※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

53 / 64
桐ヶ谷直葉は自らの闇に飲み込まれる③

 水面下で異形同士が日夜殺し合い、悪魔の軍団の毒牙が迫っている事実すら知らず、人々の平穏な日々は今日も穏やかに緩やかに流れていく。そんな日常の象徴たる高架橋の下では、人知れず戦闘が繰り広げられていた。

 組織を抜け、今や自身も追われる身となった木綿季に戦闘員達が襲い掛かる。変身などせずとも召喚した愛剣一本で余裕で撃退しているが、如何せん数が多い。倒しても終わりなく襲撃を続けてくる彼らに、流石に苛立ちを隠せなくなっていた。

 

「――あぁもう、しつこいな!」

 

 剣一振りで無数の戦闘員を蹴散らしても絶えずやってくるガスマスクの集団。このまま永遠に続けていても負ける要素はひとかけらもないが、彼らと違って木綿季には感情がある。こうもしつこいと飽き飽きしてしまうのだ。

 

(……ボクには勝てないんだから諦めなよ。また、どこかで隙を見て抜け出すか……ん?)

 

 迫りくる有象無象の雑兵どもに木綿季が困り果てていた所――どこからか飛んできた矢がその群れを乱した。木綿季はその隙を突き、素早く切りかかって蹴散らした。その間にも矢はタイミングよく木綿季の間を縫って援護射撃を続け露払いに貢献してくれていた。

 木綿季が視線をそちらへと向ければ、同じく人間の姿のままで矢を構えている詩乃と目が合った。

 裏切者二人の共闘。これには分が悪いと判断したのか、戦闘員達は一変して蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 剣を振り、納刀するみたいに消滅させれば詩乃が近づいてきた。

 

「詩乃が追われていた時の気持ち、よくわかったよ。あいつら凄くしつこい」

「わかるわ、無駄にしつこいのよねあいつら。まぁそれが戦闘員だから仕方ないけど」

 

 そう言って詩乃は木綿季にビニール袋を投げた。中身はおにぎりや水といった軽食。

 気持ちの整理も兼ねて街に飛び出して、コンビニに寄った時にたまたま戦闘員の気配を察知して、それが自分に向けられたものではないと知りつつも様子だけは見に行って、そこで木綿季を見つけて不要な助太刀に参じたという具合だった。

 

「……これ、くれるの」

「もちろん、最近しばらく食べてないでしょ。でもその前に場所くらいは変えましょうか」

 

 早くも袋の中身に興味津々といった様子の木綿季を制するように、詩乃は静かに笑った。

 

 

――

――――

 

 

「――聞いたよ、あれからもショッカーの奴らの邪魔してるらしいじゃん」

「へぇ、逃亡者になってるわりには詳しいじゃない」

「逃げていてもそれくらいは知ってるよ。たまにはゴルゴムの方にも顔は出しているからね」

 

 詩乃から貰ったおにぎりを齧りながら木綿季は呑気に返した。

 場所を変えて地下歩道の階段――かつて二人が命がけの死闘を繰り広げた丁度その場所で、仲良く並んで座り談笑に花を咲かせていた。

 木綿季の離反後――正しくは明日奈が深澄と組んでシザースジャガーの計画を阻止して以来、両組織の間には当然ながら亀裂が走り小さな衝突が繰り返され続けている。ゴルゴム側の言い分としては、食料である人間を根絶する行為は許されないと最もらしい主張を用い、同じく人間を食料や利用価値を見出している他組織の指示も受けているため、表立っては潰されてはいないが完全に対立するのも時間の問題であろう。

 全てはゴタゴタと混乱している間に明日奈がすべての黒幕である首領の所在を探るための時間稼ぎ。木綿季が無(・)駄(・)に(・)逃げ続けているのもそのためだった。

 

「ゴルゴムといえば、シリカは元気?」

「うんー、明日奈に頼まれてあっちこっちで忙しそうにしてるよ。皆からも妹みたいに可愛がられているし」

「……よかった。本人はああ言ってたけれども、本当にやれてるか心配だったから」

「詩乃は心配しすぎだよ。シリカは凄く上手くやってるよ。そっちにだってちゃんと情報も流せてるでしょ?」

 

 たまらず飲んでいたものを吹き出しそうになっている詩乃に木綿季は「もちろんバレてるよ。明日奈もそれを承知で置いてるから」と悪びれもなく付け加えた。

 

「……だったら、何が狙いなのよ」

「決まってる、詩乃や深澄が必要になるからだよ。そのためにショッカーと戦ったり邪魔してくれるのもすごく助かっているらしいから」

 

