オモイカネ・・・・コウガサブロウと同じ『霊的国防兵器』の一体。
植物を操る事が出来る。
性格は、温和で争いを好まない優しい性格。
直子が務めている高級娼婦館で用心棒として働いている。
セクター・デルファイナス
一面、廃棄物の山だらけのこの場所は、人間が今迄犯して来た罪を体現してるかの様な世界だった。
数名の調査隊員達を引き連れ、顔を呪術帯で覆った17代目・葛葉ライドウが『レッドスプライト号』から降りる。
唯一、露わになっている右眼が、最新型のデモニカスーツを装着している愛息子を捉えた。
明曰く、ある事情で調査任務に従事する事が出来ない玄武の代わりとして、今回の作戦に特別参加した。
”シュバルツバース”内の任務期間は一週間。
その間、ライドウの番代理として、戦闘補佐をする様に、上司である骸から命じられている。
「このエリアを支配している魔王・アスラは、精神攻撃を得意としている。MK型治療器を装備し、発症したら必ず使用する事。」
ブリーフィングルームにいるゴア隊長から、無線が入る。
ライドウ程の術師なら、並みの精神汚染ならものともしないが、免疫が無い隊員達はそうもいかない。
皆、アーヴィン博士率いる技術班が創り出した『MK治療器』を装備していた。
「アトキンス大佐、俺はアスラ王がいる中央エリアに向かう、隊員達は、決して近づかない様に指示を出してくれ。」
「・・・・っ、土佐守殿がいないのに、独りでは無茶だ。」
たった一人で、デルファイナスを支配しているアスラ王の首を取りに行くらしい。
ライドウの無謀とも言える言葉に、ゴア隊長の顔色が真っ青になる。
「心配は無用だ。 仮番もちゃんといるし、それに・・・・。」
ライドウの唯一覗く右の隻眼が、少し離れた位置に立つ、愛息子へと向けられる。
「心強い助っ人もいるからな。」
「17代目・・・・・。」
こうなったら、最早誰もライドウを止められる人間はいない。
確かに、精神汚染の元凶であるアスラ王を討つ事が出来れば、セクター・デルファイナスの調査も格段に上がるだろう。
しかし、相手は魔王。
そう簡単に事が運ばないのは、ライドウとて百も承知の筈だ。
「分かった。 但し、ニュートンは連れて行ってくれ。きっと貴方の役に立つ筈だ。」
ニュートンとは、悪魔の遺伝子と動物の遺伝子を掛け合わせる事で生まれたデザイナー・ドッグである。
アーヴィン博士の助手であり、調教師(テイマー)の資格を持つチェンが生み出した、造魔であった。
オリハルコン性の防護服を装備した大型の犬が、ライドウの傍らへと近づく。
人間に対し、従順な大型犬の頭を、ライドウは優しく撫でた。
生ゴミの据えた匂いと廃棄物独特の刺激臭が、鼻孔に漂い、無意識に眉根を寄せる。
デルファイナスの調査を開始して、数日間。
どうにも、この異臭だけは慣れてくれない。
「ネロとは、上手くやってるのか? 明。」
自分達より、数歩離れた位置にいる愛息子に声を掛けてやる。
何とかして、心を閉ざしてしまった息子と会話がしたかった。
彼が今何を考え、何故、調査任務を引き受けたのか、その理由が知りたかった。
「別に・・・今、此処で話す事じゃないだろ。」
ライドウの問い掛けを、明は無下に斬り落とす。
「そりゃぁそうだけど、お前、成城の屋敷に戻って来ないだろ? 保護者としてお前がどんな風に生活しているのか心配なんだよ。」
「・・・・。」
「マダムから学校だけは、ちゃんと通っている事は聞いてるけどな・・・それと、悪い友達とつるんで、”危険な遊び”をしている事もな。」
最近、若者達の間で、悪魔を討伐した動画を投稿し、そこで収入を得る行為が流行っている。
DC(デビルコロシアム)と呼ばれ、ランキング形式になっており、討伐する悪魔が上位であればある程、獲得する賞金が多くなるのだ。
明は、港区を縄張りにしている不良グループ”スペクターズ”と組んで、上位悪魔を殺す動画を投稿していた。
「悪魔討伐は、政府機関から正式な依頼を受けて行われる。 下らん遊びに興じていたら、お前の大事な経歴に傷が・・・・。」
「また説教か・・・・・三年振りにまともに顔を合わせて小言とはな。」
続く言葉は、息子の不機嫌な返事で掻き消された。
「自分のケツも満足に拭えない奴に言われる筋合いはねぇ・・・それに、今のアンタは他人を気遣う余裕がねぇだろ? 」
「何だと? 」
息子の核心を突いた言葉に、ライドウは思わず立ち止まり、背後を振り返る。
二人の間に流れる不穏な空気。
仲魔のマベルとニュートンが、心配そうに見守っている。
「”異界の大穴(シュバルツバース)”は、年々その規模を拡大している。 デルファイナスの攻略に手間取り、ロゼッタ多様体を効率よく回収出来ないからだ。」
「・・・・。」
「アンタが、アスラ王討伐に執着するのは、奴が持つロゼッタ多様体を早めに回収したいからだ。 そして、”シュバルツバース(此処)”の何処かに存在するメム・アレフを倒す事。」
