朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
闇からの誘い
その少女は奴隷だった。
正しくは”奴隷にされた”という方が正しいのかもしれない。
遥か遠い過去の話。
とある国で貴族の娘として産まれ、類稀なる美貌と聡明な頭脳で全てを手にしてきた。国の男たちはみな少女の美しさに魅了され、優れた知性と品格に誰もが尊敬と渇望の眼差しを向けた。
幼き頃から何もかもを思うままにしてきた彼女。――だが唐突に、運命を決めたあの日。突然攻めてきた敵国によって少女の暮らしは崩壊した。成すすべなく国は蹂躙されて隷属。たった一夜にして貴族の身分から奴隷へと転がり落ちた。
立場や身分に関わらず民たちが送られたのは国の近辺にある採石場。少し前に巨大な隕石の落下してきたそこで彼らは強制的に働かされていた。目的はその隕石の欠片を探すこと。まともな休息やろくな食事すら与えられることなく、昼夜関係なく女から子供まで皆が労働を強いられていた。
少女も例外ではない。彼女もまた他の者達と共に強制労働をさせられ、来る日も石を掘り続けた。終わりなく延々と、次第に倒れ消えていく者達を尻目に、ただ生き延びるためにひたすら石を掘り続けるしかなかった。
そんなある日のこと、少女がいつものように石を掘っていたある時。掌に伝わる感触、これまで掘り当てたどの欠片とも異なる感触の、冷たい石を見つけた。さながら鍾乳石のように白く冷たい色をしたそれは、手の上に乗せた途端に赤と青の光を宿した。
少女の目が石にくぎ付けとなった。何故だかわからないが、どうしてかそれから目を離すことができなくて。不思議な石に見とれた隙、いつの間にか敵国の兵士たちは少女を囲んでいた。
――
――――
「……くっ、う、ぎゃぁぁぁ、ああぁぁぁぁぁー!!!」
かつては少女の暮らす国の象徴であった巨城。真下にある以前は地下倉庫として使われていたその場所は今では死臭漂う地獄と化していた。
血と肉片に塗れた手術台。少女はその上に拘束され、人体実験のモルモットとして肉体を蹂躙されていた。無理やりに身体を切り開かれ、先ほど自分が掘り起こした石を強引に埋め込まれていた。逃げ出そうにも手足は枷に括り付けられていて、身じろぎもまた上から押さえつける医者然とした男たちにより封じられてしまっている。
「いっ! ……うぐっ、うああぁぁぁぁぁ!」
唯一自由の利く首を振り乱しても気休めにすらならない。目を向ければ感情のない無機質な視線ばかりが自分を囲んでいて、怒りばかりがこみあげてくる。けれども、自分ではどうすることも出来なくて、ただされるがままに非人道的な実験のなぶりものにされるしかない。
やがて、少女の身体が石を受け入れるにつれて変化を起こし始めた。肉体の至る所から蒸気が噴き出して、身体が不気味に形を変えていく。腕は昆虫の脚みたいに尖って、腕は獣みたいに膨らんで、顔は醜くただれていく。統一感のない、不規則で不均一な変態。人間の部分を半端に残したままで少女は以前の美しさを完全に失った。
白衣たちは少女の変化には一瞬驚いたものの満足のいく結果にならないことを悟ると、無感情のまま少女の全身を再び切り裂いていく。次の被検体のために。容赦なく冷徹に。
やがて拷問にも等しき人体実験も幕を閉じた。用済みと判断された少女はボロボロの身体を引き摺られて更に地下深くへと連行されていく。全身を切り刻まれて抵抗などできるわけもなく、無造作に廃棄場へと投げ捨てられた。
一瞥することもなく男たちは去っていく。
少女が投げ落とされたのは死体の山の上。さっきの実験室より濃い腐敗臭立ち込めるそこに力なく転がった。痛む身体が言うことを効かず、薄れていく意識の中、少女は全てを呪った。
なにもかもが憎い。
憎き奴らを殺せるだけの力が欲しい……。
でも願ったところでどうにもならない。唯一外界を知るすべである小窓から空を見上げた。太陽が昇っていて、届かぬと知りながら手を伸ばした。屈辱の涙が溢れ、噛み締めた唇から怒りの血が流れていく。
だがその時、神が祈りを聞き届けたのか奇跡が起きた。
青く明るかったはずの空が次第に”何かの影”に覆われていく。少女が目を凝らせばその正体は飛蝗。飛蝗の群生が飛び交い、空を埋め尽くしていく。――そして、次第に太陽が月に覆われていき、日蝕が起きた。
