※この作品はR-18です。

全てを喪いしその先に   作:夜半の月

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ニンテンドー様ゲームソフト及び漫画、ファイアーエンブレム聖戦の系譜よりイシュタル×コープルの恋愛話です。
KID様よりのリクエストのお話しで、前編となります。

リクエスト作品でpixiv様にも投稿しております。




全てを喪いしその先に 前編

 

 

 兄を喪った。

 

 

 

 父を喪った。

 

 

 

 母を喪った。

 

 

 

 そして、愛する……、いや、かつて愛していた“ひと”であったユリウスまでも喪った。

 

 最後の出陣の折に交わされたユリウス“だった存在”との会話の中に、彼女は“情”らしきものを感じ取ることができなかった。

 

 あれだけあった、ずっと育んできた情が、欠片ほども感じられない会話を終えた時、彼女は新たなるグランベル王。いや世界を支配する王となる可能性を秘めたユリウスが“死んだ”ことを悟っていた。

 

 悟りながらも逆らえない。

 

 わかりながらも最早後戻りはできない。

 

 いまや暗黒神ロプトウスそのものとなってしまったユリウス王子。

 

 彼と共に歩み、彼に忠誠を誓い、そして彼と共に過ちを犯し続けてきたが故に。

 

 だからこれはきっと最後の抵抗であったのだろう。

 

 虚しく意味のない行為なのだろうが、ロプトウスとなってしまった彼の元から離れることを、彼女は選んだ。

 

 彼女は選び、戦火渦巻く大地へと掛けだしたのだ。

 

 戦場へと身を投げ出したのは、彼女の意思で行ったささやかにして最後の抵抗。

 

 あれはユリウスではない。いやあの方はユリウスである。

 

 狭間で揺れる感情を振り切って選んだこの道を。

 

 死へと殉じ逃げ出す道を選び取る事で、ユリウス=ロプトウスへの想いを断ち切ったのだ。

 

 そう、幼少期より大人と成った今まで育み来し全ての想いを消し去って。

 

 だが──。

 

「くっくっくっ、とても残念なことながらイシュタル王女。あなたには反逆の疑いが出ております。よもや我々がお気付きでないとお思いか? 貴公がロプトウス様の生贄として必要な子供達を逃がしていたことを」

 

 精神に、心に蓄積し続けた“痛み”が、彼女の油断を誘い、全てを喪う元凶となったあの男、ロプトウスを心棒する教団の大司教──マンフロイの手の者達の奇襲を許してしまったのだ。

 

「まともに戦えば勝ち目は無いと我々もわかっておりましたので多少卑怯な手ながら奇襲という手段を使わせていただきました。ついでにあなたのトールハンマーはこちらの手に戴きますよ。そして有効に使わせていただきます。マンフロイ様ならば英雄の血など引かずともその力を引き出せる方法を必ずやお見つけになられることでしょう。つまり、早い話がイシュタル王女。あなたはもう用済みなのです」

 

 バーハラより離れた森の中で、彼女は静かに倒れ伏す。

 

 もう手の指ひとつ動かす気力も残されてはいなかった。

 

 立ち上がる?

 

 不可能なことだ。

 

 心を抉る言葉を浴びせ掛けられ、ロプトウスとなったユリウスに、自分の存在はもう必要ないと言い放たれてしまえば、最後に残った心の力も折れ砕け散りもしよう。

 

(全てを奪った暗黒神と教団は、私から死に場所さえ奪うのか……)

 

 朦朧とする意識の中、彼女は臨まぬ形での死をもたらそうとするロプト教団の者達への怨嗟の言葉を思い浮かべる。

 

 自分はこのような者達の手に掛かるつもりではなかったと。

 

 彼女は解放軍に討たれることこそを願っていた。

 

 せめて彼等に雷神イシュタルとしての最後の一打でも浴びせ掛けられていれば。

 

 その後に彼等の手で討ち果たされていれば。

 

 少しはこの行き場のない感情と身体に救いも訪れていたものをと。

 

 だがそれももう、適わぬ事。

 

(これが、私に与えられた罪と罰なのだろうか……誰も居ない森の中でひとり、家族やユリウス様を“殺した”奴等の手で殺されることが……)

 

 ぽつりぽつり。雨が滴り落ちてくる。

 

 まるで彼女の流す涙のような雨が。

 

「とどめは必要か?」

 

「いや大丈夫だろう。放っておいても直にくたばる。よしんば生きながらえたとしてトールハンマーを喪ったこの女には最早なにも出来はしまい。それでももし生きながらえて我らの後を追ってくるのなら半死半生のこの女にとどめを刺してやればいいだけのことだ。それよりも急ぐぞ! 間もなくロプトウス様の完全復活の時だっ! 残るは解放軍を壊滅させればそれで終わる。我らの時代が始まるのだっ!」

 

 暗黒神の、ロプト教団の者達が去っていく足音だけが聞こえていた。

 

 もう、目を開けている気力もない。

 

 もう……いい。

 

 と、イシュタルは思った。

 

 私の人生に光など無かった。

 

 光は全て奪われた。

 

 生まれた瞬間からのさだめ。

 

 打ち破ることも、切り開くことも適わず朽ちていく。

 

 薄れ行く意識の中で、彼女は漸く理解した。

 

 自分は、最初から間違った道を選んでいたのだ。

 

 後戻りのできない一本道を、破滅の皇子に想い寄せたその時から……。

 

 そうして全てを喪い理解した哀れな女は。

 

 ただひとり、深緑の森の中で意識を閉じていくのだった──。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 同じ頃、バーハラへと向う為に、白い法衣姿の少年……子供その物と言ってもいい純粋なる心を持った金髪の少年が、森の中を走っていた。

 

 戦とは縁の無さそうな、柔和な表情を持つ少年は、その顔も、法衣も、ずぶ濡れにして、木々の間を幾度も幾度も通り過ぎながら、自らの方向感覚が狂ってきたことを理解しつつも、足を止めずに走り続けていた。

 

「どうしよう。完全に迷ってしまったみたいだ」

 

 本当なら迷うはずがなかった。遅れがちでこそあれ、皆について行けていたはずだった。それが僅かなひとときの後には自身ひとりだけが森の中を彷徨い歩くという失態を犯してしまっていたのだ。

 

 原因は分かっている。先程より降り始めたこの雨だ。通り雨で過ぎればいい、弱い雨ならばまだ皆を見失わずに行軍できていたはずだ。

 

 しかし降り始めた雨は、無情にも時を追う事に強くなり、まだ子供その物の少年プリーストの体力を奪い取り、取り残されてしまうきっかけを作りだしていた。

 

 真っ直ぐに進んでいたはずなのに方向の分からなくなってしまった少年は、いま自分が何処を進んでいるのかも分からない状況下におかれていた。

 

 走っても走っても解放軍の誰かと思わしき後ろ姿どころか、敵の姿さえ見えない。

 

