骸・・・・帝国議会議事堂の地下数千メートルにある人工都市『ニライカナイ』を根城にする魔人。
超国家機関『クズノハ』の創立メンバーであり、数千年を生きているとされているが、詳細は全く不明。
組織『クズノハ』の暗部”八咫烏”の元締め。
幼い頃から、自分は他者と違う事を嫌と言う程、思い知らされていた。
市が経営する養護施設の一区画。
鼻血を流し、ズタボロになった同年代の少年達が、這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げ去っていく。
その後ろ姿を、面白くも無さそうに、見事な銀色の髪をした10代になったばかりの少年が見送る。
「ちっ、弱いくせに一丁前に喧嘩売るなっての。」
忌々しそうに、地面に唾を吐き捨てる。
彼等は、この養護施設に預けられた子供達であった。
皆、何らかの事情で親から引き離されたり、経済的事情で預けられた世間から言わせると「可哀想な子供達」であった。
銀髪の少年‐ ダンテは、物心ついた時から、この施設に預けられていた。
目立つ見た目をしているダンテは、周囲の子供達から浮いた存在だった。
それ故か、「生意気」だというレッテルを勝手に貼り付けられ、こうやって毎度喧嘩を売られる。
その度に返り討ちにして、施設職員から「問題児」として、これも毎度の様に「教育」という名の折檻を受ける。
今回も、職員数名から懇切丁寧な「教育」を無理矢理受けさせられ、「反省室」という名の「独房」にぶち込まれた。
(いいさ、何時かこんな掃き溜めから逃げ出してやる。)
大の大人数名から暴行を受け、瞼と頬が倍近く腫れ上がっていた。
暗く淀んだ双眸を、独房の小さな窓へと向ける。
墨をぶちまけた様な夜の空には、無数の星が瞬い(またたい)ていた。
20数年後、東京都大田区永田町。
第二次関東大震災の爪痕が、未だ深く残るその場所に、見事な銀色の髪をした青年が立っていた。
大規模な震災により、日本は一時的に国としての機能を失った。
都心を東京から八王子へと移してからは、再開発が進み、国としての機能を取り戻したものの、半壊したビルや道路は、手つかずのままだ。
「何、ボーッとしとんねん。まさかビビっとるんとちゃうか? 」
左右対称の建物を無言で眺める青年‐ダンテに、左手にやや赤みがかった木刀を持つ金色に髪を染めた青年‐玄武が振り返った。
「別に、何でもねぇよ。」
少々、苛々した様子で、ダンテが応える。
大井埠頭での激闘から数時間後、ダンテは四神の一柱である玄武の案内で、此処、永田町へと来ていた。
13代目・葛葉キョウジの介入により、双子の兄であるバージルを追い詰めるも、後一歩のところで逃がしてしまった。
兄が最後に残した言葉が、未だに自分の心に突き刺さる。
―実母であるエヴァを殺害したのは、ダンテ自身であると・・・。
ダンテを動揺させる為に、発した嘘かもしれない。
しかし、自分に向けられた兄の憎悪の篭った双眸が、網膜に焼き付いて離れなかった。
「どうした? 珍しく顔色が悪いな? 」
そんな思考の淵にいたダンテを、妙齢な女性の声が現実へと引き戻した。
傍らに視線を向けると、濡れ羽色の黒髪を頭頂部で一纏めに結わえた着流しの美女‐鶴姫が、訝し気に此方を眺めている。
この美女も又、組織『クズノハ』暗部、”八咫烏”の長である骸の招待を受けていた。
「ちょっと、考え事をしていた。」
適当な事を言って、女剣士の問い掛けを誤魔化す。
大井埠頭から半ば強制的に、永田町へと連れて来られた為、ダンテは酷い恰好をしていた。
特殊繊維で編まれた真紅の長外套(ロングコート)の下は、上半身裸である。
『エルバの民』の首領、魔神皇こと狭間偉出夫の神器『アスカロン』の一撃を喰らい、腹には醜い一文字の傷跡が残っている。
鶴姫曰く、神器により受けた傷は消える事は無い。
それは、優れた再生能力を持つダンテも例外では無かった。
玄武を先頭に、周囲を政府の特殊工作員と思われる黒づくめの男達に取り囲まれ、ダンテと鶴姫は、地下駐車場にあるエレベーターへと向かう。
大型車両が通れる程の巨大な鉄の扉の前。
