朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
アスナが創世神として目覚めたその頃、地下牢にて。
「くそ、どこかに脱出口はないのか」
アポロにより牢に囚われた和人とアリス。
和人は先程から続く岩壁を揺らすほどの衝撃から、ここでなんからの戦闘が起こっていることを察し、一刻も早く脱出すべく抜け道を探していた。
「無駄ですよ。ここからは出られない」
「そんなのわからないだろ。そっちこそちゃんと探したのか」
「えぇ、もちろん。あなたより目と耳は良い方なので」
アリスにそう言われてしまえば黙るしかない。
人間と怪人では探索能力はどちらが上かなんて、考えるまでもないのだから。だが、それでも――
「どこかに、きっとどっかにあるはずなんだ……」
――それでも和人は探し続けた。
自分の勘が正しければ、今ここには直葉がいる。そして、詩乃も向かってきている。確証はないがそんな予感がするのだ。
自分の探している相手が二人も、それも向こうから向かってきているのだ。じっとしてなんかいられない。
「そんなに彼女達に会いたいのですか?」
もがく和人の背に、アリスが問いた。
「もう知っているでしょうが、直葉はもうお前の知る妹ではない。彼女はリーファ、私が変えてしまった……」
「それは、分かってる。……でも、それでもあいつは俺の妹なんだ。俺にとって、大切な……」
「詩乃にも似たようなことを言えますか。あなたが自ら傷つけ遠ざけた彼女に」
アリスの言葉に和人は黙るしかない。
その通りなのだ。許されざるとはいえ、自らの意思ではない罪を考慮もせずに責め立て、彼女の心を傷つけたのは他ならぬ自分なのだから。
「……でも、だからこそ俺は謝りたい。もう一度、元の関係に戻れないだろうけど、それでも、会って話がしたいから……」
そう言って諦めずにここから出ようとする和人。その姿を見て、アリスは立ち上がった。
彼の横に立ち、鉄格子を掴む。
「……アリス?」
「下がってください。今からここを破壊する」
アリスの全身から蒸気が溢れ出す。
何度も見た怪人化する時の合図だ。でもそれは――
「……おい待ってくれ。アリス、君はもう――」
「……えぇ、私はもう怪人にはなれない。でも、力はまだ僅かですが残っている」
ぐぐぐと力を込めれば次第にアリスの身体は鎧に包まれ、姿をかつてのビルゲニアのように変えていく。だがその速度は詩乃やサチ達を見慣れた和人にはあまりに遅く、無理矢理にも見えた。
「――はぁ、はっ、はぁっ、はぁ、はぁ……」
実際、無理矢理だ。
今のアリスは命そのものを出涸らし同然の怪人の力で補っているようなものだ。
定義上、怪人は石を失ったからといって即死に至るというものではない。あくまで人間と怪人を切り替える器官を損傷したというくらいで。怪人化しなければ、その速度は緩やかで寿命は減りはすれどある程度は長く全うできる。
だが、失ってもなお怪人への変身を続けるのなら話は変わる。
強引な細胞変化に伴う肉体への負荷は凄まじく、消耗速度は常人の数百倍にも勝る。僅かな変身ですら、死に直結するリスクを伴う。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、あぁ……」
深澄のように安全策を探して摘出したわけではないアリスの身体は、その反動を諸に受けていた。心臓は跳ね続け、命が削れる感覚を味わい続けている。
だが、それでもアリスはやめなかった。
元々、和人の妹を奪ったのも詩乃が傷つく原因を招いたのも、全ては自身の行動の結果なのだ。石の力に魅了されていたなど言い訳にならない。全て自分の過ちが招いた悲劇だ。
それを少しだけでも償えるのなら、この命など、惜しくはない。
「…………っ!!!」
限界まで力を込め、牢を破壊する。同時に、アリスは地に手をつき這いつくばった。
「……やった、やったぞ! ありがとうアリス、君のおかげで助かっ――」
喜ぶ和人の横。アリスはついに耐えきれず吐血した。
細胞の一つ一つが燃えるように熱い。視界も揺らいで意識もはっきりとしない。もう限界だった。
たまらず倒れ込み、同時に変身が解ける。
「!? アリス!」
地面に落ちる直前、和人が滑り込んで彼女の体を支えた。
「アリス! おいしっかりしろ、アリス!」
