朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う 作:名無しの猫
人間の悪意が、恐怖が、憎悪が。ある種聖域とも呼べるその地を、跡形もなく吹き飛ばした。
ミサイルや砲弾による過剰攻撃。
明らかに世界ごと吹き飛ばしかねないほど強烈な爆撃に晒されて尚――彼女達は生き残った。
咄嗟にアスナが作り出した岩のシェルター。三人がギリギリ入るサイズまで圧縮し堅牢に作り上げたそれは見事にその身を守り抜き、空爆が止むのを合図に役目を終えて崩れ行く岩壁。身を寄せ合い固まった木綿季とリーファ。そして次第に開けていく真っ赤に染まった空を見上げるアスナ。
「……い、一体何が…………?」
「どうしてミサイルがここに……なんで…………」
事態を飲み込めていない二人を背にアスナはシェルターから抜け出した。ミサイルにより吹き飛ばされた洞窟。燃え盛る木々と焦げ臭い匂いだけが辺りには広がっていた。
「アスナさん、もしかして知ってたんですか?」
アスナの元へリーファが駆け寄っていく。未だ傷の癒えない木綿季を抱えたまま、困惑しているだけではダメだと事情を知るであろう間所に問いかけた。
「どうして人間たちが攻撃を? まさかあの女を倒しに――」
「――違うよ。彼らが殺そうとしているのは私達。人間からも人間からも逸脱した存在を恐れてね」
アスナの言葉にリーファは口を覆った。
人間が、自分たちを排除しようとしている。信じがたい話だとしてもこの惨劇を目にしては受け止めるしかない。
紆余曲折を経て、確かに自分たちは人間はおろか、怪人すら超越する存在へと到達し、クィネラを打ち負かした今最強の種族といっても過言ではないだろう。――だが。
「……そんな、でも私達っ……人間と争うつもりなんて…………」
「――彼らは信じてくれないわ。私達の存在そのものが彼らにとって脅威でしかないもの」
アスナの脳裏に浮かぶのは、未来。
かつてクィネラの精神世界で見た
これからそう遠くない未来――現人類の中から生まれるであろう次世代の人類”新人類”と自分たち”真人類”の戦争により、今の人類は淘汰され絶滅する。
それは決して避けようも変えようもない定められた運命。
だがそんなものに大人しく従うほど人は弱くないことをアスナ自身が一番知っている。
クィネラの傀儡にされる未来を自ら砕き創世神となったのと同じく――人類は”真人類”を根絶する道を選択した。まだ数で勝るうちに。
「とにかく、ここを離れましょう。次のミサイルが来ても私とリーファちゃんは兵器だろうけど――」
アスナはちらりと木綿季を見た。
自分とリーファだけならいつまででもここに残ろうと死にはしないだろう。だが木綿季は違う――彼女は
反撃はしない。少なくとも今は、だが。人間と戦争をする気などクィネラならともかくアスナにはないのだから。
アスナに続く形でリーファもその後ろを追う。
木綿季をアスナに任せ、一歩踏み出した途端――脳裏に暗示めいたビジョンが、ぼんやり浮かんだ。
拭き飛ばされたはずの洞窟、いや地面に埋まっているのだろうか。
とにかく、ついさっきまで自分がいた場所と似た洞窟内にも、和人がいた。――腹部から大量の血を流して。
顔は血の気が引いて蒼白。傍で呼びかけるアリスも緊迫し、今にも泣きだしそうで――
「――リーファちゃん?」
「――えっ、あ、あぁ……いえっ、なんでもないです…………」
立ち止まり、後ろを向いたアスナが名を呼んだことでリーファの意識が戻る。だが、首筋には汗が多量に伝い、動揺を露わに目を泳がせるばかりだった。
そんな彼女の様子にアスナは疑問を抱くも、次の攻撃が迫る以上立ち止まり続けるわけにもいかず、再び歩き出した。
「……そう、時間がないわ。早く行きましょう」
「……っ、は、はい!」
