※この作品はR-18です。

偽典・女神転生~魔都新宿~   作:tomoko86355

6 / 17
登場人物紹介

直子・・・・歌舞伎町で娼婦をしている傍ら医師として、貧しい移民達を無償で診察している。
かなり高い技術と豊富な知識を持つ『魔導医』。
純日本人らしいが、何故、新宿区で娼婦をしているかは謎。



第五話『直子② 』

何時も想い出すのは、母の後姿ばかりであった。

顔はどうしても想い出せない。

無理も無かった。

実母は、自分が2歳の誕生日を迎える前に突然、失踪した。

周りの噂では、実父の不貞に耐え兼ね、新しい男を作って蒸発したのだろうと言われた。

身寄りが無くなったネロは、実父の部下であり幼馴染でもある魔剣教団現騎士団長、クレドに引き取られる事になった。

クレドとキリエの兄妹は、ネロを本当の家族の様に愛してくれた。

妙にひねくれず、まともに生きて来られたのは、一重に彼等、兄妹のお陰だった。

でも、時折想い出すのだ。

顔の見えない母親の姿を・・・・。

 

 

「・・・・っ! 」

 

目覚めは唐突だった。

まず最初に視界に映るのは、見慣れぬ部屋の天井。

背中に伝わる柔らかい感触から、自分が敷物の上に寝かされているのが分かる。

 

「一体・・・・・俺は、どうして・・・・?」

 

身体中を走る激痛に呻きつつ、何とか起き上がろうとする。

しかし、右脇腹に走る激痛に、呻き声を上げると、思わず布団に突っ伏してしまった。

 

―一体、何がどうなっている? あのデカブツの糞野郎はどうした? ウルと鋼牙は無事なのか?

 

脳裏を、様々な疑問が駆け巡る。

 

「あら? もう気が付いたの? 」

 

2LDKの少々狭い室内。

浴室のドアを開けて一人の女性が姿を現す。

ネロが思わず見惚れてしまう程、美しい女性だった。

男性モノのワイシャツと黒いレースの下着姿をしており、思わず目のやり場に困ってしまう。

茹蛸の様に顔を真っ赤にして固まる銀髪の少年を他所に、女はバスタオルで濡れた髪を拭いつつ、座卓の前に座った。

 

「あ・・・アンタ、一体何者なんだ? 」

 

ネロは女-直子から顔を反らしつつ、至極当然な質問をぶつける。

良く見ると、自分の身体には治療が施されており、清潔な白い包帯が綺麗に巻かれている。

もしかしたら、この女性が手当てをしてくれたのかもしれない。

 

「それはコッチの台詞よ・・・有名な進学校の生徒さんが、どうして国から危険区域として指定されている新宿区にいるのかしら? 」

 

直子が、座卓の上に置かれたドライヤーで、髪を乾かしつつ、逆に質問で返す。

 

直子が生活している”新宿区”は、一般人の出入りは禁止されている。

スキルの高い悪魔の出現率が高い上に、移民達が多く住み付き、治安も当然悪いからだ。

 

「何でそれを? 」

「悪いと思ったけど、貴方の荷物を調べさせて貰った。」

 

ネロが寝ている布団の上に、生徒手帳と『狩猟許可証』を放り投げる。

 

「”聖エルミン学園”高等部二年生、特殊学科所属。 得Aクラスの悪魔狩人(デビルハンター)で銃剣師(ベヨネッタ)と短剣使い(ドルヒ)の資格を取得。」

「ちっ、人の荷物を漁る何て良い性格してるな? アンタ。」

 

忌々し気に舌打ちすると、ネロは生徒手帳と『狩猟許可証』を拾い上げる。

布団の近くには、ネロのウェストポーチと愛用のGUMPが置かれていた。

 

「大丈夫よ。財布は抜いてないから安心して。」

 

痛む身体に鞭打ち、ポーチを引き寄せるネロを横目に、黒髪の美女が怪しく微笑む。

 

「俺の荷物を見たんなら、次はアンタの素性を教えてくれよ? 何で赤の他人の俺を助けたんだ? 」

 

鋭い眼光で、此方を睨む銀髪の少年に、直子は愛用のライターで煙草に火を付けつつ応える。

 

「只の娼婦よ。 花園神社にある高級娼婦館で働いているの。」

「この手当てはアンタが? 」

「ええ・・・余計な事だとは思ったけど。」

 

冷ややかな女の態度に、ネロは身体に治療された箇所を改めて確認する。

 

止血効果があるヨモギに、炎症を抑えるオミナエシ。

天然の抗生物質と言われるハーブが塗布され、傷口の縫合もプロ並みだ。

とても一介の娼婦がやったとは思えない見事な措置であった。

 

「薬学の知識は何処で? 」

「内緒。」

「アンタ、もしかして医学の知識もあるのか? 」

「それも内緒。」

「どうして、余所者の俺を助けたんだ。」

「単なる好奇心。」

 

悉くはぐらかされ、ネロは憮然と座卓に座る女を睨み付ける。

 

「明日、私の知り合いに頼んで、”新宿区(此処)”から逃がしてあげるわ。外に出たら、二度と近づかない方が良いわね。」

 

煙草を灰皿で揉み消しつつ、直子は立ち上がる。

箪笥の上に置かれた救急セットを手に取ると、ネロが寝ている布団に近づいた。

ワイシャツから覗く豊満な胸の谷間に、銀髪の少年は顔を真っ赤に紅潮させると、慌てて目を反らす。

初心な反応を示すネロに、直子は別段気にする様子を見せず、救急キットの蓋を開いた。

 

