樋口・幸太郎・・・・神器&魔具の修繕や開発を専門としていた元職人。
平安時代に刀工として名を轟かせた人物・天国の転生者。
”品川区”・大森エリア。
ザンダンス・キッドが地下遊戯場へと辿り着くと、大広間は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていた。
紫色の体液が床と壁を斑(まだら)模様に汚している。
如何にも高級そうな絨毯や家具には、馬の頭部をした異形の怪物達の死骸が転がり、内臓と肉片が散らばっていた。
「あ、篤・・・・・。」
キッドが、ガンホルスターから愛用の”コルト・ドラグーン”を引き抜く。
拙い事態になった。
まさか、悪魔の襲撃に遭うとは思わなかった。
この床に転がっている無惨な死骸は、ファウヌスの配下の悪魔達だろう。
襲撃者に対応する為、擬態を解いたのだ。
キッドが慎重にコルトを構え、室内に入ると女の啜り泣く声が聞こえた。
横倒しになった家具の陰に隠れ、声がする方へと近づく。
見ると、娼婦らしい赤毛の女が、尻を高々と上げて、異形の怪物に犯されていた。
黒い毛並みをした犬属独特な容姿をした人型の怪物が、肉付きが良い女の尻を鷲掴み、腰を叩きつけている。
犯されている女は、与えられる荒々しい快楽に蕩(とろ)け、桃色に頬を染めて善がり声を上げていた。
女とまぐわう怪物の周りでは、生体マグネタイトを吸い尽くされた娼婦達の亡骸が転がっている。
骨と皮だけになった女達の姿に、キッドは目を背けた。
「篤! 」
意を決し、物陰から立ち上がるキッド。
右手に持つコルト・ドラグーンの銃口が、狼男の眉間に狙いを定めている。
「正気に戻れ! 篤! 」
無駄と知りながらも、キッドは女の尻を抱えている異形の怪物へと呼びかける。
この獣人(ライカンスロープ)は、樋口・篤だ。
悪魔召喚術師として優れた感応力を持つ、キッドだからこそ分かる。
どっと、女の尻が絨毯の上に落ちた。
新たな獲物の登場に、獣人が娼婦を離したのだ。
女は失神しているのか、ピクリとも動く事は無かった。
大田区へと向かう首都高速湾岸線。
一台の黒塗りのハイヤーが走っている。
その後部座席では、三島財閥当主、三島・喜作が、空中に浮かぶ3D映像を操作していた。
「犬神か・・・・・ほとほと、魔族と縁があるなぁ、真理子。」
喜作は、自分の股座で、苦しそうに眉根を寄せて奉仕する樋口・真理子の頭を撫でた。
”新宿区”、百人町にある発電施設の帰りである。
作業員として働く移民の男達を餌食にした真理子は、永久発電炉『ヤマト』を調べに潜入したかつての教え子、壬生・鋼牙と望まぬ再会を果たした。
普段、学校で顔を合わせても、生徒と教師という関係を崩す事は無かった。
一度だけ関係を結ぼうとしたが、結局、最後まで出来なかった。
公園で不良グループに暴行されたトラウマが、蘇った為である。
怯え、泣きじゃくる真理子を何とか落ち着かせ、鋼牙は自宅へと帰した。
それ以来、真理子と関係を持つ事は無かった。
「お前の夫、樋口・篤の先祖は、三大怨霊の一柱、菅原・道真に仕える術師だった。主君を護る為に、禁忌とされた蟲術に手を出し、人間ではなくなった。」
真理子の尻を抱える護衛の一人が、腰を叩きつけている。
男根の激しい出し入れに、女の分泌する液が飛び散り、蜜の詰まった尻肉が揺れた。
真理子は、すっかり男達の性的玩具へと成り果てていた。
百人町の発電施設で、喜作達に回収され、大型のハイヤーに乗せられた。
人間体へと擬態したオーガ達は、淫蕩な女教師に興味津々だった。
喜作が「喰って良いぞ」と了解すると、二体のオーガは、真理子に挑みかかった。
車の中で、真理子は屈強な黒服の男達に弄ばれた。