「……か、ずと。今のうちに、早く……! 私に、構わず……」
「何言ってるんだバカ! お前も一緒に行くんだろ!」
「私は、もういい……、お前を助けて、ここで死ぬ……」
アリスのその一言に、和人は怒った。
「――簡単に死ぬなんて口にするな! 命は、そんなに軽いものじゃない!」
アリスを見下ろす和人の顔。そこから一粒の雫が彼女の顔に落ちた。
「……私は、あなたの家族を壊した。そして、詩乃を……彼女も利用した。……そんな私を、あなたは許せるのですか?」
「……それは許せない。だから生きて償ってくれ。俺と生きて、これからも一緒に戦ってくれ」
「俺達兄弟みたいな悲劇をこれ以上生まないために」と続けてから、和人はアリスを肩に抱えて牢を脱出した。幸いにも見張りはおろか騒ぎを聞きつけてやってくるものすらいなかった。
和人に抱えられたまま、アリスは自身の胸を抱いた。
(生きて償え……か)
彼に言われた言葉を反芻し、アリスは微かに笑った。
確かに、死んで償うよりも生きて償うしかないのかもしれない。
かつて『帝国』により全てを奪われたあの日からある意味自分は死んだようなものだ。それから誇れないこと憚られることばかりに手を染め、悪に身を落とし、多くの人の運命を狂わせ、最後に失脚した。
過ちの数々は死んだところで消えはしないだろう。
そして、これを挽回するには生きるしかないのかもしれない。死んだ方が楽だろが、それでも足掻くしかないのだ。彼と一緒に。
少し見えてきた未来を暗示するかのように、二人の目指す脱出口。そこからは微かな光が漏れていた。
※
矢が飛び交い、空中で弾け消えていく。
激しい弾幕の中。二人の死闘は果てしなく繰り広げられた。
シノンが放ち、アポロが避ける。そして、攻守交替。
それが繰り返し、延々と続いていく。流れ弾が辺りを破壊し、廃墟へと造り替える。だがここにそんなことを気に留める者などただの一人もいない。
シノンの矢がアポロの仮面のすぐ横を通り過ぎていく。全てがスローに感じるほど卓越した彼の視力だからこそ見切れてはいるが、これが並みの怪人なら一溜まりもなかっただろう。それほどまでに洗練され隙のない一撃だった。だが。
「俺の敵じゃないがな」
彼が放つ矢はシノンの仮面を掠め、火花を散らす。わざとそうしたわけではない。しっかり頭の真ん中を狙ったが避けられてしまったのだ。
それでも、向こうは愛用する弓矢でこちらは部屋に置いてあった
あたりもしない彼女と確かに当てて見せた自分。
力の差を思い知らせるには十分だった。
アポロの挑発を受けてもなおシノンは平静を乱すことはなかった。
相手のペースにやすやすと乗せられるつもりなどもうない。ひたすら冷静に対処し、敵を葬るのみ。
普通の矢、爆弾矢、光の矢。
手を変え品を変え攻撃をひたすら繰り返す。普段、遠距離戦をするならばこんなに乱発することなどない。だが、相手はアポロだ。どれでもいい、とにかく打ち続けることこそ正解であろう。
「――そろそろくどい」
先に動いたのはアポロだ。
痺れを切らしたのか、弓矢を捨ててシノン目掛けて一気に飛んだ。コンマ一秒もかからずにアポロは彼女のすぐ真正面まで接近し、その首を狙った。
「――あんたならそう動くと思ってた」
仮面の下、間近にいるアポロを冷徹に見つめながらシノンはそう呟いた。そして、素早く武器を持ち替え、手にしたのは、マシンガン。
ゼロ距離で容赦なく放たれた連弾を前に流石のアポロも目を丸めた。瞬時に腕で防御するもその威力を前に後ろへと飛ばされていく。どんなに踏んばろうと強烈な威力を前にはまるで役にたたず、下がるしかない。この銃の威力は自分がよく知っている。なぜなら自分が選びに選び抜いた一品なのだ。その威力をまさか身をもって知るとは思いもしなかったが。
絶え間なく連射するマシンガンを構え、シノンは防御に徹するアポロを見つめた。
初めから、闇雲に戦うつもりなどなかった。この部屋へ最初に訪れた瞬間にこの作戦を思いつき、部屋を壊して悟られぬよう立ち回りながら武器をかき集めてきたのだ。全ては奴のペースを崩すために。
マシンガンの球が尽きかけてもアポロは傷一つ負ってはいない。強化スーツに守られているのもあるが大半は彼自前の耐久力だろう。そうでなくては面白くない。
シノンが次に取り出したのはショットガン。マシンガンより威力が上のそれに、もう一工夫加えてみる。
