コウガサブロウ・・・・第二次世界大戦で組織『クズノハ』が生み出した人造の悪魔。
9体製造されたが、『シュバルツバース破壊計画』により、殆どが失われ、現在はコウガサブロウを含めて4体しか存在しない。
現在は、危険区域に指定されている”新宿区”で、八部連合阿修羅会の下で活動している。
オモイカネ・・・ コウガサブロウと同じ『霊的国防兵器』
東京都に23ある特別区の一つ、新宿区。
甲州街道の宿場町として栄えた新宿は、現代に至ると三大副都心の一角として数えられる様になった。
しかし、10数年前に起こった第二次関東大震災が、新宿区を破壊。
多くの死傷者を出し、見るも無惨な姿へと変えてしまう。
挙句、東京湾一帯に発生した『異界の大穴』から、大量の悪魔が出現し、新宿区を地獄の世界へと変えた。
こうして、かつて産業都市として栄えた新宿は、大量の悪魔が住み着く危険地帯へと変貌したのである。
コウガサブロウは、退屈した様子で眼下で行われている乱痴気騒ぎを見物していた。
肉付きの良い20代後半らしき女性を、二人の男が前後に挟んで嬲りモノにしていた。
男達の趣味なのか、Tシャツを胸の辺りまで捲り上げ、剥き出しの大きな尻と口に肉塊を咥えさせている。
男達が腰を振る度に、肉がたっぷりとついた女の尻と豊満な乳房が波打ち、肉塊で塞がった女の口からくぐもった呻き声が漏れた。
「ケダモノだよな・・・・新宿(此処)じゃ、人間も悪魔も大した違いなんて無い。」
理性を失い、本能のままに性交を行う人間達を眺め、サブロウは深い溜息を吐きだす。
女は、日本に密入国をした不法滞在者であった。
一攫千金の夢を見て、親類縁者から多額の借金をしてこの『黄金都市』に来たのである。
しかし、当然の如く現実はそれ程甘く無く、密入国を斡旋するブローカー犯罪者に騙され、売春婦へと身を堕とした。
「じきにイクからな・・・・全部飲むんだぞ? 」
絶頂が近いのか、口に肉塊を咥えさせている男が、苦悶の表情を浮かべる女の顔を揺する。
女は、酷い暴行を受けているにも拘わらず、快楽で顔を上気させ、何度も頷いていた。
背後で腰を振りたくっているもう一人の男も、快楽ですっかり蕩(とろ)けた女の反応に満足し、腕を伸ばして激しく揺れる大きな乳房を揉む。
感じているのか、乳首は硬く勃起していた。
「あー、またこんな所で、仕事サボってる。」
サブロウの背後から、大分間延びした声が掛けられた。
振り返ると、身の丈程もある木製の杖を持った、枯れ枝の如く細い体躯をした異形の怪物が屋上の出入り口を背に立っている。
人間の手によって生み出された『霊的国防兵器』の一体、”オモイカネ”だ。
「サボってねぇよ・・・アイツ等に見張りを頼まれたんだ。」
退屈そうに背を伸ばすと、サブロウは同胞にそう応える。
アイツ等とは、サブロウ達がいる廃ビルの下で性行為に没頭している二人組の事であった。
彼等は、新宿区を支配している”八部連合阿修羅会”に在籍する『悪魔狩人(デビルハント)』達であった。
贔屓(ひいき)にしている売春宿から、珍しく人間の女を購入出来た為、住処に帰るまで我慢出来ず、薄汚れた裏路地で事に及んだのである。
「おお・・・・・い、いぐぅ。」
口に含ませている男が、身体を仰け反らせ、女の口腔に白濁の汁を吐き出す。
客の要望通り、売春婦は喉を鳴らして生臭い液体を飲み干した。
「おい、コッチ向け、ご褒美くれてやるからよ。」
相棒がイッたのを確認した尻を抱えているもう一人が、胸元のポケットから、白と黒の二色に分かれた錠剤を取り出した。
新宿区一帯に出回っている魔薬『ゼブラ』である。
