朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
怪人シノンの暗躍
真っ赤な月が不気味に照らす真夜中のビジネス街。
その中でも一際異彩を放つのは総合電子機器メーカー「レクト」の本社ビル。日本経済を担う重要な企業の一つであり、開発途中の製品といった機密事項に関わる情報を保管しているサーバーの置かれた場所でもあった。
少し離れたビルの屋上。そこに現れたのは奇妙な格好をした女。青色の髪が夜風に靡き、氷のように冷たい表情を煽る。
滑らかな身体のラインが強調される真っ黒なエナメル素材のライダースーツ、その上には革のベルトや銀の金具が盛り付けられた不気味な服装。手足にはより硬質な素材のグローブとブーツが装着されて、ネコを模したそれらには銀色の鋭い爪が装備され凶悪な輝きを見せていた。
首周りはV字に肌を晒していて、豊満な谷間とその隙間には鷹のレリーフと『Sinon』と刻印されたドックダクのネックレスが巻かれていた。
スーツ越しにも分かる形良い尻には尻尾が付いていて、レクトの本社を監視する鋭利な視線とは対照的に、緩やかに可愛く揺れていた。
女はビルをひとしきり眺めた後、徐に足元に置かれたネコの仮面を被った。ギラン、という音と共に複眼が緑に点灯し、強化スーツに包まれた肉体のメカニズムが起動、改造人間シノンとしての力を覚醒させる。いつしか手にしていた彼女の背丈ほどの大きさの弓矢を構えると、巨大なビルへと切先を向けた。
――が、すぐにその視線は付近を走る車へと流れた。
常人を遥かに上回るシノンの眼には移動する車さえ静止したように見え、車壁に遮られた微かな声さえ耳を澄ませば鮮明に聞き取れた。
『先生……明日の会議ではお願いしますよ。先生の1票で、この国の経済が変わるのですから』
『分かっているとも……。これからのこの国の為にもなんとしてもやり遂げねばな……』
聞こえてくるのは老年の男二人の会話。
組織より与えられた記憶を辿れば、一人はこの国でも有名な大臣で、社会的地位の低い者達に寄り添った政策と物腰の低い人柄で人気の政治家だ。もう一人の方は恐らくはその秘書で、この国の未来の為にとやる気に溢れたやり取りが深夜だと言うのに耳に入った。
かつての自分ならこの二人の言葉に1票を託したりもしたのだろうが、ショッカーというより大きな存在の一部となったシノンには最早目障りな存在でしかない。
緩やかに進む車に狙いの照準を合わせ、弦に指をかける。
「さよなら……愚かな反逆者さん♪」
躊躇うことなく矢を放つと、空を鮮やかに滑空していき車のタンクを正確に撃ち抜いた。
直後、車体は激しくスリップし、炎上。そのまま宙へと吹き飛んで反対にひっくり返って歩道へと乗り上げた。
爆発。周囲がオレンジに染まり、通行人の悲鳴が上がる。
シノンはそれを一瞥することもなく立ち上がると、弓を背負ったまま次はレクト目掛けて跳躍する。
数ブロック先にある建物でも、改造されたカラダを駆使すれば一飛びで到達できる。
音もなく屋上へと着地すると、扉を引き剥がし中へと進入した。かつての物を掴むほどの力も使わない。
いつしか消えた背中の弓矢にも意識は向けず、軽やかな足取りで通路を進む。
内部の図面は予め頭に入れてあり、暗闇が包む深夜でも月明かり一つで視界は鮮明に見える為迷うことはない。
数メートル先、警備員の靴とフローリングマットの擦れる音が聞こえた。遥か遠方で落ちた針の音さえ正確に捉えることが出来るシノンの耳はそれを察知し、素早く天井に張り付き忍んだ。
数秒遅れ、警備員の一団が通過していく。改造され常人を遥かに勝る身体能力を得たシノンにすれば、ただの人間如き恐れる相手ではない――が、派手に動けばショッカーの存在が明るみとなり、余計な仕事を増やしかねない。弱い相手に隠れ忍ぶ屈辱はあるが、組織の為と思えば耐えられた。
