※この作品はR-18です。

寝取られる黒狼の牙   作:ハルカ

8 / 9
外伝の戦闘メイン回ですね


冒険者限定武闘大会

歓声が聞こえてくる闘技場。リョウマが黒い刀身の太刀を鞘へと納めると、一回りも大きい男が膝を突き、倒れこむ。それは、中央都市でも名の通ったAランク冒険者だ。自慢の大斧は美しい断面を描きながら両断され、戦闘不能であることを示していた。

 

観覧席には中央都市に居を構えている冒険者や商人が敷き詰めており、勝利した戦士、リョウマの名前を叫んでいる。普段は変わり者として忌避されている彼だ。こんな扱いをされることに慣れていないのだろう。落ち着かない様子のまま退場口へと歩いていった。

 

今のリョウマの格好は、普段から纏っている武者甲冑ではない。軽い革鎧に胸当てだけを付け、その上から黒いコートを羽織っている。そのおかげか、普段の彼から漏れ出る不気味な雰囲気は鳴りを潜め、どちらかと言えば精悍な戦士としての側面が強くなっていた。

 

魔物を相手にしている時とは別種の緊張感に気疲れしていると、向かい側から歩いてくる人影が見えた。

 

「よぉ旦那! いい感じに勝ち進んでくれて何よりだぜ」

「ギース……か。ここは選手専用の入り口だが」

 

気さくに話しかけてくる男、ギースだが、リョウマはそれに対して冷たくあしらおうとする。元から口下手で、それでも何とかして会話をしようと言葉を繋げるのだが、ギースに対しては気づかいをする素振りすら見せなかった。

むしろ、手早く会話を終わらせようとするような嫌悪感が声の節々に残っている。

 

「つれねぇなぁ。いいじゃねえか。俺は旦那のおかげで一儲けできる。旦那は惚れた女にいい顔できる。ウィン・ウィンの関係って奴だ」

 

よく舌の回る男だ、と溜息を吐いたリョウマは、特に言い返すこともせずにギースの隣を通り過ぎていった。腹の立つ邪推も、調子のいい態度も腹が立つ。今さらながら、この男の誘いに乗ってしまった自分が嫌になるリョウマだったが、それはそれと割り切るしかない。

だが、どうしても否定しなければならない部分はあった。

 

「言っておくが、俺とあいつはそういった関係ではない。ただの、顔見知りだ」

「はぁ? いやいや旦那、それは無理があるってもんだぜ。分かりづらいアンタにしては珍しく、いや、すんませんでした。なんでもないです」

 

未だに食い下がるギースを黙らせようと収めた太刀の鯉口を切る。当たり前な話だが、ギースと言う男は戦闘職ではない。ここ最近で頭角を現してきたパーティー“黒狼の牙“でも雑用係として活躍している。魔族なため多少は人族より打たれ強く、身体能力も高いが、甘く見積もっても善戦は出来ないだろう。

僅かに放たれた殺気に怯えながら降参のポーズをとるギースに、改めてリョウマは溜息を吐く。

 

本当に、一体どうしてこんなところに来てしまったのか。ゆっくりと思い出していった。

 

     **********

 

「冒険者限定武闘会……なんだ、これは」

「いや、だから、旦那に出てほしいんだよ! それであわよくば優勝してくれねえか?」

 

三日前のことである。

 

ギルドで報告を終え、一度自宅へと帰ろうと思っていたリョウマに、ギースが泣きついてきたのだ。どうやらギャンブルで借金をしてしまったようで、返済は五日後。額を聞いたが、S級冒険者でも頭を抱えたくなるものだった。

これが彼の財布から引っ張られたものならば問題は無かったのだが、残念ながらギースは所属パーティー共有の貯金に手を出していた。

 

「知らん。俺には関係ない話だ」

 

呆れるほどのダメ人間っぷりにリョウマも手を差し伸べる気にはならなかった。こんな男がどうして許されているのか疑問である。ゼニスかエリナリーゼが叱りつけそうなものだが、内情を知ることは出来ない。少し前まで行動を共にしていたゼニスですら、今ではパウロという恋人が出来ているのだ。下手に話しかけるのは憚られる。

 

「っ……はぁ、話はそれだけか。俺は帰るぞ」

 

嫌なことを思い出したせいで、気分が沈んでしまった。それを振り払おうと舌打ちをして帰ろうとする。だがギースは、それでもと言うように追いすがってきた。鬱陶しい奴だ。脚鎧に縋り付き、情けない泣き声を上げている。

 