先を急ぐアスナに遅れぬようリーファも足を速めた。――だがいつまでも、どこかで苦しむ兄の姿だけがいつまでも頭から消えてくれなくて。
頭を振って無理やりに押し出して、リーファはその場を後にしたのだった。
※
嘘だと言ってほしかった。
何もかも冗談で、自分を騙す悪い芝居なのだと。
「――和人、和人っ!」
でも現実は残酷で。
嘘でも、冗談でもなければ芝居なんかでもない。酷く悪趣味な
「……和人っ、目を……、目を開けなさいっ!」
アリスの目の前で横たわる和人。彼の目は重く閉ざされ、顔色も真っ白なまでに青ざめている。そして、彼の腹部から溢れ続けるのはおびただしいまでの血。シャツを染め、真っ赤な血の池を広げるほどに、出血は痛々しかった。
何故、こうなったのか。
理由を説明しろと言われてもアリスに説明することなどできない。彼女自身今何が起きているのか理解に苦しんでいるのだから。
地下牢から脱出し、和人ともに出口を探していた時、突如として爆音が響いたのだ。
そして岩壁を揺るがすほどの衝撃に、何が起きたのかと困惑し立ち止まったその時――天井が崩れ、壁が吹き飛んだ。わけもわからず吹き飛ばされ、硬い岩に身体を叩きつけられ転がされて。
眩む意識の中、耳鳴りと光に塗られた白い世界でアリスがみたもの。運悪く更に地下深くへと沈められ、ぐちゃぐちゃになった通路と――
「――和人、和人っ、起きなさいっ!」
――自分を庇い大けがを負った和人の姿だった。
彼のおかげで大した傷を負っていない(元より耐久性ではアリスの方が上ではあるが)自分とは対照的に、傷だらけで出血多量となってしまった少年。今息をしていること自体が奇跡ともいえる有り様で、その消え入りそうな命を繋ごうとアリスは懸命に呼びかけ、救おうと尽くした。
「!? あぁ、不味いっ、このままでは……」
だけど処置する道具もなければ医者でもないアリスにできることなど何一つない。ただ血を流し続ける腹を抑え、手を握り呼びかけることしかできなくて、でも次第に血の気が引いて、呼吸も消えていく和人を見て、もう堪えきれなくなった。
「和人ぉ! ……お願いだから、死なないで…………っ!」
溢れ出した涙が、叫びが、彼の顔に降り注いだ。
もうアリスでは抑えきれなかった。
長い時を得て、顔すら忘れた親友を失い、ユージオを失い、今度は目の前で和人まで失おうとしている。亡くしてばかりの人生だ。もう、とっくに限界だった。
叫びを、心の声を聞いてか――和人の指が、微かに震えた。
「!?」
これを見逃すアリスではない。すぐさま彼の手を握るがそれから反応はない。だが、凍ったみたいに冷たかった掌に、数かな熱を、ぬくもりを感じて。
――まだ助けられるかもしれない。
微かな希望が生まれ、どうすれば救えるかもう一度頭で考える。
「――全く、見るに堪えませんね」
「!?」
その背後、突然聞こえた声に震えて、アリスは血相を変えて振り向いた。想像すらしていなかった。”彼”がここに来るなど、もう一度、顔を合わせることになるなんて。
「お前は――バット」
「お久しぶりです、アリス。かつてはショッカーの幹部であったあなたの現在がそんなみずぼらしい姿だとは思いませんでした」
コツコツとブーツを鳴らし、アリスを見下ろすバット。
クィネラの命を受け、他の怪人同様にユウキ達と交戦した彼だったが、猛威を振るうリーファを前に劣勢と見るや撤退。今の今まで身を隠していたのだが、ミサイルの攻撃を受けて脱出を開始、その直後に泣き叫ぶアリスを見つめたのだ。
「――おや、その少年はたしか……」
「近づくな! 一歩でも近づけば、斬る!」
虚勢を張り上げ、アリスはバットを威嚇した。今の自分には彼を切る力も抵抗する力も残されてはいない。だがそれでも和人に近づけはしない。彼やショッカーは未だに和人を狙っているのだから。