 むせながらも木綿季へと視線を向けると彼女は真っすぐにこちらを向いた。空気が変わったのを感じて、詩乃は意識を切り替えた。

 

「明日奈は、何をするつもりなの……?」

「ショッカーの首領。……いや、全ての組織の裏にいる存在を殺したい、らしい」

「すべての組織の、裏に……」

「うん、ゴルゴムやショッカー、ゲルダムや他の組織も全部たった一人が裏で動かしてたんだって。びっくりだよね」

 

 そんな馬鹿な、と思わず否定したくなるが何故か腑に落ちたところもあった。直葉と一緒にいたところを襲撃されて以来、まるで示し合わせたかのように各組織が活動的になったのに詩乃自身不審に感じていた。初めは自身も苦しんだ明日奈の覚醒に起因するものだと考えていたが、その後の互いに自滅しあうようにやがては呆気なくショッカーに統合されていったのはあまりにも出来すぎていたから。あたかも、増えすぎて膨らんだ組織図を一本化するような不自然さだったが、これも一人が全部やったとすれば説明がつく。

 にわかには信じがたいが、自分の肉体を改造した技術力。そしてかつてのアリスが語っていた伝承の裏にいるであろう存在のことを考えれば、そんな荒唐無稽な話も真実味を帯びてしまう。

 

「そんな強大な相手に、明日奈は勝つつもりなの?」

「そうみたいだよ。ボクや詩乃、深澄と他にも候補がいるみたいだけど、近いうちに乗り込むのは確定だよ」

「……到底勝てるとは思えないけどね」

「そうだよね。でもやらないと皆が終わっちゃうからさ……」

 

 そういって木綿季が語り始めたのは呆れそうなくらい無茶苦茶な展開。

 

「……数日前、詩乃がちょうどチェーンソーリザードをやっつけた時くらいに隠されていた創世王の心臓が突然姿を消したらしい。護衛していた怪人は全員死亡。目撃者が誰も生き残ってないけど、残された痕跡からみてそれは、その心臓自身が起こした暴走みたい」

「心臓自身が……?」

「そう、あれが心臓だけとはいえまだ王としての力は保持していたんだ。その力は自爆でもしようものなら地球を破壊しちゃうほどのエネルギーを秘めているんだ」

 

 淡々と語る木綿季だが、長い間一緒にいた詩乃には焦りが浮かんでいることがわかった。いくら人間より上位存在である改造人間といえど星を壊すほどの一撃など耐えられないから。

 

「明日奈はそれが首領の元にあると見てる。だから、早く倒して奪い返さないと不味いんだ。協力してくれるよね?」

 

 緊迫感のある木綿季の要請。だが、詩乃はそれにすぐ頷くことができなかった。飲み物のパックを持ったまま、そこから動けずにいた。

 

「詩乃……?」

「……それで、終わるの? この戦いが、本当に終わるのかしら」

 

 心配そうに見上げてくる木綿季に、詩乃は本心を漏らした。

 

「……やつらと最後まで戦うって決めたことを後悔はしていない。でも、最近また思うことが増えてね。……私は、いつまで戦い続ければいいんだろうって」

 

 戦い続けるうちに詩乃の心に浮かんだ一つの思い。一体、自分はいつまで戦い続ければいいのか。

 ショッカーを潰した時。それともこの世界から怪人が全て消えた時。一体それはいつだ、そもそも訪れるのかさえ分からない。一度は敵と戦うと決めて飲み込んだはずの思いが、戦士ではなく一人の少女としての想いが、日増しに膨らんで胸を締め付ける。

 以前は人としての幸せなど全く考えてはいなかった。だがいつからか、和人に並みならぬ思いを抱きだして以来それが強くなる一方だった。化け物の身体でも心は普通の少女なのだ。いくら割り切ったとしても人並みの幸せを望んでしまうのも無理はなかった。

 

「――まさか詩乃、人間に戻りたいの?」

「……違う、そうじゃない。ただ、人としての普通の暮らしに戻りたい、そんな気持ちが最近強くなってきて……」

 

 詩乃の気持ちは木綿季にも理解できた。彼女はショッカーにいた時期から人間の心のまま異形として生きてきたのだから。事故で洗脳が解けるずっと前からそうして生きてきたからこそ、人としての暮らしに対する憧れ、平穏への渇望は痛いほどに分かった。だからこそ――

 

「――それは絶対に無理だよ。ボクたちは改造人間、もう人間には戻れない」

「そんなの、わかってるけど……」

「どうしても生きていきたいなら”人間のフリ”をして生きることくらいはできる。本当の自分を殺して、人の中で息を潜めて暮らすんだ」

 