 解放軍の指揮官セリス王子は、ロプトウスが復活を果たしたと言っていたが、その暗黒神の下に敵もまた集っているのかも知れない。

 

 となればその場所は疑う事無きバーハラ城と、その周辺に違いない。こんな森の中ではあり得ない。

 

 彼は戦うことなど、戦い争うことなどけして本意ではない優しい心を持つ少年であったが、それでもこの世界に平和を取り戻す最後の戦いから逃げるつもりはなかった。

 

 父ハンニバルを説得して解放軍に参加したときより、最後まで戦い抜くと心に決めていたというのに。それが現実はどうだ。まるで行く手を阻むかのように降り始めた大雨に翻弄され、何もない森の中を彷徨ってばかり。

 

 自分が子供であることは百も承知だが、まさか決戦を控えた自然の前にまで無力な子供の醜態をさらしてしまう事になろうとは思いもしなかった。

 

 こんなことではとても暗黒神ロプトウスとの決戦の場に駆け付けるなど不可能だ。

 

 子供故の非力さ、他より実力が劣る故の無力さ。それらの理不尽を知り、自然に遮られながら、でも少年は諦めない。

 

 諦めずにひたむきに走り続けていた。だがそんな少年はしかし、再び足を止めざるを得ない事態に遭遇する。

 

 この大雨による突然の鉄砲水? 

 

 違う。

 

 更なる豪雨? 

 

 それもまた違う。

 

 ではなにか? 

 

 少年の足を止めさせたのは一体何者なのか? 

 

 

 

 それは。

 

 

 

 それは、傷付き倒れたひとりの女性であった……。

 

 

 

 頭の右上に集め赤い髪留めで一括りにされた膝にまで掛かる青銀の、青みを帯びし銀色の髪。

 

 腰まで切れ込みの入った長いスカートという、裏生地が赤、表の生地が黒の扇情的で身体の線がハッキリと見える衣服。

 

 服と同じで裏生地が赤い、足首までに掛かる黒いマント。

 

「この、ひとは……、イシュタル、王女?」

 

 解放軍に属する白い法衣姿のこの少年──コープルが、戦場で幾度か目にしたトードの系譜を持つフリージ家のイシュタル王女であった。

 

 解放軍、グランベル、両勢力問わず“雷神”と呼ばれ恐れられているグランベル王子ユリウスの側近の女性。そんな女性がどうしてこの森の中で倒れているのか? 

 

「ここで、戦いでも?」

 

 皆と共に進軍中だった。先行していったセリス王子達と戦い散ったのかも知れない。

 

 そう考えつつも、そんな簡単に終わる戦いと成るのだろうかこのイシュタル王女との戦いが、といった疑問が彼の頭を掠めた。

 

 それだけの力を雷神イシュタルは持っている。多勢に無勢であっても押し返すだけの力を見てきただけに、もし待ち伏せていての戦闘となっていたのなら今を以ても戦いは続いていたのではないのだろうか? 

 

 ただ、いずれのことにせよイシュタルは倒れ、セリスたちは先へと進んだ。そう判断をしたコープルは、敵と云えども悪人ではないと聞いていた彼女の死を悼み、その場に跪きながら祈りを捧げた。

 

 自分はプリースト。死者の魂に安らぎの祈りを贈ることもまたひとつの使命だと。

 

「……ん」

 

 そして気付く。近くに、傍に寄りすぎていたからこそ気が付けた。

 

「息が……まだ、息がある」

 

 彼女、イシュタルにはまだ息があったのだ。つまり云うまでもない彼女は生きている。

 

 だが意識はなく息も細い。肌の見えているところは傷だらけ。コープルは子供故の純真さ、子供故の欲望の無さから、雨に濡れて足に張り付く彼女のスカートをほんの少しだけ捲り確認してみた。

 

「やっぱり、服の下もひどい傷だ……」

 

 予想通りであった。でなければこんなところでひとり倒れているわけがない。

 

 確かに戦いはあったのだろう、某かの。しかしそれはセリス王子たち解放軍との戦いではないだろう。

 

 解放軍ならば、この様なただ痛めつけて命を奪おうとするような非道な戦い方などしない。

 

「とにかく、このままイシュタル王女を放っておくことなんてできない」

 

 どうして? 敵なのに。

 

 解放軍の仲間を何人も葬ってきた敵だというのに。

 

 だが、それがコープルという少年なのだった。

 

 憎み憎まれ、憎まれ憎み。戦いの中で生まれた憎しみの連鎖をコープルはずっと見てきた。けして正解だとは思えない憎しみの連鎖を。

 

 誰かが、終わりにしなければならないのだ。

 

 イシュタル王女にもきっと解放軍を憎む気持ちはあるはず。

 

 その大きな要因が解放軍側にはあるから。

 

 イシュタル王女が解放軍を憎む要因。それは彼女の父であるフリージのブルーム王、ヒルダ女王、イシュトー王子。彼女の愛する家族を戦いの果てに葬られてきたこと。

 

 戦場のならいだと心を抑えられても、納得はできないだろう。憎しみは募ったことだろう。

 

 コープルとて、もしも父ハンニバルを喪っていれば、解放軍に入り、セリス王子たちと共に戦う道など選べなかったはずだ。

 

 ひとの心は分からないもの。彼のような優しい少年でさえ時としては変えてしまうもの。その要因をイシュタル王女は幾つも抱えている。

 

 解放軍の為を考えるのならば、ここで彼女の命を奪う事が正解なのかも知れない。

 

 しかしコープルにはできないことだった。

 

 彼が選んだ道は、この傷付き倒れた女性を助けること。彼にはそれしか選べない。そのひとつしか彼の選ぶ道は無い。

 

 プリーストとしても、ひとりの人間としても。

 

「うっ……、くゥゥゥ──!」

 

 跪いていたコープルは、倒れたイシュタルの身体の下へと潜り込んで足を踏ん張り立ち上がった。

 

 彼女を背負おうとしているのだ。彼がもし体力のある大柄な身体なら横抱きにして抱き上げる事もできたろう。

 

 しかしながら、彼の小さな体躯と子供故の体力の無さでは、横抱きにして腕の力だけで支えることは不可能だった。

 

 故に全身の力で持ち上げる、背負うという形を選んだのだ。

 

 なんとか立ち上がったところで背中に暖かさを感じた。

 

 大きな二つの膨らみが背中で押し潰される感触を感じたが、コープルの中にある思いは邪な思いではなく安心感だった。

 

「つ、めたい、けど……まだ、あたた、かい……だい、じょうぶ、だよね……ッ」

 

 体温が暖かいということは、まだ命の火は燃えているということ。まだ間に合う。まだ助けられる。

 

 そう強き思いを持ち、その思いに支えられながら、コープルは歯を食いしばって一歩、また一歩と、足を進めていく。

 

「ううっ、はや、く……っ、早く安全なところへ……っ」

 