だがバットはそんなアリスの勇気などどこ吹く風で。
「あなたに私は切れないでしょう……力を失ったこと、私が知らないとでも?」
バットを相手にアリスは歯噛みした。バレていない。とは思っていないがこうもはっきり言われては悔しさが込み上げる。
「それにもうその少年に用はない。ショッカーは既に滅んだ。……いや、元からなかったのですから」
「何……っ?」
アリスが眉を顰めた……と同時に、バットはマントを広げた。そして――
「――ですから、ここからは私の独断です」
彼が言い終えるより早くマントから飛び出したのは無数の小型メカコウモリ。
近づく必要など元よりない。かつて人間であった詩乃を攫った時のようにこの小さな下僕たちが彼の目的を果たしてくれるのだから。
迫りくるメカコウモリを前にしてもアリスは動けない。だがそれでも襲ってくる敵を前にしても、彼女は逃げずに、和人の上に被さった。
※
「――それでも、私は人間とは戦わない」
一度は上げた手を握りしめ、彼女はそう決断した。
人間の敵にはならない。なるはずがなかった。
和人や仲間たちが悲しむからではない。
自分で決めた。最後は、自分の心に聞いてそう決心した。
自問自答の中、最後に現れたのは自分だった。
真っ白な世界で、かつて怪人となったその日に殺したはずの自分が、もう一人、幼い少女を連れて笑っていた。二人は、眩しいまでの、綺麗な微笑みで。長い間笑っていなかったような気がして、自然と自分の頬を緩んでいた。
彼女達は何も言わなかったけど、何を伝えたいのかだけははっきりとわかった。
彼女たちに背を向けた時――背を押してくれたその掌のぬくもりが、今も自分を包んでくれているような気がしている。
「あなたが人間にその銃口を向けるのなら、私はやっぱりあなたと戦う。例え人間たちが私の敵だとしても関係ない」
「――そうか、やはりお前は馬鹿のようだ」
シノンの決意を聞いて、アポロも完全に覚悟を決めた。
何度も勧誘したが全て徒労に終わった。なら目の前に立つこの女は自分の敵、自分にとって単なる障害物でしかない。その才能を見込んで何度か気にかけてやったが、無碍にされては仕方がない。
アポロの手から放たれた念動力をシノンは腕を交差させて防いだ。かつては吹き飛ばされるしかなかった攻撃も、今は一歩たりとも下がらずに受けきった。
「お前はまだ知らないだけだ。人間がどれだけ愚かで無価値なのかを。だがいずれ知る。俺と同じようにな」
冷酷にアポロショットの銃口を向けてくるアポロをシノンは睨む。だが、その兜の奥から感じる視線からは不思議な感情も感じていた。
「その時お前は、それでもそんな戯言を言えるのか」
嘲笑うようなアポロをシノンは睨んだ。
弾丸が放たれるのと同時に仮面を被り、複眼を光らせた。すぐさま弓矢を構えるが――彼の姿はない。
「ここだ」
「!?」
目を見開くより早く、アポロの裏拳が後頭部へと迫る。素早く身を回し、腕で受け止める。
「果たしてお前はいつまで、人の心を保っていられるか。見ものだな」
「何勝手に語ってるわけ、気持ち悪い」
すぐ間近で顔を見合わせるアポロにそう吐き捨てると蹴りをお見舞いした。だが、それは虚しく宙を蹴るばかりで悠々と着地した彼は嫌味に笑った。
「なぜなら俺はお前の先輩だからな。お前がこれから歩む道も知っている。これから味わう地獄もな」
ほくそ笑むアポロにシノンは不快感を示した。
一体、この男は何がいいたいのか。まるでわからない。
これもきっとペースを乱そうとする奴の作戦なのだと切り捨てて、微かに浮かんだ怖れを、飲み込んだ。
「どう思おうがお前の勝手だ。だが――」
一瞬の隙にシノンの横をすれ違っていくアポロ。その間、僅かな間に耳元まで頭を近づけて、シノンの脇腹にアポロショットを押し当てていた。
「――お前がそれを感じることも知ることもない」