交互に唇を塞がれ、舌を絡め合い、豊満な乳房を吸われた。
節くれだった太い指で、性器と肛門を弄られ、真理子は啜り泣きながら、男達の巧みな愛撫に溺れた。
発電施設で、十数人の男達を咥え込んだが、満足出来なかった。
進んで男の男根を掴み、口に入れ、こってりと舌を絡ませた。
雄々しい男根に貫かれた時、真理子は失神した。
それ程、素晴らしい性技だった。
移民の男達のテクニック等、獣以下だった。
喜作の男根を離し、真理子は激しく絶頂を迎えた。
膣肉の理想的な締め付けに、尻を抱えた男も低く呻き、精を吐き出した。
先端から、白い汚液を垂らしながら、肉壺から引き抜かれる。
「そろそろ、”大田区”に着くな。」
喜作は、空中に展開していた3D映像を消すと、足元で粗い吐息を繰り返す女を見下ろす。
敬愛する主から「プレゼント」と称され、樋口家に関する資料を渡された。
まさか、狐憑きの家系だとは思わなかった。
この女は、とことん魔に魅入られる体質らしい。
”品川区”、大森エリア。
キッドの操るコルト・ドラグーンの銃口から、法儀式が施された銀の弾丸が発射される。
しかし、鎧の如く硬い外装が、弾丸を悉く弾き返した。
一気にガンマンとの間合いを詰め、鋭いブレード状に変化した前腕で薙ぎ払う。
咄嗟に真横へと跳び、凶悪な刃から逃れるが、そこから発生する衝撃波までは躱せない。
身体が吹き飛び、室内の壁に叩き付けられる。
激しく背を打ち付け、一瞬、息が止まる。
態勢を崩すキッドに巨大な体躯をした魔狼が襲い掛かるが、見えない壁によって阻まれた。
見ると、館の主であるファウヌスが、右手から魔法陣を展開させている。
物理攻撃反射魔法『テトラカーン』で、キッドを護ったのだ。
「ふぁ・・・ファウヌス。」
「私の大事な店で、これ以上の狼藉は赦さん。」
常に冷静なオーナーにしては、珍しく顔を怒りで歪めていた。
疾風系中位魔法『ガルーラ』を異形の魔物へと姿を変えた篤に放つ。
しかし、疾風の刃で魔狼の身体を斬り裂く事は叶わなかった。
魔狼は、高速移動で『ガルーラ』を躱すと、ファウヌスへと躍り掛かる。
ガウゥウウン。
魔狼の鋭い刃が、オーナーの身体を両断するよりも早く、銀の弾丸が、心臓を貫く。
魔法の様な速さで、特殊弾を装填したキッドが、コルト・ドラグーンの引き金を引いたのだ。
魔狼の巨体が、真横へと吹き飛び、豪奢な家具を破壊して、壁へと埋まる。
撃ち込まれた弾丸に封じられた呪式が発動し、魔狼の身体に呪印が幾つも浮かび上がる。
暫く、苦し気に痙攣していた異形の怪物は、みるみるうちに成人男性へと姿を変えた。
キッドが放った銃弾には、『魔封(クローズ)』の魔法が封じられており、術が発動して魔力を封じられてしまったのだ。
元の人間へと戻った篤は、全裸の状態で気を失っていた。
壬生・鋼牙は、『聖エルミン学園』の校門前で、深い溜息を零した。
理由は、勿論、中等部の時に担任だった樋口・真理子についてである。
昨日、牛頭天王の所在を知る為、『八部連合阿修羅会』が所有する発電施設へと潜り込んだ。
結果は、失敗に終わったのだが、そこで思わぬ人物と再会した。
真理子が発電施設の作業場で、作業員と思われる数人の移民の男達に弄ばれていた。
否、どちらかと言えば、お互い合意の下で性行為に耽っていた。
寝転んだ男の顔に跨り、舌の愛撫に自ら腰を振りながら、目の前に立つ二人の男達の男根を舐めしゃぶっていたのである。
行為に没頭する四人の周りには、作業員と思われる無惨な亡骸が転がっていた。
生体マグネタイトを吸い尽くされ、ミイラの様に干からびた死体だった。
― 樋口先生・・・・何とか助ける事は出来ないだろうか?