「頼むよ旦那ァ! もう頼みの綱は旦那だけなんだァ! 仲間には頼めねえし、下手な冒険者はふっかけてくるしぃ!」

「自業自得だ。誠心誠意、心から謝罪しろ。ゼニスだけでも許してくれるだろう」

「それじゃダメなんだよォ!」

 

うるさい男だ。ゼニスの知り合いでなければ殴り倒している。いい加減に帰ってしまおうかと掴まれた脚に力を込めたリョウマだったが、その視界に見知った人影が入ってきたことで動きが止まった。相手もリョウマの存在に気が付いたようで、手を振りながら笑顔で歩み寄ってくる。

 

「久しぶり、最近見なかったから心配してたんだ。元気だった?」

「ああ。少し、立て込んだ依頼だった」

「そうだったんだね。でも怪我もないみたいで安心したよ」

「そうか」

「そうだよ~」

 

金色の髪を綺麗に纏めた美女、ゼニスが話しかけてくる。黒狼の牙に所属するヒーラーであり、ミリス令嬢の鑑とも呼ばれている彼女とリョウマは、様々な縁で結ばれていた。親友以上、恋人未満というのが二人の関係を表すのに相応しい言葉だろうが、ここ最近では恋人が出来たということも有り距離を置いていた。それがこんな所で引き合ってしまうのだから、奇縁というものは切れないようだ。

 

「でも、珍しい組み合わせだね。リョウマとギース……は、何をしてるのかな?」

「ああ、こいつは」

「あれ! そういえばゼニス、パウロは一緒じゃないのか!」

 

説明しようとしたリョウマをギースが遮る。どうやら本当にパーティーメンバーには知られたくないようだ。溜息を吐きそうになるのをこらえ、ゼニスへと視線をやる。すると彼女は、数秒前まで浮かべていた魅力的な笑みを消し、不満げな表情へと変わった。

怒りと苛立ち、そんな思いが籠った表情だ。頬を膨らませると、フンと鼻を鳴らしている。

 

「知らないわ。あんな浮気ばっかりのろくでなし」

 

どうやらギースは地雷を踏んでしまったようだ。リョウマは知らないことだが、ゼニスと交際を始めてからもパウロは数多くの女性と関係を持ち、浮気と呼ぶことすら生温い裏切りを繰り返している。パーティー内でも関係を持った相手がいるというのは、改めて考えると異常だ。

 

「ゼニス……?」

 

だが、リョウマはそんなことを知る由もない。パウロという人間が最低なろくでなしの小悪党だということは知っていたが、恋人を裏切るような真似は流石にしないと思っているからだ。だからゼニスが顔を顰めた理由に思い至らず、何かがあったのかと首を傾げた。言葉に出さずとも彼の思っていることがゼニスには分かっていた。

 

安心させるように普段の笑みを浮かべると、鎧の上からリョウマの肩を軽く叩く。

 

「なんでもないよ! それよりリョウマもそれに出るの?」

 

ゼニスが指さしたのは、ギースに押し付けられた武闘会のチラシだった。クシャクシャになったそれを引き伸ばすと、改めて募集要項と日時に眼を通す。前衛職、A級以上限定、優勝者には金一封と高級宿の一か月無料使用権を与える、などなど。

何かの祭りでもなく、来賓があるわけでもない平日に行われる余興としては、十分すぎるほどの規模だ。

 

「ギレーヌもエリナリーゼも出るって言ってたから、頑張ってね! 応援してるから!」

「いや、俺は……」

 

返答を聞くよりも先にゼニスは手を振って帰ってしまった。誰もを魅了するような笑顔に、身体のラインが浮き出てしまう服装にはすれ違う男たちが思わず惹き寄せられてしまう。それはリョウマも同じだった。人ごみに紛れても、ゼニスの姿だけは見失わない。兜と首巻の間から、ずっと彼女のことを見つめていた。その視線にギースは気が付く。

 

「ちなみに、パウロのことだが。ゼニスと付き合う条件で、もう他の女に手は出さないとか言っておいて、今回ので八回目の浮気だとさ」

「……そうか」

「いろんな女を寝取って、火種を作って、俺とエリナリーゼで火消しをしてるわけだ」

「…………そうか」

「何回かゼニスにも飛び火しそうなことがあってな。その時はギレーヌとダルハンドのお陰で何とかなったんだけど、そろそろ何かあってもおかしくないかもな」

「………………そうか」

 

