※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

304 / 710
305話 「老執事、燃ゆる 後編」

 

(ははは! いいぞ、いいぞ! 予想以上の動きだ。ボクシングと拳法の動きが交じっているのか。これは面白い!)

 

 

 アンシュラオンは、アーブスラットの強さを称賛する。ここまで単独で自分と戦える武人はガンプドルフ以来だ。

 

 寿命が減るという最悪のペナルティはあるものの、少なくともこの状態であればプライリーラを遙かに凌駕している。

 

 いつも「どんな手を使っても強くなればよい」と豪語しているのだ。アーブスラットのスキルについても全肯定である。

 

 そして体術のレベルも高い。

 

 足技無しでは立ち技最強とも呼ばれるボクシングを基礎として、その中に中国拳法の動きが入り交じっている。

 

 

(わざわざ道場で足技無しの技術を教えるとは思えないから、これも自己流なんだろうな)

 

 

 リングを回るように、相手を中心に円の動きで攻撃をかわす。円の動きは格闘技の真髄でもあるので、実に理に適った動作である。

 

 真剣勝負の大半が魔獣とだった自分とは正反対に、対人戦闘をとことん追及してきたのだろう。

 

 無手の戦士が実戦で戦う中で編み出した動きであり、明らかに死線を潜ってきた凄みが滲み出ている。

 

 アンシュラオンの型の無い動きに翻弄されているが、ギリギリのところで致命傷を避けながらも、反撃の機会をうかがえるだけの技量は見事だ。

 

 こんなスキルまで使うのだから、精神力も間違いなく上位クラスである。

 

 

(このレベルの相手となると面白いな! 剣士のおっさんも魔剣を使わせたらもっと強くなるんだろうし、今度会ったら見せてもらおうかな)

 

 

 ガンプドルフも通常のレベルであれだけ強いのに、さらに魔剣の力がある。あれだけもったいぶったのだから、かなり危険な代物なのだろう。

 

 そして、アーブスラットにも魔剣に匹敵する危険な技がある。

 

 

 右手が―――黒に染まる。

 

 

 そう、『死痕拳』の準備である。

 

 

 アンシュラオンに勝つ、あるいは倒せずとも動きを封じるには、この技しかない。

 

 いくらこの男とて、内部から攻撃を受ければただでは済まないだろう。心臓を吹き飛ばせば時間は稼げるはずだ。

 

 そして同時に『美癌門』も使う。もう他の技を使う必要はない。死痕拳一本に絞ったのだ。

 

 右手だけ黒くなれば違和感が生じるので、全体を黒くして誤魔化す目的もある。

 

 この変化で相手が警戒する可能性もあるが、これも仕方がない。

 

 

 

 

 アーブスラットは防御しながら慎重に隙をうかがう。

 

 問題はいつ、どこに打ち込むかだ。

 

 

(この男、異様に肉体が強固だ。腕や足は駄目だ。戦硬気で強化しているから指が刺さらない可能性が高い。となれば、やはり腹か胸しかないが…この怪物に当てるだけでも至難だな。チャンスは一回しかないだろう)

 

 

 人間の身体は、よほどの肥満体でなければ骨が邪魔をするので、指が刺さる場所は限られる。

 

 普通の武人ならば骨ごと砕けばいいが、アンシュラオンはやたら身体が硬い。持って生まれた肉体の質自体が違うのだ。

 

 こうして打ち合っていても、まるで岩か金属で出来ているのではないかと思えるほど、恐るべき強度を誇っている。

 

 腹は懐が深いので当てるのは難しい。常人でも腹に手が伸びれば腰を引いてかわすだろう。

 

 

 ならば消去法で【胸】しかない。

 

 

(一撃だ! 一撃でいい!! ここに全力を尽くす!!)

