朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
おねえちゃんが、あいつらにおそわれた。
きっと、わたしのせいだ。
和人が詩乃を連れ帰ってくるまで、言いつけ通り物陰に隠れていたるりとあすか。だが、戻ってきた二人を見るなり、すぐに駆け寄った。
飛び出したのも無理はない。詩乃の姿は酷く傷だらけで意識すらなかったのだから。血は止まる様子は無くて顔面も蒼白。息はあるけど、彼女が改造人間であることを知らない二人には今にも死にそうでたまらなく不安だった。
村にやってきたよく分からない組織に親と引き離された二人。やっとのことで抜け出して、死にかけた所を親切にも助けてくれた優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんな和人と詩乃。
無理しているようにも見えるけど、なんとか頑張って明るく努めてくれてる和人と距離は感じるけど優しさは凄く伝わってくる詩乃に二人は心を開いていた。
けれども、思わず強い力を出した詩乃に驚いてしまったから、それで彼女はどこかに行ってしまった。戻ってきたら謝ろうとは思っていたけど、まさかあんなに傷だらけで帰ってくるなんて思ってなかったから。
自分が拒絶しなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。
和人が詩乃を診ている隙にあすかは飛び出していった。自分が何の役にも立たないことは分かっている。
それでも、彼女を癒せる水くらいは取ってきたかったから。
後ろで呼ぶるりを他所に川へとたどり着くと水を汲んだ。意図を察したのか、るりも手伝ってくれた。
――だが、るり達は本当についていなかった。
ユウキとの交信が途絶え、森の騒がしさを察したスパイダーが見たもの。それは自分が殺したはずの子供が元気に走っている姿。
普通に考えて、たとえ奇跡が起こったとしてもあの高さから落ちた人間の子供が五体満足で生き延びることなどありえない。それも二人とも。
となれば答えは一つ。誰かが助けた意外ありえない。
では誰が助けたかという問題になるが、可能性としてはユウキだ。スパイダーも同じく改造人間。彼女がその近辺に潜んでいたことくらい知っている。
だが、それはありえない。
彼女の性格なら二人を助けた後、計画を破綻させない範囲の処理をした後にすぐに森から出して解放するだろう。洗脳を受けていない、余計な人間の情を残した甘い女だからこそ、まだ森から出していないのはありえなかった。
先日やられたゴルゴムのワニ怪人とクモ怪人の群れ。そしてチェーンソーリザード。彼らを始末した犯人はまだ上がっていない。
考えられるのはそいつで、今尚この森の中に潜伏し、計画が動き出すのを待っているのだろう。
その正体を暴くのに、あの二人は使える。
るり達を助けたのが、死んだとされるかつての仲間だとは露にも思わないスパイダー。
その毒牙が再び、少女達へと迫っていた。
※
吐血し、よろけた身体を抑える木綿季。
戦いの傷は思っていたよりも深くて、そばの岩壁に背を預けてポケットを弄った。
取り出したのは羊羹みたいに固めたヘブン。携帯用の非常食であり、通常のパウチよりも濃縮された成分の効果が凄いと明日奈は語っていた。同時に聞いたその原材料に吐き気も覚えたが、背に腹はかえられず、結局はそれに被りつく。
直後、心臓が弾けて、脳が蕩けたような感覚に陥った。従来より強いその効き目は未経験の木綿季の身体を溶かし毒した。世界が綺麗に映って、心地よい浮遊感を与えてくれる。傷など瞬時に塞がって、まだ完全に馴染んでいない石が、より肉体と適合して、前より強くなった気さえ感じた。
他の怪人は「体に太陽が出来たみたいな感覚」だなどと例えていたが、間違っていないと思った。詩乃が嫌悪する理由が、よくわからなくなる。
こんなに美味しいものを何故食べないのか。もう木綿季の頭からは、
トリップして、夢見心地に浸っていた木綿季の元へ子蜘蛛が飛んできた。
『ユウキ、一体何をしている……』
子蜘蛛の目が不気味に明滅して、脳内に直接スパイダーの声が響く。向こうに出来るのはあくまでテレパシーによる音声のみのやり取り、映像は送られない。ならば馬鹿正直に答えるのは損だろう。
「別に……森を散歩しているだけさ」
『遊びすぎだ。早く戻ってこい……逃亡したガキを二匹捕まえた』