最近の出来事を説明していくと、次第にリョウマから放たれる空気がピリピリとしていった。普段から殺伐とした空気を纏っている彼だが、今は比にならない程のものだ。思わずギースも怯えるように息を呑む。太刀に添えられた手は力を増し、カタカタと震わせていた。誰が見ても、怒っていることは明白だった。

 

「あ~、で、旦那? どうするよ。ここまで来たら無理に出ろなんて」

「いいだろう。出てやる」

「そうだよな、出てやるなんて、え、でるの!?」

「言っておくが、お前のためじゃあない。ゼニスの為だ。高級宿の宿泊券もあいつにやれ。気分転換にはなるだろう」

「い、いや、俺は出てくれさえすればいいけどよ……なんでそんなに」

 

漫才のようなやり取りだが、ギースは心の底から驚いていた。先ほどまで頑として出ないと言っていた男が、突然やる気になっているのだから当たり前と言えば当たり前な話だ。どうして突然の心変わりが起きたのか首を傾げていると、その理由は直ぐに分かった。

 

「はっは~ん、旦那ぁ。もしかしてあんたゼニスに惚れて」

「違う。そんなことは、ない」

 

嘘を吐けと言いたくなったが、今のリョウマを挑発すればタダで済まないことは明白だった。首巻を上げて口元を隠し、表情を読み取らせないようにすると、ただ一言、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「ただ、あいつが大切なだけだ」

 

ギースはこれ以上なにかを言わなかった。大切な相手を考えて、自分を曲げてでも何かをしようとする。それを惚れていると言わずになんと言うのか。気づいていない方が面白い。ニヤリとしたり顔をしたギースは、思惑通りに事が運んだ楽しさに浸りながら、裏で張り巡らされた賭けに期待を膨らませていた。

 

     **********

 

控室で太刀の手入れをしていると、再び会場から歓声が聞こえてきた。観客席は満員で、出店などが開かれているところを見ると、余興として大成功と言えるだろう。リョウマには関係のない事だが、後で従姉妹の家に土産を買っていくのもいいかもしれない。

 

「調子はいいみたいだな。普段より、太刀筋にキレがあったぞ」

 

個室の扉をノックもせず入ってきたのは、褐色の肌を持った美女だった。筋肉質な上半身をビキニの上から着崩したジャケットという過激な服装をし、片目を眼帯で隠した彼女は、猫耳を持つデドルディア族の獣人だ。

 

「ギレーヌ、そうだったか?」

「ああ、他の奴らも見る目が無いな。運良く格下に当たっただけだと抜かしていたぞ」

「そうか。事実だろう。一回戦でお前やエリナリーゼに当たらなかったのは幸運だった」

 

ギレーヌと呼ばれた彼女は、楽しげな笑みを浮かべて隣に座る。腰下まで下げられ、ブーメラン型のパンツが半分ほど露出した下半身からは尻尾が伸びており、括れを作っている。ゼニスと同じ黒狼の牙に所属するS級冒険者で、リョウマの数少ない友人。それが彼女だ。

 

「しかし、どうしてこんな遊びに参加したんだ? お前は嫌うだろうと思っていたんだがな」

「そうだな……まぁ、なんだ。金が必要らしくてな」

「誰がだ? その言い方だとお前じゃないだろう」

「……知り合いだ」

 

それ以上はギレーヌも問い詰めてこなかった。彼女もそこまで野次馬根性は無い。友人が話したくないというのなら引き際は弁えるのが礼儀だ。ガサツで学が無くとも、友人への接し方は弁えている。そんなことをしていいのは、もっと深い関係にあるものであるべきだ。

 

「そこまで言うのなら、よっぽどの理由なのだろうな。面倒ごとは、お前の領分だ」

「……そう、だな」

 

その面倒ごとの中心にいるのは、ギレーヌの仲間だとは言えなかった。上機嫌に尻尾を振っている彼女を怒らせるのは忍びない。一つ溜息を吐くと、近くに置いてあった水筒を差し出す。中身は少し減っているが、まだまだ二人で飲むには十分な量があった。

 

「なんだ? くれるのか」

「ああ。それよりも、よく俺だと分かったな。観客たちは名前を言われても気が付かなかったみたいだったが」

「気が付くだろう。友人の顔も太刀筋も判別できないようでは、冒険者としてやっていけない」

「そう、なのか」

「ああ。さっき話したが、ゼニスも気づいてたぞ。すごい綺麗な勝ち方だったとはしゃいでいた」

「……そうか」

 

