小説の林堂 三次創作 小説「ソードアート・オンライン SAO ~黒を冠する戦士たち~ キミのために 作:イバ・ヨシアキ
イバ・ヨシアキです!
生きておりました。
本当にすいません。
色々と仕事が重なっており、ようやくに暇を見つけれるようになりました。
とりあえず、まずはケイとシノン編の続きをどうぞ。
なお、後篇ではなく、中編となっております。
ごめんないさい。
ダイシーカフェ特製のシフォンケーキを堪能し、ハーブティーを飲んでいる中、私には不思議な感覚があった。
キリト。
アスナ。
ハジメ。
シノン。
この四人で戦ったんだと、何か不思議な気がする。
普通の高校生の私達が仮想世界で銃を持って戦って、今こうしてケーキを食べていることがどこか不思議な気がした。
あの世界の私──シノン。
この世界の私──詩乃。
あの世界に逃げ込み、強さを探し続けていたけど、結局見つけられなくて、諦めて全てを捨てようとしていた時、助けてくれた私の大切な仲間たち。
そんなみんなと一緒に食べられるこのケーキの味は一生忘れられない最高の味だった。
いつかこんな味の出せる料理をケイに食べてほしいなと思いながら、私は自然と明日奈と和人の二人に視線をやってしまう。
明日奈の視線は和人の前では特別で、とても優しい光彩に瞳が満ちている。
すごく、すごく優しくて、和人の瞳もそんな明日奈に優しく注がれて、お互いに愛し合っているんだって、見ていてわかるほど、恋人として完成されていた二人。
ほんとうにうらやましいな。
私もケイとそんな感じになれるのかなと、ケイに視線をやってしまう。
コーヒーを飲み、どこか落ち着いた感じで一口、一口と、シフォンケーキ食べているケイの姿がとても綺麗で、まるで絵画でも見ているような、そんな美麗さがあった。
そんな彼が私の恋人なんだ。
あの砂と廃墟、硝煙と爆音の世界で私のケイに対する想いは、ハジメとシノンを通して告げることができ、この世界に戻り、詩乃としてケイに告白することができた。
恋人。
でもまだ、未完成のような気がする。
まだ埋まっていない、この空虚な気持ちはどうやって埋めればいいんだろうと、不安が沸いてしまっていて、どうしたらいいか解らないでいた。
ううん、解っている。
ケイが欲しい。
そう望んでいる私がいる。
──彼に抱いてほしい。
──強い絆を持ちたい。
と、切なく願う私がいて、私はそんな自分が醜いと思ってしまっていた。
でも自分から誘う勇気は無く、ケイから求めてくれることを望んでいた。
変な自己嫌悪を抱く中でも、私の内にあるケイへの想いは偽りようもなく事実で、彼が私を求めてくれたのなら、私は彼に全てを捧げたいと、覚悟だってある。
明日奈のように和人と結ばれたように、私もケイと本当の意味で結ばれたい。
その為には……私はケイのSAOのことをちゃんと知らなきゃいけないと思う。
赤目のザザと呼ばれ、死銃として殺人を繰り返していた新川君のお兄さんと何がったのか、そしてあの囚われた世界で、ケイは何を背負たのか。
それをちゃんと聞かなきゃいけない。
私は、彼と共に歩むことを決めたのだから。
「?……どうした、詩乃」
ずっとケイに強く視線を注いでしまっていた私はケイの言葉にハッと意識を戻して、
「な、なんでも……」
と、そっけなく返してしまう。
うう、こんな時にうまく話しかければいいのに。
……明日奈ならもっとうまく、自然と和人と話をすることができるのに。
明日奈は今、和人と楽しそうに和人と会話をしているな。
今二人はGGOでの、予選の思い出を楽しそうに話していた。
なんでこんなに仲が良いのかな。
本当に、二人はすごく仲が良い。
うらやましいな。
明日奈は目を背けることなく和人の罪を知っている。
それを拒否せずに、恐れずに受け入れているんだ。でも、私はケイが人を殺してしまったあの時……拒絶してしまった。
でも明日奈は違う。
和人があのSAOの中で、明日奈を守るために彼女の前で人を殺した。でも明日奈は拒絶せずに、彼を受け入れて、一緒に泣くことができたんだ。
それなのに私は……あの時、全てを拒絶してしまった。
目を背けることなく、彼を拒絶せずに受け入れたからこそ、今こうして二人で一緒にいられるんだよね。
語ってくれた時の明日奈の声はすごく強くて、凛としていた。たとえ相手に何を言われても和人の事を守れる強さを持っている。
本当に愛しているからこそ、あんなに強く、自信を持って言えるんだ。
私も、明日奈と同じようにできるのかな。
ケイが私に話してくれるのかな。
もし、話してもらえなかったら、私はケイに頼りにされていないってことだよね。
……ああ、もう。
なんでこんなこと考えちゃうのよ。
絶対に目を背けないって決めたのに、不安ばかり募っているし、明日奈と和人の仲に嫉妬しているし、私……本当に最低だ。
さっき、明日奈の前であんなに泣いたのに、絶対にケイから逃げないって決めたのに、勇気をもらったのに、自分からきっかけが作れない。
普通に会話をすればいいのに、この会話の中に入れないでいる。
ケイはハジメ。
和人はキリト。
明日奈はアスナ。
シノンは私。
でもやはり違うような気がする。この会話の中に入れないでいる原因は、私がシノンじゃなくて、詩乃だからなのかな。
あの仮想世界の私と、この現実世界の私はやはり別人なのかな──
「そういえばシノンのあの狙撃すごかったよね」
「ああ、予選でもすごかったなハジメ」
と、話を振られて、
「え、あ、あの、その」
すっかりと聞いていなかった私は、あたふたと声を詰まらせてしまうも、
「ああ、あのハンヴィーの狙撃は見事だった……」
ケイがフォローしてくれたのを機に、
「え、、あ、うん、その、ありがとう」
ほめてくれたケイの言葉も嬉しくて、私は照れてしまう。
でも照れる間もなくに和人が、
「でも予選で一番の見どころは、やはりハジメとシノンの対決かな」
「うん、あの一騎打ちすごかったよ」
和人に続いて明日奈も褒めてくれる、GGO予選内決勝戦。
私とハジメは対決をした。
一本に地平までに引かれた大陸間高速道。打ち捨てられた車両の残骸やヘリコプターなど、終末を思わせるような場所で、私とハジメは戦った。
500m。
狙撃銃──ヘカートⅡを装備していた私の方に距離の利点はあった筈だけど、ハジメにはあっさりとよけられてしまい、何も成す術はなかった。
大体、此方の射撃における予測線をさらに予測するなんて、普通はできはしない事なのに、ケイと和人はあっさりと予測してしまう。
確実にスコープの十字線に捉えた筈のハジメは、視線を逸らすことなくに真正面から向ってきた。
私は躊躇なくに引き金を引き、ヘカートⅡの50口径の銃弾はハジメを倒す筈だったが、音速で撃ち出された弾丸を、ハジメは通行の邪魔をしないような軽い仕草で身を逸らせ、弾丸を避けてしまう。
その後も6射目まで狙撃してもハジメを倒すことができなかった。
正直焦っていた。
狙撃をするうえで焦りは危険なのに、私の中にはたった一つの想いしかなかった。
どうしても、ハジメに勝ちたい。
負けたくないって気持ちだけが私の中に生まれていた。
だから私は、狙撃手としてはやってはいけない、正面きっての一騎打ちを、ハジメに持ち掛けた。
ハジメは不利になるのも承知でおもしろいと笑いながら、その決闘を受けてくれた。
シノン──私は、ヘカートⅡを。
ハジメ──ケイは日本刀のような銃剣を。
お互い命を預ける事のできる相棒を信頼し、小細工のない技術だけが勝敗を決める一騎打ちに、私は自分の全てをかけていた。
ここで彼を倒すことができたのなら、私は強くなれるのかもしれない。
ケイの傍に立つことができるかもしれない。
絶対に負けられないとヘカートⅡを構え、10mの外しようもない完全に完成された射程の中で、私は乱すことなく緩やかに引き金を引き、ハジメに50口径弾を放った。
確実に、着実に、50口径弾はハジメの眉間を捕らえていた筈だったけど、ハジメは身を前にだし、避けるどころか踏み込み、腰に下げた銃剣を抜刀し、熱波の着弾をケイに与えることなくに、鋭き銃剣の刃が50口径の弾頭を正眼に切り裂き、二つに分かれた弾頭はハジメの後方へと飛び朽ちた車両へと着弾し、朽ちた車両を崩しただけ。
そんな、あっけなく決闘は決着してしまう。
全弾を撃ち尽くしたヘカートⅡの代わりに腰に下げたグロック17を抜く前に、ハジメのデザート・イーグルが私の喉元へとむけられ、勝負はハジメの勝利となった。
もう降参しかできなかった。
あんなに強い人がいるなんてと、あきれるほどにハジメ──ケイは強かった。あれがSAOの世界でケイが身につけた強さなんだと、今なら解るような気がする。
「ほんと……銃剣で弾丸を斬って弾くなんて、あんな避け方をされたら勝てないよ」
「仕方あるまい、シノンの狙撃に正面から対抗するには、あれしか思いつくことができなかった。同じ狙撃なら勝てる気がしないからな」
「!……そ、その、ありがとう……」
笑顔のケイに褒められて、私は頬を熱くしてしまう。
いきなり現実の名前で呼ぶなんて、しかも褒めるなんて。
ケイったら、本当に……もう!