無情にもアポロの指が銃の引き金へとかかり、そして――
「何故ならお前は死ぬからな」
――無慈悲にも、爆裂と共に撃鉄が激しく鳴り響いた。
※
闇が晴れ、視界が開けていく。
アリスの前を遮っていた多数のメカコウモリの群れが次第に散って、姿を消した。彼らはバットのマントの中へと戻っていき、二人を解放した。
機械コウモリが消え、アリスは辺りを見渡した。さながら工場のラインのような場所。今は破棄されたのか埃被った機械類と停止したラインの中心に停まっているのは金属製のベッド――かつて詩乃と木綿季が寝かされた改造手術台があった。
「ここは……」
「えぇ、懐かしのショッカー基地ですよ――ここなら、彼を救えるでしょう」
「……っ!? お前、まさか洗脳が…………」
アリス達を捕獲したバットの向かった先、それはかつてショッカー日本支部があった場所だった。シノンが離脱しアリスが失脚して以降、その後破棄されたこの場所を知る者の方がもはや少ない。ここなら、勝手に使っても誰にも咎められることはない。
そしてアリスは彼の予想だにしないその一言に、耳を疑った。彼はてっきり首領の意思で自分たちを抹殺しに来たのだと思っていた。だが、彼の言葉や態度から見て、実際は――
「――えぇ。あの女、どうやら死んだようですね。それでか、頭の中がすっきりした感じがします」
「――なら何故、私たちを助けてくれたのですか。私達はお前の仲間を殺したのですよ」
「それはお互い様ですよ。互いに敵同士ならそこに命の奪い合いが生じるのは当然のことですから」
そう語るバットの様子にはどこか哀愁にも似た雰囲気が漂っていた。
クィネラが姿を見せてからはショッカーも他組織も例外なく統合されて一つとなった。そしてバットたち怪人はまとめてあの洞窟へと集められ、作戦など皆無な特攻をリーファ達へ仕掛けるよう命じられた。何の意味もない。無駄に命を捨てるだけの愚策に。
だが彼女が施した洗脳により、それに意を唱える者は一人としておらず。バットもまた身を投じた一人だった。
そして、多くの命が無惨にも失われた。
リーファとユウキが悪いのではない。彼女達も必死だったのだ。全てはそんな命令を下したあの女こそが原因だった。
「……私はもう疲れた。命を奪うことも、奪われるのも」
マントを翻し、アリスに背を向けた。
彼がこうして自由になれたのも狙ってのことでは当然ない。
単なる奇跡に過ぎない。
アスナがクィネラを葬り去るまで生きのびられた。ただそれだけだ。
ならばそんな奇跡でつないだ命をこれ以上無駄にはしたくはない。
去り際、アリスと和人を一瞥して、そして飛び去って行った。
そんな彼をアリスはしばらくの間、見つめていた。もう二度と出会うことはないだろうと。そんな確証のない確信だけを感じながら。
「!?」
そして、そんな彼女を現実へと引き戻したのは和人だった。吐血し、痙攣の始まった彼。もう長くはない、だがここなら救える。
和人を抱えて手術台に寝かせ、衣服を脱がした。
ただでさえ瘦せ型の細身の肉体。血を多量に失ったことでそれは更に増していて、まずは命を繋ぐことが先決だった。
素早く機械を作動させ、コンピュータを操作する。どうやら知らぬ間に改造手術がオート仕様に変更されているようで、これなら今のアリスでも簡単に扱えそうだった。
電子上に大量に保存されているオーバーテクノロジーの数々から、和人を救えそうな”何か”を探す。そして――
「……これだ」
アリスが目を付けたのはとある生命工学技術。
迷いなく機械を操作すると、動きだす無数のアーム群。それは拘束された和人の元へと伸びていき、そして、手術を開始した。
「和人……どうか無事で」
改造される彼を案じるように手を合わせ、アリスはただひたすらに祈り続けるのだった。
※
内臓が破裂して、風穴から血が溢れる。
