朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
投票数が多いからその通りになるというわけでもないので悪しからず
全ての因果、全ての因縁に決着がつく。
ここで終止符を打つためにも負けるわけにはいかなかった。
気合十分どころか、一生分の感情を、恨みを、怒りをぶつけるつもりで始まった死闘――だが早くもそんな決意が綻び始めていた。
全力の殺意を込めて振るわれるアスナの攻撃。赤い刀身は目にもとまらぬ速さで宙を斬るが肝心の獲物であるクィネラは上体を軽く反らせる程度で全てを余裕ありげに躱していくその攻撃の隙間、回避して動いたその瞬間を狙って背後から飛びついてくるミトの腹部に軽く蹴り飛ばす。
そして、振り向いた瞬間にも振り下ろされたサタンサーベルを目視すらせずにくる受け止めてみせた。
「どうしました、まさこかこの程度で私を殺すつもりですか? 笑わせないでください」
軽く切っ先を押し返せば、アスナは明らかに苛立った様子で剣を縦横無尽に振り回した。一見不規則で出鱈目な軌道だが、それは全て女の首や胸といった急所を狙ったものばかり。だが、それでも僅かにも届くことはなくて、大きく振り上げて一気に降ろせば、それは
「なっ……!?」
「ふふっ、いくら世紀王といえどこの程度、キングストーンを揃えなければ私の足元にも及ばない」
刃を掴んだままぐいと捻ればつられてアスナの態勢が崩れて、がら空きのその胸部――銀色の装甲目掛けて拳をめり込ませた。
がはっと、と空気を吐き出すアスナ。
クィネラからすれば軽いジャブ程度にもならないものでも、彼女には強烈な一撃で。力なく崩れ行くその身体を見守った。
「……ぐっ、アスナ……!」
半ば蚊帳の外になっていたミトもおずおずとだが立ち上がった。激痛に叫ぶ身体を言い聞かせて、肩に力を込める。
キングストーンを摘出し、明日奈が度々口にしていた”進化”にも到達できていない自分がこの中で最も劣っていることくらいわかっている。だが、それでも逃げるわけにはいかない。立ち向かわない理由にはならない。
背中から生えるバッタの脚。二本あるうちの左側に備えたそれに手を掛けた。
「ぐっ……、う、ううっ……あぅ……」
怪人として備わっているそれをミトは力づくで引き千切る。無理やりに、血管や繊維がむき出しにされ切れていく。そして、力のままに引っこ抜き遠心力によって形を変えれば、それは一振りの剣となった。
世紀王ブラックブレード。かつてクジラから教えられた切り札であり、武装に乏しい世紀王が自衛するための強力な武器。だが、肉体の一部を半ば強引に変化させるためにその負担や再生まで半世紀近く要することから最後の手段としての意味合いが強い。
今こそこれを使う時だろう。
武器を新たに再度攻撃を仕掛けるミト。
膝をついたアスナの肩を足蹴に傲慢な笑みを浮かべていたクィネラは背中から迫る
ミトの剣がクィネラの頭を切り裂く寸前――身体を捻る勢いを利用してアスナの背中から神経ごと剣が抜かれ、クィネラはその切っ先を受け止めた。
ぎりぎりと音を立て、火花を散らして競り合う二振りの剣。全力で命を奪うべく握りしめるミトとは対照的に、片手で余裕しかないクィネラは楽し気に鍔迫り合いに興じていた。ふいに、未だ肩に置いていた足を掴む無骨な掌の感触に下を向いた。
「……その足を、どけなさい……!」
怒りに満ちたアスナの手がクィネラの身体を全力で投げ飛ばした。
強引に引きはがされたにもかかわらずクィネラは軽やかに宙を舞い、追ってくるミトの剣も軽く避けながら少し離れた場所に着地した。彼女がこうやって戦況が煮詰まると距離を置き仕切り直そうとするのは今に始まったことではない。
「大丈夫、アスナ?」
「……えぇ、気分は最悪だけどね」
横に並び立ち聞いてくるミトにアスナは返す。乗り込んだまでは良いものの、現状向こうのペースでいいように弄ばれているだけなのだ。気分がいいわけがない。
決して勝算の高い戦いだとは元より考えてはいない。策も講じてはあるが、今のところそれを発揮できていないことに憤りを隠せなかった。
「……焦らないで、チャンスは必ずくる」
