朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
詩乃達がショッカー基地目指して駆け出したその頃。街のとある路地裏で。
「ひぃぃぃ、助けてぇー!」
助けを求め、必死に逃げ惑う青年が一人。全身を血で汚し、それでも生きようと懸命に足掻く。――だがその前に、青年の頭上を飛び越えて立ちはだかったのは異形。蝶にも似た羽をはためかせ、ゆっくりと歩み寄る。
「やめろっ、くるなっ、くるなぁぁぁ!」
腕を振り、決死に遠ざけようとするも蝶の怪物には効かなくて、じりじりと後退して壁に背がついた所を腹に食いつかれた。
悲鳴を上げて悶える青年。腹の皮膚を肉を噛まれて、内臓に牙が届く寸前――異形の首を一振りの刃物が切り裂いた。
首筋から飛沫を上げて沈黙する怪物。動かなくなってそのままヘドロのように溶けて、跡形もなく消え去った。
「えっ…………」
青年は突然のことに唖然とする。恐怖の引かない身体を抑え、助かったことを飲み込めずにいた。そして、そんな青年を少女は見下ろして舌を躍らせた。
「あ、あの……ありがと――」
やがて落ち着いて助けてくれた礼を言おうと、口を開いた途端、その中に刃が押し込まれた。
「どういたしまして、お礼に、あなたの魂をいただくから」
青年の返事など効かず、少女は喉奥へと一気に刃を突き立てその命を絶った。同時に、炎のように揺らめいて剣へと吸い込まれて消えていく。剣から柄へと、少女の全身へとエネルギー体は流れて吸収されていく。
「ごめんなさい、横取りしちゃった?」
「まぁね、せっかく私が狙ってた”アマゾン”を横取りしてくれちゃって」
少女が背に向けて声を掛ければ、一部始終を建物の影から見ていた傍観者――名を篠崎里香という――は姿を現した。獲物を横取りされたせいかその顔は不機嫌な様子だ。
「あ、こっちだったの? あなたもあの人狙いだと思ってたのに……あなたの気配、そのアマゾンと似ていたから」
「……私は人は食べない。でもアマゾンは殺す」
「可哀想~、あのコカワイイのにー」
くすくすと笑う少女を前に、里香の心は不快感を増していく。目の前に立つこの女はあの生物の危険性を理解しているのだろうか。怒りもこみ上げてくるが、今はそれを抑えた。
「……ところであなたは何者なのかしら? どうみても人じゃないみたいだけど」
明らかに人でも”自分と同じく”アマゾンでもない少女は何者なのだろうか。異形仲間でもある明日奈から怪人の存在は聞いているがどうにもそのイメージとも合致しないのだから。
「知らない。勝手に作られたんだから、自分が何者かなんて知らないし興味もないから。それよりも、次はあなたが遊んでよ。食後の運動ついでに」
少女は里香にも剣を向け、戦いを求めてくる。
里香は極力誰とも争いたくないからこそ、巷で起こっている怪物同士の抗争にも不関与を貫いている。そしておそらくだが、この少女と自分とでは明らかに向こうの方が強いであろう。だからこそ、このまま引き下がりたいのだが、彼女が逃がしてくれそうな気配はまるでなくて、仕方なく応戦すべく背負っていた鞄に手を掛けた。――その時、少女の動きも止まった。
少女は自らの腹部に手を当てて、仄かに輝きを放つそこを静かに撫でた。腹の中――奥深くに埋め込まれた石が脈動し、体中に何かのビジョンを伝達させた。まるで何かに呼応するかのように全身がぞくぞくと震え、神経が研ぎ澄まされている。本能的な危険を知らせているかのように。
脳裏に浮かぶのは誰かの記憶。見覚えのないはずの山中で紫色の長い髪をした少女に襲撃されている一部始終。明らかに自分の記憶ではないがやけにリアルで、鮮明で。まるで、石が『そこへ向かえ』と導いているように感じた。
こうしてはいられず、少女は戦闘態勢を整える里香を前に背中に羽根を広げると上空へと浮かんでいった。唖然として、空を見上げるしかない里香を見下ろし、少女は叫んだ。
「悪いけど、あなたの相手をしてる余裕はなくなったから。……その代わり、一つだけ教えてあげる」
少女はくすりと笑うと、得意げに口を開いた。
「私の名前はリーファ。覚えておいてね、近いうちに私はあなた達の前にまた現れる。今よりもっと完全な姿になってね」
