※この作品はR-18です。

全てを喪いしその先に   作:夜半の月

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全てを喪いしその先に 中編

 

 

 フリージを追われたといえども、やはりイシュタルは王族だ。全ての戦いに決着が、終止符が打たれた時には、或いは、再び、収まるべき地位に収まる事となるかも知れない人間であった。

 

 否、かも知れないといった不確定な要素を孕んだものではない。解放軍の先頭に立つセリスや、誰よりもイシュタルの人柄を良く知っているティニーならば、イシュタルがユリウス──、暗黒神ロプトウスや、ロプト教団と袂を別った以上、やはりフリージの王族として遇せられることになるだろう。

 

 ましてや、彼女は何の罪もない子供を暗黒神への生贄として捧げる事に抵抗して来ており、多くの子供達を逃がしていた。尚更、全てが終われば再びフリージの王女として故国の地を踏むことも適おう。

 

 他でもないフリージの民が、イシュタルが善良なる王族であった事を知っているのだ。彼女が無事だと知れようとも、コープルの懸念していたような事には決してならないだろう。少なくともフリージの地においては。

 

 無論、いまこの時、それを知る術を、イシュタル自身もコープルも共に持ち合わせてはいない。

 

 遠く離れた戦場の事も、フリージの民が彼女の安寧を願っている事も、彼女自身には分からない事であった。

 

 だがしかし、何れにせよイシュタルが王族である事そのものは確かな事実としてあった。

 

 そしてこれより、彼女が行おうとしている行為は、とても王女という身分に在る者が与えるような褒賞ではないだろう事に付いても、彼女自身承知の上であった。

 

 この様なこと、見方を変えれば非礼にも当たるだろう。或いは不純に見えるかも知れない。ともすれば、悪政を敷く王族が、気に入った男児を慰み者とするような行為にも見えよう。

 

 しかし、いまのイシュタルは、トールハンマーを持つ勇ましい武人でも、フリージの王女として報いる何かを持つ者でもない、そう、文字通りのなにもない裸一貫の女だった。

 

 なにも持たぬ裸の王女、ただ此処に居るだけのそんな女には、身勝手にもこのくらいの事しかできないのだ。

 

 彼女は『おいたをした』と、そうコープルを詰った自分こそが、本当は年端も行かない子供においたをする悪い女となった気分に、不思議と浮つきにも似た感情を抱きながら、彼の男の証を見据えていた。

 

「大きく、なっているわね」

 

「ぼ、ぼく……っ」

 

 まだ、外部の如何なる物からも守られているように、薄い皮に包まれた新鮮なそれは、彼女の指によって撫でさすられていたことで、それ自身が頑張れる範囲での限界で屹立していた。

 

 背伸びをして意固地になる子供のようにも見える小さなそれの先は僅かに開き、脱皮をするようでしない、蝶の蛹にも見える。

 

 イシュタルは、この蛹をどう扱うべきかと数瞬考えを巡らせた後、物へと巻き付かせていた自らの髪を取り去った。

 

 さらり──。

 

 物に擦れながらも、物より解け流れた彼女の髪には、男子特有の粘り気のある水分は付着していなかった。髪と手にさすられていたことで先走る液こそ湧き出ていても、殻に守られた内側にて堰き止められていたからだろう。

 

 イシュタルは、その堰に押し止められている流れを解放してあげる為にと、先程までと比べて僅かばかりの力を込めて、コープルの物を静かに左手で包み込んだ。

 

「あ、うッ──、イシュタル、王女……っ、今度は……なにを、するの、ですか……っ?」

 

 子供らしい未知への脅えと、等分となる未知への好奇心とを混濁させた、不安気で、頼りなく映るコープルの様子に、彼女は、ただ優しく答えてあげた。

 

「大丈夫よ、コープル……」

 

 不必要な不安を与えるつもりはない、不安ではなく安心を与えてあげたい。

 

 自分がそう、この少年から安心を与えて貰ったように、今度は自分が彼に癒しを。

 

 胸に抱いた想いをそのままに、彼女は呟く。

 

「安心してお姉さんに任せなさい」

 

 呟き、上げた顔で、少年の不安そうな瞳を見つめながら、左手に包んだ温かいそれに、下方へと引きずり下ろすよう彼女は力を加えた。

 

「うっ、く、ぅぅ!」

 

 静かに、優しく、丁寧に、けして大きな苦痛を与えぬようにと、手の感覚を集中させながら、具合良く剥いでいく子供その物なそれの先を、イシュタルは見つめる。

 

 

 

「う、……ぁぁっ」

 

 引き詰められていた包皮を剥がれ行く感触に、コープルの口からくぐもった、苦痛の声が迸る。

 

 外側にめくれ上がる外皮、ぷちぷち、ぷつん、濡れた肉が引き剥がされ奏でられる音に、ずきりと走る痛み。

 

 優しく剥ぐ彼女の手付きのおかげなのだろう。激痛と呼ばれるほどの痛みには襲われることこそなかった物の、それでもやはり、痛みと共に、そこの外皮を剥かれていくことを感じたコープルは、緊張した面持ちで言葉を吐き出した。

 

「い、痛い……っ。わから、ない……これ……、ううっ……!」

 

 感じたことのない痛み、そこを触られる毎に背筋を駆け抜ける気持ち良さ。

 

 せめぎ合う二つの感覚の中、コープルは。

 

 ──でも、嬉しい──。

 

 ただ、嬉しいという気持ちが、心に沸き立つのを感じていた。

 

 接吻をされたことも、女性の胸に抱かれるのも、そこに髪を巻き付けられたことも、そこを触られながら耳を噛まれることも、いま行われている全てが初めてな事だらけ。

 

 しかしそれらを行うのがイシュタルであるという事に、彼は、何故か、安らぎと嬉しさを感じる。

 

 どうして、なんだろう。

 

 分からない……、イシュタル王女はいい人であり、大人である──という以外、なにも知らない女性なのに。

 

 少年はそれでも、安心して任せなさいという彼女の言葉にただ粛々と従い、受け入れていた。

 

 子供には分からないこと。

 

 大人だからこそ分かること。

 

 いまイシュタルが行っているのはそういう行為なのだ。

 

 本来であれば、子供に対して行うような行為ではない、成熟した愛し合う大人の男と女が行う行為なのだ。

 

 大人のイシュタルでさえ、行うのは初めての。

 

 分からないなりに、面はゆさを感じながらも、コープルはそれだけを理解できた。

 

 

 

 そして、その少年と同じく、初めての事を行い、ゆるりと事を進めていくイシュタルも、止めたりも、躊躇したりも、けしてする事はなかった。

 

 なにもない自分にできる礼がこれしかないからと。

 

 いや、それは否、というべきかもしれない。

 

 

 

 ──なにもできない自分──。

 

 

 

 それは……。それこそが。

 

 本当は、単なる言い訳や、理由探しの隠れ蓑、だったのかもしれない。

 

 本当は、ただしてあげたいと思ったから、こうしているのかもしれない。

 

 純真無垢な優しい少年に、己の心を救われて、そんな少年に私は惹かれているのだと、彼女は自身感じていたのだから。

 

 この場限りの場当たりなどで己は絆されてなどいない。

 

 自分自身が望んでいるのだと、そう、彼女は感じていた。

 

 自らの感情なのだ、冷静に向き合えば自ずと見えてくる物もある。

 

 ただ礼をするつもりだけなのならば、他にもやり様はあるのではないか? 

