【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
男たちは、エレベーターもろとも吹っ飛んだ。
この至近距離かつ密室で爆発すれば、さすがの裏スレイブも死亡確定だ。
「ふぅ、なんとかなったな。さすがホロロ先輩だ」
実はまだ戦気が出せないサリータでは、裏スレイブたちの相手はかなりしんどかっただろう。
相手の戦気術が極めて雑で未熟とはいえ、まったく使えないよりはましだ。(裏スレイブの中でも使えない者は多いが)
そうした戦力差を待ち伏せによってカバーした、というわけである。
猪突猛進のサリータではこんなことは考えられないので、ホロロの指示によるものである。
「ひぃいいい、ひ、人を…人を撃っちゃった!!」
安堵するサリータの隣で、シャイナが銃を持ったまま青ざめる。
彼女の射撃によって致命傷に至ったわけではないが、相手を傷つけること自体が一般人には重荷なのだろう。
「ああああ! なんでこんなことに…! ここも地獄ですよ!!」
「甘ったれるな!! 気合だ! 根性だ! 子供たちを守ると言っただろう! 最後までやり遂げろ!」
「そのために手を汚すとは言ってないのにいいいい!」
なんて女だ。何も提供していないのに、ただ守ってもらおうとは、あまりに都合の良い話である。
だが、現実はそう甘くない。シャイナにもきっちり人殺しの責任を負ってもらうことにする。
生きるためには何かを犠牲にしなければならない。それが相手の血ならば、自分が痛くないだけありがたいものであろう。
「無事、片付いたようですね」
そこにラノアを連れたホロロがやってきた。
彼女もメイド服の上から皮鎧を着ており、第一警備商隊から奪った銃を持っていた。(ラノアはサナの予備として作ってあったものを着せている)
身軽に移動するために、それ以外のものは何も持っていない。着の身着のまま、というよりは、それ以外の財産がないだけのことだ。
唯一あるとすれば自分の母親くらいだが、そのことも含めてアンシュラオンに任せてある。
「はっ! しかし、エレベーターを壊してしまって、よろしかったのでしょうか?」
「相手はホテル内部に詳しいわけではありませんから、そのほうがこちらに有利です。これで挟み撃ちされずに済みますからね」
「なるほど…。次はどうしますか?」
「非常階段を下りて、下の階でセノアを拾います」
「そんな悠長にしていて、本当に間に合うんですか!? ここは上の階なんですから、上ってきたら鉢合わせますよ!!」
「なさけない。あれだけ主人にかまってもらっているのに、まだ覚悟が決まっていないのですか?」
「だ、だってぇえええ! 怖いんですもの!」
「行きたくないのならば置いていきます。野蛮な連中の慰み者になって野垂れ死になさい」
「嫌ですううううう!! 助けてえぇええ!」
「うるさいぞ、シャイナ! お前は何を学んだ!! その手を血で汚せと教えてもらっただろう!」
「初耳ですけど!?」
思えばシャイナは、荒野の修行に連れていってもらったわけでもなく、単に麻薬の売人を続けていただけだ。
何も自己防衛手段を教わっておらず、いきなり実戦では喚くのも仕方ない。
が、負け犬の泣き言など聞いている暇はないので、ホロロたちは迅速に移動を開始する。
このホテルに、エレベーターは一つしかない。
いくら高級ホテルといっても、東側の辺境都市レベルでは一つ置くのが精一杯である。
そのエレベーターを壊した以上、残る手段は『階段』という原始的なものに限られる。
そして、ホテルの階段は二種類存在する。
一つは内部の通常階段。もう一つは外部の非常階段だ。
通常階段はホテル内にあり、地上一階から地上二十五階まで繋がっている普通の階段だ。
特に高層階において普通の客は階段でわざわざ上がらないので、従業員以外はあまり使用しないものといえるだろう。
一方の非常階段は二十五階と二十四階に存在し、ホテルの外壁を伝って外に脱出することができるルートだ。
アンシュラオンが借り切っているこの二つのエリアは、最上級の客をもてなすために造られたので、構造自体も下の階とは違うのである。
まずはこの非常階段を使い、下でセノアと合流することを目的としている。
では、その下の階の様子を少し見てみよう。
二十四階に誰がいたのかは、もう述べた通りだ。
彼の名前は、ルーアノーン。
略してルアンと呼ばれる存在だ。
マングラスの筆頭監察官であるレブファトの息子にして、アンシュラオン打倒を誓う十二歳の少年である。
彼は年下のサナにあっさりと負ける程度の弱い存在であった。
しかし、根性はある。我慢する力だけは人並み外れたものがある。
アンシュラオンはそんな彼を気に入って、さまざまな【薬の実験台】にしていた。
その中には、ベ・ヴェルに投与された『
このアンプルは普通は一回、最低でも一週間の間隔をあけて一本使うのが一般的だ。
ソブカが隠し持っていたくらいなので、かなり強力な薬のため、それくらいにしておかないと身体への悪影響が半端ないのである。
が、それをルアンは、【五本投与】した。
この短期間で、それだけ投与すれば―――
「ふーーーふーーーー!! ううううううう!!」
ギチギチギチッ!!