 

「じっとして、傷の具合を見て上げる。」

「・・・・。」

 

てきぱきと無駄のない仕草で包帯を外し、縫った箇所を確認する。

伝説の魔剣師スパーダと霜の巨人”ヨトゥンヘイム”の血が流れているだけあり、縫合された傷は既に癒着して、肉が盛り上がっていた。

 

(凄い再生力・・・・やはりこの子はオモイカネが言う通り”混じりモノ”かもしれないわね。)

 

医療用の剪刃で、糸を切り、抗炎症作用があるヨモギの葉を磨り潰して作った湿布を塗布した。

 

「明日には、動ける様になるわ。 これを呑んで一晩眠りなさい。」

 

救急キットを片付け、箪笥の上に置くと、直子は蜂蜜色の液体で満たされた小瓶をネロに渡す。

渡された薬品は、体力を全回復する魔法薬の”宝玉”だった。

 

「何で魔法薬をアンタが・・・・・?」

「それも内緒、隣の部屋にいるから何かあったら声を掛けてね。」

 

悪戯っぽく微笑むと、襖を閉めてしまう。

後に残されるネロ。

女が一体何者かは知らないが、自分に危害を与えるつもりが無い事だけは理解出来た。

渡された宝玉を飲み干し、布団に身体を沈める。

脳裏に、三島重工が新しく開発したBOW(バイオニックオーガウェポン)との死闘が蘇った。

 

 

唯一の戦力であるシウテクトリの力が通じず、窮地に立たされるネロ。

相手は魔法防御に特化している為、物理特化型の悪魔であるプルートで、対抗しろという番のアドバイスに、ネロは当初、渋った。

いくら数ある魔獣族の中でも、優秀な血統を持つガルム族とはいえ、プルートはまだ赤子だ。

子供を戦場に出して良いのか迷うネロに、シウテクトリは助言する。

 

悪魔は、戦闘経験を積む事で成長する。

主人に対し忠義が厚く、優れた戦闘能力を持つガルムは必ず武器になると。

 

追い込まれ、他に選択肢が無いネロは、プルートを呼び出す事にした。

 

 

「ふん、何だぁ? てっきり小便ちびって隠れているかと思ったんだけどな。」

 

覚悟を決め、物陰から姿を現したネロに、黒井・慎二ことチャーリーが嘲弄する。

 

実母、テレジアが創り出した新作のBOWは最高だった。

五島美術館での戦闘データを存分に活かし、対”ソロモン十二柱”を想定して生み出した。

脳に掛かる負荷も大分軽減され、まるで羽でも生えているかの如く、身軽に動く事が出来る。

 

「頼むぜ? プルート。」

 

愛用のGUMPを取り出し、トリガーを引く事で、蝶の羽の如くパネルが展開。

何桁か暗号を打ち込むと、目の前に魔法陣が展開された。

白銀に光る物体が出現。

鋭い牙と爪を使い、漆黒の巨人へと襲い掛かる。

 

「ちっ、ガルムか? 」

 

丸太の様な腕で、赤と黒に毛並みが分かれた魔獣を振り払う。

プルートは、身軽に宙でトンボを切ると主であるネロの傍らへと着地した。

 

「プルート、俺に力を貸せ!」

「了解! 」

 

ハムスターへと姿を変えたシウテクトリを頭に乗せ、ネロが仲魔に命令する。

何処か嬉しそうに応えるプルート。

身体が発光し、右腕の義手へと一体化する。

機械仕掛けの義手”デビルブレイカー”が変化。

鎌の如きブレードが付いた腕と、両脚には、銀色に光る具足と両足首には円形のリングが装着されていた。

 

「ふん、物理特化型の悪魔か・・・・まぁ、どれぐらいの力を持ってるか試してやるぜ。」

 

チャーリーが、自身の操るBOWを戦闘モードへと切り替える。

両腕の拘束衣が弾け飛び、鋭い鉤爪のついて禍々しい腕が現れた。

 

「小僧、来るぞ。」

「分かってる。」

 

頭にしがみついているハムスターに応え、ネロが腰を僅かに落とす。

刹那、銀髪の少年の姿が消失。

気が付くと、対峙している巨人の真後ろに立っていた。

 

 

「何っ!? 」

 

装甲服の胸元から、紫色の体液が飛び散る。

右腕のブレードが、巨人の胸を縦に一直線、斬り裂いていた。

 

「へっ! 」

 

初撃が見事決まり、余裕の笑みを浮かべるネロ。

両足首のリングが発光し、床を蹴り割って再び消失。

一陣の突風となったネロが、巨人の四肢を蹂躙していく。

 

「ちぃっ! 」

 

高速で移動するネロの動きに対処出来ない。

一旦間合いを取ろうとするが、易々逃すネロでは無かった。

機動力である両足を斬り裂き、巨人を地へと平伏(ひれふ)させる。

 

「行けるぜ!このまま畳み掛けてやる! 」

「・・・・・。」

 

見事に形勢逆転し、気色ばむネロ。

しかし、頭にしがみついているハムスターは、真剣な表情で押し黙っていた。

 

(駄目だ・・・・攻撃が浅すぎる。)

 

シウテクトリの見立てでは、プルートはスピードタイプの悪魔だ。

本来ならば、最初の一撃で首を飛ばし、戦闘不能に出来る筈であった。

だが、実際は、胸を薄く斬り裂いただけで終わっている。

明らかに両者の技量不足が祟(たた)っていた。

 