 

 それを思案する事もなく、ただ流れに身を任せるが如く、こういった行為へと自然に移っていったのは、自らが望んだからだ。

 

(コープル、だから……なの?)

 

 全てを喪った果ての出逢い。

 

 憎悪と悔恨に塗れ、凍り付いたこの心を癒してくれる、心優しいこの少年との出逢い。

 

 それに、特別な何かを感じ抱いても、仕方がないだろう。

 

 例えそれが、年端も行かない子供であったとしても。

 

 断ち切ったはずのユリウスへの感情を、まだ少しばかり燻らせながらも、自身の心と向き合うイシュタルは、いまはもうコープルを愛おしいという想いの方が、大きく、強く、はっきりとした形を持っていると、自らが抱いた確かな気持ちを確認しながら、彼のそれを包み込む包皮を首まで剥いたところで、手を止め、呟いた。

 

「大丈夫、だから……ね?」

 

 自身が行っていることで痛みを感じている彼を、『ここまでだから』と安心させるように。

 

 そうして、露わになった部位までのそれを、柔々と揉みほぐした。

 

「ふあっ──」

 

「痛かった?」

 

「ん、んんっ、い、痛いのと……でも、気持ちいいのと……よ、よく、分からないです……」

 

「そう、ごめんなさい」

 

 話ながらも彼女はそれを揉む手を休めない。

 

 半端に剥いでしまった小さなそれ。無論、全てを剥いてしまうこともできる。

 

 この先に思いを馳せるのならば、寧ろいま、しっかりと剥いてしまった方が良いのかも知れない。

 

 だが、それをしてしまうには、まだ彼は幼かった。

 

 男女のなにかを知らず、性を知らず、交わりなど考えた事すらない少年は、きっと苦痛に泣き叫んでしまう事だろう。

 

 それは彼女の本意ではなかった。この少年の苦痛に喘ぐ声など聴きたくない。

 

 同じ耳にするのならばそう、安心と、心地良さを覚える声……それだけを耳にしたかった。

 

 それが為に、彼女は半端なところで手を止めたのだ。

 

 離した手、自らが剥いたそれは、閉じ込められていた液に塗れて、鮮やかなピンクに色付いた頭だけを出したままの姿で、首の辺りで捲れた外皮を膨らませていた。

 

 もしも、このまま萎むようなことがあれば、捲れた外皮は再び頭を覆い隠してしまう事だろう。

 

 付け根の部分にも、周囲にも、それを守る産毛すら生えていない初々しい頭を守ろうとして。

 

 だが、限界まで張り詰めた状態で反り勃ついまは、それは頭を隠そうにも隠せないで居る。

 

 いや、そも、隠す必要などあろうか? これより、今この先より、自ずと隠されることになるのだから。

 

 それゆえ、普段頭を守っている外皮には、暫くの間退いていて貰わなければならなかった。

 

「今度は、痛くないから、ね……」

 

「えっ……」

 

 ──隠すのは無論、他ならぬ私自身──。

 

 そうイシュタルは自分に言い聞かせながら、形の良い唇を大きく開けた。

 

 口を開き、少しばかり離していたコープルの股間に頭を寄せていき、液を滴らせて反り勃つピンク色の小さな頭を、自らの口に入れ、咥え込んだ。

 

 

 

「んむ──」

 

 イシュタルのくぐもった声。

 

 濡れた口内に、濡れたピンク色の頭が入り、彼女の唾液に塗れた舌と、優しく静かに、触れ合う。

 

「あうっ!? イ、イシュタ──ううっ!」

 

 瞬間、コープルが感じたのは、彼女の口の中の暖気と湿気、そして絡みつくようなぬめりと、言葉に出来ないほどの──快感。

 

 信用し任せながらも、どうされるのかと不安に駆られて彼女を見ていたコープルは、深く、舌まで絡め取られた、先ほどの接吻のとき以上に驚く。

 

「くぽっ……、あむ」

 

 無理もない、イシュタルが、自身のそれを口に咥えているのだ。

 

 頭から根までの間を、つまりそれ全体その物を、しっかりと咥え込んで、頬張りながら、舌先を付けているのだ。

 

「う、ふっああ──っ」

 

 これに驚愕を抱かないようなコープルではなかった。

 

 それは、そこは、不浄の水を排出するときに使う物。

 

 催した折りにのみ使うだけの。

 

 丁度いま、緊張のあまりか、先程までイシュタルの手や髪に撫で擦られていた自分のそれは、べっとりとした液に塗れていた。

 

 さらっとした普段の水とは異なる、ねっとりとした液で、確かに濡れていた。

 

 子供が故に、その液がなにかを知らないからこそ彼は小水と混濁しているだけなのだが、それを彼女は、自らの口の中へと咥え込んで頬張り、優しく愛おしげに舐めて、しゃぶり上げている。

 

 快楽に襲われ驚く彼は、ほぼ無意識に、自らの股間に埋まる彼女の頭を両手で掴み、そして──そして、なにもできなかった。

 

「んっんんっ、んむっ」

 

 なにもしなかっただけに止まらず、首の角度を変えながら物を舐り、将又顔を前後に動かしたりしながらくぐもった声を上げる彼女の頭を、耳を、撫で、さすり、触れていた。

 

「イシュタルっ王女──……!」

 

 頭の右上で一つ括りにされた彼女の髪も、先程のように触り、撫で。

 

 そうして彼女の頭を抱え込み、掻き抱き、引き寄せるようにして、自らの股間へと押し付け、固定してしまった。

 

 自分は何をしているのか、女性にこんな処が舐められて、それなのに。

 

 こうしていて貰いたい。

 

 もっともっと僕を。

 

 戸惑いを覚えながら、でもイシュタルを放したくないというコープルの思いが、結果的に彼女を引き寄せるという行為に走らせる。

 

「っんぷ──!」

 

 コープルに引き寄せられたイシュタルは、咥え頬張るそれの先に、不意に喉を突かれ、ほんの僅かに嘔吐いた。

 

 大きさこそ少年の小さなそれであっても、硬く反り起ち膨らんだいまならば、彼女の口のある程度の場所まで自らを届かせることを可能としていた。

 

 とはいえ、細く小さな幹と頭。喉の奥まで入り込むことはない。

 