昨夜の一件は、誰にも話していない。
勿論、同じ”探偵部”の仲間であるネロにも告げてはいなかった。
下手に話せば、自分も混ぜろと必ず言ってくる。
只でさえ、『阿修羅会』と奴等が牛耳っている龍脈の件で、頭が痛いのに、これ以上の問題を起こす訳にはいかなかった。
可哀想だが、真理子の事は見捨てて、都庁からの依頼を優先するべきだ。
牛頭天王から、龍脈を取り戻し、『四神相応』を復活させれば、東京23区に出現している悪魔達を抑える事が出来る。
頭では理解しつつも、心に残った良心が、女教師を見捨てる事に躊躇いを覚えていた。
ー16代目なら、先生の悪魔化を治す事が出来るかもしれない。
葛葉四家当主が一人、葛葉忍は、闇社会では『医神』と呼ばれ、その名を轟かせている。
彼女なら、真理子の悪魔化を治療する術を知っているかもしれないが、女教師を支配している大悪魔・ルキフグスをどうにかしなければならない。
(僕一人じゃ無理だ。 せめて明が”壁内調査”から戻って来てくれたら・・・・。)
同じ”探偵部”の仲間、遠野・明なら、自分と二人でルキフグスと対等に渡り合えるかもしれない。
ネロも、悪魔召喚術師(デビルサマナー)としての実力をつけつつはあるが、やはり、体内に潜む『ソロモン十二柱』という爆弾を抱えている。
ネロに頼る事は出来ない。
「壬生君・・・・。」
「・・・っ、樋口先生。 」
背後から名前を呼ばれ、鋼牙が振り向くと、問題の元凶である数学教師の真理子がいた。
「早く校内に入りなさい、遅刻扱いにされるわよ? 」
「・・・・・。」
昨夜の出来事が、まるで嘘だったかの様に、真理子は教師としてそこにいた。
理知的な美貌に、モデル並みに均整が取れた肢体。
とても、男達を誘惑し、生気を吸い取る魔女とは思えなかった。
一昨日の悪夢の様な出来事が、まるで嘘だったかの様に振る舞う女教師に、鋼牙はそれ以上何も言う事は出来なかった。
生徒と教師という関係に戻り、軽く挨拶をして校内へと入る。
樋口・真理子の件は、後回しだ。
今は、『八部連合阿修羅会』から封じられている龍脈を解放し、『四神相応』を復活させなければならない。
矢来区と世田谷区の悲劇を二度と起こしてはならないのだ。
学校へと消えて行く鋼牙の背中を眺めつつ、樋口・真理子は唇を噛み締めていた。
ー これで良かったのだ。
心の何処かでは、鋼牙に縋りつき、今の現状をどうにかして欲しいと言う思いがある。
しかし、相手は、日本有数の大企業『三島重工』の現会長だ。
17歳になったばかりの少年が、どうこう出来る問題ではない。
(あっ・・・・また。)
真理子は、自分の性器が熱く滾(たぎ)るのを感じた。
危険な衝動だった。
かつての想い人である鋼牙の姿を見ただけで、彼に抱かれたいと言う激しい欲求に支配される。
教師というなけなしの矜持を総動員して、何とか抑え込んでいるものの、それも何時まで持つか分からない。
真理子は、微かに頬を紅潮させつつ、学園へと向かった。
その目覚めは、唐突だった。
樋口・篤は、バネ仕掛けの如く起き上がると、粗い吐息を吐きだしながら、周囲を見回す。
まるで高級ホテルのスィートルームみたいな、豪奢な一室。
如何にも高そうな調度品の数々に、窓からは、品川区の街並みが一望出来る。
「目が覚めたのか? 」
真っ青な顔をして、全身汗みどろの篤に、髭面の大男が声を掛けた。
実父の親友であるザンダンス・キッドだ。
篤が横になっているベッドの隣に腰掛け、心配そうに此方を眺めている。
「お、叔父さん? 僕は・・・・・?」
キッドの姿を認め、ベッドから降りようとした篤は、身体に力が入らず、バランスを崩して横倒しになった。
「ぱ・・・パラライズワーム? 何で? 」
右腕にヒルの様な環形動物が憑りついていた。
この特殊なヒルは、悪魔等を生け捕りにする時に使用される。
常人が使えば、動く事はおろか、喋る事も出来ない。
「篤・・・・お前、何も覚えて無いのか? 」
キッドは、篤の身体をベッドに仰向けにさせる。
「わ、分からない・・・・っていうか、此処は一体何処なの? 叔父さん。」
今現在置かれている立場が全く理解出来ず、篤は非難する様に傍らへと座るキッドを睨み付ける。
そんな篤に、キッドは溜息を一つ零すと、数時間前に起こった出来事をかいつまんで説明した。
同時刻、品川区、大森エリアの風俗街。