「……ん?」
不意に、警備員の一人が何かを感じたのかシノンのいる方を見上げた。その頃には既にシノンは姿を消していたが、薄暗い天井に刻まれた、獣の爪痕のような痕跡が視界に入った。
「あれは……」
言葉よりも早く、シノンは警備員に組み付き、首への一撃でその意識を奪う。気絶した身体を物陰に隠すが、仲間の一人が消えた事を気づかぬほど彼らも間抜けではない。
すぐさま警報が鳴って警戒態勢が敷かれる。察知された以上、仕方がない。
床を、壁を、天井を蹴り、素早く飛び回って目的地を目指す。音すら置き去りにする勢いで移動し地下室に続く扉に辿り着いた。
「おい、止まれ!」
同時に警備員達も駆けつけ猫の怪人を囲んだ。全身レザーの異形相手に戸惑いつつも警棒を構え、手にしたライトで照らす。
(一人、二人、三人……、いや、全部で七人か。天下のレクトにしてはお粗末な警備ね……)
気怠げに顔を上げ、シノンは呆れたように嗤った。
強化聴覚を持ってすれば、目で見ずとも心音だけで全てを正確に把握するなど容易いことで、相手の人数や位置、怪人である自分への畏怖を鼓動から感じとった。
そして、眼中にないとばかりに再び足を進めた。
「おい、止まれといって――」
腕に掴みかかってきた一人を腕を回して振り解く。
微かに腕を引く程度の動きさえ、警備員は車にはねられたかの様に空中で回転し、床に叩きつけられた。
それを合図に同時に怪物目がけ挑む男達。
シノンは怯むことなく仮面の奥で目を閉じた。そして――
(ただの人間風情が生意気な)
――蒼い複眼が獰猛に輝き、怪人が牙を剥く。
軽やかに宙へ飛び上がると同時に反転し、回し蹴りを放つ。流れるような一撃は四人の男達の頭部を同時に打ち抜き、意識を奪い去る。
一回転が終わるより早く、倒れる一人を足場に次なる獲物目掛けて、再度、跳躍。常人離れした動きに驚愕する男の顔を見下ろしながら容赦なく飛び蹴りを叩きつけた。
打ち込んだ胸部から骨の砕ける音がして、足裏から伝わる感触にシノンの胸が熱く昂る。怪人となって以来知った、弱い者を倒す度に感じる悦びに身が打ち震えるのが分かった。
興奮に任せるままにグローブの爪を展開すると、両手を広げて残り二人へと接近する。怯えに満ちた表情で凍る彼らをラリアットで床に押し首元を掴み引き摺った。
聞くに耐えぬ悲鳴をあげるのを無視して壁際まで連行し、頭から叩きつける。ガラス張りの壁は怪人の腕力で押し付けた事で簡単に砕け、奥に隠された通路を解放した。
最早虫の息の二人をゴミのように捨てると、シノンは周囲で転がる男達などどこ吹く風といった様子で先を目指す。
「――ま、まて……!」
その背中を呼び止める者が一人。
先程倒したはずの一人が目を覚ましたのだ。どうやら蹴りが上手く決まっていなかったらしい。
「さ、先へは行かせんぞ……!」
頭から血を流し、まだ震えの残る足で立ち上がり銃を構える。震えは全身に残り、視界も銃口も定まっていない。
「…………」
向けられた銃口に勘づいたシノンはゆっくりとだが振り向き、青い視線を向ける。凶暴な鋭さはそのままに仮面の奥では邪悪な笑みを浮かべていた。
(銃、ね。……面白い物持ってたんだ)
かつての自分が怯え恐れて、忌み嫌った物。人の命を簡単に奪い去る恐ろしい獲物を前にしても今では何も感じない。
首を後ろに傾げたまま振り向くと、シノンは手を広げて男へと近づいた。
『撃てるものなら撃てばいい……』
仮面越しの擦れた声で男を威嚇し嗤う。
銃を前にしても不気味な声で迫り来る異形を前に、男の足が竦む。手足が震えて呼吸がままならなくなる間に怪物は触れられる程の間合いまでやってきて、仮面の眉間に銃口を重ねた。