赤茶けた女の髪を鷲掴みにすると、無理矢理相棒の股間から引き剥がした。
尿道に残った精液を吸い出していた女の口が、スポンっと音をさせて離れる。
白い粘液に塗(まみ)れた売春婦の口に錠剤を押し込むと、嬉しそうに舌の上に乗せて呑み込んだ。
魔薬『ゼブラ』は、強い活力効果を持つだけではなく、催淫剤としても売春婦の間で使用されている。
違法な風俗店が、海外から密入国してきた女達を縛るのに使うのだ。
依存性が強く、古くから出回っている覚せい剤や大麻と違い、精神障害等の弊害は無いが、強い空腹感を感じる。
しかし、食事等を求める事が無く、只『ゼブラ』だけを異常に欲しがるのだ。
薬を胃の腑に落とすと、忽(たちま)ち効果を表した。
息が荒くなり、肉棒を咥え込んでいる性器から夥しい量の愛液が滴り落ちる。
理想的な膣の締め付けに、男は更に興奮すると、壁に両手を付かせ、片足を持ち上げ、まるで犬が小便する様な恰好にした。
激しく腰を叩きつけると、結合した箇所から女の分泌した体液が飛び散る。
獣の様な女の喘ぎ声に触発されたのか、アロハシャツの相棒が、激しく揺れ動く豊満な乳房を片手で揉みしだきながら、もう一方の手を結合している秘所へと滑らせた。
指で硬く勃起した陰核を刺激され、女があっさりと絶頂を迎える。
激しく痙攣する女の身体。
キツイ膣の収縮に腰を叩きつけていた白シャツの男が呻き、尻を震わせ射精する。
裏路地に木霊する激しい吐息。
漸く解放された女が地面に頽(くずお)れる。
「気に入ったぜ・・・もう一回だ。」
俯せに倒れ、粗い吐息を繰り返す女体の腹に手を回し、アロハシャツの男が仰向けに倒した。
汗と泥で汚れる豊満な乳房の間に、萎れた肉棒を置く。
「para ya(もう、やめて・・・。)」
スペイン語で懇願する女の頬を、アロハシャツの男が平手で容赦なく叩く。
二発やられて女は、仕方なく従った。
逆らえば殺される。
売春婦の命等、紙よりも軽い。
萎れた肉棒を両乳房で挟み、自らの手で揉みしだきながら、亀頭を舌と歯で刺激する。
精一杯のテクニックを使って奉仕する女に満足したのか、アロハシャツの男は自ら腰を振り始めた。
「おい、そこら辺で止めておいたらどうだ? 」
そんな男達の背に、呆れた様子でサブロウが声を掛けた。
乱痴気騒ぎが起きて1時間。
もういい加減見飽きた。
「なんだぁ? 木偶人形の分際で、人間様を指図し様ってのかぁ? 」
女の上に跨ったアロハシャツの男が、腰を振りつつ異形の怪物を睨み付ける。
いくら『霊的国防兵器』とはいえ、彼等にとってサブロウ達は、媚び諂(へつら)う使い魔達とさして変わりはない。
「ボスの所に帰らないと、ドヤされるのはアンタ等だと思うが? 」
サブロウが大袈裟に肩を竦(すく)めて見せる。
確かにサブロウの言う通りであった。
シマを荒らしていた悪魔共から採取した大量のマグネタイトを、若頭候補のケンに上納しなければ、後でどんな仕置きが待っているか分からない。
「確かにその通りだな・・・・。」
白シャツの男が右脇に収まるガンホルスターから、44オートマグを抜き放つと、何の躊躇いも無く女の頭を撃ち抜く。
ザクロの如く爆ぜ割れる頭。
血と髄液が飛び散り、アロハシャツの男が声を荒げる。
「おい! 勿体ねぇ真似すんじゃねぇよ! 」
新宿区にある違法売春宿で、まともな人間の女を買えるのは滅多に無い。
殆どが、人間と悪魔の混血児か、下級悪魔のゲテモノばかりだ。
「馬鹿、良く見ろ。 その女、オーバードーズしてやがるぞ。」
「え?マジかよ。」
相棒に指摘され、改めて組み敷いている女の亡骸を見下ろす。
既に物言わぬ肉の塊となった売春婦は、口が耳まで裂け、肌には爬虫類独特な鱗が生えていた。