そう言って剣を再度構えるミトの横で、アスナも落としていたサタンサーベルを握りなおす。この聖剣、かつてアリスが所持していたこの創世王を守る剣も大切な切り札の一つだ。手放すわけにはいかない。
ここまで劣勢続きでも諦めず、愚かにも足掻こうとする二人にクィネラは口元を歪ませた。
「――いいでしょう。かかってきなさい」
言われるまでもなく、アスナとミトは同時にクィネラ目掛け飛び掛かった。
だが、覚悟を決めなおした程度で戦況が変わるわけもなく。
それからも二人はクィネラに弄ばれ続けた。
絶え間なく繰り出し続けた二人の剣を彼女はまるでダンスをするかのように躱し続け、一度たりともダメージを受ける事がない。それどころか、逆にアスナたちの生んだ隙を狙いカウンターとして利用して見せた。
さながら演舞のような華麗な動きで迫る刃を軽くいなし、舞踏の如き鮮やかな剣さばきで異形の肉体を斬りつけた。
完全に遊ばれている。
それがわかってもなおアスナたちは攻めることを止めない。
例えどんなに傷つこうと剣を握る闘志だけはそのままに果敢に攻める。二人交互に、同時に。時に念力や剣の光線と手を変え品を変えて押し続けるも一向に削れなる気配は微塵もなかった。
(……っ、このままじゃ…………)
混戦の最中、ミトは内心歯噛みした。強引に移植されたベルトのおかげでもは戦闘時間に限りはない。だが、だからといって無限に戦えるわけではないのだ。それは横にいるアスナとて同じだろう。生き物である以上、体力には限界がある。激しい動きに晒されればその限界は更に近づくはずだ。しかし――
(予想はしていたけど……この女、まともじゃない)
どこまで責め立てても、攻撃してもクィネラの動きにはまるで限界がない。息が乱れることもなかれば汗一つ掻いてすらいない。こちらが文字通り死力を尽くしているのも関わらず、彼女からはまるで赤子と遊ぶほどの労力すら感じない。
ならば、とミトが踏み込めばクィネラは予測していたかのように背後に飛んだ。
(いまだ……っ!)
回避してくることはわかっていた。だから、
アスナとミト。同種同型の怪人である二人には、意思疎通のための器官が備わっている。例え何千メートル離れていようと会話することが可能であり、これは例え創世王でも同族の飛蝗怪人でも傍受することはできない。今回はそれを利用した。――そして、しかけた。
激しい音が轟き、壁が吹き飛んだ。粉塵が舞って爆音を響かせ飛び込んできたのはバトルホッパーとロードセクター。二人の脳波により呼び寄せられた二台はそれぞれの主を救うべく爆走する。
真っ赤な複眼を燃やし、猛進するバトルホッパー。銀色の閃光となって加速するロードセクター。
アスナ達がワープさせられたことで居場所の特定に時間を要したがそれを逆手にとっての
クィネラが意識を研ぎ澄ませば、世界の全ては静止したかのように動きを止める。
迫りくる二台の超マシンと世紀王の刃。前後左右どこを見渡しても逃げ場はどこにもなく、刻一刻とそれは自身の肉体へと近づいてくる。無論この程度の攻撃で命を奪われはせず、掠り傷程度がこの身につくだろう。だがそれすらも、その程度の痕すら下等な連中に着けられること自体が屈辱で最大の汚点であろう。
彼女のプライドは、お情けの被弾すら許さない。
ミトの剣がクィネラの胴体へと刺さる寸前――剣を握るその腕をそっとつかんだ。そのあまりのスピードに、ミトは対応することができない。否、理解すらする暇もなく、簡単に投げ飛ばされるバッタ怪人の身体。それは自身が呼んだバトルホッパーの正面までそっと飛ばされていく。
そのままの勢いで次に彼女が狙いを定めたのはアスナ。サタンサーベルを握る腕からそれを取り上げて――胸元を縦一文字に切り裂いた。
「この剣は創世王を守り、そして
アスナの目論見を看破し、クィネラはほくそ笑んだ。
完全に崩れた包囲を察そうと抜け出して、指を鳴らす――瞬間、世界は再び動き出した。時を止めていたわけではない。彼女にそんな能力はないのだから。これはただ単に認識不可能な速度で動いただけであり、今から起きるのはその結果だ。
「…………えっ」
何が起こったのか。まるで理解できなかった。