 速さを求めるのは、自分の体力が持たないかも知れないからだ。

 

 幸いな事に、先程まで強く振り続けていた雨は弱くなり、次第に前方の視界も開けてきた。

 

 ただ、子供である己の体力が、大人の女性を抱えてどこまで持つのかが心配だ。

 

 そうなれば、体力を失った身体で治療もできず、助けようとするこの女性と共に死んでしまうかも知れない。

 

 かといってこの森の中。弱くはなっても降っている雨が体力を奪うために回復魔法を掛けてもお互いが消耗するだけで意味が無い。

 

「ぼ、くがっ、もっと、強靱な、身体だったら、な」

 

 無い物ねだりをしても仕方のない事だが、いまはそう思わないと気力が保てない。

 

 ふと、彼の身体が前傾姿勢に傾きかけたとき、右頬を柔らかな、しかし重い、青銀の髪の束が後ろから流れ、触れてきた。

 

 雨の水を吸って重くなったイシュタルの長い髪だ。いつもならきっとしっとりした軽い、風に靡きそうなその頭の右側で一つ括りにされた髪も、いまはずぶ濡れでずいぶんと重くなっている。

 

「ずぶっ、濡れでっ……、意味も無く、死んでしまうとか……っ、納得、いかないよっ……」

 

 自分の事もだが、イシュタルの事も。もしも此処で自分が死んでしまえばイシュタルも死んでしまう。

 

 納得など行く物か。自分自身も、イシュタル王女も、こんな所で朽ち果てるなんて。

 

「僕は……っ、死なないっ……! イシュタル王女もっ……死なせないっっ、絶対にっ……死なせるっ……もんかっっ……!」

 

 そのためにも、僅かに晴れた視界に見える開けた場所を選んでゆっくり歩いて行くコープルは、天の導きか? 漸く森を抜け出すことができ、やがて1軒の宿屋へと辿り着くのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 宿に着いたとき、『事情は知らんがこの大雨の中大変だったな』と、なにも訊かない優しさを見せてくれた店主に宿賃を払い、部屋に案内されたコープルは、早速背負っていたイシュタルをベッドに寝かせた。

 

 そして仰向けに寝た彼女の胸の上で自身が持つ杖を掲げて回復の呪文を唱えた。光り輝く杖。光に包まれるイシュタル。けして強力とは言えない自分の魔力で全力を振り絞って、彼女ただひとりのことだけを考え、コープルは祈りを捧げるように魔法を放出し続けた。

 

 するとやがて、彼女の素肌に見えていた傷が見る見る内に消えていく。見えはしないが、衣服の下の素肌に付いていた打撲痕等も消えていっていることだろう。

 

「はあっはあっ、もう魔力が空っぽだ……でも──」

 

 コープルは肩で息を付きながら、杖を下ろして彼女の顔を覗き込む。先まで青白かったが今ではすっかりと血色の良くなったその美しい顔を。

 

「なんとか、なったみたいだ」

 

 安堵した彼は、部屋に備え付けられていた暖炉に火を付ける。幸いにも彼女を寝かせたのは暖炉に近い側のベッド。

 

「これでいいかな」

 

 マントは脱がせていた。が、この際服も脱がせてしまった方が良いのかも知れない。

 

 女性の衣服を脱がせるのは失礼なことなのだと教わったことはあれど、なぜ失礼なのかが子供故にまだ理解出来ていないコープルは、脱がせ方の分からない扇情的なドレスを四苦八苦しながら脱がせていく。

 

 先ずは袖のカバーを左側右側と順に脱がせ、足は膝まで覆い隠す白い靴を脱がせて暖炉の傍に張られたロープへと掛けていく。ずぶ濡れだからと店の主人が気を利かせて衣服を乾かす用に張ってくれたのだ。

 

 そして最後に衣服を脱がせていく。それは黒くて見た目は分からないが、かなりの水分を吸っていたずぶ濡れのドレス。

 

 眠る彼女の頭の後ろへと手を回したコープルは、まず背中のホックを外し、衣服全体を緩ませてから、胸元を緩ませて、服を脱がせやすいようにして、彼女の肩部を掴む。

 

「え、っと……ここをゆっくり」

 

 露わになって行く肩。左肩より腕へと抜いていき、次いで右肩から同様に。ここまでくるともう、豊かな胸の膨らみが2つ。コープルの目の前に晒されてくる。

 

 触れば柔らかく、指を押し込めば沈む深い谷間。並ではなく“男であるならば誰しも”そう、あの真面目なセリスでさえも何らかの反応を示さずには居られないだろうほどに大きく膨らむイシュタルの胸部を、まるで何事もないように見送ったコープルは、次いで衣服の腰部を掴んでぐっと引きずり下ろした。

 

 下ろされた衣服は腰部を露わにするばかりか、勢い余って下着ごと膝まで脱げ落ちてしまう。無論、そうなってしまえば彼女の股間はもう隠す物が無くなり丸見えとなる。

 

「女の人のこういう処……見るの初めてだな……」

 

 縦に走る筋は少しだけ開き、その中には怪我をしたときに見える粘膜のようなものが光っていた。

 

 普段見ることのない女性の大切な場所を暫し見つめていた彼は、その視線を再びイシュタルの顔へと向けた。

 

 目は閉じられている物の、一目でわかる麗しい容貌。

 

 頭の右側の高い位置で一つ括りにされた真っ直ぐな青銀色の長い髪。

 

 大きな二つの果実を実らせた豊穣なる胸部。

 

 すらりと伸びた長い手足。

 

 そんな彼女の様子に、まるで女神の身体を見ている錯覚さえ覚えるコープル。

 

「すごく、綺麗……イシュタル王女の身体……」

 

 世の中に女性は数多居る。何処の国にも解放軍内にも。

 

 みんなそれぞれ綺麗なのだろう。目にしたことはなくとも分かる。

 

 それぞれの女性にそれぞれの美はあるのだと。

 

 コープルが目にしているイシュタルの美しさ。それはイシュタルだけが持つ美。

 

 同じ女性はこの世に二人と居ないからこそのただ一つの、唯一の美なのだ。

 

 しかし、しかしだ。しかし彼の反応は其処までであった。

 

 綺麗だと思う。美しいと感じる。少し身体が熱い。でも反応すべきところは反応せず、男としての何かというものがまるで表出してこなかった。

 

 訳はひとつ。彼の精神がそこまで育っていないからに尽きた。男として女を──というほどには、コープルは対女性や性的な意味においては精神的に大人ではなかったのだ。だからこそ、こうも大胆にイシュタルを裸にしてしまうことができていた。

 

 暫しの間彼女の事を見ていたコープルは、膝まで落とした衣服をそのまま足から抜いてしまい、その黒い衣服を靴や袖カバー、マントと共に暖炉前のロープへと掛けた。

 

「直に乾くかな?」

 

 乾いてくれる方が助かる。いつまでもイシュタルを裸のままにさせてもおけないから。

 

