【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
ついに二人は女神像を発見するに至る。
「はぁ…やっと見つけましたね……。女神様、ありがとうございます」
ここに来るまでに相当疲れていたミャンメイが、安堵感から崩れ落ちる。
女神にでもすがりたい、というのはこういう気持ちだろうか。今は祈りたくて仕方がない気分であった。
女神像はそんなミャンメイを労わるように、穏やかな表情で鎮座していた。
周囲は神殿ほど立派な造りではないし、女神像もそこまで綺麗とはいえないが、最低限の体は成しているように見える。
それを考慮すると、ここは【祭壇】なのかもしれない。
なぜか至る所にある神殿や祭壇に疑問を抱くが、日本でも道を歩けば、地蔵やら小さな
単純に信仰心が元になったものもあれば、一方では【鎮魂】を目的としたものもあるだろう。
霊自体は死なず、肉体が滅びれば大半が霊界(この世界では愛の
いわゆる未浄化霊、成仏していない霊といった存在である。
彼らは死んだことに気付かない。
霊が不滅であることを知らないので、肉体が死んでも霊体で生きていることに気付かず、そのまま想念の中で暮らすことがある。
幽霊のもう一つの正体が、これだ。
基本的に肉眼で霊体は見えないが、稀に何かしらの条件が整うと霊眼が作用し、そういった人を見ることがある。
驚きはするものの、同じ人間なので怖がることはない。ただの迷い人にすぎない。
この場合、その人に見えたということは、迷い人を守護している霊がそうさせた、と考えるほうが妥当だろう。目覚めさせる手段として、その人を利用したのだ。
そういう意味では、鎮魂や慰霊には意味がある。
彼らが死んだことを自覚させ、本来の領域に戻すためにはそれなりに有用だ。
ただ、もっと重要なことは、この世界は段階的に進化する仕組みになっており、地上は真ん中より少し下くらいの霊域に存在する【途上の世界】であるということだ。
人生の目的は地上で霊性進化することであり、死後にさらに高い霊域に赴くことだ。そこを見誤ってはならない。
もしすべてが地上で完結するのならば、これほど不条理で不平等な世界はないだろう。
だが、そんなことはないので安心してほしい。すべては良きに計らわれる。
そして、すべての霊が女神の段階に至ることを夢見て、人は祈る。
「ああ、女神様」と。
べつにこれが言いたくて説明したわけではないが、誤解を招くので、そろそろ話をミャンメイたちに戻そう。
「これって、さっきの骸骨戦士さんたちを慰めるための祭壇でしょうか?」
「んなわけねぇだろう。むしろあいつらに必要なのは、自分の闘争本能を満たしてくれる野獣みたいな相手さ。自分を徹底的に壊してくれるくらいのな」
「ああ、なるほど、供養の仕方もそれぞれ違うんですね」
「供養もなにも、あいつらは単なる無機物だけどな。骸骨の心配をするより、自分の心配をしておけ。問題は、ここが行き止まりってことさ。最悪は、あの草原に戻る必要がある。それだけは勘弁だぜ」
「女神像があるんですから、ここから戻れませんかね?」
「そんな都合良くいくか? やるにしてもよ、どうやって起動させるんだ?」
「………」
「………」
「…た、大変です。やり方がわかりません!」
「だから最初からそう言ってんだろうが! ああ、もう! てめぇがそういうやつだってことはもう十分わかったぜ!」
やっぱりミャンメイは、どこか抜けている。
ただ、シャイナとは違って性格が素直であり、愛嬌があるので憎めない。
こういった天然ぶりも、単純に可愛らしいと思う異性のほうが多いだろう。そのあたりは得な女性である。
「でも、これしか頼れるものはないですし…なんとかしないといけませんね」
「やれやれ、女神さんよ。迷子の俺らを助けてくれよ。…って、聞いてくれるわけもねぇか」
「グリモフスキーさんが悔い改めれば、助けてくれるんじゃ…」
「あぁん!? 何を悔い改めるんだよ!」
「いろいろと悪さしたことへの謝罪とか…女神様への不信心とか。思い当たることとかありません?」