”メム・アレフ”という単語を聞いた瞬間、ライドウの顔色が一瞬で変わった。
「何故、その名前を知ってる? 」
異界の大穴を造り出している元凶たる”メム・アレフ”の存在を知るのは、至極一握りの人間達だけだ。
「骸から聞いた、”メム・アレフ”を倒せば、異界の大穴は塞がるんだろ? 」
「・・・・っ、骸の奴。」
余計な事を息子に吹き込んでくれたものだ。
メム・アレフの存在を知ったのは、『遊び耽る国』を支配していたミトラスからだった。
奴は、死の断末魔、自分を生み出した母親の名を叫んだのである。
『母、メム・アレフが、必ず貴様に報復する! 』
あの魔王は、そう叫んで消滅した。
「俺も付き合うぜ、メム・アレフを倒せば、ハルが人柱になる心配もない。」
「明・・・。」
「アンタ、独りに全部背負わせる真似はしねぇ。」
何時の間にか、愛息子はライドウの目の前に来ていた。
意志の強い黒曜石の瞳と、迷いを多分に含む右の隻眼が、激しくぶつかり合う。
「・・・・・アスラ王を無事討伐し、ロゼッタ多様体を回収したら、お前の壁内調査任務を解く。」
「・・・・・っ! 」
「骸に連絡して、暫く、悪魔討伐の任務には就かせない。」
「おい・・・・。」
「学業に専念して、人間としての生活を送れ・・・以上だ。」
「ざけんな! 」
激情のまま、養父の胸倉を掴み上げる。
ライドウは、既に死を覚悟している。
アスラ王討伐を完遂しても尚、この異界の地に残り続ける気だ。
最後のロゼッタ多様体を持つ”龍王・ウロボロス”を倒し、セクターの最下層『ホロロジウム』を目指す。
冗談じゃ無い。
自分は、”愛する人”を護る為に、強くなった。
もう、三年前の無力な子供じゃない。
「ライドウ! 敵だよ!! 」
ハイピクシーのマベルが叫ぶのと、地面を突き破って、巨大な影が躍り出るのは、ほぼ同時だった。
殆ど条件反射で、大きく跳躍し、その場から離れる二人。
目の前に、鎧の如く硬い甲殻と、溶岩の吐息を吐く、巨大蜘蛛-妖獣・ファントムが顕(あらわ)れた。
衝撃波に大きく身体が吹き飛ばされる。
硬いコンクリートの壁に、全身を叩きつけられ、一瞬、意識が飛びそうになった。
「がはっ! 」
口から吐き出される鮮血。
霞む視界の中、濛々と立ち込める砂煙の向こうに、巨大なシルエットが映る。
窮地に立たされるネロの思考が、数時間前に遡(さかのぼ)った。
シフの息子、ウルを新しい仲間に加え、一同は、八部連合阿修羅会がある歌舞伎町へと向かった。
一度、現地を調べた方が良いと、CSI(超常現象管轄局)の捜査官、ボーグから言われたからだ。
「雨宮さん、何も貴女まで此処に来る必要は・・・・。」
鋼牙が困った様子で、ノーフレームの眼鏡を掛ける都庁職員の女性を眺める。
「大の大人が、子供に頼ってばかりじゃ恰好悪いでしょ。」
何の悪びれもせず、知子はまるでそれが当たり前かの如く応える。
いくら博士号を持つ大人とはいえ、彼女は無力な至極平凡な女性に過ぎない。
ネロ達の様に、悪魔に対抗する術を持たない為、当然、お荷物になるのは目に見えていた。
「だ、大丈夫だって、俺が責任持って面倒見るから。」
ネロ達の痛い視線をぶつけられ、ボーグが半ばやけくそ気味に応える。
同伴するという、執拗な知子の攻撃に負け、ボーグは渋々承諾するより他に術が無かった。
それに、一度、現地の様子を見せる必要がある。
危険区域に指定されている”歌舞伎町”は、彼等外部の人間にとって、未開の地と同じだ。
実際、現場に赴(おもむ)き、そこの空気を吸わなければ、実情は見えてこない。
多少(?)の不満と不安を抱えつつ、一同は、歌舞伎町一番街と描かれた巨大なネオン看板を潜った。
歌舞伎町の街は、ネロが想像するよりも平穏だった。
建物が所々倒壊し、震災の爪痕を残してはいるが、道を行(ゆ)き来している人々は、自分達と何ら変わらぬ一般人ばかりだ。
殆どが浅黒い肌をした有色人種と中国系のアジア人種で占められている。
所狭しと、出店が立ち並び、歌舞伎町で生活する市民達が、食糧や生活用品を購入している。
「本当に、此処って危険区域なのかよ? 」
ネロがアーケード内を見回し、小声で呟く。
人々の中には、悪魔も何人か混じってはいるが、比較的人間に有効的な亜人種しかいない。
「正真正銘の”新宿区”だ。 但し、此処に純粋な日本人は一人もいないからな。」
ボーグの視線が、知子と鋼牙の二人に向けられる。
「成程、つまり僕と雨宮さんは、”トラブルメーカー”って事ですか。」
勘の良い鋼牙は、ボーグの意図をすぐに読み取る。
大和人権保護法により、純粋な日本人が優遇され、復興に貢献した移民達は、冷遇されるという理不尽な扱いを受けている。
故に、移民達の多くは、日本人を敵視しており、それ絡みの事件が多発していた。
