※この作品はR-18です。

朝田詩乃は悪の組織に忠誠を誓う   作:名無しの猫

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朝田詩乃は終わりなき戦いに身を投じる

 月が浮かぶ夜空の元。少女が一人、その暗闇を走り抜ける。荒れた地面を素足のまま、きっと上質なものだったであろうワンピースを泥に汚しながらも足を速く動かした。

 

 そんな少女を狙うのは、異形。大型トラックよりも大きな巨体を暴れさせ、全てを蹴散らし目の前にいる自分よりもか弱き獲物を狙っていた。

 

 後ろは決して振り向かず、けれども自分を狙ってどこまでも追ってくる怪物から、少女は逃げ続けた。

 少女の父も母も姉も、この異形が殺した。荒廃した街から家族で逃げ出す時、運悪く出くわしたこの怪物にみんな殺された。少女だけは、他の家族が身を挺して庇ってくれたからこそ生き延びたが、全員を皆殺しにしても怪物は止まってはくれない。

 

 ひたすら逃げ続け、かつては団地であっただろう廃墟群に逃げ込んで、生きるために走った。生かしてくれた家族のためにも、自分のためにも。

 だけど怪物相手にただの人間の少女が逃げ続けられるわけもなく。結局はじわじわと追いつかれ、追い込まれていって――ついには袋小路まで追い詰められた。

 

 怪物を前に一歩後ずさる少女、けれどもその背はすぐに建物とぶつかった。

 右を向いても左を向いても、逃げ場はどこにもない。少し高いところに窓があってそこなら逃げられるかもだが少女の背丈では到底届かず、そもそも怪物がそんな時間は与えてはくれない。

 時間をかけて追い詰めた獲物を前に怪物はヨダレを滴らせた。あの時簡単に食えたのに敢えて逃がしたのも狩りを面白くするからに過ぎない。人間など足元にも及ばぬ力を持った怪物にとって人を襲って喰らうことなど容易い。だからこそその”ゲーム”を少しでも面白おかしくするために、こうして一工夫加えたに過ぎない。でも、もう満足だ。

 大口を開け、怪物は少女へとびかかった。

 目が見開かれ、飛び込んでくる怪物に、少女は動くことが出来ずにいた。鼓動が早まり、息が詰まった。逃げ場がないからではない、単に足がすくんで動かなかったのと。怪物の向こう――闇夜を照らす大きな月の前、少女の目には虫ほどの大きさだというのに、それを背に立つ豆粒みたいな影が、ぼんやり見えたから。

 

 月をバックに夜空に浮かぶ”彼女”はどこからか弓を取り出して、構えた。そして狙う素振りすらなく、静かに弦を引き、一閃。

 

 闇を切り裂き音すらも置き去りにした矢は――怪物を粉砕した。身体に大きな穴を開けられ、怪物は粒子となって消えていく。

 

 助かったことすら、少女は認識できずにいた。あまりの出来事に、気づけば尻もちをついていた。

 月の遥か上空に謎の影が現れたと思ったら、今度は怪物の方が突如として崩れて消えた。

 もう何が起きているのか、わからなかった。化け物はもう形すらそこには残ってなくて、次第に心臓の高鳴りが落ち着いて、ようやく助かったのだと実感できた――その時、自身のすぐそばに、気づけば女が一人立っていた。

 

 どことなく奇妙な女性だった。

 深く被ったフードも、濃い緑を基調としたミリタリ風の服装も、それほど不思議ではない。だが、どことなく。目の前の彼女に対して、身体の奥底から感じるような”不思議な違和感”に、少女は立ちすくんだ。

 少女の気を察したのか、彼女の元へまた一歩距離をつめてから――

 

 ――そっと手を差し出した。

 

 フードの影から覗く彼女の瞳と目があって、少女は、その差し出された手を掴んだ。

 

 

※

 

 

 荒廃した道をひたすらに、彼女に手を引かれるままに少女は歩いていた。

 道は荒れ果て、多数の建物は半壊して傾いている。かつては都市部であったここも今や人の気配は自分たち以外はどこにもない。世界がこうなってしまったのは、それほど昔の話ではない。

 

 