「……ゆ、ゆるさない」
拳を握り、少女の瞳に憎悪が宿る。その腹部に埋め込まれた石が輝き、呼応するように死体の山からも同様の光がこぼれ、部屋を埋め尽くす。
「殺して、やる……!」
瞬間、眩い光が弾けて爆発があった。
地面をぶち破り、巨城を破壊するようにして姿を見せたのは巨大な飛蝗の怪物。宙を舞う蝗害を取り込んで肥大化を続けるそれはたちまちに敵国の兵たちを踏みつぶしていく。建物を破壊し、抵抗する者を喰らって、全てを壊すほどに暴れ尽くした。
彼らが破壊したもの築いたもの。
かつての国が残していたもの。
全てを、何もかもを粉砕し跡形もなく滅ぼした。
やがて破壊の限りを尽くし、侵略してきたその国はおろか全ての国を崩壊させた。
時代を終わらせ、築き上げた全てを無に帰してから異形は動きを止めた。その姿も巨大な怪物から白い人型の異形と変わっていた。高台に立ち、僅かに生き残った人間たちを見下ろしながら異形は姿を変える。異形――少女は自身の得た力の前にひれ伏した人間たちを見下ろして、満足げに笑った。そして、民衆へ向け、自身が次なる世界の支配者であると高らかに宣言した。
こうして後に創世王と呼ばれる存在は生まれ、世界の支配者となった。
その後、少女は人から怪人へ――そして長い年月を経て”真人類”へと進化を果たした。これが今まで続く悲劇の始まりでもあった。
※
あの日を境に降り続く雨も心を完全に洗ってはくれない。
それどころか、太陽を覆い隠す分厚い雲を見あげるたびに心が沈んでいくと気がした。
詩乃は再び俯いてから、町を当てもなく彷徨い続けた。
リーファが覚醒し、和人に真実がバレて以降。詩乃は仲間の元へ戻っていない。戻ったところで一体どんな顔をすればいいのだ。いまさらどう詫びればいいのだ。――もう、あそこに自分の居場所はないというのに。
戦闘で傷ついた着の身着のままで、すれ違う人の波を擦り抜けてひたすらに足を動かし続けた。止まればまた、後悔に苛まれてしまいそうだから。
まるで、世界から色が、音が、希望が、消えてしまったかのようだ。改造された時、洗脳から解かれた時なんかとは比べ物にならない。
目に映るもの、耳に聞こえるもの全てがどうでもよかった。もう、なにもかもがどうでもよかった。
胸元を腕で抱き、そこに掛けられたペンダントを握りしめる。今、自分が身に着けているもののいくつかは和人からの贈り物だった。
ショッカーのエンブレムを着けずにすんだペンダントも。自分が人と同じように生きていくための眼鏡も。そして強化スーツの首を保護するための白いマフラーも全て和人からもらったものだ。だが、自分は彼に嘘をついた。裏切ってしまったのだ。もはや、自分が身に着けていいものではない。
ふいに足が止まり、薄暗い路地裏が横目に映った。一見、何の変哲もない汚らしいだけの横道。人間にとってはだが。
人間ではない詩乃にはその奥に潜む機械的な戦闘員の気配を感じ、闇に紛れた邪悪な暗躍を捉えることができた。
気がまぎれるなら、今は何でもいい。虚ろな瞳をそのままに、詩乃はそのままの足取りで闇の中へと姿を消した。
――
――――
薄暗い路地裏でシノンは戦闘員と戦っていた。
何かの作戦行動中だった奴らを強襲し、その動きを邪魔する。――だが、その戦い方はかつてと大きく変わっていた。
飛び掛かってくる戦闘員を蹴り飛ばすとその頭を掴み、壁に叩きつける。何度も何度も、感情のままにぶつけ頭蓋骨を砕いた。そうしてぐったりすると今度は別の戦闘員を狙い、鋭利な爪で首の動脈を斬りつけた。吹き上がる血しぶきを浴びながらそこに噛みついて肉をちぎる。
かつてとは変わり果てた戦法に動揺する最後の一人。
怯えるように逃げ出す戦闘員をシノンは軽い跳躍で退路を塞ぎ、防護服を容赦なく切り裂いた。”敢えて”一撃で殺してやらないように加減して、怒りに任せて全身を切り刻んだ。動かなくなっても倒れる最後の瞬間まで爪を立てた。
そうして戦闘員を一人残らず殺してから、変身を解く。戦闘の間は感じていなかった感情がまた押し寄せて、詩乃は空を睨んだ。
町を徘徊するようになって、こういったことはもう何度もやった。正義感ではない、ただの憂さ晴らしとして戦闘員を見つけては殺して回った。
一時的に気がまぎれるから。
力を使えば気持ちいいから。