 続いて自分の法衣を脱ぎ始めた彼は、けして逞しくない胸板や腹部、男性のそれを、気を失っているとはいえ女性の前で晒しながら、彼女の服を掛けたロープと同じロープに自身の法衣も掛けた。

 

 そうして自らも裸になった彼は、ベッドに眠るイシュタルの身体の上に乗るかのようにして、彼女の身体に自分の身体を重ねた。暖炉の熱と、自分の温もりで早く回復するようにと。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 それからどれくらい経った頃だろうか? 閉じていたイシュタルの瞳がゆっくりと開いた。

 

「ここ……は?」

 

 彼女の視界が映し出したのは木でできた天井。

 

 森の木々でも、どんよりとした雨を降らし続けていた雲でも、奇襲を掛けてきたロプト教団の狂信者の顔でもなく。何処かの部屋の天井だった。

 

「あっ、気が付いたんですね!」

 

 そして聞こえたのは嬉しそうに自分の無事を喜ぶ少年の声。

 

「こ、ども……?」

 

 ふっと、天井への視界を遮ったのは確かにそう、子供だった。

 

 大きく見開かれ、穏やかな色を湛えた瞳に、明るく金色に輝く短い髪。

 

 元気そうな少年と云うよりも、物静かで大人しそうな感じの子供その物の少年だった。

 

 なぜか裸だった少年は、未成熟なその身体を晒しながら、羞恥するでもなくただこちらを見据えていた。

 

「な、なぜ生きて……っ、私まで、裸、で……っ」

 

 戸惑うイシュタル。それはそうだ。死ぬと思い意識を失い気が付けば見知らぬ場所で、子供と共に裸で居るのだから。

 

 肌を見られる事に抵抗はない。さすがにこの様な子供に肌を見られて羞恥するほど未熟な精神ではないし、なにより状況がその僅かな可能性を潰してもいた。

 

 だがそこは雷神と呼ばれ戦場に立つ武人でもあったイシュタルは直ぐに気付いた。この少年が解放軍の一員であることを。彼の言葉から気付かされたのだ。

 

「僕はトラキアのハンニバル将軍の子、コープルと申します。あなたはフリージ家のイシュタル王女、ですよね?」

 

「……」

 

 沈黙は是。そも隠しても無駄だろうと彼女は思う。解放軍の中で雷神イシュタルを知らぬ者など居ないのだ。自然に身元など張れてしまおう。

 

 だからなのか? それとも死に行く自分を邪魔されたことからなのか? 彼女は子供、コープルに訊いていた。

 

「なぜ……私を助けた」

 

 あのまま放置しておけば黄泉の国へと旅立っていたことだろう。

 

 また、自らがイシュタルだと知るのならば解放軍に助けられる覚えも、意味も、理由も無いはずだというのに、この少年コープルは助けた。

 

 それは予見できた質問であった。そしてその質問に対する答えをコープルもひとつだけしか持っていなかった。

 

「ひとだからです」

 

「な、に……?」

 

「ひとだから助けるんです。僕には例え敵であっても命を奪う事はできません。今までの戦いでもそうでした。それが原因で僕自身が危ない目にも合いましたが、それでも僕はどんな相手であれ命を奪う事だけはできないんです。それは、憎しみの連鎖を呼び、更なる悲劇を引き起こす遠因と成ります。甘いですよねこんな考え方。でもそれは確かな事なのですイシュタル王女、違いますか?」

 

 まるで説法のようにも聞こえたコープルの言葉。だが確かにその通りだった。憎しみは憎しみの連鎖を生み出す。

 

 父、母、兄、ユリウス、喪っていくたびに澱む心。それをぶつけるかのように解放軍へと雷撃を放ち続けてきた。

 

 それも憎しみが憎しみを呼んだが故のと言えなくもない。意識・無意識問わず、己の信念と憎しみと戸惑いの狭間に揺れながら、イシュタルは自分自身でもどうすればいいのか分からずにいた。

 

 溜まり続ける澱みは、最後の抵抗と称し自分さえも殺そうとした。まさに憎しみの連鎖の果てだった。

 

「それにあなたは悪い人ではありません。ティニーさんが教えてくれましたよ。暗黒神の生贄にされるために攫われ集められた子供達を密かに逃がしていたと。そんなひとを殺すなんて、尚更出来る筈ありませんよ僕には」

 

「ティニーが……」

 

 あの子なら、そうあの子ならそう言って弁明をしてくれるかも知れない。

 

(そんなあの子をも……私は)

 

 殺そうとした。

 

 悔恨の念を抱くイシュタルは、その後も次々と話かけてくる裏を持てそうにない純真な少年からの質問に答えた。

 

 なぜあの森で倒れていたのか? セリス王子たち解放軍と戦ったからなのかという質問に。

 

「違う……、私が戦った……奇襲攻撃を仕掛けてきた相手は、暗黒大司教マンフロイの手の者よ……。理由はもう説明するまでもないでしょう。生贄の子供を逃がしていた事による制裁という意味と、用済みと成っても尚危険だと判断された私を始末すること……、一瞬の事だったから、手も足も出なかった。この雷神イシュタルが……いや、トールハンマーを奪われてしまった私はもう雷神ですらないか……」

 

 自嘲気味に語るイシュタルを前に、憤りを露わにしたのは質問したコープルの側だった。

 

「そんなっ、ひどいっ!」

 

 まるで便利の良い道具扱いをした挙げ句に、非道を密かに止めていた彼女をもう用済みだなどと殺そうとするなんて。

 

 苦しみ喘ぎながらも懸命に生きてきたイシュタル王女のことを彼等はなんだと思っているのかと。

 

「イシュタル王女」

 

「フリージは墜ちた……私はもう王女ではないわ」

 

 フリージはすでに陥落している為に彼女の言は間違いではなかった。

 

 だがそんなことコープルにはどうでもよかった。王女であろうとただのひとであろうと、イシュタルのような善人を苦しめ続けてきたマンフロイへの遣り場のない怒りが渦巻いていたのだ。

 

「イシュタル王女、僕はあなたの味方です。いえ、あなたの味方になります。例え解放軍から追われそうになろうと、きちんとマンフロイの悪行を説明すればセリス様もわかってくれると思います。それでも周りの目はあなたに厳しいかも知れません、ロプトウスを復活させ世界を破滅へと導こうとした輩の一人だなんて心無いことを仰るひとだっているかもしれません。でも、それでも僕はあなたの味方で居ます!」

 

「コープル……」

 

 なぜそこまで……。

 

 イシュタルは問い掛けてやめた。

 

 彼の瞳を見て分かった。そう、純粋なのだ。

 

 悪を悪として判別出来ながらも、その悪にすら情けを掛けてしまえるほどの善人。

 

 自分は少なくとも善行は積みはしていても、悪ではあった。ひととして正しいと思えないことを数々行いもした。

 

