※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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563話 「予定調和 その2」

 

「あんたは…?」

 

 

 ソイドダディーが、突然会話に割り込んだ男を見て呆然とする。

 

 その人物が誰かわからなかったこともあるが、明らかに異様だったからだ。

 

 男は、車椅子に座っていた。

 

 見るとズボンの足はぺらぺらで、そこには何もないことがわかる。

 

 足を失うことなど荒野では珍しいことではないものの、彼の顔がさらに異様さを引き立たせていた。

 

 顔は包帯でグルグル巻きにされており、所々から縮れた毛が飛び出ている。

 

 唯一見える目元と口元も黒く変色し、唇は真っ白に膨れ上がっていた。

 

 

「ああ、これですか? くくく、みっともない姿でしょう? 足はなくなって、顔も焼け焦げちまったんですよ。笑ってくださいな」

 

 

 ダディーたちが奇異の視線を向けていることに気付くと、男は自虐的に笑う。

 

 だが当然、笑えるような空気ではないし、男の目がそれを許さなかった。

 

 すでに瞼すら焼け焦げて、瞬きすることもできなくなった男の視線が、じっとこちらを見つめているのだ。笑えるはずもない。

 

 

「あんたは誰だ?」

 

「申し遅れました。私はモザート協会のワカマツと申します」

 

「モザート? マングラスの?」

 

「ええ、そうです。若頭を務めさせていただいております」

 

「名前は知っているが…」

 

 

 男の名前は、ワカマツ。

 

 忘れているかもしれないが、ホワイト商会が動き出した当初に出会った男である。

 

 狭い都市だ。ワカマツの名前くらいは知っているが、あまりの変わりようにわからなかったのだ。

 

 

「で、そのワカマツさんが何の用だ」

 

 

 立場的には組長であるイニジャーンが上なので、やや威圧的な視線をワカマツに向ける。

 

 マングラスと聞けば、こうして警戒するのが普通である。

 

 

「でしゃばるようですがね、こんな雑魚を殺しても、あいつを殺さないと意味がない。そうではありませんかね?」

 

「言われずとも、それはわかっている」

 

「わかっているなら、すぐにでもやつを殺しに行くべきでしょう」

 

「これだけの惨状だ。すぐには動けない」

 

「惨状?」

 

「見りゃわかるだろう。ラングラスの管理下で起こったことだ。やつらとの戦いで出た被害は、俺らが責任取らないといけないんだ。後始末も重要だ。見捨てるようなことがあれば、うちの信頼が失われる」

 

「それならば私のこの怪我の責任も、あなた方が取ってくださるんで? 私が失ったもの、この両足と顔と面子を、どうやって返してくださるんですかね?」

 

「…できる限りはする。そうとしか言えない」

 

「できる限り?」

 

「物事には限度ってもんがある。しょうがねえことだってあらぁ。あんたも筋者なら、それくらいわかって―――」

 

 

 

「ふざけんんんんじゃねぇえええええええええええええ!!!」

 

 

 

 イニジャーンの弁明が逆鱗に触れたのか、ワカマツが叫ぶ。

 

 包帯を巻いているにもかかわらず、くっきりと怒りの表情が見て取れた。

 

 否、それは怒りと呼ぶにも生ぬるい。

 

 

「俺が、俺が、俺が!! どれだけコケにされたのか、あんたらにわかるのか!!! あのクソ野郎に、どれだけなめられたか、あんたらにわかるのか!! あああ!? 見下しやがって、コケにしやがって!!! 殺す、殺す、殺す、殺す!!! 殺して殺して殺し尽くして!!! 皆殺しにしてやる!!! 腹かっさばいて臓器を引きずり出してよ!! 細切れにして鳥の餌にしてやる!!!!」

 

 

 ゾオオッ

 

 ワカマツから真っ黒な気配が滲み出る。

 

 魔人の気配とはまったく違う、人間が発する『私怨』の波動だ。

 