 だがそれでも、喉奥の手前の扁桃に触れるくらいには、それは届いている。

 

 他ならぬイシュタルを求めて己を張り詰めさせながら。

 

(コープル……)

 

 喉の器官との刹那の触れ合い。触れている物は、小さな少年のそれ。

 

 彼女は男だけの身体に存在する、まるで別の生き物のようにも思える、ビクビクと小刻みに動くそれの根を捉えていた手に力を入れ、もう少しだけ下方へ引っ張る。

 

 引っ張りながら、それの外皮をまた少し、剥いた。

 

「ううっ!」

 

 またひとつ、快感の中に入る痛みに、コープルが呻き声を上げた。しかし、イシュタルが咥えたそれを放すことはない。

 

(優しい、子……)

 

 抱き寄せるかのように、自身の頭に添えられている少年の小さな両の手。そこから伝わる感情は──優しさ。

 

 けして乱暴には引き寄せたりしない、でも愚直なまでに己を求めてくる彼の優しい心根。

 

 そしてもうひとつ、男としてのそれを、イシュタルは察し取っていた。

 

 暖かい、小さなその手に依然として頭を抱き寄せられているままで。

 

 イシュタルの頭を股間へ導き離さない、彼の少年の無意識下での望み。

 

 ──イシュタル王女が欲しい──。

 

 意図してのものでもない。考えてすらいないだろう願望。

 

 だが、それが、年端も行かない少年の手を動かしている。

 

 少年と言えども男であった。身体が女を識ろうとしている自然の行為であった。

 

 その行いを、男を識らない彼女もまた、自ら引き留めようとはしなかった。

 

 何故ならば、イシュタルはコープルに惹かれている自分を自覚していたからだ。

 

 死に場所を喪っていたところを助けられ、運び込まれて目を醒ました宿の一室での、刹那の時の邂逅と語らいの中。彼女はコープルという少年への恋慕の情を、確かな愛情を、自身の内に抱いてしまった。

 

 気が付いていたが、実際にこういった行為を行ってみると、それがやはり思い違いではなく、本当の感情から来る物なのだと、よく理解できた。

 

 故に彼女は触れる。

 

「ん……ぴちゅ」

 

 触れたいと思うからこそ触れ続ける。

 

 触れて欲しいとコープルが欲しているからこそ、イシュタルも気負い無く触れ続ける。

 

 求め、求められるそのままに。

 

「ふあっ……!」

 

 少しだけ下げてあげた包皮の裏側へと、自らの舌先を以て、唾液を塗り込めるかのように、滑りを帯びて喉を突き来る少年のそれの表面を這わせながら。

 

「んっ ちゅ……」

 

 口に入れていることで目に見えない裏筋も、少しばかり顔を覗かせた筋伝いに、下方より上方へとゆっくり舐めあげ。

 

 舌全体を広げて半円に包み込みながら、小さくとも立派な男の証たるものを癒していく。

 

 身体は清潔にしているのだろう、それとも子供故なのか。未成熟なそれの周りからは特に鼻を突く異臭などをイシュタルは感じなかった。

 

 しかし、彼女が舌で癒しているそれその物には、既に髪と手で愛でるように撫でさすっていたときに出ていた粘りがある。

 

 舐る舌にはその粘りを帯びた液が絡みつき。また、それに舌を這わせることで、新しい液が少しずつ少しずつコープルのそれより滲み出てきては、彼の匂いをイシュタルの口内に染みつけていく。

 

 

 

「は、うっ、こんな、ことっ」

 

 滑り絡まるイシュタルの舌をそこに感じながら、コープルは否定の意を示す言葉を伝えかけて──しかし、どうあっても伝えられずにいた。

 

 彼の無意識下の意思が、彼女をこそ欲しているから。

 

「んんぅ──」

 

 またイシュタルの舌がそれの裏筋を這う。

 

 コープル自身でさえ剥いたことのない包皮の裏側を、フリージの王女が触れている。

 

 口で、舌で、舌の裏側で、しかと頬張り食すように、前後に頭を動かして。

 

 自らのそこを舐められ、ねぶられ、吸われ感じるのは、ただイシュタルの口内の暖かさ。

 

 不浄の物なのに。不浄の物を出すときにはそこから小水として出て行くのに。

 

 イシュタル王女はそこを咥えて、優しく静かに舐めてくれている。

 

 こんなこと駄目だ。

 

 こんなこと良くない。

 

 コープルはそう考えながらも、彼女の行為に身体中をぶるぶる震えさせるだけで、なにもできなかった。

 

 なにもできない処か、自分の手で彼女の頭を掴んで自らのそこへと引き寄せ導くという、自らの思いとは相反する行為を行っていた。

 

 本当にやめてと意思を示せばやめてくれることが分かっていながら、コープルは言い出せない。いや、言いたくなかったのだ。

 

 いま、イシュタル王女と僕は、とても大切なことを始めようとしている。とてもとても大切なことを始めようとしている。

 

 それはきっと止めてはいけないこと。やめてはいけないこと。そんな気がしたから。

 

 そして、今また。

 

「ううっ、ふっぐぅぅぅ……っ、イシュ、タル……、王女」

 

 身体を折り曲げ、彼女の頭を抱き竦め、コープルは腰を前へと押し出していた。

 

 なんのために?

 

 考えるまでもない。一瞬の判断が彼にそうさせたから。

 

 この未知の刺激と快感に耐えられなかったから彼はそうした。

 

 自分でもわかっていない自然の行為。

 

 無意識下の彼がイシュタルを欲している気持ち。

 

 それは子供ながらも男である彼の身体が、意識下を離れて動いた結果。

 

 知らずイシュタルを求めていたが故の必然。

 

「うう~~っ」

 

 びゅく──。

 

 イシュタルが咥えて舐めあげていたそれが。

 

 頬張られて寒気にも似た震えと快感に耐えていたコープルのそれが。

 

 小さな痙攣をしてみせた。

 

 

 

「んぶっ!?」

 

 喉奥に勢いよく放たれた液に、イシュタルがくぐもった声を上げて、目を見開いた。

 

「くっうう──っ」

 

 びゅく──二度目の痙攣。

 

 それの先端に入る立て筋の奥より吐き出されるのは、粘り着くような液体。

 

「ん──」

 

 吐き出される量はけして多くはない。

 

 されど初めての口内射精。

 

 初めて味わう男の精の味。

 

 喉に絡まり行くそれが喉を潤わせることはない、それだけの強い粘り。

 

「ん──ごくっ」

 

 これが男なのだろう。そしてこれが、コープルの味なのだろう。

 

 口の中に出された液を受け取りながら、イシュタルはその味を確かめるように、液を吐き出すそれの立て筋を舌でねぶりつつ、味覚を研ぎ澄ます。

 

「んっ……、んくっ、んくっ」

 

 この味を忘れないように。

 