 ロプトウスの復活が暗黒の時代の到来であると分かっていながら解放軍と戦おうとした。己がために。死に場所を求めて。

 

 結局自分を優先する自分、優先したが故の被害など考えずに自らの死を他人任せにまでしようとした自分。

 

 そんな自身に対し、この少年の純粋さは眩しかった。

 

 子供だからなのかも知れない。彼だからこその特有のものなのかも知れない。

 

 ふと、イシュタルはこのコープルという少年のことをもっと知りたくなった。

 

 自分は全てを喪い、死を覚悟して戦場へ出て、卑劣なる奸賊共の手により殺され掛けた。

 

 そんな中、命を救ってくれたこの少年は、ある意味で新たな自分が出逢った一人目の人間なのかも知れない。

 

 だからこそもっと知りたくなった。

 

 ハンニバル将軍の子、血のつながりこそ無くとも血以上の絆で繋がる親子。

 

 優しい子。

 

 純粋な子。

 

 戦いの嫌いな子。

 

 それでも世界に平和を取り戻す為に戦いの道を選んだ子。

 

 勇気ある子だと思う。

 

 なにかをしようとして、結局なにもできずに終わった自分とはまるで正反対の、優しくも強い心の持ちぬしだと思う。

 

 自然と心が温かくなる、彼の純粋な少年と話しているだけで心が癒されていく、苦しみだけが支配していた重みが消えていく。

 

 ただ話をしているだけで、久しく忘れていた喜びのような感情が蘇ってくる。

 

 ふとそのとき、コープルが言った。

 

「あ、やっと笑顔見せてくれましたね」

 

 自然と緩んでいた頬。

 

 笑顔。

 

 笑う。

 

 心から浮かべる微笑み。

 

 いつ振りなのだろうか? 幼い頃、まだユリウスがロプトウスではなかった時代には浮かべられていたはずの笑み。

 

 それが、このコープルという少年の前で、自然と溢れ出ていた。

 

(私が、気を、許している? この雷神イシュタルが、敵であるはずの、討たれるべき相手であるはずの少年に気を許しているというの?)

 

 間違いないことだった。彼女はコープルに対しすっかり毒気を抜かれてしまい、気を許していた。

 

 まるでそう、まるで初めてユリウスに会った頃のように。幼く純真だった彼に会ったときのように。

 

 同じくらい、いや更に底抜けと言ってもいい純真さを持つコープルに、いつしかイシュタルは完全に気を許していた。

 

 コープルの透明な優しさが、ロプトウスへと変貌して“死んでしまった”ユリウスへの想いを振り切らせ、閉ざされた心が開く。

 

 彼女の硬く閉ざされていた心が本来の彼女の優しさを呼び覚ましていく。

 

 これはきっと良きことなのだろう。ユリウスを裏切るように、彼から逃げるように、終わりを覚悟して出撃した最後の自分が、ただの子供に心を解放されていくのが悪い事だとは思えない。

 

 氷の心を溶かされたとて、それがこんなにも心地良いものならば。もう、死を望む自分を完全に溶かされてしまったのなら。あの頃の、まだ全てが楽しかった頃の自分に戻れる。

 

 彼女はそんな不思議な感覚を覚えながら、そしてふと、いまの自分の状態に思いを馳せてしまった。

 

 いま、自分は全裸だ。なにも着ていない裸だった。

 

 脱がせたのはこの少年に他ならないだろうが、いったいいつまで裸で居なければならないのだろうか? 

 

 凍り付いた心が俄に溶かされ始めたイシュタルのその疑問がまるで伝わったかのようにコープルは口にした。

 

「暖炉の火に殆ど直接当てているような距離なので直に乾くとは思うんですけどね僕たちの服。ただずっと雨の中でしたので僕の法衣も、イシュタル王女のマントや衣服もびしょびしょに濡れていて」

 

 裸の自分を前にしながらも一切動じず、子供らしい反応でどうでも良い事の子細を教えてくれたコープルに、イシュタルは薄く微笑みを湛えながら小さな返事を返す。

 

「そう……急がなくてもいいわ」

 

 急がなくて良い。急ぐ必要は無い。何故ならもう戦場は遥か遠くにあり、ここは死に場所を求めようにも求められない場所なのだから。

 

 解放軍はバーハラに辿り着いている頃だろう、そしてユリウスの殻を被ったロプトウスとの激戦が始まっているはずだ。

 

 ここがバーハラから近いと言っても、2,3日で辿り着けるような距離ではない。

 

 たった2,3日、されど2,3日。この2,3日という時間がイシュタルの戦場を遥か遠くへと押しやってしまった。

 

 総力戦にして激戦。そして短期決戦と成ろうこの2,3日で全ては決する。だからもう、ある意味自分のやれる全てが終わってしまったのだ。

 

 同時に、この少年の立つべき戦場を奪ってもしまった。本当なら今頃セリス王子と共に戦っていたかも知れないというのに。

 

 だが、この僅かな触れ合いの中で、その事を安心している自分が居ることにイシュタルは気が付いていた。

 

 戦場に立てば命の保証は無い。

 

 少なくとも自分はいつもそのつもりで、その覚悟を持って、戦場に立ってきた。

 

 無論コープルもそれは同じだろう。話を聴いていた限りでは彼とて将軍という役職を持つ父親に育てられたらしいのだから、戦場のならいなど身に付けていよう。

 

 しかしイシュタルは思った。もしいま、世界で最も強き死の臭いが支配しているバーハラへコープルが進んでいればと。

 

 考えてしまうのだ。バーハラに倒れる彼の事を。

 

 それならまだここで戦場を離脱せざるを得なくされ、生き恥をさらす女と共に会話を楽しんでくれている方がいいに決まっている。

 

 コープルの戦うという意思も、自分の意思もおざなりに、イシュタルは強く願った。彼に死が訪れる事無きようにと。

 

「コープル……少しいいかしら?」

 

 イシュタルはまだ乾かないのかとロープに吊された服を触っていたコープルを手招きして自分のところへ来るよう誘う。

 

「なんですかイシュタル王女」

 

「ん、命を助けて貰ったお礼をまだしていなかったと思ってね」

 

「いえ、お礼なんて要りませんよ。傷付いて倒れている女性を助けるのに損も得もありませんから、それよりも僕はイシュタル王女を助けることができただけで充分なんです」

 

「そう……でもね、あなたがそれでよくても私はよくないの」

 

 よくない、納得いかない。死に場所を求めていたとはいえ、あの様な最後など求めては居なかった。そんな中で命を助けられたのだ。それもコープルのような純真な子供に。

 

 それ故、イシュタルはこの少年に某かの礼を、お返しをしなければならない、と、己が気が収まらなかった。

 

「だから、返させていただけないかしら?」

 

 そう言いながらイシュタルがしたことは、近付いてきたコープルの腕を掴み引き寄せて。

 

「ん──」

 

 その唇を塞ぐという行為であった。

 