(敵がこの事実に気づいていたら・・・・。)

 

 

シウテクトリの憂虞(ゆうぐ)を他所に、巨人が倒れたのを好機と悟ったネロが止めの一撃を入れる。

激しく飛び散る橙色の火花。

繰り出された右腕のブレードを、怪物の鉤爪が受け流したのだ。

 

「い、イカン! 小僧の動きを学習している! 」

 

時間にして数分間。

その僅かな攻防で、チャーリーは、ネロの動きを完璧にトレースしていた。

このまま何も考えずに次の攻撃に移れば、確実に殺される。

 

「小僧!逃げろ!ワシの考えが甘すぎた! 」

「は?何言ってる?明らかに俺達が有利だろうが! 」

 

全身をばねの如く撓(たわ)め、一気に間合いを詰める。

振り下ろされる銀色の刃。

しかし、肉を斬り裂く手ごたえがまるでしない。

見ると、先程まで、片膝をついていた巨人の姿が、消えていた。

 

 

「逃がすかよ? ばーか。」

 

巨大な鎚の如き拳が、ネロの頭部を潰さんと振り下ろされる。

ぷっつりと途切れる意識。

自分がどうなったのか、皆目見当がつかない。

気が付いたら、娼婦が住んでいる仮設住宅の一室だった。

 

 

「シウテクトリ・・・・。」

 

枕元に置かれたGUMPを取り出し、トリガーを引く。

蝶の羽の如く開いた液晶パネルを操作し、仲魔の状態を調べた。

プルートは、何とか無事だったが、シウテクトリは酷い有様だった。

魔力残量が枯渇し、体力ゲージが赤を示している。

恐らく、BOWの攻撃から身を挺して主を護り、尚且つ移動魔法で、安全な場所まで跳んだのだろう。

早く魔導医に見せてやらねば、命に関わる。

ネロは、唇を噛み締め、何かを決意すると、痛む身体に鞭打ち立ち上がった。

 

 

 

数時間前に遡り、新宿5丁目の雑居ビル前。

凄まじい爆発音と共に、ネロとBOWが消えた廃ビルが倒壊。

グール数体が吹き飛び、対峙していた鋼牙とウルの二人も爆風に煽られる。

 

「一体何が・・・・? 」

 

ウルが両手に持つ短剣を構え直したその時であった。

倒壊した廃ビルの瓦礫が爆散。

身の丈3メートルを超える巨人が、眼玉に寄生されたグールの群れへと降り立つ。

正体は、チャーリーが遠隔操作しているBOWだった。

顔を覆っていた装甲が全て剥がれ落ち、頭の半分が吹き飛んでいる。

拘束衣を纏った身体も酷い状態で、左腕一本が欠損していた。

唯一無事な剥き出しの眼球が、寄生されたグールの群れへと向けられる。

鋭い鉤爪を備えた右腕が突如伸び、グール数体を貫いた。

 

「え? 仲間を攻撃してる? 」

「・・・・・。」

 

戸惑うウルと、BOWの予想外な行動に、黙して様子を観察する鋼牙。

BOWは、グールを餌と判断し、欠損した箇所を補うべく、捕食行動に移っているのだ。

鉤爪に貫かれたグール数体が、体内のマグネタイトを吸収され、次々と塵へと還る。

ブクブクと削ぎ取られた箇所から肉が盛り上がるが、それだけでは足りぬと、腕の付け根から無数の触手を射出し、グールの群れを貫いて行った。

 

 

「ウル、一旦此処から離れよう。」

「ね、ネロさんはどうするんですか?」

「大丈夫、アイツはあんな程度で死ぬ事はないよ。」

 

鋼牙は、未だに戸惑うウルを促し、BOWの隙をついてその場から離れる。

そんな少年二人に見向きすらもせず、巨人は本能に従い、捕食行動を繰り返していた。

 

 

 

数時間後、殺戮劇から逸早く離脱した鋼牙達は、依頼主である雨宮・知子と合流していた。

 

「ネロ君が? 」

 

新宿5丁目の雑居ビル前で起こった惨劇を聞いた知子が、顔色を変える。

その傍らには、CSI(超常現象管轄局)の捜査官であるボーグもおり、真剣に事の経緯を聞いていた。

 

「分かった、坊主の事は俺に任せて、オタク等は一旦、”新宿区(此処)”から離れろ。」

「ネロは僕の大事な仲間です。一緒に探しますよ。」

「駄目だ。 タヤマの配下と接触した以上、奴等は血眼になってお前等を探す。それに、餓鬼のお守りはこれ以上出来ない。」

 

まるで足手まといだと言われ、鋼牙の表情が鋭くなる。

しかし、戦闘経験は圧倒的にボーグの方が上だったし、”新宿区”に詳しい。

ネロの安否は、ボーグに任せた方が利口だろう。

 

こうして、不承不承ではあるが、自分達は”新宿区”を離れて態勢を立て直すと同時に、ネロの行方をボーグに頼む事にした。

 

 

翌日、”新宿区”5丁目、花園神社の近くにある高級娼婦館。

 

ネロは、直子の案内で彼女が勤務している娼婦館に案内されていた。

早朝という事もあり、客の姿は当然無い。

しかし、際どい下着を着けた南米系の女と出くわし、ネロは度肝を抜かれた。

 

「あら? 先生おはよう。」

 

モデル並みのプロポーションに、90cm以上はありそうな豊満なバストを窮屈そうにブラジャーに納めている女が、直子とネロを見つけて気安く声を掛けて来る。

 