 初めての新鮮なるこの味を、けして忘れたりすることのないように。

 

 摩耗した自身の心を癒してくれたコープルの匂いを覚える為に。

 

 彼女はこくり、こくり──喉を鳴らせて、注がれ来るそれを、飲み下していった。

 

 

 

「は、あぅぅ……」

 

 吐き出すものを吐き出したことで、開放感を覚えていたコープルが、大きな息を付く。

 

 溜息のような、安心したような、諦観ともとれるような、そんな息を。

 

 実際に出してしまったことが良かったのか悪かったのか、彼はまだよく分かっていなかった。

 

 そんな彼の思わず漏れ出た溜息は、諦観が一番強く表れていたのかも知れない。

 

 なにせ今し方のことは逆にもできたから。

 

 掴んでいたイシュタルの頭を抱き竦めるのではなく、上へ引き剥がし、自分の物から遠ざけるという事もできたはずなのだから。

 

 そうすれば、彼女の口の中に不浄の物を出してしまうこともなかった。という、後悔の気持ちに苛まれそうになったコープルは。

 

「ごっ、ごめんなさい僕っ、イシュタル王女に不浄の──」

 

 謝り。

 

 だが──

 

「いいのよコープル。いいの」

 

 精を飲み下し、己が身を起こしたばかりの彼女より、ただ抱き締められて、諭された。

 

 

 

「私こそごめんなさい……。急に、あなたの物を咥えたりして、あなたを驚かせてしまって」

 

 泣きそうになる少年の頭を撫で、イシュタルは自分こそ突然悪かったと謝りながら。

 

「でもねコープル、いま、あなたが私の口に出したもの……。私が飲んだあなたの液は、けして汚いものなどではないのよ?」

 

 彼が不浄と言ったもの、彼がイシュタルの口内に出してしまった液について、彼女は不浄ではないと言い聞かせる。

 

「どうして……ですか? だって、僕の……ここから、出たのに」

 

 よくわからないという彼。事実コープルはわかっていなかった。

 

 幼い少年にあまり難しすぎる事を伝えようとしても伝えきれないだろう。

 

 そう判断した彼女は簡潔に説明してあげた。

 

「いまあなたが出して、私が飲んだ液はね、小水とは違うものよ……。そうね、分かり易く言えば男性が女性を想うとき、また、こうしていまの私とコープルのように、男と女として触れ合うときに自然に出てくるもの。それがいまあなたが私の口に出した液で、だからけして汚くはないの」

 

「え、男性が女性を想うとき、ですか……?」

 

「そう」

 

 そしてイシュタルとコープルが男と女として触れ合うときと聴いてはっとしたコープルは、自分を抱き締めてくれているイシュタルを見つめた。

 

 男性が女性と触れ合うとき、不浄の水ではない液が出る。

 

 想うときにも触れ合うときにも……。では例えば──―。

 

「その、飲んで貰いたいって思ってしまったりする事も、あるのでしょうか……?」

 

 訪ね難い質問ながら訊かずにはいられない質問。

 

「女性が飲みたいって思うときも、その……あるのですか?」

 

 おずおずとしたその質問に、しかし彼女は薄く微笑んで、少年の頭を撫でながら答えていた。

 

「ええ、もちろんあるわ」

 

 ある。あるからこそ行動を伴い表出するのだ。いまのコープルのように。

 

 だから気にしてはいけないと彼女は説く。

 

 特に気を悪くするでもなく答えてくれたイシュタルに、彼は今一度考える。

 

 気にするなと言うイシュタル王女。それではイシュタル王女も僕のを飲みたいと思ったのだろうか──と。

 

 では自分はどうなのだろう。

 

 深く考え込むコープルは、見知った女性を思い浮かべては想像し、また思い浮かべては想像し。そうしてひとつの答えに辿り着く。

 

 まったく想像ができないのだ。

 

 こういう事をされたことも、したことも、想像した事すらないコープルには、いまと同じ光景を思い浮かべることができなかったのだ。

 

 仕方のない話だ。幾たびも戦場に立ってきたとは言っても、彼はまだ子供なのだから。

 

 だがそんな子供の彼でも一人だけ、ただ一人の女性との“そうしている光景”だけは、それこそ鮮明にと思えるほどに、思い描ける事ができた。

 

 その女性とは他ならぬ眼前の女性、イシュタルであった。

 

 いまされたばかりだからなのだろうか。

 

 彼女との行為の光景だけは想像でき、そしてその想像でも最後は飲んで貰いたいからか、口の中に出す以外を思い浮かべる事ができないでいた。

 

「あの、イシュタル王女は──」

 

「飲ませて欲しい。飲みたいと思ったわ」

 

 先の質問内容と、黙り込んだ彼がなにを思い悩んだのかが手に取るように分かっていたイシュタルは、彼の質問に先回りして答えていた。

 

「コープル、あなただけのをね」

 

 そして彼女は、抱えていた心の内側を、語っていく。

 

 過去から現在までを、そしていまこの時までの刻を。

 

 

 

「私はね、生を受けてより、得た者の全てを喪ったきたわ。愛していた方も、家族も、多くの家臣も」

 

 心に渦巻くのは憎しみと悲しみばかりだった。

 

 生まれ持った強大すぎる魔力。それは幼き日の自分ではとても制御可能なものではなかった。

 

 ただ人に触れる。

 

 それだけで触れた人間が死んでしまうほどに強大な、ただ持て余すばかりの魔力。

 

 触れた家臣が死んだ。

 

 触れた小鳥が死んだ。

 

 悪意の欠片さえ持たずにただ触っただけで。

 

 そんな中、触れても大丈夫な方と出逢えた。

 

 しかしそれは幸せと喜びと同時に、悲しみと苦しみを。そして閉ざされてきた心が更なる憎悪に溺れてしまう事となろう、序曲でもあったのだ。

 

 愛した方は、ユリウスは、その優しかった自我と心を、そう、魂その物を暗黒神ロプトウスに奪い殺され。

 

 解放軍に討たれた父も、母も、兄も、間接的にロプトウスに殺されたようなものだった。

 

 何度考えた事か、天より授かったこの力がなければと。

 

 この世界が暗黒の神などという存在を生み出したりしなければと。

 

 そうすればきっと幸せは幸せの内に完結していたに違いない。

 

 彼女は運命とやらを呪った。

 

 どうして世界はこんなにも私に冷たくできているのか? 

 

 なにゆえに私から愛する人々を奪い去っていくのか? 