「哦?(あら)那你会没事的。(それなら大丈夫よ)其实我中文很好。(私、中国語が得意なの)」
四か国語が喋れると豪語する知子を、一同は大分白けた視線で眺める。
「ぼ、僕・・・中国語が分かりません。」
「何だそりゃ? イウォーク語か? 」
「少しぐらいなら話せるけど、流石に不自然過ぎませんか? 」
流暢な知子の中国語に、少年達が無遠慮なツッコミを入れる。
一体、何が不満なのかと不機嫌になる知子に、ボーグが盛大な溜息を吐き出した。
「先生よぉ、歌舞伎町(此処ら)で生活している中国人は、大体英語で話してる。母国語で会話するのは仲間内だけだ。」
種々雑多な人種が入り混じる日本では、殆ど英語が共通言語となっている。
中国語で会話する連中もいるが、それは比較的治安が良い場所に限られた。
「わ、分かっているわよ。 一応、中国語も話せるって事を貴方達に伝えたかっただけなんだからね。」
頬を微かに紅潮させた知子が、唇を尖らせる。
とても博士号を持つ才女とは思えない、大分、子供染みた性格をしている様だった。
一抹の不安を残しつつ、一旦、何処かで一服しようと、一同は、軽食を専門とする喫茶店に腰を落ち着ける事にした。
広いテラス席には、何名かのカップルや家族が、楽しく団欒している。
「本当に、此処は”危険区域”に指定されている街なの? 」
ノーフレームの眼鏡を掛けた都庁職員が、コーヒーを啜ったり、読書を楽しんでいる客達を眺める。
この”新宿区”は、知子の想像とかけ離れ過ぎていた。
異形の怪物達が跳梁跋扈し、肩パットにモヒカン頭のお兄さん達が、バイクを乗り回している修羅の国だと思い込んでいたからだ。
「街、というよりも”国”と表現した方が良いかもな。」
注文したジンジャーエールを一口飲み、ボーグが説明を続ける。
第二次関東大震災により、日本は一度、崩壊した。
多くの国民達が死亡し、家族や家を失う人間達で溢れていた。
僅かに生き残った日本政府は、各国から移民達を多く受け入れ、復興作業に勤しんだ。
そのかいあり、国は再興したが、大きな問題が残された。
移民達による諍いである。
宗教の違いもあれば、国同士の風習も異なる。
自然と治安は悪くなり、日本国内部は荒れ始めた。
それを危惧した時の政治家達は、『大和人権保護法』を立ち上げ、移民達を力で抑えつける事にしたのである。
「八部連合阿修羅会の会長、タヤマは相当頭の切れる奴だ。 行き場を失った移民達や亜人達を”新宿”に集め、”独立国家”を生み出したんだ。」
タヤマは、一獲千金の夢を追って母国を離れた連中や、力の弱い亜人種達を受け入れる事で、日本政府が決して介入出来ない『国家』を創り出した。
「この”新宿区”では、三つルールがある。」
一つ目は、勤労の義務。二つ目が、教育の義務、三つ目が、納税の義務だ。
「三大義務のパクリかよ。」
「そうだ。 タヤマは現代の吉田茂そのものになったのさ。」
吉田茂は、終戦の翌年に内閣総理大臣に就任し、強いリーダーシップを発揮して、戦争によって破壊された日本の基盤を立て直した。
「だが、昔の偉人を真似したって此処まで上手くはいかない。奴には、生まれ持った資質もそうだが、牛頭天王という大きな後ろ盾があった。」
「牛頭天王・・・・そうか、だから”クズノハ”も手が出せなかったのか。」
「なぁ? 牛頭天王って一体何だ? 」
聞き慣れぬ単語に、ネロが黒縁眼鏡の少年に聞く。
「この国に古くから存在する土着神だよ。 本来、日本は天津神と国津神の二つの神が存在するが、牛頭天王はそのどちらにも含まれない。」
鋼牙の説明によると、牛頭天王は、天津神と国津神が存在する遥か以前から、日本という小さな島国に存在していた。
蘇民将来説話の武塔神(むとうしん)と同一視され、絶大な力で、この国を支配していた。
「でも、天津神の台頭により、その力は大分衰え、京都辺りまで落ち延びたと聞いていたが、まさか”新宿区(此処)”にいたとはね。」
信仰の力を天津神に奪われ、衰えたとはいえ、その神通力は未だに健在だ。
並みの神族程度では、歯牙にもかけない程の力を有している。
「ねぇ、一つ質問何だけど、電力は一体何処から引っ張っているの? 震災以降、何処の電力会社も、”新宿区”(此処)に供給していないんだけど。」
それまで黙ってボーグの説明を聞いていた知子が、至極当然な質問をぶつけた。
知子の言う通り、歌舞伎町は、深夜帯でも炯々と電光が瞬き、派手なイルミネーションで街を彩っている。
「無限発電炉”ヤマト”のお陰だ。 噂じゃ、牛頭天王がその発電炉に力を供給しているらしいな。」
「凄ぇな、神様って発電機の真似事も出来るのかよ?」
ボーグの言葉に、ネロが大袈裟に肩を竦める。
「万能という訳ではありませんが、僕達神族は、人々の信仰心から生まれるマグネタイトを得て、力を保持しています。信仰心が多ければ多い程、その力は強大になります。」