 人を憎み、憎み、憎み、憎しみだけが人生のすべてになった者が放つ邪悪な波動である。

 

 ある意味において、こちらのほうが魔人より怖いのかもしれない。

 

 彼はけっして自分をコケにした者を許さない。痛めつけて、踏みにじって、何度も何度も苦痛を味わわせても、おそらくは満足しないだろう。

 

 

「はーー、はーーー!! くくくく、クギャギャギャギャッ!! ひひひひひっ!! あははははははははっ!! キャーーーキャキャキャッ!! 殺してやるぅうう! 殺してぇええ、ひゃひゃひゃっ!!!」

 

 

 そのあまりの憎悪の感情に、強い武人であるはずのダディーも呑まれて何も言えない。

 

 もしエバーマインドが彼の気質を表現すれば、『般若』のような怖ろしい人相を生み出したに違いない。

 

 

 それからしばらく狂ったように笑ったあと、再びワカマツは、ぎょろっとした目をイニジャーンたちに向けて頭を下げる。

 

 

「これは失礼いたしました。申し訳ありません。最近、感情がどうにも制御できなくて…この通り、許してくだせぇ」

 

「あ、ああ…いいんだ。それより…大丈夫か?」

 

「へぇ? ああ、大丈夫ですよ。私のことはご心配なく。それより、あなたたちは筋を通す必要がありますよねぇ。なら、ホワイトを殺してこそ、本当のケジメなんじゃないですかね」

 

「その言い分は痛いほどわかるが…これだけの被害を出しちまった以上、ラングラスにも余裕はねぇ。もちろんホワイトの野郎は始末するが、もう少し時間をだな…」

 

「それ、私に任せてくれないですかねぇ」

 

「…さっきもそんなことを言っていたな。どういうことだ?」

 

「簡単なことです。私がホワイトを殺します。その許可をもらいたいんですよ。その代わり、やつの死体は私に預けてください」

 

「死体を何に…いや、聞くだけ野暮か。だが、殺すっていっても…そのナリでか?」

 

「もちろん兵隊を使って殺しますよ。私はねぇ、やられたらやり返さないと気が済まないんでねぇ。ヒヒヒヒッ、ずっとこの日を待っていたんですよ。勝手にやってもよかったんですが、私も筋者ですからね。一応はお声がけしとかないといけないと思ったんですよ。ね? それが筋ってもんでしょう?」

 

「このことを組長…ジャグの旦那は知っているのか?」

 

「マングラスとは言いましたが、私はもうどうでもいいんですよ。そんなことはね。オジキが何と言おうと、俺はあいつの人生を滅茶苦茶にしてやりたいんです。あいつが後悔して泣き叫ぶ姿を見たいんですよ。そのためなら…もう全部が壊れてもいい」

 

「………」

 

「安心してください。もしホワイトを殺しても、ラングラスの手柄にしますから。費用も準備も全部こちらがやります。失敗しても私が独断でやったことですから、そっちには何の責任もありませんよ。どうです? 悪い話じゃないでしょう?」

 

「少し相談してもいいか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 

 イニジャーンが、ダディーを連れて少し離れる。

 

 

「ソイド、どう思う?」

 

「あれはまずい。完全に破滅を求める人間の目だぜ。若い頃の俺に…いや、それ以上にヤバい。何か言ってどうなるものでもないぜ」

 

「ってこたぁ、どうやってもあいつは暴走するってことか」

 

「だろうな。本当は関わりたくはねぇが、マングラスってのが面倒だ。組織内で騒がれたら話がでかくなる。ホワイトのやつは全派閥の人間から恨まれているからな。ああいうやつは山ほどいるさ。これからあんなやつらがどんどん出てくるぞ」

 

「それをうちらは防げない…か。全部の責任なんて取れやしねぇ。いったいいくらになるんだ。ラングラスが潰れちまう」

 

 