そんな照れている私に和人と明日奈がクスクスと笑い声を押し殺している。
うう、二人にしてやられた。
でも、なんか心地良い気がする。
そうか、これが友達……仲間なんだ。
みんな仲間だから、こんなに楽しあえて話すことができるんだと、私の内に久しぶりな感覚が芽生えていた。
奈良にみんなで旅行した時のような感覚。
そう、これがみんなと一緒にいるってことなんだ。
最初は緊張で何を喋ればいいかわからずに、言葉を詰まらせていた私に、明日奈が話しかけてくれたおかげで、こうして弾む会話の中に参加することができた。
……ありがとう、明日奈……
でも、ちゃんと仕返しはしなきゃね。
「そういえばさ、アスナとキリトの対決もすごかったよね」
私の話だしに、
「そうだな。さすがは閃光と覇王だ」
ケイが間髪入れずに加わり、
「へえぇ、あ、でも明日奈って覇王妃って呼ばれてたわよね。さすがは和人の奥さんだよね♪」
私が畳みかけると、
「そんな……奥さんだなんて……そ、それに大げさだよに大した対決じゃなかったよ。それに私、キリト君には、あっさり負けちゃったし……」
それは、まあ仕方ないと思う。
普通、銃を相手に手甲を装備して戦おうとする人間はまずいない。まして装備した手甲のそれで銃弾を跳ね返して格闘技で勝つなんて普通はあり得ない。
そもそも、あの絶対に攻略ができないといわれていたギャンブルも、キリトはあっさりと人間離れな技を使い、弾道の予測線を予測するなんて離れ業もやってのけたのだ。
そんな完全なチートなキリトとアスナは戦い、あれだけ善戦したのだから、別に恥じることもないと思う。
「キリト君には敵わないよ……ほんと」
「そうか、もしアスナの使っている武器が光剣じゃなく細剣なら、危なかったけどな」
「うう……キリト君が本気になったら勝てるわけないもん」
「そうか、解らないぞ? 一度ALOで決闘をしてみようか? 負けたら、勝った方の言うことを聞くはどうだ」
「むう。キリト君のいじわる。そんな事したら……いつも勝つの君じゃない」
「はは、流石に負けるわけにはいかないからな……明日奈を好きにできるなら」
「……もう、そんな事しなくても……いつも……もう知ら無い」
……なんだろう。
この二人の会話を聴いているだけで紅茶よりもコーヒーが飲みたいような気がする。
濃いブラックで。
食べているシフォンケーキがすごく甘くなったような気がする。
ハジメも同じなのか、すごく苦いものが欲しい顔をしている。
これが恋人力なのかな。
……私もハジメとこうなれるのかな?
私は素直にアスナとキリトがうらやましいと思いながら、二人を見ていると、アスナが私の視線に気づいたのか、
「どうかな、シノンちゃんもALOを始めてみたら?」
「え?」
アスナの声に驚いてしまい、思わず手に持った紅茶を溢しそうになってしまう。
「キリト君もハジメさんも一緒にいるし、シノンも加わってくれるならもっと楽しくなると思うの? どうかな」
「……えーと」
アスナやキリト、そしてケイがいる世界──アルブヘイム・オンラインの世界か。
妖精が飛び交う、自然豊かな緑と青の世界。
興味がないわけじゃない。
ケイが心魅かれた世界に私は興味があったし、
「……いいのかな……私が参加しても……」
でも、私はまだ踏み出せないでいた。
「大丈夫だよ。シノンが来てくれたらすごく楽しいよ」
「ああ、あの狙撃の腕があれば弓矢でも相当の腕前になる」
笑顔で受け入れてくれるアスナとキリトの微笑みに、私は少し戸惑いを覚えていた。
今まで一人で戦うことを決めていた私に、今、こんな沢山の幸せが舞い込んできている。でも、本当にこの幸せを受け止めてもいいのと、悩んでいる私がいる。
過去の罪を受け入れることができた。
ちゃんとケイと向き合うことができた。
でも、私は本当にこのまま全てを受け入れてもいいのかなと、受け入れる事にどこか恐怖を感じ始めている私もいる。
今のこの幸せを恐れている。
……もし、また、あんなことが起きてしまったら……
5年前と同じ、あの事件みたいなことが起きてしまったらと、不安が増していく。
もう失いたくない、今のこの幸せを。
心の底から信頼のできる仲間──明日奈や和人達と知り合えて、ケイとも想いを通じ合わせたけど、もしまた、あの時と同じように、今の幸福の全てを失ってしまったら。
そんな不安が生まれていた。
明日奈に励まされても、勇気を持ったばかりなのに、すぐにこんなことを気にする私は、どうしてこんなにも弱いんだろう。
それに、私は自分だけが幸せになってもいいのかな。
新川君の事も、元をただせば、私が原因でもある。
彼の想いに気づいてあげられずに、その想いを先延ばしにして聞こうともせずに、あくまで友達として傍にいてほしかったと、私のわがままで結果、彼を不幸にさせてしまった。
お兄さんの事にもケイが関わり、その因縁も元をただせば私が関わっている。
元をただせばすべての中心には私がいる。
私の存在。
朝田詩乃。
常にだれかを不幸にして生きている存在。
私は、幸せになってもいいのかな。
……駄目だな……
さっき明日奈に励まされたばかりなのに、私、何も、何一つも強くなれていないな。
だめだよね。
本当に。
また一人で考えて、勝手に落ち込んでしまう自分の弱さが恨めしく思う。
こんな気持ちで、ケイの事を受け止めれるの。
ただでさえみんなと距離があって、私が頑張ればすぐにそばに行くことができるのに、自分から近づくことを恐れている。
いくじがないな。
「……私もシノンが来てくれると嬉しい」
え?
