【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「ん? あなた誰?」
マキは、今になってようやくJBの存在に気付く。それ以前に彼を殴ったことすら覚えていない。
激しく苛立っていたため、八つ当たりで門を殴ろうとしたところ、たまたまJBがいて顔面をぶん殴ってしまった、というだけのことだ。
扉が開く様子にも気付かないあたり、彼女も目の前が見えていなかったのであろう。そのうえ八つ当たりしたにもかかわらず、まだ機嫌は直っていない。
JBに対して不審そうな視線を向ける。(事実、不審である)
「あなた、部外者ね。まだ扉を開ける時間ではないでしょう? ほら、早くあっちに戻りなさい」
「女! この私に…! ネイジアの加護を受けた私に、貴様のような穢らわしい者が触れるとは!! 万死に値する!」
「は?」
「くくく、女を切り刻むのも嫌いではないからな! 八つ裂きにしてくれる!」
「あー、あーなるほど。そういうことね」
このやり取りだけで、マキはJBの本質を理解した。
「あなた、【変質者】でしょ?」
「なに?」
「それとも真性の馬鹿かしら? いるのよね、こういうやつって。もうすぐ涼しくなる季節だっていうのに、平然と湧いて出てくるから怖ろしいわ。ほんと、どこから来るのかしら。ほら、しっしっ、みんなの迷惑になるからあっち行きなさい」
野良犬を追い払うように手を動かす。
かなり失礼かつ乱雑な対応であるが、門番をやっていると変な輩は山ほど来るのだ。そんな馬鹿どもの相手をいちいちしていたらきりがない。さっさと追い出すのが一番である。
改めて言うが、マキは苛立っている。
ここ何日間の鬱憤が溜まりに溜まっている。真面目な性格かつ強い自制心で己を抑えているが、内心ではアンシュラオンへの想いで一杯なのだ。
一度たがが外れたら見境がなくなるタイプだ。恋をすると熱中して、平気で彼氏のために借金をしてしまいそうで心配になる。
それはともかく、もう一度言おう。
彼女は苛立っている。
「このような恥辱! 女などに受けるとは!!」
当然、そんな扱いを受ければJBは激怒する。
自分が最初に他人を見下したくせに、見下されると怒るとは、なんと人間が出来ていないのだろう。
「はぁ? なにこいつ? 変質者なだけでなく差別主義者なの? あー、もううんざり! こっちが
「もう許さん!! 痛みと恐怖で悶え―――」
JBが前に出ようと一歩を踏み出した時には、マキはもう力強く地面を蹴っていた。
柔軟かつ引き締まった足によって疾風のように運ばれた身体が、一気にJBの懐に入り込む。
そこからさらに踏み込んだ足が、石畳を破壊。
それと同時に繰り出された右拳が、JBを―――
ドーーーーーーーンッ
吹き飛ばす。
彼の身体は再びピンポン玉のごとく飛ばされ、検問ゲートを突き破り、三十メートル後方にまで転がっていった。
転がるということは、それだけ力が逃げていることを示してもいる。だが、JBが自分で背後に跳んだわけではないし、マキの拳が弱いわけでもない。
彼女が意図的に破壊的な攻撃を控え、衝撃で弾き飛ばす手法を選んだからである。
彼女の役目は門番。相手を滅することも重要だが、まずは相手を門から遠ざけるのが仕事である。その職務をまっとうしただけだ。
「追い出したわよ。さっさと門を閉めなさい」
「…き、キシィルナさん!! き、来てくれたんですか!」
「まったく、あなたたちは何をしているの。こんな変質者を通すなんて門番失格よ」
「も、申し訳ありません!! 銃も効かなくて…」
「はぁ…やっぱり職場が悪いのかもしれないわ。こんなところにいたら婚期も逃すわよね。早くアンシュラオン君に会いたいわ…。ほら、さっさと閉める!」
「は、はい!!」
マキに命令された衛士たちが、十人がかりで門を閉める。
門番長…というより、マキが来たせいか、彼らの表情も劇的に明るくなっている。この門には必ず彼女がいる。その安心感が伝播しているのだ。
アンシュラオンが周囲に絶対の安心を与えるように、マキもまた門番たちの拠り所であった。
だが、JBは軽々と立ち上がる。
この攻撃でも彼はダメージを受けていない。
「…ふん。不快な」
「あら、頑丈なのね。手加減の必要はなかったかしら」
「手加減? くくく、この私に手加減? くくく、はははははは!!」
JBのフードが、ぐねぐねと動く。
風も吹いていないのに、内部で何かが蠢いているように跳ね回る。
「万死!! その身に万の傷を付けてから殺してやろう!! わが力の前にひれ伏せ!!」
「うわ、本当にやばいやつなのね。その恰好も変だし、何かイッちゃってる感があるわ。私も門番暦が長いからわかるのよね。あんたは…そうね……【中二病】? 自己陶酔のナルシストで妄想癖があるわね。病院行ったら?」
グサッ!! いたたたたたっ!!
