【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「お前のことかーーーいっ!」と、思わずつっこみたくなる発言をした人物が目の前にいる。
まったくもって訳がわからない。正直、関わりたくない人物である。
がしかし、問題は場所だ。ここが路上ならば完全に無視だが、こんな遺跡の奥にいるとなれば話は大いに異なる。
この人物は誰で、何の目的でここにいるのかを問いたださねばなるまい。
「それで、お前は誰なんだ?」
まだ危険がありそうなので、レイオンが代わりに話しかける。
「だれ…誰?」
「お前のことだ」
「ぼく…だれ? だれ?」
「いや、こちらが訊いているんだが…記憶がないのか?」
「きおくって?」
「記憶は記憶だが…ええとだな、なんといえばいいのか……」
「あんた誰?」
「ん? 俺か? 俺はレイオンだ」
「…誰?」
「だから、レイオンという名前だ」
「それって誰?」
「誰と言われても…俺は俺だしな…」
「あんた誰?」
「イラッ」
「兄さん、下がって!!」
ままならない問答に思わずキレそうになったレイオンを、ミャンメイが下がらせる。
レイオンはあまり頭を使うのが得意ではないので、けっこう短気である。
今までの経緯を話していたときは、すでに知っていたことを述べただけなので意外と饒舌だったが、こうして新しいコミュニケーションを形成することには不向きなのだ。
「誰、だれ、ダレ?」
レイオンの呼びかけがきっかけになったのか、ミイラ男が自問自答モードに入ったので、ミャンメイたちは一度下がって会議を始める。
「くっ、なんだあいつは。話がまるで通じん」
「どうして通じると思ったんだ。あいつは完全にヤバイやつだろうが」
「見た目で決め付けるのはよくないですよ」
「てめぇも、さらりとひでぇこと言うもんだな」
ミャンメイの発言は、自分もそう思っているという意思表示でもあったりする。
たしかに見た目は危ない。こんな場所にいる布巻きの人間が正気であるわけがないのだ。
事実、まったく会話が通じていない。今後通じるかも疑わしい。
「やつには関わらないほうがいいかもしれねぇな」
「どうしてですか?」
「俺にはわかるんだよ。あいつはヤバイやつだ」
「何かわかったのか?」
「いいや、何もわからねぇ」
「では、どうしてわかる?」
「んなもん、見りゃわかるだろうが」
「それはそうだが…根拠があるんだろう?」
「俺から言わせりゃ、あれをヤバイと思わないやつのほうがヤバイぜ」
「うむ…言いたいことはわかるが…」
グリモフスキーはミイラ男に対して、初対面から激しい警戒感を抱いているようだ。特に根拠はないようなので感覚的なものなのだろう。
とはいえ、彼のこの意見には百人中九十人は賛同するだろうから、一概に差別とは言いがたい。
「そういえばあの人、私たちと同じ言葉を話しているわ。ということは『古代人』ってわけじゃないのよね」
「そのようだな。さすがに一万年も生きている人間はいないだろう」
「それじゃ、いつの時代の人なのかしら? こんな場所だもの。気軽に人が来られるとは思えないわ」
「それともあいつは、ここに住んでいるのか?」
「こんな地下で? うーん、畑もあったし無理じゃないと思うけど…あっ、もしかして、あの畑を作った人たちの生き残りかしら?」
畑があったということは、誰かが食べるために栽培していたということだ。
だが、あの場には誰もいなかった。そのあたりがとても不自然であるし、ずっと気になっていたことだ。
彼がその施設を利用していたというのならば、地下で生活することも不可能ではないだろう。
「どうだかな。あそこからここまでは相当な距離があるぜ。簡単にたどり着けるとは思えねぇ」
「そう…ですね。じゃあ、近くに違うものがあるのかもしれません」
「おい、勘違いするんじゃねえぞ。俺たちはべつに遺跡の生き残りを捜しに来たわけじゃねえ。それはそれですげぇ発見だがよ、役に立たないのなら意味がねえぜ」