シノンはたまらず膝を付き、吐血した。はずみで転がっていく仮面。手で口を抑えるがそれでも血は止まることはなく、苦し気にアポロを睨んだ。
「やはりお前は愚かだ。何度俺の攻撃を喰らえば気が済……っ」
余裕気に立っていたアポロ――だが語りの途中でその膝も崩れた。
「何っ…………!?」
「――学ばないのはアナタのほうね」
アポロと変わるように立ち上がるシノン。空けたはずの腹部の穴はもう塞がっていて、吐血も収まっていた。
「あなたに撃たれる寸前に、私もあなたの腹部に矢を突き立てた。気づかなかったの?」
「馬鹿なっ……、ありえない…………っ!?」
「そう? ならあなたも大したことはないわね」
驚愕するアポロにシノンは笑った。
己の力に絶対的な自信とプライドを持つ彼にとって今のシノンの行動は信じがたいものだった。
究極の存在である自分が認識できぬほどの反撃とこの肉体を破壊するほどの攻撃力。これで命を奪われはしないがクィネラと争った時以来の痛みに、驚かされる。
そして、今この瞬間にもアポロはシノンに以前のように精神攻撃を仕掛けているのだが――まるで効果がない。前回とは違って、確実に相手の心を破壊する残虐非道な圧をかけているのだが効いていなかった。
「もう私にそんなもの効かない。もうあなたに負けることはない」
そう言い放った瞬間――シノンの身体は空中へと浮かび上がった。
「!?」
「――信じられない。 とでも言いたそうね」
驚愕に震えるアポロをシノンはけらけらと笑った。この顔が見たかったからこそ、これまで隠していたと言っても過言ではない。
「既に“真人類“に到達していたと言うのか、貴様ッ……」
「大正解。もう少し楽しみたかったのだけどバレちゃったら仕方ないわね」
そう、シノンは既に”目覚めている”。今こそ、その力を解き放つ時であろう。
悪びれる風もなくシノンが答えれば、たちまちに輝き出す肉体。
眩い光の中で弾けて消える強化スーツ。ボディラインを強調する虹色の光に包まれていき、そこに新たなる装備が纏っていく。
黄金のラインの走る青いドレス。一部がリーファの物と酷似した――だが彼女よりは軽装で身軽なそれはシノンの全身を包み込み、胸部と腰部に鎧を備え付けた姿。
首から手足の先までを包んだ防御力に優れた美しき装い。
黒いブーツが宙を蹴り鳴らせばシノンの左背に現れたのは――翼。まるで4本の剣を並べたようなその翼は彼女をイメージのまま、思うがままに空を支配させた。
そして、手を翳せば現れたのは巨大な弓だ。神々しさを具現化したようなそれを手に、シノンはアポロを見下ろした。
「言ったでしょ? “あなたを殺しに来た“って。まさか無策で来るなんて馬鹿なことしないわよ」
シノンは動揺したままの彼へその弓《アニヒレート・レイ》を向けた。
すぐさま、アポロもアポロショットを構えるが間に合わない。
シノンの指にエネルギーの矢が充填され――瞬時に放たれた。感覚的に”たったの10%”程の力も込めていない試し打ち。であったが、威力は充分以上過ぎた。
撃たれた矢は瞬間的に隕石の如き大きさへと肥大化し、アポロへと迫る。
衝突寸前に――無数の弾丸や矢に変形し、あたりを吹き飛ばして回った。
彼どころかまるごとこの土地を抹消するほどの――先程のミサイル達など比にならない一撃に、焦りしかない。
全力とまではいかずとも持てる限りの力で撃ち返すも、到底敵いはしない。
爆裂。
大きな爆炎を打ち上げ、シノンの攻撃はアポロへと命中した。
「うわぁ……」
自身の行いとはいえ、当のシノンは少し引いていた。
自分としても目覚めたてで力の加減が分からないのだ。どこまでが全力で、どれほど抑えればいいのか。
さっきの攻撃を”敢えて”受けたのも、回復力を知る為だ。そして今の攻撃も。
だからこそ、かなり加減して打ったつもりなのだが……それでも凄まじ過ぎた。