『ゼブラ』を過剰に摂取した為、肉体が変質化してしまったのである。
「俺達が餌をくれてやる前から、どっかでしこたま”ゼブラ”をキメていたらしいな。」
「くっそ、あの婆ぁ。」
事に及ぶ前から、女は異常に興奮していた。
何か催淫作用がある薬でも使っているのかと、勘違いしていた。
アロハシャツの男は、悪態を吐くと、投げ捨ててあったズボンを拾い上げる。
魔薬『ゼブラ』の厄介な所は、過剰摂取すると肉体が悪魔へと変質してしまうことだ。
開発当初は、食人欲求まで強くなり、とても市場に出せる代物ではなかった。
最近、魔導師ギルドに加入した秘密結社(フリーメーソン)が、”ゼブラ”を改良し、肉体の変質化と食人欲求を抑える事に成功し、商品として売り出すところまで漕(こ)ぎ着けた。
「じゃ、後片付け頼むわ。」
白シャツの男は、気安くサブロウの肩を叩くと、本部がある新宿御苑へと向かう。
身支度を整え、去っていく二人の姿を、サブロウとオモイカネは何とも言えない表情で見送った。
東京都を流れる一級河川・・・・神田川。
東京都三鷹市井之頭恩賜公園内(おんしこうえん)にある井之頭池に源を発し、東へと流れるその大きな川に、サブロウとオモイカネはいた。
綺麗に整えた女の亡骸に、下位魔法の”アギ”を唱える。
蒼白い炎を上げ燃える女の遺体。
オモイカネが手を合わせ、唱え言を口内で小さく呟く。
彼等は神道を基本とする悪魔なので、死を悼む特別な言葉を知らない。
なので、神社に参拝する時等に唱える「祓え給え、清め給え・・・・。」という唱え言葉を呟き続ける。
「そんなモンに意味とかあるのかよ? 」
「意味は無いよ・・・でも、誰かがこの人の死を悼(いた)んであげないと可哀想だろ?」
甘い夢を見て、『黄金郷』へと辿り着き、信じた相手に裏切られ、こんな地獄の様な場所で虫けらの如く死んでいく。
冷酷で残忍極まる所業は、この新宿区では当たり前の様に起こっている。
目の前に座る都庁勤務の女性職員は、かなり戸惑っている様子であった。
無理もない。
相手は、自分の息子とあまり年齢が変わらないぐらいの男子高校生が二名。
そのすぐ隣には、保護者らしき20代前半の女性もいるが、とても『悪魔狩人(デビルハント)』には見えない。
「話難いのであれば、場所を変えますよ? 」
中々、本題に入らない眼鏡の女性に、鋼牙が何時もの営業スマイルで提案する。
時刻は既に7時を軽く回っている。
夕食時間帯なのか、ピースダイナーの店内は、かなり混雑していた。
「いいえ、此処の方が、私としては都合が良いから、構わないわ。」
眼鏡の女性‐ 雨宮・知子は、意を決すると、言葉を選びつつ仕事の詳細を話始めた。
現在、知子が所属する東京都都市整備局は、非常に困った立場に立たされていた。
理由は、一か月前に起こった『クリフォトの魔界樹』事件にある。
世田谷区と矢来区で起こった大規模な悪魔によるパンデミックにより、死者数百名という未曽有の大災害が起こった。
行方不明者の人数と合わせると、更にその倍は軽くいく。
政府の依頼により、知子達はすぐに復興作業に取り掛かったのだが、いくら壊された交通機関を治し、家族や家を失った市民達をケアしても根本的な解決には至っていなかった。
「つまり、雨宮さんは、かつて帝都を守護していた四神の護りを復活させたいのですね?」
「ええ・・・上司には”誇大妄想”だと馬鹿にされたけど・・・。」
日本という小さな島国は、龍脈が重なり合う大変危険な場所に存在している。
頻繁に地震が起こり、地盤の弱い地域は簡単に家屋が倒壊し、年毎に多くの犠牲者を出していた。
