朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
タイトル通り、今回よりいよいよ直葉/リーファ編開始です。そして、その後に最終章突入です
「……くっ、ううっ……」
薄汚い用水路の中。リーファは腕を抱え、脚を引き摺りながら歩いていた。癒えたはずの腕の傷が再び開き、血を流し出したのだ。
「……やっぱり、”完全体”にならないと、厳しいかな……」
リーファの身体から蒸気が上がり、その姿もまたぼんやりと溶けるみたいに変わっていく。金色の髪が黒に染まって、ポニーテールは抜け落ちるみたいにショートへと戻っていく。湯気が身体を包むほどにドレス姿から元のジャージ姿となって、リーファ――直葉は膝を付いた。
「……うっ、うあっ……また、また何も覚えてない」
足元を流れる水を叩き、後悔に暮れる。またもや、どこかで記憶が途切れてここまで来た時の記憶がない。あるのはほんの一瞬だけ、強い”何か”を感じて意識が戻った、のを感じた時くらいだった。
(そんなに怖がらなくてもいいわよ直葉。あなたが覚えていなくても、私が覚えているから)
「……っ、あなた何なのよ! 早く私の中から消えてよ!」
頭の中に直接響いて、意識が研ぎれ目覚めるたびに強くなるその声に直葉は怒りをぶつけた。
(だから何度も言ってるでしょ。私はアナタなんだから消えるなんて無理、もしも私が消えたら、あなたも消えちゃうよ)
「意味わかんない。もう話しかけてこないで……!」
からかうみたいに嘲笑うリーファに直葉は苛立ちを隠せない。ただでさえ記憶が定かではないときにリーファが何をやっていたのかが自分にはわからないのだ。
「あははは、怒ってる直葉ちゃんも可愛い~! ……まぁ安心してよ。もうすぐ怖がる必要もなくなるからさ――」
「…………?」
いたずらに言葉を切ったリーファに直葉が訝しげになった所で、また、声が響いた。
「――だって、もうじきあなたは私に……私はあなたになるんだから!」
けらけらと一頻り笑うとリーファの声は途絶えた。奥深くに潜ったのか、それとも眠りについたのか。直葉には今の言葉が不気味にも真実味を帯びているようにも聞こえた。
認めたくはないが、この身体、自分の肉体の支配権を彼女に握られつつあるのは事実だ。あとどのくらい自分を保てるのかも、そもそも完全に支配された後にどうなるのかなど、想像できるはずもない。底知れぬ恐怖が、身を包んでいく。
「……お兄ちゃん」
浮かぶのは家族の顔。自分が自分でなくなるその前に。最後に大事な人の顔が恋しくなって、直葉はゆっくりと歩きだした。
※
閃光がトンネル内で弾けた。マズルフラッシュと鳴り響く銃声。そのわずかな間駆け抜ける銀色の異形――アスナはたった一人で戦闘員と対峙していた。言うまでもなく、戦況は彼女の圧倒的優位で手こずる事無く全員を地面に転がすと、その内の一人を締め上げた。
殺したわけではない。この使い捨ての消耗品を利用して、ショッカー首領の手がかりを探すために使うからだ。――そう、全てはあの女へと辿り着くために。
ショッカー首領。
大首領とも呼ばれ、ショッカーどころか、ゴルゴムを含めたすべての組織を裏で操り、糸を引いていた黒幕と呼んでも誇張ならないあの女には謎が多い。経歴はおろかどこから来たのかさえも全てが謎の存在で、敵を潰す名目で世界を旅したが痕跡は髪の毛一本ほどすらなく、足取りを掴むことは叶わなかった。
だが、どこかに。必ず、あるはずだ。明日奈は諦めるつもりもなかった。
変身を解き、戦闘員の防護服を破いて腹部を暴いた。そして、自身の懐から怪人の石を取り出すと、無理やりに戦闘員へと押し込んだ。
出血し、光を放ちながら肉体へと吸い込まれていく石。この時を待っていたとばかりに明日奈は戦闘員の頭を掴むと目を閉じた。直後、記憶がシンクロして、戦闘員の無機質で機械的な脳内へと彼女の意識は落ちていく。
