それでも負けないと泣くのを堪え、こうして他人を気遣おうとするあすか。逞しく懸命なその姿が、胸を痛いほどに打った。
少しだけ、怯えに似た緊張が、ほぐれたような気がした。
「……ありがとう。本当に貰ってもいいの?」
詩乃は少女の目線に合わせて屈んで、優しく微笑んだ。
お世辞でなく心から綺麗な花だと思ったから、受け取っていいものか戸惑ってしまった。だけども、もう一度強くうなずくあすかに、詩乃は手を伸ばしていく――
「――――あ」
――そして、花はあっけなく折れてしまう。
ほんの一瞬。されど花を掴むには十分なあいだ、忘れていた。自分の身体は花を持つことさえ難しいのだということを。
「……っ!? ご、ごめんなさいっ……!」
泣きだしそうになったあすかを宥めようと慌ててその腕を抱くも――また凝りもせずに、過ちを犯してしまった。
「痛い!」
「あっ……!」
咄嗟に掴んだせいであすかの腕を強く締め付けてしまい、彼女はその力に溜まらず叫んだ。すぐに外すも袖越しにもわかるくらい腕には赤い痕が浮かんでいて、大泣きするあすかに詩乃は立ち尽くすしかなかった。
「あすかちゃん!」
「大丈夫か? ……ごめんな、このお姉ちゃん加減が下手くそなんだ」
異変を察してか二人が駆け寄ってくる。痛む箇所や頭をるりが撫で、和人があやせば涙ぐみながらも次第に落ち着きを取り戻していって。同じく我に返った詩乃も再度あすかに近づいた。
「ほ、本当にごめんなさい。痛かったで――」
また伸ばした手が、今度は直前で遠ざかっていく。思わず見上げれば、そこには怯えた顔のあすかがいた。
もう、限界だった。
「おい、どこに行くんだ」
和人が呼び止めるのも無視して、詩乃は森の奥へと消えていった。
――
――――
あてもなくひたすらに進んで森の中。小さな水辺が覗いて、詩乃はそこに膝をつき顔を洗った。
何度も水を浴びて、胸中に渦巻く黒い感情をかき消すようにひたすらに叩きつけた。怒りを、悲しみを打ちつけるみたいに。
静かに波紋を広げる水面。そこに映るのは自分の素顔。仮面などつけていない詩乃本来の顔だ。そしてその下の格好も派手な特殊スーツなどではなくて、年相応の動きやすさを重視した普通の少女らしい服装。
この姿なら街中だろうがどこでも紛れ込め、誰の目も引かないだろう――だがこの肌の下、その中身は人からはかけ離れている。骨は金属で臓器は機械仕掛け、肉や肌も得体の知れない素材で出来た人工物で、元の人間としての部分は脳と僅か一部くらいだろう。
こんな身体で人前に立つことはとっくに諦めていたが、改めて思い知らされた。自分はもう子供をあやすことも小さな花一つ掴むことができないのだと。
腹部が疼き抑えた。時折、アリスによって切り開かれた傷と共に移植されたあの石が痛むのだ。改造人間の回復力をもってしても決して言えることのない疼き、それはこうして何か悩んだり迷ったときに必ず襲ってくる。
この痛みから解放される術は既に知っている。アリスから聞き出した簡単な手段ではあるが、だがそれだけは――
「――いい加減に出てきたらどう、木綿季」
詩乃が名を呼べば、水辺のすぐそば。生い茂った草木が揺れて、その陰から木綿季が姿を見せた。
「いつから気づいてたの、ボクがいること?」
「最初からよ。あの子達を助けた時、あなたも飛ぼうとしてたでしょ」
詩乃の言葉通り、るり達がスパイダーの手にかかった瞬間に木綿季も実はその場にいた。そして、二人を助けるべく動いてはいたのだ。
だが、仲間に悟られぬように動きを躊躇ったその間に、詩乃の方が早く飛びついたために監視へと切り替えていた。
「そっか。なら、ボクが何をしにきたのかはもうわかってるよね」
「……えぇ、憂さ晴らしにはちょうどいい」
苛立ちをぶつけられるのなら木綿季だろうが他の怪人だろうが関係ない。
「前のボクと一緒にしないでほしいな。今のボクは誰よりも強い」
風が吹き抜けて木々を揺らすその一瞬で木綿季の姿は変わった。