純粋な神族であるウルは、その手の話に大分詳しい。
神々は、より多くの信仰心を得る為に、神社仏閣や豪奢な教会等を造って、人々に祈りを捧げる様、強要するのだ。
「うー、なーんか新興宗教みたいな話になってきたな?」
「なってきたな?じゃなく、宗教そのものだ。 だからこそ、”教育の義務”ってルールがこの街に存在している。」
教育は、何も一般常識ばかりを教える所ではない。
政治的に使用すれば、人心を洗脳させる事すらも容易に出来る。
タヤマは、幼いうちから、牛頭天王を崇拝する様に教育し、奴隷を多く量産しているのだ。
「酷いわ・・・・教育とは、知識や技術を教え、子供達の心身を自由に育んでいくことよ?なのに、それを私利私欲の為に使うなんて・・・・。」
「別に不思議な事じゃない。 どの独裁国家もやってる事さ。」
義憤に駆られる知子を、CSI(超常現象管轄局)の捜査官が冷たく切り捨てる。
気まずい空気の中、一通りの説明を受けた一同は、二手に分かれて街を視察する事にした。
「壬生の坊ちゃん達と俺と先生の二班に分かれる。 今は、中国マフィアといざこざを起こして大分、物騒になっているから各自気を付ける事。」
大勢で行動すれば、否が応でも目立ってしまう。
”新宿区”の内情に明るくない、子供達三人組が非常に心配だが、経験豊富でどんな状況下でも、冷静な判断が下せる鋼牙と、シフの元で厳しい指導を受けて来たウルがいるから安心だろう。
「先生、アンタには是非見せたい場所がある。」
「私に見せたい場所? 」
露天商が多くある、繁華街方面へと向かう少年達の後ろ姿を眺める眼鏡の女性が、訝し気に黒人捜査官の方に視線を向けた。
「ああ、アンタには知って貰いたいんだ。”八部連合阿修羅会”の連中全てが悪じゃないって事をさ。」
「・・・・・。」
常になく真剣なボーグの表情に、知子は思わず黙り込む。
ボーグは、知子を低所得者が多く生活する貧民街へと誘った。
”渋谷区”から全く外に出た事が無いウルにとって、歌舞伎町に立ち並ぶ、露天商やアミューズメントセンターは、刺激に満ち溢れている場所であった。
グールやゴブリン等の悪魔による被害により、”渋谷区”は未だに復興が進んでいない。
センター街に並ぶ店は、粗末なプレハブ小屋や壊れたビル等を補強し、仮住まいにしている。
それに比べ、”新宿区”は道路等が綺麗に整備され、ビルも立て直され、プリクラや最新ゲームの筐体まで置かれていた。
「凄い、僕達が住んでいる”センター街”とは、全く違う。」
これが本当に、国からも見捨てられる”危険区域”なのだろうか?
震災から10数年。
未だ、災害の爪痕が残るセンター街と違い、此処、歌舞伎町は震災前と同じぐらいの活気を取り戻していた。
「確かに、此処までタチの悪そうな悪魔は、全く見掛けないな? 」
ネロが、往来を行き来する住民達をつぶさに観察する。
皆、裕福そうな恰好をしており、ラテン系アメリカ人やイギリス人等が多い。
鋼牙の様な黄色人種もちらほら伺えるが、とても裏社会で生活している連中とは思えなかった。
「? どうしたんだ? ウル。」
急に真剣な表情で立ち止まる金髪の少年を、鋼牙が訝し気に見つめる。
「人の・・・・人の断末魔の叫び声が聞こえます。」
「何だと? 」
只如ではないウルの様子に、ネロが気色ばむ。
双眸を閉じ、意識を集中したウルは、裏路地の一角を指差した。
「あの通路をずっと行った先、人が沢山殺されてる。」
飲食店が立ち並ぶ、人一人が通れる狭い通路。
あの先で、身も凍る様な殺戮劇が行われている。
ネロと鋼牙は、互いに目を合わせ、頷いた。
歌舞伎町壱丁目を抜け、新宿区役所通りに、低所得者が集まる貧民街がある。
復興が行き届いた壱丁目と違い、弐丁目はまるで地獄の様な場所であった。
倒壊したビルが立ち並び、穴だらけの道路には、粗末なテントを広げ、形だけの店が並んでいる。
「・・・・っ、此処って・・・・。」
「”新宿区”の闇の部分さ。 病気や怪我で就労出来ない奴等や、力が弱く、戦えない亜人達が大勢住んでる。」
一獲千金の儚い夢を追い掛け、日本に密入国したが、そこに黄金都市は無く、無理な重労働で身体を壊し、働けなくなった不法滞在者が最後に辿り着く場所であった。
此処には、血に飢えたグールやゴブリンが多く生息し、人間や亜人を餌食にしている。
「だが、此処の連中は必要最低限な生活が約束されている、グールやゴブリンを駆除し、尚且つ週に一度は、住民達の為に配給まで施している連中がいる。」
「ま、まさか・・・・。」
「そう、オタク等が目の敵にしている、八部連合阿修羅会だ。 その幹部の若頭候補、ケンって奴が、此処の住民達を護っているんだ。」
ボーグの説明に、知子は顔を真っ青にして、貧民街で生活する人々を改めて眺める。
視線の先には、小さな公園があり、幼い子供達が、ボール遊びに興じていた。