「ジュディおはよう、調子はどうかしら? 」

「お陰様で、先生のお陰で痒みが無くなったよ。」

 

ジュディと呼ばれた女は、ニコニコと機嫌良く応える。

 

彼女は、性器クラミジア感染症に掛かっていた。

子宮頸管炎 (しきゅうけいかんえん)を引き起こしており、性器が爛れ(ただれ)粘液性のおりものが出ていた。

堪らず医師の資格を持つ直子に相談したところ、クラミジアに効く抗生物質を処方してくれたお陰で、症状も大分緩和された。

 

「ねぇ、その子、先生の彼氏? 」

 

一通りの挨拶を終えたジュディが、頭に包帯を巻いた銀髪の少年へと視線を向ける。

今にも乳首と性器が見えそうなレースの下着を着た娼婦の姿に、目のやり場を失っていたネロは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「新しい患者さんよ。 これから診察なの。」

「へぇ、可愛いね。」

 

初心過ぎるネロの様子に、娼婦が悪戯っぽく微笑む。

 

「女将さんは、いる? 」

「いるけど、調子が悪いみたい。 部屋で寝てるよ。」

「・・・・・そう、この子を診たら後で女将さんの所に行くわ。」

「ありがと。」

 

簡単な挨拶を終え、ジュディは自室へと帰った。

肉感的な娼婦の後姿を横目で眺めるネロ。

娼婦が歩く度にTバックの尻が揺れ、再び顔を真っ赤にしてしまう。

 

 

「風俗で遊べるのは成人してからよ? ボク。」

「ばっ、違うって!」

 

 

 

 

 

変な風に勘違いされ、ネロが思わず声を荒げてしまう。

 

実母が魔導師を専門に相手をする娼婦だった為、自分の身体を平気で売る女達に対し、ある種の偏見を持っていた。

生きる為に選んだ選択肢であった事は、一応理解している。

してはいるが、過去のトラウマがある為、中々認める事が出来ない。

 

 

「・・・・彼女は、黒エルフよ。 人間に上手く擬態しているけど、未だに現世(此処)での生活に慣れないの。」

「え? 」

 

自分の私室に案内しながら、娼婦館で働く従業員達の内情を軽く説明してやる。

 

”新宿区(此処)”で生活している連中は、人間ばかりではない。

力が弱かったり、いわれなき迫害を受けて魔界から堕ち延びた者達も多数存在する。

彼等は、”亜人”と称され、底辺の生活を余儀なくされた。

 

「皆生きる為に必死なの、戸籍が無いからロクな仕事にありつけない。それどころか、”危険な生き物”として、更なる迫害を受けるわ。」

「・・・・・。」

「御免なさい・・・でも、分かって欲しいの。 悪魔の中にも争いを好まない優しい種族もいるって事を。」

 

直子は、階段を降り、地下の一室へとネロを案内する。

室内には、最新式の医療設備が整っていた。

 

「此処に仲魔を召喚して頂戴。」

 

処置用の長袖が付いたエプロンとマスクをした直子が、手術台の上に仲魔を召喚する様、ネロに言う。

直子の指示に素直に従うネロ。

GUMPを取り出し、シウテクトリを召喚する。

すると、血塗れのハムスターが現れた。

魔力を相当消費している為、ぐったりと台の上で横たわっている。

 

直子は、すぐ治療に取り掛かった。

幾つかの抗生物質とマグネタイトが満たされた点滴パックを取り出し、消毒液で傷口を綺麗にすると、針を刺す。

滅菌された糸と針で、傷口を縫合し、慣れた手付きで包帯を巻いていった。

 

 

「大丈夫、神族に物理的死は存在しないわ。」

 

治療を行いながら、直子はネロを励ます。

相当、不甲斐ない自分を責めているのだろう。

唇を噛み締め、目尻には悔し涙が溜まっていた。

 

「た、助かるのか? 」

「ええ、入れ物が大分傷ついているけれど、貴方のお友達はすぐ元気になるわ。」

 

一通りの治療を終えた直子が、優しい微笑を浮かべる。

ほっと安堵の吐息を吐くネロ。

そこで初めて自分が泣いているのを知り、慌てて服の袖で涙を拭う。

 

「君、随分と変わった悪魔召喚術師(デビルサマナー)さんなのね? 」

「え? 何で? 」

「私の知っている召喚術師は、悪魔を使い捨ての駒としか思っていない連中ばかりだったわ・・・貴方みたいに仲魔を大事にする術師なんて見た事が無い。」

 

感染物を入れるゴミ箱に、処置用のエプロンとマスクを捨てると、直子は簡易椅子に腰を下ろす。

 

一般の悪魔召喚術師は、自分の仲魔をそれ程大事にしない。

彼等にとって悪魔等、戦いの道具とでしか認識していないからだ。

まるで、育成ゲームの様に悪魔同士を掛け合わせ、より強い個体を生み出す事に執着している。

ネロの様に、本気で仲魔を心配したり、己自身を責めて涙を流す輩など滅多にいない。

 

「先生が、仲魔を大切にしろって・・・・俺達召喚術師は、魔導師(マーギア)の中でも一番非力、仲魔無くして、敵に勝つ事は出来ないって・・・。」

 

ネロの師である17代目・葛葉ライドウは、教えこそ厳しいが、弟子であるネロに愛情を持って接している。

常に仲魔を敬い、確固たる絆を作れとネロに言い聞かせていた。

その絆こそが、召喚術師の真理であり、強敵を討ち倒す力になる・・・というのが、ライドウの考えだったからだ。

 