 

 

 一点集中。直接心臓に叩き込むと決める。

 

 

 ボオオオオオオオオッ

 

 

 アーブスラットが最大出力の戦気を放出。限界の限界の限界を超えて強引に馬力を出す。

 

 

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 アーブスラットが―――覚悟を決めて突進。

 

 

 

 無謀とも呼べる真正面からの突撃を敢行する。

 

 当然、それを見逃すアンシュラオンではない。

 

 右足で下段から上段に変化する剛脚が襲いかかる。上半身を狙ったハイキックだ。

 

 

 それをアーブスラットは―――よけない。

 

 

 メキャメキャッ ボンッ

 

 

 トンファーが完全にへし折れ、直撃を受けた左腕が肩ごと吹っ飛ぶ。

 

 だが、アーブスラットは止まらない。そのままの速度で…否、さらに加速して突っ込んできた。

 

 

(感触が柔らかい。こいつ、自分で捨てたな)

 

 

 アンシュラオンは、その感触からアーブスラットがわざと左腕を捨てたことを悟った。

 

 これは自壊。いや、トカゲの尻尾と同じく『自切』と呼ぶべきだろうか。

 

 美癌門の部分的操作によって、その部位の細胞だけを制御して、当たった瞬間に切り落としたのだ。

 

 

 現在のアーブスラットはユニークスキル、『寿命戦闘力転化』と『死痕拳』、『美癌門』による能力三つ同時発動を行っている。

 

 

 これは実に高度な技である。

 

 並の武人ならば一つずつしか発動できないのだ。ファテロナも技を同時に発動させたが、これこそ達人の領域に達した武人の本領といえる。

 

 RPGにしてもバフ(ステータス強化)の重ね掛けは非常に有用だ。上級者においては無ければ話にならないほど常識である。

 

 ただ、当然ながらこれだけのスキルを同時使用する以上、身体にかかる負担も大きい。

 

 もう二度目はない。

 

 ここが勝負所。すべてをかける瞬間となる。

 

 

 

 その努力は―――実る。

 

 

 

 自切したことで速度を落とすことなく、アンシュラオンの懐に一気に突入。

 

 右足の蹴りを放ったアンシュラオンにカウンター気味に右手を伸ばす。

 

 これも左側に隙を生み出して、あえてそこを攻撃させるテクニックを使っている。隙があれば打ち込みたくなるのが武人の衝動である。

 

 そこに必殺の一撃を繰り出せば、いくらアンシュラオンでもよけられない。

 

 そして今度は、五本の指すべてを突き刺すように貫手を使う。どの指でもいい。どれか一つが当たってくれれば、という願いを込めて。

 

 

 

 願いが、意思が力となり、貫手が綺麗に伸びて―――戦気を貫通。

 

 

 

 ズズズズズズズズバッ!!!

 

 右手にだけは全身全霊の戦気を込めているので、アンシュラオンの戦気を貫通したのだ。

 

 

 そのまま―――身体にまで至る。

 

 

 

「ぐおおおおっ!!」

 

 

 ジュウウウッ ボボボボボッ

 

 しかし一方、右手に集中させたために他の部分の戦気量が格段に減ったので、アンシュラオンの戦気に触れただけで身体が焼けていく。

 

 そこはもう捨てている。右手だけが届けばいい。

 

 必死に右手を伸ばし―――

 

 

 ドスッ!!!

 

 

 かろうじて指先一本が胸に突き刺さる。

 

 

(届いた…! たとえ指一本でも、この技ならば行動不能にできる!)

 

 

 アンシュラオンの胸に、その凶悪な攻撃が当たった。

 

 

 ユニークスキルのため、アンシュラオンも死痕拳の詳細情報を知らないはずだ。

 

 犠牲になった戦罪者のように知らなければ防ぎようがない。これも死痕拳の怖ろしいところである。

 

 ただし当たったのは指先一本なので、おそらく殺すまでには至らない。せいぜい動けなくするくらいが精一杯だろう。

 

 この怪物が、これだけの攻撃で死ぬとは到底思えないのだ。これも長年の経験による直感である。

 

 

(それでもかまわぬ! リーラ様を助ける時間が稼げるのならば…!!)