それだけを言い残して、少女――リーファは空の彼方へと消えていった。
「あなた達って、あたし関わるつもりないんだけど……」
困り気に頭を抑える里香。その背後には新たな敵が迫りつつあった。
「……もう、休む暇がないわね」
”元は自分から生まれた存在”であり、自分だけで終らせるべき問題とはいえ流石にこうも引っ切り無しでは疲れてくる。そんな泣き言を察してくれるわけもなく間合いを詰めてくる異形達を相手に、使い古したベルトを装着して覚悟を決めた。
※
リーファの剣がシノンへと向かう。
音よりも早いそれを弓で受け止めるも、彼女は余裕を崩すことなくぶつけたままの刃に体重をかけ、押してくる。
「ぐっ……」
ユウキとの死闘から続くダメージが響く。手足には力が満足に張らず、たまらず負けそうになる。未だ宙に浮かんだままで余裕に満ちたリーファの攻撃を受けるのは今のシノンには荷が重かった。
「負けるなっ……!」
そんな自分見かねてか、和人が背中を押してきた。人間の彼の後押しなど、正直なんの足しにもならない。けれども、ここで自分が押し負ければ彼が傷つく。それだけは絶対にダメだ。
「邪魔」
そんな思いなど露知らず、リーファの力は更に増していき、彼女の刀身が緑に輝くと同時に弓矢はあっけなく切断された。踏ん張ってもその分の反動だけはどうしようもなくて、後ろに飛ばされていく二人。彼だけは守ろうと、吹き飛ぶ間にシノンは和人に被さり土の上を転がった。
「これで終わりよ!」
地に伏してがら空きの背中に再度リーファの攻撃が向かう。何の障壁もなく直進する切っ先――それをギリギリで受け止めたのは、黒曜石の剣。
「…………?」
「……邪魔しないでよ、これはボクたちの戦いなんだ」
睨みを利かせてユウキはリーファと対峙した。噂には聞いていた存在である彼女。その力もクモ怪人を返り討ちにしたのも頷けるほどで、このままでは押されると察して、宙を蹴り上げて後退させた。
「ユウキ……」
「いつまでも仮面なんかに頼るから負けるんだよ。これからは素顔で戦う時代だよ」
ユウキは地面に転がるネコの仮面を拾って、後ろを見ることなくシノンへと投げ渡す。その間にも立ち上がったリーファへと向かい合う。
「せっかくあなたのお手伝いしようと思ったのに、残念」
「悪いけど余計なお世話だよ。これ以上邪魔を続けるのなら、こっちも容赦はしないよ」
この脅しで引くとは到底思っていないが、シノン同様にユウキのダメージも甚大だ。これ以上長引くのは望ましくない。
だがやはり、ここで引いてくれるほどリーファは優しくない。刀を握りしめて敵意を露わにする姿を見て、戦いは避けられないのだと悟り、ユウキも剣を構えた。
土を鳴らし、リーファは宙へと身を投げる。今度はユウキに狙いを定めて弾丸みたいに飛び込んでから刃を交える。互いの剣が弾けて火花が散った。ぎりぎりと擦れ合って滑り、宙を斬る。間髪入れずに再度ぶつけ合い、叩きつければ衝撃が波紋みたいに広がった。
「キミも中々やるね。見くびってたよ」
「あなた、結構強いのね。だったら、これはどうかしら」
リーファが力を込めれば背中から羽根が広がって、それを大きく羽ばたかせて頭上へと躍り出た。そして、彼女を追うようにユウキの背中からも似た羽根が生えて彼女の身体を浮かせた。これには、さすがのリーファも驚いた。
「……へぇ、あなたも飛べたんだ」
「別にキミだけの特権というわけじゃないからね。さぁ、どうする。空ならボクに勝てると思ってこっちに来たんでしょ」
「それとも怖気づいた?」と挑発するユウキのにリーファは。
「……まさか、ここからが楽しいんでしょ」
リーファは不敵に笑った次の瞬間。二人はまたぶつかり合う。空中を旋回し、弧を描くようにして飛びまわり、熾烈を極めていく。
飛行手段を持たない和人はこれを見上げることしかできなかった。だがその横、暫し休息を挟んだシノンは仮面を被り、複眼を灯した。
「行ってくる……」
そう言って駆け出していくシノン。今は彼女を動かすのは苛立ちではない。ユウキと共に敵を倒すという一心。それだけだった。