時の為政者達は、危機感を募らせ、結果、龍脈を鎮める為に東アジア・中華文明圏に伝わる呪法を取り入れたのである。
それが、大地の四方を司る守護聖獣の力で、龍脈をコントロールする『四神相応』であった。
「四神相応が復活すれば、悪魔の活動を抑える事が出来る。世田谷と矢来区の悲劇を繰り返す事が無くなるわ。」
「凄ぇな・・・でも、何で国は”四神相応”ってのを復活させないんだ? 」
知子の言葉が事実なら、クリフォトの魔界樹の侵攻を遅らせ、悪魔の発生を防ぐ事が出来る。
「”四神相応”を復活させるには、莫大な資金が必要になるわ・・・・それと、もう一つ、これが非常に厄介なんだけど・・・・。」
10数年前に起こった第二次関東大震災により、地脈をコントロールしていた四神相応の結界が意図も容易く破壊された。
修復する為には、莫大な公費が必要になるのは勿論だが、その前に、塞がれた地脈を元の正常な状態に戻さなければならない。
「危険区域に指定されている”新宿区”の塞がれた地脈をどうにかするしかない・・・そうだよね? 雨宮教授。」
突然、頭上から降り注ぐ上司・・・・重沼の声に、俯いていた知子が驚いて顔を上げる。
「しゅ、主任・・・・どうして? 」
「小林君から、君の様子がおかしいと聞いたんでね。 悪いと思ったが調べさせて貰った。」
鋼牙達が座る席の前に、一人の50代半ばぐらいと思われる紺色の背広を着た白髪交じりの男性が立っていた。
学生時代は、柔道を嗜んでおり、がっしりとした体躯をしている。
「鋼牙君、久しぶりだね? 御婆様は元気にしているかな? 」
「はい、定期的に連絡を寄越せと煩いぐらいです。」
無遠慮に部下の隣に座る男の言葉に、黒縁眼鏡の少年が、慇懃無礼に応える。
「おい、知り合いなのかよ? 」
あまりの急展開に、正直ついていけない。
ネロが、右隣に座る『探偵部・部長』に小声で問い掛けると、黒縁眼鏡の少年は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「市街地建築部の責任者様だよ。 元国土交通省の大臣を務めていた。」
「え?大臣?? 」
鋼牙の何気ない言葉に、ネロは驚くと改めて胡麻塩頭の男を見つめる。
まさか、こんな所で、国のトップの一人と出会うとは思わなかった。
「ははっ、もう5年以上も前の話だよ。 今は、しがない都庁職員だ。」
「・・・・・。」
重沼の登場に、ニコは内心舌打ちすると、突然座っていた席から立ち上がった。
「そんじゃ、アタシはここら辺で帰らせて貰うよ。明日も早くから仕事なんだ。」
「ニコ姐。」
飲み掛けのバナナシェイクを片手に、鋼牙の呼びかけを無視して店外へと出て行ってしまう。
重沼を見て、自分の大事な義理父を殺害した奥原警視長を想い出したらしい。
奥原と重沼は、完全に立場も役割も違う。
しかし、日本政府に従属する人間である事に変わりは無い。
暫しの沈黙。
「主任が何を仰りたいのか分かります・・・でも、私は・・・。」
「八部連合阿修羅会に関わるのは断固許さん。 雨宮教授、君は東京都都市整備局にとって必要な人材なんだ。」
「私の命より、国民全体の命が大事です! 」
最早我慢の限界と、知子が思わず声を荒げる。
感情のまま立ち上がり、何処までも冷静な重沼を怒りの眼差しで見下ろす。
「あ、雨宮さん、お願いですから落ち着いて下さい。」
いくら混雑しているとはいえ、いきなり大声を出せば、否応なく目立ってしまう。
窘める鋼牙の言葉に、知子は漸く平常心を取り戻すと、顔を真っ赤にして、渋々と席に座った。
「君の気持も分からんでもない・・・あの事件で多くの人命が失われた。私の知り合いの身内も、クリフォトから発生した悪魔に襲われ亡くなったよ。」