豪奢な洋風の建物前に、一台の車が停車した。
ドアを開け、70代前半ぐらいの初老の男が降りる。
「一人で十分だ、お前さんの手は借りん。」
老人- 樋口・幸太郎は、同じく乗用車から降りたノーフレームの眼鏡をかける40代ぐらいの背広の男を横目で睨む。
「そうはいきません。貴方にもしもの事があったら、総理に怒られます。」
眼鏡の男ー 奥原警視長は、車に乗る部下に二人だけで十分だと告げ、車を路肩へと移動させる。
この紺色の背広と同色の帽子を被る老人は、日本国が所有する大事な人間国宝だ。
魔具や神器を修繕するだけではなく、独自に『武器』を開発し、多くの成果を上げている。
職人(ハンドヴェルガー)としての仕事は、一線を退いてはいるものの、その界隈では名が知れており、遠い異国の地から来る客も、未だに多い。
かくいう奥原自身も、幸太郎が抱える客の一人だ。
「ふん、勝手にするが良い。」
幸太郎は、諦めた様に溜息を一つ吐くと、さっさと洋館の中へと入ってしまった。
全く、面倒な真似をしてくれたと思う。
息子が生まれて30数年間、何事も無く一般市民として生活して来た。
妻が他界してから、職人としての仕事を引退し、品川区の片隅で、可愛い孫と余生を送る筈だった。
それがご破算となったのは、奥原警視長に依頼された品物を引き渡した直後だった。
自宅の電話が鳴り、出てみると、相手は大森エリアで裏社会専門に経営している高級娼婦館からであった。
(まさか、こんな形でツケを支払わされる羽目になるとはな。)
遠い、遥か彼方に消え去った前世の記憶が蘇る。
神器の生みの親として、”神の刀工(とうこう)”として謳われた自分は、ある女に心奪われていた。
女は、宇多天皇に使える術師、菅原道真の弟子であり、霊術に秀でていた。
幸太郎-天国は、宮廷で彼女と出会い、一目惚れしたが、全く相手にはされなかった。
当然だ。
彼女は、師である道真を心の底から愛しており、師の為ならば、外法にすら手を染めても厭(いと)わない程、心酔していた。
幸太郎の脳裏に、前世で己自身が体験した忌まわしい記憶の映像が過る。
薄暗い堂内。
内臓が腐り爛れる程、充満した瘴気の中に悶える若い女達。
一糸纏わぬ女達を嬲る異形の怪物。
その中に、惚れに惚れ抜いた女もいた。
膣と肛門を犯され、善がり狂う女は、茫然自失とする自分に嫣然(えんぜん)と笑い掛ける。
この世のモノとは思えぬ地獄絵図に震える自分の肩を、何者かが触れた。
陰陽寮の長、菅原道真だった。
道真は、刀神として京の都に名を馳せる自分を仲間へと引き入れる為に、この酒池肉林の宴を開いた。
道真は、「存分に異界の快楽を楽しんで下さい。」と告げ、天国の背を押した。
ふらふらと異形の怪物達とまぐわう女達の元へと近づく。
天国の腰に、何者かが纏いついた。
道真の弟子である珠代(たまよ)だった。
女術師は、天国の着物の裾を寛(くつろ)げ、恐怖で縮こまる男根を取り出した。
怪物達の粘液で全身を濡らす女は、何の躊躇いも無く、天国の男根を頬張った。
巧みな舌捌きに、萎れた肉棒は直ぐに硬くなった。
(イカン、イカン、余計な事を思い出している暇など無い。)
どうやら、建物内に微かに漂う甘い香りが、転生前の記憶を呼び覚ましてしまったらしい。
もっと強く、道真の甘言を断っていれば良かった。
珠代に拒絶された時点で、芦原の集落に帰って黙々と刀を打っていれば良かったのだ。
そうすれば、こんな事態を招く事も無かった。
「お待ちしておりましたよ? 天国様。」
まるで高級ホテルの様な豪奢なエントランスには、店の支配人らしきトルコ人の男が、屈強な体躯をした黒服の男二名を従えて、幸太郎達を出迎えていた。
「うん? 貴方を招待した覚えは無いのですがね? 柳生・但馬守殿。」
ファウヌスは、幸太郎の背後に従える奥原警視長に鋭い視線を送った。
この男は、法の番人を気取り、多くの同胞達を迫害し、惨たらしく殺害して来た。
言わば、ファウヌスにとっては怨敵に等しい人間である。
表面上は、天津神と深い繋がりがある故、素直に従ってはいるが、そうでなければ、生皮を剥いで晒し者にしているところである。
「私は、天国様の護衛だ。 貴様等、卑しいオリュンポス神族が大事な刀工殿に何をするか分からんからな? 」
「やめんか!宗矩! 」