 

 

 全身全霊、乾坤一擲(けんこんいってき)、すべてを死痕拳にかける。

 

 自分の生がここで終わってもかまわないという気迫が、その一撃を到達させたのだ。

 

 アンシュラオンは動かない。さすがの彼も少しは驚いたのかもしれない。

 

 ただじっとアーブスラットの手を見ている。

 

 

 しかし、されど、なぜかどうして、それは不思議なことに―――

 

 

 

 

―――何も起こらない

 

 

 

 

 

 たしかに指は届いているはずなのに、アンシュラオンの胸が黒くもならず、爆発もしない。

 

 

「なぜだ…! どうして!! 指は刺さっているのに!!」

 

 

 指は確実に胸に刺さっている。その感触がある。

 

 しかしながら何も起きないのだ。

 

 驚愕に染まったアーブスラットを見て、アンシュラオンは笑う。

 

 

「やっぱりそうか。肌の色が変わったし、何かしらやってくると思ったよ。…褒めてやるよ、アーブスラット。こんな生温い大地で、よくここまで武を磨いたな」

 

 

 アンシュラオンからすれば、このあたりはRPGで言うところの「初期村のエリア」に近い。

 

 そんな中でアーブスラットは、スライムを相手にレベルを85まで上げたようなものだ。その努力と武に対する執念には、素直に称賛の言葉を捧げたい。

 

 

「種明かしをしてやろう。手をよく見てみろよ」

 

「これは…!! 黒く…ない!?」

 

 

 アーブスラットの右手が普通の肌色に戻っている。死痕拳が解除されているのだ。

 

 そのうえ何かがまとわりついている。水色をしたネバッとした液体だ。

 

 

 

 手に―――命気。

 

 

 

 胸に到達したアーブスラットの手を包み込むように【命気】が展開されていた。

 

 命気が増殖する細胞をすべて分解して抑え込んでいたのだ。

 

 

「面白い技を使うな。細胞増殖系の技か? 今使っている身体強化スキルもそっち系ってことか。なるほど、それならばたしかに寿命が縮まるかもな。オレからすれば随分と無茶をしているように見えるが…そうしなければお前のレベルではここまで到達できないか。見事な覚悟だよ」

 

「まさか…なぜ…!! なぜ知っている!!」

 

「技を知る必要なんてないさ。お前が何かを狙っているのはすぐにわかったし、ダメージを受けた際にそなえて命気を展開させるのは常識だ。ただ、相性が悪かったな。オレの命気も細胞系に強いんだよ。そうだ。オレはお前にとって【天敵】なんだ」

 

 

 アーブスラットが細胞を増殖させるように、アンシュラオンの命気も細胞に特化した技である。

 

 

 特に―――ガン細胞には強い。

 

 

 実際に医者として多くのガン患者を治してきたのだ。ガンならば一秒以内で治せる。こうして本来の力を出せば一秒も必要ない。

 

 こんな最悪の組み合わせがあるだろうか。スキルを全否定である。

 

 いや、アンシュラオンからすればアーブスラットは得意とする相手なので、相性が良すぎるのかもしれない。

 

 

「そうか…医者だったな…すっかりと忘れていた…」

 

「そりゃまあ医者は仮の姿だしな。オレだってよく忘れるさ。ただ、お前は冷静さを失っていたな。余裕がなかった。だからオレの誘いにも気付かなかった」

 

 

 アーブスラットはとっくに限界を超えていた。思考力も低下していたはずだ。

 

 覚悟を決めたのはいいが、そこからの動きは実に単調になってしまった。

 

 いかに必殺の一撃とて、余裕のあるアンシュラオンが見切れないわけがないのだ。

 

 実際のところアンシュラオンも、わざと大きな隙ができる蹴りを出して相手の攻撃を誘導したのだ。

 