 

 死を前にして残ったのは世界への、暗黒神への憎悪と、生まれてこなければ良かったという想い。

 

「だけど、だけどね。最後の最後にコープル……、私はあなたと出逢えたわ。全てを喪ったこの最果てでね」

 

「イシュタル王女……」

 

 純真無垢な子供。

 

 純真故に、純粋が故に、凍り付いた心に渦巻いていたこの憎悪さえ溶かしてしまうほどの、穢れ無き綺麗な心で自分を癒してくれた少年。

 

 イシュタルという名の一人の女に心からの笑顔を取り戻させてくれた、刹那に出逢ったばかりの少年コープル。

 

「だから私はあなたと、コープルともっと深く心を重ね合わせてみたいと思ったの。コープルに、もっと私を知って欲しいわ、私の全てを」

 

 もう一度ここから始めるために。

 

 絶望の先で得たこの気持ちと共に。

 

「そして私も知りたいわ。あなたを、あなたの全てを」

 

「僕の、全て……ですか?」

 

「そう、コープルの全てをよ」

 

 そしてこの新しい始まりの道を、できることならば二人で歩いて行きたい。

 

 己の心の内を詳らかにしていくイシュタルは、話の意味をよくわかっていなさそうなコープルの身体を離して、その曇り無き瞳を見つめた。

 

「ねえコープル、あなたは私の味方で居てくれると言っていたわね? それならば私の傍らに居て、私と一緒に歩きましょう。それともいま、あなたの隣には別の女性が居るのかしら? いま、あなたの隣に歩いているのは誰? 誰かが歩いているのかしら?」

 

 

 

 イシュタルの真剣な眼差しを受け止めながら、コープルも想像していた。

 

 先に思い浮かべていたこと同様に、知っている女性の姿を思い浮かべる。

 

 だがやはり先と同じで誰も想像できないでいた。そうただ一人、こうして視線を交わし合わせている彼女を除いては。

 

「その、僕の隣には……イシュタル王女が、歩いています。僕と、二人だけで……」

 

「私が? 他には?」

 

「居ないです。どんなに考えてもイシュタル王女だけが」

 

 共に歩いている女性は彼女。

 

 手を繋いでいる女性も。

 

 接吻を交わしている女性も。

 

 裸で向き合っている女性も。

 

 互いを触れ合っている女性も。

 

 コープルは何故かイシュタル以外を思い浮かべることができないでいた。

 

「よくわからないですけど、僕、イシュタル王女以外の女性が隣を歩いている様子を、思い浮かべることはできません」

 

「解放軍の誰も?」

 

「はい……。知っている女性は何人もいるのに、隣に居て一緒に歩いているひとを想像するとイシュタル王女一人だけしか出てこないんです。それと、イシュタル王女のことを考えていると、僕のここがぎゅって抑え付けられるように苦しくなるんです……」

 

 

 

 本当にわからないと戸惑いを隠せずにいるコープルに、その言葉の意味を悟ったイシュタルは嬉しそうに微笑む。

 

「そう……、そうなのね……」

 

 とくん。

 

 高く打ち響いたのは胸の奥。

 

 とくん。

 

 イシュタルの胸の奥で高鳴りを始める音。

 

「コープル……あなたも、私を……」

 

 暖かい胸の鼓動が、とくん……とくん……。と、彼女の耳に届いていた。

 

 断ち切っても燻り続けていた、淡く残るユリウスへの小さな思慕。最早恋慕とは呼べないほどの小さな燻りがまた更に細く小さくなり。

 

 変わってこの幼い少年へ抱いてしまった確かな恋慕の想いが、彼女の鼓動に合わせるかのようにして更に強く大きくなっていく。

 

「そう、そういうことなのね」

 

「どう、したのですか……?」

 

「うん、いいえ。コープル、いまのあなたの話でわかったの。そして、やはり私とあなたはもっと、もっと深く……、お互いを知り合わなければならないわ」

 

 暗黒神に殺されてしまったあの方への僅かに燻る思慕を消すためにも。

 

 そう、最後まで踏み込む事を、いまこのときに、イシュタルは決めた。

 

 二度と過去を振り返らぬ為にも。

 

 確たるこの想いを交わらせて一つにし、確かな未来を歩いて行く為にも。

 

 そう、同じ想いをコープルは抱いている。寸分違わぬ同じ感情を彼は私に抱いている。それが他ならぬ彼自身の言葉で証明されたから。

 

「深く深く、互いを知って……そうしてより強く私だけを想いなさい。それとコープル、私の隣にもいまはあなただけが歩いているのよ?」

 

「えっ…… あの、イシュタル王女も僕と同じなんですか?」

 

「ええそうよ。どんなに……、どれだけ思い浮かべようとも、私にはコープルしか想像できないの。あなただけ、あなた一人だけが私と歩いている……私にもそれだけしか見えないわ」

 

 イシュタルも思い浮かべていた。自分の隣を歩く男性の姿を。

 

 かつてはそこに存在していたはずの方が、いまは居ない。

 

 いま居るひとはかつてのようにただ一人、たった一人だけ。まだ年端のいかない子供の姿だけが浮かび上がってくる。

 

「僕、だけが……ですか?」

 

「ん、コープルだけよ」

 

 どれだけ繰り返し思い浮かべ直そうとも、コープルの姿だけがイシュタルの脳裏に焼き付いている。

 

「えっと、あれ……また僕、ここがぎゅって、さっきよりもっと、ぽかぽかして。え、あれ? なんで……どうしてしまったんだろう、僕」

 

 矢が刺さったかのように胸を抑えるのはコープル。弓を引いたのは私だとイシュタルは微笑む。

 

 だがその同じ矢を先に射たのは彼なのかもしれない、或いは同時に射ていた可能性もある。

 

 無論イシュタルは自身の胸を射貫き貫いた矢が二度と抜けないほど深く突き刺さっており、この矢を射た相手がコープルである事など、百も承知であった。

 

「ふふ、コープル。私の胸もぎゅっとしているわ。あなたを想うと、とても苦しくて、だけどとても暖かいのよ?」

 

「え?! そ、そんなっ。僕たち、どうなってしまうのですかっ!」

 

 イシュタルとコープルが歩くその道は一致していた。

 

 いや、もう既に同じ道と行き先が決まっていると言っても過言ではないであろう。

 

 始めに一歩を踏み出す道が、切り開かれた街道の頑丈な道で、強く手を繋いで歩く道なのか。

 

 それとも未開の森を進みながら、探り探りに歩んでいく獣道なのか。

 

 違いがあるとするのならば、それだけだ。

 

 そして大人であるイシュタルが選んだのは──しっかりとした道を歩むこと。

 

「安心なさい。私がコープルの事だけしか思い浮かべられないと考えてみれば少しだけ和らぐはずだから」

 

 それも子供が故の物知らずなコープルが、知らずに作った一本道がある。

 

「ええっと、イシュタル王女は僕の事だけしか思い浮かべられないのですね?」

 

「そう伝えたでしょう。そして、私はあなたが私以外の女性を想像できないことを考える。私たちが思い浮かべられる相手は互いに私とあなただけ。どうかしら? それでもぎゅっとした感じが消える事は無いかと思うけれど、嬉しい気持ちや暖かい気持ちが、少しは詰まった胸の苦しみを癒してくれるでしょう?」