厚顔不遜な奥原警視長の態度に、殺気立つ周囲の空気を、幸太郎が一括する事で沈めた。
「ワシは只の一般市民だ! 貴様等化け物共の小競り合いに巻き込むな! 」
幸太郎に睨み付けられ、奥原警視長は、大袈裟に溜息を吐き出す。
この冷酷非情な警察官が、自国を異邦の神々に土足で踏みにじられる事を何よりも嫌っているのは知っている。
防衛省事務次官である後藤も同じ気持ちだろう。
そんな危険極まりない輩が大人しくしているのは、一重に超国家機関『クズノハ』が目を光らせているお陰だ。
創立者の一人である帝都の魔人が、異邦の神との諍いを硬く禁じているからだ。
「・・・・ファウヌス、と言ったか・・・・この度は、うちの愚息が大変迷惑をかけた、金で解決する問題ではない事は重々承知している。」
幸太郎は、右手に持っているアタッシュケースをエントランスに置かれているテーブルに置くと、蓋を開いた。
中には、金の延べ棒がぎっしりと隙間なく収まっていた。
「ほう、これは素晴らしい。」
金から伝わる魔力の波動に、ファウヌスの口元が微かに緩んだ。
「札束より、お前さん達はコッチが喜ぶと思ってな・・・・好きに使うと良い。」
魔力が篭った古代ルーン金貨を溶かして延べ棒に変えた代物だ。
生体エナジー教会に持って行けば、時価数億は下るまい。
「天国様・・・・外道にそこまでする必要は・・・・。」
「黙っとれ、これはワシ等家族の問題だ。」
この男は、転生前から何一つとして変わってはいない。
潔癖症で自国の繁栄の為ならば、どの様な犠牲すらも厭わない。
そのお陰で、徳川一族の信頼を勝ち得て仕官として長年取り立てて貰えた。
エントランスでの軽いいざこざ後、幸太郎は息子・篤が休んでいる客室へと案内された。
奥原警視長は、エントランスに待たせている。
同行すると言い張ったが、幸太郎が頑なに拒絶した。
また、ファウヌス達を下手に刺激して、余計な諍いを起こしたく無かった。
それに、このオリュンポスの神は、強欲だが他の同胞達と違って頭はそれ程悪くない。
そうでなければ、異国の地で、これ程成功する筈が無いからだ。
2メートル近くある黒服二名に背後を固められ、少々、窮屈な思いをしながら、エレベーターへと乗り込む。
高級な生地で仕立てられたファウヌスの背広を眺めつつ、幸太郎の思考は再び、遥か遠い過去の記憶へと飛んでいた。
珠代は、色情狂のある色っぽい女だった。
それまで、芦原の山奥で刀を打つ以外能が無かった天国は、異性に対する免疫も当然無かった。
己の師であるムスペル一族の長スルトルが、大変堅物な人物であったのもかなりの影響を受けていた。
オリュンポス十二神の一柱である軍神・アテナとちょっとした問題を起こした天国は、スルトルから破門を言い渡され、不承不承、生まれ故郷である日本へと帰された。
納得出来なかった。
日本へと帰る道中、手の中に納まる長い包みを握りしめ、腹腔から湧き上がる理不尽な怒りに奥歯を噛み締める。
主神・ゼウスの愛娘であるアテナは、人間の身でありながら、ムスペル一族の長であるスルトルに弟子入りした天国を侮蔑した。
言葉で侮辱する真似はしなかったが、態度から否が応でも分かる。
彼女は、神器『アイギスの盾』を天国に差し出し、傷がついたから修繕して欲しいと依頼した。
神が扱う武器を、非力な人間が扱えば大きな禍を招く。
アテナは、その事を十分承知していながら、態と天国に無理難題を押し付けたのであった。
出来なければ、オリュンポス神族が見ている前で、敬愛する師が侮辱される。
アテナの底知れぬ悪意を感じ取った天国は、依頼をあっさりと受け入れ、彼女が望む通りにしてやった。
数日後、出来上がった神器を前に、傲慢なアテナの表情は、みるみるうちに青くなった。
そして怒りで顔を真っ赤に染め、天国の胸倉を掴み上げたのである。
神器『アイギスの盾』は、やや反り返った東洋の刀に生まれ変わっていた。
日の本という、見た事も聞いた事も無い小さな島国の下等な人間は、事もあろうに、偉大な主神の娘である自分の大事な神器を、東洋の武器に造り変えたのであった。
ヒステリックに叫ぶアテナを前に、天国は死を覚悟した。
否、この無理難題を押し付けられた時点で既に死ぬつもりだった。
だが、只で死ぬ気は全くない。
窮鼠猫を嚙む、という諺(ことわざ)通り、この高慢ちきな女神に一矢報いるつもりだった。