腹部に力を込めれば石の力が溢れ、弾丸へと充填されていく。
兜の中、次なる一手に目を見開くアポロにシノンは躊躇いなく撃ち込んだ。
強烈な音を立て、飛び込んでいく銃弾を――アポロは素早く盾(ガイストカッター)を呼び寄せ、防御した。いくら防御力に優れていようと限界はある。それも石の力を孕んだ一発など防ぐに限る。だが、それすら既に彼女の掌の上だった。
「!?」
盾を構えた自身の足元に転がってきたのは、手榴弾。ピンは外されていて、すぐに爆発。足元から広がる衝撃と、立ち込めた煙を裂いて飛び込んできた弾丸の雨あられに、たまらず後退する。
そして、それも予測されていたのか弾丸は軌道を変え、どこまでも追ってくる。
「くっ、小癪な……」
ガイストカッターをもってすれば弾丸如き豆粒ほども効きはしない。だが、こう続けて攻められ続ければ苛立ちも溜まる。ここいらで反撃に転じるべく、アポロフルーレを携え、弾幕から抜け出して武器を構えるがそこにはシノンの姿はない。
どこだ、どこに隠れたと探すのも束の間――背後に感じた冷たい殺気に振り向けば、そこには”彼女”がいた。
巨大なスナイパーライフル――対戦車用ライフルの耳を吹き飛ばすような轟音と全てを消し飛ばす威力を秘めた弾丸が、何の逡巡も無しに放たれた。彼女渾身のエネルギーというおまけ付きで。
(マズイ…………ッ!?)
アポロはこの時初めて焦りを覚えた。
あの武器は自身が貯蔵する中でも最も威力が高い武器なのだ。それが今、敵の手中に堕ちた。それも自身と同じ”真人類”に等しき存在の元へと。
アポロフルーレではもちろん防げない。かといってガイストカッターでは防げてもただでは済まない。こうしている間にも弾丸は接近し、判断を迫る。ならば、と――
アポロは剣を別の、瞬時に新たなる武器――切り札たるアポロショットを構え、迎え撃った。
弾丸と弾丸が弾けて潰れて粉砕し合う。
その衝突に伴う衝撃が波及して周囲へと広がっていく。それは間近のアポロはもちろんシノンさえも転がした。
「くっ……」
すぐさま立ち上がり、未だ手にしたままのライフルを見た。
「これ中々使えるわね。気に入った」
アポロを吹き飛ばした武器を愛でていると遅れて身を起こした彼と目が合った。全身焦げ跡だらけでひび割れた兜の奥で覗く瞳とシノンの複眼がぶつかり合う。
「強くなったな、それも急速に――お前、何をした?」
「さぁ、そっちが弱くなっただけじゃない?」
ゆらゆらと立ち上がり睨みあう二人。
前回の時点で手加減していたとはいえ、シノンは自身に匹敵しつつはあった。だが、この速度は想定外だ。対応はできるが何かからくりがあるはずなのだが――
「――お前まさか、人を喰ったな?」
アポロの問いにシノンは答えない。ヒートヘブンという加工物とはいえ、それは変えられぬ事実なのだから。
そして、シノンが口にはださずともアポロにはわかる。なぜなら――
「答えなくていい。俺も同じだからな」
アポロの言葉に、シノンはおもわず気を取られた。集中を乱したわけではない。少し、気にとまっただけだ。
「俺はお前と違って怪人じゃない。人間の時に身体を弄られて更なる次元へと到達した。いわばお前の先輩だよ」
感傷に浸るかのようにアポロは語り続ける。
「――だが、俺も初めからこうだったわけじゃない。安定しない自分の身体を維持するために、あらゆることを試したさ――」
「――その結果、人を喰らったってわけね」
シノンの言葉に首を縦に振った。
「当然のことだろう。俺は既存の人類を超越した存在。いわばピラミッドの頂点に立つ生命体だ。下等な種族を喰らって何が悪い」
「――くだらない。そんなどうでもいいことを言いたかったわけなの?」
少しでも興味を惹かれてしまった自分を恥じるかのようにため息をついた。
「あなたが人をどう思おうがそんなのどうでもいい。私はあなたを殺す、ただそれだけ」
既に固めた決心を再びアポロに突き付けてシノンは弓矢を構える。
アポロも息を吐くようにして笑うと銃を向けた。
元より互いに何を聞かされようと戦いを止めるつもりは毛頭ない。
考えるより先に指が動いて、矢が、弾が、飛んでいく。二つの鋭利な塊が真正面からぶつかり合い、弾ける。
二人は同時に土を鳴らし、それを追い越すほどの速度で駆け抜け、互いの武器もまたぶつかりあう。弓と銃。本来は叩きつけることを前提としない武器同士の壮絶な打ち合い。