『ほら、早く撃て……!』
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
恐怖に駆られるままに引き金を引き、弾丸を放った。指を何度も引くたびに激しい音が響き、連射された弾がシノンを吹き飛ばしていく。
『ギ、ギャァァァァァ!』
弾丸を受けたシノンは悲鳴を上げ、後ろへ下がっていく。
警備員が反動で腰が抜けると共に怪物も背中から倒れ込んだ。そして、手足を大の字に広げたままぐったりと動かなかった。
「や、やったのか……」
乱れた息のままなんとか身を起こし、様子を伺う。全身に走る痛みから次の射撃は無理な事を感じつつ握った銃から手は離さずにいた。
『ふ、ははは……』
「……!?」
びくり、と異形の身体が脈打ち不気味な笑い声を上げた。
『ハハハ、ハハッ、アッハッハッハッハッハッ……!』
「ひっ……!」
ゴキゴキと全身の骨を鳴らしながらシノンは起き上がっていく。
さながらホラー映画のワンシーンのような光景に警備員は手から拳銃を落とした。
『さ〜んねん♪ 私に銃は通用しない……』
シノンは警備員の目前に握り拳を翳すと、ぱっと開き、掴んでいた弾丸を落とした。
そう、弾丸はそもそも到達などしていなかったのだ。
怪人の中でもずば抜けた動体視力と瞬発力を誇る彼女は放たれた弾丸を全て危なげなく掴んでいた。そして、揶揄う為に敢えてやられたふりをして反応を伺ったのだ。
「ば、化物……」
最早逆らう気力など残されておらず、怯えた眼差しでシノンを見上げそう呟いた。
「化物……懐かしい響きね、その言葉すっごく嫌いだった……」
ゆっくりとしゃがんで男と視線を合わせるシノン。
仮面の側面に触れると複眼が展開されて目元だけ露出する。恐るべき怪人の仮面から覗く少女の視線はカラコンを着けてるみたいに青く染まりながらも、不気味なまでに慈愛に満ちたものだった。
「でも今は誇りに思ってるわ……。だって愚かな人間には到底理解できない程の存在に産まれ変われたのだから……!」
シノンの腰に生えた尻尾が伸びてきて首を掴んだ。鍛え抜かれた巨漢が華奢な少女によって軽々と持ち上げていく。
初めはバタバタと足掻いていた爪先が動かなくなったのを見て、シノンはそれを無造作に捨てた。
再び、シノンは奥へと進み目的であるサーバールームへと到達した。
両開きの重たい金属の扉を掴んで無理やりこじ開けると、今回の任務の標的――レクトの重要データを管理する巨大サーバーが見えた。勿論全てのデータがここに保管されている訳ではないようだが、ショッカーにとって不利益な情報及び不利益に繋がる計画の要となるこの装置の破壊こそが与えられた使命だ。
複眼の色が青から緑へと変わる。セキュリティ対策として張り巡らされた赤外線のレーザーがはっきりと視認できるようになった。
(なるほど、首領様が私に命じられたのはこういうわけか……)
崇高なる組織の長の考えを理解し、シノンは悦びで頬が緩むのを感じた。
このセキュリティは単にレーザーで囲むのではない。一定時間ごとに線の配置や構成が変化し、モーション探知機も設置、また運良く回避した者への対策として網目状のシールドも備えられ改造人間でも辿り着くのは容易ではなかった。
シノンを含めスピードタイプの怪人なら可能かもしれないが、まだ他にも仕掛けがある事も予想される以上下手な作戦は取れない。――が、
『でも私にはこれがある……』
どこからともなく取り出した弓を引き、矢の照準を合わせる。
手元を調節し、静かにレーザーの流れを読む。研ぎ澄まされた集中力を持ち、時が止まったような感覚を覚えながらもその瞬間をひたすらに待つ。
(今だ……!)
