朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
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果てしなく一直線に伸びる真っ黒のアスファルト。どこまでも続く長い道のりを横並びになった二台のバイクとその後ろを黒塗りのバンが駆け抜けていく。
一台はロードセクター、シルバーの車体にグリーンのラインを差し色にした高性能マシン――それに乗るのは明日奈。
もう一台はバトルホッパー、名前の通りダークグリーンの飛蝗を模したロードセクターに匹敵するほどの高性能マシン――それを乗りこなすは深澄。
バンの後部には直葉と木綿季が乗車しており、時折背後を眺めつつも目的地まで、自らの出番が来るその時まで、鋭気を養っていた。
彼らは何も仲良く遊びに向かっているわけでは決してない。少数精鋭で、かつ必ず勝たねばならない命がけの決戦に向けマシンを爆走させていた。
己の人生と自由を取り戻すために。
人であれ怪物であれ自由に生きるため。
大切な家族を取り戻すため。
そして、友達の無念を晴らすために。
それぞれの想いを胸に決戦の地へと真っすぐ突き進んだ。
はじまりは、ほんの数時間前に遡る。
――
――――
街中で突如として繰り広げられた激しいシノンとアポロの激戦。彼らがそれを察知し、駆けつけた時には既に決着はついていた。
倒壊した建物の中、瓦礫の下敷きになって足が切断寸前になるほどの攻撃を受けた詩乃が倒れていた。強化スーツは激しく損傷し、生身も瀕死の重体。酷い出血で改造人間といえど死に関わるほどの傷だったが、リーファが間に合ったおかげで事なきを得た。
それからアジトに連れ帰り、治療を施したが状況は芳しくなかった。
清潔に保たれた病室。一人用にしては広すぎるそこにはベッドが一つだけ設置され、その上で詩乃は傷ついた身体を横たえていた。身体には包帯が巻かれて、手足には無数の点滴が繋ぎ、更には生命維持装置まで付けられていた。マスクで呼吸を補助されている彼女の顔は常に苦しそうに歪んでいる。
本来なら、改造人間である彼女にはこんなもの必要ない。だがアポロによって受けた傷は心身共に凄まじく、回復能力を誇るリーファですら完治出来なかったのだ。(リーファの力がまだ他者を癒すには未熟なのもあるが)人外であるが故に死なずにはすんだが、逆に人でないが故に死ねない地獄の苦しみとして詩乃を苦しめ続けていた。
未だ意識を取り戻さない友の手をそっと握りしめ、彼女が処置を終えてから片時も離れずにいる木綿季は祈るように手を重ねた。どんなに力と想いをこめても反応は身じろぎ一つ返ってはこない。
この無機質なまでの真っ白な病室も、室内全体に満ちた鼻をつんとつくような消毒の匂いも、改造されるまで過ごした病院を思いだすが今はそんなことよりも詩乃の方が気がかりであった。
詩乃の肉体の損傷は酷いが峠は超えている。
――けれども、その後連れ帰って治療しても一向に目を覚ますことはなく、それから深澄もやってきてコウモリ達が皆殺しにされたことを知って、詩乃の事情を察することができた。
「……馬鹿だな、詩乃は。ボクたちに頼ってくれればよかったのに」
自嘲するように笑って、木綿季は詩乃の寝顔を見つめた。マスクをつけられ、苦しげな顔にこちらの胸も苦しくなった。視界が滲んでたまらず顔をそむけた。
「……必ず、かならずボクが敵をとるから」
溜まった涙を堪えて木綿季は決意する。これまでは成り行きと流れだったが今目的が決まった。相手が誰であれ、これ以上大切なものを奪い傷つけることは許さない。必ず復讐してやると心に誓った。
病室のすぐ傍で、壁に背を預けたまま一部始終を聞いていた明日奈は静かに他の仲間――深澄と直葉へと顔を向けた。
「木綿季はやる気になってくれたけど、詩乃のんは無理ね。あのケガじゃ、連れていくわけにはいかない」
「……やっぱり、私の力が足りなかったせいですか?」
明日奈の言葉を聞いて直葉が悔し気に口を開いた。怪人の中でも希少な回復能力。それがあればどんなケガでも瞬時に治せる――はずだった。だが、詩乃については危険な状態から救うことはできても肝心の足といった一部の修復だけは一向に進まず、結果、今尚昏睡状態が続いていた。