「先生、アンタは四神相応を復活させるのが目的らしいな? もし、新宿一体の龍脈を解放し、目的を達成したら、当然、阿修羅会を解体するつもりなんだろ? 」
「・・・・・。」
「阿修羅会を解体したら、此処に住んでる奴等は居場所を失う。 」
「・・・・・。」
「アンタ等の思想は正しい、封印が復活すれば、世田谷区や矢来区の悲劇を未然に防ぐ事が出来る。」
「・・・・・・。」
「先生、アンタにそんな権限は無いのは百も承知だ。 だが、阿修羅会は全てが悪じゃない。悪いのは会長のタヤマとその取り巻き達だ。」
ボーグの訴えに、知子は応える事が出来ない。
不法滞在者や亜人達を護り、彼等の必要最低限な生活を陰ながら支えているのは、誰あろう阿修羅会の人間だ。
龍脈の力と牛頭天王の恩恵を受け、甘い蜜を吸っているのは、会長のタヤマとその側近達。
奴等の下に甘んじている若頭候補のケンは、義理人情に溢れ、生活に困窮している弱者達の心の支えとなっている。
「貴方は、優しいのね? 中尉。 いいえ、貴方達”ベルセルク”が騎士道精神に溢れる種族だからなのかしら? 」
「先生。」
「貴方の気持ち良く分かった。 これからすぐに重沼主任と掛け合うつもりよ。」
ボーグへと振り向いたその表情は、何かを決意した才女の顔だった。
案内役であるウルを先頭に、細い路地裏の道を走るネロ達。
目の前に広がる悲惨極まりない光景に、一同、思わず言葉を失う。
そこは、正に地獄であった。
風俗店や消費者金融等が入っている、雑居ビル前。
建物の周りには、アジア人らしい黄色人種の死体が横たわっている。
皆、手足を引き千切られ、内臓や肉片がアスファルトの道路に散乱していた。
「帮我(た、助けて)・・・・。」
両脚をへし折られ、顔面から夥しい量の地を流す男が、ネロ達に助けを求める。
しかし、背後から現れた巨大な影が、無慈悲にもその右足で、男の頭蓋を踏み潰した。
身長は二メートルを軽く超え、横に広がった番傘みたいな被り物をしている。
真一文字に横に引いた一つ目が、怪しい光を放って、数歩離れた位置に立つ、ネロ達を眺めていた。
「こ、コイツ・・・・・まさか・・・・・。」
この人外の怪物を見た事がある。
ネロの思考が、一月前へと戻った。
世田谷にある五島美術館の異界化した日本庭園。
まるで狐の様な面を被った人外の化け物。
ネロの腹を貫いた醜悪な尾。
「あん? お前・・・・もしかして・・・・。」
「おい、何やってんだよ?助っ人君。ブツは回収したから、とっとと帰るぞ?」
ネロ達の方へと一歩踏み出す怪物の背後から、能天気な声が掛けられた。
春先にしては、ちょっと肌寒いと思うアロハシャツを着た30代ぐらいの男が、雑居ビルの出入り口から姿を現す。
阿修羅会の若頭候補、ケンの配下である調教師(テイマー)のアドルフォだ。
「うん? 誰だぁ? コイツ等。」
アドルフォも、ネロ達の存在に気が付いたらしい。
胡乱気な表情で、此方を眺めている。
「あ、アドルフォ・・・・? 」
「お? もしかして、シフん所の餓鬼かぁ? 」
どうやら、アドルフォとウルは知り合いらしい。
二人共、思わぬ場所で再会した事に驚いているらしく、戸惑った様子を見せている。
「知り合いかい? 」
「は、はい・・・・母様とイタリアで生活していた時に少し・・・・。」
アースガルズ(北の台地)を追われ、各地を転々とする放浪の旅を余儀なくされたシフ親子。
10数年前、日本に辿り着く少し前に、シフ親子は、イタリア一帯を縄張りとしている巨大マフィアーコーサコステロに身を寄せていた。
「この男は、元コーサコステロの構成員です。 相棒のカミロと組んで仲間を殺害し、違法賭博で得た莫大な資金を盗んで逃亡しました。」
「へっ、生粋のクズって訳か。」
ウルの説明に、ネロが侮蔑を多分に含んだ皮肉な笑みを浮かべる。
「ふん、沈みゆく泥船に逸早く逃げたんだよ。 ”ワイルドバンチ”なんて過去の遺物だ。ビリィ・ザ・キッド? ブッチ・キャシディ? 二人共爺に老いさらばえて、全盛期の面影なんざぁ一ミリもねぇ。」
ウル達の会話を黙って聞いていたアドルフォが、皮肉たっぷりに返してやる。
確かにアドルフォの言う通り、二人共既に50を軽く超え、シノギは配下に任せて、現場に出る事は殆ど無かった。
噂では、信頼のおける後継者を組織の頭に据え、二人共引退したと囁かれている。
暫し流れる一触即発な空気。
それを破ったのは、漆黒の外套を纏った巨人であった。
「おい、助っ人君。 勝手な真似は・・・・・。」
「うるせぇ、あの金髪と眼鏡はアンタにくれてやる。その代わり、銀髪の糞野郎は、俺が貰うからな? 」
真一文字に引いたバイザーが、不気味に光る。
呆れた様子で肩を竦めるアドルフォ。
了承の合図と勝手に受け取った巨人が、一瞬でネロとの間合いを詰める。
頭上から振り下ろされる拳。