 木綿季の言葉が重く伸し掛かってくる。このカラダで、人が大勢いる中で生きることの難しさは身をもって味わっている。今でこそ制御には馴れ、和人が作ってくれた眼鏡のおかげでかなり人間に近づいてはいるが完全ではない。ふとしたことでまた力加減を間違えて、大惨事を招く可能性は捨てきれない。

 

「ボクたちは、このままこのカラダを背負って生きていくしかないんだ。だけどもし、詩乃が戦いから遠ざかりたいならボクは止めないよ。だけどそれは、ショッカーを倒してからだけど」

 

 「協力してくれるよね?」と、再度選択を迫ってくる木綿季に詩乃はそれでも答えを出せずにいた。アリスにも言われていたが、やはり自分は人間には戻れない。それどころか、人としての幸せを掴むことすら叶わないというのか。悲しみが胸を埋め尽くして苦しくなる。

 こんなことなら、洗脳されていた方がマシだったと感じるくらいには詩乃の心は悲しみに暮れていた。――そんな時、腹部の石が疼き、共鳴するように輝いた。こんな反応初めてだが、何かの警告のように感じて。

 

「……詩乃?」

「ごめん木綿季、話はまた今度」

 

 詩乃は心配する木綿季を他所に階段を駆け上がり、石に導かれるようにして駆け出した。

 

 

※

 

 

「……落ち着いたか?」

「うん……少しだけ」

 

 和人がその辺の自販機で買ってきてくれた水を受け取り、直葉は苦しそうに笑った。公園のベンチに腰掛け、少しリラックスできたのか様子はマシになったようだが、気分が優れていないのは相変わらずだ。これ以上は流石に聞かずにいることもできなくて、和人は意を決した。

 

「なぁスグ、ゆっくりでもいいから教えてくれ。お前の身に何があったのか」

「…………」

「黙っていても助けられない。無理にとは言わない。でも少しでも話してくれたら力になれる」

 

 膝を屈め、目線を合わせている兄の目に嘘はないように見えた。普通の人になら到底信じてもらえないだろうが、同じように危険なめにあった、それも兄になら信じてもらえるかもと微かな期待を抱いて、直葉は口を開いた。

 

「……変なことになったのは、今から少し前。私が”金髪の女”の夢を見始めてから――」

 

 そうして和人が耳にしたのは、直葉が語るその”金髪の女”から始まった怪現象の全て。彼女の夢で人を殺して喰らいその力を強めていく女と二体の異形。その夢はやけにリアルで、やがて現実を侵食するかのように現実でも怪物に襲われて、そこから詩乃と連絡がつかなくなって、家から逃げ出して今に至るまでの経緯。

 和人は話を聞くほどに悪寒にも似た感覚っを覚え始めていた。

 

(金髪の女……それってまさかあの時の……それにスグの夢に出てきたネコの怪物は、まさか……)

 

 ずっと胸の奥にしまっていた疑惑が少しずつ重なり合い一つの”答え”になろうとしている。そんな気がした。

 

 

 

 ――そして、その二人を木陰から見つめる白スーツの男が一人。

 彼――アポロは和人と直葉を密かに監視していたのだ。目的は一つ。新たなる存在候補の最後の一人である直葉を一目見るため、だったが。

 

「このままでは厳しいな。ビルゲニア同様失敗作の出来損ないだ」

 

 女がアポロに見せた自分と同じ『真人類』へと成り得る可能性を秘めて少女。他二人は大目にみて乙第点レベルだが直葉はこのままだと落第だ。少しだけ、力を貸してやることにした。

 アポロは直葉へと手を向けた。

 女からの指示はあくまで”監視”。だが、今からやるのはあくまで手助けだ。それくらい文句は言わせない。

 

「喜べ、俺が今からお前の『スイッチ』を入れてやる。壊れないように足掻くといい」

 

 そうしてアポロは、明日奈とは違って容赦なく、その指を躍らせた。

 

 

 

 突如として心臓が跳ね、直葉は苦し気に目を見開いた。たまらず胸を抑えるも動悸は激しく弾け、呼吸もままならなくなる。

 

「……スグ? どうしたんだスグ!」

 

 ペットボトルを落とした妹に和人は駆け寄った。今回のは今までの不調の比ではなく、慌てて彼女の身を支えるが――直葉はそれすらも振り払ってきた。

 

「……スグ」

「うっ、……ううっ、うあっ……!」

 