「君のお師匠様は、素晴らしい術師なのね? 」

 

そんなネロの様子に直子は一人納得すると、ネロに薬の入った袋を渡した。

 

「チャクラドロップよ。 仲魔が目を覚ましたら食べさせてあげなさい。」

「・・・・有難う・・・。」

 

貴重な魔法薬を渡され、銀髪の少年は少々戸惑う。

 

昨夜、金は幾らでも払うから、傷ついた仲魔を治療して欲しいと、直子に懇願したが、彼女は笑って、「学生からお金は取れない。」と断られた。

治療はしてやるから、大人しく”新宿区”から立ち去れ、というのが直子の条件だった。

 

「あの・・・・やっぱり、俺、金を払うよ。」

 

シウテクトリを治療する為に使用した薬とマグネタイトは、かなり金が張る代物だ。

流石に、学生だからとか言う理由で、無料にしてもらう訳にはいかない。

 

「こんなに良くして貰ったのに、何の礼もしないで帰るなんて・・・。」

「ふふっ、結構義理堅いのね? 君。」

 

恐縮する少年に、直子は苦笑を浮かべる。

 

「じゃぁ、仕事のお手伝いして貰おうかしら。」

 

頑固なネロに根負けした女医が、医療器具が入ったバッグを肩に担いだ。

 

直子は、娼婦を本業としている傍ら、副業で医師をしていた。

普通、逆だろうと思うのだが、直子曰く、『魔導医師』の資格は既に剥奪されているのだという。

 

「じゃぁ、無資格で医療行為していたのかよ? 」

「そうなるわね・・・と、言っても、”新宿区(此処)”じゃ、資格なんてあって無い様なモノだし。」

 

ネロを促し、女医は娼婦館の裏に停車してある青いワンボックスカーに案内した。

 

「あ、悪魔? 」

 

車の傍らに異形の姿をした怪物を発見し、ネロが無意識に身構える。

その悪魔は、今迄遭遇した奴等とは違った気配をしていた。

緑色の体色に、鎧の如き硬い骨格が、身体を覆っている。

目と口が無く、頭部には、二本の角が生えていた。

 

「大丈夫、彼は娼婦館の用心棒よ。」

「用心棒? 」

「そう、コウガサブロウって名前なの。」

 

女医は、気安い態度で、荷台の扉を閉める悪魔に近づいた。

 

 

コウガサブロウは、八部連合阿修羅会が所有する『霊的国防兵器』の一体であった。

直子の説明によると、第二次世界大戦の折に「霊的側面から日本を護る」という目的で、時の術者達を集め、数体の造魔を生み出した。

一体どういう経緯を辿って、阿修羅会が彼等を手に入れたのかは教えて貰えなかったが、サブロウは、直子が勤めている高級娼婦館の用心棒を任されているのだという。

 

 

「これから、二丁目に行って朝の検診をするの。」

 

運転席に座った直子が、仕事の内容を一通りネロに説明してやる。

 

車には、かなりの量の物資が積まれていた。

薬や消耗品の他に、新鮮な魚や肉、野菜や飲料水が納まっている。

直子は、週に一度、復興が行き届かない二丁目周辺に住んでいる住民達を診ているのだという。

 

数分後、直子が運転する車は、移民や亜人達が生活している新宿二丁目へと到着した。

 

 

 

同時刻、南青山にある三島財閥が所有する商業ビル。

全面強化ガラスで覆われている高層ビルの地下三階に、黒井・慎二は幾つかのケーブルに繋がれ、リクライニングチェアに寝かされていた。

 

「気分はどうだ? 慎二。」

 

白いニットカーディガンと黒い長袖シャツと同色のスラックスを履いた狭間・偉出夫が、仲間である慎二ことチャーリーを見下ろす。

 

「最悪だ・・・・あの野郎、見つけたら絶対ぶっ殺す。」

 

手足の義体を外され、側頭部と身体をコードで繋がれたチャーリーが、不貞腐れた様子で応えた。

 

昨日、新型のBOWを駆って、”黄虎”が所有する雑居ビルを襲撃したチャーリーは、偶々居合わせた壬生・鋼牙達と交戦する事になった。

世田谷にある五島美術館で、苦汁を舐めさせられたネロと対峙したチャーリーは、残り二人を阿修羅会の魔導師(マーギア)アドルフォに任せ、復讐を果たそうとした。

しかし、結果は惨憺(さんたん)たるもので、チャーリーの意識が途切れた事で、BOWが暴走。

生存本能に従い、欠損した肉体を補うべく、5丁目周辺を徘徊するグールの群れを貪(むさぼ)り喰った。

 

「完全に舐めてたぜ・・・・まさか、あの鼠が捨て身の一発を仕掛けて来るとは思わなかった。」

 

漸く捉えたと確信した。

物理特化型の悪魔と同化したネロの動きをトレースし、後もう少しで仕留められると思っていた。

だから、少年が頭に乗せているハムスターの存在を忘れていた。

至近距離で、火炎系の上位魔法を顔面にぶつけられ、衝撃で意識が混濁した。

次に意識を取り戻すと、廃ビルの外で、グールの肉片を手に、茫然と立っていた。

 

「相手は、落ちぶれた・・・とはいえ、一応神だからな。」

 

偉出夫は、キャスター付きの椅子に背凭れを抱える形で座る。

 

「まぁ、君が無事だったのが、せめてもの救いだよ。」

「ちっ、情けねぇ。」

 

自分の顔を覗き込む偉出夫の視線から、顔を背ける。

 