ソレを、ネロ達三人が左右に分かれる事で、回避する。
アスファルトの硬い地面が大きく陥没し、衝撃波が容赦なく、少年達の身体を叩いた。
「やっぱりな・・・・お前、世田谷の美術館にいた奴だろ? 」
「そうだよ。 久し振りだな? 糞野郎。」
濛々と立ち込める砂煙を突き破り、無数のワイヤーがネロ達三人に襲い掛かる。
それぞれの得物で叩き落とす一同。
巨人が砂煙を突き破り、砲弾並みの威力がある拳をネロに撃ち出す。
機械仕掛けの大剣『クラウソラス』で受け止めるが、その勢いまでは殺せない。
背後にある廃ビルに二人共激突する。
「ネロ! 」
使い慣れたアルミ製の定規を右手に、鋼牙が、二人が激突した廃ビルへと向かう。
「鋼牙さん! 危ない! 」
ウルの制止の声。
異形の怪物が繰り出す凶悪な鉤爪を、鋼牙は、殆ど条件反射で紙一重に躱す。
目の前に現れた怪物を見た瞬間、黒縁眼鏡の少年は声を失った。
襲い掛かって来たのは、既に息絶えた”黄虎”の構成員だったからだ。
首があらぬ方向にねじ曲がり、口からだらりと舌を出している。
血塗れの胸の辺りに、植物の種子らしいモノが寄生していた。
「おいおい、無視するなよ?哀しくなっちまうだろうが。」
屍の群れを従えたアドルフォが、大袈裟に肩を竦める。
その手には、死霊に寄生しているクルミぐらいの大きさをした種子が握られていた。
「な、何て事を・・・・。」
どうやら、そのクルミ大の種を死体に寄生させて操っているらしい。
死者を冒涜する行為に、根が真面目なウルが嫌悪感に顔を歪める。
「面白いだろ? クリフォトの種籾を俺なりに品種改良して造った寄生虫だ。」
アドルフォが、手に持っていた種子を足元に転がる死体に落とした。
まるでそれ自体が意志でも持つのか、種子は死体の中へと潜り込む。
死体から突き出る甲虫独特な、長い脚。
ボキボキと嫌な音をさせて、首が異様に長くなり、開いた口からギョロリと目玉が現れる。
「”ネクロ・ゴーレム”っていうんだ。 宜しくな? 」
アドルフォの合図と共に、鋼牙とウルへと襲い掛かる死人の軍団。
鋼牙は、30CM定規を、ウルが二振りの剣を両手に迎え撃つ。
硬いコンクリートの壁を破砕し、ネロと巨人が躍り出る。
廃材や、ゴミなどが散乱する屋内で、二人は互いに距離を取る。
「小僧、ワシを使え。 魔法と併用しなければ、此方が不利になる。」
腰に吊るしてあるGUMPから、火の神・シウテクトリが姿を現した。
シウテクトリは、アステカ神話に登場する炎の神で、今は故あってハムスターの身体を借りている。
「分かった。頼むぜ、シウテクトリ。」
主の了解を得て、右腕の義手‐デビルブレイカーと一体化する炎の魔神。
鋼鉄の腕は、バイクのマフラーの様な突起物が付いた灼熱の腕に変化する。
「一つお前に質問するんだけどよ? 」
戦闘態勢に入るネロを眺め、漆黒の巨人- 黒井・慎二が徐に口を開く。
「明の奴は何処にいる? お前をぶっ殺した後は、奴にもきっちり落とし前つけさせねぇといけねぇからよ。」
無茶苦茶な理由だ。
慎二ことチャーリーは、既に勝ったつもりでいる。
それが、ネロの気に障り、眉根が怒りで歪んだ。
「知りたきゃその不細工な着ぐるみを脱いでからにしろよ? 引きこもり。」
明から聞いたが、この巨人を遠隔操作している奴は、黒井・慎二という名前で、かなりの臆病者らしい。
生まれつき小児癌を患っており、延命措置として、脳幹以外を全て義体化しているそうだ。
「へっ、そうかよ・・・だったら、お前殺して、脳をハッキングしてやる。」
床を蹴り割り、漆黒の巨人が襲い掛かる。
振り下ろされる凶悪な鎚。
ネロが紙一重で躱し、カウンターの一撃を顔面にお見舞いする。
だが―。
「なっ!! 」
炎の息吹を放ち、繰り出された灼熱の拳は、巨人の手にあっさりと握られていた。
「言っとくがな、この身体はあの時とは、大分違うんだよ。」
瞬く間に鋼の腕を掴まれ、床へと叩きつけられる。
ゴキリと肋骨が折れる嫌な音。
ネロの口から悲鳴が漏れる。
まるでボロ雑巾の様に、ネロの身体を振り回し、廃材が突き出た壁に向かって放り投げる。
「イカン! 」
主を護る為に、シウテクトリが炎の壁を張り巡らせる。
意図も容易く破壊されるコンクリートの壁。
炎の球体に包まれたネロは、咄嗟に意識を取り戻し、数メートル床を削って着地する。
「大丈夫か? 小僧。」
シウテクトリが張り巡らせた防護壁は、主を護るだけではなく、負った傷を癒す効果もある。
額に流れていた血は、忽(たちま)ち消え、折れた肋骨も元通りに再生された。
「凄いな、こんな事も出来るのかよ? 」
「一応、神の端くれだからな? それより、奴は魔法攻撃の耐性が強い。ワシとは相性が悪すぎる。」
五島美術館と対峙した時と比べ、魔法防御が格段に上がっている。
あの時の戦闘データを元に、対悪魔召喚術師を想定して造り出したのかもしれない。
