朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
廃バスで本を読むアリス。正面のテーブルを機械類で独占しても誰も咎めないのは他は全て出払っているからで、一人優雅に読書と洒落込んでいた――所を引き裂くように、ドアが強く叩かれた。
「……どうぞ」
アリスが返すまでもなく、ドアは押し開かれて詩乃が入ってきた。浮かない様子を前面に、不機嫌さすら感じる。
「和人はどうしましたか?」
「直葉ちゃんを連れて街まで散歩に行ったわ。サチが着いてるから問題ないでしょ」
直葉と再会を果たした和人はまずは仲間を全て集めた。そこで(アリスを除く)全員を交えた上で、状況を飲み込めていない直葉の様子を伺いつつ、今の彼女を取り巻いている事態について簡単にではあるが説明を行った。その後、和人は現状を飲み込めていない妹と共に街へと向かったのだ。まずは安心させるためと言って、他の者も再開したばかりの兄妹を引き裂くような野暮な真似はしなかった。
「そうですか。ようやく最愛の妹と再会できたのですから、楽しいのも無理はないでしょう。……それにしても良かったですね。彼女が何も覚えていなくて――」
「…………」
「――その持っている”ソレ”も使うことがなくて」
アリスが口を開くと同時に詩乃の上着の袖。その隙間に隠し持っていた武器が落ちた。
彼女の一言に詩乃は返す言葉などない。
あの時の詩乃は、直葉の前に立つことになったあの時――もしも彼女が自分の所業を覚えていた場合、彼女を殺そうとすら思っていたのだから。
ただ自分の過去を暴かれたくない一心で。和人に真実が知られたくないという身勝手な思いで、詩乃は被害者である直葉を手に掛けようとしてしまった。
自分でもどうかしていると今では思っている。けれども、あの時の自分はそれほどまでに追い詰められていたのは事実だ。
結局は直葉本人が以前と変わらず覚えておらず、逆にあれ以降音信不通となっていた詩乃を心配してきたのでそれはそれで心苦しかったのだが。
「……本当に馬鹿よね、私。こんな身勝手な理由でまた命を奪いそうになったんですもの。笑えるわ」
「いいじゃないですか、人間らしくて。カラダは半分機械でもまだヒトのパーツが残っている証拠です」
自虐する詩乃にアリスは冗談めかすように茶化した。会話する間もアリスの手元は動いており、詩乃が目を向ければ何やら掌サイズの機械を作っていた。まるで小さな風車のような、どこか覚えのあるような形状のそれを眺めつつ、本題へと切り替えた。
「それでアリス、あの話なんだけど……」
「何度も言いますが、不可能ですよ。改造人間を元の人間に戻すなど」
先日から二人の間で密かに続いているテーマ。それは改造人間を人間へと戻す方法について。
詩乃が戻りたい、というわけではない。勿論その気持ちが全くないわけではないが、今は組織の企みを潰すことこそ第一だと考えており、おまけに、自分の意思ではないといえ多くの過ちを犯した自分が人間に戻る資格などないと思うから。
今回人間に戻してあげたいのは直葉の方だ。一同に会したときの彼女の反応は明らかに良いとはいえない。その状態はまさに、ショッカーの洗脳から逃れ、底知れぬ恐怖のままに彷徨っていた自分の姿と重なった。だからこそ、解放してあげたい、その苦しみから救ってあげたいという気持ちが強くなる。
「……でも彼女に施した改造は普通じゃない。どこかに方法が――」
「ありません。彼女の改造は”悪い意味で”普通ではない。それは我々以上に不可逆で、もう取り返しがつかない……」
アリスの腕にかつての鎧が装着されたと思えば、それは脆くも崩れ去っていって、後には砂みたいに朽ちた残骸と服越しに覗く痛々しい腕だけが残った。
「……私のように石を奪わて力を失い静かに死に向かっていくものでもない。ましてや深澄のように石と分離することも出来ない。彼女という存在そのものが、もはやあの石により創られているといっても過言ではない。そのことは、あなたも知っているでしょう」
忘れるはずがない。直葉が石に己の存在すら依存することになったそもそもの原因は自分にあるのだから。かつての行いに悔やんでも悔やみきれなかった。
「……そうね、そもそもの原因は私とあなただものね。それでも……」