「んっ……」

 

 唇を塞ぐイシュタルの声が微かに漏れる。

 

「んむぅ~~~っ!??」

 

 唇を塞がれたコープルの声が大きく零れる。

 

 互いに違う声を上げながら、それでも二人の唇は触れ合わされたまま離れない。

 

 イシュタルが離そうとしないのだ。接触したまま甘く啄まれる唇。啄み合うのではなく、イシュタルがコープルの唇を啄んでいるのだ。

 

 彼の背に回した手で、彼の顔を強引に上向かせ、押し付ける様にしながら。

 

 そうしてその強引な口付けは、イシュタルにより更に強引なるものへと形を変えていく。

 

「んっむぅ……っ! んうっっ──!!」

 

 コープルの小さな唇が割られた。イシュタルの口より出された舌によって。

 

 彼の小さく力の弱い唇を押し割っていく彼女の舌は、まるで抵抗のない、年に見合った狭い口腔へと入りきる。

 

 下唇を伝い滑り込む舌が最初に触れたのは、その先に在る健康的な白い歯。

 

 やもすればまだ乳歯の残っているかも知れない歯並び良き小さな歯の上を、イシュタルの舌の裏側が触れる。

 

「ふっ、ううむっ、んんっ」

 

 突如入れられた舌に息苦しくなるコープルは、初めて味わう接吻の感触にカッと身体や頭が熱くなっていくのを感じた。

 

 暖炉の火の熱とはまた違う、身体の内側から吹き上がる沸騰したお湯のような不思議な感覚だ。

 

「んっ……んっ……んん──」

 

 湿り気を帯びた彼女の唇はとても甘酸っぱい。

 

 歯の上を滑り、静かになぞられていく中には何もなく、ただイシュタルの唾液のみが塗り込まれていくだけだ。

 

 それなのに、柑橘の果物を食べているような味がする。

 

 ざらざらで滑らかな舌は唾液に包まれていて、それが下の歯をなぞりきると、舌先だけが上に向い、今度は上の歯を静かに丁寧になぞってくる。

 

 そうしてやがて捕らわれるのは自分自身の舌だった。彼女の舌はコープルの舌を逃がすことなく、裏側から舐めあげて蛇が締め付けるかのように絡め取っていた。

 

「んっふぅぅ……ん、くちゅ……っ」

 

 積極的なまでの接吻を交わすイシュタルも、そのときコープルと同じ柑橘の味を感じ取っていた。

 

 自分からその味を求めるように未発達な口内をくまなく舐めあげていく。

 

 柔らかい口内、暖かい口内。コープルの口内は確かに狭く、子供のそれ。

 

 でも味その物は大人の味と同じ。いや大人よりもずっと新鮮な甘酸っぱさを感じさせられていた。

 

 イシュタルとて大人だ。接吻の経験くらい有る。

 

 それは後にも先にも一度だけだが有ることには有った。

 

 相手は無論ユリウスだったが、強引な接吻に感じたのは愛の残る最後の味だったことをいまでもよく覚えている。

 

 だがそれ以上はなかった、身体の接触はなかった。成長しきった頃にはもう、ユリウスは半分ユリウスではなくなってしまっていたから。

 

 ロプトウス、暗黒の神、人間など等しくしもべか或いは贄かとしか考えておられない暴虐さを感じさせており、この身が抱かれる事は一度としてなかった。

 

 それでもまだその頃には確かな愛情を、……僅かに残った愛情、人間性を感じていた物だが。

 

 しかしいま、このコープルと行っているような新鮮で甘い、なにかを感じ取ることはできなくなっていた。

 

「ん、ちゅ……んふっんぅ……っ」

 

 自然、舐めあげていく彼の舌に、己の舌をこすりつけるようにして、滑ったお互いを絡ませつつ唾液を塗り込んでいくイシュタルは思う。

 

 もっと、この優しい少年の味を、心を感じ、そして触れてみたい。心と心を重ね合わせてみたい。

 

 ユリウスの代替ではなく、コープルをコープルとして感じ取りたい。

 

 そう考えながら、彼の舌の隅々までを舐めてから、背筋を通り過ぎた寒気にも似た感触を最後に、彼女はその小さな口より己の舌を抜いていった。

 

「ん──ちゅる……ん、ふふ」

 

「あ、ぁ……」

 

 不意の口付けというあまりな出来事に言葉を失うコープルを前に、優雅に微笑むイシュタルの舌先から唾液が伸びる。散々味わい尽くした小さな口と、更なる繋がりを求めるように。

 

 唇同士にも至る所から細い糸が伸びては切れていく中、口と口を繋ぎ結ぶ太い1本の透明の糸だけは、少し顔が離れた今も尚、二人の間を繋ぎ続けていた。

 

 見ればコープルの顔は血が上ってきたように真っ赤だ。実際に血液は頭の上まで登り詰めているのだろう。

 

 返してイシュタルは少しだけ、ほんのりと頬を朱色に染めているだけ。経験の差。生きてきた時間の差。色々と考えられるそれらの要因は、最終的に一点へと凝縮される。性格にそして、大人と子供の差だという一点へ。

 

 そうして一方の子供は充血した顔で、一方の大人は落ち着き払いつつも、興奮を隠せない様子で見つめ合う子供と大人の唇の間を繋いでいた糸に、お互いの口から供給されてくる“水分”の重さに堪えきれなくなった糸が中心部を膨らませていき、やがて音もなく二人の間で流れ落ちていった。

 

「どっ、どう、して……、こんな、こと、イシュタル、王女……」

 

「言ったでしょう。お礼をさせて欲しいと。その一部よ」

 

 突然の接吻。

 

 驚き戸惑うコープルに、イシュタルは静かに事を話す。

 

「私は、死に場所を求めて戦いの場に出たわ。しかし不本意な形で命を奪われそうになった。そんな私をコープル、あなたは助けたの。そのお礼よ」

 

 死出の旅路に路銀もなく、フリージ陥落と共に城を追われる形となってしまった自分には、別の形での報奨も与えられない。

 

 故に考えられる物の中で、最も男性が必要とする行為を敢えて選び、事に及んだ。彼のような幼い子供には理解しがたい行為ではあろうとも。

 

 しかしフリージ最後の王女として、雷神イシュタルとして、なにも返さずには居られないのだ。

 

 それがフリージの王女イシュタルが選んだ、小さな子供に対する的外れにも甚だしいお礼の仕方であった。

 

「ごめんなさい、これしかないの。いまの私には」

 

 そうしてイシュタルは返事を待たずにコープルの首と頭の後ろへ手を回し、静かに自分の身体へと引き寄せた。

 

 引き寄せながら、裸である自らの胸元へと、彼の顔を静かに掻き抱いたのだ。

 

「んうう……」

 

 くぐもる声が部屋に響く。小さな声が暖炉の木々の弾ける音に合わせて消えた。

 