玄武が慣れた手付きで、暗証番号を打ち込むと、重い音を響かせ、扉が開く。
一同が貨物用のエレベーターに乗り込むと、ゆっくりと下へと降りていった。
「 朝孝、何故、我々を此処に呼んだか、理由を話したらどうだ? 」
好い加減、痺れを切らした鶴姫が、先頭に立つ3代目剣聖へと鋭い双眸を向ける。
因みに、次期壬生家当主こと、壬生・鋼牙はこの場にはいなかった。
鶴姫の配慮で、矢来銀座にある探偵事務所へと還したのだ。
父親以上の存在であった13代目・葛葉キョウジの裏切りで、鋼牙の心は大分疲弊していた。
それでも気丈に、自分も同伴すると申し出たが、鶴姫が赦さなかった。
「それは着いてのお楽しみや、初代殿。」
濃いサングラスの下で、美貌の女剣士を眺める。
冥府の王でなければ、一晩お願いしたい程の良い女だ。
目的地に到着したのか、巨大な貨物エレベーターは、ゆっくりと停車した。
その間、一同は終始無言。
銀髪の魔狩人だけが、鋭い双眸で、目の前に立つ金髪の男を睨みつけている。
この17代目の本番である玄武には、成城にある葛葉邸で大きな借りがあった。
今から半年前、下級悪魔の討伐ばかりをやらされていた事に嫌気が刺し、ダンテは主である17代目に苦言を呈した。
共に壁内調査に連れて行けと食い下がるダンテに、突然、本番である玄武が割って入り、指先から発する闘気一発で昏倒させられた。
あの時の痛みと屈辱は、今も尚、忘れる事が出来ない。
重い音を響かせ、巨大な鉄の扉が開く。
そこから広がる光景に、銀髪の魔狩人は思わず言葉を失った。
まるで平安時代へとタイムスリップしたかの様な気分だった。
青々と茂る森に、豪奢な門扉。
湖の様な池には木造の橋が架かり、見事な寝殿造が聳え(そびえ)立っている。
門を潜り、橋を渡ろうとした所で、玄武は女剣士の前へと立った。
「悪いがアンタは此処までや、申し訳あらへんが、ソイツ等と一緒に墓所に還ってもらえへんやろか? 」
「・・・・・。」
気が付くと、退路を断つ形で立っていた黒い背広の男達は、厳つい甲冑を纏う武者へと姿を変えていた。
どれも蒼白い顔色をしており、一目で死人である事が分かる。
「平家の落人達か・・・・死しても尚、走狗として操られるとは哀れな。」
平家の落人とは、治承・寿永の乱で敗北した平家残党達が、山間部へと落ち延びた者達の総称を言う。
落ち延びた者達の中には、公卿や女・子供達もおり、各地で「平家落人伝説」なるモノが伝わっている。
「命に代えても守らなアカン大将を見捨てて逃げたヘタレ共や。 死人としてこき使われるのは当たり前ですやろ? 」
嫌悪感を露わにする美貌の女剣士を嘲弄する玄武は、後の事を死人達に任せ、主がいる寝殿へとダンテを促し向かう。
「意外やったな? 」
「何がだ? 」
湖の様な巨大な池に掛かった木造の橋を渡り、主がいる西の対(つい)へと向かう道すがら、玄武が傍らにいるダンテに向かって呟いた。
「オドレが素直について来た事がや。」
一旦、足を止めた玄武が、傍らに立つダンテを濃いサングラス越しに眺める。
主の唐突とも取れる招待を、当然断るだろうと思っていた。
しかし、そんな玄武の予想に反し、ダンテは素直にその誘いを承諾した。
敵地のど真ん中に放り出されるのと同じ事。
少しは警戒してもおかしくはないのだが、当の銀髪の魔狩人にはそんな様子など微塵も無かった。
「前に招待を受けていたからな? 何時かは、一発かましてやろうと思っていたのさ。」
「なーる程、そういう訳かい。」
流石、17代目が番として選んだだけはある。
前の本番である元魔剣教団の騎士団長も、この男と似たような性格をしていた。
怠惰で気障、徹底的な快楽主義者で富や名誉に全く興味を示さない。
だが、『人間を悪魔の脅威から護る』という信念はしっかりと持っており、どの様な状況に追い込まれても決して弱音を吐く真似はしなかった。
「てめぇの大将に一発デカいのをぶち込んだら、次はお前だ。 覚悟しとけよ? 」
「ハッ、ワイの闘気一発で顔中血だらけにした糞餓鬼が生意気な事をほざくのぉ。」
ダンテの軽口に、金髪に髪を染めた細身の男が豪快に笑う。