クィネラの身体を狙っていたはずなのに、気づけば自分の方が宙に浮いていた。そして、理解も説明もつかぬままに空中を、身体が舞い上がっていく。
一体何が。問いただしても答えはどこにもなくて。
ただ、
乱回転する最中で、微かに見えた地上に転がった――自身の下半身。そして、回るたびに周囲を囲んでいく鮮血を見て、ようやく理解できた。
何らかの手段で投げ出されたこのカラダは、バトルホッパーによって切断されたのだ。
「……そんっ、なっ…………!?」
でも受け止めきれるわけがなかった。受け入れたくなどない。
一矢すら報いることが出来ぬほど。絶望そのものな格差があったなど。全てが無駄なあがきであったなんて、思いたくはなかったから。
無情にも地面に叩き落ちた上半身ばかりのミト。その視線の先では同様にクィネラにやられ彼女が避けたバイクの時間差アタックを自分で受けるアスナの姿があった。
「……!? くっ、はぁっ……!」
手加減のない強烈な体当たりを二台受け止め、アスナは膝を付く。素顔は見えずともその表情は苦悶に歪み、血に塗れていることなど容易に察しがついた。強引に引っこ抜かれたバッタ脚の穴を筆頭にサタンサーベルで切り裂かれた胸板。全身に無数にある傷跡からは血が滲んでいる。これ以上の持久戦は望めそうにない。
歯を食いしばり、目の前で佇むクィネラを睨んだ。
満身創痍のこちらとは裏腹に傷一つないその肉体。マシンスクランブルも頼みのサタンサーベルも封じられた今だからこそ、その実力差を改めて思い知らされる。準備をしなかったわけではない。ただ、むこうが遥か上を行っただけ。それだけの話だ。
ここまで開きがある以上、、もうまともな勝ち方は期待できない。どころか無暗に命を捨てるだけに終わるかもしれない。それでも――
「…………っ!?」
残る一本のバッタ脚を掴み引き抜いた。肉片と血潮を伴い切断されたそれを振るい、武器とした。クィネラが強引に獲物とした時とは違い、今度はアスナ自らの意思による形態変化。それは次第に鋭利に尖って更に変形し、銀色から白く発色して、さながらレイピアのようになった。
感情のない仮面に穿たれた複眼――真っ暗闇なそこにぼんやり、緑の光が宿った。
まだ諦めるつもりはなかった。無抵抗に殺されるくらいなら、足掻いた上で死にたかった。
「まだ諦めないとは……いいでしょう。その命、私が消してあげましょう」
揺るがぬアスナの決意にクィネラもまた答えた。胸を打たれたわけではない。数万年ぶりに立ちはだかった敵を前に、まだ遊び足りなかっただけだ。
サタンサーベルを構えたクィネラと睨みあい、そして、アスナが駆け出した。今度は一対一。初めから剣と剣のぶつかり合いが繰り広げられていく。
刃同士の激しいやり合い。これまでは超人的な能力を前提に続いた戦いだったが今度は剣の技量による真剣勝負。それは、意外にも拮抗した。
クィネラとしてはただの貴族の娘であった時の経験とこれまでの年季から。アスナとしては精神世界で生き延びていた時代に培ったスキルを活かして。
やはり余力に満ちたクィネラに軍配が上がるが、それでもアスナは負けじと食らいつく。攻撃を当てられずともこちらも受けないように躱して、鍔迫り合いでも気力のままに叫び押し込んだ。
仲間は倒れ、自身も決して浅くはない傷を負いながらも諦めず立ち向かってくるアスナに、クィネラは次第に不機嫌を募らせていった。何度も立ち向かってくるのは勝手だ。これまでもそういった存在は相手にしたし、その度に葬ってきたが今回は少し違う。
(まさか、ここにきて更に力を増すとは……)
現状、アスナが取り込んだ石はキングストーンの片割れ――月のストーンだけだ。それでも彼女はできるだけその肉体の力を高め、アポロの襲撃を機にスイッチを独自に開いてはいるがそれでも全く足りていない。少なくとも彼女が知る限りの真人類への進化条件は『適合者がキングストーンとそれに匹敵する霊石をその身に宿し取り込むこと』。それを満たさない限りはいくら足掻こうと辿り着くことは叶わない。筈なのだが。
「はあああぁぁぁぁぁー!!!」
アスナの放つ気迫。そして剣圧の中に、僅かだが、自分と似たものを感じて――初めてその表情が揺れた。