「気持ちはわかります。私だってできることなら彼女を救いたい。でもそれはできない。もう覚悟を決めるしかありません」
アリスの言葉に歯を噛み締めるしかなかった。洗脳されていたとかいないとか、そんなものは被害者である当人たちからすれば言い訳にしか聞こえないだろう。全ては和人、そして、直葉がどうするかに掛かっている。その時は、近い。
「……走ってくる」
「気を付けて」
廃バスから詩乃が出て行って、エンジン音が遠ざかっていく。アリスはその音を聞いて、再び作業へと戻った。完成した風車のパーツを別のパーツと組み合わせる。自分はもう長くはない。怪人としても、人としても生きられない。だが残せるものはある。これを完成させることは残り時間では叶わないであろう。それでも、完成の糸口になればと信じて、いつの日か誰かが仕上げることを夢見て。
パーツ同士が集まって接合され、それはやがて楕円型の大きなバックルを付けた、ゴツい白革のベルトになった。
※
時計の針が両方ともちょうど上を指す頃に。どこからか正午を告げる音色が聞こえてくる住宅街を和人は直葉と二人歩いていた。一応、背後からはサチが距離を付いてきてはいるが、それを直葉には伝えていない。連日続けた自分たちの抵抗の賜物か、敵の勢力が衰え、自分たちを直接狙ってくる頻度が下がっているが、まだ完全に0になったわけじゃない。護衛が必要なのも理解しているし、それを妹に伝えて不安にさせる必要もないと考えていた。
「お兄ちゃん……」
横並びで歩いていた直葉が和人を呼ぶ。添えるだけにしていた手をぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳で見つめてきた。
「……生きてた。……本当に生きててよかった……」
「そっちこそ……今まで、どこにいってたんだよ……」
涙ながらに再会を分かち合う二人。もう何度目かもわからないほど繰り返したやり取りだが、常に命の危険に脅かされてきたのだ。連絡手段も居場所さえもわからない中で、半ば諦めかけてすらいたのだ。感動は計り知れない。
「……ずっと、会いたかった。あの変な怪物たちに襲われて、それからずっと追われてて……ずっと不安だったから……」
「もう大丈夫だ。俺達がスグのことは絶対に守るから。二度とあいつらに触れさせるもんか」
抱き着いてきて、腕の中で震える彼女を和人はそっと抱きしめた。剣道もやっていることもあり、逞しく男の自分よりも強く見えた直葉の身体はこんなにも小さく弱弱しくなっていたとは思いもしなくて、心細い思いをしていることは感じていたが、身内である自分が違和感を覚えるまでに彼女を追い詰めた悪魔達への怒りがこみあげてきた。
「……それにしても驚いちゃった。まさかお兄ちゃんが詩乃さんと一緒にいるなんて」
「……えっ、二人とも知り合いだったのか?」
やがて落ち着きを取り戻したのか、顔を上げ口を開いた直葉に和人は少しばかり驚いた。妹を苦しめた悪魔に復讐を企てていたからではない。思いもよらぬ名が、よく知る名前が飛びだしたから。
詩乃が直葉と知り合い。
そんなことは彼女から聞いたことがなかった。一体、二人はいつから知り合いだったのだろうか。詩乃が改造され奴らに洗脳される前だろうか。もしくは――
「……ねぇ、お兄ちゃんはどうして詩乃さんと一緒にいるの?」
「えっ、あ、あぁ……なんというか成り行きで。今は一緒に戦う仲間というか……」
「ふーん」
あからさまに納得していない様子の直葉だが、これ以上は深堀りしてはこなかった。それは助かったが、今後聞かれてもなんと答えていいのかわからないから。先の説明でもデリケートな話題である彼女のカラダや過去については極力触れず”自分たちと同じショッカーの被害者”という形で説明してはいるが、これから行動を共にする機会が増えればそうはいかないだろう。悩みは増える一方だった。
「そういえばスグこそ、詩乃といつから知り合いだったんだよ。彼女からは一言も聞いていないけど」
「――へっ!? え、えぇ……あぁ、それはね……」
詩乃との出会いを気にしている和人にこたえてあげようとした途端、直葉の視界が揺れた。ぐらぐらと地震みたいに安定しなくなって、その場に膝を付く。
「スグ? おいスグ?」
心配する様子の兄に返す余裕が今はない。