衝撃が弾けて壁を軋ませ、睨みあう。
ぎりぎりと鍔競り合いを興じる内。仮面と兜の裏で、いつしか笑みが浮かんでいた。
激しい音を立てて武器が離れ、再度ぶつけ合う。その繰り返し。
命をやり取り奪い合いをしているのに、二人の間からはそんな気配は微塵もなく。ただひたすらに、この戦いを楽しんでいるように見えた。
初めてだったのだ、お互いに。全力を出しても壊れず諦めず立ち向かってくる奴を相手にするのは。
シノンは人としては忌避してきた殺しをやっても構わないと思う相手と出会い。
アポロはこれまで生きてきた中で名前を覚える価値の会える好敵手と相まみえた。
決して交わりたいともこれ以上知りたいとも思わない。だからこそ、これっきりで終わりにする。最後に楽しんでから。
戦いが膠着して二人は同時に飛んだ。自分の背後目掛けて一気に。そのまま互いの武器を構え、先端は相手を見据えた。弓矢が、銃身が、緊迫して震える。そして、掛けた指が外れるその刹那――――
――――世界は白く塗りつぶされた。
眩い光とけたたましい爆音。部屋が洞窟ごと吹き飛んで、その破壊は二人すら飲み込んで吹き飛ばしていく。
一度どころか、十回、二十回と絶え間なく続く爆発。
完全に跡形もなくなったその場所、瓦礫の山を押しのけて、シノンは姿を現した。爆発が始まってすぐに倒壊した岩石の下敷きとなり、それが運よくシールドとなりそれほど被害を受けずにすんだのだ。衝撃で仮面はどこかへ転がり素顔は傷ついているが幸い大したケガではない。後は収まるのを待ってから出ればいいと判断して、今脱出したという流れだ。
「一体、何が……」
だが這い出たところで事態を飲み込めたわけではない。
アポロとの戦闘中、突如として壁が吹きとんで、そのまま洞窟ごと潰されそうになったのだ。彼がなにか仕掛けた予兆はなかった。見落とした可能性はゼロではないが、少なくとも、自分の身すら危険に晒すような愚策を、あの男が取るはずがない。
「――人間どもだ」
声がして振り向けば、アポロが立っていた。
あれで死んだとは微塵も考えていなかったが、多少の汚れはああれど健在過ぎる姿を見せられては少し気が滅入るのを感じた。彼は拾っていたのか、シノンの仮面を投げ渡しつつ話をつづけた。
「人間が俺たちを潰すために戦争を仕掛けてきた。俺たちを恐れてな」
「私達を? なんで……」
「お前の仲間の女のせいだ。あの女の覚醒が、現生人類の中に眠る”新人類”への根源的な恐怖を呼び覚ました。自分たちの種の存続が脅かされているとな。今の人類に”新”と”真”を見分けられるほどの聡明さはないようだ。迷惑な話だ」
アポロの言葉にシノンは耳を疑った。が、すぐに理解した。
かつて明日奈が長い眠りから目覚めたあの日、自身が苛まれたあの苦痛。あの時は世紀王という”怪人種のみ”の存続を握る存在の覚醒により、多くの怪人が多大なる苦痛を味わった。そして、自分や直葉といった”明日奈に近しい才能を秘めた者”は特にダメージを受けた。
それが今回、更なる進化に伴い作動したのだろう。怪人に留まらず、全人類を対象にして。
「こうなったらもう止められないだろう。奴らは俺たちの存在を根絶するまで攻撃を仕掛けてくるはずだ。こんなものじゃ済まない。敵の数は無限に増え続け、死ぬまで追われ続ける」
彼はアポロショットを担ぎ、ガイストカッターを再度構えた。そして――
「俺は愚かな人類に鉄槌を下す。俺たち真人類に歯向かったことを後悔させてやる」
――アポロはシノンに手を差し出した。以前の高圧的な態度とは違う。彼女を同族とみなした上での態度だ。
「俺と一緒に人類を滅ぼすんだ。そして、二人で新たな世界に君臨するんだ」
彼の誘いに首を縦に振ることも、払いのけることも、すぐにはできなかった。
世界の全ての人類が自分の敵となった。
にわかには信じがたい話だがアポロの言葉や、遥か遠くから向けられる無限の憎悪を感じては一蹴することなどもうできなくて。人知れず動き出した右手が、静かに彼の元へと伸びていく。
世界にもはや自分の味方はいない。全てが敵、なのかもしれない。
加速度的に増していく心臓の鼓動がうるさいくらいに耳を打つ中で、シノンは、究極の決断を迫られるのだった。
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