ありえない。
と、否定したくともまだまだ未知が多く残された領域で、今尚研究中だからこそ簡単に否定することはできなかった。
「…………っ!?」
――そのせいか、彼女はミスを犯した。
思考の乱れが、アスナが握る剣を弾いたのだ。それも掌から離れてしまうほどに。
それならこのままがら空きとなった心臓めがけて刃を突き立てればいいだけなのだが、今回ばかりはそうもいかなくて。何故なら――
「アスナー!」
アスナを呼び、叫ぶその声の主――ミトが投げた援護射撃。彼女にもまだ一本だけ残されていた最後のバッタ脚を引っこ抜き、苦戦する仲間へと投げつけていたのだ。
当然、クィネラはそれを察知していた。読み通りなら、ここで受け取ったアスナの二本を相手にさらなる立ち回りが起こるはずだった。
だが、今は違う。
今回のような実力者同士の戦いでは一手の読み違いが己の命運を左右するのだ。今回クィネラが取った行動は――間違いなく悪手だった。
ミトの投げた漆黒の剣、それはアスナの手から落ちた剣を弾き飛ばし、共に空高く舞い踊った。くるくると、回転しながら高度を上げる二振り――それを掴むものがいた。アスナだ。
空中へと素早く跳躍した彼女は落下の勢いそのままにクィネラ狙って刃を振り下ろす。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
黒と白。二刀流を駆使して一気に攻め入った。ここで決める。それだけを胸に抱いて、渾身の一撃をぶちかます。
「はあああぁぁぁぁぁーーー!!!!!」
鬼気迫る――どころか全身全霊全てを乗せた攻撃に、クィネラはついに怯んだ。時間間隔を緩やかにして避けようにも間に合わず、せめて頭だけは守ろうとサタンサーベルで受けにいく。
だが、その程度では今の彼女は止められない。
創世王すら殺せる聖剣は、王の肉身そのものである剣により容易く粉砕され分断された。二振りの剣も同様に砕け散る。そして、勢いそのままに切っ先はクィネラの身体へと迫り、その白い肌を切り裂いた。
一閃。
先程アスナがされたように肩から縦一文字に刻まれたそこから血が激しく噴き出して、辺りに散った。
ありえない。と言いたげなままに飛び退くクィネラをアスナが逃すわけがない。胸の前で腕を交差させ、ベルトの上で力を込める。複眼が緑に灯り、全身にグリーンのラインが巡っていく。
「……くっ、調子に、のるなぁ!」
このまま黙ってやられるクィネラではない。傷を抑えていた手を外し、強烈な拳を繰り出した――明日奈のチャージ完了と、ほぼ同時に。
「やああぁぁぁぁー!!!」
アスナとクィネラの拳がぶつかり合い、激しいエネルギーの応酬と衝突。眩い光が世界を包み、衝撃となって反響する。たまらず吹き飛ばされていくミトが見たもの。それは――
――
――――
立ち上る粉塵は居室を満たした。
次第に晴れて、クリアになっていくそこはもはや原型などとどめてなどいなかった。煌びやかな装飾は半壊し、床も壁もボロボロ。その中でただ一人――クィネラだけが立ち尽くしていた。
アスナが身体に刻んだはずの傷は既に消え去り。感情を感じさせぬままに立ちすくんでいたその姿から、ふっと力が抜け、笑みが浮かんだ。
「いい格好ですね。あなたにお似合いですよ――アスナ」
クィネラの視線の先。倒壊しかけの壁に磔にされているのは愚かなる反逆者――アスナの姿だった。自身の獲物であったはずの剣を腹部に突き刺され、それが杭のようになって彼女の動きを封じていた。
未だ戦闘形態を維持しながらも、今にも死に体で、仮面の隙間からは無数の血が溢れ続けていた。
「……っ、うっ、ううっ…………!」
「今までよく頑張りました。この私を相手に、勝てない戦争を愚かにも足掻き続けて」
そっと彼女の頭に触れ、胸に抱き寄せた。――そして、それを怒りのままに殴りつけた。ゼロ距離から全力で。強固な外皮が軋んでひび割れて、複眼が割れた。
それから何度も、何度もクィネラは拳を振るった。繰り返し、延々と。屈辱を晴らすために。無抵抗の彼女を殴り続けた。その姿はまるで、あのアポロのようだった。