 内側から身を引き裂かんばかりの激痛に直葉はのたうちまわった。心配する兄の声も届かないほどに、痛みばかりが絶え間なく全身を駆け巡る。――その一瞬で。その瞬間に、忘れていた筈の記憶が蘇ってきた。

 

 

 ――薄暗い路地裏を恐怖のままに逃げまどう自分。

 

 ――そして、それを追うネコの異形。

 

 ――やがては追いつかれ、自身の腹部に深々と怪物の爪が……

 

 

「……あっ、あ、ああっ……」

 

 

 思い出した、全てを。

 

 あの日自分はあいつに……そして、あの不気味な実験室で…………

 

 

「うっ……、あぁ、そうだった。あの時私、もう――」

 

 直葉の頬を一筋の涙が伝う。瞳の色は緑へと変わり、変身をもう抑えられないことを悟った。

 事態を飲み込めていない和人へと振り向き、最後に精一杯の笑顔を向けた。

 

「ごめんね、お兄ちゃん。私、もう――」

「おいスグ、何を言って……」

 

 困惑する和人を他所に直葉のカラダを眩い光が包み込む。

 和人がたまらず目を伏せる間にも、彼女のカラダは変身を続けて、髪は伸びて黒から金色へ。服はジャージから緑のドレスに変わって、背中に妖精みたいな羽根が生えると同時に光が散って、リーファへと完全に変わった。

 

「お前は……、あの時の……!」

「久しぶり”お兄ちゃん”。妹のもう一つの姿はどうかしら? カワイイ?」

 

 悪意を堪えた笑みを向けてくるリーファに和人は唇を噛み掴みかかった。

 

「新しい姿だと……スグはどうした!」

「鈍いなぁ~、直葉ちゃんが生まれ変わったのがワタシ――リーファなんだよ。もっと褒めてくれてもいいじゃん」

 

 和人には目もくれず、リーファは上空へと浮かぶと彼の手の届かぬ位置で滞空した。

 

「本当はもっとお兄ちゃんにこの姿をお披露目していたいけど、最後に”一つだけ”まだやり残したことがあるからごめんね」

「……っ、お、おい待てっ! 妹を返せ!」

 

 そのままどこかに飛び去っていくリーファを追いかけるべく和人が走り出そうとしたその時――木陰がガサリと揺れて、思わず身構えた途端、そこから詩乃が飛び出してきた。……ボロボロの姿で。

 

「……っ!? し、詩乃!」

 

 なぜか彼女の矢を全身に突き刺されて、打撲痕と血まみれの彼女はそのまま力なく倒れて意識を手放した。――彼女が姿を見せた木陰から静かに立ち去る白スーツの男には気づかずに、和人は仲間の名を必死に呼び続けた。

 

 

※

 

 

 和人の前から飛んで消えたリーファはやがてとある道場の上空で止まった。そして、そのまま天井を突き破るようにして侵入するとゆっくりと周囲を見渡した。

 ここは和人と直葉がかつて暮らしていた自宅であり、二人の祖父が以前開いていた道場の跡だ。祖父の死後、道場は畳んでしまったがその場所だけは直葉が自主練で活用していて、リーファにとっても思い出深い場所でもあった。今は二人は勿論、子供を探すために両親すら出払って無人で寂しさすら感じるが、それはそれで好きだった。

 

「……さてと、そろそろ始めようか……」

 

 余韻に浸るのもここまで。

 リーファは自らの胸に腕を突き入れるとそのまま奥へと抉るようにして――体内から直葉を引き摺りだした。力が急(・)速(・)に(・)進化したからこそ為せるようになった分離の技だ。

 

「ようやく実態をもって会えたね。直葉」

「……リーファ」

 

 床に投げ出された直葉は静かに立ち上がり、彼女と対峙する。進化した恩恵を受けたのはリーファだけではない。以前は彼女が活動中は意識がなかったが、今ははっきりとしていてここに来るまでのことも全て覚えていた。調子もさっきより優れていて、今にも彼女をぶちのめせそうだった。

 

「その目、やる気は十分って感じね。最高……」

 

 直葉のむき出しの敵意を前にしてもリーファは調子を崩さない。そして、念力で壁に掛けてあった竹刀を引き寄せると、そのうちの一本を彼女へと投げ渡した。

 

「……それじゃ始めましょうか。あなたと私、どちらがこれからこのカラダの主導権を握るかを賭けた、最終決戦をね」

 

 二人は竹刀を構え、睨みあう。憩いの場でもあるこの場所で、最後の決戦の火蓋が切って落とされた。




読了ありがとうございます。
もしよければお気に入り登録や評価、感想や意見等をお気軽にお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。