 

 言われた通りのことを彼もそのまま考えてみたのだろう。

 

「えっと、僕もイシュタル王女もお互いの事だけしか……。──あ、ほんとだ。ほんの少しだけですけど、ぎゅっとした感じが和らいで、嬉しくて暖かい感じがします」

 

 苦しみが楽になっている──柔らかい笑みを浮かべながらコープルもそう彼女に伝えていた。

 

「あの、イシュタル王女。これ、何なのですか?」

 

「恋、と呼ばれるものよ。好きな気持ちの表れ……コープルが私を好きになったという事よ」

 

「僕が、イシュタル王女を好きに?」

 

「ええ。そして同じ感覚を持つ私もコープルに恋をしている。私はコープルを好きになったということ」

 

「お互いを好きに……、恋……これが、恋なのですか? じゃあ、僕が父上を好きなのも恋なのでしょうか」

 

 好きと好き。同じ言葉の設問をするコープルに、くすりと笑ったイシュタルは、本当に子供らしいと暖かい気持ちになり答えてあげていた。

 

「うふふ、それはまた違う気持ちね。あなたが御父上を好きな気持ちと、私に抱いた好きな気持ちは全く別の物」

 

「そ、そうなのですか……。ええっと、イシュタル王女への好きが恋で、父上への好きは恋じゃない。う、うう~ん」

 

 彼は首をかしげて悩む。悩みに悩んだところで知らない答えは残念なことに出てこない。

 

 それ故にイシュタルは助け船を出す。それは幼い彼に取っての大きな助力となる。

 

「コープルはいままでに誰か、そう、私へ抱くような好きと同じ感覚を経験した事はあるかしら。もちろん女性、女の子に対してよ?」

 

「い、いいえ、こんな風に胸がきゅっとなったり、嬉しい気持ちになったりしたのは、イシュタル王女が初めてです」

 

「そう、それじゃあこれがコープルの初恋ね。嬉しいわ。あなたの初恋の相手が私でとっても嬉しい」

 

「はつ、こい……? これが、初恋……」

 

「そうよ、初めての恋だから、初恋というのよ」

 

「そう、なんだ……僕、初恋なんだ……。あの、でも、初恋をされる事は嬉しい事なのですか?」

 

「ええ、とても嬉しい事よ。私は初恋ではないけれど、いまはコープルに恋をしているの。気持ちはとても強いわ。誰にも負けないくらいにコープルの事が好きよ。どうかしら、コープルも嬉しいと思ってくれる?」

 

「んっと……、ん……その、胸がきゅっとなったりするのですけど、でもとってもぽかぽかして……きっと、僕も嬉しいんだと、思います」

 

「ふふ、それこそが恋する気持ちの“好き”なのよ。コープルは一人の男の子として私を好きになったの。私も一人の女としてコープルを好きになった。どう? 御父上を思う好きと違うでしょう」

 

「ん……えっと……。なんとなく……。父上への好きにこういう感じはしないです。僕のイシュタル王女を好きな気持ちが、これが恋なのですね」

 

 期せずしてこの道の途上まで彼を引っ張っていたイシュタルと、引っ張られてきたコープルの押し問答。

 

 この流れのままに、掴んだのか掴まれたのかわからないコープルの手をしっかり握り締めて、彼女は一歩を踏み出していく。

 

「ええ、でもまだ子供のあなたにはわからないこともあるのよ。恋はとても嬉しい気持ちになれる事だけれど、とても大切な事でもあるの。先程まではお礼と言っていたけれど、こうしてお互いに恋をしてしまったとわかったからには取り消させて戴くわね」

 

「取り消すのですか?」

 

「そうよ。お礼というのは取り消して、恋慕う仲となった私とあなたは、いまからはお互いを愛し合う関係になるの。ううん、愛し合う関係になったからこそ取り消したの。好きな者同士であのお礼はしないものだから」

 

「愛し合う? 好きな者同士ではしない?」

 

「恋をした男と女はあのような行為を自然に行うものよ、お礼としての意味合いでしたりはしないの。……そして、自然に愛し合うもの。あなたは立派な男の子でもあるわ。それじゃ、男のあなたに対して私はなにかしら?」

 

「お、女の人です。僕が恋をした」

 

「そう、私はあなたが恋をした女。ほら、私たちは恋する男と女でしょう? だから愛し合うの。子供のコープルにはまだ早すぎる事、そして大人の私とでは年が離れているけれど、それでもお互いを好きな私たちの関係は恋人よ。恋人同士は愛を深め合い育てて行かなければならないわ」

 

「えっと僕、よくわかりません」

 

「そうね、コープルにはまだよくわからない事でしょう。それでも私はお互いをよく知る為にも、身体を一つにして心と一緒に重なり合い、好きな気持ちを混ぜ合わせながらあなたを知りたいし、あなたには私を知って貰いたいの。男と女が恋をするという事は、同時に愛するという事でもあるのよ? 私はコープルに愛してほしいし、コープルを愛したいと思っているわ。子供のあなたには早い事も承知の上で。コープル、あなたは私を愛して下さるかしら」

 

 離した身体を今一度寄せて、イシュタルはコープルの小さな身体を抱き締める。

 

 抱擁により彼にもたらされるのは、柔らかく豊かな膨らみの感触と温もり。

 

「ん……あの、僕まだよくわからないですけど、でも僕はイシュタル王女を愛したいです。イシュタル王女のことが……好きだから」

 

 肌を触れ合わせて見つめ合ったままコープルははにかみ、イシュタルは微笑む。

 

 彼は男としてイシュタルを愛すると言ったのだ。

 

「いい子ね。いい子、私も好きよコープル」

 

 ふわりと鼻腔を擽る彼女の匂いに、役目を終えていた少年の小さなそれが、再びむくむくと起き上がっていく。

 

 まるでそれは、イシュタルに撫でさすられていたときのように。彼女に頬張られていたときのように。

 

 ピンク色の頭は剥かれたままの、幼く小さなそれはだが、確かにしっかりと独り立ちをしていた。

 

「あ、僕のまた大きくなってきました、なんだかさっきまでよりも大きな気がします」

 

「ふふ、それはねコープル。あなたが私という相手を見つけたからなのよ」

 

「え、僕がイシュタル王女を見つけたから?」

 

 子供だから知らなくてもおかしくない事ながら、現実には女性と裸で向き合えばこうなることも多いだろう。

 

 男は女に反応する。もちろん世の中には男同士、女同士でという愛の形や情欲の形はあるのだが、男と女という形がひとの基本形としてある。

 

 しかしそのどれを取ってもいまのコープルには必要の無い知識だった。

 

 なによりも彼自身がそれを望まない、彼の心がイシュタル以外の女性を受け付けない。

 

 仲間としての、また友人としての女性や少女の顔ならば、幾人も思い浮かぶ。

 