 いかにも蹴ってくださいと言わんばかりの動作である。誘いであることがわからないはずがない。だからこちらも左手のガードを甘くして、胸に攻撃を誘導したのである。

 

 

 その段階でアンシュラオンの勝ちだ。

 

 

 あとは心臓の周囲を徹底的に戦気でガードし、周囲を命気で覆うだけである。

 

 指は刺さっても心臓までは到達していない。切り離した指の一部も即座に分解している。

 

 ただし、たまたまアーブスラットの技が細胞系だっただけであって、他の攻撃であっても同じように防いでいたはずだ。

 

 

「お前の気持ちもわかるさ。ただでさえプライリーラが危険なのに、さらに格上の相手と戦わないといけないんだしな。普通は余裕なんてないさ。オレだって姉ちゃんと戦ったら生き残るだけで必死だ。守る余裕なんてない。たいしたもんだよ、あんたは」

 

 

 プライリーラを守るためにすべてを出し尽くした。

 

 彼女のやり方の範囲内で策を練り、準備をし、サナを捕縛するというデリケートな作業に従事し、そのうえ負けたプライリーラを助けなければならない。

 

 どれもこれも後始末ばかり。自分が望んだ戦場で万全の状態で戦えるわけでもない。

 

 奥の手も多大な代償を支払う自己犠牲のスキルばかり。どれを使っても自分の得にはならない。

 

 

「誰かのために自分を捨てる…か。羨ましいよ。オレもそれくらいサナを愛せるようになりたいもんだ。…楽しかったよ。名残惜しいがサナが心配だしな。これで終わりにしよう」

 

 

 ぐいっとアーブスラットの右手を引っ張り、逆上がりをするように膝蹴りを顎に叩き込む。

 

 

「がふっ」

 

 

 アーブスラットの脳が揺れ、視界が一瞬闇に包まれる。

 

 

 その間にアンシュラオンが包丁を取り出し、一閃。

 

 

 膨大な戦気によって生まれた剣気は、ほぼ完全に白に近い色合いとなり、相手を滅する凶悪な暴力へと変貌する。

 

 

 横薙ぎに放たれた一撃が―――切断。

 

 

 美癌門で強化した肉体すらまったく意に介さず、右腕と胴体ごとぶった切る。

 

 

 ブシャーーーッ ドチャドチャッ

 

 

 黒い血液と臓器をぶちまける前に―――とどめ。

 

 

「はぁああああ!!」

 

 

 ドドドドドドドッ パキパキパキパキッ

 

 アンシュラオンが前方の大気を叩くたびに、空気中の水分が凍っていく。

 

 

 あまりに速い打撃と凍気によって周囲が一気に冷やされ、バラバラになりそうなアーブスラットの身体が―――凍る。

 

 

 それでもまだ凍結は止まらない。

 

 パキパキパキパキッ

 

 さらに大気が凍っていき、次々と氷が生まれてアーブスラットを包みながら宙に浮いていく。

 

 

 

 そして―――高さ十メートルもある氷の十字架に閉じ込められる。

 

 

 

 その姿は磔(はりつけ)にされた聖人を彷彿させる、まさに自己犠牲の象徴であった。

 

 

 

 覇王技、水覇・凍拳十字氷墓(とうけんじゅうじひょうぼ)。

 

 

 凍気をまとった高速の連打で大気を凍結させ、相手を氷の十字架に封じ込める因子レベル6の技である。

 

 相手の身体に直接打ち込めば打撃ダメージも与えるが、こうして少し離して使っただけでも十分な効果を発揮する。

 

 名前通り【氷の墓標】とも呼ばれる非常に美しい痕跡を残すので、この技を受けて死にたい、あるいはこれを墓代わりにしてくれと願う者すらいるくらいだ。

 

 

 氷墓によって細胞が凍結したアーブスラットは、スキルを完全に封じられる。

 

 自力で復活はまずありえない状況である。

 

 

 

 これによってアンシュラオンの完全勝利が確定した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。