残虐さそのものな彼女の猛攻を、アスナは受けるしかなかった。既に手足の感覚も薄く、意識すらはっきりしないのだ。それが幸いして、壊されていく自分の身体の痛みや感覚を感じずに済んだのだが。
クィネラの拷問はアスナの複眼――それが砕けて中の銀バッタ怪人の目が覗くまで続き、同時に限界を超えて異形の怪物は元の少女へと姿を変えた。
顔から足の爪先に至るまで打撲と切傷、出血と骨折だらけ。腹部には無骨な剣が突き刺さったままの誰が見ても異常そのものだがクィネラは意に介さない。
「私にひれ伏せ、そうすれば我が肉体の一部として永遠に――」
クィネラが言い切るよりも早く――その顔面を血が襲う。
吐きつけたのは明日奈だ。彼女は女の長ったらしい話など聞くつもりはなく、ただ一言「冗談じゃない」と吐き捨てた。
瞬間に、クィネラの激情が迸った。感情のままに明日奈の首を締め上げ、骨を狙う。すぐには折らない。じわじわと苦しめてから始末するつもりだった。
首が締まり、全身の感覚すら薄れていく中で、明日奈が最後に見たのは深澄だった。彼女もまた変身は解け、上半身だけ残して倒れていた。微かに働く聴覚を凝らしても、心音一つそこからは聞こえてはこない。
(ごめんね深澄、巻き込んで……)
どんなに最もらしい理由を並べようと、彼女を仲間にした理由なんて一つだ。
一人はいやだったから。
誰かに、頼れる傍にいてほしかったから。
たったそれだけなのだ。
でも、そのせいで彼女を苦しめてしまった。
――もし、次があったら。あるなら、今度は私が絶対に守る。守って見せる――
今更過ぎる後悔と決意を固めても、全てが遅すぎた。
明日奈の手から力が抜け、その全身がぐったりと、落ちた。
静かに、
音もなく、
結城明日奈という少女の命は、あっけなく消えた。
それを見届けてから、クィネラもまた腕を離した。そうしても、あの肉体はもう何も反応を示さないと知っているから。眉を顰め、宿敵の顔にそっと手を翳し、安らかな顔を一瞥してから、彼女は背を向けた。
もう用はないとばかりに。残る二名の侵入者の排除と捕らえた人質の処遇こそが今の彼女にとって優先順位が勝った。
――だが、不思議なことというのは、必ず予期せぬ事態に起きるのだ。
どんなに入念にしても、どこかでその隙を突いて生じるのだ。
鼓動が止まった明日奈の身体。魂が既に失われたはずのその身体が、指が、ぴくりと動いた。光を宿さぬままに瞼が開き、クィネラの背を見つめる。
――まだ、終わってない。まだ、何もはじめてすらいない――
それだけが心の中で響いて、聞こえて。気づけばその手には首に着けていたはずのペンダントがあった。もう一つのキングストーン――太陽のストーンが、彼女の手の中に。
明日奈は徐にそれを手にしたまま、向かうは己の腹部。都合よく空いたままのそこに翳した瞬間、石が赤く輝いて、腹部に緑の光が宿る。まるで引き合うようにして石を翳せば、途端に、激しく、力強い光が、満ち溢れた。
「――うううっ、うぐっ! うわあああー!」
背後で聞こえた叫び声に振り向いたクィネラが見たもの。それは――
「――――ああぁぁぁぁぁー、うわあああっ! あああぁぁぁぁぁーーー!!!!!」
目を覆いたくなるほどの眩い光。凄まじい力。そして、その中心にあるのは明日奈。先ほど自分が手に掛けたというのに。
「ああっ、うわぁ、あうっっ。うぐっ、わぁぁぁぁぁー!」
叫びをあげ、彼女自身すらその力の濁流にのみ込まれているようで。次第に、引力を増して周囲のものを通り込んでいくその光。
最初はただ黙って見守っていた彼女だったが、それが深澄を引き込む姿を見て――邪悪に笑った。指を鳴らせばその頭上には、巨大な心臓――かつて創世王と呼ばれていた傀儡の残骸が出現し、クィネラはそれを引力の中に、投げた。
目論見通り、深澄と共に吸い込まれ、一つになっていく心臓。
そして、悲鳴は大きくなり、
「「うわぁぁぁぁーーー! ああっ! ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」」
重なり合い、交じり合う声色の違う少女たちの声。それはまるで歓喜しているようにも苦悩しているようにも聞こえて、クィネラは満足げに両手を広げ、笑った。