「シノンも、一緒に来てくれないか」
ケイ。
「……うん。じゃあ、始めてみようかな」
私は、素直にそう言えた。
なんでだろう。
ケイの声はこんなにも強いんだろう。彼の言葉を聞くと、どんな悲しいことも不安もぬぐえてしまう。
前に、少し一歩だけ前に踏み込めない私に、ケイは勇気をくれる。
……やっぱり、私はケイの事が好きなんだ。
彼は、意気地のない私に何時も溢れんばかりの勇気をくれる。
心を凍てつかせる悲しみをも拭ってくれる。
私の事を守ってくれる大切な人なんだ。
……これからもケイの傍にずっといたい。
……ケイのモノになりたい。
……ケイを独占したい。
私の内にある想いは、紛れもない事実なんだ。
そう、心内にある自分の想いを理解した後、私はやっと気づけた。
ケイを独占したいことに。
だれにも渡したくない。
私なんかがケイの傍にいてもいいのかなと、悩んでいたけど、私は何があってもケイの傍にいたい。
ケイが私を受け入れてくれるなら、私は──
「──よし、じゃあ、そろそろこんな時間だし、おひらきにしようか?」
と、キリトが携帯端末の時計を見ながら言い、
「あ、もうこんな時間なんだ」
アスナも驚いたようにキリトの携帯端末を覗き、今の時刻に驚いている。私も自分の携帯端末で時間を確認すると、もう19時30分を回っていた。
「じゃあケイ、俺は明日奈を家まで送っていくから、おまえはちゃんと詩乃を送ってやれよ」
「……いわれなくても……」
「だろうな」
キリトとアスナは席から立ち、
「ちゃんとシノンにALOの事をレクチャーしてやれよ」
「シノンちゃん、待っているからね♪」
指を絡み合わせながら固く手を繋ぎ、カフェから出ていくキリトとアスナを見送り、私とケイが席に残ってしまう。
「私たちも、そろそろ行くか」
「……うん」
席を立つ時、脳裏に先ほどのキリトとアスナの手繋ぎが浮かび、私も思い切ってケイの手を掴もうと勇気を振り絞ってみるも、恥ずかしくてできなかった。
彼の手を繋いでもいいのかなと、一瞬戸惑ってしまった。
あんな風に手を繋げたならと、アスナの勇気がうらやましく思える。私にはそんな勇気は無く……ううん、違う。
これは勇気とかそんなものじゃない。
私が、素直になれないでいる事が、そもそもの原因。
私の本心。
──ケイを自分だけのモノにしたい。
それなのに私は、彼に近づけないでいる。
せっかく傍にいてくれるのに、彼の傍に寄れないでいる私の意気地のなさが、ケイとの距離を作ってしまっている。そんな紋々と一人で頭を悩ましている中、私とケイはアンドリューさんに頭を下げ、カフェを後に、私は彼の後に店へと出る。
肌寒い大気を受け、身が少し凍えてしまう。
今日も寒くなりそうな大気の冷たさに、私は思い出すことがある。
ケイが帰ってきてくれたあの日の事を。
あの時、私のもう絶対に後悔したくないと誓っていたのに。なんでこうなってしまったんだろう。
ふと、ケイの方に視線をやってしまうと、彼の背中が大きく見える。
そういえばいつもケイの背中を見て歩いていたよね。小さい頃、まだお母さんの事や、あの事件が起こる前の私なら、ケイの手を握り締められていたのに。
「……詩乃」
「? え、な、なに?」
いきなり名前を呼ばれてしまい、慌てた声を出してしまう。でも、ケイは慌てた様子もなく、優しく微笑みながら、
「……手を繋いでくれないか」
「え……」
ケイが手をすっと私の方に伸ばしてくれる。
私は、
「うん……いいよ」
と、私はケイの手をぎゅっと握り締めた。
……暖かい……
大きなケイの手。
小さい頃からずっと、ケイの手は大きくて、私の手は小さくて、私の手を包んでくれるケイの掌の暖かさが私の身体を温めてくれる。
不安や悲しさを拭ってくれるケイの温もりが、私の身体を温めてくれる。
……暖かい……
すごく寒いのに、それすらも忘れてしまえるほどに、こんなにも暖かいケイの手。暖かい。なんでこんなにも暖かいのかな。
私は、すごく冷たいのに、ケイはすごく暖かい。
正反対のように思えてしまう。
私を包んでくれる温もりと優しさを持つ彼。
それなのにただ私は冷たくて、すぐ他人を拒絶してしまう。
人を受け入れられない私に、このケイの温もりを独占してもいいのかな。
不安になり、私はまたぎゅっとさらに強く手を握り締め、今のこの温もりを離したくはなかった。
私はこんなにも冷たいのに、彼は私を受け止めてくれる。
繋いだ手の温もりに、私の内にある想いはケイをさらに求めようとしている。
なんなんだろ……この気持ち。
……ううん、解っている。
ケイの事が好きだから、この温もりをくれるから、もっと欲しいと願っているんだ。
彼の温もりをこの身に感じたい。
抱きしめて肌に触れたい。
彼の髪を撫でながら口付けをしたい。
そして、ケイの想うままに、私を……
「……詩乃、着いたぞ」
「え? あ? ご、ごめん」
ケイの乗るバイクの前についていたのに私は気づけていなかった。慌てて手を離してしまい、何か気まずい雰囲気になってしまう。
どうしようと焦ってしまう。
「今から……ALOを買いに行くか、そのついでに夕食の材料も買っていくか?」
「え……あ、大丈夫だよ……買い置きがあるし……ケイの好きな漬物も作ってあるし」
「そうか……それは楽しみだな。では、ゲームを早く買って家に帰るとしよう」
「うん」
ヘルメットを被りバイクにまたがるケイはエンジンをかける。その音が響く中で私もヘルメットを被り、ケイの後ろにギュッと抱き付き密着する。
あまり意識していなかったけど、ケイの身体って細いな。
私は、少し太っているかもしれないとまた飽きもしない自己嫌悪に陥っている中でバイクは走り出し、夕闇の中を走り進んでいく。
こうやって彼とバイクで走りぬいていく中、私はGGOの中でケイ──ハジメと一緒に、バギーで走り抜いていた。
操縦の難しいバギーをハジメは手慣れたように操縦し、車の波を走り抜き、私はその爽快感に身を任せ、心を躍らせていた。全てを忘れることのできそうな、走り抜けていきそうな、そう快感に私は楽しいと心を弾ませていた。
その隣でキリトも同じようにバギーを操り、そのキリトの背中にはアスナがいて、彼女はしっかりと密着し、彼の背の温もりを感じていた。
あれが恋人の姿なんだと思う。
今こうしてケイの背中に掴まっている私は、周りからどんなふうに見えているのかな。
……恋人。
そう見えてほしい。
あの時私は、ハジメをケイと知らなかった
彼の背中に身体を預ける事を許される立場、小さい頃からケイの背中を追いかけてきた、でも、私は追いかけるだけで、その背中を守ることはしなかった。
この背中を守りたい。
ケイを助けてあげたい。
でも、私はケイを守れる力があるのかな。
GGOで私はケイに助けられてしまった。
ケイがいなければ、今こうしてこの背中の温もりを感じることはできなかった。
一緒に強くなりたい。
もう守られるだけのままではいたくない。
ケイの強さは、やはりあの世界に囚われていたからこそ、手にする事が出来たのかな。
私も、ケイの仲間──明日奈達と一緒に戦えていたのなら、強くなれたのかな。
ALOで冒険か。
……みんなと一緒にか……
考えてみると、すごく楽しそうに思える。
確かALOの世界は妖精を題材にした北欧神話を織り交ぜた世界で、妖精になって空を飛べるゲームだったよね。
……ケイと一緒に空を飛んで冒険をする、か……
それは、すごく魅力的な世界だと思う。
GGOと違って銃は存在していないけど、自然にあふれた世界で、妖精になるのもわるくはないかもしれない。
それにファンタジー系の作品なら弓矢もあるみたいだし、私でもみんなの足手まといにならないよね。
でも、その前に……私は、ちゃんとケイの事を知らなきゃいけない。
彼が内に抑え込んでいるSAOの傷の事。
それをちゃんと彼から聴かなきゃいけない。
だからこそ、ALOの世界に行き、あの浮遊城にケイと一緒に行かなきゃいけない。
でも、行っただけで、私はケイの心内を知る事が出来るのかな。
ケイの本当の姿。
GGOの中にいた、雪のような白髪の髪を靡かせる褐色肌の美少女を連想してしまう容姿を持つハジメ……ALOの世界の現実と容姿の変わらない、ありのままのハジメ。
それを確かめなければいけない。
ケイの傷を知りたいから。
「詩乃、そろそろ着くぞ」
「え、あ……うん」
バイクがショッピングモールに入り、バイク専用の駐車スペースに停め、ケイが降りた後、私も同じようにバイクを降りた。
ヘルメットを仕舞い、鞄を手に持ちながら、私達は電化製品販売スペースへと向かう。
一緒に向かう時も、ケイは何も言わずに手を握り締めてくれた。
もう、この温もりは私のものなんだと安心できるけど、まだこの温もりを完全に自分のものにできていない。
いつか離れてしまうんじゃないかと、私は自然と力を込めてしまう。その不安を感じ取ったのか、ケイは私の手をそれに合わせて強く握りしめてくれる。
ショッピングモールに沢山の人がいるけど、そんな目も気にならないくらいに、私は今、ケイと手を繋いでいた。
キリトとアスナのような、恋人として指を絡みわせながら、私達は一緒に隣に並びながら、一緒に歩いているんだと思うと、それだけで幸せな気持ちになってしまう。