 ゲロ吉もそうだが、アンシュラオンに家族を殺された者たちも数多くいる。

 

 ここでホワイト商会を潰したところで、彼らの私怨が消えることはない。

 

 過去の戦争で起きた悲劇をいつまでも引きずるように、あるいは誇張して強化してしまうように、怨念は粘着質でしつこいのが相場だ。そんなものを納得させる方法などは存在しない。

 

 唯一の方法が自分で納得することだが、ワカマツにそんなことを言っても無意味であろう。

 

 

 少し話し合ったあと、結論。

 

 

 再びワカマツのところに戻る。

 

 

「俺らは関知しない。あんたの存在も見なかった。だが、もしホワイトの首が手に入ったら、それはそれで受け取るしかねぇ。それがラングラスの責任だ」

 

 

 ワカマツなど、いなかった。どこにもいなかった。

 

 彼が何をしようと彼の勝手だ。マングラスに無断で動こうとラングラスが知ったことではない。それはすべてワカマツが責任を負うものである。

 

 ただもし、うっかりホワイトの首が手に入るのならば、その手柄はラングラスがもらう。

 

 まったくもってワカマツには得にはならないことだが、そもそも私怨というのはそういうものだ。

 

 

「くひゃひゃひゃっ、ありがとうございます。ふへへ、これで筋は通したぁ。あとは…ひひひ。ひゃはははははっ!! あいつの大事なものを滅茶苦茶にしてやる番だなぁ。あひゃひゃひゃっ!」

 

 

 ワカマツは、奇怪な笑い声を発しながら闇に消えていった。

 

 それを見たイニジャーンたちは、深いため息をつくしかなかった。

 

 こんなことは早く終わってほしい。そんな気持ちだったのかもしれない。

 

 せっかくの勝利で浮かれていた気分を、ワカマツは簡単にぶち壊していったのだから。

 

 

 

 

 

 視点は変わる。

 

 

 彼らが地上でホワイト商会を潰して、混乱と混沌のさなかにあった頃。

 

 ビュウビュウと風が吹き荒れる城壁の上で、じっとそれを観察している者がいた。

 

 白いふわふわの髪の毛が風に揺れ、赤い瞳が遥か遠くで燃え尽きる館を見通す。

 

 

 その目は、嗤(わら)っていた。

 

 

 地面で這いつくばり、群れて遊んでいる者たちをあざけり笑っていた。

 

 そして、隣にいる黒く長い髪を揺らした美少女を撫でる。

 

 

「どうだ? ちゃんと見たかい?」

 

「…こくり」

 

「楽しかったか?」

 

「…こくり」

 

「それはよかった。お前のために用意した劇だからね。好きなだけ見るといい」

 

 

 黒き少女のエメラルドの瞳が、じっと炎を見つめている。

 

 サナの胸の上に手を触れてみると、とくんとくんと鼓動が速くなっていた。

 

 

 興奮しているのだ。

 

 

 言葉には出さないがサナは興奮していた。

 

 まだ喜びの感情も知らないので表現できないが、しっかりと見ている。

 

 ふにふにと、ついでにちょっとばかり膨らんだ彼女の胸を触って楽しみながら、アンシュラオンも満足そうに頷く。

 

 

 この夜には、さまざまな【役者】が迫真の演技を見せてくれた。

 

 決死の覚悟で向かっていった者たちがいた。

 

 ソイドビッグやクロスライルのような武人、それに対抗するホワイト商会の戦罪者たち。

 

 彼らは殺し合い、滅ぼし合った。その目的や程度はどうであれ、本気で殺し合ったことには変わりはない。

 

 その周りで「場外乱闘」に巻き込まれた者たちも一興だった。

 

 驚き、嘆き、恐怖、後悔。これもまた素晴らしい魂の叫びだった。

 

 一方では鳳旗を掲げたソブカという存在もいた。

 

 彼が放つ気高い光に人々が引き寄せられる光景も、舞台の見せ場としては極めて面白いものであった。

 