 遡ること三年ほど前。

 世界の偉い人達が言う”魔女”がこの世界に降臨したその日に、世界の秩序は崩壊した。

 既存の兵器を全て破壊し、軍すら圧倒したという”魔女”。

 彼女の登場により世界は大混乱。そして、それを待ちわびていたかのように各地に異形の怪物たちが突如として発生。たちまちに都市を破壊し、人間社会は壊滅的な被害を受けた。

 その後人間は怪物――怪人と自称する彼らの代表を名乗る”少女”と交渉をするなどして双方歩み寄ろうとした。だが意図してか、決して一つに纏まろうとしない怪人達や共存を拒む人間たちにより、双方和解の糸口は見つからぬまま世界はこんな有り様へと変わり果ててしまった。

 

 横を歩く彼女を見上げて、少女はふいに思いを巡らせた。

 

 ――この女の人がもしかして”魔女”……いや、”女神”なのかな。

 

 女神。

 ”魔女”が降臨してから、ほぼ同時期に世界中で実しやかに囁かれ出した噂。

 

 ある時は、周囲を怪人に囲まれ、人々が窮地に陥っていたその時――突如としてその大地が形を変え、巨大な要塞へと変わり人間たちを守護したという噂。

 

 またある時は疫病と飢餓に苦しむ人間の集落にて、その病を一瞬で癒し、人々に恵みを授けたという話。

 

 そして――天より舞い降りて、万を超える怪物の群れを一撃にて葬り去ったという話と、いろいろな噂を耳にしたことがあった。ちまたでは『女神は一人ではなく複数』とか『”女神”と”魔女”は同じ』とか様々な憶測が飛び交っているが、とにかく。

 

 ”女神”は人々に希望を与え、崇拝され、同時に恐れられてもいるのだ。

 

 横で歩く彼女を見つめながら、握ってくれたその掌を、ぎゅっと握り返した。暖かく、どこか落ち着くそのぬくもりに、恐怖が和らいだ。

 

 やがて、彼女は足を止めると、遠くを指さした。

 つられて少女も遠くを見つめればそこにあるのは、小さな施設。

 

「――この先、もう少しだけ歩いた先に子供達が暮らす場所がある。私にできるのはここまで。ここからは一人で行きなさい」

 

 それに答えるよりも早く。強烈な突風が、一陣、吹き荒れて。目を開けられなくなるほど凄いそれに顔を覆って――次に少女が目を開ければ、施設のある集落の前。重く閉ざされた門の前に立っていた。

 彼女の姿は、もうどこにもなかった。

 

「――よく来ましたね」

 

 門が開いて、少女を出迎えたのは金髪の女性。片眼は眼帯に覆われながら端正な顔立ちをしている彼女は、少女の前で膝を付き、その身体を優しく抱き寄せた。

 

「――ここまでよく頑張りました。でももう大丈夫、これ以上怖い思いをすることはない。お前は私達が守りますから」

 

 耳元で、優しく囁く彼女の声に。少女の中に張り詰めていた緊張が、緩んでいく。

 堪らず泣き出してしまったその背を撫でながら、彼女はいつまでも少女を抱き続けた。

 

 

 彼女――アリスと名乗った女性に連れられるまま、少女は施設の中を歩いた。

 無数の掘っ立て小屋に監視塔、どこからか拾ってきた古びた遊具に子供の遊び場、そして廃棄されて長いであろう古びたバス。連れてきてくれた彼女は『子供が』と言っていたが、ここには少ないながら大人もいた。

 やがてアリスは大きな倉庫の前で立ち止まり扉を叩いた。

 

「和人、新しい子が来ました。開けますよ」

 

 返事がくるのを待たずアリスが扉を開けば、そこに広がるのはガレージ。大きな倉庫を丸々改造したであろうその奥で、なにやら作業にかかっているの青年が一人。

 白い車体に赤いラインの入ったバイクを熱心に弄る青年の元へ、少女はアリスにひかれるまま歩く。その間見渡せば、ここには色々な機械が置かれていることに気づいた。

 

「……和人、聞いているのですか」

 

 半ば呆れ気味にアリスが青年――和人を呼べば、工具を握ったまま振り向き油に汚れた顔を見せた。全身黒づくめの作業着で、首には赤黒いマフラーが巻かれている。

 

「……あぁ、新しい子か。よろしくな」

 