スパイダーの報告にユウキは眉を顰めた。
「逃亡者……? それも子供なんて意外だね」
『とぼけるな、貴様が影で見ていた事に気づかないほど俺は愚かじゃない』
「バレちゃってたか、でも助けたのはボクじゃない。……それで、何か聞き出せたのその子からは?」
『まだだ……今聞き出しているが口を割らない』
さりげなく探りを入れてみたがどうやらまだ何も聞けていない様子だ。かつては『怪奇蜘蛛男』として恐れられていた怪人を相手に口を閉ざせるとは、木綿季は素直に感心していた。
「……それで、わざわざボクにそんなことを伝えるためだけに蜘蛛を寄越したの?」
『いや……計画に変更が出た』
「変更?」
スパイダーの予期せぬ一言に木綿季は驚いた。
『どうやら組織に内通者がいたようだ。そいつによって既にナノロボットの輸送日時がリークされ、ショッカーはそれを明日の明朝へと早めた』
「……ふーん、情報が漏れたにしては随分と手際がいいけどね」
『組織の決定に逆らうな。我等はその送られてくるナノロボットを迎えるため、その活性化装置の最終調整を急がねばならない』
スパイダーは最後に「至急基地へと戻れ、リザードも既にここを発った。何者かが紛れている以上、防御を手薄にはできない」と言い残し、交信を切断した。直後、糸が切れたみたいに子蜘蛛が倒れて自爆した。
(ショッカーにしては急な決定だな。別にいいけどさ)
これ以上姿を見せないでいるとスパイダーに怪しまれかねない。木綿季は隠し持っていた端末で今の情報を流すと足早に基地へと帰還した。
再戦の予感に、自然と心が躍った。
※
担ぎ込まれてから一時間程して、詩乃は目を覚ました。ゆっくりと身を起こし、意識が覚醒すると共に記憶が戻ってくる。
「まだ寝ていた方がいい。あんなに傷だらけだったんだ」
「もう大丈夫よ」
目覚めた詩乃に気づくなり、和人は慌てて駆け寄った。瀕死の彼女を運んだのは他ならぬ自分なのだ。その傷の深さがまともに動ける状態ではないのは素人目にもわかっている。
そんな和人に詩乃は服の袖をまくって
「……え」
「こんな傷、一時間もあれば治る。今回は、少し時間がかかったけど」
和人は「怪人って色々凄いんだな」と驚き露わに座り込んだ。身体能力といい、人間より凄まじい存在であることはわかっていたつもりでもこの回復速度は流石に恐ろしさすら覚えた。
「……負けたのね、私は」
「いや、引いたのはあっちだから勝負はこっちの勝ちだ。詩乃はよく頑張ったよ」
「それでも、手も足も出なかった。あのコにも、ユウキにも……」
身体を覆うシーツを握りしめて詩乃は悔し気に歯を食いしばった。慢心していたわけでも、手を抜いたわけでもない。純粋な真っ向勝負で自分は木綿季に後れを取ったのだ。それは紛れもない事実で、言い訳もする気はない。
原因はわかっている。全ては自分の心にあるのだから。
「……二人を助けた時、私、あの子に『お化け』って言われちゃったの」
誰に言うわけでもなく、ただ独りでに語り始めた詩乃に和人は黙って耳を貸した。
「そりゃあ何もしてない人から見ればあの姿が化物に見えるのは当然よ。私だって醜い姿だって思ったから。でも……」
割り切っていたとしても、実際に言葉に出されてしまえばやはり答える。彼女たちのようにこれからも助けた人間からこういった事を言われ続けるのだろう。それを、自分は耐え続けられるのだろうか。そんな迷いが、集中を惑わせた。
「――醜いなんて、そんなことない」
俯いて顔を背けている詩乃に今度は和人が声を向けた。彼女が聞いているとかいないかは、敢えて追求しない。
「俺には詩乃のあの姿が化け物だなんて思わなかったよ。前に助けられたからなのかもだけど、今の君のあの姿は、俺たちには希望でもあるんだ」
「希望……」
反復するみたいに口ずさむ詩乃に、和人は続ける。
「ほかにも俺たち人間の味方をしてくれる怪人は他にもいるけど、その中で、誰よりも必死に頑張ってるのは君だ。すごく感謝してる。……だから俺たちのためにもそんな悲しいこと言わないでくれないか」
「和人……」
「……もう一度言う。君は化け物じゃない。俺たちを守ってくれる希望なんだ」
本当は、”英雄”と言ってあげたかったけどそこは敢えて口にしなかった。もし行ってしまったら、彼女が余計に背負い込んでしまうようにも思えたから。