「ありすぎてどれかわからねぇよ。俺はよ、生きるだけで精一杯なんだ。いちいち懺悔なんてしていられるか。祈る暇があるなら、今日の食いぶちを稼ぐほうを優先するさ」
「…そうですね。生きるって大変ですよね」
「ああ、そうだ。俺らは死ぬまで生きるしかねぇんだよ。…頼ったって誰も助けちゃくれねぇよ。いつだって、てめぇ自身でやるしかねえのさ」
自分でやる。自分で闘う。
それが少年が学んだ一番大事なことだ。
父親がいなくなったことに絶望して、心を病んでしまう可能性だってあったに違いない。
日本に限らず地球上のどの国でも、そうした話はよく聞く。
それだけ聞けばかわいそうであり同情もするのだが、女神様は乗り越えられる試練しか与えないものだ。
そこで潰れるのも自分次第。乗り越えようと努力するのも自分次第だ。
そこには【自分の意思】がある。選択する権利が与えられている。
そして、グリモフスキーは諦めなかった。生きることを諦める理由がなかった。
だから今回も諦めない。
グリモフスキーは、女神像を動かそうといろいろと試していく。
触ったり撫でたり、今まで拾ったものをお供えしてみたり、あるいは嫌々祈ってみたり。
だが、そのどれもが効果を発揮しない。
(ちっ、どれも駄目か。女神様ってのは、こういうときに何もしてくれねぇからな)
頼りにならない女神像を見つめるグリモフスキーの目に落胆の色はない。
最初から期待しなければ裏切られることはないのだ。誰かを責めるのは、誰かに頼っている証拠でしかない。
彼の心の強さは、もちろん生来の魂の強さもあるのだろうが、あの日見た夢を忘れられないからでもある。
(親父がいなくなったことはつらかった。憧れていたからな。だが、それはしょうがねぇ。人間なんていつ死ぬかわからねぇ弱い生き物だ。親父だって死にたくて死んだわけじゃねえだろう。それはいいんだ。そんなもんさ。だから俺は、死ぬまで自分自身の夢を追いたい。追っていたい。…ああ、そうなんだな。今になってよくわかったよ。まだ俺の中には【大きな夢】があるんだ。…そうだ。ガキの頃からずっと憧れていたのは…)
ダンジョンで見つけたガラクタの輝き。
誰が見てもゴミでしかなかったガラクタでさえ、少年には黄金に見えたのだ。
新しいものを発見する喜びは最高だ。自分だけの感動だってかまわない。それが輝いて見えれば、その瞬間こそが宝物なのだ。
ただ、元少年の中には、いまだに心残りがあった。
(親父が追い求めていた…あの石。俺が見つけてやりてぇな。どんなものか知らねえが、きっとすげぇお宝なんだろうな。せめてそいつを見つけて、親父の墓にでも供えてやりてぇよな。それだけが俺の中では心残りだぜ)
ずっと疑問だったのだ。
父親がそこまで欲したものとは、いったい何だったのか。
命をかける価値があったものなのか。それともただのガラクタだったのか。
真相はどちらでもかまわない。父親が満足していれば問題はない。
そのうえで自分もそれを見てみたい。手に入れてみたい。
単純に自分自身の知的好奇心からも、それを見たい。
(いつ死んでもかまわねぇ。だが、あれだけは…あの石だけは…妙に気になる。そいつを見つけるまでは、こんな場所で死ぬわけにはいかねぇんだよ。それが俺の生きる原動力ってやつだ)
「生命の石…か。なぁ、女神さんよ、俺にその石を見つけさせてくれよ。一生のお願いだ。チンケな人間のチンケな願いだが、あんたは聞いてくれるかい?」
なんとなしに呟く。
祈りにしては挑発的かつ皮肉が交じったものだ。これも独りで生きてきた彼の性分というものだろうか。
「………」
その言葉に対し、女神像は何も応えない。
当然だ。ただの呟きに意味はない。もとから期待していたわけではない。
(何か反応するわけもねぇか。そりゃそうだな。そもそもがよ、この女神像だって昔の遺物なんだろうしよ、昔のもんなら昔の言葉じゃないと意味だってわからねぇよな。ははは、こりゃ笑えるぜ。女神様には通訳が必要ってか。そりゃ祈りも通じないわけだ。……ん? そういえば…あのメモに……呪文みたいなのがあったような……あれは昔の言葉なのか?)