顔から湯気が出る程、恥ずかしがる部下を一瞥し、重沼がぽつりと呟く。
あの事件とは、勿論”クリフォトの魔界樹”から発生した悪魔による大規模なパンデミックの事である。
重沼の友人の義理の妹が世田谷区に在住しており、そこで幼い姪と一緒に巻き込まれ、無惨な最期を迎えた。
「な、なぁ? 八部連合阿修羅会って一体何だよ? 」
聞き慣れない組織の名前に興味を持ったネロが、隣に座る鋼牙に小声で話し掛ける。
「新宿区を中心に活動している指定暴力団の事さ、少年。」
ネロの素朴な疑問に応えたのは、隣に座る探偵部の仲間ではなく、真後ろの座席に座る客であった。
驚いて振り返ると、黒に近い濃色 な肌を持つ10代後半辺りの青年と視線が合う。
黒のドレッドヘアを頭頂部で一纏めにしており、初対面である筈のネロに向かって、気さくに手を振っていた。
声も無く此方を凝視する銀髪の少年に、黒人青年は忽ち不機嫌になった。
「おい、俺の事忘れちまったのかよ? お前の姉ちゃんの入院とか、住むところとか、色々面倒見てやっただろうが。」
「え?も、もしかして・・・・まさか・・・嘘だよな? 」
自然と、真後ろの席に座る黒人青年と、フォルトゥナ公国で出会った気の良い悪魔の姿が重なる。
「そうだよ、ドルイド族の上級戦士、ボーグ様だよ。 まぁ、こんな見てくれだから分からないのも無理ねぇけど。」
ボーグは、妖鬼・ベルセルク族の一人だ。
三部族の一つ、ドルイド族出身で、CSI(超常現象管轄局)の一人として、NY支部で活動している。
ボーグ曰く、この身体はアバター体であり、この姿で人間社会に溶け込み、生活しているのだという。
「俺は、ミスター・重沼の依頼で、新宿区を調べているんだ。」
ネロ達の座っている席に移動したボーグが、注文した肉厚の照り焼きバーガーを齧りつつ、そう説明した。
国土交通省時代から、重沼はCSI・NY支部の責任者であるケビン・ブラウンと昵懇(じっこん)にしている。
重沼主任は、知子よりも早く”四神相応”に目を付け、壊された龍脈を何とかしようと、危険地帯と化した新宿区を独自に調べていたのであった。
「し・・・・室長、私・・・・。」
「君に話さなかったのは、阿修羅会の会長・タヤマが危険な男だったからだ。 君にもしもの事があったら、小森都知事に合わせる顔が無い。」
現都知事に就任している小森・恵子都知事は、知子の大学時代の先輩だ。
地震研究学者として博士号を持ち、今も、帝都大学で教鞭に立っている知子を、小森知事は気に入り、色々と目を掛けている。
それに、豊富な工学系の知識を持つ知子のお陰で、今も尚、復興作業は滞りなく行われていた。
「こんな事に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。」
重沼は、改めて鋼牙達の方を振り返ると、深く頭を下げた。
「重沼さんのせいじゃないですよ? 」
自分よりも一回りも二回りも年上な男性に頭を下げられ、鋼牙は思わず恐縮する。
「本当なら、正式に”クズノハ”に依頼するべきなのだが、都庁内部にもタヤマの息が掛かった人間が多数存在する。我々が下手に動けば、すぐに情報が奴に流れてしまうのだ。」
タヤマという男は、元は広域指定暴力団、天堂組のチンピラであった。
大学出のエリートヤクザで、恐喝や賭博、覚醒剤や売春で金を稼いでいる一般ヤクザと違い、幾つか会社を起業し、莫大な利益を稼いでいた。
しかし、昔気質の組長である天山を内心馬鹿にしており、10数年前に起こった”第二次関東大震災”の騒ぎに乗じて、無法地帯となった新宿区を掌握。