仲間内では、敵である『葛葉探偵事務所』の調査員の一人、ネロには手を出すなと偉出夫から命令されている。

だが、チャーリーは、その指示に従う事が出来なかった。

私怨に駆られ、ネロを襲撃し、結果、暴走。

現場に偉出夫が現れなかったら、自分は「人間に戻る」事は叶わなかっただろう。

 

 

「そんな見え透いた慰めなんていらねぇ、笑いたきゃ笑えよ。」

「・・・・・俺が命令違反をした君を責めると思ったのか? 」

「そうじゃねぇのかよ? 」

 

 

背けていた顔を、偉出夫の方へと戻す。

 

 

「確かに、ネロという男に手を出すな、と命令はした・・・・が、それを護るかどうかは個人の気分次第だ。 俺達”エルバの民”は、自由奔放がモットーだからね。」

「・・・・・。」

「それを最初に決めたのは俺だし、命令違反をした君を責めてしまうのは、規律を決めた俺自身が破る形になる・・・・そんなの本末転倒と思わないか? 」

「・・・・そうなのか? 」

「そうだよ、今日、研究所(此処)に来たのは、純粋に君を心配しているからだ。」

 

心外だ、と言わんばかりに溜息を一つ零すと、偉出夫は椅子から立ち上がる。

 

「偉出夫・・・・これ持っていけ。」

 

チャーリーは、リクライニングチェアの傍にある最新型のPC本体に刺さるUSBメモリを視線で示した。

 

「タヤマって野郎の経歴と、無限発電炉”ヤマト”の場所が入ってる。」

「流石、仕事が速いね。」

 

偉出夫は、感心した様子で口笛を吹くと、本体からUSBメモリを取り出す。

 

「じゃ、治療頑張ってね。」

「へっ、すぐに戦線復帰してやるよ。」

 

お互い軽口を叩き合うと、偉出夫は集中治療室から外へと出た。

 

 

 

新宿二丁目仲通り。

ビルは倒壊し、あちこちに粗末なボロ布で造ったテントが、幾つか張られている。

復興が行き届き、すっかり華やかさを取り戻した壱丁目と違い、此処は、貧困層が住むスラム街だった。

まるでブラジルのモロンビー区を彷彿とさせる場所だ。

貧富の差がはっきりと境界線で別れている。

 

 

「抗生物質の薬を幾つか出しておくわ。 しっかりと栄養のある食事を採ればすぐに良くなるわよ。」

 

廃材で造った今にも崩れてしまいそうな小屋。

剥き出しの地面の上には、破けてカビが生えている敷布団に、三十代ぐらいの女性が寝かされていた。

女性の脈を取っていた直子が、優しく掛布団を掛け直してやる。

 

「先生、何時も有難う。」

 

サブロウから食材と薬を渡された10歳ぐらいの浅黒い肌をした少年が、申し訳なさそうに頭を下げる。

布団に寝ているのは少年の母親で、世界大恐慌の煽りを喰らい、仕事を失ったベトナム人だった。

「復興支援に協力すれば、高い給料と衣食住が約束される。」という、甘い言葉に乗せられ、貧しい自国から家族を連れて日本に入国。

しかし、働き手である夫が作業中の事故で亡くなり、母親が代わりとなって、家計を支えていたが、女の身では稼げる金など限られている。

おまけに『大和人権保護法』により、生活支援の金が貰えず、一家は追われる様に此処、”新宿区”へと流れ着いた。

 

 

「どうした? 凹んじまったか? 」

 

街の惨憺たる有様を見て、黙っているネロに、幼い子供を背負ったサブロウが声を掛けた。

彼の周りには、数人の幼い子供達がおり、サブロウにじゃれついている。

 

 

「別に・・・・只、日本はもっと裕福な国なんだと思っていた。」

 

 

ショックを受けていないと言えば、嘘になる。

遠い北の台地”フォルトゥナ公国”出身のネロは、日本は最先端の技術を持つ豊かな国と考えていた。

日本のアニメやポップミュージックは、ネロのお気に入りだし、ゲームも大好きだ。

しかし、日本に来て、その文化に触れてみて、ソレが自分が勝手に抱いた妄想であると思い知らされた。

 

「此処に住んでいる人と比べたら、俺なんてまだ恵まれている方だ。」

 

幼い時から、己の身体に流れる悪魔の血を疎ましいと思っていた。

だが、裏を返せば、この力のお陰で、剣士職の資格を二つ取得出来た上に、魔剣教団の騎士として高級を稼ぐ事が出来た。

生まれ持った環境で全てが決まる。

新宿二丁目は、その残酷なまでの現実を思い知らされる場所だ。

 

 

「お前、やっぱり直子が言う通り、変わった奴だよな。」

「え? 」

「新宿壱丁目に住んでいる奴等は、此処にいる移民達を”自国にたかる蛆虫”だと蔑んでいる・・・だから、下級悪魔に喰われおうが、病気で死のうが関係ない。」

「・・・・・。」

「特に永住権を取得した連中は、元が同じ移民なのに、誰も助け様としない・・・俺には、そこら辺が全く理解出来ねぇよ。」

 

 

”霊的国防兵器”として、時の権力者達に生み出されたサブロウは、何故、人種や宗教等で、人が人を蔑み、殺すのか分からなかった。

彼等、悪魔も自分より弱い者を虐げる事はある。

しかし、それは生きる為に”マグネタイト”を喰らう事であり、自然で生活する野生動物と何ら変わる所はない。

 