しかし、アテナの暴挙を止めたのは、意外な人物だった。
師であるスルトルが止めるより早く、アテナの実母である女神・ヘラが自分の娘を諫めたのであった。
女神・ヘラは、娘の無礼を天国に詫び、職人(ハンドヴェルガー)としての手腕を褒め湛えた。
傲慢なオリュンポス神族の中で、唯一、ヘラは人間の無限とも言える可能性を信じる、奇特な人物であった。
浮気を繰り返す夫の暴挙を笑って許す程、心の広い女神だった。
事は、それで一時収まったかに見えたが、師であるスルトルは、弟子の不始末を決して許さなかった。
破門を言い渡し、有無を言わせず、日本へと向かう船に天国を無理矢理乗せた。
これは後日知った話だったのだが、アテナは部下数名に命じて、自分を殺害しようと計画していたらしい。
それを逸早く知ったスルトルは、愛弟子を護る為に、敢えて「破門」という形で、生まれ故郷である日本へと帰したのだった。
日本へと帰された天国は、やはり刀鍛冶の道を忘れる事が出来なかった。
芦原の山奥に引きこもり、”神器”と”魔具”を造り続けた。
そんな天国の元に、陰陽寮長である菅原道真が訪れた。
息子がいる階へと到着したエレベーターから、降りる。
四方を屈強な男達に固められながら、幸太郎の思考は再び過去へと飛んだ。
珠代と出会ったのは、道真に導かれ、京の都を訪れた時であった。
女性の身でありながら、陰陽寮に在籍し、菅原道真の元で霊術を学んでいた。
新雪の如く、白い肌をした妖艶な美女だった。
今から思えば、既に道真によって異界の魔物達とまぐわい、魔力を生み出す貯蔵庫として作り変えられていたのかもしれない。
正直、哀れな女だったと思う。
天国は、珠代への淡い想いをひた隠しにした。
自分の様な刀工としての知識しか持たない朴念仁を、異性が相手にする事は無いと決めつけていた。
事実、そうであったし、当時は、ムスペルの長である巨人・スルトルの弟子であるという自負があった。
だが、そんなつまらない矜持が、道真に付け込まれる隙を生んだ。
珠代を使い、天国を篭絡しようとしたのである。
彼が持つ職人(ハンドヴェルガー)としての知識と技術を、道真は欲していた。
ある日、「歓迎の宴を催したい。」と、道真に誘われ、彼の邸宅へと招待された。
道真が魔導の研究を行う為に造った地下の隠し部屋。
堂内に炊かれた香の香りに正常な判断力を奪われた天国は、その異様とも取れる情景にすっかり釘付けにされていた。
人外の魔物達に犯される無数の女達。
しゃぶる音と喘ぎ、そして肉と肉を打つ音が室内を満たしている。
その中に、女術師である珠代もいた。
石畳の上に尻を掲げる形で這わされ、眼球の無い無数の手を持つ巨大な魔物に尻と口を犯されていた。
不気味な粘液に塗れた蟲が、珠代の膣と肛門を抉り、口には赤黒い性器が差し込まれている。
快楽に溺れているのは、一目で分った。
尻を振りたくり、頬を窄めて怪物の性器に舌を這わせている。
「さぁ、存分に楽しんで下さい。」
背後に立つ道真が、天国の背を押した。
ふらふらと覚束ない足取りで、天国は惚れた女の元へと向かう。
口を犯していた性器が「ずるり」と抜け、愛液と魔物が分泌する粘液でぐっしょりと濡れた性器を貫く。
女が絶叫を上げ、身体を反らせた。
そんな珠代の目の前に、天国が立ち止まる。
これは、何かの悪い夢だ。
尻を振りたくり、魔物から与えられる快楽を貪る女を見下ろしながら、天国は生唾を呑み込んだ。
珠代は、目の前に立つ天国の着物を寛(くつろ)げると、萎れて縮こまる陰茎を引きずり出し、繊細な指先で軽くしごく。
巧みな手淫に、項垂れていた陰茎は、すぐ鎌首を反り返らせた。
膣壁に与えられる快楽に喘ぎつつ、珠代は天国の男根を喉奥まで咥える。
すぐ亀頭まで戻し、また根元まで呑み下す。
敏感な溝に舌を這わせると、天国は堪らず呻き声を上げた。
”シュヴァルツバース”帰還後、瀕死の重傷を負った17代目・葛葉ライドウは、『新宿衛生病院』へと収容された。
この病院は、最新式の医療設備が整っており、優秀な魔導医を揃えている。
時季は、既に3月上旬。
12月後半辺りで、”壁内調査”を行ったから、実に四か月振りの外の世界となる。
院内のリハビリテーション室。
幾人かの入院患者に混じり、左眼に眼帯をした10代後半辺りの華奢な体躯をした少年が、歩行の訓練を受けている。
ライドウだった。