でも、もっとこの温もりを独占にするには……ケイのことを知らなきゃいけない。
あの囚われたSAOの世界で、ケイはどんな傷を負ってしまったんだろう。
人を殺した。
現実世界で、仮想世界で、同じようにケイは人を殺してしまった。
誰かを助けるために殺させないために、殺意と狂喜に満ちてしまった相手を殺めてしまった。
そう、私の為に、私が殺してしまう筈だった、あの強盗を殺めてしまった時と同じように、誰かを守るために殺してしまったケイ。
あの世界に囚われ、誰かを守るために傷ついた。
背負っている傷を決して面に出さないように、いつも強いままでいてくれる彼の心内を私は知らなければいけない。
GGOの中で、ケイ……ハジメから、私の手は綺麗だと、穢れていないと言ってくれたあの言葉の裏には、その分だけケイが私の代わりに穢れてくれたからこそ、私は穢れないでいれただけ。
でも、彼の心の内の傷は、私がかつて抱いていたそれ以上に深い筈。
いつか、その傷がケイを蝕んでしまうかもしれない。
私は、その傷を知らなければいけない。
その傷を知るには、私がALOの世界に行く必要があるのかもしれない。あの世界、アインクラッドがある、妖精の世界に行けば、私はケイが、あの世界でどんな日々を過ごしていたのかを知る事が……出来るのかな。
もしかしたら、知らない方が良いのかもしれない。
ケイの傷。
その傷がどれだけ深く、今も傷ついているだろう、その傷の重さを、私は受け止めてあげられるんだろうか。
アスナはキリトが背負っていた人殺しの傷の全てを受け止めて、恐れることなく、その傷の痛みを一緒に背負う事を受け入れ、キリトと恋人に慣れた。
受け止められる力。
背負っていく力。
そんな途方もない大きな力を私は手に入れることが出来るのかな……一度、ケイを、恐れてしまった。
『こ、来ない……で……』
取り消せない、彼に向かって発してしまった拒絶の言葉。
私とお母さんを守るために、幼いケイは人を殺してしまったあの時に、私はケイに恐怖してしまった。
全てが変わってしまったあの日から、ケイが変わってしまった事に、私の世界が壊れてしまった事を、私は拒絶することなく罰として受け止めていたつもりだった。
本当は離れていなかった彼との距離が、勝手に離れていたと、自分が離していたと気づかずに、少しずつ距離を戻そうと足掻くように頑張って、その曖昧な間に、あの世界に囚われて、いつ死んでしまうかもしれない恐怖に怯え、やっぱり傍にいてほしかったと、なんでもっと勇気を出して彼の傍にいて上げなかったんだろうと沢山後悔して、戻ってきてくれた時に、沢山泣いて、これ以上後悔しないと、絶対に傍にいられるようになるんだと、自分の過去の恐怖に立ち向かうんだと、常に傍にいられる人間になるんだと、あの硝煙の世界でシノンになり戦い抜いていたけど、結局ケイに助けられてしまった。
私の傷を癒してくれたのに、私はケイの傷を癒してあげられない。
癒してあげたい。
でもどうやって。
いまだに隠し続けているケイの傷を。
だから……私は、ALOに行かなければいけないんだ。
ケイの傷を知るために、教えてもらう為に、あの世界のハジメを知り、ケイを受け止めて上げる力を手に入れるんだと、私は決めたんだ……今こうして、私と手を繋いでくれるこの手の温もりを自然と感じられるような、キリトとアスナのような関係になりたいから、私はユウキを出さなければいけない──
今、こうやって手を繋いでショッピングモールの中を一緒に歩いて、幸せだと感じられるような日々を送りたいからと、私はケイの手を確かめるように指をさらに絡み合わせると、ケイは優しく微笑んでくれる。
ケイのその微笑みに、私も同じように微笑みを返す。
ぎこちなく普通に笑えているのかなと、不安になるけど、ケイが微笑んでくれるなら、大丈夫だよね。
周りの人が見ても、私達は恋人に見えるのかな。
ケイは背が大きいし、年上だから、周りから仲の良い兄妹だと思われているのかな。
……そう言えば、昔ケイの事をケイ兄って呼んで、いつも背中を追いかけていたよね。
……私って、あの頃から大好きだったんだ……
……あの頃も、こうやって、いつもケイの手を握っていたよね……
……やっと、戻れたんだ……
こうやって手を繋ぐことが当たり前だったあの頃。
先の事を何も考えないで、これからどんな人生が待っているのかも知らなかったあの頃に戻れたような気がした。
あの時が一番幸せだったと、逃げていた時期もあったけど、もう、それも終わりなんだ。
これからも……ずっと……
絶対に話したくないケイの手を握り締めながら、私とケイは家電販売コーナーへと入り、ゲーム類が販売されているブースに行き、ALOを探す。
確か聴いた話では、ALO事件の後、あのゲームは一時回収され、事件収束の後に新しく販売され直した経緯は一応知っている。
テレビやネットのニュースで取り上げられていたあの騒ぎを見逃すほど、私も疎くはない。ケイがこのゲームをプレイしていると聴いた時、私も買おうかなと思ったけど、私なんかが行ってもみんなに迷惑をかけるだけだと思い、今日まで買えないでいたけど、こうしてケイと一緒に買いに行ける日が来るなんて、夢にも思わなかったな。
人気ソフトのおかげか、専用棚が出来ているぐらいに、ソフトは思いのほかすぐに見つかり、私は棚に置いてあった一つを手に取り、そのパッケージを見てみた。
そこには、現実世界のキリト──和人をそのままにしたような黒い妖精の少年と、その少年を優しく見詰め微笑むアスナのような蒼い髪の妖精の少女と、その二人の子どもみたいな小さな妖精が二人の手を繋ぎ、三人一緒に飛びながら、月明かりに照らされた世界樹の上に浮かぶ、天空城へと向かって飛んでいる姿が幻想的に描かれていた。
顔立ちも何処かキリトとアスナのように見えなくもない。
ううん、それよりもキリトとアスナそのもののように思えてしまう。
だったら、この真ん中にいる小さな妖精は二人の娘なのかな。
この子も良く見れば……雰囲気はキリトとアスナの二人を交わらせたような容姿に近いような気もするな。
たぶん二人が結婚して子どもが出来たらこんな子になると思う。
子ども……
私もケイと結婚して、こんな可愛らしい子を産めるのかな。
ケイと私の子か……
……ちょ、ちょっとまって! いきなり何を考えているのよ。
まだ、まだ早いし!
お互い学校の事だって……あ、でももし、今日ケイが私の事を求めたら……避妊はした方が良いのかな? 確か自然にするのが気持ち良いって本やネットに書いていたし、でもいきなり……その……やっぱり避妊具を用意した方が良いのかな──って、何を考えているのよ!
だいたい避妊具なんて、そんな恥ずかしいもの今から買いに行けるの。
そもそもあれは男性の人が使うものだし、私は女性だから避妊薬とか買っていた方が良いかも……って、何を考えているの私は!
こんなのいやらしすぎるよぉ。
「詩乃、どうした」
「え、あ、うん……あ、えーと、その、このソフトのパッケージの、この二人……キリトとアスナのように見えるよね」
私は今の雑念をばれない様にソフトをケイに見せ、一人悶々考えていた雑念を払拭する。
うう、変に意識し過ぎ。
今夜二人っきりで過ごすからって、私変な事まで考えすぎだよぉ。
まだそこまで考える必要なんてないのにぃ……なんか私、暴走しすぎているような気がするなぁ。
「ああ、二人そっくりだな、とくにこのピクシーはまるで二人の娘みたいだな」
「……!」
で私がこのパッケージを見て抱いていた感想をケイも同じように言い、変に意識してしまう。
二人の娘。
ケイが何気なくに言った言葉が変に頭に残ってしまう。
これだと……ケイが子どもを欲しがっているような……言い回しになってしまうじゃない。
そんな言葉が頭に残っているせいか、ケイと私の子どもと、変な想像がふつふうと浮かんできてしまう。
こんなきれいな黒髪の少女が私とケイの娘で、私の事をママと言い、ケイの事をパパって言いながら、甘えてくる光景を想像してしまう。
だめ。
絶対にだめ。
今こんなこと考えるなんて変に意識しすぎている。
そりゃあ、いつかケイとは子どもが欲しいけど、まだ心の準備がぁ
「詩乃? 体調でも悪いのか?」
ケイが一人熱気に頭を沸々と煮やしていた私のおでこに手を乗せ訊ねてくる。うう、恥ずかしいところ見られちゃったかなぁ
「……だいじょうぶ……早く買いに行こう」
ぽぅうとする妄想熱で茹であがってしまった頭を揺らしながら、私はとりあえず早くソフトを買いに行こうと思った。
たぶん、このまま妄想ばっかりしていると、本当に倒れてしまいそうな気がする。
一緒にゲームをする事に、何か変な意識をしているせいなのかもしれない。
でも、ケイと一緒にこのパッケージに描かれた世界を旅をするんだと思うと、胸が弾んでしまう。
でも、これじゃ駄目だよね。
変に浮かれすぎて、いつも失敗ばかりしているのに、なんで私は学べないんだろう。
一人ではしゃいで、楽しいと思った時に、いつも私は……大切なモノを失ってしまう。
自重しなきゃと、自分に言い聞かせる中、
「新川君」
……!