「騎士とは、教会や弱者の守護、正直さ高潔さが無ければならない。」

「あん? 何だそりゃ? 」

「死んだ俺の父さんの口癖だ・・・・騎士道の規範となる教えの一つだって言ってた。」

 

義理の父であるクレドは、神への忠誠を誓う八つの教えを大事にしていた。

 

騎士とは、教会に忠誠を誓うのは勿論のこと、社会的弱者を護る事も大事だと聞かされてきた。

幼い時は、義理の姉であるキリエに手を引かれ、教会の福祉事業を手伝った。

貧民街に行き、低所得者や、病気や怪我等が理由で働けない人々に食糧を配り、時には話相手にもなった。

 

 

「お待たせ・・・・って、どうしたの? 」

 

そんな会話を交わしている時であった。

検診を終えた直子が、ぼろ小屋から出て来る。

 

常になく落ち込むネロに、首を傾げていた。

 

 

”シュバルツバース内”、セクター・デルファイナス。

巨大調査艦『レッドスプライト号』の医務室(メディカル・ルーム)に、17代目・葛葉ライドウはいた。

リクライニングシートに、上半身裸で横たわり、見事に鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒している。

 

「もう、起きても大丈夫ですよ。」

 

一通りの検診を終えた医療班主任、ゾイが、ライドウの身体に取り付けられている吸盤型の電極を外してやる。

長い黒髪を後ろに垂らし、中々整った容姿をしていた。

 

「バイタル的には問題ありませんが、ちゃんと睡眠は取れていますか? 」

「大体、4時間ぐらいは眠れてる。」

「4時間? 最低、6時間は眠らないと今に倒れますよ? 」

 

脇に掛けられているアンダーシャツを手に取る悪魔使いを、女医は呆れた様子で眺めていた。

 

「歳のせいか、最近、眠りが浅いんだよ。」

 

アンダーシャツを身に着け、リクライニングシートから降りる。

 

「食事量も減っています・・・・長期の任務をご希望なら、体調管理をしっかりとして下さい。」

 

無駄だと知りつつも、同じ言葉を根気よく繰り返す。

 

この悪魔使いは、自分の身体を大事にしない。

食事は、最低限の栄養かしか摂れない携帯食ばかりで、休憩どころか人間にとって大事な睡眠時間すらも削っている。

彼等、調査隊にとってライドウは、大事な戦闘の要だ。

今回の任務に、本番である玄武が同伴出来ない以上、誰かがライドウを護ってやらねばならないのだ。

 

そんな女医の言葉を適当にはぐらかし、身支度を整えたライドウは、医務室を後にする。

廊下に出ると、愛息子である遠野・明が、壁を背に立っていた。

養父の身を案じて、外で待っていたのだろう。

義理の父親の元気な姿を確認すると、無言のまま背を向け、自室に帰ろうとした。

 

「あ、待ってくれ、明。」

 

去ろうとするその背に、ライドウが慌てた様子で声を掛ける。

 

セクター・デルファイナスでの調査で、妖獣・ファントムの群れに襲われてから以降、一度も会話らしい会話を交わしていなかった。

処理班が、ファントムの身体から、研究に必要な部位を回収している間、お互い、終始無言であった。

 

 

「腹、減ってないか? 減ってるなら一緒に・・・・。」

「良い、適当に一人で食べるから。」

「なら、ラウンジでお茶でも・・・・・。」

「気分じゃねぇよ。」

 

必死に息子と会話をしようとする義理父の姿に、明は呆れた様子で溜息を零す。

 

後数時間で、デルファイナスの調査に出なければならない。

”腐り爛れた国”を支配する魔王・アスラを倒す為には、しっかりと休息を取りたかった。

 

 

「明、アンタ好い加減にしなさいよね。」

 

不毛な会話を交わす親子の目の前に、小さな妖精が姿を現した。

不甲斐ない主人では埒が明かないと、GUMPから勝手に抜け出して来たのだ。

 

「ライドウは、真剣にアンタを心配してるんだよ? 何時まで、過去の出来事を引きずっているのよ? 」

「・・・・・。」

 

マベルの言葉に、三年前の出来事がフラッシュバックとなって蘇る。

 

ぐったりと、意識を失った妹を連れ去る仮面の男達。

屈強な仮面の男数人に組み伏せられる自分。

悔し涙で歪む視界。

そこに映るのは、愛する人を凌辱する悪鬼共の異形な姿。

 

「・・・・また、傷つけちまう。」

「え? 」

「俺は、アンタの傍にいない方が良い・・・・。」

 

明は、ぼそりとそれだけ呟くと、呼び止めるマベルを無視して、自室へと引き籠ってしまった。

 

 

 

朝の検診に付き合ったネロは、移民達の集落で懸命に働いていた。

各家に薬や物資を配り、時には壊れた家の修繕まで、手伝った。

 

 

「有難う、疲れたでしょ? 」

 

一通りの仕事を終え、仕事場である高級娼婦館へと帰る道すがら、直子は自販機で買った缶コーヒーをネロに渡してやる。

ワゴン車の荷台に腰を下ろしていたネロは、女医から渡された缶コーヒーを素直に受け取る。

 

 

「アンタ、無償でこんな事しているのか? 」

 

思っていた疑問を女医へとぶつける。

 

時刻は、既に11時を軽く回っていた。

一般人なら、普通に仕事をしているか、学校で授業を受けている時間帯だ。

 

 

「ええっ、でも無償って訳じゃないわ。 支払いが出来る人にはちゃんと治療費を貰っているわよ。」

 