眩い光と悲鳴の中、彼女の声はかき消された。だが、それでも、新たなる誕生だけはもう誰にも留めることなどできなかった。
※
「……はぁっ、はぁ……」
薄暗い通路を木綿季は息を荒げに進んでいく。
眩い光により仲間と分断され、彼女が飛ばされたのは怪人達の巣窟だった。組織も所属もばらばらで、ただそこに敷き詰められているだけの群れ。そして、明確に自分の命を狙い襲い掛かってきたのはシザースジャガーとバット。あの黒幕である女の命の元に、戦いを仕掛けてきたのだ。
激しい死闘を潜り抜け、千を優に超える軍勢を相手に生き延びたのは直葉――リーファがいたからに他ならない。彼女も自分と同じ場所に飛ばされ、その回復能力がなければ……そう考えただけでぞっとする。
群がる敵を前に、彼女にはシザースジャガーを、自分はバットを受け持ったが不利を悟った彼には逃げられてしまった。追跡しようにも自身もまた手負いであり、早く明日奈達の元へと急かすリーファに押されて離脱した。
「待っててね明日奈。今からそっち行くから……」
リーファの回復能力を使いたかったが、彼女も手いっぱいだ。腕を抑える手にべっとりとついた血を拭いながらひたすら進んでいく。この先から強い戦いの気配を感じている。だから、何かあるのは間違いないのだが――
(気配が消えた。まさか――)
最悪の光景が脳裏に過るが、それを振り払い足を進める。友の無事を信じて、勝利を確信して。
やがて木綿季が辿り着いたのは、聖堂。神聖な空気と雰囲気に満ちたそこに一人佇むのは銀色の異形。
だがその姿に木綿季は覚えがあった。見間違えるはずがない。だって――
「――あすな、明日奈だよね…………?」
――人気のない聖堂に静かに立つそれは世紀王としての彼女の姿に酷似していたから。
後ろ姿しか今は見えないが、その気品ある銀色の外皮は紛れもなく彼女のものだ。……だが、背中から生える
「深澄はどうしたの?ねぇ、明日奈ってば――」
嬉々として木綿季は異形の肩を掴み、その顔を覗き見た。――瞬間、彼女の表情は一気に凍り付いた。
「――えっ……!? そ、そんな、どうして……」
木綿季が目にした顔。それはかつての風格と威厳に満ちた王の仮面――などではなかった。美しい水晶のような複眼や鋭利なクラッシャーなど、もはや面影は欠片もなかった。目は溶けた宝石みたいに朽ち果て腐ったように吊るされ、顔もつぶれたように変形。至る所の皮膚は裂け、骨や肉が露出していた。
よく見れば外皮もおぞましく形を変え、胸にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
到底、受け入れられなかった。でも受け止めざるをえなかった。――これが、明日奈の変わり果てた姿なのだと。
酷く耳障りで不快な奇声を発し、異形は木綿季目掛けて腕を振り上げた。恐ろしくゆっくりで緩やかな動きだったが、その力は凄まじく、空間が歪んでいた。
「そんなっ……明日奈、返事をしてよ明日奈!」
懸命に呼びかけても異形は何も答えない。何も示さない。返ってくるのはまるで戦闘員のような意思なき無機質の敵意。
くすくすと声がして、木綿季が見上げた先。そこには女――クィネラがいた。初めて会う存在だが、本能的に敵であり、数時間前意識を乗っ取った犯人だと察した。
「まさか自分から殺されにくるとは、都合がいい。……さぁ創世王、その者を殺しなさい。その女はもはや世界に必要ない。お前が新たに創世する世界にとって邪魔なもの」
クィネラに促されるままに、かつて明日奈だったもの――新創世王は木綿季へと狙いを定め、爬虫類みたいな目をぎょろつかせた。
もう、明らかだった。最早この世界に明日奈はいない。ここにいるのは、彼女の成れの果て、ただの敗れた屍だ。それなら――
「――ボクが止めるよ。明日奈を、これ以上好きにはさせない!」
瞬時に変身したユウキの声に、一瞬、ほんの僅かな間だけ新創世王の足が止まる。だがそれも束の間、再びクィネラの命に従い歩み出した。
かつての友の変わり果てた姿を前に、ユウキは剣を握りしめた。
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