 それはイシュタルの胸元から聞こえたもの。

 

 彼女の豊かなる両乳房の狭間から聞こえたコープルの声。

 

「……どう?」

 

 彼女は訪ねる。子供には意味不明な行為をしている事を自覚しつつ。

 

「気持ちいい……?」

 

 もう一度訪ねる。胸の狭間で息をするコープルの、静かな息遣いが感じられた。

 

 吹き掛かる確かな鼻息。それは狭間の中で別種となる温もりとなり、乳房の間より溢れ出てくる風となって散った。

 

 すべてがこの少年からもたらされるものだ。

 

 温もりも、安心感も、心に灯るあの幼い頃にも似た熱も。

 

 この小さな子供から。そうやってイシュタルは益々強く彼を掻き抱いた。

 

「きもち、いいです……」

 

 そんなイシュタルの乳房の狭間に居る少年は、先程のように取り乱すことなく、訪ねてきた彼女に確かな返事を返した。

 

「とても、気持ちよくて、いい匂いが……します」

 

 それは母の温もりのような、姉の温もりのような、そのどちらでもないものでもあるような、不思議な感覚と匂い。

 

 コープルには養父ハンニバルは居るが、本当の父のことについては殆ど知らない。同様に実母のことについても。

 

 幼い頃、物心付く前の赤ん坊の頃にはもう母は失踪していた為に、彼は母の温もりを知らず育ってきたのだ。

 

 もし、母が居て、母が抱き締めてくれて、そのときに感じられる感覚や匂いをいま感じられるとするならば、このように優しく気持ちの良い物なのだろうか? 

 

「お母さんって、母上ってこんな感じ……、なのでしょうか……?」

 

 ふとそう思ったコープルは、もっと、もっと、と。子が母を求めるかのようにイシュタルの胸の狭間に顔を埋めようとしていた。

 

「さあ、どうなのかしら……。そうかも知れないし、そうではないのかも知れないわ」

 

 曖昧な返事をしながらも彼のその仕草を感じ取ったイシュタルは、両の乳房に手を触れさせて少しだけ外側へと開くように広げてみる。まるで彼を導くように。

 

 するとコープルはその導きに従い吸い寄せられるかのように間を置く事無く、開いた乳房の狭間に顔を埋めてきた。

 

 顔を埋めながら彼女の胸の、その肌の温もりに瞳を細めさせて。

 

「……」

 

 イシュタルはコープルの頭を抱き竦めるようにして優しく撫でながら、幾らでも匂いを嗅げばいい。好きなだけここに居ればいい。望むだけ甘えさせてあげると呟やく。

 

 幼子をあやす慈母の如き微笑みを浮かべながら。

 

「けれどねコープル、私はあなたの母親ではないの」

 

 だがしかしその傍らで彼女は言う。

 

 母としてという意味でだけで私にこの様なことはどうか求めないで欲しい。

 

 母を感じてもいい。乳房を求めるのなら求めなさい。

 

 しかし母ではないのだときちんと理解しなさい。私はけしてあなたの母親にはなれないのだから。

 

 彼にそう言い聞かせつつも、イシュタルは乳房に捉えた少年の金糸の髪を撫で続ける。

 

「こうして母親の代わりのようなことはできても、私とコープルは他人……母になることはできないのよ」

 

 それに、何もかも全てを喪いしその先で出逢ったこの少年に、母として求められるだけでいる事はなぜか望めなかった。

 

 望みたくない、望んでいないと言い換えてもいいのだろうよくわからないそんな気持ちを、この少年に抱き始めていた。

 

 それが為に、彼女はそれを手に取っていたのかも知れない。

 

 母親であるのなら行わないことを行う為に。

 

「うあっ……、イ、イシュタル王女……っ、なに、するんですかっ……!」

 

 不意に感じ取った違和感にコープルは心地の良い胸の狭間より顔を上げた。

 

 そして心地の良いひとときを奪った張本人──イシュタルに。

 

 疑問と、抗議と、驚きと、戸惑いの入り混じった声をあげる。

 

「言ったはずでしょう? 私は母親ではないと。そして助けてくれたことに対するお礼をしたいと」

 

 イシュタルはあくまでも冷静に微笑んだままコープルを見返しながら、右手に取った小さな軟らかい肉を、コープルの男たる証を、付け根の部分から優しく静かにすりあげていた。

 

 母性以外の何かも感じ取って欲しいという想いを込めて。

 

「あっうう」

 

 コープルはまるで女の子のような悲鳴を上げ、顔を赤くさせたまま涙目になりながらイシュタルを見つめた。

 

 彼女はどうしてこの様なことをするのだろうかと。しかしそれを撫でられ、さすられる気持ち良さは少年の疑問を斯くも容易く塗りつぶす。

 

「こういう事をするのは初めてのことなのだけれど、どう? さっきよりも気持ちいい?」

 

 接吻のときと。胸に顔を埋めさせていたときと比べてどうか。

 

 問い掛ける彼女に幾ばくのときも置かず彼は応えていた。

 

 

 

「はっ、い……、なんだか、わからないんですけど……っ、イシュタル王女の指が僕のをすりあげていく感じがっ、背中をぞくぞくってっ……。っこれって、なんなのですか……っ?」

 

 子供故の正直さ。子供故の知識不足。子供故の適応力。コープルは先に抱いた疑問も抗議も忘れたかのように、感じたままをただ素直にイシュタルに伝える。

 

 彼女の指が、付け根の中心の硬いところを捉えながら、ゆっくりと先へ向けて掻き上げるように迫り上がってくるそれだけの事で、背中の奥が、身体の奥が、そしてなによりも付け根の奥が。

 

 沸かした湯のように熱くなり、寒さを感じるときとは違うぞくぞく感をもたらしてくる。

 

 それはそう、気持ちが良いという言葉その物を形にして表し、この身に振りかけられてしまったような不可思議な感覚だった。

 

 そして彼女に撫でられるそれの不思議な現象はまだ続く。

 

「イシュタル王女、なんだか……僕のが、大きく腫れて……っ、立ってきましたよ……っ」

 

 立つ。言葉通りの意味でコープルの男の証が立ち上がっていた。

 

 イシュタルに撫でられ、優しく優しくさすられて、幼い彼のそれが立ってきたのだ。

 

 無論、それがどうなっている事かをイシュタルは知っている。しかし、子供の、まだ幼いコープルにはまだ分からないこと。

 

 故に脅えと興味が半々ずつ、彼の脳裏に渦巻き行く。どうなっているのか? どうなってしまうのか? 分からないからこその感情だった。

 

「ううっ、ぼ、僕のっ……どうなってっ」

 

 戸惑いを見せるコープルに、イシュタルは怖くない怖くないと彼を宥めるように口ずさみ、そうしながらも仕上げと言わんばかりに撫で擦って最高潮の態勢にまで立ててあげた。

 