自分の拙い剣が、ゼニスを少しでも元気づけられたとしたら重畳だ。観客席の中から彼女を探そうとも思ったが、先ほど終わった準決勝に至るまで気を抜ける相手はいなかった。来ていると言ってもパウロの応援だと思っていたからか、リョウマは予想外の称賛に喜んでいる。口元を首巻で隠して気取られないようにするが、そこはやはり剣王の称号を持つ女性だ。雰囲気でギレーヌにはバレていた。

 

「次は決勝か。相手はパウロだが、大丈夫そうか?」

「お前じゃないのか。奴が勝てるとは予想外だ」

「あ~、まぁ、そうなんだがな……」

 

珍しくギレーヌが言葉を濁す。ギースだけでなくギレーヌにも何か事情があるようだ。不満を絵にかいたような仏頂面。先ほどまでの和やかな空気は何処へ行っていたのか。それとも忘れていただけか。

有り得る。ギレーヌは物事をそこまで深く考える性格ではない。何か嫌なことがあっても、よっぽどのことでない限り他の良いことに目を向ける。

 

「話せないことか?」

 

だからリョウマは質問をしてみた。答えられないと言われればそれで良かった。だがもし話してくれるなら、少しぐらいは相談に乗れるかもしれない。そう言葉に出来ないのは、何か余計なことを言ってしまわないか不安が拭えないからだ。

 

「いや、なんというか……まぁ、お前なら、いいだろう」

 

本当に気まずそうに、言っていいのかどうかを迷いながら、少しずつギレーヌは事情を説明してくれた。

 

先に断っておくと、夜叉ことリョウマ・スメラギという男は怒りを顕にするタイプではない。本当によっぽどのことが無い限り、怒りをため込み、消化していくタイプだ。

 

だからこそ、彼が怒るということは、本当の本当に、()()()()()()()()()

 

     **********

 

歓声が聞こえてくる。遂に決勝戦だと実況の受付嬢が囃し立ててくる。観客たちが指笛を噴き、罵声や黄色い声を上げている。落ち始めた闘技場は日の光に照らされ、炎に包まれたかのように赤く染まっている。

それら全てが、今のリョウマには煩わしかった。余計な情報を消していく。すると残るのは、歩いていく視線の先にいる相手だけとなった。

 

ゼニスとは違うくすんだ金髪を三つ編みに結び、二枚目と言っていい精悍な顔立ちの男だ。装備はS級に相応しい上等な革鎧にロングソードを構えている。余裕ぶった笑みには見覚えがある。

間違いなく、奴がパウロだ。

 

「よぉリョウマ。悪いけど、今回は勝たせてもらうぜ。俺にも事情があるんでな」

 

そんな話を聞くのはここ最近で何度目だろうか。その中でも一番不快だった。舌打ちをしながら殴り倒してやりたくなったが、すんでのところで我慢を効かせる。実況は試合前の挨拶を促してくるが、どうでも良かった。リョウマに必要なのは事実確認だ。

 

「優勝したら、ゼニスに結婚を申し込むというのは本当か?」

 

予想よりも落ち着いた声に、リョウマ本人も驚いた。だがそれよりも驚いたのはパウロだろう。眉をひそめ、品定めをするようにリョウマを見てくる。

この男に言っても良いのか。むしろなんでその事を知っているのかを考えているような視線だ。やがて元に戻ると、ニヤリと得意気な笑みを浮かべて頭をかいた。

 

「まぁな。いい加減、待たせておくのも悪いと思ったんだ。ほら、婚期が遅れると、女は売れ残って苦労するだろ?」

 

選んでやってると言った物言いだ。これで真剣にゼニスとの交際と結婚を考えていたのならば何も文句は無かった。だがギースからの話を聞いた限り、この男にそんな誠実さは欠けらも無い。

 

「ゼニスと交際をしているのに、どうして他の女と関係を持つ?」

 

回りくどいのは嫌いだった。まっすぐ、普段は兜に隠れて見えない瞳でパウロを睨みつけながら、包み隠すことなく問いかける。すると得意気な笑みはなりを潜め、鬱陶しそうな舌打ちをした。

 

「あのなぁ、浮気の一つや二つでとやかく言うなよ。そんなの男なんだから仕方ないだろ? お前みたいな陰気なやつには分かんねえかもしれないけどな」

 

嘲笑混じりの言い訳に頭が痛くなる。ここまで来るとこの男は大物になるのかもしれないと錯覚してしまうが、騙されてはいけない。ただのろくでなしだ。観客席にいる女性たちから黄色い声援を受けて笑っている姿は、容姿が良いせいで無駄に絵になっている。

 