ネロの隣に立つ直子は、無糖のコーヒーを一口啜る。

鼻孔をくすぐる煙草と香水の香り。

ネロの脳裏に、幼い時に失踪した母親の姿が過る。

 

 

「薬や食糧は、一体どうやって手に入れているんだ? 」

 

あれだけ大量の物資を手に入れるのは、並大抵の努力では説明出来ない。

身体を売って手に入れる金だけでは、まかなえない量だ。

 

「あら? 私に興味があるの? 」

「違う、ただちょっと気になっただけだ。」

 

上手くはぐらかされ、ネロの眉根が不快に歪む。

 

思えば、この女が何故、見ず知らずの自分を助けたのか、その理由すらも教えてはくれなかった。

分かる事は、直子が卓越した医療技術と薬学に深い知識を持っている事だけだ。

 

不満で膨れるネロの視界に、一台の軽トラックが映った。

移民達が住むスラム街に停車した車から降りた作業着の男達は、広場で遊ぶ子供達に声を掛ける。

喜んで集まる子供達。

作業着の男達は、子供達にお菓子の袋を渡すと、次々と荷台に乗る様、声を掛ける。

 

 

「・・・・・。」

 

ネロは、訝し気な表情で、作業着の男達の様子を眺めていた。

広場で遊んでいた子供達が、全員車に乗るのを確認した男達は、最後に両親らしい数人の大人達に、茶封筒を渡している。

これはあくまで予想ではあるが、現金だろう。

茶封筒を渡された大人達は、どこか哀しい表情で、去っていく軽トラックを見つめている。

彼等は、金で自分の子供達を売ったのだ。

 

 

「帰りましょう。」

 

直子が飲み掛けの缶コーヒーを片手に、運転席へと向かう。

慌てた様子で、荷台から降り、扉を閉めたネロは、直子を追い掛ける。

 

 

「なぁ、今のは一体何だよ? 」

「・・・・。」

「あの子供達は、何処に連れて行かれるんだよ? 」

「・・・・・。」

 

矢継ぎ早なネロの質問攻めを無視し、直子は運転席へと座る。

この女医は、何かを知っている。

そう確信したネロは、尚も食い下がろうとしたが、助手を勤めている造魔に肩を掴まれた。

 

「帰るぞ? お前の大事な仲魔が待っているんだろ? 」

「・・・・・。」

 

これ以上の余計な詮索は無用。

そんなサブロウの威圧感に、ネロは押し黙るより他に術が無かった。

 

 

何とも言えない後味の悪い想いを残したまま、ネロは、シウテクトリが治療を受けている娼婦館に戻る事にした。

 

花園神社の近くにある高級娼婦館に到着すると、濃色 の肌をした20代半ばの男が出迎えてくれた。

CSI(超常現象管轄局)の捜査官、ボーグだ。

娼婦の一人と、卑猥な会話をしていたボーグは、バンから降りるネロの姿を確認すると、気安く手を振って来た。

 

 

「どうして此処が・・・・?」

「私が彼に連絡したからよ。」

 

驚くネロに、直子が素っ気なく返す。

医療器具が入った革の鞄を肩に担ぎ、直子はボーグと二言三言会話を交わした。

申し訳なさそうに頭を下げたボーグが、憮然とした表情で立つ、ネロの傍へと近づく。

 

「悪いと思ったが、シウテクトリはコッチで回収した。」

 

ボーグが、ネロが愛用しているGUMPを渡す。

中を確認すると、シウテクトリの体力と魔力残量は元通りになっており、傷がすっかり完治している事が分かる。

 

「帰るぞ、壬生の坊ちゃん達が心配している。」

「・・・・。」

 

渡されたGUMPを腰のホルスターへと戻すネロ。

ボーグの言う通り、新宿5丁目での死闘で、”探偵部”の仲間である壬生・鋼牙とは別れたまま、連絡一つも取ってはいない。

相当、心配しているだろう事は、予想出来るが、このまま素直に矢来区に帰る気持ちには到底なれなかった。

 

 

「大人しく帰れ、それがお前の為だ。」

 

サブロウの冷めた言葉に、ネロは顔を上げる。

 

確かにこの造魔の言う通りであった。

いくら悪魔召喚術師(デビルサマナー)とはいえ、ネロは見習いである上に、何の後ろ盾すらもない。

二丁目に住む、移民達の窮状を救える術もないし、八部連合阿修羅会の暴虐を止める力も無い。

今のネロは、非力な餓鬼だ。

だが、それでも大人しく引き下がる程、腰抜けではない。

 

「まだ、治療費を払ってない。」

 

ネロは、それだけ呟くと、改めてサブロウへと向き直る。

 

「俺を此処で働かせてくれ。」

『はぁ? 』

 

唐突な就職宣言に、ボーグとサブロウの声が同時にハモる。

 

「俺と番の治療費分、娼婦館(此処)で働いて返す。皿洗いでも掃除でも何でもやる。だから、此処に置いてくれ。」

「おいおい、マジで言ってんのかぁ?お前。」

 

ネロの予想外な発言に、ボーグは呆れた様子で頭を掻く。

一方のサブロウは、終始無言であった。

ネロの蒼い双眸に、返答次第では、梃子でも動かないという強い意志を読み取り、一つ深い溜息を吐き出した。

 

「分かった・・・・女将と直子に相談してみる。」

 

それだけ告げ、銀髪の少年に背を向けると、女将がいる私室へと向かった。

 




祝、チェーンソーマンアニメ化!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。