朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
一人の少女が寝かされた不気味な円形の手術台を囲むガスマスク達。
詩乃は悪魔達に見下ろされたまま身体を脱力させ、仮面の中では虚な目を開いた表情のまま固まっていた。
(ここは、一体……?)
詩乃は気がつけば真っ白な空間にいて、一人佇んでいた。衣服は初めから身につけてなどいない一糸纏わぬ姿なのに恥ずかしいという感覚はなく、むしろ清々しいとさえ感じていた。
(私は、確か……)
裸のまま彷徨い、徘徊するも何も見つかりはしない。
少しでも手がかりを思い出そうと記憶を探ろうとした途端、痛みが走り身体がよろめく。だが、それを支える存在が現れた。
「詩乃、大丈夫?」
「えっ……、お母さん……?」
「転ぶと危ないわよ詩乃。それに女の子がそんな格好してたら駄目じゃない」
いつしか自分の傍には母がいて、不思議なことに詩乃の姿もまた、あの忌々しい事件が起こった時までが戻っていた。
心優しく穏やかで温かい母親の感触。自然に涙が滲んで一筋の雫が頬を伝った。
「おかあさん……あのね、わたし……」
たまらなく泣き出してしまい頬が濡れる。母はそれを拭うと何も言わずに抱きしめてくれた。
「大丈夫よ詩乃。あなたは強い、それに優しい子なのはお母さん知ってるもの」
「うん……うん……、ごめんなさい……ごめんなさい……」
幼子のように泣きじゃくり母に甘える詩乃。久しぶりの母の温もりが心地よくて。
溢れ出した母への想いは止めることなど出来ず。今までの辛い事、悲しい事、嬉しい事、楽しかった事、その全てを母は笑顔のまま聞いてくれて、頭をそっと撫でてくれる掌が心地よくて。
幼子に戻ったように気の向くままに遊び、一緒に眠り、本を読んでもらい、好きな事を楽しんだ。
自分の願う事を母はなんでも叶えてくれて、その度に心は温かく満たされていった。いつまでも続く終わりのない永遠。詩乃はそれを信じ、悪夢に戻りたくないと強く思い、壊れないようにねがった。
けれども――
「……ッ!? お母さん? お母さん!?」
突然、母は倒れてしまった。
腹部と額から血を流し、一瞬でその命を奪われてしまったのだ。
「そんな……、どうして……、一体誰が……!?」
理解よりも早く近づいてくる存在。
地平線のはるか先よりやってくるのは、あの忌々しい強盗犯。自分を虐めた主犯格の女達。そして、これまで自分と母の生活に踏み込んで苦しめてきた大人達が、そこには揃っていた。
詩乃の瞳に憎悪の炎が燃え、唇から血を流さんばかりに噛み締めた。
「……許せない! よくもお母さんを!!」
いつしか詩乃は元の姿に戻っていて、内側から湧き出す憎しみに任せるままに立ち上がり、拳を握りしめた。
『力が欲しいか……?』
「……? 」
頭の中に直接語りかけてくる声が一つ。
不思議とそれに疑問など湧いてこなくて、当たり前のように受け入れて。
「……欲しい、力が欲しい! あんな奴らを一人残らず殺せる力が! 私とお母さんの人生をぐちゃぐちゃにする奴らを始末できる力が、欲しいっ!」
誰もいないはずの空へ叫ぶと、鷹のレリーフが映し出され、その中心に嵌められた赤い星が煌めき詩乃を照らす。
『ならばその願い叶えてやろう。我らショッカーに忠誠を誓え、我らの理念は君の理想と同じなのだから』
「理想……?」
『平和な世界の実現だ。君のように選ばれた人間が世界を支配し、平和で争いのない社会を作り上げるのだ。そしてそこには君達親子のように虐げられる存在はいないのだ!』
「素晴らしい……! ならばその世界の実現! 私にも手伝わせてほしい! いや、手伝わせていただきたい!」
平時なら狂っていると一蹴するはずの男の演説に胸が激しく高鳴り、心が震えた。
『いいだろう、今日から君の名はキャット! 選ばれた存在として世界の改造に務めるのだ!』
その言葉を機に詩乃の姿は猫の異形へと変わり、標的へと襲いかかった。
鋭い爪で首を裂き、獰猛な牙で頭を砕く。優れた跳躍力で飛びかかり、強靭な足で憎き相手を踏み潰す。
木霊する悲鳴が最高に美しい音色を奏で、潰れていく人間の感触は極上でこれ以上ない快楽をキャットに与え。下腹部から伝わる熱が最高に心地よくて、何度もエクスタシーへと上り詰めた。
残すは最後の一人――眼鏡をかけた制服姿の少女。
どこかで見覚えがあるが思い出せない。彼女は必死に何かを語りかけてくるが何を言ってるのか聞こえない、理解ができない。腕に掴みかかってくる少女を愚かな人間の戯言だと一蹴し突き飛ばす。
ふと、いつのまにか変身が解かれ、キャットの姿は異形から生まれたままのハダカに戻り、仮面もどこかへ消えていた。
『キャットよ、それが最後の試練だ。そこにいる女を射殺しろ。そうすればキミは我が神聖なるショッカーの一員としてふさわしき強さを得るのだ』
男の声に従って足元から銃を拾い上げる。
これも間違えるわけがない。
これは――。
これは、自分があの強盗を殺したものに違いない。
その場に倒れ込み、それでも自分に縋るように叫んでくる少女。
キャットは手にした銃を少女に向け、撃鉄に指を掛ける。
「……さよなら私。もう安心して逝っていいから。私は、ショッカーで最強になるから……」
キャットが不敵に笑うのを見て、少女は狂ったように暴れ、無我夢中で喚き始めた。
それがたまらなく耳障りで、キャットは躊躇う事なく引き金を引き少女を終わらせた。