そんな理由だけで暴れ続けていた。その場凌ぎの気休めにしかならないと知りながら。一時だけ楽になるため、いたずらに拳を振るった。
泡となって消えていく戦闘員を見下ろして、防護服から覗くダーツ型の爆弾を掴んで――素早く背後へと投げた。
一切の迷いもなく、直線軌道で投げつけられたそれはどこかに刺さることも爆発することなく地面に落ちた。
「……いい加減に出てきなさい。隠れていてもあんたの気配はわかる」
「流石、と褒めてやる」
「どうも。ねぇ、次はあんたが私の相手をしてくれるのかしら。それとも……」
苛立ちを露わに、詩乃はアポロへと敵意をぶつけた。だが、アポロはそれを制した。
「やめておけ、お前では何度やろうと俺には勝てん。”今のお前”ではな」
「……今の?」
アポロの言葉に詩乃は訝し気に頭を傾けた。
「……お前の秘めたる力。あの金髪のガキと同じく、真の力が解き放たれた時。お前は俺と同格になる」
「…………へぇ、随分と詳しいのね。もしかしてこの石にも……」
訳知り風に語るアポロに腹部を指してみると、彼は静かに頷いた。
「それは俺の仲間がお前の仲間に
「新たなる存在……人間から怪人になるのとどう違うのかしら」
「何もかもだ。怪人は所詮俺たちを作る過程での失敗作だ。俺やお前、あの女どもが目覚めれば最早不要の存在、過去の遺物となる」
誇らしげに語るアポロに詩乃は冷ややかに視線を送る。
怪人という存在は自分や直葉――恐らくは明日奈もだろうが――といった怪人の中でも突出した才能を秘めた者を探しだすための実験体。単なるモルモットだったという事実。たしかに驚きはしたが、この男の力を思い知らされている詩乃にはなぜか納得がいった。それほどまで莫大な時間と人間を浪費してまでして創る価値があると思い知らされているから。
「俺たちは選ばれた存在。この世界を支配するべく力をもって生まれた特別な存在だ。だからこそ俺たちはこの力を使いこなさなければならない」
アポロは詩乃の前に立ち手を差し出した。
「俺の名はアポロ。一緒に来い、俺ならお前の力を制御できるように教えてやろう」
アポロは詩乃を仲間へと誘う。
彼が真人類へと到達して数世紀、こんなことは初めてだった。自身と同類に成り得る素質を秘めた者への接触はなにも彼女が初めてではない。だが一度戦った時に感じたあの高揚感。そしてなにより、まだ
差し出されたアポロの手に詩乃はどうするべきか悩んでいた。
石からもたらされ変わっていくこの力はそう遠くないうちに制御できなくなるだろう。現に先日そのコントロールに失敗して大切な場所を破壊したばかりなのだ。もし、この男に付いていくことで自身のものにすることが出来るのなら。それも悪くないのかもしれない。だが――
「そうすれば、俺と共に人類を支配する側に立てる」
――その一言で完全に吹っ切れた。
詩乃はアポロの手を弾くと、再度敵対の意を示した。
「はっ、笑わせないでよ。だれがあんたなんかと。もしも世界を支配するなら私一人でやるわ」
いくらあの石について知る事が出来るとしてもこの男に付くことなどありえない。
そもそもアリスを狙い、直葉を狙った相手と組む理由などない。なにより、この男の態度が気に食わなかった。
「――そうか、だがそれは大きな過ちだな」
詩乃に拒絶され、アポロは目を見開いた。整った顔立ちに怒りを浮かべ睨めばたちまちに足元で爆発が起こった。先ほどアポロの能力で止めていた爆弾を今作動させたのだ。
勿論、この場にその程度の爆発で殺せるほど軟弱な者はいない。爆風の中からシノンが飛び出して身構える。彼女の感覚は、既にその粉塵の中から痛いほどにアポロの殺気を捉えていた。
「少し、身の程を教えてやろう。貴様如きでは、俺に指一本触れることなど敵わないことを」
煙が晴れて、姿を見せたのは太陽の如き赤い兜を被った異形。黒を基調とした強化スーツと白いマント。マントは風で揺れて大きく靡いている。
外見では自分とさほど変わりはない。だが、オーラは圧倒的なまでに違う。アスナやリーファなどやはり比較対象にもならない。
武器を構えるシノンにアポロは腕を後ろへと組んだまま微動だにせず、出方を伺った。
シノンが矢を構えると同時に、二人の再戦は幕を開けるのだった。
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