天堂組から離れ、無作為にばら撒かれた『悪魔召喚プログラム』を利用し、”シュバルツバース”の大穴から発生した悪魔を使役し、軍隊を造り出した。
「何処で手に入れたか知らないが、奴は”霊的国防兵器”を使って好き放題暴れてる。まぁ、そのお陰か知らんが、新宿区の悪魔が外に出る危険は今のところ無いんだけどさ。」
ボーグは、望遠レンズで撮影されたと思われる一枚の写真をテーブルに置いた。
そこには、如何にも神経質そうな濃いサングラスを掛けた40代半ばの男性が映し出されていた。
恐らく、この男が重沼やボーグが言っている、タヤマなのだろう。
「霊的国防兵器? 」
聞き慣れない単語に、ネロは訝し気に問いかける。
「第二次世界大戦中に、”クズノハ”に属する術師達が創り出した造魔達だよ。国を霊的な側面で護る為に、帝国陸軍の依頼で生み出したらしい。」
鋼牙の説明によると、”霊的国防兵器”なる人造の悪魔は、計9体存在していたが、10数年前に起こった『シュバルツバース破壊計画』で半数以上が機能停止となった。
「どんなやり口を使ったんだか、タヤマの野郎は、生き残った国防兵器を手に入れて、新宿区の悪魔共を駆逐している。」
何を企んでいるのか知らないが、タヤマという男は、国防兵器を新宿区支配にだけ使い、それ以上の動きを全く見せてはいない。
恐らく、彼も帝国議事堂地下深くに住む、『人喰い龍』を恐れているのかもしれない。
「話は大体理解出来ました・・・・つまり、僕達に新宿区の龍脈を解放して欲しい、という訳なのですね。」
「ああ、無理なのは重々承知している。」
断られるのは覚悟の上だ。
いくら”クズノハ”暗部に所属する剣士とはいえ、相手は年端もいかない子供達なのだ。
タヤマの様な化け物を相手に戦え等、とても正気の沙汰とはいえない。
「面白そうじゃん、俺はやるぜ。」
「ネロ・・・・。」
『クリフォトの魔界樹』事件では、存分に暴れられず、消化不良のままだ。
そんな状態で舞い込んだ如何にもヤバそうな仕事の依頼。
受けないのは馬鹿を見る、というネロに反し、鋼牙は何処までも慎重だった。
「駄目だ、この依頼は僕達には重すぎる。」
「何でだよ? 俺達三人がいれば楽勝じゃねぇか。」
「三人じゃない、明は今、”シュバルツバース”で調査しているから、此処には暫く戻って来れないんだよ。」
「は? 何だってぇ? 」
寝耳に水、とは正にこの事だった。
超巨大有人探索艦―レッドスプライト号。
ブリーフィングルームで、艦長兼調査隊隊長、ゴア・アトキンスとのミーティングを終えた調査隊員達は、各々持ち場へと去っていく。
皮の肩当と防具を装着した17代目・葛葉ライドウは、目的地であるセクター・デルファイナスに到着するまで、自室で軽く休憩を取ろうとブリーフィングルームを後にした。
窓など全く無い、無機質な鉄の廊下。
「ライドウ、元気出しなよ? ダンテの奴なら大丈夫だって。」
暗い表情で、自室へと向かう悪魔使いに、仲魔のハイピクシー・・・マベルが声を掛けた。
今から一月前、帝国議事堂地下で目を覚ましたライドウは、そこにいる筈が無い男の存在に顔を真っ青にした。
上掛けを身体に掛け、男の突き刺さる様な視線から逃れる。
「確か、君は私からナナシを奪い取りたいんだったな?」
情夫、骸の皮肉を多分に含んだ言葉。
長い付き合いから、情夫の骸が楽しんでいる事が理解出来る。
「もし、此処まで来て、私に一太刀浴びせる事が叶ったら・・・・ナナシの中にいる蟲を取り除き、君に渡そう。」
中庭へと続く階段に座った骸が、射殺さんばかりに此方を睨みつけている銀髪の大男を手招く。
駄目だ!殺される!