ジャック大佐が渡したフォルマ『ハイドロアップル』のお陰で、瘴気の影響で腐敗した体組織が再生し、壁外帰還後には意識を取り戻す事が出来た。
しかし、両足の腐敗が進行していた為、一月以上は、車椅子生活を余儀なくされていた。
手摺(てすり)に掴まり、全身汗で濡らしながら、階段の上り下りを行う。
常人ならば、後数か月は身体を動かす事すら叶わないのだが、持ち前の強靭な精神力故か、医師が驚く程の回復力であった。
訓練後、車椅子に乗ったライドウは、軽い散歩と称して『十二夜叉大将』の一人、猿飛・佐助と病院の外へと出た。
院内にある庭園には、桜の木が幾つか植わっており、見事な花を咲かせている。
「温暖化の影響で、例年より早く桜が咲いたんだってさ。」
近くの自販機で、無糖のブラックコーヒーを購入し、缶を悪魔使いへと渡す。
肩に黒い毛並みの蝙蝠を乗せたライドウは、軽く返事を返すと、素直に渡された缶を受け取った。
「”葛城の里”を想い出しちゃうね。 四郎の奴と一緒に良く花見したっけ。」
「・・・・・。」
「あ、御免、嫌な事想い出しちゃったね。」
「否、そうじゃない・・・・只、お前には申し訳ない事をしていると思ってる。」
手の中に納まる暖かい缶コーヒーへと、視線を落とす。
佐助にとって、前の本番(パートナー)であったクーフーリンこと四郎は、無二の親友と言って良い存在であった。
実の兄弟の様に育ち、時には喧嘩をして、切磋琢磨に大人へと成長した。
四郎は、敬愛する主の為、人間としての生き方を捨て、悪魔になる道を選んだが、それでも二人の関係は崩れる事は無かった。
「俺がもっと・・・・。」
「止めてよ、四年前にも言ったでしょ? アイツはアンタの為に戦って命を散らせたんだ。忍の俺様から言わせると、幸せな最期だったと思うよ。」
車椅子に座るライドウの目線まで屈み込むと、自分より一回り以上も小さい右手を取り、その手の甲に頬を寄せる。
皮膚の腐食が未だ完治されていない為、清潔な白い包帯が巻かれていた。
「ねぇ、もう気づいちゃっているんでしょ? 俺様の気持ち。」
「・・・・・。」
「アンタにあんな酷い真似しといて今更だとは思うけどさ・・・・好きなんだ。餓鬼の頃からずーっと・・・・・。」
「・・・・・俺は、お前達の気持ちに応える術を知らない。」
佐助や四郎が自分に向ける愛情を、どう受け止めて良いのか分からず戸惑う。
今の番であるダンテが自分に向ける「愛」は、彼等とは明らかに質が違い、ライドウを束縛し、服従させる傲慢極まりない代物だ。
『十二夜叉大将』の長であり、己の情夫である骸と本質的には似ている。
「おっと、これ以上やったら旦那に殺されちゃうね。」
佐助は、ライドウの手を離し、立ち上がる。
そして、桜の大樹の方へと視線を向けた。
「後は旦那に任せて俺様は帰るよ。 リハビリ頑張ってね。」
短く、それだけ伝えると、赤毛の忍はライドウに背を向け、院内の出入り口へと向かってしまう。
後に残されるライドウ。
肩に乗るアラストルの唸り声に、桜の大樹の陰へと視線を向ける。
大樹の陰から、ボアの付いた渋い茶のアウタージャケットと、ジーンズに革のブーツを履く、見事な銀髪の青年が姿を現した。
本番(パートナー)のダンテだ。
現世に帰還後、ライドウの懇願もあり、釈放されたダンテは、一時、師がいる帝国議事堂地下へと戻っていた。
数歩離れた位置で、暫し無言で見つめ合う。
「本当なら、アンタの前にのこのこ姿を現す資格なんてねぇんだろうな。」
威嚇するアラストルを無視し、ライドウが座る車椅子の傍らへと歩み寄る。
やせ細り、一回り小さくなった主人。
順調に回復しているとは聞いたものの、実際、会ってみると、自分が如何に彼に対して酷い行いをしたか否が応でも分かる。
左眼に眼帯を巻き、病衣の隙間から白い包帯が覗く。
腐敗し、変色した肌を隠す為だった。
「番の資格を返上したいと師父に告げたら、しこたま殴られたよ。」
手を伸ばし、一部、白髪かした髪に触れる。
良く見ると、ダンテの唇の端が切れて血を滲ませていた。
どんなに殴られても、悪魔特有の優れた再生能力ですぐさま完治してしまう。
未だに怪我が治り切れていないという事は、半死半生になるまで折檻を受けたに違いない。
「すまねぇ・・・・また、アンタを傷つけちまった。」
「違う、お前のせいじゃない。」
