やって来たのは高垣楓だった。
プロデューサーの担当アイドルの中ではトップの成績を維持している。
今の芸能界では三本の指に入るほどの有名人なのである。
「なんで……ここに来ちゃったんですか」
プロデューサーがしんどそうに布団をどけて半身を起こす。
ついさっきまで寝ていたのだが、玄関からすごい
オーラを感じたのですっかり目が覚めてしまった。
信じたくないのだが、その禍々しいオーラを発していたのが、
どこかミステリアスで笑顔の似合う楓さんだったのだ。
「もしかしてご迷惑でしたか?
私はプロデューサーの容体が心配になったので
お見舞いに来たのですが」
楓は食材の入ったビニール袋をキッチンテーブルに
置きながら横目で心を見た。
「まさか心さんがここにいるとは驚きました」
「……へへ。そーだ。もっと驚いとけYO☆」
「プロデューサーのご自宅を知ってる人が私以外にいたとは」
「それはこっちのセリフだっつーの☆
楓ちゃんこそ、何でここを知ってんだよ」
「私はプロデューサーに何度もこの家に招待されてますから」
「ああぁん!?」
「晩酌をするのに毎回お店に行くのではお金がかかるから、
いっそ僕の家で一緒に飲みましょうって誘われたの。
ここなら誰の邪魔も入らないから思う存分愚痴でも
言い合いましょうって感じで」
「おーい。オーイ。なんだよそれー(怒)
そんな事実、はぁとは初めて知ったゾ。
衝撃の事実じゃねーかよー」
「心さんには早めに伝えておいた方が良さそうですね。
私はプロデューサーと結婚することが決まったんです」
シュガーハート☆(今年の夏に27歳の誕生日を迎えた)は、
側頭部をハンマーで思い切り叩かれたくらいの衝撃を感じた。
プロデューサーは激しい頭痛に悩まされながらも、すぐにその事実を否定した。
現にそんな約束などしてないのだ。
「か、楓。君は俺を困らせるためにここに来たわけじゃないよね?」
「私の言ったことが嘘ってわけじゃないと思いますけどね。
少し先の未来では真実になることですから。
プロデューサーは私に誓ってくれました。
みんなの高垣楓じゃなくて、俺だけの楓になってほしいって」
「うっ……それはだな……」
「まさか、ただの冗談だったとか?
上段から責める、冗談?」
「……」
「そういう態度、嫌いです」
「え? なにが?」
「私だって子供じゃありませんから、プロデューサーにとって
アイドルがお金を稼ぐための道具だと思っていることは知ってます。
そのために適当な口説き文句を言って私達にやる気を出させていることもです。
だからこそ、嘘でもいいから私のことを愛してると言い続けて欲しかった」
「お、俺は嘘を言ってたわけじゃないんだよ!!
ただ皆のことを本当に大切な存在だと思っているから、
そんな感じのことを口にしたんであってさ……」
「留美さんと寝たことも、アイドルとの
信頼関係を気づくためには必要な事でしたか」
「なっ、ちょ。待ってくれよ。留美のことは今は関係ないじゃ……」
「関係ありますよっ!!」
プロデューサーは心臓が止まりそうになるくらいのショックを受けた。
普段は物静かな楓さんが本気で怒っているのが空気からも伝わるのだ。
「そうだぞープロデューサー(#^ω^)」
佐藤心もまた、人前では見せられないくらいの怖い顔をしていた。
顔が整い過ぎている美人ほど怒った時の顔が怖いものだ。
「はぁとも噂には聞いてたんだけどよー。
プロデューサーってみんなに調子の良いことばっかり言ってさ。
女の子たちをその気にさせてもてあそんでるそうじゃないかよ☆
その噂が本当なら割とまじでワンパン食らわしてやりたくなるぞ♪」
「……」
「オイてめー。自分に都合の悪いことになるとだんまりかよ。
黙るってことは肯定と受け取っちゃってもいいか。いいんだな?」
「俺はハートのこと、好きだよ」
「あぁん!?」
「ハートのことは好きだ。俺にとってすごく大切な存在だと思っている」
「オイオイ。今そんなこと言われてもちっとも嬉しくないぞ。
今さらハートを口説いたところで何の意味があるんだこらぁ」
「だけど俺は楓のことも好きなんだ」
「はぁあぁ!?」
「俺はハートのことも愛してるが、楓のことも愛してるんだ」
これをプロデューサーは真剣な顔で言ってるのだから困ったものだ。
さすがに怒ったハートちゃんが、プロデューサーの頭を叩くのに
ちょうどいい花瓶か何かを探しているところで楓に止められる。
「それで? プロデューサーは堂々と私と心さんの間で
二股をかけたいとおっしゃっているわけですか」
「それは少し違うかな。俺には好きな女が他にもいるからな」
「へえ。それはどういう意味なんですかね」
「そのままの意味だよ。俺は君たち二人だけでなく、和久井留美、
川島瑞樹、三船美優、安倍奈々を初め、他のアイドル達のことも愛している。
……いや彼女達を大切に思うあまり、
愛してしまったと言った方が正しいのかもしれないね」
パシーン
乾いた音が鳴り響いた。
楓は、衝動的に彼の頬を叩いてしまったのだ。
「自分で最低なことしてるって思わないんですか?
いったい、どれだけ多くの女の子の気持ちをもてあそんできたの」
「みんなが君のように怒ってるわけじゃないさ。
少なくとも留美や奈々は俺の立場を分かってくれている。
自惚れるわけじゃないが、俺はみんなに人気があるから
誰かを一人を選ぶわけにはいかない。かといって
皆の好意を無視し続けてもかえって仕事に支障が出る」
「だからって、なにもアイドル全員を手籠めにしてしまうなんて、
そんなのまともな大人のやることじゃないでしょう」
「ふふ……まあいつかは君にもバレる日が来るだろうと思っていた。
罪悪感はあるよ。楓がどうしても俺を許せないのなら、
週刊誌の記者にでもこのことをばらしちまえばいい。
そうすれば俺は即首だ。でも心配することないよ。
社長がまた新しいプロデューサーを雇ってくれるさ」
「……」
「楓……」
「それはただの逃げですよ」
「そうかもしれないね。でもね。俺だって限界だったんだよ。
留美や美優が事務所にゼクシィを置くようになってから
大人組のアプローチがどんどんひどくなってついに収拾がつかない
レベルになった。俺は朴念仁じゃないから皆の好意に
気づかないふりをするのが限界だったんだ」
「さっきから言い訳ばっかり。例えどんな言葉で誤魔化したとしても、
結局私のことは遊びだったってことになりますよね」
「俺の意志じゃない。皆と仲良く仕事を進めるためにはこれしかなかったんだ」
楓は、近くにあったイスを窓にぶん投げてからアパートを出て行った。
プロデューサーが割れたガラスの破片を箒ではいていると、
心がそっとチリトリを渡してくれた。
「あんなに怒った楓ちゃんは初めて見たぞ。
プロデューサーは、最低な男だな」
「うん。知っているよ」