「じゃぁ、どーすんだよ? 」
「プルートを呼べ、ガルム族は物理特化型だ。奴と十分、対抗出来る。」
「プルートを? アイツはまだ戦闘経験がまるで無い赤ん坊なんだぜ? 」
シウテクトリの提案に、ネロは難色を示す。
いくら猛獣舎で、白エルフのスリーピーの元で一通りの訓練を受けていたとはいえ、実戦経験は当然無い。
ネロから見ても、甘いところが目立ち、とても使い物になるとは思えなかった。
そんな短い会話を交わしている時だった。
壁を破砕し、漆黒の巨人が姿を現す。
物陰へと隠れるネロ。
真一文字の複眼が、不気味に薄暗い廊下を照らしている。
「小僧、悪魔という生き物は、戦闘を幾つか経験すれば、更に強くなるのだ。特にガルム族は、主に対する忠誠心が強い。必ずお前の力になってくれる筈だ。」
「糞っ、やるしかねぇのか。」
このまま此処に隠れていても、いずれは見つかってしまう。
有効な戦法が無い以上、シウテクトリの提案を受けるしかない。
ネロは、大分戸惑いつつ、腰に吊るしているGUMPに触れた。
アルミ製の定規が閃き、”ネクロ・ゴーレム”の身体を両断する。
短剣が、悪魔の弱点である心臓を付き刺し、もう一つの短剣で、死人の首を斬り落とした。
しかし、死人の軍団は、仲間が殺されても一向に怯む気配を見せなかった。
それどころか、倒した筈の怪物が起き上がり、切断面からブクブクと肉が盛り上がる。
「な、分裂した? 」
肩や腹から不気味な目玉を生やし、甲殻蟲独特な前脚でウルを斬り裂こうとする。
何とか回避するウル。
大きく間合いを取るが、退路は既に断たれた絶望的状況だ。
「へへっ、これが”ネクロ・ゴーレム”最大の特徴だぜ。 コイツ等は死んでいるから殺せない。下手に攻撃すりゃ、分裂してその数を増やす。」
座るのに丁度良い木箱に腰掛け、アドルフォが呑気に愛用のスマホで動画撮影している。
恐らく宣伝用にするつもりだろう。
「ほらほら、気合い入れて戦わねぇと、死んじまうぞぉ? 」
簡単に死んでもらっては、宣伝する時のインパクトが足りない。
勝手極まるアドルフォの発言に、アルミ製の定規を構えている鋼牙の双眸が、鋭くなった。
愛刀のアルミ定規を正眼に構え、腰を落とす。
「表居合術・抜討之剣 (ぬきうちのけん)。」
口内で小さく呟くのと同時に、鋼牙の姿が消失。
次の瞬間、死人達の真後ろに鋼牙が、先程と同じ姿勢で立っている。
次々と倒れ伏す亡者達。
全身から紫色の体液を流し、ピクリとも動かなくなる。
「なっ! マジかよ。」
予想外の出来事に、アドルフォは座っていた木箱から立ち上がった。
どうやら、あの眼鏡の少年は、”ネクロ・ゴーレム”の攻略法を知ってしまったらしい。
「一体どうやって? 」
「答えは簡単さ。 さっき彼がヒントを教えてくれただろ? 」
何処か勝ち誇った鋼牙が、種明かしをする。
アドルフォは、クリフォトの種籾を品種改良し、寄生虫を生み出した。
つまり、”黄虎”の構成員達は、その寄生虫に憑りつかれ、動いていたのだ。
「彼等の身体に生えた目玉みたいなモノが、寄生生物だ。そこを潰せば、元の死体に戻る。」
嘲弄を含んだ視線で、アロハシャツの男を眺める。
しかし、”ネクロ・ゴーレム”の弱点を見抜かれたにも拘わらず、アドルフォは余裕だった。
「ほー、流石は”虚実の一族”、餓鬼と思って油断していたぜ。」
アドルフォは、右手に持つスマホ画面で何かを確認すると、尻のポケットにしまう。
突然、鼻孔を刺激する生臭い匂い。
何かの気配を感じた鋼牙が、暗く閉ざされた路地裏へと視線を向ける。
すると、暗闇の中に、炯々と光る無数の光が、此方の様子を伺っていた。
「お前等忘れてないかぁ? 此処は”新宿5丁目”だ。」
勝ち誇ったアドルフォの言葉を合図に、暗がりから何かが次々と飛び出して来る。
それは、ボロキレを纏った怪物達だった。
乱杭歯を剥き出しにして、寄生生物に憑りつかれている死体の群れへと襲い掛かる。
「ぐ、グール? 」
「その通り、このエリアは”ヤマト”の手が届かないスラム街だ。だから、腹を空かせたグール共の住処になってる。」
”黄虎”の縄張りである雑居ビルの襲撃、そして、先程の戦闘で大分血が流れている。
常に腹を空かせているグール達は、優れた嗅覚で血の匂いを嗅ぎ付けたのだ。
”ネクロ・ゴーレム”に喰らいついていたグールに、異変が起きた。
身体中に現れる無数の眼。
背中の肉を突き破り、甲殻蟲独特な脚が生える。
「・・・・・っ! 」
あまりの出来事に、金髪の少年は言葉を失った。
寄生生物は、宿主である”黄虎”の構成員達の肉を喰らったグールに鞍替えしたのだ。
「おほっ、凄いな? 流石にこれは予想外だぜ。」
アドルフォは、腰に吊るしてあるガンホルスターから、フックショットを取り出すと、向かい側にあるビルの壁面へと打ち込む。