 疲れた様子の和人だったが、少女を見て手袋を外すと、笑顔を浮かべながら頭を撫でてくれた。ごつごつとしながらも、優しさに満ちた感触。自然と少女の顔にも笑みが浮かんでいた。

 

 笑ってくれた少女を見ながら、和人もまた心の底では安堵していた。

 ここに来る子供はみな、親を兄弟といった大切な人を失っている。だからこそこうして心を開いてもらうのは難しいこと。気持ちは痛いほどわかるからこそ、どんなに時間をかかろうとめげずに向き合い、最後まで子供たちを守り抜くつもりだ。

 だが世界が壊れ、施設を初めて数年。――そんな状況にも変化が生じていた。

 ここにやってくる子供は後を絶たない。それどころか、年々増え続けている。悲しいことにだが。

 でも、そんな子供の方に変化が表れているのだ。ほんの些細な、和人やアリスだからこそ気づけたほどの変化が。

 

 ここに来る子供たち。彼ら彼女らが決まってあることを口にするのだ。

 

 ――”女神さま”に助けられた。と――

 

 和人にはその”女神”が誰なのか、既にわかっている。――だが、敢えて口にはしない。

 きっと言葉にすれば”彼女”は顔を背けて二度とここには来ないだろうから。今もどこかで戦っているであろう彼女自らの意思で、顔を見せてくれるその日まで待つ。その時に備えて、常にマシンの整備だけは欠かしていないのだから。

 視線が流れて窓のそば、そこにある小さな棚の上に並べられているのはネコを模した古びた仮面。見つけた時は破損してはいたが修復して、いつでも使えるようにはしてある。

 色は変わってしまったがこの首に巻かれたマフラーと併せて、あの激戦の跡地で見つかった数少ない品。彼女が生きて戦い抜いた証。

 

 小さな窓から空を眺める。広がる空の元、そのどこかで見ている彼女に感謝して、和人は子供に再び目を向けた。

 

 

 

 地平線の遥か彼方。

 ”千里眼”にも似た不可思議な力で眺めるは一部始終。

 

 自分が連れていった少女がアリスによって保護され、和人と出会い安らぎの場所を得るまでの全てを。

 陰ながら、ではあるが自(・)分(・)が(・)敵(・)を(・)遠(・)ざ(・)け(・)て(・)い(・)る(・)の(・)だ(・)。あそこほど安全な場所はない。

 彼らになら、安心して任せておける。首に巻かれたひび割れたペンダントにもう一度強く願った。

 

 兎に角、少女の無事は保証された。

 それがわかればもう十分だった。

 彼女にはもう、感傷に浸れるだけの余裕も時間も、心さえも、残されていないのだから。

 

 その足で向かうは森。木々に隠されたその奥地に、怪人の集落がある。狙いはそこだ。

 策も練らず、ただ正面から力づくで突破して怪人達の群れを蹴散らしていく。今の彼女に敵はいない。それ以前に、彼女には対等とも呼べる存在すら乏しい。

 人間ならひとたまりもない力自慢も投げ飛ばして、敵陣の真ん中に立つ。その正面、この一団のまとめ役である屈強な怪人を睨む。

 

「前に言ったわよね。人間は襲うな……って。それを守るのなら庇護下に置く。守れないのなら――殺すと」

 

 足元に倒れ伏した怪人。その頭に足を置いて、何のためらいもなく、潰した。

 先程の少女、そしてその家族を襲ったのはこの怪人軍団の一人だ。以前彼女が助けた一団であり、人間をもう襲わないことを条件に始末しなかったのだが――

 

「そんなの約束した覚えはねえよ。俺たちはやりたい放題やるだけさ。人間なんざ知ったことかよ」

「テラリア……リーファのところを追われただけはあるわね。せっかく助けてあげたのに」

「あのときゃどーも。……でもテメーは用済みだ。ソルス」

 

 そう呼ばれた途端に、フードの中で彼女の目が鋭く尖った。まるで「その名で呼ぶな」と怒るように。

 彼女を囲む怪人の群れ。全員武装し、戦意も十分。一見すればか弱き少女に勝ち目は微塵もない。しかし――

 

「――学ばない、学ぶ知能すらないのも考えものね」

 

 攻め込んでくる異形を前にしても、彼女は顔色一つ変えることはない。そして、フードの奥。静かに見開かれた瞳が蒼く輝いて。

 