 これは十分、金を出してでも見る価値のある『娯楽』といえるだろう。

 

 

「サナ、これが人間だ。人間の面白さだ。人間には感情があるから面白い。いろいろな思想があるから面白い。その印象が、波動が、お前の肥やしとなる。良いものも悪いものも、それを含めての人間という存在なんだよ。それが魂の深みになって味わいとなる」

 

 

 白き魔人が、黒き少女を愛でる。

 

 感情が乏しく、自我の発露がまったくなかった彼女は、他人の感情や思想を吸収して成長していく。

 

 大根役者が演じる棒読みの演技では、誰も感動などしない。

 

 本気で生きて、本気で叫び、本気で何かを求めた者たちの【真なる声】でなければ、彼女には通じないのだ。

 

 その彩(いろどり)を与えてくれた『彼』には、感謝しかない。

 

 

「しかしまあ、マサゴロウ程度に苦戦するとは、うっかり死んじゃうかと思ってヒヤヒヤしたぞ。せっかくオレが時間を削って鍛えてやったんだ。ここで死んだら投資が台無しになるところだった。最悪は父親がいるが…息子ほど馬鹿ではないだろうしな。というか、あんな馬鹿はまず存在しないからな。死ななくてよかったよ」

 

 

 人々に囲まれてソイドビッグは、愛想笑いを浮かべている。

 

 褒められることに慣れていないので、どういう表情をしてよいのかわからないのだろう。

 

 ただ内心では、まだ焦りを感じているようだ。リンダのことを心配しているのだ。

 

 

 そして、これはすべて予定通り。

 

 

 完全なる予定調和だ。

 

 

 

「パチパチパチ。まずはおめでとうと言おう、ホワイト商会を倒した英雄君。その次は悪の元凶、ホワイトを打ち倒して君の役割は終わりだ。それでようやく、この仮面ともおさらばできる」

 

 

 

 アンシュラオンが、床に置いた白い仮面をぐりぐりと踏む。

 

 誰が好き好んで、こんな仮面を被るのだろうか。この劇が終われば、さっさと捨てて自由気ままな人生を送りたいものである。

 

 そう、アンシュラオンが以前述べていた通り、ビッグは英雄になるのだ。

 

 

 ホワイトを殺した、若きラングラスの英雄。

 

 

 この場は、彼のお披露目の場でもある。これだけの観衆に目撃されれば、多くの無知なる人々にとっては十分真実になるだろう。

 

 フェイクニュースにさえ騙されるのが愚民というものであり、なおかつ実際に戦罪者を倒す光景を見せれば、疑う者もそうはいない。

 

 仮に疑っても、そもそも武人の戦いを認識できる一般人などいない。

 

 ただ「なんとなく凄い」としか理解していないので、それ以上のことはわからないだろう。

 

 結局、真実は当事者しか知らないのだ。そして部外者は、知らなくてもいいことである。

 

 あとは都市伝説が好きな陰謀論者によって、ほどよく酒のツマミにでもしてくれればよい。

 

 

「保険で蒔いた種も綺麗に芽吹いてくれたようだし、問題はなさそうだな。さあ、サナ。みんなを迎えに行こうか。ちょうどいい死体も手に入ったし、そろそろあっちも終わりにしよう。ホテルに缶詰も飽きただろうしな」

 

「…こくり」

 

 

 去り際にもう一度、崩れた事務所に目を向ける。

 

 

「お前たちは十分役立ってくれた。そのすべてがサナのためになった。オレたちのために死んでくれた人間には、しっかりと礼を言わないとな。ありがとうよ。お前たちはそこそこ使えた道具だったよ。たいして役に立たない善良ぶった人間より、よほど有益だったさ。誇りを抱きながら死ぬといい。このオレが認めてやろう」

 

 

 そう言い残し、すっと二人は闇の中に消えていった。

 

 

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