「直葉ちゃんのせいじゃないよ。詩乃のんがこうして生きてるのは直葉ちゃんのおかげだよ。……ただ、相手が悪かっただけ」
そんな直葉に明日奈は優しく声をかけた。
直葉の能力に不備はなかった。――ただ、今回詩乃が対峙した相手が厄介だっただけだ。まだ姿を見たことはないが、恐らく彼女が戦ったのは真人類――またはそれに匹敵するほどの力を備えた存在だろう。でなければ詩乃がここまでやられることも直葉の力が及ばないことにも説明がつかない。
現状、怪人を超えた存在へと到達しつつある自分たちからすれば並みの相手など敵ではない。だが、あの女を始めとする”より上位の存在”だけはその限りではない。文字通り次元の違う存在だ。攻撃にも何らかの付加効果があっても驚きはしない。
「今は過去のことよりこれからのことを考えましょう。それが詩乃のんのためにも、私たちのためにもなるから」
そして話題を切り替え、本題へと移った。
「きっとあいつはこれから攻めてくる。それも近いうち、ううん、もう明日にも来るかもしれない」
明日奈の狙いであり、全ての現況であり黒幕である謎の女。彼女が表に出てくる日も近い。
先日消失した創世王の心臓の行方。そして、新たに知り得たほぼ全ての怪人組織が日本へと集結しているという情報。明日奈自身が探り当てた女の隠れ家の位置と計算して割り出した怪人達の集結地点が一致していることが、何かの前触れとしか思えないのだ。
「きっとこれまでで一番激しい戦いになる。あまり多くは連れていけない。だからここにいるメンバーだけで行くわ。詩乃のんがこうなったのは残念だけどもう待っていられないから」
これは一人の友として、仲間としての判断だ。ここにいる全員をだが、明日奈は別に彼女たちを戦いの駒としか見ていないわけではない。皆大切な仲間、誰一人欠けてはいけない存在として思っているからこそ最小限の精鋭だけで確実に終わらせ犠牲を少なくしたいのだ。
だからこそ、連れていけない。
木綿季同様に傷つけられて怒りに燃えているのは明日奈とて同じだった。
「――二人にも協力してもらうけど、いいよね? もうここまで来たらどこにいても安全なんかない。立ち向かわないと、私たちは狙われ続ける」
視線を流し、深澄と直葉に向ける。
同じ運命に翻弄されている深澄は自身と同様にどんなに抗っても逃げられない。奴の精神世界に囚われている間、いつでも捕まえられるよう監視されていたのだ。
強引な手段を使ってでも仲間に引き入れて力を与えなければ今頃捕まって物言わぬ木偶人形として無意味に殺し合いを強いられていただろう。考えただけでもぞっとする。
だが、直葉は違う。二つの人格が混じり、今や人でも怪人でもなくなった彼女。まだ目覚めたばかりで完全でないとはいえ、いずれはあの女の求める真人類へと到達する彼女は、今ここで離脱したとしても、いずれは狙われるとしてもしばらくは平穏に暮らせるだろう。でもそれも一時的だ。詩乃が離脱した以上、彼女が加勢しなければこちらは負ける。もし自分たちが敗れれば彼女の自由もなかっただろう。
「――私は戦う。本当は嫌だけど、サチとクジラ達の敵は必ずとる」
先に口を開いたのは、意外にも深澄だった。どうやらクジラ達を殺されたことが皮肉にも彼女に戦う意思を抱かせてしまったらしい。
それから深澄は再度「それから――」と付け加えた。
「――明日奈を一人にはできないからね」
と、軽く笑って見せた。
それだけで明日奈も頼もしさを覚え、緊張に震えていた心が、少し解けたような気がした。状況は何も変わっていないのに、それだけでも力が湧いてくる。
「――わ、私は」
と、直葉は答えを口にしようとした――その瞬間、全員の身体に緊張が走った。
どこからか、凄まじい気の気配をぶつけられ、身動きが取れなくなる。
唯一自由な視線を泳がせてもその場の全員が同じ状況で、抜け出そうにも出来そうにないままに。
『全員勢揃いとは都合がいい。全員まとめて招待してあげましょう』
脳内に直接語りかけるような声がした、瞬間。ひっくり返る、世界。
意識が、飲み込まれて消えていく。
明日奈の意識が戻った時、そこは暗闇だった。上も下もない。ただ暗黒の中で、身を横たえていた。身じろごうにも動けず、それどころか瞼さえ開かない。
(深澄……?)
(明日奈……!)