ユウキとリーファが衝突し、地面へと急降下する。戦いは何も空ばかりで続ければいいものではない。状況に応じて戦場を切り替え優位に進めることが求められる。
地を鳴らし、着地したリーファは先に降りていたユウキへと瞬時に仕掛けた。彼女は決して油断していたわけではないだろう。むしろこちらを迎え撃つための態勢を整えているのだろうが、それごと打破してやろうと勇んだ。――その陰から。
「はぁぁっ……!」
飛びだしてきたシノンの攻撃を素早く受け止めて――その隙を狙ったユウキの剣を躱す。
一旦飛んで距離を取るも、させないとばかりに飛んでくる矢に体勢を崩され、滑るように間を抜けてきたユウキに押される。そこをシノンが、ユウキが、見事な連携でリーファを追い込んでいく。
示し合わせる隙など、なかったはずだ。
だが一切の無駄がない完ぺきなコンビネーションは敵ながら見事で、リーファは劣勢になっていった。
ユウキが刃を振ってリーファの刀を弾く。上体が揺らいだ所をすかさずシノンの矢が射貫く。
「くっ……!」
リーファはたまらず刀を投げ、腕で庇う。矢は全て貫通したが、なんとか身体には刺さらず食い止められた。――が、毒でも塗られたか痺れが走る。
「とっても貴重な毒矢よ。味わって噛み締めなさい」
軽口を叩くシノンの横にユウキが立つ。既に道を違えた二人だが共通の敵を前にしては話は別。かつては共に戦場を駆け抜け、数多くの怪人を葬ってきた戦友同士。その時より強く、逞しく成長した今この瞬間に、肩を並べて戦う二人に敵はいなかった。
「負ける……もんかっ……!」
だがリーファは、それでも諦めない。
力強く地を鳴らし、腕から矢を乱暴に引き抜いた。血を吹き、肉を散らしても尚、刀だけは握っていた。
あまりの痛々しさに、シノン達が目を背けそうになった瞬間、リーファの姿に異変が起きた。
土を踏んでいた右足が微かな光を放ち始めたのだ。それはまるで地面の力を取り込むように蠢き、リーファの脚を通して流れていく。そして、呼応するかのように彼女の身体が癒され、二人がかりで付けた傷も一瞬にして塞がってしまった。
「冗談でしょ……」
「何だよ、あれ……」
目の前で起こった事態に視界が真っ暗になりそうになる。
回復力に優れた怪人も二人が戦ってきた相手の中にはいたが、今のはその比ではなかった。まるで何事もなかったように振る舞い不気味に嗤う敵を前に、かつてない緊張感が走る。
「さぁ、まだまだ楽しみましょう」
じわじわと詰め寄ってくるリーファに、シノン達は下がるしかない。どうすれば彼女を倒せるのか。まるで分らなかった。
「おい化けもの! これ以上戦うなら俺も相手になるぞ!」
窮地に立つ二人の前に和人が飛びだす。錯乱したわけではない、苦戦する少女たちを目にして、いてもたってもいられなくなったのだ。逆立ちしても勝てないだろう、殺されるのがオチだとしても、二人が脱する突破口にでもなれればと、震える脚に鞭打って棒切れを構えた。
突如として割って入った男を前にしてもリーファは止まらない。それどころか、目を閉ざし懸命に震えを堪えている彼を見て、望み通りにしてやろうと足を踏み込んだ先――頭が、激しく揺れた。
「……ぐっ、うぅっ、うっ、やめっ、ろぉ……!」
それはやがて大きな痛みと変わり、リーファの意思を無視して、腕が動いて、刀を投げ捨てた。膝をつき、激しく息を切らしながら。
「……はぁはぁ、目覚めたのね。……まぁいいわ。また今度遊びましょう……」
苦し気に後退するとリーファはそのままどこかへと飛んで行った。
脅威が去って、緊張が解けていく。残されたシノンは限界を迎え、脚から倒れた。
「……っ、おい、詩乃! しっかり」
変身が解け、肩で息をする彼女に背を向け、木綿季も静かに立ち去っていく。これ以上の戦闘続行は彼女といえど不可能だった。どうせ近いうちにまたぶつかり合う。その時こそ決着をつければいいのだから。
「おい、おい! しっかりしろ!」
呼びかける和人の声がどこか遠くに聞こえて、去っていく木綿季の背中がぼやけて、詩乃は意識を手放した。
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