唐突に誰かがそう呼んだ。
思わず身が、竦んでしまう。
恐怖が、私の脳裏に、あの時の恐れが吹きあげてくる。
……ここにいる訳ない。
新川君は。
彼は。
捕まったのに……息が凍りそう。
身体が強張る。
心臓の動きが激しくなる。
……ここにいない。
「新川君、こっちだよ」
私は声のする方を向いた。
そこには──
「もう新川君! 遅いよ」
「ごめん、ごめん」
「早くALOを買って帰ろうよ。せっかくお小遣いが貯まったんだからさ」
「でも妖精になるより、こっちの銃のゲームが面白いような気がするんだけどなぁ」
「ううん、ぜったいこっち。ほらこのパッケージだよ、噂の恋人とナビゲーションピクシーがモデルになっているの♪ すごいでしょ」
「へぇえ、この二人があの噂の覇王と覇王妃なんだ」
「そうだよ。それにこのゲームの中でこの二人に出逢えたら、恋人は永遠に結ばれるって言われているんだから」
そう言いながら新川君と呼んだ男性に楽しそうに微笑む、私と同じ年齢だろう学校帰りの女生徒が、たぶん同じ学校なのだろうその彼氏……新川君と楽しそうに話をしていた。
雰囲気も違い、容姿も違うのに、何を慌てているんだろう。
落ち着いて考えれば、同性の別人だって解ったのに、何を独りでこんなに動揺してしまうんだろう。
あの時だってそう。
ケイが人を殺すきっかけも、新川君の豹変も、学校の事だって……いつも私が油断しているから、ひどい目にあうのに。
また、隙を見せてしまった。
……新川君……
そう、この場所は、新川君と一度来たことがある。
……新川君……
あの学校で私の唯一の友達……だった彼が、私の事を女性と見ていたなんて、全然気づけなかった。
彼の好意を気づいてあげられなかった私が、本当に幸せになってもいいのかな?
新川君を犠牲にして、私は幸せになろうとしているんだ。
もしちゃんとすぐに新川君の好意を知り、ちゃんと向き合っていればと、あの日から後悔が消えることは無かった。
友達ではなく、私の事を一人の女性として見てくれていた彼の気持ちを踏みにじってしまった。
もっと早くに、伝えればよかったと後悔してしまう。
──私には好きな人がいる。
──ケイと言う幼馴染いる。
と、そう言えばよかったのに……私は、彼がいなくなってしまうのが怖かったから、言うことが出来なかった。
友達として居てほしかったと思う私の気持ちと、恋人としていてほしかったと思う新川君の気持ちは、決して混じり合うことは無かった。
私の心には、ケイがいるから。
それをちゃんと言えずに、ずっと先延ばしにしてしまい、私は……彼を不幸にしてしまった。
新川君がガンゲイル・オンライン──GGOを教えてくれなかったら、私はケイに想いを伝えることはできなかったかもしれないのに。
もっと早くにちゃんとケイとのことを言えれば、あんな結末にはなることは無かったのに。
……本当に、私は幸せになってもいいの?
そんな逡巡が私の内に巡る。
今こうしてケイと一緒に買い物ができるのも、新川君を犠牲にして、手にしてしまった幸せだと思うと、申し訳なく思う。
彼があんな凶行に走ってしまったのも、私が逃げ続けた結果だから。
もっとちゃんと向き合っていたら、別の結果があったのかもしれないのに。
私は幸せになってはいけない。
そう考えていた。
でも、もう私の幸せは私だけのものじゃなくなってしまった。
ケイと共に、これからの人生を歩んでいくと決めた。
どんな事があっても、私はケイと幸せになりたい。
そう覚悟を決めて、いま私はケイの傍に居るのに。
こんな気持ちのままで、私は幸せになれるのかな。
あの時みたいに、ケイと気持ちが離れてしまったら、あの暖かい気持ちを与えてくれた明日奈達を失ってしまったらと、今のこの幸せが消えてほしくないと、私は恐れていた。
怖いのだ。
そう、私は、ケイたちの居る世界に行くのが、やはり怖くて仕方がなかった。
あの妖精の世界に、私が行ってもいいのかな?
人を不幸にし続けてきた私が。
みんなを不幸にしてしまったら、私は、どうしたらいいの?
ううん、大丈夫。きっとそうならないから。
なんで? どうして大丈夫って言いきれるの?
ケイがいるから、きっと大丈夫。
また彼にすがる気なの?
違う。ケイと一緒にどんな事も乗り越えるって決めたの。
そんな私がケイのSAOの傷を知る事ができるのかな?
ずっと私の内で逡巡しているこの想いが、発作のようにまた心の底から滲み出してくる。
どうしようもなく私の胸を苦しめる、不幸になるかもしれないと言う不安。
先程までゲームを買いに行くと、ケイと一緒にと、浮かれていた気持ちは、もうどこにもない。
こんな私が、ケイの心の傷を癒してあげられるなんて、ただの思い上がりなのかもしれないと、気が沈んでいく中で、
「……詩乃」
ポッと淡い木漏れ日のようなケイの声が私を呼び、私を見つめてくれる。
何も言わずに、たぶん私の今の心中を察しているのだろうケイは、私をそっと抱きしめてくる。
「え、ケイ……」
一応、ここは売り場出し。
人の視線だって。
そんな理性的な言葉を紡ぐ前に、私は彼の胸元に埋められてしまい、そのまま抱きしめてくる。
そんな私達を見て、
「……し、新川君。は、早く買って行こう」
「え、あ、うん」
さっきの二人は恥ずかしそうに逃げ出してしまう。
人目だってあるのに、こんな……だ、抱きしめるなんて……恥ずかしいよ。
でも、こうされるとすごく安心できるのは、なんでだろう。
さっきまでの不安が、嘘のように消えてしまう。
そんな私に、
「……大丈夫だ。詩乃……」
「……」
その言葉に押されるようにして、私はケイに抱きしめてもらう。
恐怖が緩和されてるようなその温もりに、私は手をたどたどしく動かしながら、もっと求めるように背中に手を回し、ケイがしてくれるように彼を抱きしめた。
はたから見たら私達はゲーム売り場でイチャついているカップルにしか見えないけど、今はこうしていたいと、ケイの優しさにすがりたかった。
今、ここに居るのが怖い。
新川君の事を思い出し、また動けなくなってしまう私に、ケイは優しくしてくれる。
きっと察して、私を抱きしめてくれたんだ。
私は……弱い。
弱いまま、何も変わっていない。
なにも変われていない。
怖い。
新川君の事を思い出して、怖くて仕方がない。
彼に襲われた時の恐怖を思い出し、震えてしまう。涙も出てくるほどに、私は今、怖くて仕方がなかった。
「ケイ……」
ぎゅっとして。
もっと、ぎゅってしてほしい。
そう胸中で呟きながら、私はケイを抱きしめる。
言葉で伝えることのできない要求を、私は行動で示す。
それにケイは答えてくれる。
もっと強くぎゅっと、抱きしめてくれるケイ。
怖さが抜けていく。
もう震えない程に。
安心したせいか、涙が溢れ出て来てしまう。悲しいとか、怖いとかの感情じゃなくて、安堵できた事に、涙が溢れ出てしまう。
確か昔もこんな風に泣いたよね……
子どもの頃。
私のお母さんの事で、近所の子どもにからかわれたことがあった。
お前のママって変だよな。
その一言が許せなくて、私は感情のままにそいつを叩いてしまった。
子ども同士の喧嘩の切っ掛けはすごく単純で、その後は感情的なもの。
私が叩いたその子は、女子に叩かれたことに逆上し、癇癪をおこしながら私に殴りかかってきた。
素手ならまだ怖くなかった。
でも、その子の手には、どこかで拾ってきた木の棒が握られていた。
粗大ごみに捨てられていたデッキブラシか不要になった箒の柄かは解らないけど、そんな危ないものを、まるで剣を振り回すかのように私に振り下ろしてきた。
私は、怖くて目をつぶってしまい、避け様とも逃げようともせずに、叩かれる恐怖に負けてしまった。
襲うだろう鈍い痛みに震え、
棒で叩かれる鈍い痛みは、私に振り襲われることは無かった。
私の代わりに殴られたのケイだったのだから。
額を殴られ、血をポタポタと垂らしながらケイは、
「詩乃、大丈夫か」
その一言を言った後、
「……よくも詩乃に……」
冷水に潜んだ身を凍てつかせる寒気を漂わすような表情で、そのいじめっ子とケイは大喧嘩を繰り広げ、取り巻きを含めて5人全員を叩きのめしてしまった。
大怪我をしているのに、大泣きするいじめっ子とは違い、傷だらけになって、血も流して、沢山擦り傷や怪我をしてしまったケイに、私は泣いてしまい、何もできないでいた。
血を拭ってあげることも、誰かを呼ぶ事も出来ずに、私はただ泣いていた。
なのにずっとケイに慰めらたままだった。
私は、必死に謝って、私のせいでと、ごめんねと、必死に謝り続けていたのに、ケイは、何も言わずに私が泣き止むまで、ずっと抱きしめてくれていたのを思い出す。
あの頃から、全然変わっていない。
でも、そんな私を受け入れてくれているんだと、幸せになれてしまう自分に、私はなんて単純なんだろうと思う。
ケイは、私を好きでいてくれている。
そして私も、ケイの事が好きだ。