だが、木綿季や深澄への荒療治で得た移植スキル。そして、自身の力が強まるうちにいつしか身に着けていた簡易的な支配スキルを組み合わせることで思いついた秘策がある。――それは、自身が意識を同調させた戦闘員を”敢えて”怪人とすることで、あの女の元へ意識が送られる仕組みを利用して居場所を探知する。という作戦だ。
ゴルゴム怪人が人から怪人へと転生する際、その意識はあの女の元へと転送され、”祝福”という名目で洗脳されるという過程がある。ごく稀に例外もあり、恐らくは創世王という肉体を失い、洗脳が難しくなったことが原因だろうがそれが奴の隙だと睨んでいた。
精神が転送されるのなら、それを受信するためのものが必要だ。精神世界でしか生きられない可能性もあるがその可能性は薄いと思っている。敵の力を何年も思い知らされた明日奈だからこそ、もしもその世界限定ならあの程度で済むはずがないのだから。
これまで何人かの戦闘員で試しているが今のところは全て徒労であり、今回は一番生きのいい相手で試してはいるが上手くいく保証はない。自我もしっかりとある人間でやれば早いのだろうが、それができるほど明日奈は堕ちてはいないのだ。
(今回は行けるかも……)
戦闘員の精神世界に異変が起きた。真っ暗で一面が闇だった空間が変わって、見慣れすぎた森が広がる。背後から締め上げるようにしていた戦闘員をその場に転がして、明日奈は歩き出した。そして、迷うことなくあの杜へとたどり着いた。一度は逃げ出した、この場所へと、ついに戻ってきた。
もう臆することはない。腹部にベルトを露出させて戸を開く。――狭いその中に、予想通りあの女はいた。
「やはり、ここに辿りついてしまいましたか……。あのまま逃げればよかったものを」
まるで自分が来ることなど知っていたような口ぶりの女に、明日奈も思うことはない。ここで彼女を倒すことはできない。今は自分も肉体は置いてきている。力は以前より上がっていても戦うのは得策ではない。
「誰が逃げるもんですか。あなたを倒すまで、私は自由になれない」
引く様子のない明日奈に女は呆れたように笑うと背を向けた。
「そんなに会いたいならいいでしょう。私も、あなたから逃げはしない――」
その言葉より早く、世界が崩れ明日奈は弾かれた。
次に目を開くとトンネルで、腕に抱いていた戦闘員は、胸に大きく穴を開けられていた。
「噓でしょ……! ありえない……、だって――」
いくら自分が意識を飛ばしているとはいえ、ここまで派手に殺されるなどありえなかった。一体、どこから敵は襲撃したのか。周囲を警戒するも見つからず、明日奈は混乱するばかりだった。
トンネルから少し離れた高台。アポロは構えていた銃を下ろした。
「あの女、俺の気配に気づかないとは”覚醒”に近くともまだまだだな」
自身の気配に気づかない明日奈には興味がないとばかりに彼は踵を返して、去っていく。
アポロの脳裏に浮かぶのは、彼女よりも未熟な”覚醒”ながら自身の射線を察知したあの猫怪人。あれからあの怪人の動向を追ってはいないがあの成長速度ならば自身に匹敵する存在へと成長していても不思議ではない。
そういえばと、不意に脚が止まって。
「……もう一人を、まだ見ていなかったな」
現状『真人類』に至る兆しを見せているのは三人の少女。詩乃は先日、そして明日奈は今確認したがもう一人の少女。名前は思い出せない(というより最初から覚えていない)が、彼女だけまだ見ていなかった。今一度、資料に目を通しておくのも悪くないと思った。
アポロが去った後、明日奈も冷静さを取り戻した。恐らくはだが、これもあの女の仲間か本人による犯行であろうと結論づけ、本題に移った。
(ついに居場所が分かった。あとは……)
半ば女の自白ではあるが、締め出される寸前に彼女の居場所を探知する目的は果たしていたのだ。それも、意外な場所に彼女は潜み、自分を待っているであろう。
それならば後は出向くだけだ。そして、万全を期す為にも仲間がいる。里香は頼れないが他にも候補はあるのだ。
まずは深澄だ。自分より劣るもののもう一人の王の力は外せない。