 

 爆発が、広がった。

 

 

 吹き飛んだかつて怪人尾の巣窟があった地に、彼女は立っていた。

 その周りを囲むのは、焼け死んだ肉の塊と死臭ばかり。まだ息はあるのか、火だるまになった怪人が叫び苦しみながらその命を散らしていく。

 

「た、助ケテ…………」

 

 彼女の前、助けを求めるはボス格だった怪人。身体の半分は焼けただれ、顔は見るに堪えなかった。

 もはや痛みすら認識できぬ激痛の中で、助けを乞う異形。その手は彼女にすがるようで、それを彼女は――掴もうともしなかった。そのまま朽ちていく怪人。

 彼女は、それを見ても何も感じることはない。

 殺した相手に向ける感情など、とうの昔に忘れた。

 

「シノン」

 

 そんな彼女を、呼ぶ声が一つ。懐かしい名前で呼ばれ、瞳に光が宿った。

 振り向いた先にいたのは一人の少女。あれから進化したのか姿が若干変わって、さながら妖(・)精(・)みたいな風貌をした少女がそこにいた。

 

「……ユウキ」

「久しぶりだね、シノン」

 

 ゆっくりと近づいてくるユウキにシノンは笑みを返す。古き親友との再会に、自然と緊張の糸が解けていく。

 彼女と会うのは実に三年ぶりだった。

 三年前のあの日、シノンが”太陽神ソルス”として新生した日以来の。

 

 

 覚醒した直後に、人類による攻撃を受けたシノンだったが――彼女は攻撃などしていない。ただ、まだ近くにいた仲間たち。そして、爆発の余波が及ぶであろう罪のない人間が被害を受けぬよう、ミサイルを相殺する程度に止め、即座に姿を消した。

 

 そこからは成り行きで。

 変わり果てた身体のまま、森を進み。

 

「待っていたよ、”ソルス”――いやシノのん」

 

 そこに待っていた自身の数少ない同族――”ステイシア”ことアスナと”テラリア”ことリーファだ。

 彼女たちはまるで自分がここに来ることを知っていたかのように待ち伏せていた。いや、シノンもまたここに彼女達がいることを知っていた……ような気がする。

 

 三人の話題は一つ――これからどう生きるかだけだった。

 

 怪人からも逸脱した、世界でたったの三人しかいない自分たちが生きるには、今の世界はあまりにも過酷だった。

 既に人間からは敵とみなされ攻撃を受けたばかりだ。そして怪人は――

 

「――怪人たちはきっとまた暴れ出す。クィネラが集めた彼らはまだ生きているわ。洗脳が解けた今、大人しくなんかしているわけがない」

 

 クィネラがあの洞窟に集めた怪人達。彼らの全員が死んだわけではない。大半がリーファとユウキにより始末されたが、バットのように不利とみるや撤退を計った者も多数いるのだ。

 そしてクィネラの死後、彼らを縛っていた洗脳も解けた。自身の意のままに操るために仕掛けていた洗脳だが、結果として人間社会にこれまで気づかれずに生存できていたのはそのおかげだ。だが、それももうない。彼らを縛るものは何一つとして存在せず、強力な力を秘めた怪人達が自由の身となったのだ。

 

「私は残された怪人達を集めて人間と共存するために働くわ。クィネラを倒したのは私……それに世紀王の運命がある以上、彼らを最後まで導く使命がある」

 

 そう宣言するのはアスナ。

 この中で唯一運命的に力を与えられ、利用するためとはいえ一度は怪人達の未来のためと唱え、導いたことすらある。過酷な運命を乗り越え、自由になりながらもそれを果たすつもりのようだ。

 

「わ、私は……まだ、どうするべきなのか。わかりません…………」

 

 浮かない様子で、答えるのはリーファ。

 アスナとは違い、彼女は悪魔の内紛に巻き込まれる形で人であることと引き換えに力を与えられたのだ。人格が一つになったといえ、未だそれも不安定だ。すぐに答えを出せと言われても無理な話だろう。そして、最後に――

 

 最後まで聞く側に徹していたシノンの答えを、二人は待った。暫く悩んだ果てに、伏せたままだった彼女の頭が上がる。

 

「私は――――」

 

 