でも不公平のまま、一方的に与えられるのは好きじゃない。
だから私は、ケイの事を知る為に、あの世界に行きたいと思って、ここに来ているんだ。
切っ掛けを作らなければいけないのに、こんな事で、何を怯えてしまっているんだろう。
私は乱れた呼吸を止めるように、すっと息を吸い、呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。
ここに新川君はいない。
もう……彼はここに居ないんだ。
私は……彼を犠牲にして、ケイと結ばれた。
その事実は変わらない。
でも、私は……新川君よりもケイを愛している。
私の中にはケイの想いがある。
小さい頃からずっと、ケイに出会った時から、芽生えたこの想いがある。
でもこの想いが、新川君の純粋な気持ちを汚してしまい、彼の純粋な想いを暴走させてしまい、狂わせてしまった。
でも私はケイの事が大好きで、小さい頃からこの想いを持ち続けていた、この気持ちを、もう捨てる事はできない。
ケイに身も心も結ばれたいと想いがある。
でもそれは新川君を犠牲にしたからこそ、私はケイに結ばれた事実を忘れることは無い。
私は卑怯者だ。
人の犠牲の上で幸せを手にし続けている。
こんな私をケイは、愛してくれていた。
彼を……新川君を受け入れる余裕も余地もなく、私は、最低な事をしてしまったのに……
なんてひどい事をしてしまったんだろう。
でも、私は、これからをケイと共に歩むんだ。
立ち止まる事なんて、できない。
私は……ケイの恋人なんだ。
だから。
「……大丈夫だよケイ。落ち着いたから……」
「そうか……」
「でも、もう少しだけ、抱きしめて」
「ああ」
ゲーム売り場の中で、私の言葉通りに抱きしめてくれる。
視線なんて、もう気にはしない。
こうしてくれるケイに私は改めて想う事が出来る。
……大好き……
不安をすべて取り除いてくれる、彼の優しさ。
凍えて一歩も踏み出せない私は温めて、歩ませてくれるケイの温もりは、もう手放したくはない。
だから……どんな事があっても、私はケイと……一緒にいる。
もし彼の手が血に染まっていても、私が彼のその手の血を拭えばいいのだから。
私を抱きしめてくれる手が血に染まっていたのなら、その血に塗れる事なんて、恐れはしない。
それは全て、私の為に染まってしまった事だから。
ケイがSAOに囚われてから、解放の日まで、沢山の人の命が失われ、奪われたことは知っている。
彼が、ケイがその事に関わっていたのも、紛れもない事実なら、私が全部、受け止めなきゃいけない。
だから、絶対に逃げない。
……ケイ……
そう彼の名前を呟きながら、私はケイの胸元に耳を澄ませた。
……トクン……
と、鼓動を打つケイの心音を聴きながら、大丈夫だと、怖くないと、私は自分に言い聞かせる。
まだ私の中には、きっと、あの時の、私がまだいるんだろう。
幼く、ケイに甘えていた頃の私。
大好きなケイに人殺しをさせてしまい、責任を感じてずっと泣き続けている、私。
この子とは違うと、私は強くなるんだと、心のどこかに置いてしまったあの子を、もう受け入れなきゃいけない。
だから私は、ケイと一緒に歩んでいくんだ。
ケイの様に強くなら無ければ、私はケイに傍にいる資格がないんじゃない。
ケイと一緒に強くなる事が、彼の傍にいられる理由なんだと、知ったから。
「……もう、大丈夫……ありがとうケイ」
新川君の事で乱れてしまった鼓動も落ち着き、私はケイの抱擁から離れた。
そっと離れていく彼の手と、鼓動の音が遠ざかっていく中で、私は離れがたい寂しさに耐え、購入したゲームをレジへと持っていった。
ケイも一緒に着いて来てくれて、一緒にレジを済ませ、私達はショッピングモールを後にする。
駐車場に停めてあったケイのバイクに乗り、私達はケイの自宅へと戻った。
今、私はケイの家に泊めさせてもらっている。
彼と同じ屋根の下で泊まるなんて、自分でも結構な冒険だと思うけど、安全の為にとご両親のお墨付きで身を寄せさせてもらっている。
いつも住んでいたマンションは、あの事件以降、まだ帰っていない。
扉はケイが壊してしまい戸締りが出来ない事や、警察の捜査などで立ち寄りが激しくなっている事や。また色々な事があったせいで、また今後の事も考えて、私は近い内にあのマンションから引っ越そうと考えていた。
ちょうどケイの傍に、家賃も手ごろなマンションがあり、セキュリティもしっかりしている分、そこに引っ越しすべきだと色々と準備を進めている。
保証人にはケイの御両親が名乗り出てくれたおかげで、何事もなくに引っ越しの準備は進み、来月にはケイとお隣さんになるわけだけど、ケイのお母さんは、いっその事家に引っ越しっすればと、からかわれたりもした。
でも本音を言えば、その誘いを思わず受け入れてしまいそうになってしまうけど、学生の身で同棲はいけないような気がする。
それに、ケイと同じ屋根の下で暮らすと、色々とドキドキして生活に支障をきたしかねない。
正直言えば、夜中に寝ることもままなら無くなりそうだし、現に今もケイと同じ屋根の下に住んでいると思うと、変に意識してしまい眠れない事がある。
そう、今私はケイと一緒に住んでいる。
しかも今日はご両親が捜査で戻って来られないから、二人だけで一夜を過ごす事になる。
ケイの自宅に戻るなり、私は部屋を暖めて置くと、足早に自宅へと向かった。
一緒に扉を潜るのは……その流石に恥ずかしく、変に意識してしまうので、とりあえずに私はもっともらしい事を言いながら、自宅の鍵を開け、足早に居間の暖房のスイッチを入れる。
暖かい空気が流れだし、冷えていた今がゆっくりと温もりだしていく。
時計の時刻を見ると、もう時刻は19時を過ぎていた。
夕食を作るにはちょうどいい時間だし、作る間にケイにお風呂でも入ってもらって──
「……お風呂……って……」
何を考えてしまっているんだろうと、私は、ふと今不意に思ってしまった事に変に意識してしまう。
先にケイにお風呂に入ってもらうって……何を考えているんだろう。
これだと……まるで新婚みたいだと、変に気が高ぶってしまう。
顔が真っ赤になりそうな程に、私は恥ずかしくなり、浮かんでしまったその考えを吹き飛ばそうとするけど、ケイがお風呂に入っている事を想像してしまう。
一緒に住んでいるせいで色々と妄想が強くなっているせいで、なるだけ考えないようにしているけど、ちょっとした気のゆるみでこうやって変に意識してしまい、しどろもどろになってしまう。
今、私はケイが湯船に浸かっている姿を想像してしまい、変に興奮してしまっている。
こんな状態でケイにあったら、絶対に変だと思われると、私は何とか冷静になろうとするけど、余計に気持ちだけが変に高ぶってしまい、頭の中の妄想が変に膨らんでしまう。
湯船に浸かるケイ。
裸で、赤い髪を束ねた姿で、ゆったりとしながらお風呂に入っている姿が脳裏に浮かぶ。
ケイが裸でと、お風呂に入っていると、脳裏にその姿を想像してしまう自分の変質的な妄想に興奮が止まらない。
そんな妄想に興奮していた私に──
「……し……の……しの……詩乃!」
「え? あ!」
ケイが居間に来ているのに、私は気づく事なくに、ただ突っ立ていた私に、ケイが心配して声をかけてくれた。
私は……まともにケイと顔を合わせる事が出来ない。
でも変にここで意識してしまうのは、余計に怪しくなってしまうから、私はとりあえず、
「な、なにかな? ケイ」
「……いや、風呂はどうする?」
「え? お、お風呂って⁉」
ケイからお風呂と言われて、私は声を裏返してしまう。
「手洗いと、うがいのついでに湯を張っておいた。先に入るか?」
「え……先にって……その……」
……駄目だ……
今、ケイとまともに顔を合わせる事が出来ない。
私は、
「……ううん、夕食準備したいし、先にケイが入ってくれたら嬉しいかな」
と、私はこれ以上に意識しないように、そそくさと居間から抜け出し、
「私も手洗いと、うがいしてくるから」
と、私は居間を後にし、洗面所へと逃げだしてしまう。
すぐに蛇口をひねり、手を石鹸で洗い、コップに水をためて、喉を潤しうがいをし、気持ちを落ち着けさせるように、私は眼鏡を外した。
鏡にいつもの顔が写り、少し頬を真っ赤にしている私がいた。
こんな顔をケイに見られたらと思うと、我ながらに気恥しくなってしまう。
そんな顔をすぐに洗い流したく、そして脳裏にこびりついたケイの……入浴している妄想を押さえたく、私は冷水で顔を洗い、変に火照ってしまう熱を冷ましていく。
思えば、すごい生活環境だよね……これ。
好きな人と一つ屋根の下で暮らして、しかも、お風呂も一緒のお風呂に入っているなんて……変に意識してしまうのも無理はないよね。
ケイの家のお風呂は自動急騰でお湯が沸くので、ボタン操作で気軽なものだけど、今もこうしている時にお湯が張られている。
ケイがそのお湯に入るんだと、そしてケイが出たら、私がそのお湯で……って、なんで変に意識するのよ!