今にも銀髪の大男へと噛みつきそうな蝙蝠を手で制し、ライドウは改めて男を見上げる。
気高い志と矜持を持つ黒曜石の隻眼。
どんな境遇に陥っても、決して折れないその強さに、ダンテは改めて悪魔使いへの想いを自覚する。
「俺がもっとお前を信頼するべきだった・・・そうすれば、違った結果を残せた筈だ。」
地母神・スカディの実力は、ライドウの想像を遥かに超えていた。
アモンの力を使用しなければ、被害は更に拡大していただろう。
ライドウが、ダンテを信じ、何時も通りにサポートに徹していれば、アモンが暴走する事も、機動班への被害も無かったかもしれない。
「謝らないでくれよ・・・俺の立場がねぇ。」
ダンテは、苦笑を浮かべると、ライドウと同じ視線の高さまで身を屈める。
躊躇う指先が、悪魔使いの頬へと触れた。
”新宿区・百人町エリア”。
『八部連合阿修羅会』が所有する発電施設の地下三階。
そこに、阿修羅会の会長であるタヤマが、巨大な発電炉を前に佇んでいた。
『どうした? 何をそんなに恐れている。』
頭の中に直接響く、何者かの声。
己が契約している最上級悪魔(グレーター・デーモン)、牛頭天王である。
阿修羅会の先代会長から契約を引き継ぎ、”新宿区”の復興と発展を目指して今日まで働いて来た。
元魔導医である直子や部下である若頭候補のケン達に支えられてきたとはいえ、此処まで来れたのは一重に己の実力であると、自負している。
しかし、そんな矜持を先日、『エルバの民』首領である狭間・偉出夫に粉々に砕かれた。
自分が如何に矮小(わいしょう)で、臆病であるかを思い知らされた。
あの時、直子が助けに入ってくれなければ、偉出夫に嬲り殺しにされていただろう。
『狭間・偉出夫とかいう小僧が恐ろしいか? 』
「・・・・・っ! 」
牛頭天王に心を読まれ、弾かれた様に顔を上げる。
『ふん、図星か。』
「・・・・・。」
『安心しろ、ワシがいる限り、あんな小僧の好き勝手にはさせぬ。』
「・・・・・分かっている。」
牛頭天王の力は、身に染みて理解している。
この土着神が”新宿区”に根を張っているお陰で、天津神は未だこの土地に手を出せないでいる。
オマケに、新宿区を流れる龍脈を吸収し、牛頭天王の力は増大しているのだ。
いくら『絶対者』とはいえ、今の牛頭天王を倒す力があの若造にあるとは到底思えない。
その時、タヤマがいる圧力制御室に何者かが入って来た。
霊的国防兵器の一体、コウガ・サブロウだった。
「俺に何か用か? 」
嫌悪感も露わに、サブロウが腕組みして数歩離れた位置に立つタヤマを睨み付ける。
正直、言ってこの男は嫌いだ。
少々、頭が回る一介のチンピラでしかないくせに、生みの親である直子を虐げ、移民の子供達を”牛頭天王に捧げる餌”にしている。
「もうすぐ戦争が起きる。」
タヤマは、徐(おもむろ)に口を開くと、これまでの経緯をサブロウに説明した。
最近、魔導師ギルドに加盟した『エルバの民』という秘密結社(フリーメーソン)が、この土地を狙っている事。
カミロが、『阿修羅会』を裏切り、出奔(しゅっぽん)した事。
そして最後に、若頭候補であるケンを破門にした事まで告げた。
「で? 俺にどうしろと? 」
「お前は、テンカイに次ぐ実力者だ。 奴の代わりに我々”阿修羅会”の実働部隊として働いて貰う。」
「ハッ、冗談だろ? 」
タヤマの予想外の言葉に、サブロウは大袈裟に肩を竦める。
若頭候補であるケンは、実は自分達と同じ、直子が生み出した造魔だ。
13体の国防兵器の中でも、テンカイは膨大な魔力と剣術の才を有しており、先代『阿修羅会』会長から色々と目を掛けられていた。
「先代なら兎も角、てめぇみたいな外道に手を貸す気は一切ねぇよ。」
「そうか・・・・なら仕方ない。」
そう応えたのは、タヤマではなくその背後に立つ土着神・牛頭天王だった。
タヤマの背後の空間が歪み、そこから無数の触手が伸びる。
突然の出来事に、サブロウは対処が遅れ、まだら模様の触手に絡め捕られてしまった。
『お前も、この男と同じくワシの一部となるが良い。』
「・・・・・っ!!」
己の身体へと突き立てられる不気味な触手の群れ。
体内に、牛頭天王の瘴気が入り込み、サブロウの思考を喰い尽くす。
最期に見た光景は、不気味に光るタヤマの両眼と、その背後に立つ土着神の醜悪な姿であった。
久し振りの投稿です。