すぐそばで同じように寝かされている深澄の気配を感じ、声が脳に聞こえた。向こうも同様に、自由の利かない状況から脱しようと藻掻いているようだった。
『そんなに暴れる必要などない、今は、お前たちに手を出すつもりなどない。今はね』
いつからか、そもそも初めからなのか気づけば、すぐそばにあの女がいた。目と鼻の先に。手をちょっとでも動かせば届くほど近い場所に。動けないことがもどかしい。
『お望み通り、最後の戦いといきましょう。私は逃げも隠れもしない、ただ、貴方達が逃げれば――』
途端、暗闇が晴れてどこかの洞窟の奥のような場所が広がる。
不気味でおどろおどろしい雰囲気のそこに置かれた牢の中――捕らえられた和人とアリスがいた。そして、その上で胎動するのは創世王の心臓。そして彼らを囲むのは無数の怪人軍団。
『逃げればこの者たちの命はない。あなた達は優しい。決して、彼らを見捨てないと信じていますよ』
その言葉を最後に、女の気配が遠ざかっていく。明日奈は懸命に捕まえようとするも、向こうに支配権がある以上どうにもならなくて、次第に元の景色が蘇ってきた。
逃げるつもりなど、元より明日奈にはない。これはきっと直葉と深澄に対する保険だろう。
サチたちを殺したのも詩乃の覚醒を促すのと深澄の敵意を煽る目的があったのだろう。そして、全員を殺さずに一部を――特に和人を人質にしたのは直葉を自身の元へいざなうため。
そこまでして全員を相手にしようというならこちらも受けて立つまでだ。向こうが舞台を用意してくれたのだ.乗らない選択肢はない。
ごとり、と大きな物音が響いた。
「……し、詩乃」
「い、行かないと……!」
明日奈たちの意識が女によって引き摺り込まれたのと同時に、木綿季と詩乃もまた囚われていたのだ。
元より狙われている詩乃はともかく、失敗作とはいえ限りなく三人と近い力を取り込んだ木綿季もまた逃げられぬ定めにあった。腹部が疼いて意識が途切れ、戻った瞬間。詩乃の意識が戻ったのだ。それから彼女はうわごとのように呟きながら、どこかへ向かおうとして動き出した。未だ、立つことすらままならないというのに。
「……いかないと、和人を、アリスを……助けないと」
「その身体じゃ無理だよ! ほら、早く横になって」
「……邪魔しないで木綿季、私がやらないと、……あいつを、あいつだけは……っ」
傍にかけていたジャケットを包帯姿の上から羽織り、サイドチェストに置かれたペンダントを掴んだ。先の戦いによる損傷か、電極を合わせて作ったペンダントは破損していた。
「――悪いけど、許可できないわ」
扉を開いて割ってきたのは明日奈。鋭い視線で睨んでくる彼女に、詩乃もまた目を尖らせた。
「そこをどいて明日奈。あなたを倒してでも私は――」
「先に私が殺すほうが先だと思うけど。はっきり言って今のあなたは単なる足手まといなの、そんなお荷物は連れていけない」
「何ですって――」
怪人、の力など使うまでもなく。詩乃の身体を支えているチェストを蹴り飛ばせば顎から彼女の身体は崩れ落ちた激しい痛みに詩乃は顔を歪ませた。
「……うっ!」
「――今の詩乃のんは改造人間だからかろうじて生きてるだけ。あなたはもう戦うことも自分で立つことすらできない。一生ね」
「……っ!?」
明日奈の言葉に反論しようにも、何も言い返せなかった。足はどんなに力を込めても感覚がまるでなく氷になってように動かない。全身にも全く力が張らず、腹部の石から感じる波動すら今は弱弱しい。このカラダの凄まじい回復力を何度も味わったからこそわかる。今は、それが生命維持で限界なのだと。
「詩乃のんの気持ちは痛いほどに分かる。だから私たちに任せて」
「アリスたちのことは心配しないで、私が必ず連れ帰るから」
「うん、後はボクたちに任せて休んでよ」
倒れた詩乃の身体を三人で支えてもう一度ベッドに寝かせる。やはり無理をしていたのか彼女はすぐに瞼を重く閉ざし、再び眠りについた。
彼女のためにも、必ず勝たなくてはならない。新たに背負ったものを受けて病室を後にした。その扉のすぐそばで直葉が待っていた。
「私も行きます。お兄ちゃんを助けないと」
覚悟を決めた直葉に明日奈は微笑むと横切るように歩み出した。彼女の背に全員が従い、戦場へと向かった。
※
何の妨害も障害もなく明日奈たちのマシンは目的地へとたどり着いた。