「初めてのことだから怖いのは分かるわ。でもね、これはけして怖いことではないの。正常だからこそこうして立ち上がるものなのよ」

 

 少しイシュタルとの身体に間を置いて座り込むコープルは、正常だからと言う彼女の言葉に安堵しつつも、どうしてこんなに立つのかが不思議でならなかった。

 

「そう、なんだ……。なんか、すごい……。撫でられていただけなのに……、僕の、こんなに大きくなっちゃうなんて」

 

 皮を被ったままのコープルの物が大きくなったところで、また離れていたイシュタルはそっと、座ったままの己の身体を布団に引きずりながら彼の傍に寄りかかり。

 

「ん、ちゅ……っ」

 

「ふああ──」

 

 油断していたコープルの左の首筋沿いに舌を付けた。

 

「ちゅ……」

 

 付けられた舌先は離れることなく首に沿って上へと登っていき、コープルの首筋を唾液で湿らせながら左の耳まで達していった。

 

 可愛い声を上げ反応するコープルに、イシュタル自身もぞくぞくしながら喜びの感情を沸き立たせて。

 

 どうしてこうなるのか分からない。ただ、コープルが、コープルの反応が、その反応一つ一つが愛おしさを感じさせるものだということは分かった。

 

 これをもっと、二人だけで共有していたい。

 

「んっうう──イシュ、タル……っ、おう、じょ……っ」

 

 コープルもいま、彼女と語り合えば、似たような感情を抱いているのだと云うことが分かったことだろう。

 

 そのくらい、このお礼という行為に彼もまた喜びを感じていた。しかしそうでありながらも、なにをどうしたら良いのかまったく分からない彼は、耳朶までをはむっと甘く噛まれたときにまたあの背を這い上がる快感に襲われて彼女の名を呼んでいた。

 

「ちゅっ……。ちゅ──あむっ」

 

「ううう~~!」

 

 正面から顔を傾けて右の耳を噛むイシュタル。頭の右上で一つ括りにした彼女の青銀色のさらっとした長い髪の毛の束がコープルの未成熟な身体に全てかかり流れ落ち、立ち上がっていた彼のそれにも毛先が纏わり付く。

 

 彼女を運んでいた時には濡れていた髪の束はもうすっかり乾き、さらりと音を立てて絹糸のように流れ揺れ、彼の肌や物を撫でていた。

 

「ふあ──」

 

 それがあまりにも気持ちが良く、一瞬びくっと震えた物と呼吸を合わせるが如き悲鳴を上げそうになってしまった。だがコープルは堪える。

 

 変わらずイシュタルの唇が右耳を噛んでいる、イシュタルの長い髪の束の先が反り立つ物に絡みついている。

 

 これらの一つ一つに悲鳴ばかり上げていては男らしくないじゃないかと、ささやかな抵抗を試みていたのだ。

 

 だからだろうか。それまで受け身になっていただけでなにも動かなかった手を動かし、目の前に揺れる青銀の髪の束に手を入れて撫でてみたのは。

 

「さっ、さらさら……だ……」

 

 透き通るような髪の毛だった、手の指を絡みつかせようとしても解け落ちてしまうほど真っ直ぐで綺麗な髪の毛だった。

 

「さらさらしてっ、イシュタル、王女の……っ、髪の毛……っっ、青い、銀色で……っ、とても、綺麗……っっ」

 

 左手指、五指の隙間を滑り抜けていく青銀に輝く艶やかな髪。纏められた束の先は彼女の腰よりも長く、その先がいまコープルの物に絡みついていた。

 

 コープルがこれを掬い上げることで物に纏わり付いた毛束の先は彼の意に反して物とこすれ合わされる形となり、言葉に表せない感覚となって彼を感じさせる。

 

「あっ、うう──っ」

 

 これを見た彼女もまた、幼さを残すコープルの物に絡まった己の髪束の先の方を、彼の物ごと一緒に掴みながら態と巻き付かせては右手と自らの髪を用いて優しい手付きで物をさするようにこすっていく。

 

「うっああ、イシュタル王女──っ」

 

 髪の毛の束が巻き付けられ、そのままの状態で物を掴まれては撫でこすられる。

 

 艶やかな髪がしゅるしゅると物をこすっている。

 

 経験のない未知の感覚に悲鳴にも似た声を上げるコープルは唯々戸惑うばかり。

 

 であったが、その行いをやめて欲しいなどとは寸土たりとも思わなかった。

 

 気持ちが良いのだ。

 

 物に巻き付く髪の感触も。

 

 暖かい手の感触も。

 

 さするような優しい手付きで物をこすられるのも。

 

 全てが全て気持ち良かった。

 

 しかしながらその感覚をコープルに与え続けていたイシュタルの手は、彼の少年の喘ぎに一度動きを止める。

 

 髪は巻き付かせたまま、物は掴んだままで。

 

 一度止められた動き。だが彼女の行為の全てが停止した訳では無い。無論コープルも依然五指を射し入れていた彼女の青銀の髪には触れたままだ。

 

 この様なことをされては行き場のない手が自然と彼女の頭を撫で、髪を撫でと、彼女を求めて彷徨ってしまうのも致し方ない事だろう。

 

 いま彼が触れているのは髪の毛の束の根本から少し先。

 

 この髪の先はいま自身の物に巻き付けられている。

 

 イシュタルの髪を通して自分の手と物が繋がっている事になる。

 

 不思議な感じがしていたコープルだったが、それに気を遣る時間を彼女が与えはしなかった。

 

 そもそも彼女には始まったばかりの事を止めるつもりもない。

 

「はむ」

 

 言葉も交わさずにただ優しい愛撫だけをしていたイシュタルは、やはりなにも告げることなく再度コープルの左耳朶を甘く噛んだ。

 

 甘く優しく噛んで舐る。幾度目となろうぞくぞく感が彼の身体を走り抜ける。

 

「うっ」

 

 そうして耳朶を噛まれる気持ち良さに堪えていたコープルに、愛撫だけに専念してきた彼女は、漸く彼の耳元で甘く囁いた。

 

「いけない子ね……、女性の髪を勝手に触るなんて……」

 

 注意しつつも彼女自身は自らの髪をコープルの物に巻き付かせたままでいる矛盾。

 

 理不尽とも取れよう詰問だったがイシュタルに悪意はないし、コープルとてそれは分かっていよう。

 

「あっ、これは違いま──!」

 

 それでも慌ててしまうのは穏やかな気質故か。

 

 子供だからこその純真さ故なのか。

 

 様子を窺う彼女の口元は微笑みの形を湛えて言葉を紡がせ。

 

「そんな子にはおしおきが必要ね」

 

 すっと離れる。

 

 今度は少し距離を取り、いや、頭だけは距離を置かずに制止した。

 

 場所はそう、勝手に髪を触るようなおいたをした悪い子供の股間部。

 

 立ち上がったまま放置されていたコープルの男の証の前だった。

 

 




pixiv様でのリクエスト作品となっております。

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