 だが隣り合って歩いて行く、先のようにコープル自身のそれに触れたりする。そういう女性とあらば、どんなに思い悩んでもイシュタルただ一人しか思い浮かべる事ができない。

 

 心は正直にイシュタルだけを求めている。

 

 イシュタルが好き。

 

 男と女ではない、自分とイシュタルでなければならない。彼女でなければならないのだ。

 

 恋して好きになった彼女だけを、コープルの素直な幼心は求めていた。

 

 切っ掛けは何かもわからない。

 

 身体を見たときか、境遇を知ったときか、笑顔を見たときか、接吻をされ触れ合ったときなのか。

 

 折しもイシュタルが絶望の中で死の淵を彷徨った先で、彼という少年の心に触れたとき、彼の心もまた共鳴していたのかもしれない。

 

 心というものは単純なように見えて複雑だ。反面複雑なように見えて単純なようにも見える。

 

 物事を知る大人のイシュタルにもわからないことが、幼い子供のコープルにわかろうはずもない。

 

 それでもただ一つある事実として、コープルの心がイシュタルだけを求めたということだ。

 

 コープルの幼心が彼女をこの世でただ一人の愛すべき女性であると定めて。

 

「僕がイシュタル王女を見つけたから、恋をしたから僕のが大きくなるんですか?」

 

「ええ。好きな女性を前にするとね、男性は無意識にその好きな女性を求めてしまうものなの。その時にはいまのあなたのようにそれが大きくなる。男と女──いいえ、私とコープルが身体を一つにする為には必要な事だから。そして私も他ならぬコープルと出逢えたからこそきっと」

 

 踏み出すことができた。

 

 彼女のユリウスへの想い、それは正確に言えば既に断ち切られていたもの。

 

 故にその純粋なる心を以て心の氷を溶かしてくれたコープルを、憎しみより解放してくれたコープルを、イシュタルの心は求め、いまこうして新しい恋をした。

 

 単純でも複雑でもある心。それはもうこの子供に掴み取られてしまったのだ。

 

 暗黒の皇子への想いを断ち切った彼女のその心を、間隙さえ与えさせずにこの子供が掴み取ったのだ。

 

 しかし僅かな燻りを残すイシュタルの心は、コープルを求めようとして更に彼女を突き動かす。

 

 それも、先までの行為の続きという形で。女と男として互いを愛し交わることで燻りを完全に消すために。

 

 性急にならずとも燻りは消えるだろう、必ずや時を置かずして。

 

 彼女自身そのことを理解していた。

 

 それでも彼女の覚悟を決めさせたのは、開かれた未来を歩く相手に、彼を選んだが故のものかもしれない。

 

 イシュタルはかつてユリウスを“愛していた”。

 

 イシュタルはいま、コープルを“愛している”。

 

 過ぎ去りし過去と、踏み出した今。

 

 未来へと続くのはこの“いま”から先。

 

 その“いま”から“未来”にはコープルただ一人が居る。

 

 ひとは前へと進まなければならないのだろう。

 

 過去はどうあっても過去、変わらない時でしかありはしないのだから。

 

 ユリウスがそれ以前のイシュタルを未来へと連れだした幼き日の頃のように、道を失い彷徨っていたイシュタルを今新しい未来へとコープルが連れだした。

 

 これより先の未来への道を、この幼き少年と共に。

 

 過去においての未来と、これからより先の未来。

 

 歩くのは、歩むべきなのは、これから先の未来なのだ。

 

 イシュタルはコープルを愛してしまった。

 

 故に“いま”を一歩踏み出す。

 

 幼き少年を受け入れるという、一足飛びの大きな大きな一歩を。

 

「いいかしらコープル。まずこれから私はこのベッドへ横になるわ。仰向けで上を向いてね」

 

 馳せていた思いを一度、目を閉じて切り替えた彼女は、己の身を言葉の通りの仰向けにしてベッドへ沈めた。

 

「僕は、どうしたらいいのですか?」

 

「少し待って」

 

 なにをすればいいのか。

 

 なにも分からない少年の問いに、彼女は一言制止の声を投げ掛けながら、簡潔に受け入れる態勢を整えるために両脚を大きく開く。

 

 大きく開かれた脚部。広げられたすらりと長い彼女の美脚は膝を立て折り曲げた状態で、足の裏がシーツを踏みしめている。

 

「こちらへ来なさいコープル。私の傍へ」

 

 誘う声、広げられるしなやかな腕。

 

 こちらとはどこかと考えるまでもない事だ。

 

 開かれた脚の間、そこが少年の行く場所。

 

「……はい」

 

 恐る恐る、イシュタルの脚の狭間に入って行く小さな身体。

 

 大人の彼女に比べて頼りない幼く小さな体躯。

 

 その身体の持ち主である子供の目は、イシュタルの美しい身体へと向けられていた。

 

「……綺麗、イシュタル王女とっても綺麗です」

 

 投げ出された両腕にも、なだらかな曲線を描く腹部にも、膝を立てたまま開かれた両の脚にも。透き通るような白磁のその肌には一点の曇りすら見出すことはできない。

 

 白いシーツの右側には、頭の右上にて一つ括りにされている薄い紫銀色にも、青銀色にも見える長い髪が纏まったまま流れ落ちており、つい少し前までコープルのそれに巻き付けられていたその束がランプの明かりを受けて輝く様子は、まるで夜空に煌めく星の河のようだった。

 

 仰向けで居ても張り出す豊穣に実る果実。二つの山を形作る実は、頂上に位置する薄桃色の輪の中心に、ぽつっと二つの突起を立てて自己の存在を主張させている。

 

 それは正しく“美”そのもの。

 

 コープルの抱いた彼女への第一印象そのもの。

 

 瞬間、かあっと赤く、熱くなる顔。恋心を自覚した彼の、至って普通な反応と言えた。

 

「女神様、みたいです……」

 

 最初に見たときにも綺麗だと思った彼女の身体を、いま彼女に恋をして、その想いを自覚したことで改めて見ると、コープルにはより一層に美しく輝いて見えたのだ。

 

「ありがとう、好きな男の子にそう言って貰えると私も嬉しいわ。さあ、それじゃあコープル。一つになりましょう」

 

「一つ、に……?」

 

「そう、一つになるの……。私とコープルの身体を一つにして、好きという気持ちをもっと大きくするの」

 

 いま抱くどきどきとした気持ちを、この恋心をもっと大きくする。

 

「私と一つになるのは嫌?」

 

 大きくすることができる、お互いを好きになった私たちなら。

 

「そ、そんな事、ないですっ!」

 

 コープルも思った、この気持ちを大きくしたいと、イシュタルとだけ大きくする事が可能なこの気持ちを思いきり大きくしてやりたいと。

 

「あ、あの僕、イシュタル王女と、一つになりたいです……。僕、イシュタル王女が好きだから……」

 