「役に立つ…か。ううむ、今のところは難しそうだな」
三人は、じっとミイラ男を見つめる。
こんな場所にいる怪しい男が、ただの人間であるはずがない。
が、当人の記憶がないのだからどうしようもない。このままでは役立つどころか、かえって足手まといになりかねない。
自分たちに余裕がない現状では、非常に扱いに困る存在であった。
「………」
一方ミイラ男は、じっと白骨を見つめていた。
すると突然、何やら不可思議な動きで手を回し始めたではないか。
しゅんしゅんしゅん
空中で何かをこねくり回すように両手を動かす。
何をやっているかは不明だが、その動きは非常に滑らかで優雅だった。
「あの動き…只者ではないな」
「わかるの? 兄さん」
「武芸とは違うようだが、何度も修練を積み重ねた動きだ。…いや、これはすごいぞ。あの男…男かどうかもよくわからんが、かなりの腕前だ。相当な時間を費やしたことだけはわかる」
彼の動きは武芸とはまるで違うが、そこには洗練されたものがあった。
一流は一流を知る。何かの道に
明らかに一般人の動きではない。ますます怪しさに磨きがかかる。
「時間……そう。ぼく…ぼくちゃんは……ここでずっと……あああああ、なんだったか…あああ……あーあーーー」
レイオンたちの声が聴こえて刺激になったのか、ミイラ男の言葉が少しずつしっかりとしてきた。
最初に出会った瞬間と比べれば、遙かにましになったといえるかもしれない。
「彼ともう一度話してみたほうがいいかもしれないわ。何か話して刺激を与えれば、もっといろいろと思い出すかも」
「なるほど。その通りだな。あの感じだと、人間と接触するのも久々のようだしな」
人間の脳、記憶は、互いに関連付けられたもので繋がっている。
たとえば「ご飯」ならば、「白米」「味噌汁」「朝・夜」「家族」等々、それに関連したイメージが湧き上がってくる。
特定の人物に関してもそうだ。「Aさん」という人物に「いい人」というイメージが付いていれば、Aさんを思い出しただけで気分が良くなるだろう。
一方、「Bさん」に「嫌なやつ」という関連付けがされていた場合は、何度思い出しても一緒に不快な感情まで再生されてしまう。
ついには同じタイプの嫌な感情を受けた際に、Bさんを思い出すようにさえなる。
これが記憶の負のスパイラルというもので、一度貼られたレッテルがなかなか拭えないのは、脳そのものの仕組みと関係があるわけだ。
ミイラ男の場合、【言葉を忘れて】いた。
重要な点は、話せないのではなく忘れていた、ということだ。
言語を忘れるということ自体すごいことだが、それだけ誰かと接触するのが久しぶりなのだろう。
一般人も二ヶ月くらい他人と会話せず、ひたすら作業に打ち込んでいると、いざ外に出たときに「声が出ない」という現象に陥ることがある。
話そうと思っているのに声が出ないのだ。喉を使わなかったせいで閉じてしまっているからだ。
何事も使わなければ退化する。つまりは彼はそれだけ長い時間、誰とも会っていないことを示していた。
その彼の記憶を呼び覚まそうと、ミャンメイが再び接触する。
「あのー、お話しませんか?」
「…はなし? はな…す。ううう…おぉぉ……うごごご」
ばごん がごんっ
ミイラ男が口を大きく開けたり、喉を開こうとするたびに妙な音が聴こえる。
なんとも怪しさ満載だが、ここにいる段階で怪しいので、そのあたりは無視することにした。
「ずっとここにいるんですか?」
「……ここに? ここは……いた。いた、いた、いた。何度も…いた」
「どれくらい前からいるんですか?」
「前…? 前……前? 今、いつ?」
「え? 今は…いつでしたっけ?」
「1024年だ。グラス・ギースの暦だがな」
見かねたのか、グリモフスキーが教えてくれた。
世界共通の言い方では「大陸暦~年」と呼ぶが、東大陸では国家そのものが確立していないことが多いため、その都市や自治区独自の暦を使うことが多い。