少年が持つ綺麗でしなやかな筋肉など、もはや見る影もない。
その白い服の中は頑強な筋肉の鎧で覆われ、「よっ、肩にちっちゃいジープ乗せてんのかい!」といったマッチョな世界が待ち受けている。(あるいは四万十川でも可能)
さらに凛倣過に加え、置いていった薬物のすべてを投与している。
アンシュラオンが薬の安全性など考えるわけもなく、相性や副作用なども知らないため、本当に適当に置いていったものである。
そんなものを手当たり次第に投与すれば、常に全身に痛みが走るのは当たり前。
眠れなくなるのは当たり前。頭痛が起こり、幻覚が見えるのは当たり前。
精神過敏になるのは、当たり前!!!
「呼んでる…だと!! あいつが……あいつがああ!! はーーーはーーー! どこまでもあいつは…腐って腐って腐って!! 腐ってやがる!!!」
ドゴンッ! ミシィッ
ルアンが壁に拳を叩き込む。
この壁はアンシュラオンが命気結晶で強化したので、そう簡単に壊れるものではないが、叩いた部分がほんのわずかだけ軋んだ。
以前の彼ならば、まずありえない現象だ。
いくら薬物投与で強化されたとはいえ、そう簡単に人はここまで強くはなれない。
なればこそ理由がある。
その一つが―――命気水。
ルアンに与えたものは、サナが飲んでいるものと同じ濃度かつ、アンシュラオンが直接生み出したものだ。スラウキンが生み出した紛い物とは根本が違う。
この命気水があればこそ、さまざまな薬を飲んでも副作用が出にくく、なおかつ相乗効果によってムキムキな身体になっていくのだ。
だが、薬を使えば代償を支払わねばならない。
「ルアン君…大丈夫? 手、痛くないの?」
「お前は…はぁはぁ…ううう…誰だ……」
「セノアだよ。また忘れちゃったの?」
「せ、セノア…うううっ! 頭が痛い…!」
記憶障害の症状が出ており、物忘れも酷くなる。
今の彼ならば、今朝食べたものすら忘れるに違いない。
「あ、あの、頭が痛いなら…無理をしないほうが……」
「無理…無理だと!! 僕に無理なんてないんだ!!! あいつを殺すまで僕は…ううう! 薬…薬を……!」
「もうやめたほうがいいよ…」
「うるさい! 薬を…! 早くクスリを…!!」
「はい、薬ならここにあるわよ」
「薬…!! これがあれば…僕は…強くなれる!!」
「ミチルさん! どうして!」
「セノアちゃん…もう無理なの。私たち…薬がないと生きていけないの」
この部屋には、ルアンとセノア、ミチルことリンダの三人がいた。
アンシュラオンの命令通り、ルアンの世話はリンダがやっていたので、彼女がここにいることはおかしくはない。
「僕と…あなたを一緒にするな…! 僕はあいつには…負けない!」
ただしルアンは、リンダに嫌悪感を抱いていた。
自分がもっとも嫌う相手に媚びへつらい、抵抗することも忘れて薬漬けになる彼女が、あまりに弱々しくて嫌いだったのだ。
「無理よ。そんなこと…無理よ…どうせ無理なのよ…」
「無理なんて言うなあぁあああ!」
ドゴンッ
ルアンは力任せに壁を殴りつける。
ピシッ
ほんのほんのわずかだが、かすかに傷が入った。
おそらくヤキチがポン刀で斬っても、傷一つ付かないであろう壁に、わずかながら傷を付けた。
だがその代償として―――
「うううううう!!」
ビシイイイッ
筋肉に強い負荷とダメージが入り、薬でさえ鎮静できない強烈な痛みが走る。
これはもはや痛みというよりは拒絶反応に近い。身体の限界を超えて薬を投与した結果だ。
「ルアン君…」
「ルアン…時間よ。ほら、これを…」
心配するセノアをよそに、リンダは命令に従い『白い仮面』を持ってくる。
「仮面…!! 仮面!!! なんて醜い仮面だ!!」
「いちいち声を荒げないで…疲れるの」
「反吐が出る!! あんたたちのような弱いやつらには、本当に反吐が出る!!!」
「あなただって同じでしょう? 命令に従うしかないのよ。それを被って、戦いなさい」
「戦う? 誰と…?」
「それは…すぐにわかるわ。あなたは頭がいいもの」