そもそも覚醒自体がシノンからすれば未だ理解できていなかった。
ヘブンを喰らい、これまで否定していた全てを受け入れた直後――肉体が輝いてこの姿へと変わった。まるで”変化を受け入れることを待っていた”かのように。
それからは力に導かれるまま空を飛んで飛行を楽しみ、戦地へと赴いたのだ。
「うっ、うぐっ……あっ!」
瓦礫を押し除けアポロが姿を見せた。
どうやらしぶとく生き延びたようだが、強化スーツは破損し、兜は割れて素顔が覗いていた。
ついでに血が溢れて息は絶え絶え、もう長くは持たないだろう。
「まだ生きてたのね。随分としぶといこと」
「……ぐっ、貴様……っ、本当に”真人類”か?」
アポロの問いはもっともだ。
今のシノンの力――明らかに自分はおろかクィネラすら凌駕している。これほどの相手は見たことがない。本当に自分達と同族なのかすら怪しかった。
だが、シノンは気にも止めずに。
「知らないわよ、そんなの。”真人類”とか”新人類”とかもうわけが分からないし、どっちだっていいわ」
そして、こう答えた。
「私は私。朝田詩乃でありシノン、そして”太陽神ソルス”の名を新たに受けた者。名前とか種族はどうでもいい。私は守りたい者の為に戦うだけ」
アポロに笑い返し言い放った。もう迷いなど微塵もない。
「……ソルス、シノン。守りたいものを守る、か……。まぁいい……」
アポロはふっと笑うと兜を捨てて銃を構えた。
素顔を晒し、これまで能面みたいに変わらなかった表情を満面の笑顔で形作って。
「……ならば守ってみろ。俺という敵を倒してな」
「……言われなくても、そのつもりよ」
シノンも答えるように弓を構える――空を飛ぶのはやめて、地面に足をつけて、彼という好敵手を敬意をもって迎え撃つ為に。
アポロショットにチャージされていくエネルギー。彼の持つ最後で最大の一撃。
これを迎え撃つ為にこちらも全力を出す必要があるだろうがこのままではさっき以上の被害を生む――ならばと。
シノンが念じれば、それは眩い光と共に弓から銃へと変形した。先程使っていたライフルに似たそれを、構えて迎え撃つ。
(これで……)
(……終わりよ!)
同時に指をかけ、引き金を引く。
――直後、音すら消し飛ばして、光が世界を白く塗りつぶした。
――――数秒遅れて、大きな火柱が立ち昇って、全てを吹き飛ばすほどの轟音と爆風が解き放たれた。
二人の戦地のすぐ側、木陰から見つめるアスナとリーファ。安全地帯へと木綿季を避難させた二人は、この戦いの全てを見届けていた。
そして決着がつき、火柱の中心に立つ影を見つめる。
文字通り爆心地の真ん中で、一人立つシノン。
もはや彼女の前に敵はおらず、その影すら残っていない。
自身がやった所業を眺め、暫しの感傷に浸る。
――これで終わった、全て終わったんだ――
目を閉じ天を仰げば開放感が一気に溢れてきた。
辛く苦しかった地獄から救われ、もう自分を脅かすものはいないのだ。
(……いや、まだ残ってる)
――いないはずだった。
目を開ければそこに見えるのは青空――ではない。
それを埋め尽くす黒い塊、ミサイルなのだ。
心のどこかで、ぴしりと、音が鳴った。
『人間はお前の敵になる。全人類がお前の敵なんだ』
ふいにアポロの言葉が蘇り、耳を揺らす。
うるさい、と一蹴したはずなのにそれが消えてくれない。嘘だと思ってもこの向けられる鋭利な兵器を前にすればそんなのは文字通り虚勢にすぎない。
無意識のうちに弓を構え、ミサイルを狙う。
感情の籠らぬ瞳で空を仰ぐ。美しかったはずの自由の象徴を。そして、それを汚す野蛮な鉄塊を。
想いが溢れ出した身体を突き動かすままに――
――シノンは天めがけて矢を放った。
次回最終回です
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