私はもう一度顔を洗い、頭にこびりつく邪念を必死に振り払うけど、全然気持ちが落ち着かない。
油断すると、また変な事を考えてしまう。
うう……こんなので大丈夫なのかな?
別に……今日……ご両親がいないだけなのに、なんでこんなに意識しちゃっているんだろう。
恋人になれて、それだけでもすごくうれしいのに、変に意識が……キス以上の事を考えてしまう。
恋人なら、彼に身体を求められることもあるかもしれない。
もしケイに身体を求められたら、私は素直に彼を受け入れる事が出来るのかな?
明日奈は、自分の気持ちに素直になればいいと言っていたけど、私の気持ちはどうなんだろう?
怖いって思っているのかな?
また怖がってしまうのかな?
……昔、ケイを怖がってしまったのに。
彼は気にはしていないけど、私にとってはずっと胸に引っかかっている、過ち。
一度だけケイを怖がり、傷ついていた彼を拒絶してしまい、距離を置いてしまったあの時を、戻すことはできないのは解っている。
それをようやくに取り戻して、私とケイは恋人になれたけど、この想いがちゃんと実るかが不安で仕方がない。
私は、これからもケイと共にありたいと思っている。
彼と家庭を持ち、子供を産み、その子と一緒に家族として過ごしていく人生を望んでいる。
それなのに、私の気持ちは不安のままで、もし彼が求めて来たらどうしようと、そんな不安しか抱けていない。
別にその日が今日じゃないのに、なんで、こんなにも意識してしまうんだろう。
私、変なのかな?
駄目だ。
こんな気持ちのままじゃ、おいしい夕飯を作ってあげられないと、私は気持ちを切り替えて、ケイのご両親に用意してもらった部屋へと行き、制服から私服へと着替える。
家の中は暖かいから、あまり厚着をする気はないけど、ケイに見られても恥ずかしくない服を選び、これから夕飯を作らなければいけないから、学校の制服を脱ぎ、動きやすい服に着替えた。
女性としての魅力を落とさない様に服を選んだけど……ケイはどう思うかなと、私は不販を半分と期待を半分に抱きながら、下着やタオルが入った鞄を持って居間へと向かった。
ケイはいつの間にか制服から私服へと着替え終え、茶碗やお箸などをテーブルに用意してくれていた。
「あ、ありがとう」
一瞬、ケイがそんな準備をしてくれている事がうれしくて、つい顔がにやけてしまい、言葉が変にくぐもってしまう。
そんな心情を隠す為に、私はソファに鞄を置き、台所に置いてあったエプロンを着け、
「お湯が沸いたころだと思うから、先に入っておいて、その間に夕飯作っちゃうから」
と、私は冷蔵庫を開けて、食材をとり出していく。
「ああ、先に入らせてもらおう」
ケイはそのままお風呂場へと行き、私は台所で料理を始めた。
ダイシーカフェでお茶とケーキを堪能した後だから、今日は軽めなものでいいかなと、私はケイが好きな料理のレシピを思い出し、調理を始めていく、
まず鮭の切り身の塩焼きを作り始める。
ケイのお母さんが買い置きしてくれていた鮭の切り身をお皿に乗せて、まずは塩で軽く味付けをしていく。
私はケイの味の好みを知っているから、彼が好きな塩加減を調整しながら、私は鮭を下ごしらえしていく。
そしてフライパンで両面焼きを行い、彼が好きな焼き加減に鮭を調理できる準備を進めていく。
私がお風呂を出て、フライパンで焼けばすぐに出来るように準備を完成させ、焼き魚用のお皿へと盛りつけれるようにお皿も準備し、その横に彼が好きだと言ってくれる、私が作ったキュウリの漬物を添えておく準備も怠らない。
美味しいと言って食べてくれるケイの事を想像してしまうと、また顔が赤くなりそうだからここは押さえながら、お味噌汁を作り始める。
流石にレトルトのお味噌汁は味気ないから、ケイが好きなお味噌汁を作ってあげようと思う。
ジャガイモの入った凝ったものは今からだと間に合わないから、ネギとワカメの入った味噌汁を作り始めていく。
ケイが白味噌のお味噌汁を好きなのを知っている私は、彼好みの味付けをしていく。
冷蔵庫にあったネギを切り、お味噌汁用のワカメを使い、彼好みの白味噌の分量で味を着け、ゆっくりとコトコトとお味噌汁を作っていく。
コンロのタイマーを設定したから、良い具合の味加減に煮込める筈。
彼がお風呂から出た後、私もお風呂に入るから、その間に良い味に仕上がっている事を祈りながら、今度は御米を焚いていく。
御米をささっと磨ぎ、御釜を炊飯器に入れ、早炊きに設定し、今からちょうど20分後に完成するように調整し、彼が好きな御米の焚き具合に仕上がるようにしていく。
彼との夕食を万端にしていく楽しさに、私の心はすっかりと踊っていた。
大好きな彼に手料理を振る舞える事がすごくうれしくて、美味しく食べてほしいなと、私の胸の中の期待は膨らんでいく。
料理の腕は一応に自信があるつもりだけど、まだまだ腕を挙げていかなきゃいけない。
目標にするのは……やっぱり明日奈だよね。
以前にケイの剣の先生である南雲さんの御実家に行った時の、合宿で食べた明日奈の手料理は、本当にすごかったな。
あんなに美味しい御飯を作れるなんて、本当に明日奈ってすごいと思う。
同じ食材を使っただけで、あんなに美味しく作れるものなんだと、明日奈の女子力の凄さに見惚れていたっけ。
私も、あんな風に出来たら良いのに。
やはり大好きな人がいるから、明日奈には和人がいるから、あんなに美味しく作れるんだよね。
私も、明日奈みたく作れるかな?
明日奈みたく美味しくご飯を作れるようになったら……ケイの良い奥さんになれるのかな?
朝御飯を食べてくれるケイを見て、幸せな気分に浸りながら、彼の奥さんをする自分を想像すると、顔がほころんでしまう。
ケイの御両親みたく、幸せな毎日を送れるような、そんな日々を送りたい。
そして……いつか、ケイの……子供とか……そう、ALOのパッケージに映っていた、あの女の子みたいな娘が私の事をお母さん……ううん、ママって言ってくれたら、すごく幸せだよね。
私が、ママか。
私がお母さんになれるのかな。
ううん、きっとなってみせる。
ケイもきっと優しいお父さんになって、その娘にパパって呼ばれて──
「……詩乃」
「ふにゃ!」
ドキッと呼ばれて変な声を漏らしてしまい、私は慌てて妄想を散らし、ドキッと変に高鳴ってしまった胸を押さえ、にやけているだろう、ふやけた顔に気を張らせ、私は出来うる限り平静を装う事に努めながら、
「ケ、ケイ……も、もう上がったの?」
上ずった声を押さえる事は出来ずに、
「ああ、良い風呂だった……詩乃?」
「ど、どうもしないわよ。わ、わたし、お風呂に入ってくるから、あ、もしお腹がすいているなら、先に食べていてくれて良いからね」
流石にぎこちなさすぎる。
でもケイと真正面から顔を合わせるのはすごく恥ずかしくて、眼すらまともに合わせるのも無理かもしれない。
足早に私は台所から抜け出すようにして、ソファに置いてあった手荷物を持ち、廊下へと出て、居間の扉を閉め、お風呂場へと向かう。
そんなまるで気まずく逃げるかのようにお風呂場へと入り込んだ私は、扉を閉めるなり、深いため息を大きく吐き出してしまう。
やっぱり……私、なんか変だよ……
ケイの事になると、なんでこんなに変に暴走してしまうんだろう。
さっきから、ずっと変な事ばっかり考えている。
昨日まで普通に過ごせていたのに、
ケイと家族を持つなんて、まだずっと先の事なのに……なんであんな恥ずかしいことを考えちゃうんだろう……
……そりゃあ、ケイと一緒になって、結婚して、家族を持ちたいけど……その前に、ちゃんと恋人にならなければいけないのに。
ケイとは恋人になれたけど……まだキスしかしていない。
その先にまだ進んでいないのに……家族とか、子供とか……なんで色々と考えちゃうんだろう。
やっぱり、緊張しているのかな?
今日一緒に過ごす事に、緊張しているのかな?