マキの言葉を聞いた一般人の男性数名が、その場でうずくまる。彼らの心に容赦なく鋭い刃を突き立てるとは、実に怖ろしい女性だ。
マキは言ってしまえば「キャリアウーマン」であり、社会的に自立している立派な女性である。そんな女性の冷たい視線は、オタク男にとっては恐怖でしかないだろう。
フードを深々と被って顔と身体を隠し、「俺は特別臭」を出しているJBは、彼女から見れば中二病のニートでしかない。
「早く自立しなさい。いつまでも親御さんは元気じゃないんだから、現実を見ないと痛い目に遭うわよ。そんな大きな身体があれば工事現場でいくらでも働けるでしょう? 仕事を紹介してあげましょうか?」
マキの言葉は相当辛辣である。
これも苛立っているので八つ当たりしているだけだが、事実でもあるので痛さは変わらない。
「んぐうううう!! あの男といい、この都市の人間は生きる価値もない!!」
「そうやって自分が駄目なのを他人のせいにするから、どんどん駄目になるのよ。駄目なのはあなたであって、どこかの誰かじゃないのよ」
「うるさい!! その顔をぐちゃぐちゃにしてやるわ!!」
「はぁ? 最低の発想ね。まさにコンプレックスの塊だわ。それが格好良いとでも思っているの? 単純にダサいだけよ」
「貴様…死ね!!」
JBが駆ける。
この大きな身体が一気に加速し、マキに向かっていく。今度は本気のダッシュだ。加速度が違う。
レクタウニードス〈重磁大海象〉との戦いを見てもわかるが、JBはけっして鈍重ではない。
拳の速度、身体の移動速度は平均的な武人の数段上だろう。第七階級の達験級と比べても遜色はない。
ただし、それが普通の達験級の武人ならばだ。
JBが駆けてトップスピードに入る前に、マキはすでに駆けており、拳を打ち出す態勢に入っていた。
JBがいくら平均以上の力を持っていたとしても、同階級帯で踏み込みの速度がトップクラスのマキからすれば、それは「ノロい」のだ。
「遅いわ!」
JBが拳を引き絞る間に、マキは拳を放つ。
ドゴンッとマキの一撃が、JBの胸に直撃。
今回はJBも前に出ていたので、門での一撃のように簡単には飛ばされないつもりでいた。
「ちぃいい!」
しかも相手のほうが速いと見ると、咄嗟に身体を丸めて防御の構えに入ったのだ。
このあたりは、さすが武人専門の殺し屋。高い技量を持っている。
しかし―――圧す
マキの拳の特徴は、『真っ直ぐ』であるところだ。完全に垂直に真っ直ぐになったものは、極めて硬く、極めて強固になる。
彼女の一撃もそれと同じで、身体を真っ直ぐ、拳を直線的に相手に打ち出すからこそ、速くて強くなる。
圧縮された貫通力が、臨界を突破して爆発。
JBの巨躯に激しい衝撃が発生し―――飛ぶ
その衝撃の前では、防御も無意味。
JBは簡単に押し出され、遙か遠くの駐車場にまで飛ばされ、停めてあったクルマに激突!!
クルマのドアを破壊しながら、中に突っ込んでいった。
球場の屋外駐車場にあった車に、場外ホームランのボールが当たる光景に似ているかもしれない。あの巨体が、それほど景気よく飛んでいったということだ。
ビッグフライ! JBサーーーーンッ!