レーザー達の隙間。それを見抜くと同時に矢を放つ。
射出されたそれは滑るように隙間を潜り抜け、仕組まれた罠を掻い潜り、そして、サーバーを貫いた。
激しく火花を上げ、爆発する巨大サーバー。余波で周辺機器も誘爆し、激しい地響きと共に建物全体へと被害が広がっていく。
一際大きな爆発が起こり、レクト本社から火が立ち昇った。
救急車のサイレンと集まってくる野次馬の群れを見つめる一台のバイク。
フルフェイスのシールドを上げると覗くのはかつて朝田詩乃だった少女。爆発が始まった時点で脱出していたシノンは既にかつての詩乃へと擬態を終え、バイクに跨っていたのだ。
目も怪人状態の青色から元の黒目へと戻り、服装も制服姿へと着替えていた。(戦闘服と仮面はバイクのシート下にある隠しスペースへ忍ばせてある)
「…………」
続々と増えていく人集りを他所に詩乃は首に巻いたマフラーを結び直す。事件の真相を知らぬ愚かな群衆などに興味はない。今はただ、別所にて任務に付いている仲間のスパイダーからの連絡だけが気掛かりだった。
政府の要人を暗殺し、レクト本社を襲撃する。そんな派手な騒ぎを同時に起こした事も全ては組織の指示通りだ。
レクトの元CEOである結城彰三の長男――浩一郎。普段は警備により隙のない彼の誘拐こそ今回の作戦の本丸であり、シノンが任されたのも要所ではあるが、あくまでも囮の役割だった。
その役目に不満がない訳ではないが、まだ改造されて1ヶ月程度の自分と先輩であるスパイダーではどちらが信頼されているかなど明らかで、大人しく従うことにした。(スパイダー本人は嫌いではないが、どこか他者を見下した雰囲気と潔癖症過ぎる性格はシノンとしては苦手ではあった)
それから更に時は流れて、連絡は未だ届かず非常線を貼られるリスクから退避すべきか悩み始めた時、車体がぎしりと揺れ、新たな身体の重みを感じた。
「スネーク……」
「止めてよシノン〜。ボクの名前はユウキ、前にそう呼んでって言ったでしょ?」
セミロングの愛らしい容姿の少女――ユウキがシノンの背後を取った。かつてスネークとして詩乃を怯えさせた彼女だったが今ではすっかり打ち解け、組織にいる希少な女性怪人同士仲良くしている。
「ごめんなさいユウキ、それでどうしたの?」
「うん、スパイダーからの連絡だよ。『結城浩一郎は確保した。ただちに基地へと帰還せよ』……だってさ!」
「……ふっ、何よそれっ……」
スパイダーの堅物じみた真似をしながら、そう告げたユウキにシノンは思わず噴き出した。
「結構似てたでしょ! ボク、皆の物真似得意なんだ! シノンのだって出来るよ。見せてあげようか?」
「流石はスネーク――ごめんユウキね。何かを真似たり、偽ったりするのが本当に得意なのね」
「あー今ちょっとイヤミっぽかったよ〜!」
「……仕返しよ。詩乃の時に脅かされたのまだ覚えてるもの」
シートの上で絡んでくるユウキにヘルメットを被せ、エンジンを始動させた。
「あれはバットの指示なんだから仕方ないじゃんか〜! 何度も謝ったし埋め合わせしたじゃん!」
「女の恨みは恐ろしいのよ。ほら、早く帰りましょう」
半ば話を強引に打ち切ってバイクを発進させる。
何度もパトカーとすれ違うが、それをバックミラーで確認することもなく後にした。
シノンにすれば、終わった任務の事など、もはやどうでもよかったから。
エロ描写は明日投稿予定の次話と今後増えていく予定なのでそれまでお待ちを
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