アリスよりは軽装ながら強化スーツよりも硬質な鎧を纏い、素顔をそのままに黒曜石の剣を構えるユウキ。一見すれば肌の露出もあって見方によっては弱体化したようにも思えるが、力強く漲る闘志、彼女の身体を包むオーラはかつての何倍も強烈なものに変化していた。彼女の変化、そして別人なまでの殺気の増大。恐らくは、アリスから摘出されたビルゲニアの力を受け継いだのだろう。全ては戦うために。
こうしている間にも距離を素早く詰めてきたユウキの剣は空を切り裂き迫ってくる。瞬間――強化スーツの装着があと一瞬遅れていたら腕などあっさり切り落とされていたであろう鋭利なそれを腕で受け止め、ユウキの真紅の瞳と物言わぬ蒼い複眼がぶつかる。
ぎちぎちと音を軋ませながら、二人の異形の戦いは幕を開けた。
※
詩乃が森の中へと姿を消した。ただ今回は追うにも少女たちを置いていくわけにはいかず、かといって連れ歩くにはあすかと詩乃を引き合わせるのも気まずくて、結局は彼女が落ち着いて戻ってくるまで待つことにした。
食事を終えて、少し安心したのか談笑する二人の傍らで、和人はキーボードを叩いていた。
アリスの伝手でシリカへと頼んで密かに持ち出してもらったショッカーの高性能ノートパソコン。どこであろうと性能を発揮できるそれを最大限活用して、リュックの中に入ったままの”それ”と繋いでコードを打ち込む。だが――
(ショッカーの技術って凄いんだな。見ていて吐きそうだ)
和人は頭が痛くなってきて抑えた。世界転覆のために暗躍し、人間を兵器へと造り替えるほどのテクノロジーを誇る組織だ。現代科学など比べ物にならないことは覚悟していたが、まさかここまでとは。
持参していたノートにはノミから参考のためのメモを書き、”それ”についても大まかな設計と組立はアリスと深澄により完成しているが、最終調整だけは自分でやると宣言してしまったためにやるしかない。最も、求められるスキルの高度さに若干後悔しつつあったのだが。それでも――さっき詩乃がみせたあの表情。少女と触れ合うことすらできない哀しみを見せられては、自然とやる気も戻ってきた。
(よし、やるか)
”それ”を完成させることができれば、詩乃の苦しみを少しでも減らすことができる。彼女には助けられてばかりだから、少しでも返したかった。
「……ん?」
その頭上。何かの影が横切ったような気がした。怪人の彼らならあの一瞬でもそれが何だったのか判別できるのだろうが、あいにく和人は人間だ。でも今回は、嫌な胸騒ぎに襲われていた。
あれから反れていなければだが、あの方角は詩乃が消えた方向と一致している。もしや……と、嫌な汗が伝う。ちらりとるり達を見つめて、暫し逡巡してから、和人もまた、覚悟を決めるしかなかった。
※
川を越え、森を抜けて、山に場所を移してもなお二人の戦いは終わることなどなかった。
言葉通り、ユウキの力はかつての彼女とは比べ物にならず、感情任せに戦いに臨んだシノンは早々にその考えを改めた。ナイフを逆手持ちにして剣を受け止める。その重い剣圧に負けじと押し返し、空中一回転。その間に弓へと合体させて素早く連射するも当然全て弾かれた。ならばと、距離を開くべく後ろに飛んで力強く弦を引いた――途端に、腹部の痛みが疼いて、矢はユウキの――すれすれを飛んでいった。
「どうしたの、腕が落ちたんじゃない?」
――軽口を叩きユウキはシノンを挑発する。
戦えば戦うほどに漲って体に馴染んでいくこの力に任せ、解き放つ。背中から翼が生え、脚が地を離れていく。驚愕の色を浮かべるシノンを見下ろして、ユウキは加減なく加速した。
一閃。怪人の中でも驚異的な動体視力を誇るシノンでも躱せぬほどの速度で、鮮やかに振りぬかれた刃は強化スーツごと腕を斬り、鮮血を散らした。
「くぅっ……!」
悶絶するシノンに休息は許されない。ユウキの切っ先は続けさまに強化プロテクターを抉り、脚を傷つけた。人間なら痛みで即死であろう攻撃を前に意識が途絶えそうになる。