危険を知らせる警笛がけたたましく鳴り、ライドウが無意識に上掛けを羽織り、銀髪の魔狩人の元へと飛び出そうとする。
刹那、目の前に鮮血が飛び散った。
大型拳銃‐アイボリーを握ったダンテの腕が、肘の所から綺麗に切断される。
「ダンテ!! 」
苦鳴を上げ、斬り落とされた腕を抑えて蹲る銀髪の大男。
真っ赤な鮮血が、玉砂利を汚していく。
「どうした? まだ右腕が落ちただけだぞ? 」
紅を引いた様な唇が、弧の形を作る。
ダンテから少し離れた位置に立つ、金色に髪を染めたサングラスの男が、ニヤニヤと嫌らしく笑って惨劇を楽しんでいた。
「ぐ・・・・ぐぅうっ!! 」
右腕を斬り落とされた激痛に、最早言葉の出ないダンテ。
しかし、その蒼い双眸に怒りの炎が消える事は無かった。
背負った大剣『リベリオン』を抜き放ち、持ち前の胆力で立ち上がる。
が、その両太腿から夥しい量の血が噴き出した。
不可視の刃が、ダンテの太腿を深く斬り裂いたのだ。
銀髪の魔狩人が、無様に地へと倒れる。
衝撃で、大剣が手から離れた。
「・・・・・どうした・・・私の心臓は此処だぞ? 」
座っていた階段から立ち上がり、黒髪の美丈夫が中庭へと降りる。
炯々と光る紅玉の瞳。
自分を見下ろす絶世の美青年に、ダンテは尚もにじり寄る。
斬り裂かれた両太腿と、肘から消失した右腕から、絶え間なく激痛が走る。
しかし、止まらない。
否、止まる事等出来ない。
あの白い喉笛に喰らいついて、肉を引き千切ってやる。
「もう良い! もう止めてくれ! 」
上掛けを羽織った状態で、ライドウは中庭へと飛び降りる。
獣の様な唸り声を上げる仮番(かりつがい)の元へと走り寄ると、血塗れたその身体へと抱き着いた。
「ダンテ! もう止めろ! これ以上は無理だ! 」
涙を流し、必死で男を止める。
もう、隠す事等出来なかった。
自分は、ダンテを愛している。
ヨハンに対する不義だと重々承知ではあるが、この熱い想いを止める事は出来ない。
そんな愛人の姿を黙って眺める骸。
脳裏に、遠い彼方に消え去った忌まわしい記憶が蘇る。
『お願い兄様! ルーシーを殺さないで! 』
涙に濡れる幼い少年が、全身を血で染めた男を庇い、必死に懇願する。
男は、セラフの天使長であった。
愚かにも、天津神の一柱である骸に歯向かい、所有物となった冥府の王を解放しろと言って来た。
なので、当然の如く制裁を加えた。
美しい6枚の翼は全て斬り裂かれ、両手足も同様に夥しい量の血を流している。
「あー、立て込んでいるとこ申し訳あらへんのですがな?大将。」
能面の如く感情を無くし、血塗れの男を庇う愛人の姿を見下ろしていた骸の耳に、無遠慮な男の声が聞こえた。
何時の間にそこに立っていたのか、ライドウとダンテの前に、金色に髪を染めたサングラスの男‐ 四神の一柱、玄武がいた。
右手に阿修羅と文字が彫られた木刀を持ち、口元に皮肉な笑みを浮かべている。
「無礼を承知で言いますが・・・この男、ワイがもろてもええですか? 」
「げ、玄武? 」
現番(パートナー)の言葉に、涙に濡れていた右の隻眼を見開く。
「今はまだ使い物にならん駄犬です。 せやかて、この男には光るモンがある。」
大量の血液を失い、ぐったりとライドウの腕の中で意識を消失させている銀髪の大男を玄武は一瞥する。
利き腕を斬り落とされ、両足を斬り裂かれても尚、失わぬ闘争心に、玄武の悪戯心が刺激されたのだ。
「ワイの所で教育させて下さい。 大将の迷惑にはなりまへんから。」
嘘と分かる方便を、玄武は平然とした様子で吐き出す。
暫しの間、無言で部下を眺めていた骸は、炯々と光る双眸を閉じ、あっさりとライドウ達に背を向ける。
「良いだろう・・・・好きにするが良い。」
階段を上り、寝所へと入ると襖を閉めてしまう。
了承の合図と受け取った玄武は、恭しく主がいる寝所に一礼すると、地面に座り込んで此方を見上げているライドウを振り返った。
そして一月後、ライドウは”シュバルツバース”の調査隊へと招集される。
あの一件以降、ダンテは一度も成城にある葛葉邸に戻ってはいない。
今も、帝国議事堂の地下にある『ニライカナイ』で、玄武による厳しい指導を受けているのかもしれない。
「・・・・・っ! 」
小さな妖精を肩に乗せ、物思いに耽るライドウの視線の先に、見知った人物が壁に背を預ける形で立っていた。
『クリフォトの魔界樹』事件以降、一度も顔を見せていない愛息子の遠野・明だった。
ライドウ同様、特殊な呪式が組まれた防具を身に着けている。
長い前髪から覗く鋭い双眸が、義理の父親であるライドウを見つめていた。
慣れないエロ描写は難しいです。