記憶の残滓が、かすかに脳裏に蘇る。
父親が次の日の探索にそなえて眠りに入った頃、興奮した少年は思わずメモを盗み見していた。
少年は夢中でメモを読みふける。
ほとんどは理解できなかったが、【ある言葉】だけはよく覚えていた。
いつか自分も追いついてやろうと、それだけは心の中で何度も反芻していたものである。
だからこそ、やろうと思えば今でも言葉に発することができる。
(そういやガキの頃は、よく呟いていたな。ははは、まったくもって本当にガキだったな。あんな意味もわからない言葉を毎日呟いてよ…。恥ずかしいにも程があるぜ。さて、どんな言葉だったか。たしか…こんな感じの…)
多くの者は子供の頃、漫画やアニメに出てきた魔法の呪文を覚えるために、何度も練習したことがあるだろう。
魔法少女の変身の台詞でもいいし、攻撃魔法の詠唱だっていい。憧れたものに近づきたいという欲求が自然とそうさせるのだ。
グリモフスキーも、それは同じである。
父親に憧れ、彼が追い求めたものに憧れる。だからこそ心に輝くものを得られる。
そして、目を瞑って輝いていた過去を思い出しながら、何気なく呟いてみた。
「ネグロティア・プランバ・ヴィア・ヘビアヴォラン」
意外と淀みなく言葉が出てきた。
文字で見ただけなので発音などわからないため、適当に自分でアレンジした「どうでもいい音」だ。
意味もわからない。さして格好良い言葉でもないし、好んで呟こうとも思わない。
されど、そこには少年の夢が込められていた。
夢があるからこそ久しぶりに発した今でも、これほどスムーズに出てきたのだろう。
ただただ懐かしい。懐かしさしか感じない。
(やれやれ、俺も疲れているんだろうな。まったく、こんな場所で何やってんだか。早く戻って俺も休みたいぜ)
何も変わるわけがない。何もないさ。
そんなことはわかっている。ただちょっと疲れて言ってみただけだ。
ちょっとしたお遊び。遊び心でしかない。
「これからどうしたもんか―――」
うっかり呟いてしまった気恥ずかしさから、女神像から目を逸らそうとしたが―――
ブウウウウンッ
女神像が光っていた。
「…あ? この像って、こんなに光っていたか―――」
ぽわんっ
そして、何の予告も何のアクションもなしに、二人がふわっと消えた。
グリモフスキーだけでなく、傍で台座を調べていたミャンメイも消えた。
この現象は、とても見覚えがある。
地下神殿からダンジョンに飛ばされた時と同じ、【転移】だ。
今まで何も反応がなかったことを考えれば、やはりグリモフスキーの言葉に反応したと考えるべきだろう。
それに加えて、彼がはめていた腕輪も関係があったと思われる。
それでもさすがにこれはないだろう、という言葉にも頷けるが、そんなことを言われても困る。
なにせグリモフスキーがそれを呟いたのは、本当に偶然だったのだ。
いや、もしかしたら彼の直感が、あるいは彼の霊が真実の一部に気付いたのかもしれない。
いやいや、もしかしたら本当に単なる偶然だったのかもしれない。
いやいやいや、そんなことはない。これもまた運命なのかもしれない。
かもしれない、かもしれない。かもしれない。
ええい、うるさい!!
かもしれないなど―――存在しない!!
はっきり言おう。
これは完全に【必然】だったのだ。
ミャンメイがここにいることも、グリモフスキーがここにいることも、すべては必然の中にあった。
仮にここではない違う祭壇であっても、この遺跡内ならば「そこ」にたどり着くようにプログラムされていたのだ。
だから、彼と彼女がそこに行くのは決まっていたことである。
グリモフスキーが呟いた言葉は、学者が見つけた文献から抜粋されたものだった。
言葉の意味は、こうだ。
―――ネグロティア・プランバ・ヴィア・ヘビアヴォラン
―――〈黒の叡智よ、生命の螺旋へと我らを導きたまえ〉
そして、女神様は願いを叶え、二人は【螺旋】へと導かれる。
この遺跡が生まれた理由の一つ、真実の一端へと。