勿論、そんなことを許すユウキではない。崩れ行くシノンへとその後も刃を何度も浴びせて、計十一。最後の一振りを肩から一直線に火花を散らしてシノンの身体はよろめいた。
「ぐっ、うぅぅぅ……」
ふらふらと膝をつき、シノンは痛む肩を抑えた。自己修復は既に始まっている。だが、まるで追いつかないのだ。切り裂かれた傷からは絶え間なく血があふれ、痛々しく開いている。出血のせいか、次第に視界が霞んで息が上がる。手足も感覚がなくなって、震えもはじまった。
「ボクの勝ちだね」
ユウキは血が滴る剣を振り、勝利を確信する。背を向け、かつて敗れた相手に勝利を収めた余韻を噛み締めていた。
(負けて、たまるもんですか……)
ユウキが背を向けた隙を逃すわけにはいかなかった。
シノンは残る力のすべてを振り絞り、懸命に弓を構え、矢を引いた。血は額からも流れていて鮮血で染まった視界を必死に凝らして振り絞る――同時に、腹部の石が激しく輝き呻りを上げた。それはシノンの意識に関わらず全身に力を巡らせて、活力が蘇って視界がクリアになる。腹から腕へと流れたエネルギーが弓矢を伝い、矢じりへと溜まっていく。
蒼い煌めきが満ちて最高潮に達した瞬間、ユウキ目掛けて撃ち込んだ。
「…………っ!?」
背後から放たれようとしていたそれに、ユウキは気づいていた。だが、突如として感じた強いエネルギーの波動に気を取られた隙に打ち込まれたそれに対処するには遅すぎた。従来の矢なら剣で防げたものの、未知の力により強化されていたそれは刃よりも早く突っ込んで腹部を貫いた。
ユウキはたまらず腹部を抑え、吐血した。矢は既に抜けてはいるが、帯びていた力のせいか、痺れに似たなにかが未だに腹部を蝕んで全身を巡っている。
膝をつくユウキの前で、シノンもまた耐え切れず血を吐きだした。仮面の隙間から血が飛び散って、地面を濡らす。苦しみから仮面を脱げば、同じく痛みを堪えるユウキと目が合って、睨みあった。
石の力のおかげか傷もいくらか修復されて立ち上がれるようになった。ユウキを見るにお互いまだまだ物足りない。勝っても負けても、ここで決着をつけるつもりなのは同意だった。
――立ち上がり、再度武器を構えたその上空から何やら音がした。
「詩乃、よけろ!」
突如現れた和人が叫ぶのと同時に、対決する二人の間目掛けて飛来する”ナニカ”から、同時に飛び避けた。
粉塵を上げ、盛大に着地した乱入者。
煙に覆われた姿を見せぬ相手へと刃を向けて牽制する二人。
そして、それを振り払うかのように敵の刃が土煙を飛ばした。
「ねぇ、私もまぜてよ」
シノンたちに刀の切っ先を向けたのは少女。ポニーテールに束ねた金色の髪を後ろに流し、緑色のドレスを着た彼女は楽し気に笑っていた。その姿を前に、二人の間に緊張が走る。
「あれは一体誰なんだ……」
ただ一人、上空を飛んでいた少女を追って、詩乃の元へとたどり着いた和人だけは、状況を飲み込めずにいた。激しく出血している詩乃と対峙する同じく重症の少女を見るに二人が戦っていたのであろうことは察しがつく。だが、新たなる乱入者だけはまるで分らなかった。外見だけ見れば紫色の髪をした少女と似通った部分も多い。だがその少女とも対立している様子の金髪の彼女は一体何者なのか。だが――
(あの顔……どこかで見覚えが……)
和人の知り合いにあんな髪色をした女性はいない。少女の顔立ちも日本人離れした、まるでおとぎ話の妖精みたいな美貌をしているがそれでも――あの眼付き、そして刀を構える姿に、どこか既視感を覚えた。
和人の疑いなど無視して、金髪の少女は全員を順に見渡して。ユウキ、和人、そしてシノンへと視線が揺れ踊り狙いを定めた。舌先でなめずりして切っ先を振り上げた。
決闘を邪魔されたなどといってられなくて、シノンは近づいてくる少女へと意識を切り替えた。
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