今はグラス・ギースの暦で1024年。
五英雄が都市を造り、新年と定めた日から数えた年である。
「ほぅ、そうだったのか。知らなかったな」
「特に必要でもねぇからな。知らなくても問題はねぇよ」
「お前、そういうところは案外博識だな」
「ああ? グラス・ギースに住んでいるんだ。当然だろうが。世話になってりゃ、それくらい勉強するもんだぜ」
さすがグリモフスキー。こう見えて真面目である。
「1024年……? んー、んーむ」
「知ってます? この上にはグラス・ギースって都市があるんですよ」
「グラス・ギース…? ぐらす……ぐらす。ぐらす…たうん?」
「いいえ、グラス・ギースです。ぐらす・ぎーす」
「グラス…タウン?」
「いえいえ、だからグラス・ギースで…」
「待て! グラス・タウンだと? グラス・ギースの前身になった都市の名前じゃねえか。こいつ、どうしてそれを知ってやがる?」
「え? そうなんですか?」
「グラス・ギースを知らないで、グラス・タウンを知っていやがる。偶然とは思えないがな」
グラス・タウンは、大災厄が起こる前のグラス・ギースの名前である。
この地域でギースという言葉には〈災厄〉の意味があるので、グラス・ギースを直訳すると〈災厄に見舞われた大地〉になる。
好き好んで不吉な名前を都市に付ける者はいない。わざわざこうしたのは、今後も人々が災厄への備えを忘れないためである。
いつかまたやってくるであろう害悪のために、日々準備をしておけという戒めなのだ。
そして、災厄という言葉が、彼に大きな刺激を与える。
「災厄…さいやく…サイヤク……最悪!? サイアアアクウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! うごーーー! うごおおおおおおおお!!」
「ちっ、また壊れやがったか!」
「ただの発作ですよ! 温かい目で見守ってください!」
「やっぱりてめぇのほうが問題発言じゃねえのか!?」
「サイヤク…さいあく!!! さいあく、さいやく、やくさい、さくああくかううああぅううう!! うくうううう!! ―――あっ」
かちんっ
またもや彼の中で、何かがはまった。
そこから―――フリーズ
しばらく完全に動かなくなる。
が、その内部では激しい何かが渦巻いているのがわかった。
人間の思考と目の動きは関係しているので、彼の目が異様なほどの速度でぐるぐる回転していたことからも、それがうかがえる。
腫れ物を触るように、もとい、じっくりと優しく見守ること三分。
チッチッチッ チーンッ
カップラーメンではないが、きっかりと三分後に彼は目覚めた。
その時には、さらに彼はスタイリッシュに変貌していた。
「おーーー! おおおおー!! 思い出した!! おぼぼぼっおぼいだしたよ!! そーそーーー、そうそう!!! ずっとココで遊んでたんだ!! そーそーーー! そうなのよ!! ウゴゴゴゴゴッ!」
ウゴゴゴゴというのは、首だけが上下に凄い速度で揺れる音を表している。
どういう原理かわからないが、怪しげな特技を持っているものである。
当然、そんな反応にミャンメイたちは一歩どころか、数歩下がっていた。
「な、なぜか突然、陽気になったんですけど…」
「どうやら会話できそうだな。対応してやれよ」
「わ、私がですか?」
「温かい目で見守るんだろう? 病人の介護は任せるぜ」
「うう、わ、わかりました。あ、あの…遊ぶって何をしていたんですか?」
「んー? ウゴゴッ」
「ひゃー! 首が反対側に回ったーーーー!」
「それくらいのことなら俺もできるぞ。ほら」
「兄さんは黙ってて!!」
武人の肉体操作があれば、首を百八十度回転させるくらいは容易だ。
だが、ミイラ男の動きは武人のそれとは多少ながら異なっていたが、奇異な様子が気になって、もはやそれどころではない。
こいつはヤバイ。
さらにヤバさが増した気がする。