次に詩乃と木綿季だ。彼女たちも埋め込まれた石の力にも慣れ、詩乃に関しては既に何体ものショッカーからの刺客を葬っている。二人ならきっと喜んで協力してくれることだろう。
そして、最後の一人は――
「――そろそろお目覚めの時間ね。直葉ちゃん、リーファちゃんもね……」
戦闘員を捨て、不気味に嗤いながら明日奈は立ち上がった。これまでは自然な覚醒を促していたがそろそろ無理やりでも問題はないだろう。以前助けた借りをそろそろ返してもらう時だ。
明日奈はトンネルの出口を目指し、歩き始めた。
決着の時は刻一刻と近づいていた。
※
弓を構え、弦を引く。
皆が寝ている早朝に起きて、もう日課になりつつあるこの動きに詩乃は一工夫を入れてみることにした。
腹部に力を込めれば石が力を放ち、全身へと流れていく。それを制御して腹から腕へ、そして指へと回せばエネルギーは構えた矢の先へと溜まり、蒼い輝きを宿す。目も同様に染まって怪人の力を使えば、より鮮明に、クリアになる世界。音一つしない静寂を討ちぬくように矢を放てば、それは美しい軌道を描き、さながら蒼い彗星のように宙を切り裂いて、はるか遠くにある的を貫き、打ち砕いた。
それを見届け、肩から力を抜けば、全ての変化も解けた。そして、拍手が耳をうった。
「凄いですね詩乃。石の力をもう自分のものにするとは、新しい弓も慣れたようですね」
アリスがこちらに近づいてくる。手渡されたタオルで汗を拭い、すぐ傍に置いてある眼鏡をかけると、待っていたかのように彼女は口を開いた。
「こんな朝から訓練とは流石ですね。昨日もショッカーの作戦を潰したというのに」
「休んでなんかいられないから。少しでも身体を動かさないと、落ち着かない」
詩乃の視線の先、未だ夢の世界にいる和人へと向けられた。
アリスの言った通り、ショッカーのナノマシン計画を止めスパイダーを撃破しても彼らの企みは留まることを知らなかった。ある時は女性を攫い毒ガスの製造計画を起こしたり。またある時は殺人ウイルスをばらまこうとしたりと、飽きることなく人間へと悪意を向けてきた。
そんな奴らの暗躍を詩乃は和人と共に阻止してきた。悪魔によって与えられた忌むべき自身の肉体を駆使して。戦うほどにこの身体は凄まじい速度で成長し、大きく変化を続けてきた。自分でさえ、恐ろしく感じるまでに。
そんな詩乃が壊れずにいられたのは和人のおかげだった。
妹を探すためとはいえ、どんなに危険な状況でも自分と共に戦場に駆けつけ支えてくれた彼。今つけている眼鏡も和人が作ってくれたものであり、これがかつての能力抑制バンドと同様に怪人としての力を抑え、日常生活を送りやすく、何より力で疲労を起こさないことに一役買っていた。これを身に着けているうちは意識せずとも物に掴んで人とも触れ合える。これ以上ないほどの贈り物だった。
そんな彼と一緒にいるうちに、次第に感情にも変化があった。最初から悪印象はなく、むしろ自分が隠している側だが、いつからか、ただの仲間と、割り切れなくなっていった。
それが何かわからぬほど子供でも初心でもないが、言葉にすることだけはできなかった。
だって、それは、ずっと隠している罪と罰以前に許されないのだから。ただの人間と醜い改造人間という関係である以上。絶対に。
ずっと抱えている不安の種がそのせいで大きく、重苦しく、膨らんで堪らないのだが。
「……そういえば、アリスはこっちにいて大丈夫なの?」
話題を変えたくて詩乃は強引に舵を切った。
何のことだと首をかしげるアリスに詩乃は続けた。
「サチよ。今日も付き合ってあげる約束してたじゃない」
「あぁ、彼女のことですか……。彼女なら、自主練を言づけてあります。少しは、自発的にトレーニングする時間も必要ですから」
歩きながらの話題は、サチ。
心境の変化があったのは、なにも詩乃だけではない。成り行きでここへやってきたサチもまた変わったのだ。