 しかしそれを行うにもコープルの知識が足りない。

 

「でも、僕、どうやって一つになればいいのか、わからなくて……、胸がきゅっとなって、イシュタル王女の事を見てると身体が熱くなって……。僕、こんなに、こんなに、イシュタル王女が大好きなのに……」

 

 全くと言って良いほどに。

 

 こんなにも好きなのにどうすればいいのかがわからない。

 

「ぐすっ、僕っ、僕……っ」

 

 自然と情けなくて悔しい気持ちがしたコープルはぽろぽろ涙をこぼす。

 

「コープル……」

 

 男としての自分が初めて恋した女性イシュタル。

 

 これが初恋。これが初めて。

 

 イシュタルに恋したこの日まで、女性の、女の子の事を深く考えもしてこなかったコープルには、男女の何かについての一切が与り知らない事であった。

 

「ええそうね、あなたにはまだわからない事だものね」

 

 イシュタルの脚の狭間で座り込んだまま泣き始めた少年を、彼女は一度身を起こしてから抱き締めた。

 

 何度目となる抱擁か。その先へと、恋慕い愛し合う男女のそれへと進もうという手前で再び停滞した事を微塵とも気にしたりしない彼女は、ただ静かに掻き抱いたコープルの頭を撫でながら、頬を付け合わせる。

 

「大丈夫よコープル。大丈夫だから泣かないで、ね? いい子だから笑顔を見せて」

 

 合わされたイシュタルの左頬とコープルの右頬が優しく擦れ合う。

 

「ぐすっ、ぐすん……」

 

 これが初恋である初な子供にはわからなくて当然なのだ。

 

 そも今からするのは本当ならば成人を迎えて婚姻を交わした大人同士で行うべきが通常である行為。

 

 せめて恋人としてそれなりの時を共に歩み、互いを理解し合ってより踏み込むべき行為だ。

 

 それゆえ、とてもではないが恋愛も知らなかった子供には理解すら及ばない事。

 

 男と女が身体を一つにする事が可能であり、それを通して愛情を交わし合う術があるなど。

 

「私もね。知識として識っているだけで初めてという意味ではコープルと同じよ」

 

「ぐすっ、イシュタル王女も……初めて……?」

 

「そう初めて」

 

 自らの頼りなさを嘆き咽び泣くコープルを、イシュタルはあやしながら落ち着かせていく。

 

「初めてだけれどどうすればいいのかは知っているわ。大人ですもの」

 

 二度目の恋であるイシュタルにも経験はなかった。されども彼女には恐怖も不安も存在していなかった。

 

 初めての相手がコープルのような子供だから? 大人としての矜持? 

 

 違う。

 

 そのどちらでもない。

 

 深く考えるまでもない事だった。

 

「私はコープルにもっと私を好きになって貰いたいの。どうすればいいのか、それは知っている私が教えてあげるから。だからあなたは私に好きという気持ちだけをぶつけてみて。ね?」

 

 過去を過去として捉えた事と、前へ進もうと踏み出した彼女には、ただこの少年を受け入れたいという想いが強くある。

 

 一足飛びであろうと、コープルに愛されたいという想いがイシュタルにはある。

 

「女が男の子と一つになりたいと思うのは、それだけ好きな想いが強いから……。私たちは確かに知り合ってよりまだほんの僅かな時間をこの部屋で過ごしていただけ。けれど、それでも私はコープルを好きになった。その気持ちを、恋心を、私は偽れないし偽りたくない」

 

 10年の恋であろうと、一瞬の恋であろうと、恋に落ちるのはいつ何処なるやなど、誰にもわからない事。

 

 幼い少年がここで初恋をしたのも、全てを喪った女性がここで新しい恋に落ちたのも、互いに考えもしなかった事なのだ。

 

 こんな小さな子供に恋心を抱くなどどうかしている。

 

 絶望を味わったから。愛する方も、愛する家族も、向うべき敵も喪ったから。

 

 きっと全てが関係していて、そして全てが無関係。

 

 どうかしていても好きなものは好き。

 

 イシュタルはただそれだけを、目前に居るあどけない少年へと伝えた。

 

「一つになりたい、コープルに抱かれたい……」

 

 抱くという言葉の意味も、抱き上げるくらいにしか捉えられていないだろう。

 

 事実として抱くの意味を“抱っこ”としか想像できないコープルは、しかしイシュタルと一つになる事その事が彼女を抱くという意味なのだろうと、わからないなりに正答へと至っていた。

 

 彼の頬を濡らした涙をイシュタルはちろりちろりと舌で舐め取る。

 

「しょっぱいわ、コープルの涙」

 

「んっ、ふふ……イシュタル王女、くすぐったい……です」

 

 ぶつけられた気持ちの大きさに、泣いた子供は再びの笑顔を取り戻す。

 

「もう泣かない?」

 

「はい、僕もう泣きません」

 

「私を抱いてくれる?」

 

「ぼ、僕の力では抱き上げられませんっ」

 

「うふふ、違うわ。男の子として、私の事を抱いてくださる?」

 

「……え、男として……」

 

「そう、男の子と、男として、女である私を」

 

「はい、その……抱き、ます」

 

 泣いた子供はもう泣かず。

 

 抱く事の意味さえわからない少年は、柔らかく頬を緩ませ屈託のない笑顔を以て彼女に応じながら、間近にある彼女の頭を髪を撫でていた。

 

「イシュタル王女いい匂い…… とってもいい匂い」

 

「ふふ、そう? でも食べないでね?」

 

「ち、違いますよっ、僕そんな意味で言ったんじゃっ」

 

「わかってるわ。冗談なのに、本当に子供ね」

 

「う、うう」

 

 真っ赤になって俯く彼にもう大丈夫。

 

 そう感じた彼女は名残惜しくも彼から離れる。

 

「ええと、ん……教えて、ください。僕、イシュタル王女を抱きますっ。イシュタル王女を愛しますっ。イシュタル王女を愛したいですっ。だから、教えてください!」

 

 わからないから泣いていた。行き場を無くしそうだった愛情がなにも知らない子供を泣かせていた。だがいまのコープルは違う。

 

 子供だから知らないわからない。それなら大人である彼女に訪ねればいい。今度こそイシュタルを愛したいから。

 

「僕、イシュタル王女が、イシュタル様が好き」

 

 彼の決意にもちろん彼女は応じる。

 

「ええ、ええ、私を愛して……。深く、深く愛して、そして私を知りなさい。いまよりももっと私を好きになりなさい。コープル好きよ、大好きよ……愛しているわ」

 

 愛される為、唯々幼く純粋な彼の愛を受け止めんが為に。

 

『ん──』

 

 愛を囁き合いながら。

 

 幾度も幾度も想いを伝え合いながら。

 

 二人は愛に溢れた口付けを交わし合っていた。

 

 




中編です。
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