詩乃はシーツを握った。まだ俯いてはいるが、彼に肯定されるとどうしてか力が湧いてくる。またもや、和人に助けられてしまったようだ。
不意に手が伸びた胸元――そこに掛けられたペンダントが掌に収まった。襟首の隙間から覗く
※
無人となった廃バスの中で、詩乃は一人強化スーツに身を包んでいた。来たるべく作戦のため、何者かが修復した自身のスーツの点検や色々な事情のために今一度纏うことになった。
本当のことを言えば、これの力を二度と借りたくはないという思いは変わらない。それでも、チェーンソーリザード時に思い知らされた経験もあって、使わざるをえないのだ。どんなに嫌でも逃げることはできない。これは自分の”真の姿”でもあるのだから。
ハダカとなり、レザー質のワンピーススーツに脚を通す。その上にブーツ、グローブと身に着けてから、首元のスイッチを押せば空気が抜けて体に密着し、全身のラインが引き立った。
残すは仮面だけとなり、そこで違和感を覚えた。かつて、ショッカーに属していたころは首に巻いていた組織のペンダントが紛失し、明日奈にボコボコにされるまでは健在だった尻尾も失っていることに。
動きには一切の支障はないが、首は金属パーツが無くなったことで少し手薄になっているようにも思えて、落ち着いてから新たにマフラーでも巻いて寂しさを紛らわせようと考えに至った。
それから意識を研ぎ澄ませば、ぱっと、スーツが濡れるみたいに輝いて。やがて光の粒となって四散した。ハダカに戻った詩乃の首に銀色チェーンのペンダントが巻かれていた。憎き組織を象徴する鷲のレリーフではない、自分のために仲間が作ってくれた丸い電極のような飾りを着けて。
「――詩乃。コウモリが話がある……っ!? ご、ごめん……!」
何の気なしに彼女を呼びに来た和人は慌てて飛び出した。詩乃が振り向くころには彼はバスを背に遠くを見つめていて、背中だけでも色んな感情が透けて見えた。素早く衣服を着て外に出れば、迎えた彼の顔は茹でタコみたいに赤くて、申し訳ないが笑ってしまったのを覚えている。
※
今握られているこれは和人が作ってくれたものの一つだ。鷲のレリーフという見本と基本的な設計図、ノミの助言もあったが最後に完成させたのは彼であり、組織のシンボルを胸に抱いて戦う心境を察したのかどうかはわからない。(そもそも収納機構自体が破損していたのもあるのだが)
それでも、このカラダになって何かを貰えた経験自体が初めてで、これを握るだけで、自然と力が湧いてくるのを感じた。
「そういえば、あの子たちはどうしたの?」
ようやく他のことで気を紛らわせるようになって、彼女たちのことが気になった。今の自分ではまだ顔を合わせる勇気も受け入れてもらえる気もしない。けれども、例えこのまま拒絶され続けたとしても最後まで向き合いたかったから。
「あぁ、二人ならその辺で大人しくしてるよ。ほら、あそこに――」
和人が指した先――だが、そこには誰の影もない。
「あれ……」
途端に様子が変わり焦りだす和人に詩乃もまた嫌な予感を覚え始めた。
「……っ、いない、あの子達がいないっ! さっきまでいたのに……!」
和人が詩乃に付きっきりだった間に、二人はいつのまにか姿を消していた。何のためになど検討もつかないが、今この森を二人だけで歩くのは自殺行為だった。
「二人はいつからいなくなったの?」
「わからない。1時間前にはいたんだけど……」
頭を抱え、必死に記憶を巡らせる和人。――その時、詩乃の胸に掛かるペンダントが煌めいて、仮面だけを召喚してそれを被れば、繋がるのは木綿季からの通信。
「木綿季……」
『返事が早くて助かるよ、詩乃。察しの通り、二人はショッカーが預かっているよ。……そして、キミ達が止めたがってる計画も明日の明朝に早まった』
仮面の奥、詩乃の表情が揺らぐ。
『そこでボク達と最後の戦いをしよう。場所は村の奥、そこに建つ工場だ。逃げないことを願ってるからね』
それだけを言い残して、通信は途絶えた。
仮面も同時に消えて、素顔が晒される。それは既に少女ではなく、戦闘用のそれへと切り替わっていた。
「詩乃……?」
「望むところじゃない……」
少女達を人質に取られ、大勢の命が危険に晒されている以上、逃げるつもりは毛頭ない。
叩きつけられた挑戦状を前に、拳を固く握り、決意を新たにした。
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