さっさと始めろ、何時まで話してる、とヤジが飛んでくるが、リョウマの耳には入ってこない。彼が必要だと思った声以外は、全てが取り除かれている。

 

「だいたい、浮気を許すのも女の度量だろ。十回の浮気くらい大目に見ろって話だ。あいつだって、俺に隠れて男とヤってるに決まって」

「黙れ」

 

それ以上は言わせなかった。それ以上、言わせてはいけなかった。どうして自分の愛した女をここまで悪し様に言うことが出来るのか。太刀に添えられた手に力がこもる。隠すことが出来ずに放たれた怒気に当てられたのか、さすがのパウロも言われた通りに黙りこんでしまった。

 

「……始まる前に最後の質問だ。ギレーヌを脅したのは、本当か?」

 

少しだけ冷静さを取り戻したリョウマは、もう一つの気にかかっていたことを問いただした。準決勝、接近戦のみで行われる武闘会において、パウロがギレーヌに勝つことは不可能と言ってもいい事象だ。

それを成し遂げたのは、試合中にギレーヌが発情期においてパウロと関係を持ち、その痴態を言いふらすと脅したことによるものだと、リョウマは聞いていた。

 

流石にそこまではしないだろうとリョウマも思っている。だがギレーヌがそんな嘘を吐く必要はない。普段は男勝りでガサツなイメージの強い剣王だが、女性なのだ。羞恥心はある。屈辱的だと感じることもある。それを逆手に取るようなマネをパウロだとしてもしないと、思っていたのだ。

 

「ちっ、なんだよ、それも聞いたのか。別にいいだろ? 俺の女をどう扱おうと、俺の勝手だ」

「っ……そうか……そうか」

 

一つ、二つと噛み締めたリョウマは、それ以上の会話を止めた。黒狼の牙がどうしてパーティーとして崩壊しないのか甚だ疑問だが、今はそんなことを考える場合ではない。この男は、パウロ・グレイラットはいくつもの不義理を犯した。

 

「話は終りだ。時間を取らせた。さっさと」

 

始めようと言い切るよりも先に、パウロが長剣を鞘から引き抜き斬りかかってきた。試合開始の宣言よりも速く動くことはマナー違反だがルール違反ではない。茶色く磨かれた刃は真っすぐリョウマを捉え、一撃のもとに試合を終わらせようとしてきた。

 

「悪いな、隙だらけだったもんでよ。終わりにしよう、ぜ……」

 

余裕な笑みと口調だったはずのパウロが、段々と言葉を濁していく。必殺の一撃が、自慢の長剣が、いつの間にか抜かれたリョウマの太刀に受け止められていたからだ。どんなに押し込んでもビクともしない。

 

「そうだな……終わらせよう」

 

片手から両手に持ち替えると、長剣を斬り上げて弾く。

ギャリン、という金属が擦れ合う音が響き、パウロの体勢が崩れると、上段に構えたリョウマの太刀が振り下ろされた。

空気を裂き、圧を纏う刃を防ぐが、重さと速度を纏った斬撃に耐えきることは出来ず、パウロは後退る。直後、返しの切り上げで下から身体を持ち上げられると、盾にした長剣をカチあげられ、がら空きになった胴へと横薙ぎの一閃が叩き込まれた。

 

「げぁ……っ!」

 

肺の中にあった空気が全て吐き出され、闘技場の地面を転がっていく。その様を見ながら、リョウマは深く息を吐いた。加減は必要ない。この男は、もとより殺す気で立ち向かわなければ勝てない。理由は出来た。躊躇うことは無いだろう。

 

ゼニスを裏切った。自分を愛してくれる女を裏切り、蔑ろにし、貶めた。

ギレーヌを踏みにじった。彼女の剣士としての尊厳を、塵のように扱った。

 

「パウロォ……‼」

 

リョウマが叫ぶ。闘技場全体に響き渡るほどの声量に、観客たちの声援が止む。気味の悪い静寂の中、刃を地面に突き立てると、大げさに足元を斬って粉塵を巻き散らす。

変則的な下段の構え。これがリョウマの、三つの流派を聖級にまで練り上げ、昇華させた男の剣技。その基本となる構えだった。

 

「冥途の土産に教えてやる。お前程度では辿り着けない、刀法というものがあることを……!」

 

正しく夜叉。鬼のように揺れる赤い瞳は、普段の不気味な彼からは連想できないほど、怒りに染まっていた。




パウロ改悪されすぎてるので、気を付けてください

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  • ゼニス
  • ギレーヌ
  • エリナリーゼ
  • リーリャ
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