「何を言っているのか…理解できない。だが…外に出ないと……お父さんの正義を守らないと…僕は僕は僕は……守らないといけないんだ…」
「武器を忘れないように」
「武器…ああ、そうだ。殺すには…武器が必要だ……」
アンシュラオンに従わないと言いながら、白い仮面を被って武器を持ち、ふらついた足取りで部屋の外に出ていく。
意識はかろうじて存在しているが、すでに正常な判断ができていないらしい。これも薬の副作用である。
「ミチルさん、どうして止めないんですか!!」
「止める? どうして?」
「このホテルが襲われているんですよね? なら、どうしてルアン君を向かわせるんですか? あんな状態で戦えるわけないじゃないですか!」
「声を荒げないで…」
「あっ、すみません…。でも、こんなのおかしいです。変です」
おとなしいセノアにしては珍しく、目上の人間に声を荒げる。(実際はセノアのほうが何千倍も地位が上だが)
彼女がこうした感情を見せるのは、やはりルアンが同世代だからだろうか。
なぜセノアがここにいるかといえば、今日に限っては連絡係だが、彼女もルアンの世話を少しだけしていたからだ。
世話といってもリンダのように直接関与するというよりは、掃除や物の片付け等、間接的な接触にとどまっていた。
ただ、セノアは頭がいいし、こうして近くにいれば次第に状況がわかってくる。
少しずつリンダに事情を訊いて、ルアンの異常性に気付くことになったというわけだ。(詳細な生い立ちは教えてもらっていないが、ホロロから手伝いの許可はもらっている=アンシュラオンも知っている)
「ふふふ…セノアちゃん、緊張しているの?」
「は、はい。だって…こんなことになるなんて…」
「もしかして、あの…あのひとの…あのあの…はーーはーーー!!」
「大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょう…ぶよ。もし、あの人の……ことを…疑っているなら……やめたほうがいいわ。服従しなさい。心の底から這いつくばって…媚びて、従うの。あなたの主人は……おぉぉ…怖ろしい人…だもの」
シーバンに茶を差し入れていたことからも、ビッグの予想に反して、リンダは表に自由に出られるような状態だった。
彼女が逃げ出そうと思えば、たしかにそれも可能だっただろう。
だが、そんな怖ろしいことはできない。もしそんなことをすれば、自分の身だけでは済まない大惨事が起きるだろう。
彼女たちが唯一助かる道は、ただただ従うこと。リンダはそれをよく知っていた。
「あなたの主人はね…いつだってあなたたちを見ているのよ…。だから心配することはないの。あなたたちがしっかり動けるか…見ているだけなのよ。子供のあなたには、まだわからないかもしれないけれど…これが真実よ」
「私はどうすればいいんですか?」
「そんなこと簡単よ。私を見て、知ればいいの。あとはあなたの好きにしなさい。あなたの主人が許す限りの範囲内で…好きにしなさい。私とは二度と会うことはないでしょうけど…忘れないでね。受け入れて…従うのよ」
「ルアン君は救えないんですか?」
「彼が自分で望んだことだもの。放っておきなさい」
「………」
「もう行きなさい。私も最後の仕事をしないと…元気でね」
「はい…さようなら。ありがとう…ございました」
セノアも親との別れを経験していることもあり、こういうことには慣れていた。
これが荒野で暮らすということだ。
出会いと別れが当たり前にある世界。だから子供であっても強くあらねばならない。
セノアは、ゆっくりと部屋から出ていった。
まだ納得はしていないかもしれないが、そもそも彼女にはそんな権利もないのだ。
それをよく知るからこそ、セノアは現状を受け入れて過ごしているのだろう。
だが、彼女とリンダとでは決定的な違いがある。
「あなたは幸運よ。この世で一番怖ろしい存在に飼われるのですもの…私とは違うわ」
リンダにはリンダの役目がある。それに従えば、少なくとも彼女の命は保証される。
そして、ビッグの命も。
それが魔人との契約なのだから。