色々と考えると、気がすっかりと滅入ってしまい、私はモヤモヤする頭を振りながら、お風呂に入ってこんな気持ちを入れ替えようと動きだす。
するとふと、エプロンを着けたまま脱衣場に来てしまった自分の姿が洗面台に映り、どれだけ余裕がなかったのよと、鏡の中の自分を叱責する。
変に気を張り過ぎ。
普通にしていれば良いのに、なんでこんなに考えちゃうのよ。
別に今日……何かがあるわけでもないし、変に考えて、気を張るのを止めようと、気持ちを切り替えようとした私は、エプロンを外し、衣服を脱いでいく。
下着姿の自分を見て、改めて自分の身体つきを観察していくと、あまり自身の無いプロポーションだと、また不安が増してしまう。
胸は……キリトの妹の直葉ちゃんとかと比べるとあまりにも小さい気がする。
そう言えばあの娘って……本当に大きかったな。
そんな直葉ちゃんと胸を想像しながら、自分の胸と比較すると、あまりにも小ぶりに思えてしまう。
朝霧雫さんや明日奈はまだ年上だからいいけど……そう言えば明日奈って結構……大きかったわよね。
やっぱり……キリトのおかげなのかしら。
あの時とかに……たくさんキリトに触られて、たくさんキリトに掴まれているから、あんなに大きくなったのかしら?
たぶん、触るだけじゃないよね……やっぱり……胸に……キスとかされているのかな?
どんな風にキリトはアスナの胸を愛撫しているんだろうと、妄想が暴走してしまう。
あのキリトの事だから、恥ずかしがっている明日奈の胸を意地悪そうに攻めて、乳房を甘噛みしながらイジメていくのかな?
だって、明日奈の腕に縛った痕があるくらいだから、きっと……沢山されている筈。
アスナの胸が大きくなった考察を一人で悶々と考えていると、また意識が変に暴走してしまいそうになりそうなので、私は早くお風呂に入ろうと下着を脱いでいく。
ブラを外し、パンツを脱ぎ、改めて自分の身体を見比べるも、やはり貧層にしか見えない。
平均的な身体つきをしているかもしれないけど、あまりにも平凡な身体すぎて、何の魅力もない様に思えてしまう。
こんな私の身体がケイが欲情してくれる身体なのかなと、何気に考えてしまう。
変な不安が増していく中で、私は眼鏡を外し、洗面台にそれを置こうとしたけど……うっかりと手を滑らせてしまい、眼鏡を落としてしまう。
洗面台をこつんと眼鏡がはじき、そのまま脱衣籠に落ちてしまう。
……え? 脱衣籠って……
脱衣籠にはケイが脱いだ衣服が入っていた。
男物のシャツと下着とタオル……ちょうど一人分だから、ケイのお父さんのものじゃななく、ケイが脱いだばかりの服の上に、私の眼鏡が落ちてしまった!
どうしようと、私は裸のままで一人で何を悩んでいるんだろうと、ケイの下着の上に落ちてしまった眼鏡を拾う事に躊躇してしまう。
べ、別に意識する事なんてないし……ただ拾うだけだからと、私は眼鏡に手を伸ばすけど、変に指先が緊張していたせいなのか、うっかりと、ケイの下着を一緒に掴んでしまう。
な、なにをしているのよ、わ、わたし……慌てて離そうとするけど……ケイが身に着けていた下着だと思うと、手が強張ってしまい、離せなくなってしまう。
彼の下着を触っているんだと思うと、気持ちが変になってしまいそうだった。
私は眼鏡を洗面台に置き、彼の下着を持って浴室へと入り込んでしまった。
浴室の中は暖房が効いていたおかげで寒くはないけど、変に身体が熱かった。
息が乱れそうなぐらいに……私は、興奮していた。
ぺたんと浴室の床へと座り込み、ひやっとする冷たさがお尻を冷やしていくけど、その冷やさが心地よく思えてしまえる程に、私は興奮していた。
大好きな人の下着を手に持っていると……理性では駄目だと分かっていたけど、気持ちを押さえる事は出来ず、くんと、ケイの下着の匂いを嗅いでしまう。
ケイの匂いが鼻腔に入り、私の脳内を甘く誘惑してくる。
こんな変態みたいな事をしている自分が信じられなけど、気持ちが抑えられない。
……今まで、ケイの事を考えて自慰をしていた事だって、何回もある。
でもそれはあくまで想像だけで、妄想の産物でしかないけど、ここにケイの、好きな人の持ち物があると思うと、その気持ちを押さえられない。
こんなのって危ないよね。
もしケイに見られたら、どうなっちゃうのかな?
くん。
と、私はケイの下着の匂いを嗅ぐたびに、そんな背徳的な事を考えてしまい、妄想を強め、欲情で身体を焦がしてしまう。
ちょうど、彼の……おチンチンのある位置に、私は鼻を移動させ、その部分の匂いを強く嗅いでしまう。
じゅんと、膣が濡れ始めてしまう。
ビリビリと脳をしびらせていく快感に、私は絶頂ってしまいそうになってしまう。
指でケイのおチンチンを妄想しながら、自分を慰めていた、あの自慰よりもケイにもっとも触れられる自慰の魅力に、私の理性は希薄化してしまい、ケイの下着を膣へと近づけていく。
彼のおチンチンの部分に自分の膣を当て、指でつぷっと、膣内へと挿入してしまう。
もしこの現場をケイに見られたらと、私の妄想は暴走していく。
お風呂でケイの下着で喘いで、オナニーをしている私に……ケイが、襲ってくると想像してしまう。
私が違うと言っても、ケイは、
「じゃあこれは」
と、私に下着を見せて来て、オナニーをしよとした私の誤魔化しをあっさりと見透かしてしまい、抵抗する私の腕をタオルで拘束し、身動きできないまま、浴槽の床の上に押し倒されてしまう。
両腕を挙げたまま、乳房を隠す事も出来ずに、身体の全部をケイに見られながら、激しいキスをされることを妄想しながら、私は自分の指でケイの舌を妄想し、呼吸も出来なくなるくらいに意識を失うキスをされるんだと妄想していく。
指を唾液まみれにし、妄想のキスでそのまま絶頂ってしまい、呼吸を乱す私。
きっとこんな姿を、裸になったケイが、私の乳房を圧し潰しながら、無理やりに攻めていくんだろうと思うと、興奮が抑えきれない。
そしてそのまま膣に、ケイのおチンチンが挿入されてしまう妄想を膨らましていく。
ケイの下着越しの指を強く膣へと押し込み、処女膜を刺激しながら、ケイのおチンチンが、私の膣内へと入っていく妄想を強くし、処女をケイに散らされると想像するだけで、興奮が抑えきれない。
そのまま奥へとケイのおチンチンが押し込まれ、激しく何度も、何度も貫かれて、ケイのモノにされていく快感に酔わされながら、私はお風呂場で、一人でオナニーに耽り、なんどもケイの下着を膣に擦り合わせてしまう。
そして……
「んぅんんんん!」
声を必死に押し殺しながら、私は絶頂ってしまった。
ビク、ビクッと震える膣の痙攣にケイの下着が濡れてしまい、絶頂ってしまった時に漏らしてしまった潮で、ケイの下着はグショグショに濡れてしまう。
息を乱しながら、硬くなった乳房の先が床にあたり、情欲に満ちた声を漏らしてしまいそうになってしまう。
濡れた床の冷たさが火照る身体を冷ましていく。
妄想の中でケイの事を思い、彼が入った浴槽で妄想してしまうなんて……私は最低だった。
これで分かってしまう。
私はケイの事を独占したいのだ。
ケイに奪われたいと思っている。
ケイにモノにされたいと思っている。
ケイが私を求めてくれるのを待ち望んでいる。
……もう、我慢出来ない私がいて、こうやって身体を持て余している私がいる。
ケイ……と、ビショビショに濡れた彼の下着を抱きながら、私は彼の想いを強めていた。
ハジメ×シノン編 R-18「遠く近くにある想い」 後篇に続く。
え……と、まずは謝罪させていただきます。
遅れて申し訳ありませんでした!
色々と忙しくなっていて、最近ハーメルンに来るいとまもない程に、色々と振り回されていました。
ああ、もっと余裕のある人間になりたい。
一応近況ですが、イバは生きています。
作品の完成具合は色々と不備もありますが、頑張ります。
さて、今日も今から仕事に行かなくては!
とりあえず……まずケイ×シノン編の小説がなぜに後篇ではなくに中編になってしまったのか……それは、量が大きすぎた事です。
ケイとシノンの互いの心の整理やaloに挑むなどのエピソードなどを入れたら相当な量になってしまい、作品として完成させるまでに大分時間が掛かりそうです、
でもめどとしては8月中に……9月かには、アップしたいです。
ああ、もっと早く文章を打ち込みたい。
さて、ケイとシノンさんの間にはまだまだ整理がつかない事がありますが、それがまとまるように頑張りたいと思います。
では、またに!