「――あの時、私は『戦い続ける』ことを選んだ。人間とか怪人とか関係なしに、困っている苦しんでいる人を助けたくて」

「後悔してる?」

「いいえ、その選択で救えた命。助けられた人がいっぱいいるから、後悔はしてないわ。ただ――」

 

 少し移動して草原に。草木揺れる地に並んで座り語らいあう。

 かつての選択について問うユウキにシノンは本心を口にした。だが、掌を見つめるその表情には、どこか怯えも覗いていた。

 

「――時々、自分がわからなくなるの。……記憶がないとかじゃなくて。……ただ、自分が自分じゃなくなったような気がして、自分も敵も。どの命もすごく軽くなって。何も感じなくなる…………」

 

 手が震えて、シノンの顔に怯えが浮かぶ。

 あの日を境に彼女は戦い続けた。来る日も世界を飛び回り、人々を守り続けてきた。だが次第に、一つの感覚も味わい。それが日増しに強くなるのを感じていた。

 それは、

 命が、生命を奪うこと、守ることへの感覚が、限りなく薄れていっていた。自分が、恐ろしく感じるまでに。

 

 既存の兵器を遥かに凌駕し、仲間たちの中で、最大の火力を誇るソルスの力。はじめはこの力を振るい、敵を倒すことにも僅かな躊躇いがあった。

 だが今では、目の前で焼け落ちようと苦しみ悶えようと、心を揺らすことが全くないのだ。

 敵が感じているであろう痛みも苦しみに対し一切の慈悲を感じなくなり、同時に知った人間の愚かさについても感情を失って等しい。

 

 戦うことを決めてから今まで抗い続けてきた。でもそれはとどまる事無く広がり続け、抑えようとしても自分ではどうにもできないのだ。

 近い未来、自分は自分でなくなるのかもしれない。人でも怪人でもない、また違う次元の価値観と人格へと塗り替わり、自分は消えてしまうかもしれない。

 奇しくもあの男、アポロを思いだす。

 彼もそうだった。自分以外の何者にも興味を示さず、無感情に世界を見ていた男。

 以前はあの傲慢なプライド故だと思っていたが真実は、今の自分と変わらないのかもしれない。ならば自分もいずれは……。

 

 ふいに手のひらに触れる柔らかな感触に、顔を上げた。

 そこを見れば自身の手、そこに重なるユウキの手があった。

 

「――シノンなら大丈夫だよ。シノンは誰よりも強くて優しいから、大丈夫」

 

 ぎゅっと握りしめてくるその温もりが、たまらなく心地よい。力強い手の感触と優しい声を聴いていると、自然と恐怖が薄れていく。

 

「それにもしシノンが自分を失って誰かを傷つけたら、その時はボクが責任もって止めるよ。だから安心して」

「止めるって、殺すって意味でしょ?」

「まぁそうなるかな。でもシノンならそう簡単には殺せないでしょ」

「当然よ」

 

 くすくすと笑い合い、互いに拳をぶつけ合う。

 かつての殺伐としたやり取りではない。友情と信頼に満ちた感覚に、笑みが溢れた。

 

「これからどうするの?」

「そんなの決まってるわ――」

 

 原っぱから立ち上がり、ジーンズの後ろを払う。

 そして空を見上げて、闇夜を睨んだ。夜はまだ深く開ける気配はない。一目から隠れ、何か悪事を働くには絶好だろう。

 

「――戦う。誰かを傷つけようとする奴らがいるなら、それから守るために」

 

 シノンは空へと浮かび、そして、まばゆい輝きを放った。

 姿が変わり、そこにいるのは一人の少女――ではない。畏怖と敬愛を両に孕んだ神の化身。黒き闇を照らす太陽そのもの。

 

 彼女は駆ける。

 空を超え、どこまでも続く地獄と化した世界で。それでも希望を信じて抗う命を救うために、導くために。

 

 例え、どんな絶望に晒されようと。過酷な運命に弄ばれようと、もう迷いなどないのだから。

 

 




今回の最終話を持ちまして本作は完結となります。
五話完結の短編から始まり続くこと64話。
これも読者の皆様の応援あってのことです。本当に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
現時点では続編の予定はありませんが、気が向けばif展開だったり続きを書くかもなのでその時はよろしくお願いいたします
では、どこかで出会う機会があればまた
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