自らショッカーという巨悪と対峙する二人を見て、彼女も戦うとある時言い出したのだ。勿論、怪人といえど戦闘訓練も受けておらず彼女の気質も戦闘向けではない為、本格的な怪人を相手にしたことはまだないが、シノンの戦いの裏で人質を警護したり、和人と共に戦闘員を引き付けたり(戦闘員程度なら相手できるから)と大いに活躍している。
詩乃としてもここへやってきたときは怯えた様子のサチは気にかけていて、戦場とはいえ少し前に進む決心をしたことと自分がきっかけであることは少しうれしくもあった。
「ならアリス、暇なら私と戦わない?」
「私が詩乃とですか? 別に構いませんが」
詩乃の提案にアリスは楽し気に乗った。
「懐かしいですね。こうして、あなたと戦うのは。ショッカーの時以来でしょうか」
「そうかもね。最後に戦ったのも、腹を開けられて突き飛ばしてからかしら」
揶揄い気味にアリスを煽る詩乃にアリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
明日奈によって強制的に力を奪われてしばらく経ったからか、アリスの表情は穏やかだ。かつては暴走するまでに猛進していた創世王への忠誠や怪人の未来への執着も薄れていき、元の優しい少女としての一面ものぞかせるようになった。
勿論、過去の罪が消えるわけではない。その代償か、培った技術は消えないものの怪人としての力は日に日に衰え、もう長くは生きられない。
そして、アリスもそれは受け入れている。だからこそ、少しでも自らの生きた証を残すべくサチや和人を鍛え、ショッカーの悪意との戦いに身を投じている。
ある夜、涙ながらに詩乃への謝罪をしたことは忘れられず脳裏に焼き付いている。詩乃としても憑き物がとれたようなアリスに恨み節を言うことはなく、それなりに和解し、今では頼れる仲間までに親交を取り戻した。
「それじゃ、始めましょうか。負けたら今日の料理番は任せたわよ、アリス」
「望むところです。負けませんよ、詩乃」
詩乃とアリスは睨みあい、ぶつかり合った。
二人の間に、かつての遺恨はなくなっていた。
※
詩乃達が廃バスを離れてから少しして、和人もまた目覚めた。古びたドアを開けば、放置されたままの弓矢が目に入る。
「まったく……使ったら片付けてくれないとな。大事な武器なんだからさ」
基本は後片付けもしっかりする彼女だが、時々こういうことが極稀にある。そんな時は和人が何も言わずに後片付けをしているのだった。弓矢をまとめてから、遠くに設置された的へと向かう。
予想通り壊れた物がそこにはあり、和人はそれを綺麗に片付けると新しいものを新たに取り付けた。この的は廃棄された皿を使っているが決して無限ではない。必要とはいえ、少しはペースを考えるようにと口を出そうと考えた瞬間――
「――お兄、ちゃん……?」
――背後から、聞こえるはずのない声が、聞こえた。
「……お兄ちゃん、だよね」
そんなはずないと思いながらも。どうしても確かめたくて、ぎこちなく声の方を向く。
「…………スグ、なのか……?」
振り向いたその先に、ずっと探していた彼女。妹の直葉がそこにはいた。
最後に会った時と変わらぬ服装で、息を切らし、きっと自分と同じ想いを抱えて。
「……会いたかっ――」
直葉が言葉にするよりも早く、和人は彼女の身体を抱きしめた。力の限り全力で、もう二度と離さないとばかりに、一心で。直葉もまた顔は見えずとも自身を抱く兄の肩が、その全身が震え声を漏らすのを感じて、静かにその背に腕を回した。
ようやくめぐり逢い、再会を果たした兄妹。決して離れないと言葉ではなく決意でいつまでも伝え合っていた。
少し離れた物陰で。改造人間であるからこそ見聞きできるその場所から、詩乃は全てを目にして耳にした。
本来なら、喜ぶべき二人の再会。でも、今の詩乃にはそれを素直に受け取れなかった。祝福したいのに、自分の心が、本心が、それを拒絶する。
確かに蠢く胸の中でとぐろを巻く黒い感情のまま、詩乃は険しく顔を歪ませた。
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