銃声が一度だけ響いて、静寂が包んだ。
「ふふっ、はははははっ……」
一発。たった一発の弾丸一つで終わるほど人間とは脆く儚いのか。
キャットはその場で仰向けになり嗤った。
「あははははははは! はははははっ!」
こんなにも弱い生物に自分は拘っていたのかと笑うしかなかった。だが、今の自分は違う。屍の上に立ち、全てを支配し淘汰する選ばれた逸材。
「凄い……これがショッカーの強さ……! もう、誰にも負けない……! 私は、過去を克服したんだ!」
こんな自分を選んでくれた敬愛なる組織にキャットは感謝し、誰もいない空間で高らかに叫んだ。
※
全ての処置が完了したことをコンピューターが告げ、盛大な拍手が巻き起こる世界で、キャットは静かに目を覚ました。鳴り止まぬ音の中で開かれる瞳に、かつての少女らしさは残っていなかった。
枷が自動で外れて、キャットのカラダが解放された。
ガスマスク達が見守る中、キャットはゆっくりと起き上がり、手術台の上に立つ。
「気分はどうかな? キャット」
「黙って。今は、この感覚を楽しみたいの」
台に近寄り、新たな仲間に問いかける。が、すぐに制されてしまう。
キャットは無言のまま立ち尽くし、生まれ変わった感覚を存分に味わった。何もかもが人間の頃とは違う素晴らしき快感。全身には力が漲り、誰にも負けない自信がどんどん押し寄せてくる。
そして何より、この素晴らしき組織の為にこのカラダを使えるのだという事実に胸が躍り、下腹部が熱くなった。
「あなた、蝙蝠だったんだ」
やがて落ち着きを取り戻したキャットは妖艶に首を傾げ、男へと視線を向けた。
そう、いつしか男もまた仮面を被っていて、マントの下のタキシードも戦闘仕様のレザー質へと変化していた。
「そうさ、私の名は『バット』。これから君の教育係になる怪人さ」
「あなたが? ふーん、まぁ悪くないけど、相性次第ではいいパートナーにはなれないかも」
「相性? どういう意味かな?」
「決まってるじゃない。今から試してみる?」
人間の頃からは想像できない程、妖しい声でバットを誘うキャット。改造され、抜群のプロポーションに更なる磨きを掛けた彼女からの誘惑は男性怪人には刺激が強かった。
「折角の誘いだが遠慮させてもらおう。私は、そういう節操のない女は嫌いなのでね」
「つまらない男……。で、そっちのアナタは? いつまで隠れてるつもりかしら」
キャットが射抜くような殺気を向ける先、朝田詩乃の前に被験体となった少女が捨てられたダストシュート。
「あちゃ〜、バレちゃったか……」
どこか抜けた声がして、赤黒い体液に濡れた手が伸びてきて、先程の少女が這い出てきた。
「まさかボクに気づくなんて。かなり優秀な改造人間だねキミ」
「当たり前よ、私を誰だと思ってるの。弱くて愚かな詩乃なら騙せても、真に強い私は騙せないわ」
「ふーん、ならその強さ試してみる? ボク、結構強いんだよ」
「望むところよ。その顔に一発ぶっこんでやるわ」
死を偽装し、恐怖を植え付けてきた怪人の少女にも臆する事なく牙を向けるキャット。大方、あの脅しもテストだったのだろうと悟り、蜘蛛怪人もぶちのめしてやろうと視線を巡らせる。ここで誰が最強なのかをわからせるのも悪くないと思った。
だが、これ以上は見過ごせないとバットが割って入る。
「騙してすまなかったキャット。彼女は『スネーク』怪人の能力とは別に、彼女は気配を殺し、死を欺ける特殊な能力を持った改造人間さ」
「ふーん、偽装じゃなくて本当に殺してあげたいけど、今回はバットの顔を立てて止めてあげる――」
「――ただ」と一言だけ続けると共に、詩乃は右足を大きく振り上げ、鋭い回し蹴りをバットの首めがけて繰り出した。
同じ改造人間でも後発の新型であり、瞬発力においてバットを勝るキャットの一撃に一瞬怯むも、それは寸前で静止した。
「私を『キャット』なんて名前で呼ぶのだけはやめてくれるかしら? 折角、大首領様が付けてくださった事は光栄だけれども、ちょっと気に入らないかも」
「では、なんて名前なら気にいるのかな」
「そうね……『シノン』なんてどうかしら? 『詩乃』から新たな変身を遂げた存在、『詩乃』を超えた者として相応しい名前だと思うの」
キャット――シノンが仮面の下で不敵に笑うと同時に、手術室の壁に埋められたレリーフが妖しく光った。
『よかろう、キャット――いやシノンよ。優秀なる改造人間として、特別に新たに名乗る許可を与えよう』
「え〜、ズルーい! それならボクも別の名前が良かったのに〜!」
頬を膨らませ抗議するスネークを尻目にシノンは深く頭を下げて礼を示した。そして、これまで纏っていた殺気を消すとシノンはレリーフの前に立ち、背で光る緑のランプを受けて怪人達に宣言した。
「我が名はシノン! 愚かな人間から世界を取り戻し、支配する為にショッカーに忠誠を誓おう!」
仮面だけを身につけたハダカの女の宣言をガスマスク達は拍手喝采で歓迎した。それはバットもスネークも、また姿を見せたスパイダーも同様で。新たな仲間の誕生を祝福した。
今ここに、世界を脅かさんとする怪人が一体、誕生した瞬間だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました
物語としてはここで終わりなのですが、反響次第では続きを書くかもなので感想や評価、お気に入り登録よろしくお願い致します