原生林の中にぽっかりと開けられた不気味な洞窟の入口。一見、何の変哲もないただの洞穴。けれどもそこからはまるで来る者を拒むような、侵入を阻むかのように不気味なオーラっを放っていた。
勿論、そんなものに臆するような者はここには一人もいない。全員で足を踏み入れれば怪しげな雰囲気もなんてことはなく、すぐに行き止まりのここに違和感ばかりが募っていく。
「明日奈、本当にここなの?」
「えぇ、そのはずなんだけど……」
訝し気に聞いてくる深澄に明日奈も不安げに答えるしかない。足を踏み入れるなり矢の雨でも火炎トラップでも仕掛けてくると予想していただけにこの反応に困惑するしかない。
だが――
『――よく来てくれました。我が神子たちよ』
――驚き身構えるよりも早く、足元が真っ白に輝いて、全身が光の渦に包まれていく。
このままではマズいと考えるより先に深澄に手を伸ばすも、間に合わないまま。四人は、まんまと分断された。
「……んっ」
明日奈が次に目を見開いた瞬間――そこに広がっていたのは、居室。華美で上品な雰囲気を存分に漂わせたこの場所を見渡せば同じく転送されてきたであろう深澄と目が合った。互いに状況を飲み込めぬままに顔を見合わせていると。
「よく来ましたね。ここに人が訪れたのは数万年ぶりです」
声の方を振り向けば、そこに奴はいた。ずっと追いかけてきた、自分たちを異形の怪物へと造り替え、過酷な運命へと突き落としたすべての元凶が。
「歓迎しますよ。そして一つになりましょう。そうすれば、安らぎを得られる」
薄紫色の鮮やかなロングヘア―。端正という言葉では露わあせないほどの美貌、一糸まとわぬその姿は美そのもので――だが明日奈たちにはそれが悪魔の被る革であることを知っている。この女の本性が、怪物であることを思い知らされている。騙されるはずがない。この女が語る安らぎなど、ろくなものではない。
鋭い目つきで明日奈たちは睨むが、女は怯むどころか鼻を鳴らしてみせた。
「……そんなに睨んで、私を恐れる必要などない。私こそお前たちの未来であり希望、答えなのだから」
恍惚と語る女に取り合うこともなく明日奈と深澄は彼女を囲むように距離を取る。腹部にベルトを露出させ、サタンサーベルを構える。
「無駄なことはやめなさい。お前たちでは私に勝てない」
戦闘態勢に入る明日奈たちに呆れたように目線をむけるが二人はより表情を強張らせ、敵意をむき出しにしていく。女ははぁっ、と大きくため息をつくと指を鳴らした。
直後、大きな音が天井から響いたと同時に――明日奈たちの頭上目掛け、巨大な剣が振り下ろされた。
「「……っっっ!?」」
瞬間、ベルトの力を放ち変身。全力で攻撃を避け飛び上がった空中に――女は既に待ち構えていた。構える間もなく強烈な蹴りがアスナとミトの胸を打った。規格外の威力に外骨格が軋んで空気が抜ける。弾丸みたいに吹っ飛ばされ壁に激突した。
女は軽やかに着地すると痛みを堪え立ち上がろうとする二人を見つめた。
「言葉で言っても無駄なら、仕方がない。少し身の程をわからせてあげましょうか」
宙に手をかざせばどこからか光の剣が現れ握った。
彼女に反逆したのは、何も二人が初ではない。何世代か前の世紀王や数えきれないほどいた愚か者、あのアポロですらはじめは彼女に反抗していた時期もあった。
「私にはこれといって名前がない。皆、私のことを様々な名で呼ぶ。創世王、首領、皇帝、スサノオ、アドミニストレーター……まぁどれもイマイチでしたが。……ですがお前たちには特別に教えてあげましょう。私の居場所を突き止めたその報酬として、かつて人の子でだったころの名を」
両手を広げ、女は雄々しくも高らかに叫んだ。
「我が名はクィネラ! これがお前たちが聞く最後の名である! この名をもって我が肉身となるがいい!!」
女――クィネラはそう宣言した。絶望的なまでと威圧と戦意を放ちながら。
これを受けてもなおアスナの決意は変わらない。せっかくここまで来たのだ。こいつさえ終われば全てが終わる。長い地獄に終止符が打てるのだ。隣を見やればミトも同じようだ。
もう一度覚悟を決めて、武器を握る。
最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。
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