屋上の手摺(てすり)部分へと絡みついたワイヤーを電動リールが巻き取り、アロハシャツの男を引っ張り上げた。
「じゃぁな? もし生きて渋谷に帰れたら、淫売な母ちゃんに宜しく伝えてくれ。」
無事屋上へと辿り着いたアドルフォが、変異したグールの群れに取り囲まれるウルへと、気安い態度で、手を振る。
最愛の母を侮辱され、怒りの形相で消えていくアロハシャツを睨み付けるウル。
その眼前に、変異したグールが躍り掛かった。
妖獣・ファントムの鋭い爪が大地を抉る。
左右に跳んで回避するライドウと明。
ライドウが氷結系中位魔法『ブフーラ』を唱え、カウンターの一撃を与える。
台地から現れた氷の柱に後ろ脚を潰され、激痛でファントムが悲鳴を上げる。
怒りに燃える六つの複眼が、呪術帯で顔を覆った召喚術師を睨み付けた。
巨大な大蜘蛛の意識が、ライドウに向けられた隙を突いて明が接近。
硬い甲殻の隙間に銀製のナイフを押し込み、一気に切り裂く。
明の奇襲に、対処出来ないファントムが、バランスを大きく崩し、地面に沈む。
その頭上に、大きな氷の塊が落下。
妖獣を押し潰し、悪魔の弱点である心臓を破壊する。
時間にして数秒。
上位悪魔にしては、あまりにも惨めな幕切れであった。
「ち、雑魚がうじゃうじゃと・・・・。」
明が、忌々し気に舌打ちし、背後を振り返る。
するとそこには、数体のファントムが炯々と光る六つの複眼で、親子二人を睨みつけていた。
「デルファイナス(此処)じゃ、まだ可愛い方だ。」
GUMPを操り、仮番であり、魔具の魔神・アラストルを召喚。
主の指示に従い、黒い毛並みの蝙蝠が、二振りの双剣へと姿を変える。
「ふん、丁度良い。試し斬りさせて貰うぜ。」
明が腰に吊るした封魔管から、魔具を召喚。
四肢を白銀の光が包み、鋭い刃が付いて籠手と具足へと変化した。
7年前、組織『クズノハ』が回収した魔具-ベオウルフであった。
「お前、それを一体何処で? 」
「技術班が解析済みとかで、”八咫烏(うちら)”に回って来たモノを譲り受けた。コイツを好きに使って構わないと言われたよ。」
「ち、余計な事を・・・・。」
”八咫烏”は、明が唯一、魔具(デビルアーツ)を扱える事を知っている。
だから、息子に厄介な玩具を与えたのだろう。
明が、己の体内に封じてある魔力を解放。
すると、ソレに呼応するかの如く、四肢に装着されていた魔具が変形していく。
瞬く間に、鋭い爪を生やした白銀の獅子へと姿を変えた。
「俺は、もうあの時の無力な餓鬼じゃない。」
胸に獅子の顔を象った鎧に身を包んだ明は、鋭い爪を構え、姿を消失。
ファントムの一体の前まで一気に間合いを詰めると、思い切り下顎を蹴り上げる。
成す術も無く、巨大な大蜘蛛が宙を舞う。
ソレに合わせるかの如く、白銀の獅子が飛翔。
鋭い爪が何度も閃き、巨大蜘蛛の脚を全て斬り落とした挙句、胴体を一刀両断にしてしまう。
仲間の無惨な死に、大蜘蛛の化け物達は、怒りよりも恐怖を覚えた。
目の前へと降り立つ殺戮者に、一歩後退する。
血の殺戮劇が幕を開けた。
その騒ぎを知ったのは、新宿五丁目の靖国通りを歩いている時であった。
南青山にある三島財閥が所有する豪奢な邸宅。
直子は、上客である三島・喜作に一晩買われ、そこで相手をした。
「直子、大丈夫? 」
直子の迎えを任されたオモイカネが、心配そうに振り返る。
この枯れ枝の如く細い肢体をした怪物は、コウガサブロウと同じ『霊的国防兵器』の一体である。
上級悪魔を簡単に退ける程の力を持ち、八部連合阿修羅会の兵器として、新宿区を悪魔の脅威から護っていた。
「ええっ、大丈夫よ。」
口では強がりを言っているものの、顔色は、かなり悪い。
無理もない。
直子は、ごっそりとマグネタイトを奪われていた。
喜作が開いている”秘密クラブ”で、特殊な装置を使われ、人間の活力であるマグネタイトを搾取されたのだ。
その上、品種改良された特別品として、”ゼブラ”を打たれた。
催淫作用は、今も身体に残っている。
性器が熱を持ち、愛液でショーツがぐっしょりと濡れていた。
(家に着くまでもつかしら?)
直子が住んでいる仮設住宅には、ゼブラの中和剤が置いてある。
何とか家まで辿り着き、中和剤を打てば、この疼きを止める事が出来る。
心配そうに此方を眺めているオモイカネに気づかれない様、気丈に振る舞う。
家まで近道しようと、人気が無い路地裏に脚を踏み入れた瞬間だった。
物陰から、誰かが姿を現す。
元は白だったのだろう、血でどす黒く汚れたパーカーと、ビンテージのジーンズにスニーカー。
背には身の丈程の巨大な機械仕掛けの大剣を背負っている。
見事な銀色の髪をした10代後半辺りの少年は、額から血を流し、フラフラと覚束ない足取りで、直子に近づいた。
「直子さん、下がって。」
オモイカネが、直子を護る様に目の前へと立つ。
二人の姿を確認した少年は、そこで力尽き、地面へと倒れ伏した。
やっとこさ投稿。