数か月前、『壁内調査』をする為、玄武は番である17代目・葛葉ライドウを迎えに行った事がある。
その時、自分の大事な玩具に悪戯をしていたのがこの銀髪の青年であり、『お仕置き』と称した戯れの闘気を一発当てた。
予想通り、まともに闘気の塊を喰らったダンテは毛細血管を破裂させ昏倒。
常人ならば意識不明の重体確実だったが、ダンテは持ち前の悪魔特有の再生力を生かし、数日間で傷を完治させた。
しかし、身体が治ったとはいえ、心には大きな傷が残る。
そんな不穏な空気を孕んだまま、二人は目的地である西の対へと到着した。
見事に手入れが施された庭園。
閉じられた障子に向かって玄武が、馴れ馴れしく到着した旨を告げる。
スルスルと障子が開き、派手な襦袢を羽織った長い黒髪の美青年が姿を現した。
「随分と早かったな? 」
「駄犬に見えて、意外と主には忠実だったみたいですわぁ。」
蝋細工の如く、病的に白い肌を持つ美青年に対し、玄武はニヤニヤと下衆な笑みを背後にいるダンテへと向ける。
静かな怒りを湛えた蒼い双眸が、階の上に立つ黒髪の美青年を睨み据えた。
と、その鋭い視線がある一点へと注がれる。
青い畳の上。
そこに敷かれた上質な布団の上に、見知った人物が俯(うつぶ)せになって寝ていた。
葛葉四家当主が一人であり、ダンテの大事な主、17代目・葛葉ライドウである。
一目で、情事を終えたばかりと分かるしどけない姿のままで、ダンテから顔を背ける形で眠っていた。
「・・・・・っ!ライドウっ! 」
無意識に目の前に立つ玄武を押し退け、主の元へと駆け寄ろうとする。
しかし、赤身を帯びた木刀が、青年の暴挙を阻んだ。
「礼儀作法を知らんのか? 糞餓鬼。」
「・・・・・っ!退け! 」
人を小馬鹿にする玄武の態度に腹が立つ。
常に冷静で、何事にも動じぬダンテであったが、この時ばかりは色めき立ち、背負っている大剣『リベリオン』の柄を握った。
そんな時である。
無遠慮に放たれる殺気に反応し、眠っていたライドウが微かな呻き声を上げた。
痛む身体に鞭打ち、傷だらけの身体を起こす。
虚ろな視線が、庭園に立つ仮番へと向けられた刹那、その双眸が驚愕で見開かれた。
「な・・・・何で? 」
予想だにしていない人物の登場。
そして、改めて自分が一糸まとわぬ姿である事を自覚し、慌てて掛物で身を隠す。
血の気が完全に引き、肌が紙の様に白くなる。
自身を覆う掛物を握る手が、微かに震えていた。
そんな子供じみた仕草をする愛人に、嘲りの笑みを浮かべる骸。
帝都に巣食う魔人は、次に敷居の下で射殺さんばかりに此方を睨み付ける銀髪の青年へと視線を向ける。
「君がダンテ君か・・・・? ”初めまして”と自己紹介をしておいた方が良いかな?」
「・・・・っ、てめぇ・・・・。」
階段に腰掛け、此方に嘲弄の笑みを向ける美青年の名は、骸。
超国家機関『クズノハ』創立メンバーの一人であり、組織の暗部『八咫烏』を取り仕切る元締めでもある。
そして、愛する主に腹中蟲という外法を仕込み、今も尚、苦しめている元凶でもあった。
「確か、君は私からナナシを奪い取りたいんだったな? 」
血の如く紅い双眸が、階段の下に立つ銀髪の大男を眺める。
玄武の放つ闘気で動けぬダンテは、口惜し気に黒髪の美青年を睨み付けた。
「なら、此処まで来ると良い・・・・私は一歩も動かない、勿論、君に手を出す無粋な真似もしない・・・。」
骸の意図を読み取った玄武が、右手に持っている木刀を降ろし、一歩後ろへと下がる。
「もし、此処まで来て、私に一太刀浴びせる事が叶ったら・・・・ナナシの中にいる蟲を取り除き、君に渡そう。」
紅を引いた様な唇が、弧の形を作る。
これは、完全な挑発だ。
骸は、ダンテを格下と見下している。
ダンテの腹腔に、怒りのマグマが噴き上げた。
「上等だ。」
犬歯を剥き出しにして、左脇のガンホルスターに収まる大型ハンドガン”エボニー”を抜き放つ。
だが、その指が引き金を引く事は叶わなかった。
利き腕が、肘の辺りから綺麗に切断されたからである。
コンマ数秒の出来事であった。
やっとこさ小説が書けるモチベに戻りました。