また、相手も直線で向かってきてくれたので、反発力が生まれて衝撃がさらに高まったのだ。
同じ直線同士ならば、より強固で強いほうが勝つ。その意味においてマキの拳は強かった。
「一昨日来なさい。というか、さっさと働きなさい」
パンパンと手をはたき、門の前に立ち塞がる姿は女傑の名に相応しい。
グラス・ギースの門には、必ず彼女がいる。
「おおおお! キシィルナ門番長!! かっこいいいい!」
「やっぱり俺たちのアイドルは、あの人しかいないぜ!!」
「ひゅー、ひゅー、女衛士さん、すごいぜーー!」
JBに横入りされた人々は、誰もがマキを応援したことだろう。盛大に飛ばされた姿にスカッとしたはずだ。
ただ、その姿に爽快感を抱いているのは、なにも部外者だけではない。
「ぎゃはははは!! やられてやんの、あいつ!! あー、腹いてー! ふっ飛ばされちゃってよ! はずかしーー!! なんだったんだ、あの自信はよ! ぎゃはははは!!」
その光景に腹を抱えて笑うクロスライル。
意気揚々と出て行ったのに即座に返り討ちにされるのだ。完全に笑い話である。
そして、JBが突っ込んだクルマに近寄ると、冷やかしの言葉を浴びせる。
「おいおい、JBさんよ、代わってやろうかぁ? オンバーン姐さんのファンになってCJ購入の手伝いをするなら、ちょっくらお手伝いしてやってもいいぜぇ?」
「…ふざけるな」
めり込んだJBが、ゆっくりと身体を起こして這い出てくる。
「大丈夫かぁ?」
「ふん、心配などしていないのに白々しい。おおかた、この失態を報告して私を貶める腹積もりだろう」
「あ、バレた? そりゃ、お前のお目付け役だしな。言っちゃうよ。口軽いしさ。だって本当だもんな。あんな可愛いお嬢ちゃんによ、ぷぷぷ。はずかしー!」
「次に何かほざいたら、お前の口から叩き潰してやる。黙っていろ!」
「へいへい、お気をつけて」
「あの女…もはや許さん!」
「いやお前、それ完全に負けフラグじゃね?」
「黙っていろと言ったぞ!!」
JBの身体から巨大な戦気が噴出し、クルマが粉々に吹き飛ぶ。
戦気はその人間の状態を示すものでもある。彼は強い信仰心から『白い戦気』を持っていたが、今は怒りに満ちているのか、とても真っ赤な色合いをしていた。
「言っておくけどよ、キレて『アレ』はやるなよ」
「あのような小物に使うか」
「んなこと言ってよ、つい先日やったばかりだろうが。てめぇは困ると、いつもあればかりやる。今回はやめとけよ。ファルネシオに言っちまうぞ」
「ぐううううっ! 貴様も軽々しくネイジアの名を出すな! 余計な真似をしたら、ただでは済まさんぞ! おとなしく下がっていろ!」
「はいはい。行ってらっしゃーい」
「ふんっ! 不快だ!! 極めて不快だ!!」
JBは再び門に向かっていく。
やられたまま済ますほど人間が出来ているわけもない。まだ修羅場は続くだろう。
「あーあ、大丈夫かね、あいつ。キレなきゃいいけどな」
「アレがなくても彼は強いですよ」
「おっ、持ち上げるねぇ。それとも、持ち上げてから落とすかい? オレのほうがつえーみたいなよ」
「そういうつもりではありません。本当にJBは強い武人です。少し前の私ならば、手も足も出なかったと思います。仮に広域破壊を封じられても、彼は紛れもなく強いのです」
「だが、あのお嬢ちゃんも強いぜ。JBを弾き飛ばすなんて、並じゃねえな」
「それは仕方ありません。なにせ彼女も、少し前ならば私が絶対に勝てない相手だったのですから」
「へー、兄さんのお墨付きか。それなら面白い。なぁ、賭けようぜ。どっちが勝つと思う?」
「不謹慎ですね。仲間でしょう?」
「こんな面白い話、賭けなきゃつまらんだろう?」
「では、私は彼女に」
「おいおい、それじゃ賭けにならねぇな」
「おや? あなたも彼女に賭けるつもりだったのですか?」
「そりゃな。あんなイカれたヤバいやつを応援なんかしたくねぇし」
「酷いですね。少しは応援してあげてください。どのみち私は地元の人間を応援しますよ」
「ちっ、しょうがねぇ。こうなったら周りを巻き込むか。おーい! そこのやつら、暇してるかー! 賭けをしようぜ!! あの大男と門番の姉ちゃん、どっちが勝つかだ!!」
「なにぃいい! 面白そうじゃねえか! 乗った!!」
「なんだ、なんだ!? なにやろうってんだ!」
クロスライルが並んでいた者たちに声をかけると、思った以上の人々が集まってきた。
「さあ、賭けた。賭けた!!」
「俺はやっぱり、あの姉ちゃんだな。胸がでかい!」
「馬鹿たれが。戦いでは邪魔になるじゃろう。わしは、あの変なやつじゃな。何か隠し玉がありそうじゃよ」
「断然、あのお姉さんです!!」
「見ろよ、あいつ。全然ダメージ受けてねえぞ。おれはあの男だな!!」
あれよあれよという間に賭けが成立していく。
賭け試合が好きなのは収監砦だけではない。荒野全体からしても数少ない娯楽なのだ。しかも収監砦とは違い、荒野での戦いは互いの死に直結することが多いので白熱する。
サッカーが盛んな南米では、まったく専門家ではない酒場のおっちゃんが、やたらテクニカルな話をしてくることがあるが、それだけ文化が浸透していることを示してもいるわけだ。
今のところ賭け具合は、マキ七割、JB三割といったところだろうか。
女性は華があるし、単純にマキが強いことは初めて見る者にも明らかだ。その点で人気が出ているのだろう。
しかし、JBはただの武人ではない。
(彼女が強いことは知っていました。私もかつてはボコボコにされましたからね。入院までしましたし…。ですが、彼もまた強い。どうなるかはまだわかりませんね)