(あれ、……私って詩乃さんと
簡単なことなのに、言葉に表せない。
呼吸が乱れて吐き気に変わる。
きっかけはそうだ。不良に絡まれた自分を彼女が助けてくれて…………いや、いつ。いつ、自分は不良から暴行されかけたのだろう。
頭の中に記憶はあるけれどもそれが上手く再生されない。壊れたビデオみたいにノイズまみれで、意識しなければ消えそうになる。
本当に自分は詩乃に助けられたのだろうか。そもそも、自分はいつから彼女を慕うようになったのだろうか。それすらもう信じられなくなってきて。脳裏に浮かべた思い出が次第に途切れて、消えていって――
「……うっ!」
一際激しい痛みと共に像を結んだのは、猫みたいな仮面を被った、不気味な女と――そして、その仮面の下にある…………
「……スグ、しっかりしろ、スグ!」
和人の呼びかけにはっとすれば意識が戻っていく。全身に汗を搔き、息を切らす自分に、彼は優しい声色で聞いてくる。
「何か思い出したのか。酷い汗だぞ……?」
明らかに普通ではない様子の直葉を見て、和人は不安を隠せずにいた。彼女は「大丈夫だよ」とは言っているが全くそうには見えない。とにかく休ませることが先決だと考え、和人は直葉に肩を貸すと、付近の公園へと足を向けた。
(何を隠しているんだ、詩乃……)
彼女の名前を出してから直葉の様子がおかしくなった。疑いたくはないが妹の異変と詩乃には何らかの関係があるのかもしれない。和人の胸には大切な仲間への不信感ばかりが募っていった。
その背後で、明日奈は遠ざかっていく二人の背中を静かに見つめていた。足元には奇襲して気絶させたサチが倒れていて、一部始終をゆっくりと観察させてもらったのだ。
ヘルメット越しに明日奈の鋭い視線が向けられて、しなやかな腕が直葉へと伸びる。腹部の石と胸元にかけた石が光って力を解放する。このまま彼女目掛けて解き放てば、直葉の中にいるリーファは完全に覚醒するだろう。そうなれば戦力は揃い、あの女の首へと近づける。後は、この指を動かすだけだ。
明日奈の指は、真っすぐと支え合う兄妹を指していた。決意のままに視線も揺るがず、覚悟を堪えた指先が、微かに揺れて、震えた。
「――できない。出来るわけないじゃない……」
――だが結局は、明日奈は何もできず腕を降ろした。自分に人間の幸せを奪うことなど、できるはずがない。
『――甘いな。俺が変わろう』
聞こえるはずのない誰かの声に、明日奈は後ろを向いた。ヘルメット越しだというのにその声はまるで耳元に直接語りかけられたような気がして、息遣いも、声の震えも、全てがあまりにもリアルだった。誰だと、確認する余裕も得られずに、明日奈はまるで金縛りかのように拘束された。
『無駄だ。
凍り付くような視線を感じて、明日奈は怪人になって初めて恐怖を覚えていた。どこからか、でも確実に自分を見いている姿なき監視者。この気配はまるで、あの女のようだった。
「す、姿を見せなさい……」
『いずれ会える。お前が俺と同じ領域に辿り着いたその時、お前が人間を捨てたその時に、俺は現れるだろう……』
声が消えて、悍ましい殺気から解放される。自分の抵抗が効いたわけではないだろう。キングストーン一つでは、恐らくこの程度の犯行が限界だった。
緊張が解けて、ロードセクターのエンジンタンクに腕を置けば汗が絶えることなくあふれて、息が上がって意識があやふやだった。
「今のは……一体……!?」
息も絶え絶えの中で、必死に思考を巡らせるも答えなど出るわけもなくて。少なくとも今の自分では到底歯が立たない、遥か上の上位存在であることは理解して、無理やりにわからされて、明日奈は拳を握った。
「負けない……負けるもんですか」
今の声の言葉通りなら、いずれは戦うことになるのであろう。”秘策”を隠してはいるが、それも全ては復讐のための一度きり、奴に効く保証はない。
(もっと強くならないと……勝てない)
決戦を前にして踏みとどまれたことを感謝して、明日奈はアジトへとバイクを走らせた。
今の声の主こそが、あの女が創った『真人類』なのであろう。人工物ならば付け入る隙はあるはずだと、深澄との決着以降明らかに成長速度が上がり
読了ありがとうございます。
もしよければお気に入り登録や評価、感想や意見等をお気軽にお願いします。